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48話:魔王、犯罪結社と対峙する

コメディ成分多めでお送りします。



 このSF世界に来てから海賊や賞金首の類は、直接対峙したヤツすら顔や名前を覚えてない位色々見てきた俺だが、海賊以外の犯罪者の類はそう多く遭っていなかった。

 食い逃げだのスリだのは『ヴァルナ』ステーションでもそこそこいるが、やってる罪が軽すぎて犯罪者ってイメージが無いんだよな。


 まあ、魔王に犯罪者呼ばわりされるんだ。

 そこそこ気合の入った犯罪しごとじゃないと割に合わないだろ?




「なぁリョウ。こっちの誘拐犯は割と重武装なのか?」


「や、普通の誘拐犯なんてのはシケたもンだ。

 この姉ちゃん達、服は普通だが持ってンのは軍用の熱線銃ブラスターやレーザー銃だな、ちぃと旧型ばかりだが立派なもンだぜ。」


 見た目は普通の服、SF的な素材を使っているだろうが古典SFに出てくるような銀色のタイツみたいなベタなものではなく、21世紀初頭とそう代わらないものに身を包み。

 ハンドガンからサブマシンガン程度の小火器で武装した十数人の地球人テラ系や獣系アドラム人の少女達を見てリョウがコメントする。



「なら誘拐犯と言っても突発的にやらかしたようなものではないか。

 ……突発的な犯行じゃないのは、組織的な動きを見ればわかるけどさ」



 俺はこのSF世界に来て初めて海賊以外の誘拐犯と対峙していた。



「なぁイグサ、ちっと手首の位置ずらしてくれねぇ?

 何か小指にヘンな感じにそっちのロープが引っかかって痛くてよ」

 ボロい柱を挟んで背中合わせに座り込んでいるリョウがもぞもぞと体を動かす。


「確かに引っかかってるな…こうか?」

 後ろ手に俺の手を縛っているローブを小刻みに動かすと、引っ張るような感覚が取れた。


「っと、とれた。助かるぜ………なぁイグサ、どうすっか」


「聞かないでくれ。俺も正直対応に困っているんだ」



 ―――ただし、誘拐された被害者としてだ。



―――



 誘拐騒ぎの発端は『海賊牧場』計画をしている中小企業連合が「魔王軍・兵站課」を妨害するのに送り続けていた海賊達の襲撃がことごとく失敗し続けている事だ。


 「海賊牧場計画」はアドラム帝国、フィールヘイト宗教国、コランダム通商連合の3ヵ国全体に影響を及ぼす壮大な計画の為に、連中の動きは遅く重い。


 好事魔多しと言うが、災難だってどこかで幸いに転じるものだ。

 魔王軍に上前をはねられて歯噛みしている企業もあるが、『海賊牧場』計画に乗った中小企業連合の8割方は、海賊の活動活発化の中で狙い通りに濡れ手に粟の利益を上げている。


 「魔王軍・兵站課」が交易や輸送で連中の上前をさらい続けていたし、「魔王軍」が折角育てた海賊を狩り、「海賊牧場計画」に反抗的な海賊をまとめる海賊ギルドもできた。

 「魔王軍」が独自開発した新型人型戦闘機は生産数が少ないとはいえ、帝国正規軍に採用されて軍事産業にまで食い込んでいるが、SF世界の規模からすれば「勢いのある新興企業が一つ出来た」程度の事だ。



 「魔王軍」が規模を拡大しているとはいえ、魔王や勇者が慣れ親しんだファンタジー世界とは違い、人口も国土も商業規模も字面通りに天文学的な数字なんだ。

 交易や運送、海賊討伐を「魔王軍」だけで独占するのは無理がある。

 それに「魔王軍」が手を出してない分野だって多いしな。

 海賊被害の増大によってエネルギーや通信などのインフラ関係は値段も需要も上がっているし、各国の警備艦隊や自治体、民間軍事企業が海賊対策用の戦闘艦や戦闘機を沢山買うので、『ヴァルナ』ステーション以外でも造船業が需要過多による空前の好景気に湧いている。


 なので「海賊牧場計画」に乗った中小企業連合の中でも少数の「魔王軍という企業が邪魔だから排除しよう」という意見も「そんな事はどうでも良いから利益を上げたい」という意見が強すぎて組織的に動けてないのが現状だ。

 アルテの部下に内偵して貰っているので大体間違いない。


 企業連合の財力を後先考えずに大盤振る舞いすれば、それこそ軍の主力艦隊規模の戦力を集められるだろうが、揃わない足並みに渋られる予算の中では子飼いの海賊をけしかけるのが関の山になる。

 その結果がさくっと返り討ちにあって、海賊討伐の賞金や戦闘艦の拿捕という形で『魔王軍』の財源になっているのはいっそ笑ってやる所だろうか。


 商売面で被害受けた上にIC(カネを使った妨害が不発に終わり。

 「魔王軍」に敵対的な企業達は手痛い赤字を出して、傍観を決め込んだ上に利益を上げてる企業を恨んで中小企業連合の内部では意見衝突が頻発しているという。



 離間の計は基本だよな?

 古代の計略がSF世界でも通用するとか愉快じゃないか。 



 気に入らない悪があれば全力で潰しに行くのも悪くはない。

 だが、知性派の魔王としては策略で翻弄するのも一興というものだろう。



 直接的な妨害が失敗したら、次は間接的な妨害―――古典的だが効果的な「家族の誘拐」を含めた犯罪行為を仕掛けてきた。

 成功率も悪いし成果も不確実だが、海賊達に戦闘艦を与えて襲撃させるよりずっと安上がりだしな。


 だが、誘拐を依頼された裏稼業や非合法活動をしてる連中も頭を抱えただろう。

 何せ魔王軍の代表と副代表、俺もライムも召喚されたファンタジーの住人だけに家族親類の類が皆無に近い。

 俺と親しい女性とその子供達位しか誘拐対象が居ない訳だが、ライムは非常識ファンタジーな勇者様だし、アルテはSF世界の特殊部隊出身、ミーゼに至ってはSF世界の魔法少女と非常識を越えて訳が判らない存在だ。


「おいガキ、命が惜しかっ……ぐふぉぁ!?」


「峰打ちにしてあげるけど、死ぬほど痛いから覚悟して」


「ちっ、てめぇら武器を使……え、何この完全武装のお姉さん達」


「1斑は周辺住民の保護を優先、3班は退路を塞ぐであります。

 2班交戦開始、この程度の相手に怪我人を出したら再訓練でありますよ」


「ヤバイヤバイヤバイっ!逃げろ逃げろに……」


「バースト・グリード☆シュートⅢ!」


「逃げ……あっ、光が」


 ライムに聖剣でなぎ倒され、アルテと部下のメイド隊に制圧され、魔法少女に魔法的なエネルギー攻撃でまとめて吹き飛ばされた襲撃者達には正直同情を覚えた。



 リゼル、ユニア、ルーニアと子供達を標的にした連中はまだ賢かった。

 黒服のお兄さん的な護衛はついていないし、普通に暮しているから油断したのだろう。

 だが、そっちの方がガードがとりわけ厳重なんだ。

 『魔王軍』に雇用されて軍の特殊部隊並の訓練を受けた護衛部隊、リゼル母が手配したアドラム帝国情報局所属の本物の特殊部隊、ダメ押しとばかりに非常識ファンタジーな機鋼少女やファントムアーマー達が常時護衛している。

 リゼル母が「あらあら、国賓や皇族の方がまだ警備が手薄ねぇ」と苦笑いを浮かべる警備体制に突っ込んだ連中の末路は語るまでもないだろう。


 誘拐騒ぎが始まってから一ヶ月も経ってないが、捕縛された犯罪結社や裏組織の実行部隊の人数は4桁を越えている。

 大量の捕縛者を出して、いい加減連中も諦めたかと思っていた矢先の事だ。



 俺とリョウがセットで捕まった。



 いや、実に盲点だったな。

 魔王に賢者なんて非常識ファンタジー中の非常識な組み合わせだっただけに、護衛とかつけてもいなかった。


 力押しなら完全武装した陸戦隊の一個師団位、鼻歌交じりに殲滅できる戦力だ。

 しかし、俺とリョウの組み合わせには致命的な弱点があったんだ。


 襲撃騒ぎでどたばと忙しい日々を続けて、やっと下火になったからとリョウと一緒に歓楽街に行った時の事だ。



「ねぇ、そこの格好良いお兄さん達。

 お酒片手に私達とイイコトしない?」


「「―――喜んで!」」



 そういう事が大好きなばか2人が、綺麗なお嬢さん達に囲まれて一緒にお酒飲んでイイコトしようと言われて断れる訳がない。

 オゴリとか罠の予感しかしなかったが、勧められるまま沢山飲んで場所を移してイイコトして眠って起きたら捕まっていた。

 何とも意表をついた狡猾な作戦だろうか。



 ……捕まっても仕方ないよな?



―――



 さて、さくっと囚われの身になった俺達だったが。

 俺やリョウが対処に困っているのにはちゃんと理由があるんだ。

 仮にも魔王に賢者だ。

 SF的な火器で武装したとしても、多少訓練されてる程度の一般人なんて敵ではないし、俺達を拘束しているロープなんて軽く捻れば千切れる程度のものだ。

 問題は―――



「姐さんやりましたね、これで落ち目と馬鹿にされてたグスタフ一家が立て直せます!」


「大金星っすよ。これでもう女子供ばかりの弱小一家とは言わせないっす!」


「まあ慌てるんじゃないよ、仕事は最後まで気を抜かないもんさ」



 俺とリョウを捕えた犯罪結社が少女ばかり。

 「姐さん」と呼ばれてるリーダー格の狐耳をした獣系アドラム人も20歳手前だったんだ。

 なんだかアットホームな雰囲気まであるし、大人げなく脱出するのは気が引ける。



「……本当に困ったな」


「どうすンだよ……なんてーか海賊時代に出会っていたら助けてるレベルだぜ。

 ってーかイグサ本当に困ってンのかよ、説得力無ぇ!」

 リョウがふて腐れている原因は俺の膝の上にあった。


「えへ………困るなんて仕方ない人ですね、私がついてないと駄目なんだから」

 腰掛けるように膝の上に乗って俺に体重を預けているのは「姐さん」と呼ばれている女性よりもやや年下の狸耳の獣系アドラム人少女。



 「姐さん」の妹で犯罪組織の参謀らしいんだが、俺を捕まえるのに文字通り体を張った結果、知的でクールな策士少女というキャラが壊れる程度に懐かれてしまった。

 状態異常:魅了という所だろうか、ライムやリゼルに対抗する為に色々取得しまくったスキルの影響だろう。

 スキルのレベルと種類の豊富さなら色欲の称号を持つ男淫魔王より上らしいしな……


 うん、いくら効果に相性や個人差があるとしてもライムとリゼルがおかしいだけだと再確認できた。



「……困ってるぞ?何というかこの体勢がそこそこ幸せなせいか動き辛い」


「そうかイ」

 けっ、と吐き捨てるように呟くリョウ。


「随分とやさぐれているな。

 ………なぁ、一緒に掴まってるんだよな?

 リョウも割といい目にあったと思うんだが、何があったんだ」


「ほら……あそこ”姐さん”とやらの右の方に背の低い、ロングの子が居ンだろ?」

 リョウの言葉通りに視線を動かすと、地球人と似たような外見に背中に翼を生やした子がいた。

 獣系のアドラム人とは違うし種族も違うのだろう。

 チャームポイントっぽいアホ毛が一本飛び出た綺麗な薄紅色の長髪に小動物的な雰囲気が「守ってあげたい正統派ヒロイン」みたいな子だな。


「あの子が俺の相手だったンだけどよ」

 可愛い子じゃないか。やさぐれる要素が見当たらないぞ。


「昨日は随分酔っ払っていて気が付かなかったンだけどよ…………この犯罪結社女ばかりらしいのによ、唯一の男のだったンだぜ」


「…………その、なんだ。反応に困る」

 どうしよう。流石に魔王といえども、こんな時にどんな顔をしてやれば良いか判らない。


「最初から男のだって知っていたなら、それはそれでよかったンだけどよ、後から知ったらなんてーか損した気分になンだろ!?

 心は乙女だって言うから二重の損した気分だぜ!?」

 血涙流す勢いで魂の慟哭どうこくを上げるリョウ。

 相手が男のだったという点は大丈夫なのか。

 SF世界だけに性転換とかお手軽らしいし、業は深くないのか…?判断に悩む所だな。


「つーかイグサよぉ。

 敵味方の区別はっきりして敵にゃ容赦しないのが信条じゃなかったのか?

 綺麗所が多いし、血みどろな惨劇になったら勿体ねぇってヒヤヒヤしてたンだけどよ」


 そうなんだ。普通なら敵なんだから捕まえて大人の尋も―――ごほん、無力化してから尋問して背後関係とか吐かせるのに躊躇しないのだが、どうにも食指が伸びないんだ。


「多分な、あいつら犯罪結社なのに悪意とか敵意が無いんだよ。

 純粋に一家なかまの為にとか今時珍しい主義主張で動いているみたいだ」

 悪意や敵意がなく、身内や己の理想の為に悪を行う。

 それは俺が大事にする悪の美学にとって「評価に値する」行動の為に、どうにも他人の気がしない。

 狸耳の美少女に懐かれて情もわいているので敵という感じじゃないんだよな。


「聞きたくなかった情報アリガトよ。

 てか早く脱出しようぜ!

 これ以上余計なお涙頂戴な内部事情とか聞きたくねぇぞ俺!

 ただでさえその手のヤツに弱いンだからよ!?」



「マリア姐さん、これでマザーに安心して貰えますね」


「気が早いって言ってるだろ。

 ま、あのクソババァが寝込んでアタシが頭張ってから初めて成功させたデカいヤマなんだ。

 治療費払ったってお釣りが来るってもんさ」


「姐さんも素直じゃないっすねぇ、拾って貰った借りを返すんだって言い訳はそろそろ苦しいっすよ?」



「ほら、だから早く逃げようって言っただろ!

 聞いちゃった、聞いちまったじゃねぇか!?

 何だよこの家族愛溢れた犯罪結社!」


「仕方ないだろう、獣耳の美少女に色気たっぷりに抱きつかれてる状況から抜け出せるような理性など持ち合わせてないぞ!?

 というかリョウだって色香に迷ったからここに居るんだろう!?」


「まったく、活きのいい人質だね。

 あんた達攫われたんだから、もう少し殊勝しゅしょうに出来ないのかい?」

 俺とリョウが美しい友情という名の責任のなすり合いをしていたら、マリア姐さんと呼ばれていた犯罪結社の首領がやってきた。

 ……マリアという慈悲深い名前にしては、どうにも男前な雰囲気だな。


「悪い、攫われて大人しくなるような繊細な神経をどこかに置き忘れてしまってな」

 魔王になる前はもう少し繊細だったと思う。


「まあいいさ、活きのいい方が身代金交渉も簡単に行くだろうしね」



 ……うん?何故身代金交渉なんだ。

 「海賊牧場計画」に乗ってる中小企業連合の連中にとっては誘拐した後、邪魔な俺達の活動を止めさせる材料にしたがると思うんだが。


 リョウへ「どう思う?」とアイコンタクトをしたが「判らない」と小さく首を横に振っていた。



「言っておくけど人違いだってトボけても無駄だよ。

 アンタ達の情報はしっかり調べてあるからね」

 マリアは携帯汎用端末から2枚の投影画像を表示させてこちらに見せた。

 確かに俺とリョウの映像付き資料のようだ。

 どの程度調べられているのか気になるな。


「魔王軍代表の従兄弟と、魔王軍警備主任の弟だってのは調べがついているんだ。

 さあ、噂に名高い魔王軍とやらはアンタ達にどれだけの値段をつけてくれるんだろうね?」


「「…………」」

 思わず俺もリョウも黙ってしまった。

 確かに資料に添付されている画像は俺とリョウのものだが、肝心の資料の中身がでたらめも良い所だったんだ。

 俺が代表の従兄弟でリョウが警備主任の弟か。

 書いてある経歴も、名前も知らないSF世界の学校卒業後に小さな企業へ就職と退職を繰り返した後に魔王軍に縁故入社って、随分生々しい設定だな、おい。



 大体の事情は飲み込めた。

 落ち目の弱小犯罪結社、指導者の不在、軽く扱われそうな少女ばかりの構成員、そして出鱈目な資料におおよそ成功するはずもないターゲットの指定。

 ここまで情報が揃ってくれば嫌でも判ってしまう。


 陽動と言えば聞こえがいいかも知れないが、要は捨て駒の囮要員だな。

 本命の連中が片っ端から捕まっているのを横目に、普通なら成功するはずがない俺とリョウの誘拐が成功している辺りは笑う所だろう。

 この構図を企んだヤツからすれば、乾いた笑いしか出ないと思うけどな。



「うん、怖くなって声も出ないかい?」

 得意げな顔で悪役を満喫しているマリア。

 悪役を満喫している所悪い、本当に悪いんだが、残酷な事実を教えてやらないといけない。


「色々と言い辛いんだが、見て貰った方が早いな」

 直接操作に比べて使い辛い意識操作で汎用携帯端末を起動させ、SF世界の名刺的なパーソナルデーターを投影画像で表示させる。


『民間軍事企業・魔王軍 代表取締役 サナダ・イグサ』

 細かい情報に証明写真のような顔画像がついた、公式文書を示す帝国行政府の印章が刻まれた投影画像が表示させる。


「「「………え?」」」

 時が止まったように硬直するマリア以下犯罪結社の一同。

 さらった人質が身代金交渉をするはずの相手だったとか、運命の出会いにしても皮肉すぎるな。


「……ま、まぁ多少予定とは違ったけれど代表が手の内にあるなら好都合ってもんじゃないかい!」

 いち早く気をとりなしたのはマリアだった。

 流石ボスをやっているだけあるな。多少声が震えているが。


「そ、そうっすね姐さん。でも代表攫っちゃったら誰と交渉するんすか?」


「慌てるんじゃないよ、こういう時に代わりに交渉するポストの人間がいるはずだ」

 慌てて携帯汎用端末を取り出して操作していくマリア。

 どうやら魔王軍の組織図を見ているようだ。

「副代表やらあちこち愛人ばかり?ふざけてるね、税金対策か何かかい。

 ええと、まともな役職のは………」

 外から魔王軍を見るとそう見えるのか。

 結婚していればまだ一族経営かもしれないが、上手く人生の墓場行き(結婚)イベントを回避している今だと、ワンマン経営の社長が空きポストに自分の愛人をとりあえず入れているように見える事もあるようだ。

 いやうん……他人からみればそんな見方もあるんだろうけど、生々しいな。


「こいつがまともそうだね、警備部長。

 元海賊?随分ご立派な経歴じゃないか、荒事関係の交渉担当じゃないかい?」

 実際の所、荒事関係の交渉は俺、ミーゼ、リョウの順番で決定権があるんだが、マリアが見ている資料を作った担当者は、ミーゼを「社長の愛人その3」位のお飾りだと判断したらしい。


「お、おう。民間軍事会社「魔王軍」警備部長のリョウだ」

 リョウも同じ様に顔画像付きのパーソナルデーターを表示させて自己紹介をした。


「「「…………」」」

 マリア達が黙ってしまったな。


「なんてーか、悪ぃ……」

 痛い程の沈黙に思わず謝るリョウ。


「馬鹿かいアンタら、何で代表と警備部長があっさり女の色香に騙されて引っかかってるんだい!?」

 俺達を誘拐した犯罪結社の首領が言う台詞じゃないと思うんだが、正論過ぎて耳が痛い。


「男として誘惑を我慢する位なら、引っかかって良い目をみたい。

 ―――刹那的でも夢を追いかけるのが男という生き物なんだ」

 耳が痛いが胸を張って答えよう。

 ここでどもってしまうようでは魔王は名乗れないからな!


「何いい話してる風に言ってるんだい!?」


「イグサもたまにはイイ事言うじゃねぇか。

 だからこそ背中を任せられるってもンだぜ」

 歴戦の戦友のようにしみじみと語ってくれるリョウ。


「あー!もー!こいつら馬鹿だよ、こんな馬鹿共を真面目に誘拐したのかい、あたしらは!」


「姐さん落ち着いて、人質相手に銃はまずいっすよ!」


「姐さん、ほらお茶お茶飲んで落ち着いて下さい!」

 暴れだしたマリアが周囲の少女達に取り押さえられている。



 少女達のどこか抜けた感じは悪くない―――いや、悪くない所か好ましいな。

 部下に持ったら毎回良い所までは行くけど、詰めが甘くて失敗する良い悪役になってくれそうだ。



「どうするんだい、交渉できそうな相手全部捕まえちまったら、後は全面抗争するか尻尾巻いて逃げるしかないじゃないかい…」

 脱力して床に座り込むマリア。



 平和に生きてるならピンと来ないかもしれないが、誘拐は交渉相手を誰にするかも大切なんだ。

 今の状態をわかりやすく例えると、金持ちの一家に誘拐をしかけたら、何故か父親と母親をさらってしまった状態だ。

 残された子供に「親を返して欲しかったら金を用意しろ」と言っても色々無理があるよな?


 実際にはライムやミーゼがしっかり対応してくれると思うが、対外的にはただの愛人や愛妾でしかないので、マリアが落ち込んでしまうのも無理は無い。



「姐さん、きっと方法が何かありますよ!」


「ユイ姉さん、そろそろ正気に戻って欲しいっす。

 え、この人は私がついてないと駄目?って、何悪い男に引っかかった人みたいな事言ってるっすかー!」



「落ち込んでいる所悪いんだが、用意された出鱈目な資料と言い囮にされてるぞ?」


「囮なんて聞き捨てならないね、これ以上状況は悪くならないだろうし言ってみな。

 いくらでも聞いてやるよ!」

 口調こそ勢いが良いが、涙目になっているマリアは男心じゃしんが疼いてしまいそうな可愛らしさだ。


「俺の推測だが、心当たりも多いと思うぞ。まずは―――」

 ライムやミーゼ、子供達を攫う為の囮にされたという推測を語ったんだが。


「「「……………」」」

 本当に心当たりが色々多かったようだ。お通夜みたいな空気になってしまった。

 少女達の誰かがぐすんぐすんと泣いている声が妙に大きく聞こえる。

 約一名まだピンク色の世界から戻ってこれてない娘もいるが、気にしない事にする。



 うん、この連中のへっぽこぶりが段々愛しくなってきたな。



「どうすンだよイグサ、すげぇ気まずいし……

 もうオレこいつらと敵対できる気がしなくなってきた所か、魔王軍うちの救出部隊に手荒に扱われて怪我したらどうしようとか、心配になってきたンだけどよ」


「俺も保護―――もとい、部下に欲しくなってきたんだが、ここで雇ってやると言っても面子とか色々問題も多いだろ?」


「だな、海賊もそうだが犯罪組織っつーのは面子で生きてる所多いしよ。

 荒くれ野郎ばかりならぶん殴って従わせるンだけどさ」

 うん、純朴そうな子から綺麗所まで少女ばかりの集団に対して暴力はしたくないよな。

 なら、そう手段は多くない。迷う必要もないな。



―――



「なぁマリア、一つ賭けをしないか?」

 少女達が落ち着いてきた所で声をかける。


「賭け?どういう事だい」

 自身が涙目になりつつも年下の部下を慰めていたマリアが顔を上げた。


「お前達が欲しくなった。俺の所で雇われないか?」


「女ばかりだからって舐めるんじゃ―――!」

 怒りに顔を染めて声を出そうとするマリアを遮るように言葉を被せる。


「そっちでも相手してくれれば嬉しいが勘違いしないでくれ。

 犯罪結社としてのお前達が欲しい。どうだ?」


「―――そ、そうかい。そういう事なら悪い気はしないね。

 熱烈すぎて赤面しそうな情熱的な口説き文句じゃないか」

 口調こそ随分と余裕があるが、本当に赤面しているぞと突っ込みたい。

 我慢だ、俺。


 犯罪結社として同業者から下に扱われる事が多かったんだろう、構成員の少女達の中にも嬉しそうな顔をしている子が多い。



 へっぽこなやられ役の悪役として欲しいという真実は、知らない方がお互いの幸せの為だろう。

 知らない方が良いことも世の中には数多い。



「けど、ここではい判りましたって頷くのもアタシらの面子が許さない。わかるかい?」


「ああ、判っている。誘拐された俺が言っても説得力も薄いからな。

 だから賭けをしないか?

 俺とリョウが1日経っても逃げられなかったらお前達の勝ちだ、要求予定だった身代金を言い値で払おう。

 無事にここから逃げれたら俺の勝ち、魔王軍うちの配下に加わって貰う」


「なるほどねぇ、少なくとも現状から悪くはならない。

 もし逃げられたとしたらアタシらの力不足だ、その時は大人しく負けを認められるね。


 …でも解せないね。何でアタシらなんだい?

 自分で言うのもシャクだけど、うちは落ち目の弱小一家だ。

 そんな条件付ける位なら、もっと仕事が出来る連中を雇えるだろうに」

 飲み込みも悪くないし頭の回転も早い。

 自分達を客観的に見れるのも高評価だな。


ICカネですぐに尻尾をふるチンピラもどきじゃなく、仲間内の結束も固くて義理も判るお前達だから欲しいんだ。

 それに―――」


「それに?」


「こんな良い女達を口説いているんだ。

 高く付くのも、少々危険な橋を渡るのも仕方が無いだろう?」

 俺にとっては最高の―――「悪っぽすぎますよぅ」と良くリゼルに言われる、人の悪い笑みで告げた。


「本当に―――男ってのは馬鹿な生き物だねぇ」

 最高の褒め言葉だな。

 しかし獣系アドラム人は感情表現が実に分かり易い。

 表情こそ赤面しつつも気取った体面を取り繕えているマリアだが、狐尻尾がばったばったと喜色豊かに動いている。


「……その賭け乗ったよ。

 どのみち手詰まりなんだ、なら酔狂な賭けに未来を託してみるのも悪くない。

 そ、それに、男の馬鹿さを受け止めてやるのも、良い女ってヤツじゃにゃいかい」



 気取った台詞が恥ずかしすぎたのか、一番良い所で噛んでしまったよ、この子。



 マリアは小声で「うわー!」って言いながら手で顔隠して小さくなるし、何だこの可愛い生き物は…!


「姐さん頑張って、私は何も聞こえなかったから!」


「そうっすよ、綺麗に決まったっすから!」

 周囲の声援はフォローなのか追い込んでいるのか判らないな。



「……なぁイグサ。何で1日なんだ?」

 小声で聞いてくるリョウ。

 うん、1日に限定したのは切実な訳があるんだ。


「…明後日、近場だがライムと出かける約束をしているんだ。

 すっぽかすと後が色々と怖い」


「ああー…」

 心底納得という様子のリョウ。

 尻に敷かれてるという訳ではないが、約束を破ってすねたライムを宥めるのは生命力的なものが命の危険を覚えるレベルで消耗するからな…



「……とっ、とにかく賭けは承知したよ。準備時間はいるかい!」

 マリアは20分位かかったものの、何とか立ち直ったようだ。


「いや、特にいらない。今から始めよう」


「判ったよ、賭けを始めようじゃないか。

 お前達、いくら拘束してあるからって油断するんじゃ―――」


『契約魔法発動:召喚契約Ⅶ/対象数拡大Ⅲ×Ⅸ』

『空間魔法発動:一時召喚Ⅴ/対象数拡大Ⅲ×Ⅸ』


 間髪いれずにワイバーンの突入ポッドで待機中のリビングアーマーの上位種、ファントムアーマーを27体程召喚する。

 周囲に展開した魔法陣から空間を切り裂き出現し、金属質の重い足音を立てて降り立つ27体のファントムアーマー達がフェイスガードの奥に灯らせる、赤い単眼モノアイで周囲を見渡した。


「「「……え?」」」

 唐突に現れたゴツい装甲服の一団にマリア達は呆然としていた。

 うん、非常識ファンタジー過ぎてすまないな。


「少々大人気ないが、悪く思わないでくれ。

 それだけお前達を評価しているんだ。

 命令オーダー、非殺傷手段のみ許可。

 怪我はなるべくさせるな、レディ達は丁寧に扱えよ。制圧開始」


『『『了解』』』』


 結局大人気ない手段に出てしまったが、仲間思いでへっぽこかつ凛々しくも可愛らしい悪役の姐さんと部下のセットなんて、貴重すぎる人材を確保する為なら修羅になるのも本望だ…!



―――



 制圧と捕縛は5分で終わった。

 落ち目だと言っていたが、マリアとその部下達もなかなか訓練されていたらしく、しっかり抵抗していたものの。

 敵艦に突入して、軍用の大型火器や機動装甲服などで完全装備した相手との戦闘を日常的にこなしている上に、ファンタジー的な魔物補正もついてるファントムアーマー達が圧勝するのは当然だよな。



「……なぁ、リョウとか言ったっけ。

 あんたの……いや、もう違うね。

 うちのボスはいつもあんな無茶ばかりやらかすのかい?」

 制圧され目を回して倒れる部下達の中、最後まで抵抗していたマリアは手錠で拘束されてリョウの近くに転がされていた。


「今日は大人しい位じゃねぇか…なんてーか、イグサにやられて部下になった者同士頑張ろうぜ。

 すぐに慣れるか諦められるからよ」


「ユイの事いえないねぇ………

 どうやら甘い言葉に浮かれて悪い男に引っかかったようだよ」


「ははっ、違いねぇ。

 ま、イグサのヤツは人は悪いが性根は腐ってねぇし、仲間になるにも身内になるにも良いヤツだ。

 愉快な職場だってのは先輩として保障するぜ?」


「そりゃ嬉しいニュースだね。

 ま、ゆっくり見極めさせて貰うよ……」

 マリアは諦観と苦笑が混じりのどこか晴れやかな笑みを零して敗北を受け入れた。


「……所でオレはいつになったら救助して貰えるンだろうな?」

 未だに柱に縛られたままのリョウは、丁重に運び出されていくマリアの部下達を横目に小さな溜息をついていた。



 こうして小さな犯罪結社が魔王軍の配下に加わった。

 流石に犯罪結社を堂々と運用は出来ないので、当面は民間軍事企業「魔王軍」に新設された第3秘書課という肩書きだ。

 今後、悪役としての活動が実に楽しみだ。

 今のうちに失敗した時用のお仕置き部屋でも作っておいた方が良いだろうか。




 さて、「海賊牧場計画」を実施している中小企業連合は仕事の妨害するのに飽き足らず、とうとう俺の身内を直接狙ってくれたんだ。

 手を出した事を心底後悔させてやらないとな?




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