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31話:魔王、獣道を散策する

4話同時投稿です。話数にご注意下さい



 餓えている時にご馳走が目の前にあったら、手を出さないでいられるヤツはそういないだろう。


 空腹程度なら我慢できると思ったヤツは、一度餓えを経験をしてみると良い。

 空腹と餓えの差は、身をもって体験しないと分からない事の一つだと思うからな。


 あれは魔王になる前の事だった。

 大学生になりたての頃にうっかり妹の誕生日を忘れていて『兄さんはご飯抜き』というのを4日ほどやられた。

 買い食い位出来たらよかったんだが、財布まで没収される徹底振りだ。

 ベタな報復だがあれは酷く辛い。3日目辺りから半分思考停止していたからな…


 妹は報復の仕上げとして空腹で虚ろになっていた俺の前で、ダイエットを投げ捨ててLサイズのピザをおいしそうに食べるという暴挙をしてくれた。

 その直後に行った人生初の本気土下座の虚しさと、ピザの味は忘れられない。




 中小企業連合が仕掛けた『海賊牧場』は着実に海賊の数と質を増し、人々の生活を脅かし続けている。

 だが、海賊達も随分と懐事情が厳しいようだ。


 だってそうだろう?獲物の数は変わらないのに同業者がひたすら数が増えまくるんだ。

 しかも装備が下手に揃った分、維持するのにもICカネがかかる。

 海賊同士で共食いしても被害の割に得るものが少ないから、獲物に対して貪欲になるのは当たり前だよな。



『アリア、ターゲットα12、大型フリゲート艦。主砲発射します』

 高速巡洋艦アリアから紅色の高エネルギー粒子が撃ち出され、海賊の大型フリゲート艦の側面を貫通、リアクターを誘爆させて爆沈させる。


『ベルタ、ターゲットγ3から15。副砲連射続行』

 周囲を飛び回るクラス3から4位の海賊戦闘機を、巡洋艦ベルタが副砲として装備している収束衝撃砲の大人気ない大火力が順番に蒸発させていく。


「近接用レーザー砲稼働中、ターゲット設定は半オートですよぅ。

 主砲副砲とも個別に目標追尾しまーす」

 ワイバーンも固定装備の近接レーザー砲が、周囲を飛び交う海賊戦闘機や思い出した頃に飛んでくる対艦ミサイルを打ち落とし、軽巡洋艦並の出力をした主砲や副砲が海賊戦闘機を金属蒸気にしていく。


「ワイバーン、リアクターの方はどうだ?」


『激しい運動でちょいしんどいですが、この位なら何とかなりそうです』

 付喪神にとって船体の稼動状態は体の調子に該当するようだ。

 実にファジーだが、データーをずらずらと並べられるよりも分かりやすくて良い。


『4番艦ダルタニアン接敵しました。ま、魔王さま反撃の許可下さい、こわいこわいこわいよー!』


「許可する。ダルタニアン武装解放、攻撃開始」

 悲鳴は戦闘の華だと思うが、見た目も声も幼すぎる付喪神ダルタニアンの泣き声混ざりな悲鳴は、悲痛すぎて風情がない。

 映画にしたらジャンルがホラーになりそうな泣き声だからな。


『攻撃、攻撃、攻撃開始!近寄らないで来ないでー!』

 ああ、何かに似ていると思ったら、反応が台所に出てくる黒くて早いアレを見た時に近い。

 一般的な宇宙海賊はご家庭じゃなく交易路の害虫ではあるが、浪漫と漢気に溢れた宇宙海賊も存在するかもしれないので、一概に害虫扱いするのも微妙な所だ。


 一見普通の輸送艦に見える装甲の下から、ハリネズミのように砲門を出して花火じみたエネルギー兵器をばら撒き始めるダルタニアンに、戦闘機乗りの海賊達も混乱したようだ。

 輸送艦隊に近づいた海賊戦闘機が景気よく爆散していくな。


「大型フリゲート1、フリゲート3、戦闘機が約23。

 セクター103、第13波海賊艦隊の撃退を確認であります」



 『側道』どころか『獣道』に入った最初の星系で既に13回も海賊艦隊の襲撃を受けていた。

 被害らしい被害は使った兵器類の消耗程度なのが救いだが、側道に入ってすぐのセクター103星系に入ってまだ3日目。

 隣の星系へのジャンプゲートまでの行程を半分来た程度だというから頭が痛い。


「なぁ、リゼル。『獣道』は海賊の出現頻度が高いのは分かるんだが、幾らなんでも襲撃頻度が多すぎる。

 恨みはもうあちこちで買っているが、俺たちが襲われるような心当たりはないか?」


「イグサ様、今の私達はおいしそうな獲物に見えるのですよぅ。

 大型輸送艦が『獣道』に入る事は少ないし、4隻も集まっている上に巡洋艦が三隻も護衛しているのだから、きっと良いものを運んでいるって私でも思いますもん」


「………あー。なるほどな」

 そうだよな。大型輸送艦を何隻も引き連れて仰々しく護衛がついていれば、海賊達も思わず襲いたくなる、美味しいそうな獲物に見えるというのを考えていなかった。

 アラミス、ポルトス、アトスの3隻はドローンゴーストを満載しているドローン母艦とも言える物騒な代物だったり、ダルタニアンに至っては下手な戦闘艦より火力もシールドも強いが、見た目は大型輸送艦カモだよな。


 透明化魔法で隠れたくなったが、『獣道』内は海賊避けに高速巡航している一般船も多いので衝突が怖い。

 『獣道』はアドラム帝国勢力圏外なので、小型艇の一隻や二隻ひき潰しても賠償金を払う義務も発生しないし、シールドや装甲的にも問題はないんだが、襲ってくる海賊連中ならともかく、ただの通行人を船ごと沈めてしまうのは夢見が悪い。

 悪として最初からやる気で一般人に危害を加えるならともかく、衝突事故で無駄な死者を量産するのは美しくないしな。



「仕方ない、地道に行こう。予備部品を多めに積んできて正解だったな」


 その後も海賊の襲撃を鎧袖一触とばかりに払いのけながら、予定通りの進路を進むのだった。



―――



『死霊魔法発動:幽霊船作成Ⅸ/対象数増加Ⅲ』


 襲撃してきた海賊艦隊を沈めた後幽霊船にして、以前作った小惑星帯の隠し場所に移動させていく。


 正直な所、幽霊船にするのは非常に勿体無い。

 大破したり爆散した戦闘艦や戦闘機の残骸からは、ジャンク品やら稀少資材やらが色々と取れるんだ。

 セコイと言わないで欲しい。

 戦闘艦なんて維持費だけでも高いのに、戦闘を繰り返しているから消耗した部品を予備に交換するだけでも、かなり費用がかかるんだ。


 今回の目的は海賊退治ではなく『側道の主』との対決なので一々回収していられない。

 最初は回収していたんだが、輸送艦の空き容量がすぐに満杯近くになってしまったんだ。

 そのまま放置しておくと、流しのサルベージ屋や海賊達の餌になるだけなので、沈めた船は片端から幽霊船に仕上げているが、そろそろ幽霊船だけで大艦隊が組めそうな数になっている。

 幽霊船にするたびに勿体無いと、ダンボール箱から寂しげな瞳を向ける捨て猫のような、雰囲気と哀しげな瞳を向けるリゼルの視線も痛い。

 気持ちは分かる、分かるからその瞳はやめてくれ。

 愚痴を言われたほうが気が楽だと思うんだが、無言なのが重い。

 魔王に罪悪感を感じさせるとか、天然は恐ろしいものだ。



 武器が磨耗せず宿屋に泊まる程度で延々と戦い続けられる、古典的なファンタジーRPGの人物が羨ましくも懐かしい。

 魔力だけで戦える魔王も、お手入れ不要らしい勇者の剣と鎧を持った勇者もいるが、流石に身一つで宇宙戦闘艦と戦いたくはない。


 戦闘艦の中では小型と言われるフリゲート艦だって、全長50メートル程度はある上に色々と防衛兵器もある。

 ファンタジー世界の砦や帆船なら、由緒正しく古式ゆかしい『隕石落とし』の魔法を適当にブチ込めば何とでもなるんだが、SF世界だと隕石程度はデブリ扱いでさくっと迎撃されてしまう。

 ライムの聖剣なら軽巡洋艦すら真っ二つだったんだが、必殺技的なあれは回数制限があるという話だから小型機が多い海賊相手だと相性が悪い。


 生身でSF世界の宇宙戦闘艦を相手にするのは困難が多い。

 それなら多少経費がかかってもワイバーンみたいな戦闘艦を使った方が楽なんだ。


「なあ、ライム。聖剣でフリゲート艦や駆逐艦の外殻や装甲は斬れるか?」


「余裕。魔法防御のない金属なら豆腐と一緒」


「だよな。必殺技的なものを使用しない聖剣一本で、フリゲート艦を沈めるのにどの位かかる?」


「1時間以上。簡単に斬れるけど、大きすぎて解体に時間がかかる。

 家庭用の包丁で鯨をさばくようなもの」


「だよな。突入ポットでカチコミかけるか、直接泳いで船体に取り付いてからエアロックから入って、ブリッジ制圧した方が楽だよな…」

 泳ぐ方はシールドを剥がす必要があるから手間かかるしな。


「うん。ブリッジ押さえるのが簡単」


 非常識ファンタジーと言えども万能ではないな。

 万能なものじゃないからこそ、使いこなすのが楽しいんだけどな?



―――




「セクター201へのジャンプゲートを確認であります」

 ワイバーンのメインモニターには『側道』へのジャンプゲートが表示されていた。

 セクター201のジャンプゲートは赤錆びた鉄骨を組み合わせたような、廃工場じみた見た目をしているが、動作には問題ないようだ。


 一般的なジャンプゲートの形状は、枠が中途半端に途切れている片眼鏡に近い。

 ジャンプゲートは外見こそ作成した国や文明圏によって変化するが、内部構造はほぼ同一で、未だ原理不明の遺失技術で作られているらしい。

 何でも「時間と手間とコストをかければ新しく作れる。使う事も整備や運用のノウハウもあるが、動作原理は不明」だそうだ。


「今までの襲撃報告を頼む」

 獣道に入りセクター103、104、105星系と移動してくる間に襲撃してきた海賊の数は、大は巡洋艦クラスを旗艦にした艦隊から、小は単独のクラス5戦闘機まで、襲撃数が3桁にいった辺りから数えるのを止めていた。

 もう最後の方は小規模な襲撃だと、警報すら鳴らさずに当直の要員だけで撃退という慣れっぷりだ。一々警報鳴らしていたらロクに睡眠も取れない程だったからな……


「襲撃回数は『獣道』内で153回、うち巡洋艦3隻、軽巡洋艦13隻、駆逐艦52隻、フリゲート艦102隻、戦闘機は約1000機であります」

 旧型とはいえ巡洋艦まで出てきた時は軽く笑いが漏れたな。いや、旧型といってもうちの高速巡洋艦より新型なので複雑だが。

 拿捕した船は無く、全部幽霊船にしたのが口惜しい。


「被害と整備状況はどうだ?」


「はっ。被害は状況はドローンゴーストが38機喪失の186機大破、大破からの復旧には時間がかかる模様であります。

 各艦とも主砲、副砲とも交換部品が底をついて、以前交換した廃棄品からの部品取りや共食い整備が始まっていますが、まだ深刻な整備不良は発生していないであります」

 キビキビと報告するアルテだが、表情は明るくない。

 消耗して交換された廃棄品から比較的使える部品を抜いたり、不良部品を交換して回る共食い整備が始まってる時点で、おおよそまともな運用ではないからだ。


「応急修理用の部品はもう作り飽きたのですよぅ…」

 ジャンク品やスクラップからそこそこの部品を作り出せるリゼルは、この所のオーバーワークが祟ってコンソールの上に伸びていた。

 ワイバーンの船倉の一部を工房にしているおやっさん達も似たような状況らしいが、機械と酒と美味い飯があるなら問題ないと、豪快なバイタリティを発揮して今も作業を続けている。


「この先は『側道の主』の勢力範囲だ、そう頻繁な戦闘はないだろう。大規模戦を後2,3回できる程度があれば十分だ。帰りの事は帰りに考えれば良いしな。

 セリカ、天使の翼起動、天使の輪稼働率35%、ジャンプゲートの映像システムを乗っ取れ」


『はい、魔王様。エンジェルウィングブート、エンジェルハイロウ稼働率35%、ジャンプゲート映像システムハッキング開始します。

 魔王様、私頑張ってます、ちゃんと見ていて下さいね。

 どうですか?ちゃんと働いていますし装甲だって汚れてませんよね?』

 セリカは電子戦能力がある分被弾に弱いので、後衛で戦闘に参加させない事が多かったせいか、随分とフラストレーションが溜まっているようだ。


「ああ、見た目は綺麗なものだ。だからしっかり仕事しろ」


『えへ、えへへ。可愛いかー、私可愛いなら仕方ないよねー。頑張ります!』

 セリカも外見は良い大人なんだが、気が若いというか甘え癖があるのが難点だな。

 高速巡洋艦といえども末妹は甘やかされるもなんだろうか。


『対ゲート映像及び周辺星系図の取得に成功しました。情報共有します』

 ジャンプゲートにはゲート間を繋ぐ映像システムが搭載されている。

 基本的には目視で先が見えないゲートの向こう側の状況を映して、ジャンプゲート付近での接触事故を防ぐ為のカーブミラー的な存在だが、監視システムとしても十分に使えてしまう。

 それを逆手にとって『側道』の様子を見てみたんだが。


「迎撃部隊の一つもないか…静かなものだな」


「ジャンプゲート周辺での迎撃は近代戦術の基本であります。罠かもしれません」


「なに、罠なら踏み潰せば良い」

 魔王の風格というヤツだ。


「……罠を警戒して時間を浪費する方が、今は損失が大きいからな」

 決してまた襲撃されて経費が増えるのが嫌だだとか、切実な理由が大きい訳じゃない。

 本当だぞ?


「了解。全艦第二種戦闘配備を維持、即応体制で突入するであります」

 ワイバーンは艦隊に先駆けてジャンプゲートへと突入して行った。



―――



 「セクター201というのは無機質で無粋な名前だなと思ったが、実に良くお似合いの場所だな」

 『獣道』から『側道』に入った最初の星系、セクター201は見渡す限りの岩塊、小惑星や砕けた星の破片が漂っていた。

 SF的に表現するなら、重力やら惑星の位置関係で周辺に漂っているものが集まりやすい宇宙版船の墓場スペース・サルガッソー宙域という所だろう。

 普段本拠地にしている船の墓場星系と言い、船の墓場という名に縁があるんだろうか。


 進行方向にあるセクター202行きジャンプゲートとの間は、小惑星などの密度が非常に濃い暗礁宙域になっている。

 星間航路を確認すると、基本は小惑星密度の濃い中央を避けて、左右どちらかに迂回するルートが推奨されているようだ。

 暗礁宙域にある小惑星には聞いた事もない、古い企業情報がついている所を見ると、漂う小惑星や惑星の破片の1つ1つが資源採掘用のものなのだろう。


「おにーさん、航路はどうするのです?

 入手した星系図だと道は直進か迂回かの2つ、後はそのバリエーション位しかないのです。

 相手に気付かれないように接近するなら、直進して暗礁の中を通り抜けるのが一番だと思うのです」


「小官も同意見であります」

 ミーゼの発言をアルテが太鼓判を押してくれる。


「相手に気が付かれてないならその手が有効だろうな。

 だが、ジャンプゲートの監視システムは乗っ取ったが、ここはもう相手の庭だ。

 別の手ですでに探知されて発見されている前提で動いた方がいいな。

 セリカ、天使の輪を35%で起動。暗礁領域の密度が濃い金属反応を探査実行」


「イグサ、資源の目星でもつけておくの?」

 商人系スキルを取ったせいか目ざといライムだ。


「いや。俺がここで奇襲かけるなら暗礁領域の小惑星表面に、無人戦車とか配置して予想外の奇襲に混乱している所に、戦闘機で攻撃する手を取るだろうからな」


『魔王様、暗礁領域内に人工物を多数発見です。

 空母改造を施された強襲揚陸艦が10隻、あちこちの小惑星の表面に小型砲や戦車が配置されてます。

 何でこんな所に戦車とか砲台作ってるんでしょうね?』


「隠れているつもりなんだろう。

 セリカの探知能力が規格外すぎるだけだ」


『え、えへ。私凄いですか、魔王様に褒められちゃいましたか』

 だらしないにやけ顔ができる付喪神というのもレアな存在だよな?


「ゲリラ戦なら王道の手だけど、用意周到なのです」

 気がつけなかったと膨れ顔をするミーゼ。


「この時代の正規の軍人様は邪道だとか言うかもしれないけどな?」


『セリカより連絡、セクター105方面のジャンプゲートにジャンプ反応を観測しました。反応多数、艦船含むと思われます』

 追っ手が来たな。ゲート前で迷わずに正解だったようだ。


「リゼル、船舶識別ビーコン偽装デコイをドローンゴーストに曳航させて射出、艦隊移動速度で暗礁宙域へ向わせろ。

 暗礁宙域の中でデコイを停止、ドローンゴーストを帰投させる」


「いえすますたー、船舶識別ビーコン偽装デコイへデーター入力完了。

 全部船倉から射出、ドローンゴーストも8機射出、曳航お願いですよぅ」

 デコイを曳航したドローンゴーストが暗礁宙域へ飛び立って行く。

 ちなみにビーコン偽装デコイはリゼルとおやっさんのお手製だ。

 船舶識別用ビーコンを偽装できるものは大抵の国で違法な品なんだ。

 割と高価な機材になるし、技術的にも困難なので気軽に使えないのが難点だ。

 普段は艦船識別ビーコンが破損した時の予備部品という名目で船倉に入れてある。


『概念魔法発動:認識阻害Ⅵ/対象数増加Ⅵ』

 射出されるドローンゴーストに認識阻害魔法をかけておく。

 認識阻害魔法はは人間だけじゃなく、SF世界的なセンサー類も誤魔化せる優れものだ。

 その分効果時間が短かったり、透明化魔法に比べて魔力の消費が激しいといった難点もあるが。


「艦隊に通達、隠蔽モードに切り替え。

 全艦左へ回頭、中央の暗礁領域を迂回してジャンプゲートを目指す」


「はい。全艦へ通達、隠蔽装置作動、左へ回頭。迂回ルートを取るのです」

 ミーゼが復唱したのを、オペレーターが各艦へ連絡していく。

 隠蔽機能と言っても、各艦の艦長や副長が使う透明化魔法だ。

 通信で魔法とか単語を混ぜると、魔法を知らない船員が混乱するからな。


『法理魔法発動:透明化Ⅳ/持続時間拡大Ⅳ』

 ワイバーンに続いて艦隊が透明化魔法で隠蔽モードになっていく。

 『側道』に入り、一般船がほぼ無くなったからこそ出来る荒業だな。

 魔法並にステルス効果のある機器は稀少で高価だというから、艦隊全部が透明化するというのはSF的に非常識らしい。



『セクター105方面よりジャンプアウトを確認。

 所属は海賊、巡洋艦1隻、駆逐艦8隻、フリゲート艦32隻、戦闘機約80。

 艦列が乱れている所を見ると指揮系統が乱れている可能性が高いです』

 また随分な大所帯だな。これをやり過ごせればありがたい。


 以前はワイバーン一隻で透明化した時は通信できなかったり、アクティブセンサーを動かせなかったりと不便が大きかったが、高速電子巡洋艦セリカの『天使の輪』は動作原理や現象も不明ながら、透明化中でも通信や能動探査が出来る優れものだ。


「海賊艦隊、偽装ビーコンを追って暗礁領域へ突入します。

 我先にという様子で、足の遅い艦が置き去りになっている酷い有様であります」

 海賊だし目の前に美味しそうな獲物がいれば、統制が甘くなるのも仕方ないか。


「リゼル、偽装ビーコン停止、デコイは近くにある小惑星に張り付かせて破棄。

 ドローンゴーストを帰投させろ」


「いえすますたー。偽装ビーコン停止、デコイをゆっくり破棄モード。

 ドラゴンバット隊の皆さん帰ってきて下さいですよぉ」


「海賊艦隊進路変わらず、ビーコンを見失ったせいか加速している艦がある位です」

 さて、誘導は終わったな。

 後は海賊達の奮戦を見守るか。



―――



「接触ポイントまで後3,2,1……あちこちの小惑星表面から多数のエネルギー反応、戦車や砲台が一斉射撃を始めました。海賊艦隊混乱中であります」

 追いかけてきた海賊達はあっさりと罠に引っかかったようだ。

 動きの良いヤツもいるんだろう。海賊艦隊から散発的に反撃が出ているが、大半は訳が分からないまま、反応も出来ずに撃たれ放題になっている。


 透明化したまま暗礁宙域を迂回しながら、セリカと偵察仕様のドローンゴーストが拾っている映像を眺める立場は気楽で良いな。

 レーザーやビーム、ミサイルの噴進音など、様々な戦闘音がワイバーンのブリッジに木霊している。

 この辺の効果音を再現してくれるから、ワイバーン以外の船に乗り辛いんだよな。


「小惑星に隠しミサイルポッドも沢山あったみたいです。

 エネルギー砲だけじゃなくて、贅沢に実弾砲や対艦ミサイルを使ってるのですよぅ」

 ミサイルもそうだが、実弾砲もSF世界では贅沢な兵器に分類されるらしい。

 ワイバーンにも搭載されていた事のある、電磁加速砲は砲身や砲塔こそ安いものの、シールドを中和・貫通する弾体がミサイル程でないものの高価だそうだ。

 エネルギー砲は動力と予備部品があれば使えるのに対して、実体弾は弾薬を大量消費するし保存に場所も取るから、使い辛いのは仕方ない。



「『側道の主』側の戦闘機隊突入しました。海賊艦隊艦列がさらに乱れます」


「海賊側大型巡洋艦が小惑星に激突。混乱しすぎなのですよぅ」

 混乱の極みにあった海賊の大型巡洋艦が、回避行動を取ろうとして近くにいた大型駆逐艦と衝突、そのままもつれるように小惑星に激突した。

 シールドで小惑星の表面を削って少しは耐えたものの、負荷に耐え切れずにシールドが消失し、船体の半ばから折れ曲がって爆発と共に轟沈する。


 大型巡洋艦の船体が破砕され、リアクターが誘爆したのだろう、周辺の宙域を純白に染める閃光が生まれる。

 リアクターの誘爆は遠くから見る分には非常に綺麗な光景なので、掛け声の一つでもかけたくもなるんだが。

 あの閃光の中で4桁前後の人命が、艦体と一緒に消滅していると思うと、今ひとつ素直に鑑賞する気になれない。

 単純に人の死を喜ぶのは邪悪であって悪ではないんだ。

 思春期の男子学生のエロ心にも似た、繊細で微妙なジャンル違いを分かって貰いたい。

 繊細かって?複雑で繊細なのは乙女心に限ったものじゃないさ。


「海賊側も混乱しすぎだと思うが『側道の主』側のやり口が上手いな」


「はっ。ゲリラ戦とはいえアドラム帝国の正規軍に劣らない練度であります」

 分かっていたが、なかなかに手ごわい相手のようだ。



『改造型強襲揚陸艦、反転開始しました』

 海賊艦隊は混乱から立ち直る間もなく沈められ『側道の主』側の空母改造強襲揚陸艦は艦載機を収容すると、すぐに艦首を回頭させて『側道』の奥へ向った。


 海賊艦隊はロクに抵抗できなかったとはいえ、小惑星上に配置した戦車や砲台は無視できない損失が出ているし、虎の子だろう隠蔽式対艦ミサイルポッドは残弾が心もとない程度に減っているだろう。

 無理をして次の獲物がかかるのを待たず、後退して味方と合流する思い切りの良さは、味方にするなら頼もしいが、敵にするとやっかいなものだ。



「アルテ、ジャンプゲート到達までの見込み時間はどの位だ?」


「はっ。艦隊巡航速度で約2日半であります」


「ミーゼ、社員達に交代でしっかり休憩を取らせるようにしてくれ。

 多分だが、この星系では戦闘は起きないだろう」


「はいです」



―――



 予定通りの2日半後『側道』の最奥たる、セクター202星系へのジャンプゲートへと辿りついた。

 迂回路の星間航路は他の船の航行がなく、隠蔽状態で移動できたのも大きかったようだ。


『ジャンプゲート監視システムの掌握完了、向こう側に船影なしです』


「全艦に通達、第1種戦闘配置」


「第1種戦闘配置が発令されました。

 戦闘要員は持ち場について指示を待って下さい。

 非戦闘要員はS2以上のフロアに退避して下さい。繰り返します」

 牛娘(姉)のユニアが艦内へアナウンスを始め、同じ内容を牛娘(妹)のルーニアが他の艦に伝達していく。


「ライム、晴れ舞台だ。一緒に来てくれよ」


「うん」

 いつもより気合の入った服装をしたライムが頷いて手を握ってくる。


「ミーゼ、挨拶中の指揮を頼むぞ」


「はいです」

 指揮代行をする時に被るようになった軍帽を頭に乗せたミーゼが膝から降りて、副長席に座り艦隊指揮用の投影ウィンドを開く。


「全艦隠蔽解除、ジャンプゲート突入開始」

 透明化魔法を解除して、艦隊がジャンプゲートに入っていく。


 ワイバーンは艦隊の先頭に立ち真っ先にジャンプゲートへ突入する。

 ジャンプ特有の発光現象が船体を包み、艦隊は獣道の最奥へと突入したのだった。



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