29話:魔王、正義のヒロインと対決する
なぁ、変身願望は心のどこかにあるかい?
傍から見ればどんなに充実した生活を送るやつだって、人である以上現実に不満の1つ2つは持っているだろう。
もしも自分の人生に何一つ不満を持ってないヤツがいたら、羨ましい位に幸せな事だ。
ま、そんな幸せなヤツなんてどうでもいいんだが。
もしも自分に誰と戦っても負けない力があったらとか、科学全盛の世界で魔法の奥義を手に入れたらとか、使い続けても使い切れない財産を入手したりとか、空想した事の1つや2つは心当たりあるんじゃないか。
俺だって子供の頃から幾度となく、悪の秘密結社の総帥やダークヒーローになった自分を空想したもんだ。
流石に魔王になるってのは予想外だったけどさ。
いつもとは違う自分を、心に思い描くのはいつだって心弾むものだろう?
”それ”を目撃したのは偶然だった。
次の仕事に向けて港では船の改修が続いているが、交互に休憩を取っているので自由になる時間が割と多い。
特に俺は仕上がったドローン(無人戦闘機)を定期的にドローンゴーストに変化させるだけなので、中古のドローンの修理や調整、ジャンク品からの組上げを待つ時間が空き時間になる。
たまにはステーションの中をぶらりと歩くのも良いだろうと、屋台的な店で買い食いしながら歩いていたら、不意に周囲が騒がしくなったんだ。
「おい、向こうの通りにあるカーデック証券に出たってよ!」
「出たのか!?あそこはインサイダー取引の噂があったよな」
「噂じゃなくて本当だったらしいわ!」
走っていく野次馬達の言葉は期待に満ちているが、内容が生臭すぎやしないか?
人々の反応が気になったので一緒に付いて行ったんだが。
『インサイダー取引の証拠は情報ネットに流したのです。
不正取引をして私のお財布に被害を与えるなんて、魔法少女ロジカル☆ミーゼが許しません!』
証券会社のビルの前で魔法少女姿に変身してマイク片手にポーズを決めているミーゼの姿を見る事になった。
スピーカーがあちこちに仕込まれてるせいか、デパート屋上でやってるヒーローショーのようだ。
どこから突っ込めばいいだろうか。
魔法少女が私怨で制裁かましていいものかとか、魔法少女姿が似合う幼い少女だけどあれでもう一児の母なんだよなとか、ミーゼが凄く
これ、見なかった事にした方が良いんだろうか?
流石に身元バレは恥ずかしいのか、素顔を出しているが認識阻害の魔法をかけているようだ。
前にミーゼに認識阻害魔法について詳しく聞かれたんだが、そうか…これの為に研究していたのか。
『カーデック証券、第二営業部、部長カルッセ!この証拠を帝国財務局に出されたくなかったら、インサイダー取引で得た裏金を渡すのです!』
まて、魔法少女がストレートに裏金の上納を要求するんじゃありません。
「こんなものは身に覚えがない、捏造だ!」
カルッセと呼ばれたスーツ姿の中年テラ系アドラム人が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
「警備員、この不審人物を捕らえろ!」
証券会社の警備員はスーツに身を包んではいるが、後ろ暗い事をしているからかガタイの良い兵隊みたいな男達がビルから8人もゾロゾロと出てくる。
『証拠では勝てないと思ったら実力行使ですか?ますます許せないのです!』
びしぃ!とポーズを決めるミーゼ。
……あの動きのキレ、アルテに似ているんだが、もしかして2人でポーズの研究や練習をしていたんだろうか。
見守ってる野次馬達の中から歓声が上がっている。
『行くのです、グリード・バーストシュート!』
近代的を越えて近未来的なデザインの杖から、赤い色の誘導拡散ビーム的な発光体が連続で打ち出され、警備員達を打ち倒す。
法理魔法の衝撃弾に光魔法を合成したものだな。
本来無色だと思うんだが、わざわざ色をつけてる辺りに情熱を感じるな。
「くっ、この役立たず共が!」
衝撃弾を食らって吹き飛び、転がって倒れてうめき声を上げる警備員達に吐き捨てるカルッセ部長。
いや、小物悪党の鑑だな。
「増援を寄越せ!不審者がまだ暴れている」
汎用端末に向って喚くカルッセ部長。
警備員がワラワラと、30人以上建物の中から湧いて出てくる。
『力には力、数には数で対抗するのです、ロジカル・レギオン!』
いやまあ、確かに数には数で対抗するもんだが。
魔法少女がそれを言い切ってしまうのはどうかと思うんだ。
認識阻害で隠れていた装甲戦闘服の人影があちこちから出現する。
魔法を知らない人々にとっては、地面から染み出できたように見えるだろう。
ミーゼの魔法少女服と同じカラーリングをした装甲戦闘服が20体以上、胸甲部にアドラム語で『ロジカル☆ボーン』とペイントされている装甲戦闘服の集団は統率が取れた、実に訓練された動きで集まった。
『我等、魔法少女に忠義を誓うレギオン(軍団)、ロジカル☆ミーゼ様の為ならば修羅にもなろう!』
ミーゼの近くにいる装甲戦闘服が中性的な美声を上げる。
頭に『ロジカル☆ミーゼ様命』とかかかれた鉢巻つけているのが色々台無しだった。
というかだ、気がつかない振りを頑張ってきたんだが、そろそろ辛い。
……………なぁ、あれ。うち(魔王軍)のファントムアーマー達じゃないか?
『総員、突撃。ロジカル☆ミーゼ様の為にぃぃ!』
剣のような形をしたスタンバトン(電磁警棒)を構えて、人数で勝る警備員達に突撃するファントムアーマー達。
ミーゼは確かにそういうキャラなんだが、魔法少女が手下に任せてバトルをするのは………こう、何か違わないか?
兵隊じみた警備員とはいえ、一般人が武装したファントムアーマー達に勝てる訳もなく、一方的に駆逐されていくのを野次馬の人々が歓声を上げながら見守っていく。
情報ネットのニュースサイトのやつは
明らかに一般人風の服装のヤツが、やたらゴツい撮影機材を持った上で地面に張り付いてローアングルからミーゼを激写している姿がやたら多い。
……うん、こういう文化(カメラ小僧)も未来世界にしっかり残されているようだ。
しかしまぁ、楽しそうじゃないか。
ライムを正義の味方役で出したいが、ライムは実は人見知りをするタチだし、恥ずかしがり屋だったりする。
何の仕込もなく呼び出して、野次馬が満足できる動きは期待できない。
やはりここは一肌脱ぐしかないか。
近くの建物の間でスーツにコートと化している魔王の衣を、大正時代風の学ランと軍服を混ぜたようなデザインの上下と、古めかしいマントに似たハーフコートとに切り替えて、顔には目元を隠す銀色の装飾が少ないマスケラ(仮面)をつける。
認識阻害の魔法を弱い威力で顔周辺にかけて…と。
おっと、ミーゼが白風の服装だから黒一色に色も変化させよう。
さて、祭りに混ぜて貰おうか。
『カルッセ部長、部下はほぼ制圧したのです!』
「くっ、まさかこんな小娘に追い詰められるとは!」
『逃がしはしません、グリード・スパイダーネット!』
ミーゼの杖から赤い光球が飛び出し、ネット状に拡散してカルッセ部長に飛び掛るが。
『法理魔法発動:気体圧縮』
『法理魔法発動:気体操作/形状:剣』
「一閃、てな」
ビルの屋上からひらりと飛び降りてカルッセ部長の前に着地、ミーゼが撃ちだした捕獲用の魔法弾を圧縮気体の剣で切り裂く。
『なっ、邪魔をするとは何者です!』
「なに、通りすがりの悪者の味方さ」
仮面で隠してない口元に笑みを浮かべたら、何故か野次馬からキャァァと黄色い歓声が上がった。
……何故ここで歓声が入るんだ?
「そうだな。黒騎士とでも呼んで貰おうか。
魔法少女、お前の敵さ」
俺もノリノリで芝居がかった身振りでミーゼを指差す。
この悪役感悪くない……ああ、悪くないな!
『黒騎士……私の敵なのです!?』
ミーゼが凄い嬉しそうだ。
まあ、こういうキャラが出てきて敵かお助けキャラになるのはお約束だよな。
「きっ、君!助けてくれるのか、金なら幾らでも出す、だから助けてくれ!」
落ち着いていれば美形中年と言えなくもない、カルッセ部長がすがり付いてくる。
先ほどの4倍位黄色い悲鳴が上がった。だから何故だ?
「ほう、幾らでも出すと言ったな。
なら先のインサイダー取引で確保した裏金を報酬に貰おうか」
こんな小悪党を無料で助ける趣味はしてないからな。
「貴様もあの小娘の仲間だというのか!?」
「いいや、敵だと言っただろう。
俺が全て貰ってやる、俺はあっちの魔法少女と違って公開する気もないからな。
なに、元々無いはずだった金が消える。
多少痛いが悪い話ではないだろう?」
「くっ…………」
顔を歪めるカルッセ部長だが、奪われた上に暴かれるよりは闇に葬れる方が良いと判断したのだろう。
「分かった………全て渡す。だからこの資金が表に出ないようにしてくれ」
携帯汎用端末を取り出して、俺の携帯汎用端末へ入金する。
「承知した。おっと」
『グリード・マルチショット!』
『法理魔法発動:衝撃弾Ⅰ/対象拡大Ⅷ』
キキィン!と金属質な音を立てて、ミーゼが杖から放った拡散光弾を衝撃弾で迎撃する。
『黒騎士、そこまでです。大人しく今受け取った裏金を渡しなさい!』
裏金を悪役に直で要求するのは魔法少女としてギリギリアウトな気がするな。
「今日は顔見せ程度だ。大人しくやられる気もまともに相手をする気はないな」
『概念魔法発動:土人形Ⅱ/対象拡大Ⅹ×Ⅳ』
「さあ出て来い手下共」
パチン、と指を鳴らすと。
ぼこり、ぼこりと知能も意志もない土や金属の人形が、道路や建物を材料にして次々に生まれ、ミーゼやファントムアーマー達に襲いかかって戦闘が始まる。
多少力は強いが、ごく原始的なゴーレム生成魔法で作ったものなのでミーゼ達もやられる事はないだろう。
「カルッセ部長、約束通りこの裏金は表に出ないように取り計ろう」
「そ、そうか、これで一安心だな!」
「だが、ロジカル☆ミーゼが持ってる情報やお前の身の安全は約束の外だ。
まあ、頑張れ。俺はこれで失礼させて貰おう」
ここまでやって今更だが、ロジカル☆ミーゼと発言するのが少し恥ずかしい。
「な、何だって!?それでは私は身の破滅じゃないか!」
「俺は悪者の味方だと言っただろう?
カルッセ部長、お前は悪者として未熟もいい所だ。
もう少しマシな悪役だったら助けてやったけどな」
『概念魔法:認識妨害Ⅶ』
『待つのです黒騎士、せめて裏金だけでも置いていくのです!』
ミーゼの悔しげな声を背に、くはははははっ!と高笑いを上げてその場を立ち去る。
その日の情報ネットのニュースサイトトップには、カーデック証券の不祥事、カルッセ部長の逮捕が掲載され。
タブロイドサイトにはロジカル☆ミーゼ出現と、魔法少女に敵対する謎の黒騎士の登場が一面を華々しく飾ったのだった。
後日―――
「おにーさん、獲物の横取りは酷いのです」
「何の事だ?」
まあ、ばれるよな。魔法とか使いまくっていたし。
「だから…その、魔法しょう……うう、何でもないのです」
頬を膨らましてぷいと視線を背けるミーゼ。
流石に魔法少女カミングアウトは、ミーゼと言えども恥ずかしかったらしい。
「なあミーゼ、ちょっとした収入があってな。
なかなか評判の良い菓子とお茶を出す店に行くんだが、一緒に行くか?」
「……行きます。みえみえの懐柔策だけど、拒否しても私に得がないのです。
高価なものを沢山注文するから覚悟しておくのです」
本当に高価な天然素材の菓子を沢山食べられて、財布に痛い事になった。
こんなSF世界にだって、魔法少女も魔法もあるというのは愉快だよな?
―――
『魔王様。ご意見を聞きたいのですが、いいですか?』
艦内で休憩していたらワイバーンに呼び出された。
呼び出された先は高速巡洋艦ベルタの艦内にある船倉の一つだったが、ワイバーンとおやっさん、そして10名程度の男船員が集まり、投影ウィンドウが並べられる中で激論が飛び交っていた。
「この新製品『1/12 ロジカル☆ミーゼ。魔法少女セット』の目玉は着せ替えが出来る、古典紺色水着姿に決まっているだろう!」
おやっさんが机をドンと叩いて強弁する。
「それは違う、王道すぎてコアなファン層を理解していない。
ここは初回特典に『負けた魔法少女ミーゼに襲いかかる触手の魔の手』追加キットをつけた方がいいんです!」
負けじと机をドンと叩いて強弁する獣系アドラム人の男。
どうしよう、帰りたくなってきた。
「なぁ、ワイバーン。
大体見れば分かるんだが、何故俺が呼ばれたんだ?」
『へぇ。本人が正体を隠しているもんで、提携が取れずに商品が出来ていない『ヴァルナ』ステーションでも人気のロジカル☆ミーゼの全身稼動人形を売りに出そう…と兵站部で決まったのは良いんですが、どうにも何を付属品としてつけるか話がまとまりませんで』
机の上に置いてあった見本のミーゼ人形を手に取り見てみるが、実に可愛らしい。
造形も素晴らしく、クオリティも申し分無く高い。良い仕事をしているな。
パッケージにしっかりと「顔は当社のモデルのものを採用しています」と注訳が入っている。
ミーゼは魔法少女として活動している時、顔を隠さないが頭全体に薄い認識阻害魔法をかけているのでその時は見れるが、後で思い出そうとすると思い出せない。
認識阻害魔法は記憶装置にも効くらしく、画像を取っても顔の付近がぼやけてしまうので記録にも残せないために想像図やイラストがブームになっているという。
しかし『総合商社・魔王軍兵站部』には、他の企業の追随を許さない圧倒的なアドバンテージがある。
まずミーゼと簡単にコンタクト取れるので権利的にも提携的にも問題がない。
次に人々は認識阻害魔法のせいでロジカル☆ミーゼの顔を思い出せないが、本人と違うイラストや造形を見ると強い違和感を感じる。
その点、このロジカル☆ミーゼ人形の造形は違和感を感じさせない。本人だしな?
何故か先日登場したばかりの黒騎士人形まで作られている。
仕事が早いのか、趣味が暴走した結果なのか微妙な所だ。
「まったく、厄介な事に呼んでくれるな。
だが、浪漫を語り合うのは嫌いじゃないぞ」
結局俺も会議に参加して、会議は翌日の朝まで続いた。
激しい議論の嵐の中、どこがどう変化したのか俺も全体を覚えてないのだが。
『1/12 ロジカル☆ミーゼ全身稼動人形』には腹部にギミックを仕込み、妊娠しているような体型に変化する事ができる事に決まったのだった。
未来人達の為の商品とはいえ業が深すぎないかと心配したのだったが。
情報ネットで公開して10分で初期生産分の6千体が完売した。
未来人達の業の深さを持ってすれば、この程度余裕で受け入れられる範囲だったようだ。
日常回を書いていたらロジカル☆ミーゼ回になっていた。
何を言っているか分からないと(略)
ロジカル☆ミーゼが正義のヒロインなのか?という疑問は皆さんの胸の中にしまっておいて下さい。