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39話:魔王、次代の後継者に会う



 愛着を持って何度も繰り返し見ていれば、文学系に興味が薄い俺だって詩の一節をそらんじる事が出来るように、諦めず繰り返す事は大切だ。


 俺は何でも小器用に出来てしまう器用貧乏だったから、同じことを繰り返し続けられる努力さいのうを持ってるヤツが羨ましかったし、ひそかに尊敬した事だってあった。


 しかし何でも繰り返せばいいものじゃないというものも存在する。

 やって無駄な努力があると言いたくはないが、そもそもにして努力する方向性を間違えている事は存在する。


 例えば交渉において相手が折れるまで、ひたすら同じ要求を出し続けるのは努力ではないと思う。

 幾度となく断られようとも、心折れる事無く延々と出し続けるのはある種の努力であるが、やられる方になってはたまらないものだ。




『ねぇ、イグサさん。たまには子供の顔を見にこない?』


 この文章を最初に見たのは今朝だった。


 民間軍事企業『魔王軍』の『ヴァルナ』ステーションオフィス―――と言えば格好良いが、裏通りにあるさして大きくもない雑居ビルの一室。

 企業代表―――社長としての仕事は普段、事務仕事も含めて各艦の中で終わらせてしまうのだが、船がドック入りしている時や来客の対応など割と使う機会が多い。


 ワイバーンはジャンプドライブを搭載した際に追加で増設された、エネルギー集積器とエネルギーキューブ還元炉の搭載が無理矢理過ぎたので急遽ドック入りしている。

 何でも元からあった主リアクター用メンテナンス用通路のスペースまで全て機器で埋まっていたという。

 ワイバーンのリアクターは回復魔法で維持・修理する、ある意味メンテフリーな存在だが、戦闘艦である以上メンテナンス用通路が埋まっているというのは色々とまずい。

 今頃外装まで外してリアクターやエネルギー集積器を再設置している最中だろう。


 そんな訳で仕事場は雑居ビルにあるオフィスに顔を出していた。

 仕事と言っても戦闘艦しごとどうぐがドック入りしていて開店休業中の企業にそう仕事は多くない。

 事務員達は平常運転で色々な事務処理をしているが、普段居る事すら少ない社長なんて端末に決済書類の類が来てないか確認する程度の楽なものだ。



 何枚か溜まっていた決済書類を始末していると、端末に短いメッセージが入っていた。

『発:ヴァルナ・ステーション内フォン・カルミラス邸 宛:民間軍事企業代表サナダ・イグサ様

 ねぇ、イグサさん。たまには子供の顔を見にこない?』

 確認するまでも無くリゼル母からのメッセージだろう。


 もう間もなく5児の親になるらしい俺だが、子供と直接顔を合わせた事がない。


 リゼルやミーゼが画像を持ち込んで、たまにニヤニヤしながら見ているのは知っているが、それも見ないようにしていた。


 魔王としての事情が多分にあるんだが、それに―――



 ―――子供の顔を覚えてしまったら、今までのように気軽に道行く綺麗なお姉さんやお嬢さんに声をかけ辛いだろう?


 もう色々詰んでいるというか、外堀を埋められすぎて逆に山みたいになっている気がしないでもないが、子供がいると俺自身がしっかり認識してしまうと、心の中のとても大切な何かが崩れてしまいそうなんだ。


 最低とか色々声が聞こえた気がする。

 だが声を大にして言わせて欲しい、こういう部分に関しては魔王心おとこごころは乙女心よりも非常にデリケートなんだ。



 リゼル母のメッセージは見なかった事にして端末の電源を落とした。


 仕事が無くなってしまったので、事務所宛に届いた広告メール類をチェックし始めた。

 『ヴァルナ』ステーションはそこそこ商業活動が活発だが、こんな裏通りの雑居ビルに届く広告メールの大半はピンク色の代物だ。

 7割がたは21世紀初頭の時代感覚が残っている俺には理解し難い代物だ。

 人通りの多い雑踏に放置されるだけの動画とか、大人の玩具的な人形で青春ドラマやってるものとか、未来人や宇宙人の業の深さを感じさせるだけのものだが、残り3割はまあ俺でも理解できる範囲のものだ。


 この手のピンク色のチラシは嫌いじゃない。

 SF世界でもこの手のチラシは実物よりもずっと素敵なものに見せてくれるので、チラシを見た時のドキドキ感と実物に対面した時のがっかり感は健在だ。

 ワイバーンやリョウもこの手のモノが好きなので、割と取り合い状態なんだが今日は運が良い。おっと、これはなかなか良さそ―――


『ねぇ、イグサさん。たまには子供の顔を見にこない?』


「………………は?」

 一瞬理解できなかった。

 良さげなピンク色のチラシの間からメッセージカードが出てきた。

 流石に宛先も何も書いてないが、明らかにこれリゼル母のメッセージだよな?

 行動が読まれていた?……まさかな。


 今日は早めにオフィスを出て飲み屋にでも行くのも良いかもしれない。

 メッセージカードを回収し、ピンク色のチラシをリョウの机に置いておく。

 勝手に捨てると文句言われるからな。

 アンティークなコート架けから愛用のコート(魔王の衣の一部)を手に取って、羽織ろうとして―――


『ねぇ、イグサさん。たまには子供の顔を見にこない?』

 コート架けにメッセージカードがついていた。

 心の中に冷や汗が流れる。


 ちらり―――とオフィス内に視線を流しても、事務員達がいつも通りの仕事をしている風景だ。

 リゼル母もメッセージカードをあちこちにばら撒いている訳じゃなさそうだが。


「考えすぎ……だよな?」

 気を取り直して今日は歓楽街に行こう、ちょっと遊んでしまうのも良いかなとか考え始めて―――

 電子音が鳴って携帯汎用端末にメッセージ着信を知らせる。

 自動展開された投影画像が表示され。


『ねぇ、イグサさん。たまには子供の顔を見にこない?』

 怖い!?下手なホラーよりずっと怖いというか、何だこのどこかで監視されてるようなタイミングは!?


 思わずトイレに入って盗聴器探知機(対レコーダーセンサー)を立ち上げるが、反応は無い。

 なら一体どうやっ―――


『ねぇ、イグサさん。たまには子供の顔を見にこない?』

 トイレに備え付けてある鏡にメッセージカードが張ってあった。

 もうこれ怪談とか都市伝説のレベルだよな!?


 携帯汎用端末を取り出してリゼルの実家、リゼル母へのホットラインをコール。


『―――こんにちは、どうしたのかしらイグサさん?』


「急な話で悪いが、今日家を訪ねて良いか?

 子供達の顔を見に行きたくなった」


『あらあら、それは丁度良かった。

 今日みんなでお茶会する予定なのよ。

 あんまり遅くならないうちに来てくれると嬉しいわ』


「分かった。今から行くから一時間以内に行けると思う」


『待ってるわね♪』

 ……カチャン、と軽い音を立てて通信が途切れる。


 うん、特に害がある訳じゃないが、これ以上続けられると色々と心臓に悪い。

 連絡入れたから今頃撤去されてると思うが、下手をしたら自宅や帰り道にもメッセージカードが沢山仕込んであったんじゃないだろうか。


 リゼル母、伊達に元帝国情報局局長じゃないな……敵にしたくない人物だ。



―――



「初めましておとうさま。リリィナ・フォン・カルミラスです」

 リゼルの実家へ顔を出した俺を出迎えたのは見た目3~4歳位の女の子だった。


 外見年齢が随分と育っているのはアドラム人の性質だな。

 生後1年位で5~7歳位の大きさに育つというし、SF的な学習装置は言語や計算と言った基礎知識を簡単に覚えさせる事ができるらしい。

 家庭の裕福さもあるが、生活に困ってない家の子は生後1年で学校に通い出すというしな。


 名前に聞き覚えがある、確かリゼルの子だ。猫耳猫尻尾だしな。

 レモン色の可愛らしいドレスワンピースと左に青いリボンをつけた長く黒い髪、礼儀正しく振舞っているものの、瞳には好奇心と喜びが満ちている。

 頭の上についてる猫耳がピッコピコと動きまくっているし、お尻についた猫尻尾がぱったぱったと忙しく横に揺れているから間違い無いだろう。


 お父様か………お父様かー……心の奥にある何か大切なものが悲鳴を上げている。



 これは想像以上にキツい。

 状況に流されてしまえば楽になりそうだが、大切な何かを失いそうなんだ…!



「おとうさま…?」

 こめかみに指を押し当てて動かなくなった俺に不安そうな声をかけるリリィナ。


「いや何でもない。久しぶりに見るお姫様が可愛すぎて驚いただけだ。

 あまり顔を出してやれずにすまないな」

 反射的に慰めて膝をついてリリィナを抱き寄せてしまう。


「はふぅ……おとうさま、お会いしたかったです」

 そのまま抱きついて来るリリィナ。

 ああ、だから会うのを避けていたのに口と体が勝手に動く……!


 俺は行動原理として「身内には甘い」のを心がけている。

 身内は血縁という訳ではなく、俺に味方するもの全般に適応されるので、身内の範囲は魔王軍の従業員から良くしてくれる商店街のおっちゃんまで範囲は広い。

 しかし、自分の子供というある意味究極的な身内にが出来た場合、無条件で甘くし対処してしまうのは避けられない。

 初対面で「お前なんて父親じゃない」とか言われれば身内範囲から外れるんだが、そんな不手際をリゼル母がする訳もない。

 可能な限り俺の印象良く、より一層身内に感じさせるような仕草や言動を仕込んでいるに違い無い。

 くっ、この窮地から逃げる手段は何か無いのか……!


「ねーさまばかりずるい、パパー!」

 背中に軽い衝撃、背中に飛びついて来たのは外見年齢で言うと3歳位の女の子、リリィナと同じデザインで色違いの青いドレスワンピースを来て、サイドテールにした茶色の髪の間から狐耳が飛び出している。


 狐耳からしてミーゼの子供だろう……パパ、パパか。

 ギシギシと心の軋む音が聞こえる…!



「パパ、あたしはミリー、ミリュアラだよー!」

 リリィナとはまた方向性が違ったスキンシップをしてくる子だな。

 こういう元気な子も嫌いじゃない、というかリゼル母はどこまで俺の嗜好を調べているんだ…!


「悪いなリリィナ、次はミリーの番だ」

 頭を撫でて抱き寄せていたリリィナを離し。


「わふはー!パパー!」

 背中に張り付いていたミリーを正面から抱きしめてや―――俺は一体何をしている。

 待て、俺はこういうキャラじゃないだろう、こういうのは―――!?


「あらあら、イグサさん。すっかり気に入られちゃってるわねぇ」

 見られてた!?いや、狙って見ていたかリゼル母!


「直接会うのは久しぶりだな、何を言っているか良く判らないが」


「パパの匂いちょっと不思議、でも良い匂いー…」

 リゼル母に対してポーズを取るが、ミリーを抱き上げながらだけに格好が付かない事この上ない。

 ミリーが凄い嬉しそうで、手を離したら泣かれそうだから仕方ないだろう!?


「普段出来ない分甘えさせてあげるのは良いけど、一人忘れないであげてね」

 これは半分位俺の意思じゃないのだが、そんな反論したらリリィナとミリーが可哀相じゃな―――いけない、思考が染まってきている。


「……はじめまして、おとうさん。アイルです」

 リゼル母のスカートの後ろから半分位顔を出しているのはミリーと同じ位の外見、ミニサイズの執事服を着た3歳程度の男の子だ。

 男の子にしては可愛すぎる気もするが、小さな子供のうちはこんなものだろうか。

 頭についている犬耳と外見年齢的にアルテの子供だろう。

 ……これはまた小さな男の子が大好きな趣味のお姉さま方が見たら、思わず誘拐したくなりそうな子だな。

 執事服なのに何故か半ズボンなあたり、誰の趣味か問い詰めたくなるが、きっと聞かないほうが幸せなんだろうな。


「アイル、お前には色々苦労をかける。

 辛くなったり、やりたい事ができたら頼って来い」

 恐る恐るという様子のアイルの頭をそっと撫でる。

 歳の近い姉が2人いる上に、これからも弟か妹が増える予定だ。

 今の所唯一の男なので色々苦労をかける事になりそうだな。

 ……うん、今回ばかりは反射じゃなくて心からの言葉だ。


「さあ、お茶菓子も焼きあがったしみんなでお茶にしましょう」

 甘え癖があるのか、首元に張り付いて動こうとしないミリーを抱きあげたままお茶会に参加するのだった。





―――その晩


「リョウ、リョウ、今いるか!」

 汎用端末からリョウを必死にコールする。


『なンだよ、イグサかよ。気持ちよく昼寝してたってのになンのようだ?』


「今暇か、暇だよな、仕事があったら有給やるから暇にしろ、歓楽街に行くから一緒に行ってくれ!」


『どうしたンだよイグサ、随分強引じゃねぇか、オゴリってなら喜んで行くけどよ』


「奢る、奢ってやるから一緒に行ってくれ、酒でも綺麗な子がいるイイ店でも良い。

 早く何かそういう事をしないと―――!」


『しないとどうなるンだ?』


「ただの子煩悩な親馬鹿になって元に戻らなくなりそうで怖い!

 歓楽街の入り口にあるカフェで動けなくなってるから早く来てくれ。頼む!」

 最初は一人で行こうと思っていたんだが、昼間の記憶がチラついて歓楽街に入れなくて動けなくなったんだ。


『………面倒なヤツだな、支度していくから少し待ってろ』

 深い溜息をつくリョウ。

 何だかんだ言って付き合いが良いリョウに、今回ばかりは心からの感謝を捧げたい。



―――



 魔王とは敵に対しては冷酷な殺戮者である。

 しかし、味方にとっては心強い庇護者の面も持ち合わせている。


 SF世界で子供を作ってしまった魔王にとって、子供への対応は困難を極めるという。


 余談ではあるが、リゼル父に「イグサ君もやっと私の気持ちが分かったようだね」とか良い笑顔で言われた事は魔王の心に対して聖剣並のダメージを与えたのだった。




多少尺が短いですが、新キャラの登場が多かったので一度切りました。

次話は海賊ギルドの頭目の話(予定)です。

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