46話:魔王、支配圏を拡大する
2話同時投稿です。話数にご注意下さい。
SF成分及びメカニック成分多めでお送りしています。
「おにーさん、戦力―――数が全然足りないのです」
大きなコタツに暖色系の照明、そして魔王のスキルと俺自身のセンスを集約して作った、限りなく本物に近い「ミカンもどき」がテーブルの所々に積まれたワイバーンの会議室。
緑地に白いマーカーを使う黒板風味の投影ウィンドウの前でミーゼが力説していた。
SF世界から見れば遙か古代の、しかも日本なんて局地的な文化など記録にすら残ってないと思うが、ミーゼに黒板の組み合わせはヤバイ気がする。
狐耳があるだけファンタジーっぽいので多少中和されているが…
うん……何とは言わないし言えない。光景を想像して察して貰いたい。
投影ウィンドウの隅には『船の墓場星系』の星系図と、セリカが収集している各種情報が分かりやすく表示されている。
『タートル&クレイン警備保障』から譲り受けた星系南部の治安維持に、アリア、ベルタ、セリカの高速巡洋艦3隻を投入しているのだが、上手く行っているとは言えなかった。
決して戦闘で苦戦している訳じゃない。
『獣道』ではガチガチに武装を固めた気合の入った海賊も多かったが、こんなシケた星系で仕事をする海賊なんてクラス4とか5の小型戦闘機での輸送船狙いばかり。
現代風に例えるなら万能包丁やカッターが獲物のコンビニ強盗程度の海賊だ。
そんな海賊達相手に巡洋艦で相手するのは、楽勝を超えてただの作業だろう。
セリカは攻撃の余波で他に被害を出さないように神経を使うとボヤいていたしな。
まれに駆逐艦級の海賊が来ると、撃ちがいがある獲物がきたと取り合いになっていた位だ。
だが、海賊被害の発生件数が多すぎて3隻で対応するのが難しい。
受け持ちの星間航路のあちこちで、1日平均で15件前後発生する海賊相手に右往左往している。
3隻とも巡洋艦としては非常識な速度を出せるものの、星間航路では事故防止の為に一定速度しか出せないし、星間航路から外れると小惑星帯があったり重力異常を起こしてる場所があったりと速度を出し辛い。
数より質を重視した『魔王軍』の基本方針が、広域で頻発する小規模戦闘という仕事内容と相性が悪すぎるようだ。
「数か。リゼル、あのクラスの海賊相手に通常の小型艦や戦闘機で対応した場合の損耗率はどの位になる?」
「うーん、一週間位なら一部損傷位だけど、半年もしたら40%は覚悟した方がいいのですよぅ。
一回の戦闘は小規模だけど、数が多すぎて被害は増える一方です」
「お話にならない損耗率の高さだな。
だからこそ前任の企業は潰れたんだろうけどさ」
「イグサ、ドローンゴーストは使えないの?
あの子達なら少し壊れても回復魔法で治るから」
「ドローンゴースト達は頼りになるんだが、元々ドローンは航続距離や稼働時間が短いんだ。
戦闘機や戦闘艦のように長距離移動を考えてない設計だからな」
だからこそ無人戦闘機は単独での長距離移動を行う前提の戦闘機と比べるとサイズが小型でも高性能なんだ。
ドローンゴースト化して強化されているとはいえ、元の素材の短所と長所の両方を受け継いでしまうのは仕方ない。
「なら小型の戦闘艦を空母改装するか?
『隠者の英知』の資料画像にあった強襲揚陸艦や駆逐艦改装空母を作ってみたかったんだよな」
おやっさんはとりあえず改造で何とかしようとするのが、実に分かり易くて良いな。
「艦艇を使うのは数の確保がし辛いが、方向性は悪くないな」
小型艦でも数十人から百人近く乗ることになる。
その数の社員達を安全を考えると、せめて艦長や副長クラスに中位以上の魔法スキル持ちを乗せたい所だが、中位以上の魔法スキル持ちはそう数を増やせない。
「魔王軍で海賊の数に対抗できるのはドローンゴーストだが、その欠点の航続距離と稼働時間をカバーしながら、数を増やすなら―――
リゼル、内部収容出来なくて良い。
懸架状態でもドローンゴーストを2機から4機運搬できて、そこそこ速度が出せる戦闘機に心当たりあるか?」
「旧型のですよね?
うーんと……入手が簡単そうなのなら3、4機心当たりがあるのですよぅ。
この前セールしていたのだと、確かカシワギ軍事同盟のクラス3戦闘機・ソーフー2型かアドラム帝国のクラス2戦闘機・ホワイトパイルB辺りが積載能力も速力もあってお勧めなのですよ」
「なる程な。イイ案だと思うぜ」
リゼルへの質問で何を考えているか、既にリョウには分かったようだ。
考え中だったミーゼが悔しそうな顔をしているが、海賊みたいに普段から曲芸みたいな運用していたから分かったんだと思うぞ。
「空母改装戦闘艦だと数を配備するのは財布的に辛い、ドローンゴーストを運用するには航続距離が足りない、相手する海賊はそんなに戦力として大きくない。
なら非常識だが簡単な話だ。
航続距離のある戦闘機を母艦に少数のドローンゴーストを乗せて運用、その戦闘機パイロットの休憩や機体とドローンの保守をする改装空母を所々に配置すれば良い」
「このごろ、非常識って言葉が優しく思えて来たのです」
「なるほど、それなら改造も簡単だしパイロットも安全なのですよぅ!」
遠い目をし始めたミーゼと、改造の簡単さに喜んだリゼルが実に対照的だ。
「お財布には優しそうだけど、ミーゼは何でそんなに悩んでるの?」
SF世界の経理は習得したものの、ファンタジー感覚が抜けないライムは不思議そうにしているな。
『魔王様、皆に説明するにもライムはんに分かって貰うにも実物用意した方が良さそうですわ。
ウチらにしても、すこーしばかり常識外れすぎます』
「そうだな、実物を用意するか。
リゼル、試験用の機体を買いに行くから手伝ってくれ」
「はいですよぅ!」
買い物のお誘いに耳を立てて尻尾をぱったぱった振るリゼルは、猫耳猫尻尾がついていても犬っぽいよな。
―――
「買い物半日、機体搬入4時間、改造2時間で出来たのです!」
リゼルが一晩どころか食後の片手間にやってくれました。
リゼルと中古船屋に見に行った翌日、再びワイバーンの会議室。
投影ウィンドウには『魔王軍』で借りているステーションの外部ドックに2機の戦闘機が並んで映っていた。
特売品だったカシワギ軍事同盟のソーフー2型。
驚いた事にカタログに「爽風弐型」と漢字が使われていて、つい衝動買いをしてしまった戦闘機は全長が35mほど。
大気圏内での運用も出来るという旧式のクラス3戦闘機は、現代風のステルス戦闘機を近未来風にアレンジしたような外見で、今は両翼の下に一機ずつ、胴体の上に一機、合計3機のドローンを乗せていた。
片方はゴーレム生成魔法使ってない普通のドローンを、もう一つにはドローンゴーストを載せている。
「改造というより日曜大工だろ。
大型ミサイル懸架用の器具と、追加ブースター用ハッチの規格をアドラム帝国式にしただけじゃねぇか」
寂しそうな口調で嘆くおやっさんだが、おやっさんとその仲間達の改造はICも手間もかかる代物ばかりなので今回は自重して貰ったんだ。
「そ、そんな事ないですよぅ!
リアクターと推進器がセット売りしてなかったから、アドラム帝国製に載せかえましたもん!」
「いくら旧式にしたってカタログスペックより落ちてんじゃねぇか、性能落ちるのは改造って認めねぇ!」
この辺、師弟でもリゼルとおやっさんの性格の差が出ている。
リゼルは楽しい魔改造なら何でも行けるが、おやっさんは性能を上げないと気が済まないんだ。
だがツッコミ所はそこじゃない。
共通規格化しているとはいえ、違う機体のリアクターと推進器を載せ代えた上に調整終わらせるのに2機を2時間以内というのは、非常識を余裕で通り過ぎて異常なレベルで早い。
魔王の使い魔としてのステータス補正とファンタジー的なスキル取得で、仕事の速さが熟練の魔改造技師であるおやっさんと同じレベルになっているのに、気が付いていないリゼルの天然具合が実に美味しい。
「ガルン叔父はコストを度外視しすぎです。
多くの人に愛されてこその作品なのですよぅ!」
「いーや!モノが確かなら必ず判ってくれる客はいるもんだ。
上げられる品質をわざと途中で止める仕事を教えた覚えはねぇ!」
「私のこれは実戦で覚えたものなのですよぅ!
限られた状況と限られた部品で良いものを作るのも大事です」
おーい、二人とも帰ってこい。
その手の談義は遙か昔から続けられてるが結論は出てないからさ。
「テスト開始するのです。
まずは通常のドローン、ウォッチャーズ・アイ搭載型から模擬戦闘開始なのです。
普通というのをちゃんと見ていて下さい、これが普通なのです」
「ま、結果は見えてンだけどな」
「ん。ちゃんと見てる」
俺やライムという非常識の塊が身近にいるせいか、リゼルがやらかした非常識を自然とスルーしている仲間達がとても心強くもあるが、同時に勿体無くもある。
「仮想敵はアドラム帝国の非正規軍で艦載機部隊の教導隊にいた事もある、メイド隊のおねーさんの行動ルーチンをできるだけ再現したクラス4の無人戦闘機なのです」
「頑張って行動ルーチンを組んだのですよぅ。
自律思考のできない低位AIだから劣化しているけど、そこら辺の熟練パイロット程度には動いてくれるはずです」
「なぁイグサ。もうこのAIを売るだけでイイんじゃねぇ?」
「リョウ、戦争から人の関わる部分を無くすなんて浪漫がないだろう?」
無人戦闘機は浪漫だが、それはもう片方が有人だからこそ浪漫があるものだ。
無人戦闘機同士の戦争がメインになってしまったら、それこそ味気ないにも程がある。
それにリゼルの組んだAIに操縦者の残留思念を核にしたゴーレムや付喪神のもっと低級なものを付与してあるからこその性能だ。
魔法技術は質の良い一品ものを作るには良いものの、量産するには手間も時間もかかりすぎて不経済なものが多いのが難点だな。
「ああ―――まぁ、そだな。
俺もドンパチやらかすなら人相手の方がいくらかイイや」
実利ではなく浪漫面で分かってくれるリョウは良い友人だ。
「ちなみにドローン母機のソーフー2型には戦闘機乗りの免許は持ってるけど、ペーパーパイロットな事務のおねーさんに乗って貰いました」
戦闘慣れしてない人間が乗った時のいい見本になると思うが、戦闘に直接参加しない母機とはいえ事務員に実戦テストさせるのは可哀相な気が―――
『不肖ワタクシ臨時ボーナスと危険手当の為に全力で頑張らせて頂きます!』
ヤル気満点で敬礼した通信を送ってくる、優しそうな顔立ちにギラついた肉食系の瞳を持つ狸耳の女性パイロット。
あ、うん。『ヴァルナ』ステーション出身の事務員だったか。
同情するのも時間の無駄だったようだ。
「では戦闘開始なのです!」
「ソーフー2型、開始と同時にドローン射出。
ドローンの直接コントロールモードに入りました」
「各ウォッチャーズ・アイ、搭載レーザー砲を標的に向けて発射、シールドにより減衰、攻撃無効です」
状況のアナウンスをしてくれるのはユニアとルーニアの姉妹。
相変わらずいい声をしている。
だがコタツに入ってライムやミーゼと一緒にミカンもどきを剥いて食べてるせいか、普段よりのんびりした口調だ。
げに恐ろしきはコタツの魔力か。
「標的、ウォッチャーズ・アイへ攻撃開始。
ソーフー2型、ドローンに近接戦闘ルーチンへの切り替え指示を送ります。
はい、ミーゼちゃんみかん」
一直線に標的機に向って言っていたドローンが推進器とスラスターの光を放ちながら散開するが、どうにも動きが直線的だ。
「はむ。なら私はユニアおねーさんにあげるのです」
「ありがとミーゼちゃん、はむ。
ひょうへきき、ごくん。対ドローン用レーザータレットを起動。接近しま……3機とも一撃で撃墜されました。
標的機に戦闘停止信号を送ります」
流石にコスト対策の為に装甲や防御力という概念を投げ捨てたドローンだ。
シールドが貫通された瞬間に爆発四散というやられっぷりはいっそ清々しい。
後そこ。仲良いのはいいんだが、ミカンもどきをちゃんと食べてから喋ってくれ。
「これです、これがあのサイズの普通のドローンなのです。
装備強化型のドローンもいるけど、相応に大きくなるしコストもかかるのです!」
何故か嬉しそうなミーゼ。
この中で一番常識人なのと、真面目に戦術教本とか読んでいるせいもあるんだろう。
……魔法少女が一番の常識人というのもどうかと思う。
「だよなぁ。俺もそう思ってたンだよなぁ」
一度ドローンゴースト達に好きなようにやられた経験があるリョウの言葉は重いな。
「ウォッチャーズ・アイは攻撃型のドローンだけど、最低10機以上で運用しましょう。
数は力ですって説明書に書いてあるのですよぅ」
数は力と説明書に書いてしまうのもアドラム帝国らしい。
「ソーフー2型帰還、パイロットが搭乗機乗り換え開始します」
「ドローンゴースト搭載型ソーフー2型発進、試験戦闘宙域に突入しました。
標的機に戦闘再開信号を発信します」
「ソーフー2型ドローンゴーストを全機射出、各ドローンゴースト自律戦闘に入ります。
ソーフー2型は退避行動に入りました」
ドローンゴーストは各機とも自律思考するので細かい戦闘管制をしなくても動いてくれる。
細かい指示を随時飛ばして管制した方が部隊としての戦闘能力は上がるが、お任せモードにして自分は退避や戦闘に専念できるのはありがたいものだ。
「各ドローンゴースト、標的機と交戦距離に入ります」
「ドローンゴーストα、β標的機へ速射モードで牽制射撃開始。
標的機回避機動に入りました」
「ドローンゴーストγ搭載大型レーザー砲を最大出力で射撃。
標的機爆散します。
戦闘終了、ソーフー2型はドローンゴーストの回収シーケンスに移行、その後帰還して下さい」
「余裕を持って瞬殺だったな」
ドローンゴーストは評価試験で新型のクラス3戦闘機以上の性能を叩き出していたからな、しかも多対1なら当然の結果だろう。
流石にレベルの高い無機物系魔物だ。
「なるほど、これをやるんだ。
改造費も安くあがりそうだし……うん、機体のお値段も良い感じ。
イグサ、ドローンゴースト搭載用以外の改造はするの?」
汎用携帯端末を取り出して費用計算までしてくれるライムの成長が嬉しくて仕方ない。
「そうだな、カタログスペックを見るとシールドと速力が心許ない。
シールドは新型のクラス2戦闘機相当の緊急出力を出せる改造品に。
推進器はクラス4戦闘機を振り切れる程度に、こっちも通常出力は並、緊急出力が高いタイプで良い。
その両方を同時に動かせる程度にリアクターだけは良いものを使いたいな」
「その内容の改造方針なら…えーと。中古部品市場の最新価格表はっと。
改造費用は一機辺りこの位のお値段。
新型のクラス3戦闘機よりもずっと安いけど、中古機としては竹の上位のお値段になりますよぅ」
「改造費用の他に人件費もかかるけど…うん。
海賊ギルドに流してるフリゲート艦一隻の売り上げで8機は揃えられそう。
イグサ、資金的には大丈夫」
「よし、中古船市場に出ている爽風2型の機体と使えそうな部品類を押さえてくれ。
ストックも考えて150機程度あれば良い。
おやっさん、あのクラスの戦闘機に補給とメンテナンスができる輸送艦改装空母を頼んで良いか?
ベースはネプチューンB型(中型輸送艦)、改造の仕上がりは母艦能力を縮小して継続補給能力と休憩スペースに重点を置いたEC2アリエル(ドローン母艦アトス、ボルトス、アラミス)と同じ仕上がりで頼む。
搭載機数は10機前後で十分だ」
「任せとけ、EC2アリエルタイプって事は基幹部品の耐久性方面じゃ無茶な改造も大丈夫だな?」
「ああ、主要船員には魔法スキル持ちを乗せる」
「数は?」
「5隻、いや交代での補修や補給も考えると7隻は欲しい。
どの位で出来る?」
「へっ、急ぎなんだろう?
ネプチューンE型なら、ここのドックにストックもあるし速攻で仕上げてやる。
2週間以内に2隻ロールアウト、一ヶ月以内にもう一隻。7隻目は4ヶ月以内。
最初の2隻は突貫作業になるからな、半年以内に再度ドック入りになるのは覚悟してくれよ」
作業帽を被りながら渋い笑みを浮かべるおやっさんは実に頼もしかった。
2週間後、おやっさんは約束通りに輸送船改装空母を2隻仕上げてくれた。
新型の輸送船改装空母のロールアウトと共に、爽風2型の魔王軍改修機・ブリーゼヴィントRを80機投入し『船の墓場星系』南部は、海賊機の残骸の量産と共に星間航路の安全性が急速に回復するのだった。
治安が悪い方が『魔王軍』にとっては利益になっていたものの、魔王の膝元で悪事をやらかす連中を片付けるのも、これはこれで悪くない。