<< 前へ次へ >>  更新
4/78

4話:魔王、村人を捕らえる

 勇者様と2人で空を見上げていると、被弾して航行装置が壊れたのか、この星の重力に引かれ、宇宙船が火の玉になってたまに落下してくる。


「花火にしちゃ派手だよなぁ。

 てーか、大気圏で燃え尽きないとか凄いテクノロジーの結晶なんだろうな」

 落下したのがご近所だと、ズゴォン!と腹に響く音と衝撃波がやってくる。

 これも『耐風属性LV10』の効果なのか、魔王効果なのか。

 勇者様は姿勢を低くし盾を構えて衝撃波をやりすごすが。

 俺は髪の毛が埃っぽくなる程度の、ちょっとした強風程度でやり過ごせた。


「これからどうすっかなぁ」

 周囲の地形を薙ぎ払うような衝撃波で乱れた髪を直しながら、これからの事を考えていた。

 美少女と2人だったら、もう生めよ増やせよとアダムとイブと子供達的な、ハーレムハッピーエンドを迎えるのも悪くはない。

 魔王としては少々物足りない結果ではあるが。


 ただなぁ……勇者様が子供すぎてそれはどうかと思う。

 そこ、悪ならロリだろうがペドだろうか、好き放題やればいいだろうとか思ったヤツいなかったか?

 いいかい?悪ってのは難しいんだ。

 確かに勇者様はちょっと若すぎるが、ナニができないってレベルでもない。

 見た目いいしな。これ大事。

 おっと、話がずれた。

 でもな、この状況で見境無くやっちまってどうするよ。

 良く考えてみろ、他の誰も居そうにないんだぞ?

 どんな美味しいご馳走だって毎日食べてれば飽きるもんだ。

 好き放題やったとしてだよ。

 その好き放題に飽きてつまらなくなる未来が見えるぞ?

 一時の欲望で色々楽しめそうなものを使い捨てるのは、美しい悪じゃないだろ。

 ……え、否定しないのは外道だって?外道上等だよ、だって俺、魔王だし。


「寒気がする。気温が低下してない?」

 この勇者様割と勘がいいな。色々気をつけよう。


「いや、特に変化してない。気のせいだろう」

 悪の嗜みとして長年研鑽を続けたポーカーフェイスは伊達じゃない。

 ゲスい下心や殺気なら、この勇者様も察知するだろうけど。

 ただのエロい考え位なら隠し通せる自信がある。


 あ、エロい事を上手く隠し通しすぎて、妹に「兄さんは女性に興味がないの?」と、何か凄い期待の目で見られた記憶が出てきた。…封印封印。


「もういい加減、死人が何人出たから強化されましたメッセージを聞き飽きたな。

 勇者様よ、そっちもまだメッセージはだらだら出てるかい?」


「うん、出ている。流石にステータス強化とスキル開放位しかないけど」


「どうにも、科学が進みすぎて死人が出すぎる世界ってのは確定っぽいな。

 数的には古典的なスペースオペラほど酷くなさそうだけどよ」

 古き良きスペースオペラアニメの金字塔なDVDボックスが家にある。

 ファンタジーも好きだが、あっちも嫌いじゃない。

 高校の時に色々やんちゃして、あぶく銭を入手した時に購入したものだ。

 あの冷血な参謀の人が好きなんだよなぁ…


「そう?数が多すぎて実感がない」

 判らないらしいな、もし出来るならあのDVDBOXを全話マラソンさせてやりたい。


「ま、この世界が普通にSFやってると思っておけば間違いないさ」


 そんな会話をしている時の事だ。

 ヒュィィィ…とモーターっぽい音と共に、ブーメランのような形をした白い戦闘機みたいなものが頭上を通過して行った。

 被弾しているのか翼から白い煙をあげたまま、ゆらゆらと不安定に飛んでいったと思ったら高度を下げ、ガリガリガリリと耳に痛い音を立てて、近くの荒野へ落下した。


「墜落したな、派手な音はしたけど…形は残ってるようだ。

 生存者探しに行くけど、勇者様はどうするよ?」


「魔王が率先して人助けをするの?私も行くけど」


「オーディエンス(観客)の居ない悪役なんてつまらないだろ?

 それにこの世界の事聞けるかもしれないしな!」

 地面を蹴って飛び跳ねるように墜落地点へと移動する。

 ステータス強化って凄いな。ちょっとジャンプしただけで半分空飛んでる。

 これじゃNINJAを越えて、どこのアメコミ的なヒーローだよってレベルだな。



―――



「これが宇宙船ね、この鋭角なデザインからして分類的には戦闘機か?」

 墜落した宇宙船を近くで改めて観察する。

 全長は縦10m、横幅30m位、色は白だけど、塗装が剥がれている所は銀色か?金属っぽい光沢をしている。

 全体的な形はブーメランを2枚重ねたような形だ。胴体部分と翼の先端で繋がっている。

 格好良いデザインだな、欲しくなってきた。

 地面には30メートル位に渡って戦闘機が地面を削った傷跡が残っていけど、本体はそこまで大きな傷がない所を見ると、何かしらの保護装置でも働いていたのだろう。


「よっ、と」

 コックピットらしいものがある宇宙船の胴体部分に飛び乗る。

 キャノピーがあるな……安全の為なら、全周モニターにしてコックピットをもっと奥に押し込んだ方が良いと思うけど、兵士の命が軽いのか?


「構造とか判るの?」

 追いついてきた勇者様が物珍しそうに、宇宙船の周囲を見渡している。


「正直良く判らないけどさ、科学が素直に発展してるなら、操作とかは誰でも一目で判ったり直感的に動かせるようにするもんさ」

 大学で同じサークルにいる、ロボットマニアの友人が語る技術発展とかの講義は、結構ためになるんだよな。


「そう……なのかな」

 どうにもこの勇者様には男の浪漫を今ひとつ解して頂けないようだ。

 まあ、まだ少女コミックが好きそうな見た目だしな。


 こういう戦闘機や戦闘艇っぽいコックピットは、閉じ込められたり中で意識を失ったやつを外から助ける為の何かが…と、あった。回転式のレバーだな。

 キャノピーの横にあったレバーを掴んで、歪んで堅くなってるのを半ば無理矢理回転させる。

 プシャァ!と空気が抜ける音を立てて、キャノピーが開いていく。

 未来的なアレンジがされた現代地球の戦闘機に近いコックピットには、16歳位の少女が意識を失って座っていた。結構…というか、かなりの美少女だ。

 少女は黒髪をしてるし、肌も白というよりはやや黄色気味。日本人に近い感じだ。

 グレイタイプみたいにのっぺりしてたり、少々受け入れ難い毛むくじゃらの宇宙人じゃないのは助かるな。グレイタイプはキモいし苦手なんだよ……

 俺や勇者様と同じ人間?……いや、頭から猫のような耳が生えているな。猫のような耳が生えているな!大事な事なので2回言いました。


 猫耳少女キタぁぁぁあ!、ファンタジー万歳!!

 この際SFでも良いけど猫耳少女万歳、万ざ―――

 ―――いけない、冷静になろう。

 魔王としてこの子は全力でお持ち帰りするがな……っ!


 少女の服装はジーンズの作業着をスタイリッシュにしたような、パイロットスーツというよりは、メカニック風の服装だ。

 胸ポケットや腰に工具的なものがついているしな。

 意識を失ったまま苦しそうに……っと、やばい、忘れてた。


『法理魔法発動:環境適応Ⅴ』

 苦しそうだった猫耳少女の呼吸が安定する。

 土壌汚染強ぇー…ってか宇宙人でもこの環境はキツいのか。


『祈祷魔法発動:治癒Ⅲ』

 ついでに怪我しているといけないので、回復魔法もかけておく。

 淡い光に包まれた少女の体のあちこちにあった打撲が消えていった。


 狭いコックピットから猫耳娘を連れ出して、近くの地面に寝かせる。


「猫耳?…ファンタジーっぽいけど、宇宙人ならこういう種族もありかもね」

 治療中にひょこりと隣に顔を出した勇者様も興味があるようだ。


「魔王。さっきから気になっていた。SFな世界なのに魔法使えてる?」

 ああうん、俺も気になっていた所だ。


「この環境適応って魔法はさ、法理魔法って分類でこの世界の法則に沿った現象を起こすもんなんだよな。だから物理法則が違うような異世界だとまともに動かないはずなんだよ。

 つー事はだ、俺と勇者様がSFな世界に紛れ込んだってより、魔王と勇者が召喚されるはずのファンタジー世界が科学にでも目覚めちまって、そのまま技術発展しすぎたんじゃないかな?」


「……ん。理論的な判断。私もその推測は合ってると思う」


「……う………あ」

 おっと、猫耳少女が目を覚ましそうだ。

 王子様はいないので、魔王様のキスで起こしたいが、ガツガツするのも悪としてはみっともない。紳士的な対応をしよう。


「……?+A@きf<0!?」

 ああ、やっぱり言葉通じないよな。


<<スキル:『アドラム帝国汎用語』が追加されました>>


「勇者、スキルポイント余らしてあるか?」


「うん。後から振り分けできるらしいから、残しておくのは当然」

 じゃまぁ、取得と行きますか。

 言語系スキルツリーオープン…っと。言語系スキルは年代別に並べられてるんだが、新しい言語スキルは飛びぬけて奥の方にあるな。

 アドラム帝国汎用語LV1(MAX)取得、っと。


「あわわわ、どうしよう。この人達知らない言語使ってる。

 自動翻訳機も動かないし、格好からして未開人かな……?

 あっちの子なんて鎧に剣とか。私殺されちゃうのかな。うううう……」

 惜しい、猫耳娘なのに語尾が「にゃ」じゃないのか。

 主に勇者の鎧姿を見て怯えてるようだ。

 まぁ、勇者様はファンタジー過ぎる格好だしな。現代の地球人でも怯えるよなぁ。


「あー、あー。お嬢さん。そんなに怯えなくても大丈夫だ。この言語で判るか?」

 早速取得した『アドラム帝国汎用語』で話しかける。


「え、はいっ!良かった、言葉が通じたんですね」

 ぱぁ。と顔を輝かせる猫耳娘。小動物的な子だな。


「いや、今覚えた」

「同じく」


「はえっ!?」

 目を白黒させている。

 うん、やっぱり猫娘だ。尻尾もついていて、驚くとピンと伸びて毛が逆立つのか。

 ………いいね!

 1人の魔王様が「いいね!」と言っています。なんてな。


「え、えっと。自動翻訳機に言語追加されたとか…かな」

 実にSF的な解釈だが、この子がそれで納得できるなら良いか。

 勇者様にも視線でアイコンタクトを送ると頷いているし。


「まあ、そんなもんだ。状況はわかるかい?」


「えっと…確か母船が質量弾の直撃を受けて沈みそうになって……ええと、退職金代わりに貰おうって艦載機に乗り込んで………ドローン・ファイター(無人戦闘機)に襲われて推進器が被弾したから高度を下げて…」

 この猫耳っ子。割と良い性格してるようだ。

 さらっと退職金代わりに、勝手にこの戦闘機乗り逃げしたとかなかなか悪の才能あるな。


「…えっ、ええ!?たしかこの星は対惑星用の原子分裂弾受けて、全面汚染されてるはずなのに、なんで私もあなた達も普通に呼吸できてるんですか!?」

 原子分裂…?核分裂かよ、土壌汚染って放射性汚染とかそっち系!?

 そりゃ毒耐性スキルあっても苦しい訳だよ!

 あー……でも放射線だけじゃ、目とか鼻痛くならないよな。

 他にも色々ヤバげな汚染物質が撒かれていたんだろう。


「分裂弾って何?魔王判る?」

 勇者様はピンと来なかったようだ。


「あー…判りやすく言えば核爆弾だな。

 多分、爆発より放射性物質の汚染広げて人を住めなくするのが目的の」

 これでも元・理系の大学生なので。

 いやまぁ兵器だのなんだのは、サークルの悪友連中から叩き込まれた知識だけどさ。

 流石に核爆弾という表現は判りやすかったのか、勇者も嫌な顔をしていた。


「……汚染度は…やっぱり致死レベルだ。何で普通にしてられるの……?

 私もう死んでて幽霊とか…?」

 猫耳娘がスマートフォンみたいなものを手にしている。

 測定器かな?汚染度計測できてるようだし。

 大丈夫、死んでたら魔王の嗜みとして取った死霊魔術で蘇生させて、エロい事をする為に部下にしてるからさ!ちょっとアンデットになるけどな。


「いや死んでない死んでない。俺たちも生きてるし。

 魔法で保護しているから、最低後1時間は安全だ」


「魔法……?」

 猫娘はわけがわからないよ。という表情だった。

 ああ、ここのSFは魔法科学じゃなくて、魔法が廃れてる普通の科学なんだな。


「魔法だ。ついでに言うと俺は魔王で、あっちが勇者様」


「えっ……え?……ええー……?」

 猫耳娘の困惑がどんどん深くなっている。

 ラノベに毒された日本のオタクな若者ならまだしも、普通の文化圏でまっとうに暮らしていたら、勇者だの魔王だのは受け入れ難いだろうな……いや普通の反応だよね。

 どうすれば信じて貰え……よし、良い事を思いついた。


「信じて貰うのには実際に魔法を見せた方が早そうだな」


『契約魔法発動:契約書作成ランクⅨ』


 俺の手を指定して魔法を発動させる。

 魔法陣が浮かび上がり、一枚の羊皮紙が現れた。

 ……いや、別に羊皮紙じゃなくてもいいんだけどさ。

 コピー紙とか威厳もないし色々台無しだろ?


「嘘、転送…ううん、物質生成ですか!?

 ジェネレーターもなしに個人単位の転送は出来ないし、

 物質作成なんてもっとコストもエネルギーもかかるし!?」

 物質作成に転送ね。やっぱり科学技術が随分進んでるみたいだ。


「だから魔法さ。中央の円に触ってみて貰えるか?」

 細かい黒い模様が集まった、絵画のようなものが描かれた羊皮紙を受け取る猫耳娘。

 黒い模様は極小サイズまで圧縮した文字なのだが、気がつかないようだ。

 ここまで圧縮して文章を記載した上、絵画のような模様にするには魔王のステータスをもってしても、なかなかに骨が折れる仕事だった。


 猫耳娘の指は残念ながら肉球ではなく、人間と同じような指先だった。

 指が模様の中心を触れると、ぶわりと文字が空中に浮かび上がり、猫耳娘の周囲に展開される。


「ふわっ、わわわわわわ!?」

 かすかに光る赤い未知の文字に囲まれた猫娘は混乱してるようだ。


「危害は無いから安心しろ。目の前にウィンドウがあるだろう?」

 猫娘の前にはアドラム帝国汎用語で『はい いいえ』と書かれたウィンドウが開いている。


「魔王、これって」

 流石に勇者様は気が付くか。猫娘の周囲に浮んでいるのは、猫娘にとって未知の言語であろう、日本語で書かれた契約書条項だ。

 教えられると面倒な事になる。終わるまで黙っていてくれないかな?

 手首についた金属の腕輪、その先についた鎖がジャラリと音を立てる。


「あなた、気をつけ………!……!?」

 勇者様が猫耳娘に何か言おうとした所で、喋れなくなったらしく、口をぱくぱくと開け閉めしている。

 さっき聞こえたメッセージにあった、隷属ってそういう………

 勇者様を隷属させて命令を聞かせられるとか……いや、魔王冥利に尽きるな!


「ウィンドウに出ている”はい”を押してくれるか?」

 押せと強要をすると契約違反になる。

 ランクⅨの契約書は魂まで縛るからな、取り扱いは慎重にしないといけない。


「…は、はいぃ」

 まだ困惑している猫娘が『はい』の所を手で押し込む。

 割と油断できない性根だけど、混乱してると覿面てきめんに思考能力が落ちるタイプらしい。

 この子は押し売りに色々押し付けられるタイプじゃないか?



『契約成立しました。ランクⅨ・永続なる魂の契約が執行されます』

『契約者 リゼルリット・フォン・カルミラス』

『契約先 魔王イグサ』

『契約代償:なし』

『リゼルリット・フォン・カルミラスは魔王イグサの使い魔として魂を捧げ、その魂が消失するまで永遠の忠誠を誓う事がここに誓約されました』



 アドラム帝国汎用語で契約成立条項が表示される。

 本来は契約書と同じ日本語で表示されるが、翻訳はサービスだ。


「えっ、えええええええええ!?」

 表示内容に叫び声を上げる猫耳娘。いや、リゼルリットか?




 ―――本日の教訓。契約書はしっかり読みましょう。

村人じゃないよね?というツッコミはご容赦下さい。

魔王の被害者とはファンタジーの伝統的に村人または町人なのです。

<< 前へ次へ >>目次  更新