28話:魔王、秩序をくじき悪を助ける
唐突ではあるが、新しい魔物を作る事になった。
今度の仕事で高速巡洋艦の付喪神であるセリカにドローンゴースト達の指揮管制をさせようとしたら、そんな難しい事は私の
確かにセリカの元になったメインフレームはかなりの旧型で、動作速度も容量もアドラム帝国の最新型メインフレームと比べるのが残酷な位だ。
「元々ユニオネス王国の軍事製品は性能よりも信頼性重視だから、同じ年代の型でも他国のに比べると性能が落ちるのですよぅ」
元々が性能より信頼性重視な上に旧式では性能が微妙になるのは仕方ない。
付喪神化でただのメインフレームだった頃よりも性能が上がっているはずだが、限度があるみたいだしな。
そこで情報処理の補助が出来そうな新しい魔物を生み出す事にした。
既存のファンタジー連中はSF技術に疎いかカネに
召喚が簡単なミノタウロスとかSF技術に疎い代表だろう。未だに本能だけで生きている上にエロい事が大好きでブレーキも効かないとか扱い辛いにも程がある。
幸いファンタジーな魔物作成魔法は、SF世界に適応してくれていた。
中古の装甲戦闘服にリビングアーマー作成の魔法を使ったら、リビングアーマーよりも高い知能と会話能力を持つ上、SF的な重火器を扱えるファントムアーマーという魔物になったし、力はあるが知能のないゴーレム作成魔法で作ったドローンゴースト達も人間並の知能に判断力を持っていた。
ただの
今回使うのは死霊魔法の「入魂自動人形作成」だが、ジャンク品を組上げた義体―――生体部品と機械部品がミックスされた機械の肉体を素材として使い。
適当にアレンジして概念魔法に祈祷魔法を合成し、死者の霊魂を人形に入れるだけではなく、新しい魂に組み替えた上で新しい命として生を受けるような方式にしてみた。
魔法のアレンジは「今日は暑いから味噌汁の味を少し濃くしてみよう」とかの実にファジーな感覚に任せてやっているので、具体的にどう弄っているか説明し辛い。
一度術式として成立してしまえば何度でも繰り返し使えるのだけどな。
「だから人形を素体にするのです?」
素っ裸では目の毒なので、白い古典的なワンピースを着せてある義体達から一体の手を取り検分しているミーゼ。
ミーゼも魔法を使えるようになってから、魔法研究的な事に熱心なほど興味を持っていた。
「ああ、ファントムアーマーやドローンゴーストの例を見ると、進んだ技術のものを素体や素材にした方が知性や能力に期待が持てるからな」
「この人形達からどんな魔物を作る予定なのです?」
「ステーション内でも動ける程度に人間に近い姿をしている事と、情報処理とかの機材を能力として扱える事を目的とした魔物だな。
欲を言えば自衛できる程度の戦闘力も欲しい所だ」
大量に義体を組上げて貰ったおやっさんの趣味仲間には「人形に対して特殊な趣味を持つ客相手のピンク色な商売でも始めるのか?」と実に興味津々に尋ねられた心の傷も今は良い思い出だ。
商売にする位なら俺がエロい目的で使う!と反論したが、たまたま近くにいた一般船員の視線が冷たかったな……
そんな訳で『ヴァルナ』ステーションの一角に借りた倉庫で魔法陣を準備していた。
50体の義体を組上げるのに借りた倉庫で、そのままでも電源さえ入れれば少々古臭い性能ではあるが、アンドロイドとして稼動させる事も出来る少女型の義体が立ち並んだ光景はなかなかに壮観だ。
何故少女型なのかは聞かないで欲しい。聞くだけ野暮というものだ。
余談だが、AIや自動制御嫌いなアドラム帝国でも、性風俗に使うなら高度AI搭載型の電脳もそれを乗せた義体も違法じゃない辺り、帝国上層部の業の深さが垣間見える。
『死霊魔法準備:入魂自動人形作成Ⅹ』
『祈祷魔法準備:魂純化Ⅹ』
『祈祷魔法準備:転生Ⅹ』
『概念魔法準備:生誕概念付与Ⅹ』
ファジーに混ぜた魔法がカチリカチリと組み合わされ、一つの魔法へと変化していくのを意識の先で感じる。
準備した魔法よりも重く、複雑化した魔法発動のトリガーを脳内で引き絞る。
『創生魔法発動:機鋼少女作成Ⅹ』
ワイバーンを作成した時以上に複雑な魔法陣が倉庫一杯に展開して次第に圧縮されて行き、最後にはほんの一滴の赤い液体となって義体達に吸い込まれる。
<<スキル:『創生魔法』が追加されました>>
合成された魔法が新しいジャンルの魔法へと変化したようだ。
早速LV10まで取得しておく。
魔法が無事に発動した義体達は様相が一変していた。
白いワンピースを着た義体であった外見年齢が13歳から18歳位の少女達は、固定ケースから自分の体を外して地面に降り立ち、片膝を付いて右手を胸に添えた臣下の礼を取っていた。
「「「初めまして、マスター。命を与えて頂きありがとうございます」」」
安物だったせいで人工的な質感だった肌や、ガラスっぽい見た目のカメラが埋まっていた目や瞳も人と見分けがつかない外見になっていた。
動く際にモーター音もせず、足音も人間そのもの。
……予想では人の心を持ったロボット的な魔物化すると思っていたんだが、予想とは少々違う仕上がりになったようだ。
近くにいた外見16程度の少女の頭を撫でてみると、ふわりとした髪の毛は色こそ金属的な輝きを持っているが、人間と区別が付かない手触りだった。
撫でている手に頭や頬をすりつけたりする、気持ち良さそうな反応まで人臭い。
撫でていた機鋼少女はうっとりとした艶のある瞳を返してくる。
このまま続けていたら変な気分になりそうだ。
鑑定魔法も使ってみる。
『機鋼少女 Lv1』
高度そうな見た目にしてはレベルが低い。
どうやら機械を取り込み、自分の力として使ったり、体内で合成したり体外に再構築する能力を持つようだ。
体内に取り込んだ機械の質と量によって能力やレベルが変化するらしい。
「……もしかして、お前達は生身か?」
「はい。私達は機械を扱い機械と共にある魔物の種族。純然たる生体です」
「ミーゼ、リゼル。確認してみてくれないか?」
事細かく調べたい気持ちはあるんだが、見目麗しい少女を事細かにねっとりじっくり調べると調査以外の行動に走ってしまう自信があるので2人に任せる。
「違和感があるけど、テラ系アドラム人の反応に近いのですよぅ」
汎用端末でスキャンしていたリゼルは人だと判断した。
リゼルの汎用端末は調査・測定方向に尖った性能をしているので間違い無いだろう。
「手触りも構造も肉体は人そのものです。
………生殖も出来そうなのです。
おにーさん、本当にお仕事のためにこの子達を作ったんですか?」
手足や何処とは言えないがデリケートな場所まで調べたらしいミーゼ。
疑いたくなる気持ちは分かる、分かるが俺はロボ子も期待していたのでそれは冤罪というものだ。
「仕事のために作ったのは本当だ。嘘はない」
嘘はついていない。それ以外も期待していたが。
「……信じるのです」
嘘に敏感なミーゼだが、嘘でなければ見落としも多い辺りリゼルとの血の繋がりを感じる。
一言で表現するなら実にちょろい。
「さて、生体なら色々処理しないといけないな」
結局その日は、生まれた50人の魔物の少女の身分照明書の準備で日が暮れた。
書類上は海賊から救出した身元不明の少女達という事にしておいた。
『ヴァルナ』ステーション行政府には色々
機鋼少女達が生身になってしまった以上、身分照明書の類や食事も寝床も必要になる。
生物としての欲求が出てくるなら、将来的には給料を与えて自立させていく事も考えないといけない。
SF世界で生身の魔物を従えるのはやはり苦労が多いようだ。
ちなみに、能力は申し分無かった。
まず機鋼少女達は触れた機械の分解と再構築が出来る。
試しに分解させたレーザーライフルが螺旋を描く金属のリボンのようなものになって
シーナと名づけた機鋼少女の個体に、スクラップヤードで大量のメインフレームや汎用端末などの情報処理機器の残骸を与えた所、1日でレベル138まで上昇した。
壊れていたり古いものでも分解と再構成できるというので、ジャンク品ではなくスクラップで十分だったのは大きい。
まだ再利用できるジャンク品とリサイクルする位しか使い道がないスクラップでは、価格に雲泥の差があるからな。
『魔王様、本当にその子接続できるんですか?』
シーナを連れて『ヴァルナ』ステーションの開放型ドックに停泊中の、高速巡洋艦セリカのブリッジにやってきた。
見た目14歳位で背も低い、可愛い女の子にしか見えないシーナがワイヤード(有線)接続用のケーブルを口にくわえて座り込んでる姿は、愛らしくもあったがどことなくシュールだった。
「実際に試した方が早いな。シーナ、接続開始だ」
シーナの頭をぽんと撫でて合図をする。
「外部からの接続を確認。接続先不明、ワイヤード(有線)接続によるアクセスです」
「情報処理補助機器のパターン受信、メインフレームへの接続……何もしてないのに許可されました」
「テスト情報処理パターン起動……ええと、この情報処理速度約8000パーセント上昇って何でしょうか」
「もふふ、もーふふ」
口にケーブルを加えたシーナが何か言っている。
予備ケーブルを指差していた。
「追加のケーブルが欲しいのか?
喋れなくなるから、最初に口で接続するのは変えた方が良さそうだな」
シーナにケーブルを渡すと、腕に生成したコネクターに接続していった。
「情報処理速度更に上昇。3万パーセント越えてます……こんな速度のメインフレームを何に使うんでしょう」
段々とブリッジ要員の口調に驚きより呆れの色が濃くなってきた。
『あの……魔王様、もう私の処理能力を随分追い越されているけど、私ってもしかしていらない子なんでしょうか』
ブリッジの床に座り込んで体育座りになり、いじけるセリカの投影画像。
他の姉妹よりも情報処理能力が高い事がセリカの自慢だったからな。
しかし、機鋼少女のポテンシャルが予想以上に高い。
単純に魔物として強い訳ではないが、機械を分解、吸収、再構築できる能力とSF世界の相性が良かったんだろう。
戦闘力に特化させようと装甲戦闘服や重火器を吸収させた個体は、地上制圧用の大型戦車を殴り倒せそうな能力になっていたしな。
難点を言えば思考や発想は見た目通りの少女のものでしかないため、指揮官には向いてない所だろうか。
元になる義体が安いものではないので量産性にも難があるものの、魔王の側近候補として非常に有望な魔物になった。
有望なんだが、機鋼少女達は俺の事を魔王ではなくマスター(ご主人様)と呼ぶので、一般船員達の「あんな子達まで」的な視線が痛い。
「マスター、マスター、新しい演算処理の構造体を作ってみました。
ご覧になって頂けませんか?」
子犬のように懐いてくるシーナを撫でてやりながら思う。
どの様な視線を受けようとも、機械じゃなくて生体であろうとも、恋も愛も知ることが出来るロボ子達に囲まれてマスターと呼ばれるのは本望というものだ。
この浪漫を解する同志は数多くいるだろう?
―――
「いいかっ!ひっ、人質の命が惜しかったら近寄るんじゃねぇ、スナイパーとか見えたら人質ぶっ殺すからな!」
いかにも古ぼけた拳銃サイズのレーザーガンを人質に突きつけて、がなり立てる痩せ気味の犬耳系アドラム人の男。
いい年なのだろうが、外見が15歳程度なので少年が粋がってるようにしか見えないのは獣系アドラム人の難点だな。
顔を隠しているつもりなのだろう。鮫の牙のような模様のスカーフで口元を隠しているが、目元がしっかり見えているので変装にすらなっていない。
「兄貴、引き金から指が抜けてます」
冷静な突っ込みを入れる、同じ犬耳系アドラム人の少女。
ミーゼやライムより年上に見えるが、ピンク色に近い短髪に犬耳の組み合わせはファンタジーというよりも、アニメ風の登場人物に近いだろうか。
コスプレでしたと耳とピンク髪のウィッグを外されたら納得してしまいそうだ。
「いけね。…いいか!近寄るなよ、俺達は人質の命を消すのに躊躇しないからな!?」
一瞬素に戻った犬耳男は声を張り上げて、玩具のような小さなレーザーガンを人質たる俺に向けて突きつける。
その、なんだ。魔王だって生きているんだ、戸惑う事もある。
機鋼少女のディータ、戦闘系に特化させようと思っている子を装甲戦闘服や地上制圧用の戦車などの残骸が山になっているスクラップヤードに連れて行った帰り道。
定食屋的な店で食事をしていたら、いきなり魔王が人質にされるとか想像の範囲外だろう?
「ねぇねぇねぇ、ニーネどうしよう。凄いたくさん囲まれてるよぉ!?」
しかもこの2人組、声を張り上げていた男は周囲の目がなくなると酷く気弱だ。
「落ち着いて下さい兄貴、主犯なんですからもっとどっしりと構えてないと」
それをピンク髪の犬耳少女が支えているというか、犯罪教唆しているような状態だ。
いや、そんな落ち着いているならお前が主犯やれば良いじゃないか?
手っ取り早く捕まえて帰ろうかと思いもしたが、見ていて飽きない2人組だった。
「マスター、早く殲滅して帰りませんか?」
機鋼少女の中でもとりわけ幼い見た目をしている、外見年齢13歳位の赤銀色の髪をポニーテイルにした機鋼少女のディータは、手に持っていたクレープ的なものをまだかじっていた。
機鋼少女の中でも戦闘系に適性高い子なんだが、どうにもマイペースなんだよな。
「まあ待て折角のイベントだ、もう少し見ていこう」
気になる事もあるしな。
兄貴と呼ばれている男の犬耳アドラム人、ニータという名前らしいが。
篭城している店を取り囲んだ自衛団との交渉は上手く行っていなかった。
まあ、そうだよな。人質が2人いるとしてもレーザーガン一本では脅威度が低すぎる。
「ディータ、手持ちの低反動ビームカノンを普通のデザインで出してくれないか?」
「はいマスター…はむ」
ディータはクレープの残りを口の中に入れて、近未来的なバズーカのような形をしたビームカノンを手から再構築して出してくれた。
「ニータと言ったな、少し良いか?」
「なんだよぉ!」
散々要求を自衛団にスルーされて涙目になりかけてるニータに、見た目の割に軽いビームカノンを手渡す。
「そんな玩具を振り回してないでこいつを一発ぶちかませ。
正面の建物は無人みたいだ、景気良く風穴開ければ要求も通りやすいだろう」
「え……うん?なあ兄ちゃん、どこからそんなもの出して来たんだよ」
怪訝そうな顔のニーネ。見た目や名前からすると兄妹だろうか。
「細かい事は気にするな。ほら、急がないと強行突入されるぞ。」
「分かったよ!」
肩にビームカノンを担ぎ、入り口から砲身を出して引き金を絞るニータ。
ギィン!と甲高い発射音と共に、橙色のビームが道路を挟んで反対側にあったビルに突き刺さり、ビルの表面を飴細工のように融解して、何かに誘爆したのかドム!と腹に響く爆発と爆音と共にもうもうと黒煙が吹き上がる。
「「ちょ!?」」
ニータとニーネの兄妹が引きつった顔になる。
民間用ならあのサイズの威嚇・制圧用の拡散スタンビーム銃とかあるから、その類だと思っていたんだろう。
だが渡したのはどこの戦場に出しても恥ずかしくない軍用のビームカノンだ。
ディータが直接再構成したものなので、軍用兵器の中でも威力も使い勝手も申し分無い性能に仕上がっているだろう。
「ああ、チャチな武器片手に篭城しているだけの犯人が凶悪なテロリストだったなんて、さぞや自衛団も混乱しているんじゃないかな」
「何やってくれるんですか、俺ただの強盗だったのにこれじゃテロリストに格上げですよ………俺の人生終わった」
この世の終わりかという、判り易い絶望顔をしているニータ。
強盗というロクでもない手段を取ってる時点で、割と終わっていたと思うぞ?
「格が上がったなら良いじゃないか、これで要求も随分すんなり通るだろう?」
「あ、なるほど……って駄目じゃん!テロリストとか普通に極刑コースだよ!?」
納得するニーネ。ミーゼに近い腹黒い雰囲気のある子だな。
「大差無いだろう?ディータ、ターゲットキャンセラーの稼働率はどんなもんだ」
「はいマスター、ターゲットキャンセラー稼動回数24回、スナイパー配置2人です。
自衛団にしては行動が早いですね」
ディータが取り込んだ装甲服の中には特殊部隊仕様のものが含まれていて、遠距離からの狙撃に使われる計測器を阻害する機能が動いていた。
SF世界のスナイパーは一部の酔狂なヤツを除いて光学照準なんて使わず、電磁波や重力波照準器を使うので妨害もしやすい。
「と言う訳だ。向こうは人質を取った段階で、お前達を逮捕するよりも始末した方が早いと踏んで行動しているみたいだぞ?」
『ヴァルナ』ステーションは特にリゼル母の膝元だしな。そこらのステーションとは自衛団も質が違う事だろう。
「そ、そんなぁ……計算と違うよう」
へなりと崩れ落ちるニーネ。
「ににに、ニーネ、どうする?どうする?このままじゃ生きて帰れないよ、まだ死にたくないよ!」
座り込んだニーネに抱きついて涙ぐむニータ。
「なあ、お前達。どう見ても犯罪者や無法者には程遠いように見えるんだが、一体何したくてこんな篭城なんて始めたんだ?」
「ううう……もう、どうにでもなれだよ。あのドーングってヤツが悪いんだ!」
ニーネが語った内容はこうだ。
ドーングというタチの悪い高利貸しがいて、元々生活が豊かじゃないニーネ達が住んでいる地域の住人は、本当にどうしようもなくなった時に
最近になってアドラム帝国の中央星系に本店を持つ銀行が近くに支社を出して、随分安い金利で借金を受け付けてくれるようになったので皆飛びついたという。
しかし、銀行から借りたはずの
そして困窮が極まり、とうとうニーネを人身売買組織に売りでもしないと、どうにもならない状態に陥ったらしい。
妹を売るような事をするよりはと兄妹で銀行を襲撃したものの、レーザーガン一本と素人2人で襲撃が上手く行くわけもない。
取れるものも取り
高利貸しと銀行の支社長辺りが癒着、もしかしたら人身売買組織までべったりかもしれない、どこにでもありそうな悪の典型だな。
まったく、美しくもなんとも無い小悪だな。
これを見逃すのも気分が悪い。
なら、気晴らしをさせて貰おうじゃないか。
「お前達の状況を少し改善してやろう。少し借りるぞ」
ニータの携帯端末を手に取って、自衛団との交渉に使っていた音声通信を入れる。
「聞こえるか?こちらは人質だ、犯人に代わって喋らされている。
うん、俺の身元?『民間軍事企業・魔王軍』代表イグサだ」
携帯端末越しに自衛団の困惑と焦燥のざわめきが聞こえてくる。
「個人データを送るから確認しておいてくれ。
で、犯人たちの要求を代わりに伝えるぞ?
金銭的な要求は一切ないそうだ。
代わりに汎用トランスポーターを一台、そして情報ネットのニュース系サイトに情報を流して中継を3系統以上呼ぶこと。
狙撃や強行突入を見破れる準備はしてある、もし強攻策を取るようなら街を火の海にした上に、ステーションの外殻に穴を開けれる程度の火力を行使すると言ってる。
1時間以内に準備しろだそうだ」
通信をブツリと切断する。
「「うえぇぇぇええー!?」」
馬鹿な立て篭もり犯から、凶悪犯を飛び越えて色々な意味でホットなテロリストまでクラスアップしたニータとニーネの兄妹が揃って悲鳴を上げている。
「えええ、馬鹿、馬鹿なの、私らそんな事言ってないよ!?ニーネ達の借金返せる程度の小銭で十分なのに!?」
……やっぱりニーネは腹黒いよな?
「あ、あのー……もしかして、ですね?PMC(民間軍事企業)魔王軍って…その、今このステーションに停泊してる巡洋艦三隻持ってる所ですか?
……はは、まさか違いますよね?違うと言ってくれますよね?」
乾いた笑いを零すニータ。
「良く知ってるな?」
「いやだぁぁぁぁ!?」
「どうしたの兄貴、兄貴ー!?」
錯乱しかけてるニータを揺するニーネ。
巡洋艦三隻という戦力は色々な意味で重い。
具体的に言えばステーションの1つ2つ破壊するのは余裕な位だ。
その組織のトップにレーザーガン突きつけるのは、まあ…控えめに言っても正気の沙汰じゃない。
「ワイバーン、状況は把握してるか」
錯乱している兄妹を放置して汎用端末を取り出す。
『へぇ。面白い事になってますな』
「セリカとシーナを使って良い、関係者の裏は取れるか?」
『既にやってます。
ドーングって高利貸しは丁度、西アドラム信用銀行支社長とピンク色な酒場でご接待中ですわ。
店内の監視カメラの映像来てますが………良い店ですなぁ』
「そうかそうか、俺が定食屋で慎ましく食事してる横で小悪党は羨まし……けしからない店でご接待中か…………ふふ、ははははは」
口から自然と笑みが零れる。
「「ひぃ!?」」
どうしたんだ、ニータとニーネ。抱き合って何に怯えている?
「ディータ、暴れるぞ。準備運動を忘れるなよ」
当方に八つ当たりの準備アリ、だ。
「自衛団が持ってきたトランスポーター、動作ロックかかったまんまですよ!
これじゃ逃げるどころか1ミリだって動きやしませんって!」
『当トランスポーターは安全保障上の理由でロックされd9E9*……ようこそマスター、あらゆる動作を保障します』
「解除完了だ。ほら、乗り込め」
フィアットみたいな丸い外見のトランスポーターに乗り込む。もう少しマシな車は無かったのか。
「ロック解除早!?」
「無理無理無理無理です!装甲車とかありえないから、無理ですって!」
装甲車が道を塞いでいるが、戦車でもないなら排除はそう難しい事じゃない。
『法理魔法発動:運動停止Ⅷ』
『法理魔法発動:運動反転Ⅸ』
「ディータ、あのタイプは無人機だ。吹き飛ばせ!」
トランスポーターの前に展開した魔法陣が、装甲車の質量砲弾を反転させて砲塔を吹き飛ばし。
「了解、マスター」
ディータの背中から翼のように生えた大型装甲戦闘服の腕と、腕の先に融合した大型レーザー砲が何台も並んだ装甲車を穴開きチーズ風に穴を開けていく。
「兄貴、この人達訳分からないよ!?」
「兄貴、ここ崖だから!トランスポーターは空飛ばないから、こんな傾斜走るとか無理だって!」
左に50度ほどバンクしている崖を走っているが追跡がなかなか振り切れない。
かなり練度が高い自衛団のようだな。
「ならニーネ止めて!ブレーキ踏みっぱなしなのに止まってくれないんだよ!止まらない止まらない落ちる落ちるううう!ひいぃぃぃ!?」
悲鳴を上げているが、ニータもなかなか運転上手いじゃないか。
止まらないのは俺の仕込みだ。こんな場所で捕まってもらっては困るからな。
「セリカ、情報ネットのニュース中継具合はどうだ?……ああ、それなら問題ない。
目標地点にしっかり誘導してくれ」
「ニュースサイトの中継車はしっかり付いてきているな?
よし、目の前の建物に突っ込め。そこが目的地だ!」
「もう自棄だ、やってやる、やってやるぜ!イヤッハァァァー!」
「兄貴、兄貴ー!?壊れないで、壊れないでよおおおお!?」
硬化魔法で強化されたトランスポーターがケバい装飾の店の壁を突き破り、後続のニュースサイトの中継車も次々と店内へ突っ込む。
轟音と共に壁をぶち破った奥には、肌面積が異常に広いお姉さん達が立ち並ぶ店内。
そして高利貸しのドーングと、西アドラム信用銀行支社長の猫系アドラム人の2人が鼻の下を長ーくしている所をニュースサイト中継車のカメラがばっちりと映す。
「ほら、ニーネ。準備していた台詞の出番だ。
上手く行けばテロリストの汚名返上できるぞ」
「私達はー!犯罪者とテロリストーの!汚名を着てもー!癒着して罪のない人々を苦しめる汚職を見逃したくなかったんですー!うぇぇぇええん!」
色々限界に来ていたニーネは台詞を読み終わると、そのまま泣き崩れてしまった。
「よし、色々すっきりした」
ニュースサイトのレポーターに詰め寄られ、真っ青な顔をしている汚職親父2人を見て満足げに頷くのだった。
「マスターを人質にした2人も、敵に回した2人も運が悪かったのでしょう」
マイペースなディータは近くのテーブルにあったピザ的なものをもぐもぐと食べながら、物知り顔で頷くのだった。
『次のニュースです。西アドラム信用銀行支社の汚職事件ですが、責任者のセルフィナルス容疑者は何かに怯えた様子で容疑を全面的に認め―――』
『篭城からカーチェイス、市街戦をした容疑者2人の弁護士によると、私的な利益を追求した犯罪ではなく、義憤に駆られた行動であると―――』
『市街戦でのドンパチは奇跡的に死者は無く、賠償金は人質になっていた民間軍事会社の代表が、若者達の行動に感動し全額を肩代わりをするという美談に―――』
ワイバーンのブリッジ内、俺は艦長席にいつものように座りながら、『ヴァルナ』ステーション内の色々なニュースサイトを眺めていた。
どれも昨日起きた篭城事件からの市街戦と収賄詐欺事件一色だった。
「ねえイグサ。一つ聞いても良い?」
ミーゼが実家に戻ってるせいか、のびのびと膝の上を占拠しているライムが質問してきた。
「うん?何の事だ?」
「半分位はイラっとしたからついやったのは分かるんだけど、どうして賠償金の肩代わりなんてしたの?」
ああ、それが引っかかっていたのか。
そしてイラっとしたからやったのが分かられたか。
「美談風に賠償金を肩代わりすれば広告を出すよりずっと安い費用で宣伝が出来る、というのが建前だな。
あの兄妹の姉が
見舞金ついでの気まぐれだ」
治癒魔法で傷を癒すという誰の目から見ても分かり易い奇跡は、命に関わらない範囲なら乱用しないようにしている。
理由は色々だがトラブルの元になりやすいからな。
「相変わらず身内に甘い」
「身内に甘いのと歪な秩序を嫌うのは魔王の嗜みだ」
「悪人」
「褒め言葉だな。悪人は嫌いか?」
「……………嫌いかどうかは、この体勢で察して欲しい」
そう言うと、ライムは体を密着させるように寄り添ってきた。
「察せるが、色々と我慢するのが辛くなりそうだ」
「別に我慢しなくていい」
顔を上げて上目使いに見てくるライムをどうするかの方が、篭城犯の対処よりも余程難しい問題だった。
日常回です。もう少し日常回が続きます。
長らくお待たせしました。
当面は実生活との兼ね合い上、週1程度。
余裕があればもう少し頻度を上げた更新にする予定です。