3話:プロローグ3 正義の嫌いな勇者
私は正義というのものが嫌いだ。
何故なら、正義は人を助けてはくれない。
私は裕福な家庭で幸せな子供時代を過ごしていた。
だけど父が脱税容疑で逮捕されると生活は一変した。
生活は貧しく、着るものもボロになり。
食事もまずく、味気ないものになった。
友人達も私を蔑み苛めるようになった。
私の父は悪人で、正義の裁きを受けたから当然だと皆は言う。
父は牢屋の中で延々と冤罪と誤解を叫んでいたが、裁判の判決が出る前に自殺した。
法律も正義も私を守ってくれない。
守ってくれないどころか私を傷つけ続ける。
母が再婚して引っ越して、ましになると思ったけど、そうでもなかった。
少女趣味の義父は当然とばかりに私を犯そうとして。
義父をガラス製の灰皿で殴打した上で、指の骨を全部砕いてやったら補導された。
大人達は自分で自分の身を守った私を悪い子だという。
つまらない精神鑑定を受けさせられたし、
檻付きの病院に保護という名の監禁をされて。
母は私のせいで生活が滅茶苦茶になったとわめき散らす。
正義なんて嫌いだ。
世の中に正義があったとしたら、何故私はこんなにも不幸にならないといけない。
何で私みたいな救われない人間が世界に満ち溢れている。
だから私は正義なんて捨ててやる。
私を救うのも、私が誰かを救うのも正義じゃなくて私がやるんだ。
だから、私はあの誘いに喜んで乗った。
『あなたは勇者の資格があります。異世界の魔王に苦しめられる人々を救って下さい』
『最終確認、異世界の勇者になりますか? →はい いいえ』のウィンドウから、
怪しい2択の『→はい』の部分を迷わず押し込んだ。
救ってやる、正義なんて一言も言ってやらない。
私に力をくれるなら、私の力で人を救ってやる。
勇者、上等だ。なってやるから待っていろ―――
―――
気がついたら周囲、上から下まで真っ暗な所に浮いていた。
格好は病院着のままだったけど、裸よりはましだ。
<<能力値の設定をして下さい>>
能力値?私が呼ばれる異世界はゲーム風のステータスがある世界なのかな。
―――
名前:ライム (向井寺 頼夢/Raim Mukouji)
種族:地球人 職業:勇者
Lv:1 EXP:0/100
<ステータス>
ステータスポイント:80
筋力 (STR)=7
体力 (VIT)=4
敏捷力(AGI)=10
知力 (INT)=9
精神力(MND)=24
魅力 (CHA)=11
生命力(LFE)=8
魔力 (MGI)=14
<スキル>
スキルポイント:200
―――
結構ゲーム的な能力値設定が出来るみたい。
ステータスポイントは…消費してステータスを上げるのか。
バランスが良く判らない。一般的な人と冒険者的な人のステータスが知りたい。
<<回答。一般的な人間のステータス平均値は10。スキルポイントはLV1時に平均5>>
<<回答。冒険者の人間のステータス平均値は13.スキルポイントはLV1時に平均6>>
ふうん、結構小さな数字でやりくりするんだ。
それを考えると勇者は人間の中じゃ本当に英雄なんだね。
私は昔やっていたゲームを参考にして能力値を手際よく取っていった。
この昔死んだ父がつけた名前を地味にしたかったけど、名前変更は出来ないみたい。
………正直、この名前にちょっとコンプレックスだったけど、でもファンタジー世界ならむしろ大丈夫かな?だって漢字とか無いだろうし。
能力値決定の確認ウィンドウを押して異世界に旅立つのだった。
―――
結果、私は異世界に飛んだ直後に呼吸困難に陥った所を助けられた。
助けてくれたのは年上の男性。大学生位かな?背が高いのは羨ましい。
整えられた短髪に小さな眼鏡、理知的な見た目だ。
ファッションは良く判らないけど、何を着ても似合いそう。
けど、何を着せても同じイメージになりそうな、独特の雰囲気を持っている。
雑誌のモデル位は出来るんじゃないだろうか。
「…あ、いや。俺、魔王」
けど私を助けてくれた人は魔王だという。
私の理解が追いつかずに止まっていると、夜空に眩しい光が幾つも飛び交って。
<<人間の死者が10万人を越えました。人間を守りきれなかった勇者の敗北、そして魔王の勝利です>>
<<勇者の生存を確認。魔王の勝利により、勇者は魔王に隷属します>>
いきなり私は魔王に負けたことになった。
そして私の首周りには金属製の首輪がついて、そこからジャラリと鎖が垂れる。
「……なにこれ、どういう事?」
チョーカーとかじゃなくて、金属製の細い首輪が首についた。
首輪から垂れた鎖は空中で不自然に途切れていて…
途切れた方向が、自称魔王の男の人の方へ伸びている。
まさか、この人私を……?
「判らない。俺も召喚されたばっかだし。何で首輪?」
魔王の陰謀かとも思ったけど、この人も本気で困惑してるみたい。
演技ではなさそう。嘘や演技を見分けるのは得意だ。
<<戦友の為に散った命が10人を越えました。勇者の剣がアンロックされます>>
いきなり右手にずしりとした重さ。
右手には包丁っぽいのに、宝石で飾られた変な刃物が握られていた。
「……これで刺せばいいの?」
自称魔王の男の人を見る。
「いやいやいや、勇者と戦う覚悟はしてたけどさ。
君みたいな子に包丁でさされるとか勘弁してくれ!
せめて愛憎のもつれの挙句に捨てた美女に昼ドラっぽく刺されたい!」
本気で焦っている。そして何かイラっとする。
あれ、この人の手にも金属の腕輪があって…そっから垂れてる鎖が私の方へ向いてる。
もしかして私の首輪と繋がっているの?本当に刺しておこうかな。
<<戦友の為に散った命が50人を越えました。勇者の剣が強化されます>>
<<戦友の為に散った命が100人を越えました。勇者の剣が強化されます>>
<<戦友の為に散った命が200人を越えました。勇者の剣が強化されます>>
<<戦友の為に散った命が500人を越えました。勇者の剣が強化されます>>
<<戦友の為に散った命が1000人を越えました。勇者の剣が強化されます>>
次々に聞こえるメッセージ。
包丁だったものがナイフになったり、短剣になったりして。
とうとうシンプルだけど上品な白銀の剣になった。
聖剣みたいな見た目だ。
<<家族の為に散った命が10人を越えました。勇者の鎧が開放されます>>
<<家族の為に散った命が50人を越えました。勇者の鎧が強化されます>>
<<家族の為に散った命が100人を越えました。勇者の鎧が強化されます>
どんどんメッセージが出てきて、鎧にインナー、小手、足甲とかどんどん増えていく。
頭が兜じゃなくてサークレットなのは誰の趣味?
光沢のある白い金属に金の縁取りがされた鎧一式は、いかにも勇者風だ。
もう魔王に負けてるけどね……。
「なぁ。俺の方にさっきから、誰々が何人死んだから強化します的なメッセージ聞こえるんだけど、君の方もか?」
あっちも同じらしい。
誰か死なないと強化されないのは、魔王は良いとしても勇者としてはおかしい気がする。
「うん。同じ」
「はぁ、魔王が何もしないのに人間が死にまくるとか。
この死者数にあの空の光景、絶対SFだよなぁ……」
年上の男性…いや、魔王が座り込む。
「同意。ファンタジーな気がしない」
「まぁ座れよ。こんなテンションじゃさ。
”勇者よ、世界の半分をやるから我が物になれ”
とかノリノリで言える訳ねぇよ、どんな罰ゲームだよ。虚しいだけだろ」
うん、説得力の欠片も無いね。
私も座る。どこに座ろうか悩んだけど、魔王と背中合わせに座り込んだ。
私もこの魔王も何をすれば良いのだろう。
背中合わせに2人で途方に暮れていた。
プロローグ終了。次から本編に入ります。