43話:魔王、魔獣達を従える
2話同時投稿です。話数にご注意下さい。
人工の明かりが照らす金属板がむき出しの無骨な倉庫の中、青や赤の光を纏う図形と文字が複雑に絡み合った魔法陣が空間のある一点を中心として、倉庫一杯に幾重にも広がっている。
幾重もの魔法陣の個々が点として描く巨大な魔法陣の中央には、ステーションの倉庫という場所には似つかわしくない巨体が鎮座していた。
鋭い爪としなやかな筋肉を持つ肉食獣と馬の特徴を兼ね備えた6本足の体躯、頭部近くからは人に近い2本の腕を持つ上半身がつき、
全身を鋭利な白銀の剛毛を持つそれは異形の獣。
しかし、科学の力で歪められた動物にあるアンバランスさは微塵も感じられず、獰猛さと知性を感じさせる
『また我を喚んだか、忘却されし人界の魔王よ』
口から紡ぐのは
「久しいな魔獣王。このご時勢、どうせやる事も無くて暇しているんだろう?」
世界の理から外れた獣―――魔獣の王に気軽に声をかけるのは、青と白を基調にしたスーツコート姿の青年、イグサ。
『魔王たる存在に敬意は払おう。
だが我は魔獣の中の魔獣たる王。
貴殿の臣下でもない身なのだ、悪戯な召喚であればこの身を縛る忌々しい魔法陣を食い千切り、我が血肉にしてくれるぞ?』
魔獣王は口から牙を覗かせ、天災じみた暴虐の気配を滲み出させる。
「悪戯に呼び出すなら女淫魔にしているさ。
要件は前と同じだ、魔獣王の部下達を雇いたい」
『ふん。前にも言ったであろう。
魔獣達は我が部下にて家族よ。
それを従えるというなら我を従えてみせよ。
我に臣下の礼を取らせたいなら大陸を一つ与えるがいい。
その程度もできぬ主に付く気はない』
「そうか、その条件は変わっていないんだな?」
『くどい。我等の誇りを安売りなどせん』
「よし、値上げしてないなら十分だ。
大陸一つお前にやろう。と言う訳でお前の部下達を使わせて貰うぞ」
『……………………は?』
神代から魔獣の王として君臨してきた王が固まった。
「そうだな、当面は獣人―――出来れば人間に近い姿を持っている者達を中心に雇って行きたい。
氏族ごとに面接するのは手間だからリストを作成させて貰うぞ」
『まて魔王よ、本当に我らに大陸一つ渡すのか?
我等は魔獣だ、人がいようがそれらが魔王の奴隷だろうが食い荒らしてしまうぞ!?』
「ああ。まだ動植物が少ない若い惑星だが、大陸一つをくれてやる」
『ちょっ、嘘。マジ!?リアリー?』
「……なぁ、魔獣王。
お前割と人の世界に毒されていないか?」
『ごほん……取り乱した。
同胞が栄えられる大陸を一つ貰えるというなら望外の待遇だ。
狂気と知性を司る月下の魔獣王の名の下に忠誠を誓おう。
魔王殿、契約書を』
契約魔法で作り出された契約書により契約は成立し、魔獣王及びその配下の魔獣達は魔王に忠誠を誓い、魔王軍の一員となった。
人の世に火薬と銃弾が作り出されてから、魔性を得た獣であってもそれ以上にはなれなかった自分達を使おうとするものが絶えて久しい中、大陸一つ与える魔王の度量に魔獣王は感服したという。
だが、契約が終わって倉庫の外に出た魔王は呟いた。
「……開発するにも手間も
まあ…多少の小遣いは必要だろうが、基本生活費だけで雇える連中というのはありがたい」
チョロイものだ、という言葉を魔獣王が聞く事がなかったのは、きっとお互いにとって幸せだったのだろう。
<<魔王軍に魔獣兵団が参加しました>>
―――
「イグサ、決算書類が36枚。
全部チェックしておいたけど、サインする前に一応目を通して」
ライムの携帯汎用端末から転送された書類に目を通してサインをする。
コランダム通商連合製の有名経理ソフトが走っているので計算間違いの発生率は限りなく低いが、未だに経理関係も人が直接関わる場面が多い。
「イグサ様、高速巡洋艦エイラの修正見積りが届いたのですよぅ。
主砲の誘導プラズマビーム砲の予備部品、ダブついていたのを買い叩いたから予定より少し安くなりました」
「おやっさんの事だから浮いた予算で何かしたいというのだろう?」
「その通りですよぅ。
ガルン叔父のツテで出所不明の高効率リアクターが入手できそうだから、ワイバーンに搭載したいのです!」
「任せる、ワイバーンの運行スケジュールに穴を開けないように気をつけてくれればいい」
普段なら戦闘に関する情報が飛び交うワイバーンのブリッジだが、今は経理や決算用のデーターが飛び交っていた。
ライムやミーゼがフィールヘイトに行っている間から進めていた、第二艦隊の結成に向けた準備が大詰めになっているんだ。
なに、いきなり艦隊を増やすと言われても分からないだって?
たまには前振りなしで端的に事実を言ったんだが、無いなら無いで困ったものだな。
まず、今までは民間軍事企業『魔王軍』には第一艦隊しかなかった。
これはアドラム帝国へ登録上やステーションへの申請上第一艦隊とつけていたが、基本的には今ある戦力全部だったよな。
強襲揚陸艦ワイバーン、高速巡洋艦アリア、ベルタ、セリカ。
戦闘輸送艦にしてドローン母艦のアラミス、ボルトス、アトス、ダルタニアン。
今までは民間軍事企業の仕事をやっていくのに十分な戦力だったんだ。
実際この8隻と搭載艦載機に
そもそも小規模な民間軍事企業はフリゲート艦や駆逐艦が多少ある程度で『魔王軍』のように巡洋艦を複数隻運用している時点で色々おかしいんだ。
だが、この頃は苦しい日々が続いていた。原因は単純明快だ。
『魔王軍・兵站課』の輸送艦が護衛用に載せているドローンゴーストだけで処理できない時、素早く救援に行く為に全艦にジャンプドライブを搭載したんだが。
『魔王軍・兵站課』が予想の遥か斜め上に黒字を出して、黒字に見合うだけの投資、輸送艦の増加をしていたら規模が拡大しすぎて護衛の手が追いつかなくなったんだ。
民間軍事企業『魔王軍』は『隠者の英知』戦の後は、各艦の改装を待つのに小規模な
アドラム帝国及びフィールヘイト辺境部では相変わらず海賊被害が拡大していて、そんな危険地帯への輸送を行えるのは、たまたま海賊に襲撃されなかった幸運な命知らずか、海賊に餌を撒いている首謀者、そして『魔王軍・兵站課』のように海賊を蹴散らす戦力を持つかだ。
ライバルの少なさから『魔王軍・兵站課』は驚く位の利益を叩き出し続け、今では大型輸送艦52隻、中型輸送艦312隻、高速運搬艦35隻、跳躍輸送艦8隻、母艦級跳躍輸送艦2隻と中堅企業から一つ頭抜きん出ている規模にまで拡大していた。
危険度が高いが利益も大きな辺境部へ行く際は艦隊を組ませているが、それでも『魔王軍』の第一艦隊8隻で守りきるには数が多い。
輸送艦隊の中核になる大型輸送艦は全てゲートリアクターを搭載しているので、ジャンプドライブ搭載艦ならすぐに救援に駆けつける事ができるものの。
休暇どころか船の修理や補給が完全に終わる前に緊急出撃する事も多いオーバーワークの日々が続いている。
社員達は危険手当や残業手当が増えたと喜んでいる所だけが救いだろうか。
そんな訳で第二艦隊の作成を急いでいる。
幸いな事に『魔王軍・兵站課』が出し続けている利益のおかげで財布には余裕があったので、ユニオネス王国製大型巡洋艦「ティーゲルⅤ」級を2隻、アリアやセリカと同じユニオネス王国製高速巡洋艦「ハングリーウルフ」級を4隻購入した。
どちらもシップヤードの片隅で買い手も付かず埃を被っていた旧式ぶりだが、いつも通りおやっさんの手による魔改造やメインフレームの付喪神化、ジャンプドライブの搭載までしてあるので十分に働いてくれるだろう。
大型巡洋艦は大型高速巡洋艦に改造して、第二艦隊はジャンプドライブ搭載の高速巡洋艦艦隊になる予定だ。
高速巡洋艦という時代に忘れさられた遺物が、改造されて活躍するというのは実に面白い。
「ミーゼ、第二艦隊の改装状況はどうなっている?」
「各艦とも作業工程は90%以上、一週間以内には稼動状態まで持っていけるのです」
ミーゼが送ってきた投影ウィンドウにはワイバーンの船外カメラが捉えた、ドックで改修作業を受けている第二艦隊の映像がデーター表示付きで表示されていた。
純白に塗装された大型の戦闘艦が並んでいる姿に頬が緩みそうになる。
戦闘艦がドックで作業を受けている光景という時点で浪漫溢れているのに、それが全て自分のものなんだ。
これで胸が高鳴らなかったら嘘というものだよな!
―――
第二艦隊を新設するのに資金の次に問題になる人材と人件費の問題だが、魔獣王と契約を結んで魔獣達を使えるようになったら一気に解決したんだ。
魔王軍の所有物になった、元は『隠者の英知』の本拠地だった『芳醇なる醸造所』と名を変えた星系に13個ある居住可能惑星のうち、知的生命体が住んでない4つの惑星。
入手したのは良いのだが『隠者の英知』が扱いに困ったように、魔王軍としても持て余していたんだ。
そもそも移民を集めて入植するには莫大な資金と手間が必要になるし、投入した資金の回収も随分と気の長い長期計画になってしまう。
その上、立地が海賊多発する無法地帯の奥という事もあって「財産ではあるが使い道が無い」という状態だったんだ。
21世紀の地球で例えるなら「遺産か何かで突然手に入った2万坪の土地の権利、ただし山奥すぎて買い手もなければ使い道もないようなもの」を想像してくれると分かり易いだろうか。
そこで以前召喚した時に「大陸一つくれるなら部下になってやる」と言っていた魔獣王を思い出したんだ。
惑星規模で持て余していたんだ、大陸一つなんて安いものだよな。
居住可能惑星の1つが、昆虫が生まれる前の植物しか地上に存在しない原始地球に似た状況だったので魔獣王との取引に使うには丁度良かった。
生活圏が競合する生物がいないから、魔獣が
予想外だったのは、魔獣王の部下の魔獣達が知的なインテリタイプばかりだった事だろうか。
『魔王殿、この者が我が配下の魔獣の一体だ。
………少々線が細く心もとないかもしれないが、多くの群れを取りまとめている優れもなのだ』
「初めまして魔王様、魔獣王様の配下が一体、魔獣のヤバルと申します」
魔獣王の配下を使うのにまとめ役を紹介して貰ったら、ぱりっとしたスーツを着こなし、眼鏡をかけたデキるキャリアウーマン的な女性が出てきたんだ。
しかも言葉までしっかりアドラム語を使っている。
驚いた声が聞こえたな、うん。俺も驚いた。
魔獣王が従える魔獣というと、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)で毛深く逞しく、武人だったり凶暴だったりして、兵士として使う分には有能なものの知能労働には向いてないような、ステレオタイプな魔物を想像していたんだが。
実際に会った魔獣達は獣系アドラム人と大差ない外見。
顔の一部や尻尾に獣の特徴を一部残しているものの人に非常に近いものだった。
「魔王イグサだ。
魔獣―――というには珍しいタイプに見えるんだが、事情を聞かせて貰って良いか?」
魔獣が何でインテリなんだよ!?ツッコミたい。
全力でツッコミを入れたいんだが、そういう態度は魔王っぽくないので我慢だ。
「古来より近年までの魔獣の遍歴をお教えした方が良さそうですね。
実は―――」
事情を聞いてみれば納得だった。
昔は魔獣が魔王などの配下として働く場合、大体が前線に出て戦う兵士だったという。
ファンタジー的には普通だよな?
確かに魔獣は人間や他のファンタジー種族に比べても、感覚が鋭敏だったり力が強かったりと恵まれた肉体をしている。
だが考えてみても欲しい。
ファンタジーな世界で魔軍の兵士なんて消耗品もいいところであるし、待遇だって良い訳がない。
そこで少しでも待遇を良くする為に、長い時間をかけて教育制度を整えて知性や教養を身に付け。
魔法を使えたり知能が高い種族・個体と積極的に交配を重ねて行ったそうだ。
また知能が高い雄に人気が集中するせいか、獣人の男女比が女性9に対して男性が1前後と女性個体の多い特性も手に入れたようだ。
そろそろ魔獣って何だったっけ?と首をかしげてしまいそうだが、待遇や賃金格差という切実な問題を前向きに解決してきた姿勢は評価したい。
努力と進化の結果、魔獣達は獣人とほぼ同じ外見と高い知性を兼ね備えたエリート種族になっていた。
実際、魔獣達の7割位は女淫魔と比べてもに遜色無いレベルで魔法が使える上、SF世界に難なく適応できるレベルで知能が高かった。
ただ哀しいかな。
部下達は十分すぎる程にSF世界に適応したものの、肝心の魔獣王がファンタジー思考から変わらなかったせいで出番が無かったそうだ。
魔獣王が率いる魔獣は約30万人。
そのうち20万は魔獣王のものになった大陸に入植するが、残り10万は『魔王軍』に入る事になった。
何せ植物しかない原始惑星なので木の実をつける木もなければ、狩りをする獲物もいない。
幸い植物達も草食・雑食動物の脅威を知らない
だが、知的になっても魔獣。やっぱり肉が大好物であるし、知能を持った分快適な生活を送りたい。
必然、子供や老人や貴重な雄を除いた働き盛りの魔獣達が出稼ぎする事になった。
出稼ぎに出る10万のうち1万は『民間軍事企業・魔王軍』へ。
第二艦隊の乗組員や、今までの部署で人が足りなかった所の補充に入って貰った。
魔獣の中でも魔法に長けた者を優先して雇用したので、魔法要員が過剰な位に充実した。
……うん、魔法行使要員を優先して雇用しすぎてメカニックや通常の船員が足りなくなり、アドラム人を追加雇用する事にもなったのは笑い草だろう。
残り9万のうち2万はそのまま『総合商社・魔王軍兵站課』に就職し、残りの7万は『魔王軍・兵站課』で一度雇用した上で「船の墓場星系」を中心に働きに出て貰った。
派遣先で魔法技術の流出をしないように研修が必要だったのは嬉しい悲鳴だろうか。
できれば魔獣達を全員正規雇用したいので、本業を増強して派遣業の規模を縮小させて行きたいものだ。
魔獣達を派遣社員として送り出すのは、浪漫云々の前に世知辛すぎて涙が出そうになるが、30万もの魔獣達を無償で養っていく余裕もないので頑張って貰いたい。