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36話:魔王、古き船の記憶と出会う

SF成分やや多めでお送りしております。



 世界にとって異質な技術、あるいは既存技術とは隔絶した超技術というのは浪漫があると思わないか?


 それは科学全盛の世界で発条ゼンマイと歯車で動く、自立思考すら出来る自動人形を作り上げる異質な技術だったり。

 中世やファンタジー世界に持ち込んだ銃や戦車であったり。


 世界の常識に正面から喧嘩を売るような技術を気の赴くままに流出させたり、大もうけしたり、栄誉を求めたり。


 浪漫も夢もある事だが、実際に手に入れてみると使い辛いものだ。


 21世紀の世界ですら宇宙人の技術とかを手に入れた少年少女が、技術を欲する企業や政府に狙われるような物語に事欠かない。

 もっと前の時代、中世では革新的過ぎる技術や思想を「神の御心みこころに反する」なんて益体もない理由付けで、抹殺される事もさして珍しくない。




 なら、そのリスクと天秤にかけた時、浪漫がどれだけ重いか。

 ただそれだけの話だよな。



 ……まあ、今回に限ってはリスクが重過ぎて浪漫が軽くなった訳だが。





 古典的なSF小説や映画でも、ワープやそれに準じるものは非常にメジャーなものだ。

 このSF世界ではワープも存在するが、メジャーなのはジャンプゲートの方だ。

 ジャンプゲートをより便利に使う為のジャンプドライブだが、生産はされているものの数が少なすぎて軍や大企業でなければ所持出来ないほどの稀少なもの。

 SF世界における高嶺の花と言っても良い。

 そのジャンプドライブを高速電子巡洋艦セリカの機関部に搭載する為の作業をしている光景を見ると、実に感慨深いものがある。


『リアクター迂回路設置できました。7番接続ケーブルの確認お願いしますよぅ』


『親方!接続用コネクターの作成終わりました、確認お願いします!』


『おら新設の13番から25番メンテ通路のチェック済ませろ、不備があって被害受けるのはお前らなんだからよ!』


 『獣道』の奥にあるセクター202、『隠者の英知』が所持していた艦船補修用浮きドックでリゼルの弾んだ声と、忙しく働くメカニック達、そして実に楽しそうなおやっさんの怒声が響いている。


 まずワイバーンではなくセリカにジャンプドライブの搭載作業をしているのは、ワイバーンと合体して一緒にジャンプ出来るのと、艦のサイズから来る余裕の大きさが原因だ。

 色々ギリギリな改造をしているワイバーンにジャンプドライブを搭載しようとすると、リアクター周りの改造やジャンプドライブを搭載する為のスペース確保など、既存部品を移動させたり装甲の中に埋め込んだりと、手間も時間もかかる改造になってしまう。

 その点『天使の翼』という名がついたアダマンタイトセルの拡張パーツをつけているとは言え、大型巡洋艦サイズのセリカの船体なら余裕があったんだ。



「ジャンプドライブの整備や運用もそうだけどな、設置にも色々ノウハウが必要なンだが、こうも簡単に取り付けされてるのを見ると複雑な気分にしかならねぇ」

 作業が一望できる展望室から、お手軽な改造風に取り付けられていく黒い石版状のジャンプドライブを見て複雑そうに呟くリョウ。


「ウチには艦船に対して無茶や無謀な改造をするのが生きがいなヤツが多いんだ。困る位にな」

 帰り道にまた『獣道』でドンパチ(戦闘)する位なら、ここでジャンプドライブを取り付けて帰りましょう、その方が早いですよぅ。とリゼルは言い切ったが、この作業ペースからすると、本当に早くなりそうだ。


 『隠者の英知』が持っていたジャンプドライブは、アルビオンをはじめ『隠者の英知』所属だった艦船に取り付けられて稼働中の数基除いても約80基。

 ジャンプゲートと同じくジャンプドライブの「出口」を作り出す、ゲートリアクターに至っては死蔵されていたものが約180基存在した。

 ジャンプドライブ自体が高価で稀少なこの世界で、地方の海賊団の所持量としては異常な量だ。

 だからこそ狙われていたんだけどな。


 ジャンプドライブ50基を『魔王軍』で引き取り、残りの30基は海賊ギルドの設立や『側道』ステーション群の中立自治化の為の根回しに使う予定だ。

 年間生産数が限られている上に少なく、どこの企業や軍も喉から手が欲しがってるジャンプドライブは、交渉材料にも賄賂にも非常に有効なものなんだ。



「……で、そっちはどうなンだ?俺も先々代から話だけ聞いちゃいたが、正直冗談であって欲しかったンだけどよ」


「残念ながら本当だったようだな。ユニオネス王国にも魔法文明の影響があったらしい」

 リョウが胡乱げな視線を、俺の手の中で変化していく金属塊に向ける。

 元は鉄やニッケルの混ざった何処にでもあるような金属塊だったが、錬金魔法で材質が透明感のある黒い金属へ変化し、錬成魔法で形を整えられた上に内部と表面に複雑な魔法陣が刻まれていく。


 最後の仕上げに表面へ「体を丸めた飛竜」の魔王軍の社章を描いて完成。

 従来より小型で高効率の、作りたてのジャンプドライブだ。




「―――なぁ、俺が言うのもなンだけどよ、すげぇまずくねぇ?」


「―――まずいよな、戦争の火種になりそうだ」

 結論から言うと、ジャンプドライブは魔法で作られた道具だった。

 科学技術ばかり発達した世界で遺失技術になる訳だよな。


 リアクターやエネルギーキューブなどの科学的なエネルギーを動力源として利用できるようにしていたり、外部から光や電気信号で操作できるようにとSF的なアレンジこそされている。

 だが、基本は離れた場所へ移動する高度な「空間魔法」を再現する魔法の道具でしかない。

 科学的なエネルギーを利用するのも、ジャンプドライブを作成する魔法技術がつたないせいで効率が悪いのと、ファンタジー世界とは比べ物にならない長距離移動が前提のせいだ。

 純粋に魔力だけで動かそうとすると、それこそ魔王レベルの人外じみた魔力量が必要になるみたいだな。


 稀少ではあるが、魔法技術の発明や発展はあの汚染惑星以外でもあるらしい。

 ユニオネス王国でジャンプドライブを開発できたのは、魔法技術を伝える種族がいたのだろうな。

 ただ魔法技術は継承や維持が非常に難しいので「再現はできるが原理が不明」な遺失技術や伝統工芸的なものになっていったのだろう。


 素材に魔法的な金属やら加工技術やらが必要になるし、その作成や加工技術は人が会得するには非常に困難な程に複雑かつ高度なものだ。

 だが、幸いというか間が悪いというか、ここに魔法的なものなら構造や仕組みが何となく理解できてしまう魔法系の魔王がいた。


 一目で大体の構造を理解して、適当な素材からお手軽に量産出来てしまった。

 ジャンプドライブを1基作るのにかかった時間は大体5分、使った素材はスクラップの金属塊。

 お手軽すぎてありがたみがないよな?


 いや、俺も空間魔法の概要は知っていし、空間魔法をアイテムに付与する魔法も知っていた。

 知っていたがあれはファンタジー的な魔法だから、移動魔法も惑星上のせいぜい大陸間移動位にしか使えないだろうと放置していたんだが。

 投入するエネルギー量次第で星系間移動も出来るとか、正直予想外だったんだ。



「リョウ、この事は他言無用にしよう。

 余程の事が無い限り、この技術は封印するつもりだ」

 調子に乗ってジャンプドライブを量産すれば手っ取り早くICカネ名誉コネも手に入る。

 正直惜しいのだがSF世界における国家間の軍事バランスを崩しかねない。


 魔王的には国家間の軍事バランスなんてどうでも良いと、あえて崩してしまうのも悪くない。

 本当に悪くないし浪漫もあるんだが、あちこちの諜報機関に身柄と命を狙われる続ける未来が透けて見えるのはいただけない。

 俺だけが狙われるならまだ返り討ちにも出来るんだが、諜報機関という所はまず家族知人友人と回りから狙ってくるのでタチが悪い。

 ライムやアルテは自衛できそうだが、リゼルやミーゼ、或いはユニア、ルーニア辺りが攫われて酷い目にでも合わされたら、うっかりその国を国民や惑星ごと滅ぼしてしまいそうだ。



 魔王業は浪漫と伊達と酔狂でやるものだ。

 復讐の為に作業的に屠殺して回っても面白くないよな?

 


「ああ、うン、俺も命が惜しい。見なかった事にしとくぜ…」

 リョウも頷く。自分がやった悪事の末路に命を狙われるならともかく、国同士のパワーゲームに巻き込まれるのは嫌なようだ。


 こうしてジャンプドライブの作成技術は俺の頭の中に封印され。

 今後とも一般的にはジャンプドライブは遺失技術を使った稀少なものであり続ける事になった。



 今回は仕方なく封印という手を取ったが、意外な事に悔しさはない。

 一般的には失われている技術を秘匿するのも、これはこれで浪漫がある。

 変身ヒーローや魔法少女も技術や正体を隠すものだ。



 ちなみに1つだけ完成した、魔法技術だけで作成された新型のジャンプドライブは、従来型が石柱じみたサイズに対して、ノートパソコン程度の大きさになった上に燃費が段違いに良いとやはり表に出せない品になってしまった。

 なのでワイバーンにこっそり搭載する事にした。

 コンパクトサイズなので設置作業も簡単、セリカにジャンプドライブを設置した慣れもあるだろうが、リゼルが30分で設置してくれた。


 …ジャンプドライブのありがたさが、どんどんと薄くなっていくな。



―――



 『側道』の最奥、セクター202星系。今はただの数字だが中立自治化が認可されれば『芳醇なる醸造所』星系と名前を変える予定になっている。

 名前の由来は特殊なコケ類から製造する酒が特産品だからだそうだ。


 『タンブルウィード』と呼ばれるこの酒は海賊達が飲むだけではなく、何処に持って行っても高値で売れる程に美味しいのだが、製造に使うコケ類を精製するとお手軽に多くの種族に有効な麻薬になるので普通の国では栽培が禁止され、製造する事が出来ない幻の銘酒だそうだ。

 法律やら規制やらを気にしない海賊だからこそ、専用の栽培・醸造ステーションまで運用していたらしい。

 今までは細々と『獣道』に来る商人とかに売ったりしていたが、今後は『魔王軍兵站課』のジャンプドライブ搭載輸送艦であちこちに販売する予定だ。

 未加工の原材料は大抵の国で所持すら禁止されているが、幸いな事に酒に加工してしまえば合法の品になる。


「この製造ステーション、機器持ち込むだけでお手軽に麻薬製造プラントになるンだけど大丈夫か?

 民間軍事企業っても海賊ほど自由じゃねぇだろ」


「この星系位辺境にあれば大丈夫だ。見逃してくれる程度に賄賂もばら撒くからな」

 こういう時だけはSF世界の権力構造も、賄賂が有効な程度に腐敗していてくれて助かる。

 宇宙には道徳や法律を遵守する文明や種族もいるらしいが、賄賂を活用できない分権力構造に食い込むのが難しいようだ。


 理念と理想を体現した宇宙連合的なものが出来るは、まだまだ未来の事になりそうだな。

 ……できるんだろうか?



 『隠者の英知』から、この星系を守る防衛隊への転属希望者を募った所、予定通り50%に近い人数が希望してくれた。

 大体は家族がこの星系のステーションにいる海賊達だ。

 『魔王軍』は『ヴァルナ』ステーションを停泊地にしているが、仕事柄ステーション内でのんびりしてる時間よりも、出港してどこかで営業しごとをしている時間の方が長い。

 新設する海賊ギルド直営の海賊になれば『隠者の英知』の頃のように、矜持を持った海賊稼業を続けられるが、それこそ労働時間も命の保障もない。


 若者や独り身の中年老人とかはそれでも良かった。

 だが家族、それも親兄妹ではなく妻子や夫子がいる海賊達にとって、出稼ぎしている時間も少なく、決まった時間に帰る事ができる星系防衛部隊は非常に魅力的な職場だったらしい。


 ……皆、誇り高い海賊だったんだけどな。SF世界は兎角とかく世知辛い。



 防衛隊構成員の半分以上に一般職業に就いてもらい、緊急時だけ戦闘員として戦う「自衛団」的な勤務形態にするなど、移行作業は割とスムーズに進んでいたんだが、一つ問題が出た。


 巨大戦艦『アルビオン』の維持費だ。


 『魔王軍』で戦艦の購入を検討して結局計画が流れた時のように。

 主力戦艦級、しかもアルビオン位の巨大戦艦になると色々な問題を抱えている。

 移動させるのにも手間だったり、大抵の相手に対してオーバーキルにも程がある火力だったりと色々な問題があるが、やはり一番の問題は維持費だろう。

 戦闘艦は稼動状態にしておくだけで色々な部品が消耗していく。

 幸いアルビオンはリアクターが、かさ張る代わりに出力が大きく燃料費がかからない重力炉形式なのが救いだが、その巨体を維持する部品的な費用だけでも相当な金額になる。


 さらに乗組員の人件費も「ひどい」を越えて「ヤバい」レベルだった。

 アドラム帝国型の平均的な戦艦の乗組員が3千人以上1万人以下、主力戦艦級になると1万人以上だったが、主力戦艦級の中でもとりわけ巨大なアルビオンの乗組員は約10万人。


 文字通り桁が違った。

 人数的な意味でも人件費的な意味でも。


 勿論10万人が全員、血気盛んな海賊という訳ではない。

 ここまで人数が多いと、料理や洗濯掃除を専門に行う船員も出てくるし、雑貨類や衣服、娯楽作品の販売をする店も船内にある。

 酒やそれに準じるものを提供する店や、綺麗なお姉さんお兄さんと遊べる大人の社交場的な店とその従業員まで船内に揃っているので、実際戦闘に参加するのは半分程度、5万人前後だ。

 今までは海賊という事もあって、収入の分配はかなりファジーなシステムになっていた。

 収入があれば親分連中で山分けして、それをそれぞれの子分達に配っていく実に原始的な方法だ。


 だが、防衛隊に切り替えるにあたって「経理」という概念が導入された。

 収支報告書が出ない営利組織なんて論外であるし、中立自治を目指すとしてもある程度はアドラム帝国とフィールヘイト宗教国に利益の一部を収める事になるだろう。

 利益の一部を納めるのは「税金」という形を取るだろうし、その際には正しい収支計算された帳簿が必要になる。

 アルビオン乗務員の給料は月給または日給式にして、きちんと人件費として計算しアルビオンの年間維持費見積りを立てた所。


「ふみゃっ」

 見積り書を見たライムは、口から不思議な擬音を出した上で硬直していた。


「どうしたんですかライムさん、そんなキャラ立てしなくて大丈夫で……うにゃ!?」

 動かなくなったライムを見に行ったリゼルも、見積書に目を落とすと、不思議な擬音と共に猫耳や尻尾の毛を逆立てて動かなくなった。



 どうしよう、魔王といえどもあの見積書を見るのが怖い。



 見積書の上にはさぞや素敵な数字が踊っている事だろう。

 リョウが固まった2人から視線を逸らし、遠い目をして「海賊時代ですら、すげぇ大変だったンだよな…」とか呟いているし。


 結局、俺は見積書は見なかった。

 時には逃げる事も大事だろ?



 急遽アルビオンの経費削減対策を講じる事になった。

 現状のままアルビオンを稼動・維持する場合、壮大な(既にこの表現を使うレベルの金額らしい)維持費の為に、時代劇に出てくる悪徳大名もかくやとばかりの重税を星系内のステーションにかける事になるという。


 アルビオンを廃棄する意見も出たものの、星系の防御にはどうしても外せなかった。

 まだ『隠者の英知』が降伏してから一週間も経っていないというのに、遺産狙いの『自称・隠者の英知の正統後継者』を名乗る海賊団の侵攻が日に2~3回はある。

 7割位は『隠者の英知』旗艦だった上に、主力戦艦級と海賊業界では破格の戦力を持つアルビオンを見るや、そのままUターンして帰っていくのだが。

 残り3割は『隠者の英知』が敗れた以上旗艦のアルビオンが残っている訳がない、あれはきっとデコイだなどと、どこぞの将軍様に悪事を暴かれた悪代官みたいな事を言って襲い掛かってくる。

 まあ、ジャンプゲートから少し離れた段階でアルビオンの砲撃で金属蒸気になるか、それを見て尻尾を巻いて逃げていくんだが。


「なぁ、ああいう勇気溢れるというか、欲に目が眩んだ挑戦者は前から多かったのか?」


「ンなわけねーだろ。

 分かりやすくカネになりそうなステーションや惑星はジャンプゲート周辺のクローキングシステムで隠してあるし、主力戦艦相手に正面からまともに喧嘩したがる馬鹿が大量にいたらたまンねぇよ」

 確かに戦力比を比べるまでもない、強襲揚陸艦に巡洋艦と輸送艦の艦隊などで突っ込むのは馬鹿か勇者の諸行だったか。


 いや勇者もいるが魔王なんだけどさ。



 アルビオン抜きの防衛隊で相手するとなると、艦船や乗組員への被害が大きくなってしまう。

 どうして『隠者の英知』が主力戦艦なんて海賊には身分不相応なものを持っていたか良く判る。

 海賊が多発する無法地帯な『獣道』の中で、ステーションや惑星といった動かせない資産を守るなら使いやすいが消耗しやすい戦力よりも、相手を寄せ付けない圧倒的な戦力があった方が結果的に安くつく。

 人命というか人材の保護をしっかり考えている辺り『魔王軍』とも方針が似ているな。






「整備や交換部品は元からギリギリまで削れてますよぅ。

 ニコイチ部品の使用や共食い整備状態で整備状況がグリーンランプとか、辺境にいる反乱軍でもしないレベルですもん!」

 ばんばんと机を叩いて珍しく強弁するリゼル。

 既にメカニック的に色々と見過ごせないレベルまで経費削減されてるらしい。


 ちなみにアドラム帝国の辺境部で、帝国の支配を嫌ってゲリラやレジスタンス、テロ活動を行っている反乱軍が存在するらしい。

 テロリストや海賊と見分けるのは至難、一般的なテロリストや海賊よりも装備がショボいなら反乱軍だろうと言われるレベルの組織ばかりらしいが。



「やはり付喪神化が一番か。リョウ、一族の中に回復魔法の使い手はいるか?」

 神と名前は付いているが神仏の類ではなく、正確には付喪神という分類の魔物化だと思うが、SF世界からみれば大差無い事だろう。


「数は多くねぇ。それでも大半は小さな怪我を治せる程度だ。

 重症のヤツを回復させられるのは10人もいねぇぜ」


「攻撃や補助魔法系に偏ってるのか?」

 意外だな。賢者といえば器用貧乏だが魔法系なら何でも出来るイメージがあったんだ。


「普通に医療キットとか使って治療した方が簡単だからよ、あえて魔法訓練するヤツは少ねぇっつーか…」

 良い辛そうなリョウ。

 ああ、うん。お手軽に治療できるSF的な医療技術があるなら、回復魔法の訓練をする酔狂なやつは少数派になるよな。


「てーか、船の経費削減に回復魔法となンの関係があるんだよ?」

 当然の疑問だろう。宇宙戦闘艦を回復魔法で治そうとかしないだろうしな…


 死霊魔法を使って船の付喪神化と、回復魔法による船体部品の復元を説明した所。


「なにそれヒデぇ。死霊魔法とか伝わってねぇよ、なンか悪っぽいしよ!?」

 死霊魔法、名前こそ禍々しいもののそこまで悪いような存在じゃないんだが、やっぱりファンタジー的なゾンビやスケルトンを操る悪役的なイメージが悪いんだろうか。


「死霊魔法は魂的なものだけではなく、残留思念とかも使うんだけどな。

 実際に使ってみれば分かるか?」


『概念魔法発動:指定魔法陣空中記述Ⅸ/対象数増加Ⅹ-Ⅳ』


 パチリと指を鳴らしてアルビオンの重要区画に魔法陣を展開する。

 今までにない大規模な展開だが、アルビオン自体が大型なので念のためだ。


『死霊魔法発動:残留思念結合Ⅷ』


 展開した魔法陣の半数が稼動して残留思念を集積する。


『死霊魔法発動:付喪神創生Ⅹ』


 パチリと一際大きく鳴らした指の音と共に、残りの魔法陣が複雑な文様を浮かび上がらせながら稼動を開始して、残留思念を核とした付喪神を創造していく。

 流石に長いこと稼動していた艦だけある。

 かなり無理矢理作った輸送艦の付喪神に比べると構築が実にスムーズだ。

 高密度な残留思念からしっかりとした意識体が生まれるのを感じる。



 後から思えば、その時リョウが言った言葉がいけなかったと思うんだ。



「すげぇ圧力感じるな。なぁ、船の付喪神っつー事はさ。

 アルビオンみたいな古い船だと、やっぱ婆さんになンのか?

 若い方が良いよなぁ……」

 心底同意してしまった俺がいる。

 老人は老人で威厳があるかもしれないが、見目麗しく若くて綺麗な子の方が良いよな!


「…あっ」

 邪念が混ざったせいか、稼働中の魔法陣が一部変質した。

 ……どうしよう、失敗とかしないよな?


 魔法発動の光が収まるとアルビオンの投影画像が人の姿を作り出す。


『こんな老骨を今更持ち出すとはねぇ。アタシがアルビオンだ。

 坊主達、よろしく頼むよ』

 やはり艦齢が長い分、知識や経験が豊富な付喪神が生まれたらしい。

 口調は穏やかだが、しっかりとした強い意志と威厳が同居した声。

 非常に頼もしそうだ。頼もしそうなんだが。


「「「…………」」」

 ブリッジ内には沈黙が満ちていた。


『そこの若い魔王さんだろう、アタシを呼び出したのは。

 うちの一族にゃこんな技術持ちはいなかったはずだしね。

 ……なぁ、皆だまりこくって本当にどうしたんだい?』

 アルビオンもブリッジに満ちた沈黙に気が付いたたらしい。


「なぁ、イグサ。なンか想像してたのと違ぇーってか、想像力の斜め上を行ってるンだが、これお前の趣味か?」


「アルビオン固有の特徴じゃないか?個人差もあるみたいだしな」

 魔法陣が最後に変質した事はとぼけておく。何せ―――


 投影画像によって映し出されたアルビオンの姿は、だぶだぶな海賊服に身を包んだ、外見年齢はライムやミーゼと良い勝負をしている、幼い少女なエルフでしかなかった。

 幼い子が大好きな紳士達が見たら、一撃で心奪われた挙句に犯罪に走りたくなってしまいそうなロリっぷりだな。


「多分イグサの趣味だと思う」

 何故か満足げに頷いてるライム。


「まて、俺はそっちだけじゃない、妖艶な魅力溢れた年上のお姉さんだって大好きだ!」


「それも知ってます。でもおにーさん、私とライムさんの目を見て同じ台詞が言えるのです?」

 あ、うん。ミーゼに冷静に言われると、返す言葉がない。

 だがここで黙るのは俺らしくないだろう?


「大丈夫だ、年下もかなり下まで守備範囲だから問題ない」

 己の欲望を肯定するのが魔王というものだろう。


「「………」」

 じとりとした視線がライムとミーゼから来る。

 いけないな、自分に素直になる余りに説得力が消し飛んだようだ。


『……何揉めているんだい?』

 怪訝そうなアルビオン。


「あー…そのな、視点以外のカメラ使って自分の姿確認してみてくれないか?」


『姿ね、付喪神なアタシらの外見なんてそうそう騒ぐ程のものでもな……なんだいこれぇぇ!?』

 騒ぐほどのレベルであったらしい。


『そりゃ女として若い方が嬉しいってのはあるけどさ、幾らなんでも若すぎやしないかい、誰だい色恋沙汰になったら犯罪臭がしそうな外見にしたのは!?』


「「「………」」」

 黙って俺へと指先を向ける一同。


「待とうか、俺のせいだとは限らないだろう?

 冤罪の可能性もある、決め付けは良くないぞ?」


『ならアタシが色気出して誘ってもノらないかい?』


「そこで断るのは男として間違っている。全力で誘惑されるとも」

 隣でリョウも深く頷いている。

 やはり俺と趣味の傾向が似ているよな。


『………まぁ、悪い気はしないけどさ。

 でも情けないねぇ。主力戦艦アルビオンの付喪神とあろうものが、こんな威厳の無い姿になっちまって』

 自分の姿を確認するように、割と薄手の服とかを摘んだりしているアルビオン。

 実に仕草が可愛らしく、思わず胸が温かくなりそうだ。


「―――大丈夫だ。どんな姿になろうとも、お前は魔王が手自ら作り出した、唯一無二の付喪神だ。

 魔王の名の下にそれを保障しよう」


「―――ああ『隠者の英知』連中が見たとしても笑わねぇ。

 もし笑うヤツがいたら俺がぶン殴ってやるよ」

 良い笑顔を浮かべてフォローする俺とリョウ。


「それで、本音はどう思っているのです?」

 淡々とした口調で合いの手を入れてくれるミーゼの言葉に。


「「ロリババァなんて、俺達の業界ではご褒美でしかない!」」

 思わずハモって本音をぶちまけるばかが2人。


『ふンっ!』


「「ごふうっ!」」

 慣性制御まで使って再現したアルビオンのボディブローが、ごしゃぁ!とかなり洒落にならない音を立てて俺とリョウの腹に突き刺さる。

 ミーゼの合いの手が絶妙のタイミング過ぎて、思わず本音が漏れてしまった。


「私はライム。こっちが整備をしてるリゼルと運用に携わってるミーゼ。よろしく」


『ワイはワイバーンです。どうも若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします』

 何故だ?小さな子には目がないというか、大好物のはずなワイバーンは神妙な紳士顔だ。

 まさかあいつはロリは守備範囲だが、ロリババアは対象外なのか!?


 挨拶を始めるライム達を横目に悶絶してる俺とリョウ。

 まて、魔王にしっかりダメージが入る威力とか……いけない、リョウが白目むいて泡を吹きやばげな痙攣をしだした。早く回復魔法をかけないとまずそうだ!




 和やかに挨拶や自己紹介をしている横で、必死に回復魔法を使う俺だったが、客観的に見ればただの馬鹿か馬鹿騒ぎなんだろう。

 だが、こんな馬鹿騒ぎができる事が楽しくて仕方ない俺が居た。




祭り(戦闘)の後片付け的な話がもう少し続きます。

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