32話:魔王、側道の主と対面する
4話同時投稿です。話数にご注意下さい
「通常空間に復帰、ジャンプアウトであります」
ジャンプゲートに突入した影響で、船外モニターが映していた光景が幻想的ながら不可思議な空間から、通常の宇宙空間へと戻る。
ジャンプ中の光景も幻想的ではあるんだが、暗闇に星の光が所々に見える宇宙空間の方が落ち着くな。
………いや、ここ最近見慣れたけどさ。魔王が見て落ち着く光景なら、宇宙よりやっぱり魔王城っぽい内装だよな?
「ジャンプゲートのビーコンを確認。
セクター202星系への移動確認であります」
操縦席に座ったアルテは手際よくジャンプゲートの信号から現在地を割り出していた。
ジャンプゲートの移動先がずれる話なんて聞かないが、ジャンプ後のお約束らしい。
『セリカ、セクター202星系内スキャンします。
星系内に星や小惑星はなし……ううん?違和感がありますよ。
『天使の翼』展開開始、展開率85%。
空間探査実行―――ゲート出入り口を包むように配置された大規模クローキングシステム(隠蔽装置)を確認。
クローキングシステム回避用にアクティブセンサー周波数調整、再スキャン開始。
恒星を中心とした恒星系です。
惑星数は25、うち第4惑星から第16惑星までが恒星と同一距離、同一軌道、惑星表面に生命体反応を確認しました。居住可能惑星みたいです』
恒星系、地球が存在する太陽系と同じ恒星(太陽)を中心に惑星や小惑星が周回している宙域だ。
恒星のサイズがそこまで大きくない割に惑星の数が25というのは数が多い。
「ジャンプゲートのある恒星系に居住可能惑星が13個?こんな情報が流れたら国じゃなくて、不動産屋が大艦隊つれて侵略に来るのです」
セリカから受け取った星系内情報を見て、呆れたような声を出すミーゼ。
SF世界の常識では、宇宙人を含めた知的生命体の生活圏は宇宙が中心だという。
知的生命体の数に比べて居住可能惑星は数が少ないし、住んでも環境に気をつけないとすぐ汚染されてしまう。
なので天然の惑星上に家を持っているのは、SF世界では一種のステータスシンボルとなっている。
官僚組織の中心や政治系の施設の大半が、各国の中央星系近辺の居住可能惑星上にあるという辺りで察して貰いたい。
現代風の感覚で言えば、居住用ステーションが郊外の団地だとすれば、居住可能惑星は都心の一等地にある豪邸や、有名リゾート地のコンドミニアムみたいなものだな。
価値の高い居住可能惑星がここまで固まっていたら、軍隊よりも早く不動産屋やら土地開発屋が大艦隊を率いて侵略してくるというのは、現実的過ぎて逆に笑えない。
だからこそ、ジャンプゲート周辺に大規模クローキングシステム(隠蔽装置)を配置していたんだろうな。
「13個の惑星がほぼ等間隔で同じ惑星軌道をしている上に、居住可能惑星というのは不自然です。人の手で調整されていると考えて間違いないでしょう。
テラフォーム化も考えると、長い時間と莫大な経費をかけたのが推測されるであります」
召喚前の地球も火星をテラフォームするという話はあったが、経費と手間の莫大さと結果が出るまでの時間が長すぎて夢物語だったな。
SF世界の技術ならコストも低下して時間も短縮されてると思うが、それでも人の居住に適さない星を居住可能にするテラフォームは手間と費用のかかる仕事らしい。
『星系内にステーションを複数確認、ビーコンは未登録。
『側道の主』勢力のものだと思われます。
総数26。内訳はパワープラント2、食料生産プラント2、工業系ステーション4、大型の商業・住居ステーション6、残り10はアドラム帝国規格から形状が違いすぎて種別不明です』
「反応からしてデコイじゃないです。
コランダム通商連合国に参加している小国並…アドラム帝国の辺境星系より施設が整っていそうなのです」
『敵影見当たりません。クローキングシステムは抜いてるはずだよね?うーん』
事前情報では『側道の主』勢力が持ってる主力戦艦級戦闘艦は、全長が1キロ以上の大型クラスだ。
小惑星とかを使って隠れるにしても巨大すぎる。
「セリカ、『天使の輪』出力調整、質量と重力波探知も開始しろ」
『はーい、魔王様。『天使の輪』出力調整中。質量走査、重力波探知開始。
……あ、反応みつけた。大型戦艦級反応1、その他沢山が密着してます。
データリンク!』
『情報受け取りましわ、投影ウィンドウに
ブゥゥンと機械的な低周波音と共に、ワイバーンのメインモニターにセリカが探知したデーターが透過表示される。
この低周波音を入れる辺りワイバーンは色々分かっている。
「大型戦艦級は全長4キロクラス!アドラム帝国の主力艦隊旗艦並です。
推定シールド出力300万S、リアクター出力3億越え!見ての通りの化け物であります!」
「なぁ、リゼル。前に辺境星系で年代ものの機動要塞を見た事があるが、あれよりサイズ控えめだったよな?
主力戦艦と機動要塞の違いって何だ」
「移動能力の差異とか用途とか形状とかあるけど、基本的には自己申告なのですよぅ。
主力戦艦は戦艦級以上の艦艇で、機動要塞は要塞分類で自力移動ができれば機動要塞なんです」
かなり大雑把…いや、詳細に分類する程数がないのか。
「ここまで巨大な艦を隠蔽させるとか大変なのに、こんな簡単に探知したら申し訳ない気持ちになりますよぅ」
隠蔽装置は小型艦に積むのが厳しいレベルでかさ張る上に高価、隠蔽しようとする対象が大きくなる程にコストもサイズも大きくなるし、装置自体を小型化しようとするとやはりコストが跳ね上がるという。
「リゼルの気持ちは判るが…まあ、戦闘だしな」
それに、この程度のずるがないとSF世界で魔王業はやってられない。
「全長4キロクラスの大型戦艦の表面に小型艦を着艦させて、まとめて隠蔽するとは、海賊らしいアイデアなのです」
あの戦艦からすれば小型艦だが、その小型艦一隻一隻がワイバーンと同じ位のサイズらしいので笑いが出そうになる。
「奇策ばかりだが効果的だな。
『側道』に入った連中を撃退していたのは伊達じゃないようだ。
……なぁ、ライム。あの大型戦艦の維持費どの位だと思う?」
「考えたくないレベル。まともな給料形態してなさそうな海賊だからできる荒業」
ああ、俺も正直戦慄した。あの巨体の維持費に人件費とか考えると寒気がする。
前に戦艦買うかどうか検討した時、生々しい数字を見ただけに尚更だ。
「射撃用アクティブセンサーを該当座標に向けろ、指向性レーザー通信をセンサーの密集部位を狙って撃て。挨拶するにも出てきて貰わないとな」
「はいますたー、射撃用アクティブセンサー起動、通信用指向性レーザーを射出ですよぅ」
「敵大型戦艦の隠蔽解除を確認。
駆逐艦級及び強襲揚陸艦の空母改造型が約40が大型戦艦から離艦して展開開始しました」
「敵主力戦艦級より通信が入りました。社長、どうします?」
「上で受ける。少し待って貰ってくれ」
SF世界からすればクラシック趣味らしい、21世紀風のスーツとコートに変化させている魔王の衣を整えながら、ライムを伴ってワイバーンの上甲板を目指す。
最近はミーゼかライムを膝の上に乗せた所謂「悪の総帥スタイル」で通信対応する事が多かったが、相手が仁義を守る宇宙海賊なら、こちらも相応の対処をしないとな。
―――
なあ、人生で直感を大切にしているかい?
俺はかなり重視しているぞ、特に人に関する直感はさ。
勿論、直感がいつも的中するような事もなく、間違える事だって多い。
第一印象が悪かったヤツが長年の友人になる事もあれば、その逆も当然あった。
けどさ、第一印象でコイツとは親友になれるって感覚はかなりレアじゃないだろうか。
俺としても初めての経験で驚いている所だ。
「民間軍事企業『魔王軍』代表のイグサだ。
お初にお目にかかる、なんて堅苦しい言葉はいらないか?」
ライムを連れて上がったワイバーンの上部甲板で『側道の主』と投影画像越しに対面していた。
ワイバーンの上部甲板は当然のように真空の宇宙なので、環境適応魔法を使っている。
仕立ての良いスーツとコート風に変化させた魔王の衣が、存在しないはずの風になびいている
魔法に科学的な原理や理屈を追い求めても仕方ないしな。
『くはっ、はははは!いや、いきなり失礼したな。
民間軍事企業が来たっつーからどんなお堅い、ソロバン大好きな連中が来たかと思ったら、予想と正反対すぎて思わず笑っちまったンだ。悪ぃ悪ぃ。
魔王軍ね、
代表の方も相当傾いているみたいだけどよ』
『側道の主』は笑い声を上げるが、その瞳は何かを探り考察する知性の色が強く出ていた。
笑いは取れたが油断はしてくれないか。なかなか食えないヤツだな。
大型の投影画像はお互いの周囲の環境まで映し出している。
気密服もなしに開放型の甲板に立っている俺達の様子は相手にも見えているだろう。
真空の宇宙に気密服も無しに出ているというのは、魔法のないSF世界でも再現は出来るがコストが非常にかかる。
そんな事をする程度に酔狂だと思って貰えたらしい。
『で、その代表さンと…………うん?』
俺の隣に寄り添うように立つライム。
実年齢より圧倒的に幼い外見な上に、外見相応な可愛らしい純白の服装をしているライムと俺の顔の間を、やや困惑混じりの視線が何度が行き来している。
勇者様という肩書きが見えないライムと俺だと…うん、関係性に悩ませて正直すまん。
「私は副代表のライム、よろしく」
投影画像の向こうから明らかにほっとした様子が伝わってくる。
この見た目で副代表なので、ライムも若くして老化停止処理をした酔狂者か、この見た目で成人するタイプの種族だと納得したんだろう。
『自己紹介が遅れて悪ぃ、俺は海賊団『隠者の英知』首領のリョーカンってンだ。長い上に言い辛いからリョウとでも呼んでくれ。
あ、一応この戦艦『アルビオン』の艦長もしてるぜ』
投影ウィンドウの向こうに見えるのは、21世紀地球に生きていた俺から見ても古い欧州趣味に見えるアンティークかつ豪奢な内装と、SFのブリッジが融合したような部屋に立つ20前後の青年
大体のパーツは人間と似ているのだが、全体的に細い印象を受ける体に尖った耳。
ファンタジーで言う所のエルフに似た種族だろうか。
隣でライムが「あ、エルフだ」って呟いているから、ライムも似た感想らしい。
痩せ型だが引き締まって精悍さを感じさせる体格、風格よりは冒険心や悪戯心を感じさせる笑みを浮かべ、口調はどこまでも乱暴なのに、どこか気品を感じさせる声音。
色々な要素が高い気品や格調を裏づけしそうなものなんだが。
第一印象を一言で言えば、チャラい。
アンティークな室内とか、鈴の音のようなと表現できる美声とか、中性的な風貌とか、色々な要素を中和してありあまるチンピラ臭が漂う。
服装は軍服のように堅苦しい感じなのだが、あちこち着崩して硬さとは逆ベクトルの印象しか受けないし、どこか余裕のある口調はその声の綺麗さと相まって威厳ではなく軽さを感じさせる。
服のあちこちについている金属風のアクセサリーや小物類も、アンティークな船内と科学反応でも起こすんじゃないかって位に浮いている。
「……首領?」
言い辛い事をずばっと言えるのは、ライムがいくつも持っている美徳の一つだと思う。
『『『ええ、まぁ』』』
視線を向けられた向こうのスタッフ達―――多分ブリッジ要員だと思うが、短く答えて一斉に目を背けた。
首領の印象について色々と自覚症状があるようだ。
『おい、何か言う事あるならいつでも聞くぜ?』
『『『いえ別に』』』
なかなか愉快な海賊団じゃないか。
だが、俺の直感はこいつと友人になれると、親友になれるんじゃないかと声高く叫んでいる。
顔見知りや知人のハードルを越えて一足飛びにその先を直感させるこれは、俺は体験した事がないが、一目惚れにも似たようなものなんだろうか。
断言しよう。こいつはエロい。
しかもただ下心があるだけじゃない、何かに拘りのある―――俺と趣味の近いエロさを持っている。
向こうも同じ共感を得たんだろう。
「ああ」『だな』
ただ交わす言葉も無く、お互いの瞳を見て頷き、分かり合う。
男は馬鹿だって?いつの時代も男とは馬鹿なもんだ。
「海賊団首領、リョウ。
民間軍事企業と海賊が出会ったらやる事は一つ、なんて話1つでドンパチするのも無粋じゃないか。
一つ要求を聞くだけ聞いてくれないか?」
『構わないぜ。俺の秘蔵コレクションは船が沈ンでも死守するけどよ?』
ははっ、と軽く笑っているが目がどこまでも本気だ。
その気持ちは痛い程判る。だが要求はそっちじゃない。
「そこまで大した事じゃないさ。ジャンプドライブを譲って貰いたい。
売ってくれ、いくらでも出すって言える程、懐事情は良くないんで悪いな」
ジャンプドライブという単語に、リョウが浮かべる軽薄な笑みが深まり、向こうのブリッジ要員の顔に緊張が走る。
ま、予想通りの反応だな。
『民間軍事企業なンだって?どこかの国の委託かよ?』
「いいや、どこかの国の依頼だったらここまで辿りつけないしな」
首を横に振って答える。必ず相手国から妨害が入るからな。
「―――それに、国からこんなヤバいヤマ(仕事)が回ってきたら、受けるかどうかよりも社員引き連れてどう逃げるか考えるさ。
ジャンプドライブが欲しいのはウチの会社的な事情でね」
魔法で再現された仮想の風で乱れた前髪を乱暴に直しながら答える。
結果は見えているが、こういう悪の首領同士のやり取りに演出は大事だよな?
『なるほどなぁ。ま、色々納得できる所もできない所もあるンだが、ジャンプドライブの対価に何を払ってくれるんだ?』
流石に海賊団の首領だな、軽薄な笑みが深まって酷薄な印象になってきた。
「色々考えてみたんだけどな、この豊かな星系で特に困ってる事はないだろう?」
暗にクローキングシステムも見破っていると仄めかす。
『まぁな。招かざる客をどう帰すかが目下の困りごとじゃねぇか?』
なかなか良い返しをしてくれる。悪くない、悪くないな…!
「だから、海賊団の流儀を一つ真似てみようと思ってさ。
”荷物を置いていけ、命だけは助けてやる”」
思い切り芝居がかった口調で言うと、海賊団の首領リョウは思い切り破顔した。
『ぷっ、ふはっ、あははははは、あっはははははははははは!
その台詞をよりにもよって俺達に言うか、お前らまっとうな企業じゃねぇの!?』
口元を掴むように抑えて笑い続けるリョウ。笑いすぎて目じりに涙が浮いている。
「どうだ、検討してくれるか?」
『お前、海賊よりよっぽど悪党じゃねぇか、いや俺の直感もまだまだ腐ってないもンだ。どうせ俺が返す答えも判ってるだろう?
なぁ―――』
『「―――面白いヤツだから命だけは助けてやる。降伏するなら早めにしろよ」』
俺とリョウの発言が一言一句違える事なくハモる。
「意外性がなさ過ぎるってのは面白くないとは思わないか?」
『様式美っつーってのも悪くないもンだ。違わねぇ?』
「違わないな。様式美は良いものだ」
『じゃ、次は降伏勧告で会おうぜ』
「お互いにな」
ぷつりと投影ウィンドウが消える。
いや、海賊にもあんなヤツがいるならSF世界の悪くない。
これまでの海賊達とは違って、ちゃんと”悪党”をしている。
「イグサ、今のやり取りに何の意味があったの?」
「挨拶以外には余り意味はないな、まあ相手の性格が分かったって収穫はあるさ」
「……なら、普通の挨拶でいいんじゃない?」
不可解そうな顔のままのライムの頭を一撫でする。
「お互い出会ってすぐ殺し合いなんてつまらないだろう?味気ないし、野生の獣だって殺し合いする前にもう少しやり取りをするもんだ。それにな―――」
「それに?」
「―――様式美ってやつさ」
満面の笑みが自然とこぼれる。
悪党や悪役には様式とお約束が大切だ。
何故かって?その方が楽しいからに決まっている。
「良く分からない」
「おいおい覚えて行くか諦めてくれ、相棒」
ふて腐れたような顔をするライムの肩を叩いて、ワイバーンのブリッジへ戻る。
「相棒……相棒……えへ」
なあ、ライム。何故この位の呼称で嬉しそうな顔をするんだ。
しかも普段の無表情の奥から自然と漏れた、とても嬉しそうな笑みだ。
「ワイバーン、ワイバーン!今の画像は録画してあるか、録画してあるよな!?」
携帯汎用端末を取り出してワイバーンを急いでコールする、間に合ってくれ…!
『……魔王様、ワイも見てましたが記録モードになってませんでしたわ』
この世の終わりが来たとばかりに哀しげな声音のワイバーン。
「神は死んだな―――」
思わず天井を仰いでしまう。
ライムがデレる貴重なシーンを一つ逃したのは痛い、非常に痛い。
『悔しいですわ―――』
ワイバーンのブリッジへ歩く2人と携帯汎用端末の1人。
戦闘前だというのに、全員とも緊張感の無さが