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5話:魔王、世界を知る

「使い魔ってなんですかぁ!

 魂とか永遠の忠誠とかこれって婚姻届よりよっぽど重いじゃないですかぁぁぁ!」

 猫耳娘改め、リゼルリットが俺の胸倉を掴んでがくがくと揺さぶる。

 この時代にもあるんだな、婚姻届。


「魔王、外道……魔王だし外道か」

 汚物を見るような視線で見てくる勇者様。

 契約も終わったし、喋れるようになったようだ。

 そして自分の発言に自分で納得していらっしゃる。はい、外道で魔王です。


「使い魔は何って言われてもな。

 命令、リゼルリット、お座りの後にお手」

 俺を揺さぶっていたリゼルリットが4つ足を揃えて座り込み、差し出した手に、ぽんと丸めた手を載せる。


「ええええっ、何で私言う事聞いてるんですか!?」

 お手した後に、勝手に動いた体を抱いて怯えていた。


「ほら、猫って言ったら使い魔だしさ。使い魔の上に絶対忠誠だし?」


「訳わかりませんよぉぉぉ!」

 半泣きになっているリゼルリット。

 ううん、SFの住人にファンタジー説明は難しかったか。


「まぁ、結婚詐欺に引っかかったと思って気楽に人生諦めよう?」

 いい笑顔でリゼルリットの肩をぽんと叩いてやる。


「いゃぁぁぁああ!

 折角傭兵隊から自主退職してきたのに、人生諦めるのはいやぁああ!」

 地面に伏せて泣いてるけど……何か余裕を感じるんだよな。

 それに自主退職て。やっぱり油断ならない子だ。

 ランクの高い使い魔契約させておいて正解だったか…?



―――



 一通り泣き叫び終わるとリゼルリットも落ち着いた。

 良いリアクションの悲鳴と泣き声、ご馳走様です。


 とりあえず自己紹介タイムとなった。


「俺は魔王、魔王イグサ。召喚された地球人だ」


「私はライム。召喚された勇者。同じく地球人」


「うっ…ぐすっ…リゼルリット。アドラム帝国市民です。

 元第1113傭兵隊、メカニックでした」


「一々敬称つけたりするのも面倒だ。

 イグサ、ライム、リゼルとお互い呼び捨てでいいか?」


「うん。私もその方が楽」

 勇者は随分淡白な反応だな。まだ視線が痛いが。


「はいぃ……ぐす」

 まだ泣きやみ切れてない。一々リアクションが良い子だ。

 これで語尾が「ニャ」だったら、理性がぶち切れて襲っていたかもしれない。


「じゃ、リゼル。この国の状況とか教えて貰えるか?

 俺もライムもほぼ説明無しで召喚されたから、何も知らないんだよな」


 リゼルはぐずりながらも説明してくれた。



 まず、この国。

 いくつもの惑星系を所有しているというから、かなり大規模なんだろうな。

 名称は「アドラム帝国」。帝国と言っても、皇帝が独裁してる訳じゃない。

 元の世界の日本みたいに皇室は残っているものの、政治は代議制だそうだ。


 国の規模は宇宙でも有数、かなりの巨大国家らしい。

 とはいえ、唯一の巨大国家という訳ではなく、他にも似たようなサイズの巨大国家と覇権争いをしているようだ。


 そして驚きだったのは、国家を構成しているのがアドラム帝国が版図を広げている星系や惑星に住んでいた宇宙人だけでなく、地球起源の人類が多くいるという事だ。

 異世界な上に遥か未来だと思うが、地球起源の人間がいるのは正直意外だった。

 元々アドラム帝国の版図には知的生物は少なく。

 主に移民してきて増えた地球起源の人間と、人間と版図内にある惑星で進化していた原住生物を掛け合わされて作られた獣人で構成されているらしい。

 地球人が移民してきたのが、およそ1200年前。

 最初は差別などもあったらしいが、混血が進んでいくにつれてそれも無くなり、現在は人間と獣人は差別の垣根なく暮らしているそうだ。

 ちなみに、遠く離れた地球は太陽系ごと長年鎖国しているらしい。


 上で元気に戦闘している相手はアドラム帝国的な地図で言うと南に位置する―――宇宙ではあるが、便宜的に方向をつけているらしい。

 フィールヘイト宗教国との戦争らしい。

 この規模の宇宙戦争が起きるのは20年ぶりだとか。

 フィールヘイト宗教国は、単一宗教ながら多くの知的生命体種族が集まった連合国家。

 教皇と司教を中心とした半独裁体制で、同じ宗教なら種族は問わないそうだ。

 アドラム帝国ほど大規模ではないが、国民には地球起源の人類も混ざっているらしい。


 戦争というと、どちらかが滅びかかけるまで戦い続ける大戦争かと魔王的に期待したのだが、基本はどこで税金を取るかとか、勢力圏の線引きがどうとかで国家同士は争うものの、市民や商人、企業には特に戦争の影響がないらしい。

 市民を殺害すれば生産力が落ちて侵略する意味もないし、商業行為を止めると自国の税収も生産力も落ちてしまう上、多国間にわたる企業にそっぽ向かれて悲惨な事になるそうだ。

 なので、基本は軍隊と軍隊同士が戦闘してお互いの拠点を壊したり船を沈めたり程度。

 戦闘宙域の近くを飛んでいれば流れ弾は飛んでくるものの、軍隊や軍属以外にはあまり影響も関係もない、不利になったらさくっと停戦協定を結ぶドライな戦争らしい。


 リゼルが所属していたのは、アドラム帝国と傭兵契約を結んだ、艦載機を2機搭載した強襲揚陸艦が一隻あるだけの小規模な傭兵部隊だったそうだ。

 元々リゼルは戦争なんかやる気は無く、普通の商船だと思ってメカニック募集に応募したら戦闘艦でしたという、広告に騙された口らしい。

 開戦してすぐに強襲揚陸艦は大破したというから、なお運が悪い。

 たまたま戦闘機のメンテナンスをしていたリゼルは、これ幸いと戦闘機を奪取して(本人曰く退職金)1人先に逃げ出したのだが。

 フィールヘイト側の無人戦闘機に見つかって撃墜され、ここに墜落したという。



「まあ、何ていうか行動力あるのは分かるが運悪いよな」


「イグサ様がそれを言わないで下さいよぉぉぉお!」

 俺のコメントに、またリゼルは泣いて俺の体を揺すっていた。

 ちなみに使い魔契約のせいか呼び捨てが出来ないので、様をつけてるそうだ。


 で、肝心の俺たちが召喚されたこの星。

 この星にはアドラム帝国圏内でも少ない、地球人類と交配すら可能なほど類似性の高い知的生命体が住んでいたらしい。

 地球人類と原住生物と、一部発達していた知的生命体がアドラム帝国を作った時には、まだ文明レベルは中世だったので、接触せずに観察対象にしていたらしいが、600年経ってもやっぱり文明レベルは中世のままだったらしい。

 多分、その影には定期的に発生する魔王と勇者の戦いがあったんだろうな。

 いい加減焦れたアドラム帝国が接触を持って、一気に文明化を推し進めたそうだが、お約束のような人口爆発に環境破壊や資源の枯渇、果ては民族やら宗教やらで内戦状態になって、ヤバげな兵器の撃ち合いの果てに、生命が住めなくなる程の汚染が惑星全体に広がったという。

 どうしようもないな。というか魔王の入り込む余地がない。

 人口が減りに減りまくった人々は惑星を捨てて、アドラム帝国や周辺の国など宇宙へと散っていったらしい。

 この辺りの説明聞いてる辺りでライムが遠い目になった。

 ご愁傷様としか言いようがない。

 後ろ盾も守る対象もない勇者とか住所不定無職だしな…。



「この星は誰も住んでないんだよな?」


「そうです。というか誰も住めません。

 耐汚染環境スーツもなしに生身で生きている方がおかしいんですぅぅぅ」

 めそめそと嘆くリゼル。まだ今ひとつ魔法というのを信じきれてないようだ。


「じゃ、まぁ当面の目的は決まったな」


「ん。無人の星にいても仕方ない」

 ライムも同意見のようだ。


「この星脱出する方法考えるか。リゼル、何かいい案ないか?」


「この子修理しても、大気圏脱出は無理ですよお…搭乗可能人数も少ないし」

 確かにあの狭いコックピットに3人はキツそうだ。


「リゼルが乗っていた母船はこの星に落ちたの?」


「そうです。脱出したのも大気圏内だし…あんまり飛べなかったんです」


「……うん?おかしくないか、宇宙船なんだよな、どうして大気圏内にいたんだ」


「それはですね…」


 説明によると、強襲揚陸艦は敵艦に肉薄して海兵隊を乗せたポッドを撃ち込んで内部から制圧するタイプと、宇宙空間から惑星に降下して地上施設の占領を行うタイプの2種類があるらしい。

 リゼルが乗っていた強襲揚陸艦は、どちらもできるハイブリットタイプだったという。


「いい船に乗っていたの?」


「型が古いだけですよぅ……どっちかに特化した専門艦の方がずっと高性能です」


 大気圏内に入れる能力を生かして、大気圏の中からこそこそと相手に近づこうとしたものの、発見された上に大気圏内戦闘用の無人戦闘機入りの降下ポッドを何個も軌道上から投下され、出てきた無人戦闘機にタコ殴りにされたらしい。


「その強襲揚陸艦、大気圏脱出できるの?」


「当然ですよぅ。降下しっぱなしの使い捨ては効率悪いですもん」


「まお……イグサ、使えそう」


「そうだな、探してみる価値はありそうだ。リゼル、母艦が落ちた位置はわかるか?」


「ビーコンが死んでなかったら、多分。でも、この星広いから何日もかかりますよぅ」


「確かめてくれ」


「はあい。まいますt……なんで私そういう返事しようとしてるのぉぉぉ!?」

 くくく、使い魔に馴染んで来ているようだ。


 泣きながら戦闘機の機器を弄っていたリゼルはすぐに場所を見つけてくれた。

 この戦闘機が飛ぶなら10分以内、徒歩なら一週間は軽くかかるという。

 幸いにして同じ大陸に墜落してるので、海を渡る必要はないという話だが…

 むぅ。流石に徒歩一週間は面倒くさいな。


「リゼル、この戦闘機は修理できないのか?」


「応急修理はできますよぅ。でもリアクターが片方飛んでます。中古品でも良いから交換部品持ってこないと無理ですよぅ」


 この戦闘機のエンジン的なもの。反応炉リアクターは2つあり、滑空や不時着なら片方でもいけるが、離陸や上昇など負荷がかかるものは2つ動かないと無理らしい。

 実際に見に行くと、翼と翼の間にバスケットボール大の球状部品が2つあり、機体の左側についている方は、ビームか何かの直撃を受けたのか、かじられたリンゴのように欠けていた。


「……なぁ、リゼル。専門家でもない俺が言うのもなんだが、何でこんな所に重要部品が露出してるんだ?」


「元々このタイプは戦闘機でも、クラス5…ええと、偵察や反撃機能を持たないものを襲ったりする専用なんですよぅ」

 なるほど、偵察用なら…まあ、被弾前提じゃないのは判る。

 なんでもこの位置が一番出力を高くできるらしい。


「でも、いくらなんでも弱点が丸見えすぎるって、販売中止になった型なんですよぅ……だから弱小の傭兵隊が持ってたんです」


「……そうか」

 俺は宇宙人や未来人に幻想を持ちすぎなのだろうか。

 未来人や宇宙人も時には馬鹿なものを作るもんだよな…うん。

 ……まあ、このサイズなら何とかなるか。


「被弾してからどの位経った?」


「2時間ちょいですよぅ……どうするんです?」


『時空魔法発動:物体状態遡行』


 リアクターに手を当てて魔法を詠唱付きで発動させる。

 エネルギーを生み出す機関だけあって、魔力の消費が激しいな……


 ゆっくりとリアクターの時間を巻き戻し…よし、直った。

 破壊されたのは一瞬だったんだろう。ある程度時間を戻したら一気に復元した。


「うえええええええ!?何がどうなってるんですかぁぁぁ!」

 破壊される前の状態まで戻ったリアクターを前に、リゼルは膝をついて呆然としていた。


「魔法だ」

「魔法だね」


「おかしいですよぅ!魔法とか非科学的すぎます!何で壊れたものが元に戻ってるんですかぁぁぁ!」

 リゼルよ、常識は捨てた方が良い。

 でも良識は捨てないでくれ。その方が楽しいから。


「イグサ、この魔法何系?興味ある」


「法理系魔法スキルツリーの奥の方だ。空間魔法LV10と…後は条件がわからん。

 魔力消費が激しすぎて使い辛いから、正直お勧めできないぞ?」


「残念。空間魔法を最大まで上げるのはスキルポイントが勿体無い」

 しょぼん…と寂しそうにしている勇者だった。


「リゼル、と言う訳だから修理は任せた」

 3人分の環境適応魔法を、持続時間を長くしてかけなおし…と


『法理魔法発動:環境適応Ⅴ/効果時間延長Ⅶ/対象数増加Ⅲ』


 リゼルが混乱しているうちに、コックピットのシートに寝転んで一眠する事にした。

 ………おやすみ。

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