37話:魔王、空間を越える
「新設エネルギーパスチェック、1番から8番及び10番から12番正常稼動。
9番に異常、迂回路形成します」
「リアクター出力上昇、エネルギー
「エネルギーキューブ還元チャンバー、各部チェック中。
カートリッジ作動試験開始。
1番から20番の突入コネクター動作確認であります。」
「メンテナンス起動レベルでジャンプドライブへエネルギーを投入します」
「ジャンプドライブ起動確認、メンテナンスデーターチェック中ですよぅ」
ワイバーンのブリッジに心地よい緊張感を含んだ、キビキビとした声が飛び交っている。
うん、良いものだ。
やはりエネルギーを充填した主砲を撃ったりワープをしたりというのは、SF的な浪漫の花形じゃないだろうか。
「高速巡洋艦セリカから通信、ジャンプドライブの起動成功した模様、運用データーを受け取ります」
「ジャンプドライブ動作周波データーを受信、同調チューニング開始であります」
今やっているのは高速巡洋艦セリカと、セリカにドッキングしているワイバーンのジャンプドライブの実働テストだ。
テストと言っても実際に『ヴァルナ』ステーションのある『船の墓場星系』の南ジャンプゲートまで飛ぶのでぶっつけ本番とも言う。
ジャンプドライブはいくつか個性的な特徴があった。
まずジャンプに必要なエネルギーは作動した瞬間に全て消費する。
一般的なワープとかのイメージだと、起動してから移動が終わるまで消費し続けるイメージがあるが、ジャンプドライブは作動時に大量のエネルギーを消費して、後はエネルギーが要らないんだ。
機械としては特殊な性質だが、ジャンプドライブが魔法で作られた道具だと分かった今なら、すんなり納得ができる。
俺やライムが使う魔法も、魔力(MP)を最初にまとめて消費して魔法が発動するクラシックRPG的な魔法スタイルが多いしな。
ジャンプドライブの一度に大量のエネルギー量を要求する性質の為に、リアクターを一時的に過剰出力にするだけでは足りず、エネルギー
ジャンプドライブ自体が稀少なので珍しい存在ではあるが、ジャンプドライブ搭載型の輸送艦は大型で大容量のエネルギー集積器を使って、半日から数日かけてエネルギーをじっくりと貯めてジャンプするのが主流だという。
しかし、戦闘艦はそう悠長にしていられない。
どこかで味方が襲撃を受けたとか、攻撃されてジャンプドライブで逃げたい時に「エネルギー溜まるまでちょっと待ってね」と言っていられないので、エネルギー集積器とは別にエネルギーキューブを消費する機関も併用している。
ジャンプ用のエネルギーキューブを保存するのに、ただでさえ広くない戦闘艦の船倉を圧迫するし、エネルギーキューブは消耗品なので補充の費用と手間がかかるんだが、エネルギー集積器と違ってお手軽にエネルギーを確保できるから重宝されている。
ジャンプドライブ搭載の戦闘艦はリアクター、エネルギー集積器、エネルギーキューブ還元炉の3つを併用するのが主流になっているという。
ワイバーンとセリカもエネルギー集積器とエネルギーキューブ還元炉を搭載する事になった。
………ワイバーンの船倉がまた狭くなったが仕方ない。
ジャンプする船が大型になったり、目的地が遠くなるほどエネルギー消費も増大するが、複数のジャンプドライブを
実際、アルビオンも全長3キロ以上という主力戦艦級の巨体をジャンプさせるのに、ジャンプドライブを8基搭載しているという。
ジャンプドライブ自体が稀少なので贅沢な使い方だが、いつも船倉容量に頭を悩ませているワイバーンや、経費削減と縁が切れない民間企業には嬉しい話だった。
「ジャンプドライブの動作周波数調整終了、同調テストもおーるおっけーですよぅ!」
SF的な宇宙戦闘艦に女性乗組員は不要などと、硬派を気取るつもりはない。
俺の知ってる有名な宇宙船が出てくる作品にも女性クルーは外せないものだったしな。
知的な美人であったり、おっとりしたオペレーターであったり、乗組員の信頼に応える女性艦長であったり、女性乗組員とは良いものだ。
良いものなんだが、文化祭でテンション上がってしまった女子学生的なノリで騒ぐリゼルはどうにかならないだろうか。
―――
『魔王様魔王様、セリカ頑張るから見ていて下さいね!』
ジャンプドライブ作動までのカウントダウンがワイバーンのブリッジに流れる中、飼い主にじゃれ付く子犬のようになっているセリカに適当に手を振ってスルーしていた。
きちんと相手すると照れたりにやけたりと一通り満足するまでしつこいからな…
元『隠者の英知』メンバーの処遇や星系の自治中立化の仕込みは色々やったものの、やはり『側道』の奥の星系に引きこもったまま色々やるのは無理がある。
おやっさんやメカニックの大半は高速巡洋艦セリカやワイバーンに続いて、高速巡洋艦アリア、ベルタに戦闘輸送艦ボルトス、アラミス、アトス、ダルタニアンに順次ジャンプドライブを設置していく仕事があり。
アリアとベルタへのジャンプドライブ搭載が完了次第、その2隻と共にライムとミーゼはフィールヘイト宗教国の中央星系にある『魔王軍』支社―――という名の雑居マンションの一室を拠点にフィールヘイト側の工作をして貰う予定だ。
俺はセリカとワイバーンと共に『ヴァルナ』ステーションを拠点にアドラム帝国側で色々奔走する事になる。
『こっちに来てから長期の別行動は初めて。まだイグサと出会って何年も経ってないのに、一緒にいないと違和感』
高速巡洋艦アリアのブリッジにいるライムと投影画像越しに会話していた。
ジャンプドライブとゲートリアクターを使えばすぐに移動できるとはいえ。
汚染惑星に召喚されてすぐ出会ってから、ずっと一緒だったライムと別行動をするというのは感慨深い。
ライムも会話できる嬉しさ6、暫くとはいえ離別する事の哀しさが4位で混じった、どこか儚げな笑みを浮かべている。
寂しいと分かりやすく心情が出ているその表情は実に―――たまらないものがある。
とりあえずワイバーンに4種類の記録装置を動かせて全力で保存させた。
投影画面越しだからこそ涼しい顔で会話できているが、あれを至近距離でやられたら理性が持たないだろう。
自慢じゃないが俺の理性は酷く脆いし弱いからな。
ミーゼの代わりに副長席に収まっているリョウも「イイもンだ」と物知り顔で頷いている。
方向性の違いこそあれ、やはり趣味が似通っているな。
そんなライムの笑顔に癒されていた俺だったが、離別の寂しさとは別に心から安堵してもいた。
あれはカレンダーで言うと一昨日の夜の事だ。
ワイバーンの自室で眠ろうとしていた俺の所にライムが枕を持ってやってきた。
見た目が幼い仲の良い異性が夜に枕を持ってきたら、普通は添い寝イベントだと思うだろう?思うよな…?
添い寝イベントだと油断していたら、そのまま押し倒された。
まあ、そこまでは良くある事だ。
押し倒されるのが良くあっていいのか?とか、それは魔王としてどうなんだ?とか思わないでもないが、それはこの際置いておく。
「この前の約束。たっぷり褒めて」と言われて比喩的な意味で食われた。
解放されたのが丸1日以上経過した今朝だった―――と言う辺りで色々察して欲しい。
以前ライムが情緒不安定だった時のように、記憶を失ってた方が幸せだったかもしれない。
1日以上続いた、あの幸福な地獄の記憶は当分脳裏から消えてくれそうにない。
暫く別行動になるからライムも寂しいし不安だったのだろうと、大らかな心で受け入れたいが、大らかな気持ちで受け入れられるには何というか色々と特殊なHP的なものが足りなかった。
後2,3日時間に余裕があったら魔王が勇者に討伐されていただろう。
………あれは魔王を討伐しようとする勇者のサガなのだろうか。
「魔王様、ジャンプドライブ起動シーケンス入ります。通信はそろそろ」
ライムと他愛もない雑談をしていたらオペレーターに止められてしまった。
「分かった。ライム、向こうは頼んだぞ」
『ん。頑張る』
ライムの言葉は口調こそ軽いものの、覚悟に満ちていて信頼できる。
魔王や勇者云々の前に一人の人間として信じる事ができるから人柄だからこそ、ライムと一緒にいても心地良いんだろうな。
「任せた。寂しくなったらいつでも連絡していいぞ?」
『それはこっちの台詞。これが上手く行ったらまたご褒美貰うから』
―――待て。
「まて、褒美の件はちゃんと条件を!―――」
俺の返事を最後まで聞かずにぷつりと通信が切れ、投影画面が『第二種戦闘配置中につきシャットダウン中』という表示に切り替わる。
相当に強引だが、これは約束した事になるんだろうか。
再会の時が本気で怖い。
―――
『ジャンプ先座標入力開始します、目標『船の墓場星系』南ジャンプゲート。
魔王様、セリカは頑張ってお仕事してますよー!』
セリカの仕草や主張に犬っぽい行動が増えてきた気がする。
犬耳に尻尾をつけさせたら似合うんじゃないだろうか。
………今度試してみるか。
「エネルギー集積器、充填率85%突破。正常稼動中であります」
「エネルギーキューブ還元チャンバー内圧力正常、還元反応励起用突入コネクター作動位置へ。
作業要員は安全区画まで退避お願いします」
「イグサさま、準備かんりょーであります」
ライム達に同行するアルテの代わりに操舵担当になったのはメイド隊でも個性の強い、平坦な口調に死んだ魚のような淀んだ瞳をしている子だ。
名前は確かミントだったか。外見や口調が少々アレだが、能力は折り紙つきなんだよな。
「勿体ぶる必要もないな、ジャンプ開始」
「ジャンプ開始であります」
「ジャンプ開始します、総員第一種警戒体勢。不慮の事態に備えて下さい」
うんうん、やっぱりこれだよな。
このSF世界はジャンプゲートのせいでワープ的なやり取りが少ないので、このやり取りは貴重だな。
「エネルギーキューブ還元開始、励起用突入コネクター1番から8番まで作動」
「エネルギー集積器解放、放出エネルギーを全てジャンプドライブへ接続します」
「推進器出力をセリカと同調、巡航速度へ向けて加速開始であります」
まるで熟練しているように淀みなく操作をしてくブリッジ要員達。
……なぁ、こういう時に見ている以外にやる事がない艦長って微妙に寂しいんだが、SF世界の艦長はどう思っているんだろうな?
「ジャンプドライブ起動成功、ジャンプフィールド生成確認ですよぅ」
移動しているセリカとワイバーンの前方に、虹色に揺らめき輝く円形のフィールドが生成される。
「艦首ジャンプフィールドに接触、異常なし」
『艦体各部正常、シールド出力安定です』
「ジャンプフィールド通過、跳躍空間突入しました」
ジャンプフィールドを通過してしまえば、後は普通のジャンプゲートでの移動と同じだ。
ブリッジ内にほっとした空気が流れる。
「ジャンプアウトまで後43秒。第一種警戒態勢維持をお願いします」
ジャンプ中の空間は謎に包まれているらしいが、基本的に物理距離が遠くなるほどジャンプアウトまでの時間が長くなるらしい。
ジャンプドライブ搭載艦なら移動中に無理矢理出口を作って『途中下車』も出来るらしいが、どこに出現するか不規則すぎて利用するのは難しいという。
「目標座標に到達、ジャンプアウトします」
投影画像の向こう側の景色が普通の宇宙空間へ戻る。
「ジャンプゲート確認、ビーコン解読中。
『船の墓場星系』南ゲート、座標確認完了であります」
「社長、救難信号を受信しました。至近距離です!」
「複数のビーム
警備が厳しいジャンプゲートの近くで撃ち合い(ドンパチ)とは
「総員第一種戦闘配置、状況把握を優先!」
「アドラム帝国型輸送艦から救難信号。敵対勢力は識別不明、海賊であります。
海賊側戦力はクラス5戦闘機が1機、軽フリゲート艦1隻」
「「「…………」」」
なんとも生ぬるい空気がブリッジに漂う。
「……1隻と1機だけか?」
「天使の翼を出してない状態のセリカと、ワイバーンの索敵能力で見える範囲にはこれしかいませんよぅ」
素の状態でも無闇に広い索敵範囲しているが、それで見えないか。
「帝国領域内では小型の軽フリゲートとはいえ戦闘艦持ちの海賊は脅威であります」
「慣れってのは怖いもンだな」
本当に怖いな。小型の軽フリゲート1隻に戦闘機1機だけなんて罠か?とか自然に思ってしまった。
『獣道』で何度も遭遇した大戦力持ちの海賊に慣れ過ぎたようだ。
「セリカ、副砲を適当にロック、射撃しておけ」
『はいはーい!副砲展開、ターゲットロック、撃てー!』
セリカの副砲、衝撃砲の白い弾体が種子のような形をしているクラス5戦闘機を蒸発させ、長細い軽フリゲートの船体後ろ半分を消し飛ばした。
「……やりすぎたか?」
リアクターや弾薬を誘爆させて爆沈していく海賊フリゲート艦。
幾らでも湧いて出てくる『獣道』の海賊や、戦力差がありすぎたアルビオン相手では後方配置だったが、いくら旧式とはいえセリカも550メートル級の巡洋艦だったな。
対して小型のフリゲート艦は全長40メートル程度……うん。やりすぎだ。
「やりすぎですよぅ。あれじゃ部品回収も出来そうにないですもん」
なぁリゼル、残念がるポイントはそこじゃないと思のは俺だけだろうか。
「社長、救難信号を出していた輸送艦から通信が入りました」
無事だったか。海賊の方は無残になったが、片方だけでも生き延びていて何よりだ。
「降伏信号と共に『無条件降伏するので命だけは助けて欲しい』との事です」
「「「…………」」」
ブリッジ内にまたも生ぬるい空気が漂う。
「まるっきり悪役ですよぅ」
「問答無用で武装勢力を消滅さりゃ、ンな風に腹見せて降伏したくもなるもんだぜ」
いけないな、手加減まで下手になっている気がする。
「うちの所属を言って『ヴァルナ』ステーションに向うなら同行すると伝えてくれ。
細かい所は任せる」
「社長、了解しました。
こちらアドラム帝国公認・多国籍民間軍事企業『魔王軍』先の戦闘は―――」
オペレーターのユニアが誤解を解いてくれて、襲われていた輸送艦と共に『ヴァルナ』ステーションへ向う事になったのだった。
―――
魔王というと世の中に魔物を放ってみたり、街を滅ぼしてみたりと粗暴な印象がどうしても拭えないが、ファンタジー世界でも魔王の仕事は種族間の調停やら交渉ごとが多いものだ。
考えても見て欲しい。同じ国でも地方によって文化が違い、国や人種が違うと理解しあうのが困難なんだ。
ファンタジー的な魔王みたいに色々な種族の部下を持っていれば、魔王軍内部で起きる軋轢の解消に奔走する事も多いだろう。
暴君タイプの魔王なら「そんな連中は魔王軍にはいらん」と切り捨てられるかもしれないが、そんな事ばかりしていれば部下なんて付いてくるはずもない。
それに交渉も大切だ。
何も考えずに世界を滅ぼしてくれるなどと、お気楽な事を言える魔王は気が楽だろうけどさ。
世界を征服したり統治したがる魔王にとって、内外問わず交渉の仕事なら幾らでもある。
魔王の死因が過労死とか御伽噺にするには世知辛すぎるよな。
『ヴァルナ』ステーションに入港してリゼル母に連絡を入れると、前と同じように港湾区画の一角に威圧感のある大きなトランスポーターが準備され、リゼル母と帝国情報局の課長と会う事になった。
リゼルの実家でも良かったんだが、リゼル母曰く仕事は家に持ち込まない主義だそうだ。
トランスポーターの周囲を護衛している、どう頑張っても堅気に見えない連中を見ると納得したくもなる。
「お久しぶりイグサさん。もっと気軽に会いに来ても良いんですよ。
あの人じゃないけど、何ならお義母さんと呼んでも――「それはお断りする」」
残念と、ぺろりと舌を出す仕草と共に、レコーダー反応が1つ停止する。
同じシチュエーションでもリゼル父は舌打ちしていたが、リゼル母にとってはこの程度のデストラップ(人生の墓場行き)は牽制でしかないようだ。
しかし実年齢に比べて見た目が若く美しいとはいえ、可愛いというよりは美しい分類の外見をしたリゼル母にこの仕草は色々と厳しいのではないだろうか。
全力でツッコミたいんだが、流石に俺も命が惜しい。
「それでお仕事の相談って何かしら?」
今日の晩御飯は何?という気軽い雰囲気なリゼル母だが、一緒に連れてきたリゼルがびしっと背中を伸ばして尻尾の毛が逆立っている所を見ると、かなりのシリアスモードらしい。
「口で説明するには量が多くてな、資料を見て欲しい」
トランスポーターの中央に設置された、ガラスっぽい透明なテーブル風の端末に汎用端末からデーターを移して、投影画像の資料を並べる。
資料は大きく分けて2つ、海賊ギルドの設立と『側道』の奥、セクター202星系の自治中立化についてだ。
既に海賊ギルドの傘下に入ってる海賊団の目録と戦力評価、海賊ギルド成立によってアドラム帝国にどの程度メリットがあるかなどをまとめた資料がまず1山。
残りのもう片方はセクター202星系のステーション連盟の意思表明書だ。
丁寧かつ迂遠に色々な条文が書かれているが、中身は単純なものだ。
『セクター202星系は文明圏と202星系間にある星間航路の確保と維持を行える勢力に対して
『それが出来ないなら自治中立を認めて下さい』
『アドラム帝国、フィールヘイト宗教国双方にこの働きかけをしてますよ』
とても単純だな。
資料を読んで行くリゼル母はあらあらと上品に笑い、情報局の課長は青い顔になっている。
「イグサさん流石ねぇ。うーん、頷くしかないと思うわ。
カインズ君、どう思う?」
「自分も同じ様に思います……付け入る隙がありませんね」
気弱げに肩を落としている情報局の課長。
カインズ課長が肩を落とすのも当然だろう。
海賊ギルドも202星系の自治中立化も、アドラム帝国とフィールヘイト宗教国どちらにも拒否権がない仕込みをしてある。
正確には拒否は出来るが、拒否しても利益がないどころか損しかしない。
海賊ギルドは成立を認めれば海賊との交渉チャンネルが出来て、身代金を支払っての人質の解放など海賊の被害者数を減らす事が出来る。
海賊ギルドの方針として、拿捕した船の乗員を虐殺するような外道は積極的に排除する予定なので、外道だろうと仁義を守っていようと海賊同士が潰しあってくれるなら、国にとって悪くない。
セクター202星系の自治中立化も同じだ。
これが独立の旗でも盛大に掲げていれば、反乱鎮圧の名目で艦隊を派遣する事もあるだろうが、最初から恭順の意思を見せている。
また、制圧と維持にかかるコストやデメリットが、利益を大きく上回っているからこそ放置されている『獣道』の奥にセクター202星系がある。
ジャンプゲートがある星系に13個の居住可能惑星というのは破格だが、そのうち9個は未開文明があるし、4つの居住可能惑星の為に『獣道』の入り口から202星系までの航路維持するには利益よりも費用が大きく上回ってしまう。
また、下手に自治中立化に反対して相手の勢力側に付かれるのは美味しくない。
アドラム帝国・フィールヘイト宗教国どちらにしても自治中立化してくれるのが、一番楽な選択肢なんだ。
「納得して貰えたかな?
この場は納得して貰えたが、内容が内容だけに反対意見も多く出てくるだろう。
と言う訳で、反対意見を黙らせる工作を手伝って欲しいんだが、お願いできるかな」
「ええ、任せて頂戴♪」
「……はい、国の為になりますし」
やたら嬉しそうなリゼル母と、肩をがっくりと落としているカインズ課長との対比が実に印象的だった。
……リゼルはどうしたかって?
やる事がなくて暇だったせいか、俺の肩を枕にしてすやすやと寝ていた。
さっきまでバリバリに緊張していたのに、空気が緩くなった途端にこれだ。
この神経の太さは正直羨ましいのだが、おかげで絵的に締まらない事この上ない。
―――
「イグサさん、厚生局の局長に送る
その分をこっちの航路管理局の部長に回しましょう、この人立場は低いけど政治家一族の家長だから影響力が大きいわ」
「こっちの情報局の遺失技術管理課にはジャンプドライブを一基送ると色々スムーズになりますよぅ。
ここの課長は顔も広いから懇意にしておいて間違いないのです」
元『隠者の英知』構成員やステーション住人の市民登録や、自治中立星系化の下準備に必要な裏工作について、リゼル母に協力を仰いだのは良いのだが、リゼルとリゼル母2人に計画の駄目出しを受けていた。
リゼルは色々油断できない上に逞しい性格だとは思っていたが、裏工作とか得意だったのは意外だったな。
リゼルとリゼル母の血の繋がり的なものを実感する。
「なあリゼル、こういう仕事は得意なのか?」
メカニックの仕事一途なイメージがあったんだよな。
「ほへ?別に普通ですよぅ。子供の頃におかあさんのお手伝いとかするのは、かなーり昔からの伝統じゃないのですか?」
何を言ってるんだろうと、不思議そうな顔をするリゼル。
「…………いや、伝統ではあるけどな」
確かに小さな女の子がお母さんのお手伝いをする的なのは伝統だと思う。
思うんだが、これ違わないか。
普通は料理だったり掃除だったり家事の手伝いをするのであって、政治工作とか裏工作とか手伝うのは、家の手伝いとはジャンルが違いすぎやしないか?
リゼルは家事系のスキル全滅しているしな…いや、これが原因なのか。
鼻歌混じりに投影画像のリストに赤丸をきゅっきゅと書き込んでいるリゼルだが、あの赤丸は裏工作の邪魔になる「要排除」のマーキングだ。
対象の性格によって手段は違うが、上役に手を回して閑職に行って貰ったり、ハニートラップをしかけて社会的に死んでもらったり、不正の証拠を作成したりと、かなりエグい手で邪魔にならない位置へどいて貰う事になる。
魔王が言うのもなんだが、楽しそうに書き込むものじゃないよな。
「次はフィールヘイト側ですね。
向こうはイグサさん達もいないから、指示を丁寧にしないといけませんわ」
202星系の自治中立化にはアドラム帝国だけではなく、フィールヘイト宗教国の承認も必要になってくる。
フィールヘイト側には高速巡洋艦アリアとベルタ、見た目はともかく中身と肩書きは副代表のライムと、裏工作が得意なミーゼ、護衛役にアルテが部下のメイド隊を連れて行っている。
戦闘力や頭脳労働の得意さのバランスを考えた配置だが、外見や実年齢が若い組が固まってしまったな。
資金に余裕が出来たら、フィールヘイト側の支社にもスタッフを揃えておきたい所だ。
ファンタジー世界ならある程度勢力が大きくなると魔王の仕事は少なくなりそうなものだが、SF世界は事業が大きくなっても悩みの種と仕事が減る様子がない。
……いや、暇じゃなくて良いんだけどな。
―――
お約束な展開大事だよな?
人によってはテンプレートだの繰り返しだのといわれるかもしれない。
だが何度似たような事を繰り返しても、廃れない人気があるからこそのお約束だと俺は声高く主張したい。
「イグサ様、次はここの焼き物がお奨めです。原材料は相変わらずのアレ(汎用オーガニックマテリアル)だけど、作成方法が秘伝のオリジナルで美味しいんですよぅ!」
『ヴァルナ』ステーションの商店街、人通りの多い中を俺の手を取ってリゼルが引っ張るように道を進んでいく。
……ついてる耳や尻尾は猫なんだけどな。
「お嬢、相変わらずのアレで悪かったね。そんな悪態つくなら売らないよ!」
露店のおばちゃん……口調からして肝っ玉母さん風だが、獣系のアドラム人なので見た目が若く判断に悩む所だ。
露店のおばちゃんは笑いながらリゼルに声をかける。
「ごめんなさいごめんなさい、おばさん所の焼き物が食べられなくなると街をぶらつく楽しみが減っちゃいますよぅ!」
即座に本気で謝るリゼルに周囲の露天商や客の間から小さな笑いが漏れる。
この気安さはまるで昭和時代を舞台にしたホームドラマだな。
『隠者の英知』や海賊ギルド、セクター202に関する工作の準備や指示が終わり、この所働きすぎていたので休暇を取ってリゼルと一緒に街に出ていた。
『ヴァルナ』ステーションには長くいるものの、街には詳しくないのでリゼルに案内して貰っている。
流石リゼルは地元民だけあって、買い食いが出来る美味しい露店やら、疲れてきた頃に休憩できるスポットに詳しかった。
リゼルは両親の立場的にかなりお嬢様のはずだが、やたら庶民的なのは気にしない方が良いんだろう。リゼルだしな……
リゼルとは汚染惑星で出会ってから長い付き合いだが、こういうデート的なイベントをした事がなかったんだよな。
休暇取ったからデートに行くか?とリゼルを誘った時は尻尾をばったばったと横に振って喜んでいた。
元々リゼルとの距離感の微妙さが気になっていたんだ。
ライムなら相棒だと言えるんだが、リゼルとの関係は微妙に表現し辛い所だからな。
強引に当てはめて考えるなら「愛人」が近いが、そう言い切りたくは無い微妙な
男心の方は「愛人だろうと恋人だろうと
休日にデートイベントという、数あるお約束の中でも基本中の基本を試してみたんだが、存外に悪くない。
「イグサ様イグサ様、冷たくて気持ちがいいのですよぅ!」
「気持ちがいいのは顔を見れば分かるさ、転ぶなよ」
テンションが高いまま、上水が流れ込んでいる朽ちた宇宙船用推進器の輪切り―――『ヴァルナ』ステーション特有の噴水的な所ではしゃいでいるリゼルに手を振って答える。
最初は水に足をつけて涼もうと立ち寄ったのに、すぐに水が溜まった池の中ではしゃぎ始めたリゼルを見ているだけでも何故か飽きがこない。
水溜りの淵に腰掛けている俺の近くで、リゼルが遊んでいるのを見て誘われるように入ってきた布面積が少ない水着のような際どい服装をした、発育の大変よろしいお姉さん達がお互いに水を掛け合っているのも飽きない要因の一つだろうと思う。
色々とツッコミが聞こえた気がするが、男はそういう生き物なんだ。
最低だと言いたければ言うがいい。
だが、魔王として己の欲望すら肯定出来ないようでは器が知れるというものだろう!
―――とても目の保養になりました。
「疲れたのですよぅ……楽しかったのです」
はしゃぎ回って疲れたリゼルと共に公園のベンチに並んで座っていた。
昼食も露店回りをして済ませて、ベンチに座ったところで一気に疲れがきたようだ。
機械弄りなら底なしの体力を見せるリゼルだが、遊びでは普通に疲れるみたいだな。
「2時間近くもはしゃいでいて疲れない方がおかしいだろう?」
「いいんですもん、何か凄い楽しかったんだから」
リゼルが寄りかかって体重を預けてくる。
自分のものじゃない重みと体温が心地いい。
この様なささやかな幸福は嫌いじゃないが、こういう時こそ悪戯心を発揮するのが俺だよな?
「よしリゼル、膝枕をしてやろう」
「膝まく……は、恥ずかしいですよぅ!?」
慌てて体を離そうとするリゼルだが―――残念、魔王からは逃げられない。
肩にしっかり手を回して捕まえてある。
「何故そう恥ずかしがるんだ?」
寄りかかった体勢は良いけど膝枕が恥ずかしいというのも不思議な話じゃないか?
SF世界では膝枕に特別な意味でもあるんだろうか。
「え、えっと…何となくですよぅ!」
特に深い意味はなさそうだ。
「それにあっちでクリーム菓子売ってる子は同級生だし、通りかかる人にも知り合いが多いのに膝枕とか恥ずかしいのですよぅ…!」
じたばたと抵抗をしているリゼル。
うん、リゼルの羞恥心が良く判らない。
―――良くは判らないが、そんな恥ずかしがられると俺が楽しくなってきてしまうじゃないか。
「リゼルリット、
魔力を編んで、耳元で小さく囁くように使い魔への命令権を行使。
これを使うのも久々な気がするな。
「イグサ様の鬼、悪魔ー!」
小声で叫ぶという器用な事をするリゼル。いや鬼でも悪魔でもなく魔王だぞ?
羞恥心で顔を真っ赤にしたリゼルは必死に抵抗するが、命令に逆らえず俺の膝の上に頭を乗せていく。
ここで直接「膝枕させろ」といった直接的な命令ではなく「リゼルがしたい行動をさせる」という、限定的でもリゼルの意向を汲み取った命令にするのがポイントだ。
この違いが分かるヤツとは美味い酒が飲めるだろう。
「ううぅぅぅぅ……ふにゃぁ」
恥ずかしさでうなり声まで出ていたリゼルだが、膝の上に乗った頭を撫でると変な声が出て体が弛緩した。羞恥心を心地よさが上回ったようだ。
相変わらずチョロいな……
―――いや、召喚される前に公園で同じ事をしていたカップルの気持ちが良く判った。これは実に楽しいな。
リゼルの頭を撫でていると、近くでクリーム菓子の売り子をしている少女は熱い熱いと手で顔を扇ぐようなジェスチャーをするし、通りかかる年配風の人は微笑ましいものを見るような視線を投げてくるし、それに一々反応して恥ずかしがるものの、この体勢で撫でられる心地よさから逃げられないリゼルの反応が新鮮に楽しい。
何か楽しみ方が違うと言われた気がするが、気にしたら負けだろう。
このままでも十分楽しいのだが、あえてもう一手間加えたい。
既にやりすぎている気がするが―――まぁ、リゼルなら大丈夫だろう。
「なぁリゼル、俺が振動洗浄を好きじゃないのは知ってるよな?」
SF世界では一般的なものらしいが、小さな密室の中でボタン押すだけで体から洋服まで綺麗になるのは便利だが、実に味気ないものだ。
「……ふぁ?うん、知ってます。お金持ちや風流な人にも嫌う人がいるからお風呂とかの文化は中央星系でも残ってるのですよぅ」
膝枕された上に頭をなでられてるリゼルの口調は眠たい時のように
「そうか、なら振動洗浄では使わないこういうものを知っているか?」
「―――ひぅ!?」
俺が取り出した悪魔の玩具(ふわ毛の付いた耳掃除棒)を見て、戦慄の悲鳴を上げるリゼル
膝枕といえば耳掃除がお約束だよな?
立場が逆な気もするが、獣系のアドラム人は
きっと面白い事になるだろう。
「ちょ、ちょっと待って、待って下さいイグサ様、何でもするからそれだけはやめ―――!」
ずぼっと、情け容赦無くふわ毛のついた方を無造作にリゼルの猫耳に突っ込む。
「――――――!!!?」
口元を手で押さえて悲鳴を押し殺しているリゼル。
硬直したまま震えているな。いけない、反応が楽しすぎる。
俺が膝枕をした上で耳掃除というお約束を堪能し終わる頃には、リゼルは瞳に意志の光がない死んだ魚のような目になって動かなくなっていた。
声かけても反応が無かったので背負って帰ったんだが、これは幼馴染系のイベントで良くある「遊んだ帰り道に眠った子を背負う」に入るだろうか?
その後、夜になって正気を取り戻したリゼルに思い切り報復を受けた。
だから猫の尻尾はそういう用途で使うものじゃないと思うんだ………
結局「休日のデートイベント」でめぼしい収穫はなかった。
まあ―――ライムが「相棒」だとしたらリゼルは「腐れ縁」辺りで良いんじゃないか?
2013年最後の投稿になります。
2014年度もよろしくお願い致します。