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40話:魔王、海賊の主と会合する



「ワイバーン、お前は間違っている、間違っているぞ!

 生命の可能性を軽んじ過ぎている。

 時間と因果、そして生命が進化の果てに持つ可能性は無限ではないが、それに非常に等しいものだ!」


『魔王様、こればかりはゆずれまへん。

 可能性が幾らあろうと、それ相応の内容を持つものに収束するものですわ!

 かつて人類が量子とそれが作る未来を確率の大小で導き出そうとしたように、未来も可能性も一定の方向性へと収束するものです!』


「生物の持つ多様性を忘れるな、例え無駄でありその先に行き止まりしか見えないと分かっていても生物は進化を行うんだ!

 魔法を見てみろ、この宇宙で科学に淘汰され行く技術かもしれないが、宇宙のどこかで今も存続され新しい可能性を模索し続けている!」


『確かに魔王様の持つ魔法技術は凄いものです、しかし科学技術がここまで興隆してなければ恒星系の外に出ることすら困難な技術ですわ。

 多様性の見本にはなりますが、その先へと続く大きな流れになるとは思えません!』



 俺と付喪神・ワイバーンが何時になく真剣に、そして熱く言葉を交わしているのは『ヴァルナ』ステーションの浮きドックに入渠にゅうきょしている強襲揚陸艦ワイバーンのブリッジだ。

 人気が無く、ブリッジのコンソールなど投影画像の大半が緑地に飾り気のない『メンテナンス中』の文字が浮んでいる



 別に特別な事件とかがあった訳ではない。

 ワイバーン艦体のメンテナンスで、外部ネットワーク接続系が数日に渡ってダウンしていた。

 ところが、その数日の間とワイバーンが半年以上首を長くして待っていたエロ系のデータがまとめて発売される日とが被ってしまった。


 発売されているのに触れないのは殺生すぎるとワイバーンに泣きつかれたので、俺がデーターの収納された物理ディスク―――もう直球で言っていいよな?

 エロゲーを届けに来たんだ。


 ……SF世界でもエロゲーは生き残っているみたいだな。

 俺が育った21世紀でも17世紀に生きていたサド伯爵の本がエロ方面でも評価されていたように、ピンク色の世界では時間が流れても素晴らしいものは色あせないようだ。



 届けた作品の一つが未だに生き残ってるらしい触手ジャンルだったんだが、俺が「宇宙生物には居ないようだが、魔法生物としてエロ触手を作り、種族として成立させる事が出来るのではないか?」と言ったところ。

 相当にファジーではあるが本体は機械であるし、何より触手ジャンルは創作に限ると信念を持ったワイバーンと『エロ触手は生命を持つ種族として成り立つかどうか』という深い命題を巡って、議論になって冒頭のようなやり取りになった。



 おっと、下らないとか言わないで貰いたい。

 男という難儀な生き物は心に抱く浪漫とエロにはどこまでも真剣になれる生き物なんだ。



「ワイバーン、このままでは議論は平行線だ。

 ならば俺がエロ触手を種族として生み出して見せよう。

 実物がいればお前も否定はできないだろう!」


『見せて貰いましょう。

 ですが、魔法で仮初の命を持ったものは認めません!

 いかにエロ触手の要件を満たしていようとも、そんなモンは有機体で出来た大人の玩具と同じですわ』


「見てろよワイバーン、お前がうなって降参する種族を生み出してみせよう!」

 ばさりとコート(魔王の衣)をひるがえしてワイバーンのブリッジを後にする。

 流石に新生物の創生実験をステーション内で行う訳にはいかない。

 ステーション外部の独立ブロック辺りに実験室借りて…休暇中だが忙しくなりそうだ。




●魔王の研究日誌より抜粋


 ―――実験1日目

 創生魔法の扱いの難しさを実感する。

 機鋼少女のようにある程度実体の下地があり、かつ生命体としてやや歪でも構わないなら色々ファジーに作成する事ができる。

 剣や盾と言った有機体でない物体なら、物質の構造をある程度把握していれば難はない。

 だが、何もお手本もないイメージだけの生物を1から構築し、かつ適応・繁殖・進化可能な生命体を作り出そうとするのは、魔王といえども困難な題材のようだ。


 サンプルとして生成した魔法生物としての触手達の処分に困っていたら、高速巡洋艦セリカ乗員の女淫魔達が嬉々として引き取ってくれた。

 何に使うのか非常に気になる。今晩は眠れない夜になりそうだ。



 ―――実験2日目

 昨日は夜に実家からの差し入れを持ったリゼルが泊り込みでやってきたせいで、本当に眠れない夜になった。

 起きたらもう夕方か……果てしなく体がだるいが、午前中の遅れを取り戻さなければいけない。

 実験室に向う道の途中にある、ドラッグストアの店頭に並んでいる栄養ドリンクが非常に魅力的に見えるが購入を我慢する。

 栄養ドリンクの類に手を出したら誰にという訳ではないが負けな気がする。

 ……頑張ろう。



 ―――実験3日目

 魔法生物としての触手なら幾らでも召喚できるのだが、生命体としての触手は調整が難しい。

 繁殖力を持たせないといけないが、異常繁殖をして人を脅かす程になってはいけないし、何よりエロ触手なので人に危害を加えるのは、具体的にナニとは言わないが極一部の例外処理を除いて行わないようにしないといけない。



 ―――実験5日目

 触手が生命体として生きて行く為のエネルギー源の構成に悩んでいる。

 触手としての性質上、たんぱく質が含まれた液体をエネルギー源にしたいのだが、どうやってその程度のもので消費エネルギーの全てを賄えるようにするかが悩ましい。



 ―――実験7日目

 普通の生物が持っている消化器官でのエネルギー吸収方式を諦める。

 液体の吸収だけではエネルギーを賄いきれない。

 結果、餓えた触手は貪欲に獲物を貪るようになったが、獲物を貪り続けた挙句餓死してしまった。

 便利ではあるが、これでは生命体として未来がない。



 ―――実験9日目

 たんぱく質を含む液体を体内で小規模核融合させてエネルギー源にする方式を諦める。

 一度核融合反応を起こしてしまうと、たんぱく質を含む液体以外をエネルギー源にしてしまうように進化してしまうケースが多発してしまった。

 幸い被験者の服が食われる程度で済んだが、下手をしたら何でも喰らってエネルギーへ変換する怪物になりかねない。

 残念だがこの方式の実験体は破棄するしかないだろう。



 ―――実験14日目

 エネルギー問題が解決した。

 「体内で特定のたんぱく質を含む液体のみ微量の反物質に変換できる」方式に切り替えたのが成功の秘訣だった。

 同時並行で実験していた魔法的エネルギーを主とするものが行き詰っていただけに感慨もひとしおだ。


 追記。

 助手から触手のエネルギー源が物質/反物質反応だと宇宙船のリアクターとして使えるのでは?と提案された。

 だが、エロ触手で動く宇宙船に乗りたいか?と聞いたら愉快すぎる程嫌な顔になった。

 流石の宇宙人でも避けたいものだったようだ。



 ―――実験15日目

 エネルギーについて新しい問題が発生した。

 エネルギー変換効率が良すぎて触手達がすぐに満腹になってしまい、獲物に興味を示さなくなったんだ。

 調べた所、一度の捕食で100年は生命活動を維持できるという試算が出た。

 これではエロ触手というより、置物か植物じゃないか。


 今度はエネルギーを消費する先を考えなくてはいけない。

 一定量しか体内に溜め込めず、余剰分をエネルギーキューブとして排出するタイプが有望だ。



 ―――実験17日目

 余剰エネルギーをエネルギーキューブとして生成させるのに成功した。

 個体としてはほぼ望みどおりの仕上がりになっている。

 後は繁殖問題だけだ。

 今日はプロトタイプの完成祝いに助手を誘って居酒屋に行こう。

 たまには息抜きも大事だな。



 ―――実験18日目

 頭が痛い。昨日の記憶がない。

 どうやら、また自分にかけた毒耐性減少魔法が効きすぎて酒に飲まれたらしい。

 起きたら何故か裏通りのホテルの一室にいて、枕元にちょっと豪華な夕食が食べられる程度のIC通貨が置かれていた。


 何が起きたのか全く記憶にないが、心の奥から切なさと虚しさがこみ上げてくる。

 今日は公園で噴水でも眺めながら1日黄昏ていよう…



 ―――実験19日目

 繁殖については順調だ。

 無闇に増えすぎず、絶滅しないように調整というのは本来難しい所だ。

 だがこの辺りをファジーにまとめられるのは魔法の強みというものだろう。

 同族にのみ対応する感知能力をつけて、感知範囲内いる同族の数が一定以下の場合、エネルギーキューブの代わりに卵を産むようにした。

 また、遭遇した同類と遺伝情報のやり取りを簡単に行える器官を新しく増やしたので種族として進化していく事も可能だろう。



 ―――実験22日目

 複数の被験者を使った臨床実験も一通り完了した。

 稼動状態も生体反応、繁殖方式も問題ない。

 これで開発完了と言っても構わないだろう。


 ワイバーンよ、俺の本気を見せてやる…!



<<魔王は『創生魔法・触手創造』を習得した>>




 魔王は後に語る。

「つい頭に血が上ってカッっとなって作った。男として後悔はしてない」




 余談なんだが、エロ触手は生命体として完成したものの使い辛い代物だった。

 まず魔法生命体や召喚体と違って、一つの生命として独立している為に、召喚生物ほど制御が効かない。

 効かないというかそういう風に作ったんだが、知能はあるものの基本的に本能の赴くままに動くので躾が大変だった。

 さらに生き物なので使用が終わった後ポイ捨てする訳にもいかず、飼育に飼育場所の確保にと手間もコストがかかる。

 実験中に作った生殖能力を持たないプロトタイプに『ゴンタ』と名前を付けて、ワイバーンにある乗組員用倉庫の一室を改造して飼育する事にしたんだが、その他にも10体ほど完成体がいたので飼い主を探す事になったんだ。

 魔王軍で働いている女性淫魔達に引き取って貰ったんだが、犬猫ならまだしも触手の飼い主を探すハメになるとはな…



 浪漫の生き物も実際に作ってみると不便なものだ。



―――



 使い古された陳腐な言葉だが、人の命は金では買えないという言葉がある。


 良い言葉じゃないだろうか。

 人の命だって金次第よと下衆い台詞を吐く人間ばかりだったら、魔王として立場に困るしな?




 人の命は金では買えないという主張がある反面、人の命を金にする仕事は確固として存在する。

 民間軍事企業や傭兵、賞金稼ぎなどもその一部だな。


 余程特別な事情でもなければ、賞金首や海賊は生死問わずであるし。

 戦争に加担すれば、自分と仲間や部下の命をチップに敵国兵士の命を報酬に換える事になる。


 当然、人に恨まれる仕事だ。

 海賊だって海賊船に湧いて出てくる謎生物という訳ではないので、当然親もいれば兄弟友人知人だっているだろう。

 例え海賊や無法者だったとしても、誰かが死ねばその縁者が殺した相手を憎む事だってある。


 民間軍事企業や賞金稼ぎが受け取る賞金の中には、そんな憎悪の対象になる事まで含まれているのだろう。



 SF世界の国家は無法者や海賊には冷淡だ。

 アドラム帝国は貴族文化の残り香があるので、決闘やあだ討ちと言ったものが理解されやすいものの、海賊及び無法者を根拠にした復讐行為をした場合、問答無用でテロリスト扱いを受ける事になる。


 未遂でも相当に高額な賠償金と罰金を受けるし、治安当局にマークされたり生活に不自由する事になる。

 もし復讐を実行して捕まった場合は、相手にかすり傷一つ付かなかったとしても基本的に極刑になる。


 また、復讐者を過剰な位の手段で逆に殺害したとしても罪に問われる事もなく、それこそ復讐者を捕らえて非道な事をし尽くしたとしても咎められる事はない。

 これはアドラム帝国に限った話ではなく、フィールヘイト宗教国、ユニオネス王国等周辺諸国でも大差ないので、どれだけ各国が海賊やテロリストに頭を悩まされているか分かるというものだ。




 ―――だから、まあ。


「民間軍事企業『魔王軍』代表、サナダ・イグサっ。

 あなたに殺された兄の仇……覚悟しなさい!」


 平和だった『ヴァルナ』ステーションの商店街に、通行人達の悲鳴が木霊する。

 俺の前に立ちふさがったのは、震える手で熱線銃ブラスターを突きつける、悲壮な表情を浮かべたテラ系アドラム人の美少女。

 庶民というには小奇麗なお嬢様風の服装、栗色の長い髪。

 荒事に慣れていないのだろう、銃を持つ手は震えているし顔色も蒼白で、俺に向ける感情も怒りの中に隠しきれない怯えが多く含まれている。

 平然としている俺とは対照的すぎて、これではどちらが脅されている分からない。



 もう俺の男心じゃしんが『獲物だ、好きに貪り食える美味そうな獲物が来た』とか歓喜を通り越してお祭り状態になっても仕方が無いと思わないか?



 たまには男心じゃしんの赴くまま手を出して、美少女に酷い事のフルコースをしてお楽しみしたくもなる。


 やってしまえ、魔王なら酷い事の1つ2つ見せるのがエンターテイメントというものだろうと言われそうだ。


 だが待って欲しい。

 美学ある悪を志す身として、そんな衝動に身を任せて短絡的な事をするのは慎みたい。


 例えるなら最高級の肉を熟成する前に、塩もつけずに生で食べてしまうようなものだ。

 どうせ食べるなら美味しく調理して一番いい方法で頂きたい。


 毒牙にかけないとは言わないし言えない。

 悪たるもの、毒牙にかけるまでの過程を大切にしたいものだな。




「何をぼけっとしているの、ひざまずいて命乞いをしなさい―――!」

 おっと、考え事に熱中しすぎていた。

 我ながら緊張感の無い事だが、一週間に一回はこの手のイベントが発生しているので、いい加減慣れてきてしまっている。


「一つ教えてくれないか?

 ”兄”とやらはどこでくたばった馬の骨だ?

 海賊やら無法者やらの名前や顔を一々覚えている程暇じゃなくてな」

 挑発も兼ねた発言だが、割と本音でもあるんだ。


 フリゲート一隻静めるだけで数十人から百人位が艦と運命を共にするんだ。

 沈めた海賊艦の海賊の顔や名前を覚えて回るような暇も趣味も無いからな。

 判れという方が無茶というものだろう。


「こ、この外道―――!」

 俺の台詞に顔を真っ赤にして激昂する少女。

 いや、兄って海賊か賞金首やっていだんだろう?そっちの方が外道じゃないか。


『概念魔法発動:炎属性耐性Ⅵ』


 久しぶりに指をパチンと鳴らして魔法を発動。

 少女が立て続けに連射しているブラスターの熱線がコートの表面で弾けて消えていく。


「なんで!何で死なないの!」

 少女がお気軽に扱える程度の小口径のブラスター程度、アルビオンの砲撃に比べれば随分とぬるいものだ。

 我ながら比較対象がおかしいとは思う。


「何でこんなヤツは殺せないのに兄さんは死んだの!なんで……きぁっ!?」

 ブラスターを受けて平然としている俺を見て涙を流す少女へ、冷静にスタンピストルを撃ち込んで気絶させる。


 少女の憤りとかその背景にある人間ドラマとか、非常に美味しい素材ではあるんだが、毎回付き合っていたら日が暮れてしまう。



 さて、どうしようか。

 まだ詳しく聞いてないが、少女は賞金首か海賊の親類縁者の類だろう。

 このまま自衛団か帝国の地方行政府に突き出せば面倒も無いんだが、それはあまりにも勿体無い。


 運良く普通に処理されるとしても、大きな地方行政府があるステーションに送られて極刑が待っているだろうし、担当官が少しばかり自分の欲望に忠実だったら、その前に調査と題して色々とお楽しみな事をされるだろう。


 俺は魔王であるからして、そんな腐敗は許せない!とか憤る事もないが、そんな羨ましい事を顔も知らないヤツに譲る位なら、俺が美味しい所を頂いてしまいたい。



 だが、意志が強そうな少女だから、このまま連れ帰ってもなかなか手こずらせてくれそうだ。

 いくら仇だとしても、顔を合わせたばかりの生身の人間に対して躊躇無くブラスターの引き金を引ける少女はそう多くない。

 というか多く居たら怖い。


 よし、丁度良い。

 最近飼い始めたペットの餌になって貰おう。

 餌といっても身に危険が及ぶ訳じゃない。

 ちょっと人としての尊厳がごりごりと削れて磨耗すると思うが、命が失われる事に比べれば随分とマシだろう。

 2,3日餌にしておけば少女も素直になってくれるんじゃないだろうか。


 ……いい加減、ゴンタの『餌』の調達が大変だな。

 吸血鬼に献血パックではないが、似たような成分の液体パックを探さないと。

 その手のモノは少々特殊な大人向けの店に行けばあるだろう。

 SF世界の住人達の業の深さに今回ばかりは感謝だな。




 気絶させた少女を肩に担いで、さて帰ろうか―――と少女へ手を伸ばした瞬間に嫌な予感を感じて首を反らす。

 ヒュン!と小さな風切り音を立てて、頬のすぐ横をダガーのような形状のマテリアルブレード(実体剣)が通り過ぎ、ビィン!と甲高い音を立てて木製っぽい八百屋の看板に半ばまで埋まる。

 ……野次にしてはちょっとばかり殺傷力高くないか?


「なぁ、兄さん。その子だけじゃ少々物足りないんじゃないかい?」

 刃物を投擲してくれた人物―――遠巻きに見ていた野次馬の中から出てきたのは、俺としては普通、つまりSF世界にしてはクラシックなジャケットスーツを着た男装の女性だった。


 少女の面影を僅かに残し、可憐さを兼ね備えた美しい風貌。

 強い意志をたたえた瞳に、さらりと伸ばしたルビーのように赤い長髪と引き締まった肉食獣を彷彿させる肉体と、豊かな胸が印象的だ。

 身も蓋もない言い方だが、一言で表すなら「気の強そうな美人の姉ちゃん」だな。


「この物騒な子の知り合いか?」


「いいや、初対面だね。けどまぁ…その子が言ってた兄さんとやらの同業者さ。

 この国の仇討ちに関する法律は知っているだろう?

 海賊や賞金首関係者の仇討ちをやらかしたら、殺人よりもなお重い罪に問われる。

 可愛い子じゃないか、そんな若い身空で命を散らせさせるのは勿体無いとは思わないのかい?」

 女性が同業者とカミングアウトすると、女性の周囲にいた野次馬が一斉に離れていく。

 慌てて距離をとるものの、それでも野次馬を続ける辺り『ヴァルナ』ステーションの住人は本当にたくましいものだな。


 しかし、この女性は俺が美少女を自衛団に突き出して小銭に換えると思っているのか。


「ああ、勿体無いんじゃないか?

 俺が雀の涙程度の賞金目当てに少女の身柄を引き渡すと思われているのも心外だ」

 失礼な話だ。こんな「いくらでも酷い事しても大丈夫」な美少女とか俺が簡単に手放す訳がないだろう…! 


「そりゃ失礼したね。

 なら、どうするつもりか教えて貰えるかい?」


貴女あなたの言うようにこの少女はまだ若い。

 ―――なら、色々と使い道があるだろう?」

 にやりと、ふてぶてしい笑みを口元に浮かべる。

 悪っぽい台詞が言えるチャンスは逃さない…!


「そうかい、聞いた話より随分と外道って訳だ。

 噂はアテにならないねぇ。

 なぁ”魔王軍”代表、イグサ=サナダ?」

 聞いた話よりって、どんな噂が流布しているのか気になるじゃないか。


「俺の名前を知ってるか、貴女の名前も教えて貰って良いか。

 むつみ合うにも名前も知らないと興ざめだろう?」


「そりゃ失礼したね。アタシはカナ、ケチな海賊さ。

 たまたま出合ったのも何かの縁だ、その子の兄さんとやらの代わりに魔の手から守ってやらないとね!」

 カナが背中に背負っていたバックから取り出したのは2本の片手斧、実体斧の上にブゥン…と高周波音を立てる所を見ると、高速振動する刃付きか。

 旧式とか型遅れを通り過ごして、アンティークや趣味の世界だな。


「魔の手を先に伸ばされたのは俺の方じゃないか?

 カナがその気なら手加減は要らないよな?」

 スタンピストルを構えて頭、胸、腰の順番に狙って撃つが、ギン、ガン、ギン!と音を立ててカナが持った斧に銃弾が弾かれる。

 まさに神業と言っても良いだろう。

 遠目にこちらを伺っている野次馬の中からも『おおぉー』と感嘆の声が上がる。


「手が早すぎやしないかい?浮気性の男は嫌われるよ」

 息を切らした様子もないカナ。

 なる程、態度に見合った実力を持っているようだ。


「手が早いのは許してくれ、俺の浮気性は死んでも治りそうにない」


「いいねぇ、その余裕面から命乞いの言葉を吐かせたくなったよ、次はこっちの―――」


「まあ待て、もう少し俺の手番だ」

 手に持っていたスタンピストルのエネルギーカートリッジを抜き落として大型カートリッジに差し替え、反動軽減用のストックを伸ばし、銃身補強・冷却用の追加フレームを取りつける。

 その間約3秒。

 手の中にあったスタンピストルは簡易的な改造によって、スタンサブマシンガンへと変貌していた。


「これも全て防げるというなら脱帽するしかないな。行くぞ」


「ちょ、待っ―――ー!?」

 パララララララとスタンビームの連射音が商店街に鳴り響く。

 いや、麻痺効果のある魔法よりお手軽で良いな。


「5発目までは弾いていたな。なるほど、大した腕利きだ」

 流石に連射され続けるスタンビームを全部弾ける訳も無く、気絶し地面に倒れて体を痙攣されるカナの姿があった。

 ライム位になれば鼻歌混じりで全部弾くか避けると思うが、非常識ファンタジーに首までどっぷりと浸かって無い限り、避けろというのも無理な話だろう。


 周りの野次馬から「ええー…」という失望の視線が飛んでくるが無視だ。


 派手に殺陣たてをやらかした方が見栄えも良いし浪漫もあるが、それだけ時間がかかって騒ぎを聞きつけた自衛団などが駆けつけやすくなるだろう。

 少女とカナを素直に引き渡すような、勿体無い真似をしたくない。


「さて、何をするか色々と夢が広がるな」

 左肩に少女を、右肩にカナを担いで帰路につくのだった。



―――



「おいイグサ、海賊ギルドのギルドマスターを知ってるか!?」

 魔王軍『ヴァルナ』ステーションオフィスで書類を片付けた後、備え付けの端末で情報ネットに繋いでネットサーフィン的な事をしていたら、血相を抱えたリョウが飛び込んできた。


「知らない。そもそもリョウが映像の1枚も見せないようにしているんじゃないか」

 返事が憮然とした口調になってしまう。


 それもそのはずだ。

 海賊ギルドの元締めたるギルドマスターはリョウの親族で妹分らしいんだが、一度も会った事がない。

 会おうとするとリョウに全力で妨害されていたからな。

 何でも親族な上に妹分じゃなければリョウが手出ししていたような女性なので、似通った趣味を持つ俺が出会ったら魔の手を伸ばすだろうから、会わせないし会わせたくないそうだ。


 失礼な話だが、色々と心当たりがありすぎて反論できなかったんだよな。



「…そりゃそうか。なンだ、焦って損したぜ」


「ギルドの方で何かあったのか?」


「いやよ、いい加減海賊ギルドの黒幕に挨拶の一つ位してぇって言われてたンだよ。

 この前ジャンプして戻ったアトスに小型機で相乗りしてきたはずなんだが、いつまで経っても連絡ねぇからホテルに確認したら、この数日戻ってきてねぇ…ってよ」

 心底心配そうなリョウ。

 俺への反応で丸分かりだったが、リョウはシスコンの気があるな。

 シスコンと言えば悪く聞こえるが、それだけ家族を大事にしているという事だ。

 俺はそういうのは嫌いじゃない。良い兄貴分してるじゃないか。


「数日位なら観光しているだけかもしれないが、何か心配事があるのか?」


「挨拶って義理通すだけじゃないンだ。

 あいつは昔から気が強くてさ、海賊ギルドの上に立つヤツの品定めをしてやるって前から言ってたンだよな」

 それで俺の所へ来たのか。


「事情は分かった。残念だが俺の方もこれといって心当たりが無い。

 見れば分かると思うが、いつも通り平和なものだ。

 なぁリョウ、せめて名前と映像の一つ位教えてくれないか?

 名前も顔も知らないのではどうしようもないぞ」


「……………………分かった、こいつだ」

 随分長い躊躇ちゅうちょをしてから、一枚の投影画像を送って来た。

 携帯汎用端末を操作して投影画像表示させる。


 投影画像にはすらりと背が高い、赤毛の女性が映っていた。

 意志の強そうな瞳に燃えるような赤い長髪、男物の服だろうかすらりとしたスマートな男装の軍服風の服を身にまとっている。



 とても見覚えがあるな。しかもつい最近。



「……名前を教えて貰っていいか?」

 声が震えないようにするのは大変だった。


「カナだ、カナ・トツカ。何か知ってねぇか?」


「この辺では聞かない変わった苗字だな。何かあったら連絡する」

 何か知っていたら連絡するとは言っていないし、知らないとも言っていない。

 うん、嘘をついてはいないよな?


「頼むぜ、俺は裏通りの店を虱潰しに見てくるからよ!」

 言い残すと外へ走り去っていくリョウ。



「……どうするか」

 我慢していた冷や汗がどっと出てきた。

 カナはワイバーンに連れ帰って尋問したが、案の定何も言わず黙秘していたので、同じ日に捕まえた少女と一緒にゴンタの餌にしておいた。


 少女の方は2日でやや瞳が虚ろになったものの、素直になったので今は第二秘書課で研修を受けているはずだ。

 カナは強情なままだったから、ゴンタの所へそのまま放置してもう6、いや7日目か?

 ……色々とまずい。人格が崩壊してなければ良いんだが。


 いつものコートを羽織って慌ててオフィスの外へ飛び出した。




「カナ、意識はあるか?」

 案の定酷い事になっていたので、ゴンタの飼育場からワイバーン内にある俺の部屋に連れ出してたんだが……良かった、反応は鈍いが瞳に感情の色はまだ残っているな。


「さてどうするか、リョウへ連絡するにも身だしなみを整……むぐぅ!?」

 今後の善後策を考える俺の両手首をがしっ!とカナに掴まれて唇を奪われた。

 そのままベッドの上に押し倒され、俺の上へ馬乗りになったカナの瞳は少し前の感情の薄いものではなく、野生の獣のようなギラギラと剣呑な輝きを湛えて―――デジャヴを感じる。


「待て、待とうかカナ、今はこういう事をしている場合じゃ―――」


「覚悟の話は―――はぁ、知っているかい?―――はぁ、戦士たるもの武器を持って戦場に立つからには、相手を殺す覚悟と、相手に殺される覚悟がなければ、はぁ―――いけないってさ」


「覚悟?いや何の話かさっぱり分からないぞ!?」


「はぁ、はー―――アタシにあんな事をしたんだ、当然似たような事をされる覚悟は、はぁ―――あるだろうね?」

 熱い吐息を漏らすカナの口が笑みの形へ歪んでいく。

 カナの笑みは猫科の肉食獣が獲物を前にして浮かべるそれと同じ様に見えた。


 だが甘い。伊達に毎回ライムやリゼルに襲われている訳ではない。

 自慢じゃないが俺ほど押し倒され、襲われ慣れてる魔王もいないと言っても過言ではないだろう。

 ……本当に自慢にならないな!

 


 それこそ薬品でドーピングでもされてなければ返り討ちにしてく……れ……


 あー。そういえば、ゴンタが分泌する粘液は対象を殺してしまわないように栄養価が非常に高いし、摂取してからのごく短期間であるが無尽蔵の体力を与えるし、精力剤としても非常に優秀だったな。


「ちょっ、待て、誰か助け―――むぐぅ!?」






 翌々日、ワイバーンの船内点検に来た魔王軍の船員が満足そうな笑みで眠っているカナを発見して連絡、一報を受けたリョウに無事保護された。

 その際、同時に発見された「被害者1名」については船員の一存により隠匿されたのだった。



―――




「イグサ、紹介するぜ。こいつが海賊ギルドの長、カナだ」

 魔王軍『ヴァルナ』ステーションオフィスの一角にある応接スペースに俺とリョウ、カナが集まり紹介をされていた。


「海賊ギルド代表カナ・トツカ。

 元『隠者の英知』の海賊達に代わって助命の礼と、海賊ギルドの長として挨拶を。

 無法者の中で『無法者の法』を司る者として義理を通させて貰うよ」

 黒を基調に金色の飾りがついた軍服風の服装、アドラム帝国周辺の文化圏での伝統的な宇宙海賊服に身を包んだカナが深々と礼をする。


「民間軍事企業代表イグサ・サナダだ。

 何、礼などいらない。

 義理や人情で助けた訳ではなく、企業人として助けた方が儲かる事をしたに過ぎないからな。

 なぁリョウ。お前の親族だと聞いたがやっぱり賢者の一族か?」


「そうだぜ。前に説明しただろ、平時はエルフの一族が魔法知識の継承と維持を、勇者が見つかれば人間の一族が当代の賢者として勇者に付き従うってな。

 カナは人間の一族の当代賢者候補筆頭、勇者が見つかれば8代目賢者を襲名して勇者に同行するはずだったヤツだ。

 ま、もっとも本人は魔法だの呪いだのよりは、海賊として船や銃でドンパチやっている方が性に合っていたみたいだけどよ」


「酷い事を言うねぇ、リョウ兄ぃ。言い返せないのがシャクだけどさ」


「女宇宙海賊っぷりが板についているしな。

 そのナリで賢者ですと言うのも辛いものだろう?」


「そうそう、分かってるじゃないか。

 爺さん達が待望していた勇者がポシャったのは気の毒だったけど、この稼業を続けられるってのはアタシにしたら幸運だったしね」


「不良娘め、ったく挨拶も終わったンだから早く帰って仕事してきやがれ」


「邪険にしないで貰いたいね、折角シャバの空気を吸えるんだし。

 何より”ご主人様”に出会えたんだ、少し位甘えてもいいじゃないかい?」

 カナは悪戯っぽく言うと俺の腕を抱いて密着してくる。


 パキンと、硬質なものが割れる音がオフィスに響く。

 リョウの手の中にあった陶器のカップが砕けた音だった。

 あのカップは辺境区で作られてる磁器製品だから結構良い値段するんだけどな。


「イグサぁ!てめぇ俺の妹分に何しやがった!」


「何したというか何された方だぞ今回は!」


「あんな事までされたんだ、もうお嫁に行くしかないじゃないかい」

 俺の肩を抱き寄せて胸元に頭を押し付けるカナ。

 くっ、カナの性格に見た目だとわざとらしく頬を染めてしなを作るより攻撃力が高い…!


「待てカナ、キャラが違うっていうか、その反応はわざとリョウを煽ってるだろう!?」


「イグサぁ。表出ようぜ。り合うにはここはちぃと狭すぎる……」


「リョウ、キレすぎだろう。というかお前はそんなシスコンキャラだったのか!?」




 こうして海賊ギルド長との会合は一部を除き概ね和やかに終わり。

 海賊ギルドも海賊ギルドの構成員も義理人情を大切にすると分かったし、海賊ギルドを運営する上で契約と規約ルールを遵守すると、海賊ギルドの長と確認できたのは大きな収穫だった。





魔王様は加害者なのか被害者なのか議論が尽きない今日この頃です。

容量的には2話分位ありますが、話として繋がりがあるので1話にまとめさせて頂きました。

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