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42話:4章プロローグ あるカメラマンの仕事風景



「ジャン、カメラ映り悪くない?

 急すぎる取材入りでメイクさんの所寄れなかったのよね」


 カメラ越しに見える小娘は鏡を手に化粧の様子を見ている。

 小娘は今年19歳になってフレッシュさが薄れたせいで報道番組とかの花形から地味な部署に回された「元」アイドルレポーターだ。

 この手の仕事は大昔からあるが、15.6で鳴り物入りでデビューした時はスポットライトの中心にいるが、2年3年と年かさになるたびに境遇が悪くなっていくのは今の時代も変わらない。

 数年前のこの小娘がナレーターをしていた花形のローカルネットニュース番組は、2期後輩に当たる猫耳のアイドル色を全面に押し出したぶりっ子が後釜に座っている。


「ねぇジャン、何かイラつくんだけど、失礼な事を考えてない?」


「いや別に」

 女の勘というのは恐ろしい。

 ヒューマン種に限らず、水棲種や爬虫類種でも女は時に鋭すぎる直感を働かせる。

 悪口と陰口に関しては特にな。


「……そう、ならいいわ」

 一時脚光を浴びてすぐにフェードアウトしていく連中には事欠かない業界だが、こいつは随分マシな方だ。

 冷遇されかかってる自分の境遇を冷静かつ客観的にみる事も出来ているし、花形アイドルが関わらない紛争だの戦争だとの言ったきな臭いネタだろうとも、仕事になるなら頭から突っ込んでいくバイタリティがある。

 そんなヤツは嫌いじゃない。人間一度二度泥にまみれてからが本番だと俺も思っているし、幼い俺と弟を連れて5回離婚と再婚を繰り返したママも常々言っている。


 俺はジャン・ルイ・マークスマン。

 『船の墓場星系』でも交易や流通が多い西側ゲート近くにある『デルフィーノ・カメラ』交易ステーションにある、中堅所の映像番組製作会社のカメラマンだ。

 カメラマンなんて古臭い仕事だと思うかもしれないが、単純なAI制御の自動カメラで取る画像はどうにも味気ないし、視聴者にも人気が出ないから映像番組を制作するのに大切な仕事の一つなんだ。

 カメラマンとしての腕は中の上程度でしかない俺だが、軍隊上がりの度胸と修羅場慣れのおかげで、報酬さえ良ければヤバい場所でもカメラ片手に行くので、上司連中には重宝されている。


 今回のは危険の香りの少ない―――所謂いわゆる、シケた仕事だ。

 最近急成長中をしている企業への訪問インタビュー。

 普通なら花形アイドルに二世三世ボンボンのカメラマンが行くような仕事だが、企業は企業でも民間軍事企業、荒くれの傭兵共をかき集めた掃き溜めなので、俺とこの小娘にお鉢が回ってきたって訳だ。

 俺に回ってくる仕事にしてはまっとうな時間帯に放送される予定だが、危険が少ない分報酬もシケている。

 毒にも薬にもならない退屈なヤマだと思っていたんだが。


「へぇ………こりゃすげぇ」

 どうせ成金趣味の本社ビルやら事務所やらにご案内されるかと思ったら、案内されたのは、リサイクルや『中古船の』造船で好景気に沸いている『ヴァルナ』ステーションの外部ドックだった。

 そこにあったのは全長200m程度だろうか?駆逐艦サイズの純白に塗装された、また骨董品すぎて感心したくなる大型強襲揚陸艦。


 まず色がおかしい。

 訓練用でも標的船でもないのに目立つ純白塗装なんて、趣味を越えて酔狂か狂気の類だ。

 民間用でも滅多に使われない色だというのに、軍事用の艦船に塗装するってのは、うちの業界だとフリル特盛りのアイドルが地上歩兵用の迷彩模様のドレスをつけて、顔にもべったり迷彩塗料を塗りたくってステージに上がるようなものだ。


 次にドックに入った強襲揚陸艦はあちらこちら塗装が剥げ、装甲が焼け焦げている。

 塗料が剥げたってのは人間の傷で言えば薄皮一枚切れた程度のものだが、訓練出力のビームでついた焦げ跡とはまるで違う。

 大規模な焼け跡ならともかく、小さな塗料焦げ程度を治していたらキリがないから放置されている、日常的に実戦を繰り返してる船の傷跡(くんしょうだ。


 改造具合も気合が入っているを軽く周回遅れにしてキレている。

 俺が軍隊にいた頃に同じ型の廃船を、射撃訓練の標的艦にしていたからこそ分かるが、表面の武装を取り替えた改装レベルじゃなく、船のシルエットが変化するレベルで手が加えられている。

 それでいて良くある過剰改造艦にありがちな、スクラップを寄せ集めたような外見ではなく、すらりとした造形美すら感じる仕上がりだ。

 この船を弄った技師は天才か紙一重の向こう側のどっちかだろう。


 手間もカネもかけられた上で実用に使われてる、アンティークな特殊戦闘艦。

 俺はこの船の持ち主が大規模な海賊団の首領でも驚かないね。

 思わず船体を撮影するカメラを持つ手が汗ばんだんだが。



「そこそこ大きいのは良いけど、古そうだし小汚い船ね」

 おい小娘、平和なステーション育ちなのは分かったからそれ以上言うな。

 この芸術品をそれ以上貶されると、俺はこの小娘を殴らないでいる自信がない。


「そこのお二人、外部の方とお見受けしますがドック入場許可パスはお持ちでありますか?」

 俺たちにかかる礼儀正しくも硬質な声。

 声だけでやり手の女性士官と分かりそうなもんだが―――


 声の主、犬耳系のアドラム人女性は装甲服とメイド服を合わせたような服装をしていた。

 同じ服装の女性がもう1人いるが………ここはステーションのドックだよな?

 俺の思考が止まっても仕方ないと思わないか。


「は、はいっ。デルフィーノ中央ネットワーク動画制作社『成功企業の社長に聞け!』って番組のレポーターをしているナナフェル・アルゴットです!」

 慌てて入場パスと許可書を取り出す小娘。

 常識に疎いだけに装甲メイド(非常識)を見ても驚かないのは正直羨ましい。


「確認するであります」

 汎用携帯端末を取り出し確認する装甲メイド。

 もう一人の装甲メイドが油断無く構えているのは、やや旧式だが軍用の突撃熱線銃アサルトブラスターだよな。

 俺も軍隊にいた頃に触ったことがあるが、あれは民間販売していたっけ?


「アポイントメントの確認が終了したであります。

 デルフィーノ中央ネットワーク動画製作会社ナナフェル・アルゴット様及びジャン・ルイ・マークスマン様。

 小官が案内を勤めさせて頂きます」

 歩き出すメイドさん達。


「ちょ、ちょっとジャン、これついていっていいの?

 何か想像していた無法者の巣って感じじゃないんだけど!?」

 小声で聞いてくる小娘。

 ああ、そいつには心底同感だ!


「も、申し訳ない!アポイントは取ったがどこで取材させて貰うのかは聞いてないんだ、教えてくれないか?」


「失礼しました。

 当社社長―――民間軍事企業『魔王軍』代表取締役イグサは右手に見える戦闘艦、『魔王軍』第一艦隊旗艦、強襲揚陸艦ワイバーンのブリッジでお会いになるそうであります」


 マジかよ。



―――



「ジャン、準備は良い?

 うちの番組は掴みで準備やヤラセは無し、自然体の相手にまずブッコムのが売りなのだから、ちゃんと撮影しなさいよ?」


「分かってる分かってるぜ、愚問だ。

 後で問題になりそうでもばっちり撮ってやる」


「社長、事前にアポイントのあったローカルネット番組撮影スタッフ2名様を案内したであります」

 メイドさんがブリッジの隔壁を開けると、すかさず体をねじ込むように小娘が前に出て行った。

 この辺りの強引さはぽっと出のアイドルレポーターには出来ない仕事だ。


「『成功企業の社長に聞け!』番組レポーターのナナフェル・アルゴットです!

 初めま……し……て」

 普段のスレた不機嫌顔からは想像し辛い、飛び切りの営業スマイルで突っ込んでいった小娘だったが、動きが錆付いたように止まっていく。


 白を基調とした塗装をされて、戦闘艦にしては明るいイメージのあるブリッジ。

 その艦長席に座っていたのは威厳やいかつさとは対極の、線の細い若造。


 仕立ての良い黒いスーツコート姿なのはいいとして、膝の上に成人資格取ってるかギリギリな幼じ…幼い銀髪の美少女が横座して、抱きつくように上半身を絡めている。

 状況だけなら妹か娘が甘えているように見えたかもしれない。

 だが、視線だけ俺達に向けた幼い美少女の瞳は淫靡さすら感じる艶に満ちていて、そんな趣味もないのに俺も小娘も思わず喉からごくりと音を立ててしまった。


「そうか、取材申し込みがあったのは今日だったか。

 代表のイグサだ、ようこそ民間軍事会社『魔王軍』へ、歓迎させて貰おう』


「あ、どうも。ナナフェルです」

 銀髪の幼い美少女をそれが当然とばかりの、自然な手つきで撫でながら反対の手で小娘と握手をしていた。

 『魔王軍』代表は見た目こそ線の細い青年だが、持ってる雰囲気が非常に独特だ。

 軍隊のヤリ手士官にありがちな押しつぶすような緊迫感じゃない。

 十年来の友人のように接してもいいんじゃないか、いや警戒した方がいいんじゃないかと二律背反した印象を受ける、距離感が掴み辛い得体の知れない雰囲気だった。

 気を張っていないと、形容し辛いその空気に飲まれそうになる。


「おい仕事、仕事を忘れるな!」

 小娘のわき腹をつつきながら小声で注意をする。


「……っ。失礼しました。

 『成功企業の社長に聞け!』では成長株の企業社長に、成功の秘訣をずばり直球で聞こうという番組です!

 民間軍事企業『魔王軍』は個人が作った企業にも関わらず、前年度成長率が3倍をかる~く突破しているという成長株中の成長株、成功の秘訣をお聞きできませんか!」

 流石に小娘はプロだ。

 社長の空気に呑まれていたが、持ち直せば自分の仕事をきっちりやりにかかる。


「成功の秘訣か。

 一言で言ってしまえば、やれる事を最大限やるなんて無難なものに収まってしまうが、そんな抽象的なものでは番組にならないのだよな?」

 隠しきれない―――いや、隠そうとしてすらいない愉快さが多分に含まれた笑みを浮かべる社長。


「ええ、ええ勿論です。

 どうやって成功するのか、どうやって成り上がるのか、そこのところをばっちりと教えて頂けるまでは帰る訳には行きません!」

 小娘が言ったのはこの番組の定番台詞―――お約束だ。

 無茶な注文だってのは分かっている。

 成功した企業はその手段を隠しておきたいのは当たり前、ライバルの芽を自分から撒くようなヤツはいない。

 この番組はこのお約束の言葉を受けて、成功した企業の社長がどう反応するかを撮影して、困惑したり言い方に淀んだりするのを笑いものにする悪趣味な内容だ。


「そうだな―――」

 社長が口を開こうとした瞬間、ブリッジに警報が鳴り響く。


「救難通信を受諾しました。

 発進元は総合商社『魔王軍兵站課』所属、フィールヘイト辺境北部担当輸送艦隊『モロス4商隊キャラバン』、構成はウラヌス級3隻、ネプチューン級4隻。

 未確認勢力に襲撃を受けています」

 襲撃なんて物騒な内容を、いっそ清清しいまでに事務的に告げるオペレーター。


「―――丁度良い、実際に見て貰ったほうが早いな。

 教えるまでは帰って貰えないのだろう?」

 その時の社長の口に浮んでいたのは、愉悦一色に彩られた笑みだった。


「えっ、あの、そのっ!?」


「失礼、戦闘配置であります」

 慌てる小娘の腕を装甲メイドが押さえる。


「中尉、客人をゲストシートへ。

 撮影に関しては任せるが、場合によっては後で検閲させて貰うかもしれない。

 了承して貰えるかな?」


「あ、ああ…分かった」

 狼狽する小娘を横目に俺は自然と頷いていた。


「ちょっと、ジャン。これ良いの?逃げておいた方が良いと思うんだけど!?」

 小娘は色々と分かっていないようだが、生存本能だけはしっかりあるらしい。


「腹くくれ、どうせ逃げたいって言っても余裕がないからって許して貰えないぜ」

 ここはヤバイと危険信号が頭痛のように襲ってくるが、それ以上に強い欲求が湧き上がってきて、ついそれに酔いしれていた。


 別に特ダネやスクープを欲しがる程仕事熱心じゃない。

 けどな―――社長って肩書きがついた、この青年が戦う所を見たい、カメラに収めたい。

 そんな青臭い新入社員みたいな衝動に駆られていたんだ。



―――



「ユニア、艦内へ警報実行、第一種戦闘態勢発令」


「はい社長。

 緊急、緊急。第一種戦闘態勢が発令されました。

 戦闘乗組員はただちに帰還、持ち場へとついて下さい。

 作業中の各員は各作業担当チーフの指示に従い行動をお願いします」

 ブリッジに古臭い電子音の警報が鳴り響く中、オペレーターのアドラム人女性の涼やかな声が通信に乗っていく。



「ジャン、ジャン。もう色々覚悟決めたから、せめてカメラ回しておいてよね?」


「当然回してる。そのどん底に落ちても前向きになれるのは素直に凄いと思うぜ」



 アラートが鳴り響くと同時に入り口で作業服姿の機関部員と談笑していたブリッジ要員が自分のシートに座り込み、機関部員は自分の持ち場へと走り去り。

 コンソールの上にべったりと張り付いて居眠りしていた黒髪の猫耳娘(リゼルが飛び跳ねるように起きて、投影ウィンドウを開いて高速でチェックを始め。

 社長が船長席の管理ウィンドウを展開させると、ブリッジ内のあちこちに移動した投影ウィンドウが船体状況の表示を始める。


 副長席で作業していた狐耳の幼い少女ミーゼまで社長の膝の上に乗って、制御用の投影ウィンドウを展開って、副長席があるのに何でだ?


「やっべぇ、置いていかれる所だった!」

 慌ててブリッジに走りこんできたのは、尖った耳の美青年。

 上着が乱れていて、首元に狙ったように口紅が付いているが……あれは女の故意だな。

 青年が座った席には戦術長と書いてある。

 色々な意味で大丈夫か?


「船体制御をステーションより、メインフレームAI・ワイバーンに順次切り替え。

 切り替え時の演算補助はこちらで行います」

 オペレーター席の隣にある情報管理席に座った少女(機鋼少女のシーナ)―――というか少女率高くないか?―――が船体制御を切り替えて行く。


 ステーション備え付けのソフトが動かしていた前時代的な古臭い管理画面だった投影ウィンドウに「民間軍事企業『魔王軍』第一艦隊旗艦ワイバーン Private Military Company DLA[Dark Lord Army] 1st Fleet Flagship Wyvern」と起動ロゴが表示され、投影ウィンドウ群が色彩鮮やかに、洗練されたUI(ユーザーインターフェイスに更新されていく。


『シーナ嬢ちゃん、そんな急かさないで欲しいわ。

 男だって身支度とか大変なんです』

 ヨレたスーツ姿の中年男性の投影画像がブリッジに現れ、周囲に浮んだ投影画像コンソールを操作するたびに船体全体の処理能力が急上昇していく。



「ジャン、ジャン!あれAIじゃない?会話できる高度AIってはじめて見るわ!」


「遠隔画像じゃないか?このクラスの船に高度AI搭載されてるなんて聞いた事ないぜ?」



「現地の最新状態を受け取りました。輸送艦艦載のドローンゴーストが交戦中ですが戦力差が大きく、苦戦しています」


「輸送艦隊の積載物に危険物は?」


「不安定化エネルギーキューブが少量程度です」


「その程度なら多少の被弾は大丈夫か。

 対応中のドローンゴーストに回避・生存優先命令を通達、時間稼ぎになれば良い。

 ウラヌス級2隻にゲートリアクター作動命令、臨時ゲートの座標を送信させろ」


「通信、『モロス第4商隊』所属ドローンゴーストはケースA-6を適応。

 ウラヌス級のうち被害が少ない艦2隻はゲートリアクターを展開し一時稼動インスタンスゲート座標を送信して下さい」


「ルーニア、補給状況はどうだ?」


「はい社長、平均70%位。優先していたエネルギーキューブは90%以上行ってるよ」



「ちょっと、あの子なにあれ。顔もスタイルも良いし同業者かしら」


「良いオペレーターは仕事の出来るアイドルみたいなもんだぞ?

 前に取材した帝国第8艦隊のメインオペレーターなんて、そこらのアイドルが裸足で逃げるレベルだったしよ」



「よし、補給作業を全中断。緊急跳躍準備も開始させろ」


「はい社長。

 第一艦隊旗艦、強襲揚陸艦ワイバーンの補給を中断。

 緊急出港準備に移行します。船外作業中の作業員はただちに退避して下さい」


「各補給用ケーブルのロック解除、排出開始」


「リアクター出力を緊急上昇、ジャンプドライブ起動準備に入るであります」

 手馴れた様子で出港準備が続いていく間も、外出していたブリッジ要員が戻って来ては自分の席に飛び込むように座り、手馴れた様子で操作し始めて行っている。。


「ドックとの接続ジョイント解放、船体姿勢制御開始であります」


「全作業員の退避確認だよ!」


「ドック外に出ろ、ジャンプ前に出来るだけステーションと距離を取るぞ」


「主推進器稼動、出力第1リミッター内2分の1であります」



「おいおい、アラートから出港まで30分経って無いぜ。

 どんな練度してるんだよ」


「ジャン。手際良いのは分かるけど、そんなに凄いの?」


「帝国第一艦隊の緊急展開部隊―――ああ、簡単に言えば中央星系軍隊の精鋭レベルだ」


「ふうん」

 ふうんて…



「『モロス4商隊』から一時稼動インスタンスゲート座標届きました、暗号解凍、座標入力開始であります」


「エネルギーキューブ還元炉、エネルギー集積器ともに準備完了ですよぅ」


「ジャンプドライブ作動開始。緊急跳躍」


「ジャンプドライブ起動シーケンスはいつも通りにファジー!

 ジャンプゲートの生成を確認ですよぅ!」


「ワイバーン主推進器リミッター2まで最大出力であります。

 艦首ジャンプフィールドへ接触、跳躍開始します」




「ね、ねぇジャン。私ジャンプドライブ搭載艦なんて初めてなんだけど」


「俺も初めてだよ。というか撮影してて大丈夫なのか、これ始末されたりしないよな…?」



―――



「ジャンプアウト確認、全方向走査、敵味方識別開始であります」


「敵艦艇を確認、艦船ビーコンに登録情報なし。海賊勢力なのです。

 敵戦力は軽巡洋艦1、大型駆逐艦2、フリゲート2、戦闘機が13機。

 結構な大所帯なのです」

 ブリッジ内に展開された投影ウィンドウは、周辺状況を素人の俺が見ても分かる程度に分かりやすく表示されている。


「リゼル、挨拶代わりに主砲斉射。ターゲットは任せる」


「はいますたー。衝撃砲展開開始、ターゲットは適当に駆逐艦とフリゲート。

 順次射撃開始ですよぅ」

 装甲が展開して出てきた連装主砲だが随分とゴツい。

 サイズからして巡洋艦の主砲レベルじゃないか?

 強襲揚陸艦だよな、これ。


「ドローンゴーストも順次放出、戦闘機の相手をさせろ」


「ドローンゴースト射出開始なのです。

 制御はシーナにお任せします」

 船体上部と下部から無人戦闘機ドローンが連続射出される。

 射出された後編隊組んでいるが、無人戦闘機ドローンはあんな器用な代物だっただろうか。

 




「ねぇジャン。ちょっとどころじゃなく海賊多くない?」


「多い。あの規模の輸送艦隊を襲うんだから小勢の訳がないと思ったけどな。

 帝国の辺境用分遣隊……ええと、辺境星系での海賊対応する帝国の艦隊もあんな規模だ」


「ねぇジャン。応援にきたのこれ一隻だけよね。

 強襲揚陸艦って駆逐艦よりもずっと下の扱いだったと思うんだけど」

 ああ、こいつはミリオタアイドルって路線で売っていたからその手の知識を詰め込まれたんだっけ。

 半端な詰め込み方だと思うけどよ。


「その通りだな。正直俺も海賊の規模見て死んだと思った」


「……ねぇジャン、何で優勢っぽいの?」


「心底わからん」


「………ねぇジャン、何でそんな怖い笑い方をしているの?」


「これが笑わずにいられるか?フィクションだってもう少し現実的だ」

 ああ本当に馬鹿馬鹿しい、名艦長に率いられた旧式戦闘艦が圧倒的多数の海賊相手に大活躍―――なんて題材は吐いて捨てる程あるけどさ。

 目の前で広がっている光景に比べればいくらかおとなしい。



「大型駆逐艦α1沈黙、フリゲートβ3、β6大破ですよぅ」

 撃ち出された衝撃砲の弾体は大型駆逐艦の艦尾を貫通、姿勢制御までが狂ったのか駆逐艦は動かなくなるし。

 フリゲートに至っては一隻が半ばから折れ曲がり、正面から砲撃を受けたもう一隻は構造体の下半分を消し飛ばされている。


「アルテ、速度リミッター解除、敵艦隊の中央を通り抜けろ」


「あいさー。推進器リミッターリリース、敵艦隊中央突破します」


「近接レーザー砲全起動、フルオート作動。大盤振る舞いしてやるぜ」

 中和しきれない慣性を体に感じると同時に、ケツを蹴り飛ばされたような加速で敵艦隊の中に突入し、レーザーをばら撒いている。

 何もない空間のあちこちで爆発が起きるが、近距離から発射されたミサイルまで迎撃しているのか?


「大型駆逐艦α2がシールド増大、衝突コースへ船体を割り込ませてきます」

 体当たりかよ、海賊もそうだが戦闘艦での体当たり好きなヤツ多いだろう!


「前方シールドを鋭角に調整、衝突寸前に主砲斉射。食い破れ!」

 なあイグサ社長、何でこんな事はいかにも日常でございって感じに冷静に対処できてるんだよ…


「連絡、敵艦船と接触します。

 各員は手近なものに掴まってショックに備えて下さい」


「衝突まで12、11、10。主砲斉射なのです」


「衝撃砲斉射なのですよぅ!敵シールド消失、船体に直撃弾」

 狙わなくても当たる距離まで接近した大型駆逐艦に主砲が連続命中、あっさりとシールドとブチ抜いて大型駆逐艦に風穴をいくつも作る。


「前方シールドの出力上昇、シールド範囲を鋭角調整…よし、間に合ったぜ!」


「大型駆逐艦と接触、シールド出力安定……リアクター誘爆反応。敵大型駆逐艦爆沈するのです!」

 投影ウィンドウ一杯に映った大型駆逐艦が折れ曲がって行き、艦体のあちこちで小さな青い光が漏れた次の瞬間、投影ウィンドウが青白い爆炎に染まった。



「ひあっ!?」

 接触と爆発の振動が立て続けに襲ってくる中、神経がワイヤーで出来ているんじゃないかと密かに疑ってる小娘も流石に悲鳴を上げていた。


「この光景はカメラマン冥利につきるが、ノンフィクションだって信じて貰えっかな」

 もう開き直ってカメラを構えている。

 いやもう驚き通り過ぎると無反応になるって本当だよな。


「ジャン、ジャン!何一人冷静なの、ずるくない!?」


「俺が知ってる戦闘と違いすぎて、逆に驚けないんだよ…」



「爆発範囲から離脱と同時に反転、軽巡洋艦に攻撃集中、シールドダウンと同時に突入ポッドを打ち込め!」


「あいさー、爆発半径離脱。艦首下部スタスラー及び艦尾上面スラスター全開、急速反転であります」

 爆炎から離脱した艦体が戦闘機じみた機動をしている。

 これ一応戦闘艦だよな?


「衝撃砲1番から4番と副砲1番2番を軽巡洋艦にターゲット、射撃ですよぅ!」


「軽巡洋艦のシールド消失を確認、艦首軸線安定、突入ポット射出なのです」



「ねぇジャン、周りの海賊戦闘機が減っているんだけど、無人戦闘機ドローンってあんなに強いものだったっけ?

 私がマネージャーに渡された教科書には時間稼ぎにしかならないって書いてあったんだけど」


「なんだって?」

 小娘に言われて投影ウィンドウのいくつかを見渡すと、無人戦闘機に追われた海賊戦闘機が1機、また1機と撃墜されていく。


「今追いかけられて撃墜おとされたの、確かコランダム通商連合・クラス3戦闘機の新型よ。

 この前ミリタリー系のクイズ番組でネタにされて、からかわれたから覚えてるもの」


「クラス3戦闘機を落とすドローンなんて聞いた事がないな。

 ……あっちも撮影しても信じて貰えないレベルかよ」



「突入隊ファントムアーマー・サージェントから画像付き通信。

 軽巡洋艦ブリッジの制圧完了、戦勝報告です」


「軽巡洋艦ブリッジの画像を他の海賊艦に流せ、降伏勧告に入るぞ」


「フリゲートβ1、2、4から降伏とマスターコントロール権が送られてきました。

 フリゲートβ5が逃走を開始」


「主砲照準。撃沈しろ」


「はいますたー。衝撃砲1番から4番、出力100%でターゲット。射撃ですよぅ」


「フリゲートβ5に主砲全弾命中。

 リアクターの誘爆反応を確認、爆沈します」


「敵性艦隊の降伏及び壊滅を確認。戦闘終了です」


「陸戦隊を編成、降伏したフリゲート各艦の武装解除をさせろ。

 『モロス4商隊』の被害状況は?」


「ドローンゴーストが大破4、中破以下が11。

 輸送艦は損害軽微、航行に支障なしとの事であります」


「損害があったドローンゴーストはワイバーン艦載機と交換、拿捕した軽巡洋艦とフリゲートの曳航準備をさせろ。細かい処理はミーゼとリョウに任せる」


「はいです」

「あいよ」



―――



「さてと、ナナフェルさん。当社の成功の秘訣は見た通りだ。

 分かって貰えたかな?」

 艦長席から歩いてきた社長が近くのシートに座って足を組む。

 当然のように銀髪の幼い少女が膝の上に乗っていくが、これはツッコミを入れたら負けだろうな。


「は、はぁ………」

 駄目だな、小娘が思考停止フリーズしてやがる。

 見た目理性的な美人だが、頭の中は馬鹿な小娘のままだから仕方ないか。


「ああ、心底分かったぜ。

 あんな無茶を日常的にやっているなら業績上がるのは当たり前だよな」


「名前を聞いても?」


「ジャン。カメラマンのジャン・ルイ・マークスマンだ。ジャンと呼んでくれ、イグサ社長」

 カメラを構えたままイグサ社長と握手する。

 レポーターを差し置いてカメラマンがしゃしゃり出るのは禁じ手に近いが、この状況じゃ仕方ないよな。


「よろしく、ジャン。良い画像は取れたか?」


「ああ、おかげで良い画像は取れたぜ。

 出来すぎ過ぎてだれも実写だって信じてくれそうにない画像だけどよ」


「それは諦めて貰うしかないな。

 言われた通りにうち(魔王軍)の秘訣を惜しみなく見せただけだぞ?」


「愉快すぎる秘訣だったぜ。

 なぁイグサ社長。今の会社辞めるから俺を雇ってくれないか?」


「ちょっとジャン。何言ってるの!?アンタやめたら別のカメラマン見つけるの大変なのよ!」

 そこだけ反応するなよ小娘。


「黙ってろよ。今回の画像は使えそうにないし、どの道俺もお前も崖っぷちだろう?」

 俺はまだまだ利用価値がある間は大丈夫だろうけど、この小娘の方はヤバイだろうな。


「えっ、使えないの!?……どうしよう、最近ただでさえ周りの扱いが厳しいのに」


「ジャン、理由を聞いても良いか?」

 社長さんが愉快そうに見てくるが―――やばい、目まで愉快そうなのに背中に冷たい汗が流れるぜ。


「今回の画像は会社に持ち帰っても『フィクションか?』と言われてお蔵入りするだろう。

 で、この会社にはこの手の記録がごまんとあると見た」


「ま、あるな。今回のは割と普通だ」

 あっさり頷きやがるな。

 どんな代物が眠っているのか考えるだけでも楽しくなりそうだぜ。


勿体もったい無いだろう?そんな映像をお蔵入りにしておくなんてよ!

 例えフィクション扱いされたって画像作品にすれば売れるし、子供位しか真面目にみないと思うが、少なくとも子供連中はすげぇ楽しんでみてくれる事間違いない!」


「……え、ジャン。何言ってるの、あなたそんな仕事熱心だったの」

 おうコラ小娘、さっきから文句ばかり言うんじゃねぇ。


「…はは、あはははははは!そうか、勿体無いか。ああ、その発想はなかったな」

 何かツボだったのか、イグサ社長は心底愉快そうに笑った。

 この人の笑い方、子供番組の悪役っぽいよな。


「気に入った。ジャン、雇用しようじゃないか。

 俺は賢い馬鹿が大好きだ―――ああ、褒めているからな?

 先に言っておくが、結果が出せるまで給料は最低限だぞ」


「望む所だ、すぐに結果出してやるぜ」

 よしっと思わずガッツポーズが出る。

 こんなにも熱い仕事への熱気が俺の中で燻っていたとは、自分でも驚きだ。


「はい、はーい!イグサ社長、私も雇って。

 今の事務所若い子入りすぎて居心地悪いの!」


「……そうだな。ジャン、最初の仕事だ。

 どんな相棒を雇うか、どう使うか任せる」


「ジャン、ジャン。私達友達よね、今まで色々な物騒な所一緒に回っていたわよね!?」

 全くこいつは…と、苦笑しか出ない。

 平常運転すぎて羨ましい。


「イグサ社長、こいつを雇わせてくれ。

 ちぃと頭は軽いが、神経のず太さとバイタリティは保障するぜ」


「え、本当にいいの?やったー!?これでもう後輩のお茶汲みとかしなくていいのね!」


「分かった、後で人事に話を通しておこう。

 ジャン、期待しているぞ」


「期待してくれていいぜ、期待以上の事やらかしてみせるからよ!」




 こうして俺は民間軍事企業『魔王軍』に就職を決めた。

 ナナフェル(おまけ)がついてきたが、酷使してもつぶれそうにないタマだから大丈夫だろう。

 後で確認したが、『魔王軍』のデーターベースに眠っていた映像は予想通り宝の山だった。


 手始めに英雄物語に憧れる子供達相手の映像作品を作る予定だ。

 ―――ああ、腕がなるな。



 ……え、その日撮っていた映像はどうなったかって?

 上司に「フィクションを提出するならもっとマシなの作れ」って言われて没になった。

 見る目の無いヤツだよな。




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