21話:魔王、魔王の武器を強化する
21話、22話も同時投稿になります。ご注意下さい。
後片付け的な話が続くのでファンタジー成分少なめでお送りします。
廃棄され、海賊の根城と化し、今はリビングアーマー達の
海賊から奪っ……救い出した約6000名の非戦闘員を乗せた、特殊海賊空母に随伴するワイバーンだったが、一つ問題が浮上した。
「なぁ、リゼル。
あの特殊海賊空母、どの位速度出ているんだ?」
「うーん。大体、大型戦艦の半分位。
星間航路用リミッター入れた、ワイバーンの巡航速度の5分の1位ですよぅ」
ジャンプゲート間を結ぶ星間航路は他の宇宙艦や宇宙戦が良く飛び交っているので、
衝突事故を起こさない程度の速度で飛ぶことになっている。
法規制されている訳ではないので、無視しても構わないのだが、無謀のツケは自分の命で払う事になるので、暗黙の了解を皆守っている。
「鈍足にも程がないか?」
「あのサイズの宇宙艦で急ぐ必要のない軍事用や輸送用じゃないのは、
こんなものですよぅ?」
そういえば元々は調査・実験艦だったな。
「そんなものなのか」
未だに未来人達の時間感覚には慣れない。
出来るなら早くすればいいのにと思うこれは日本人気質なんだろうか。
問題は遅いという事。
限りなく遅い。
ワイバーンは元々高速船だったのを、更に魔改造した船だ。
何段階ものリミッターをつけた推進器を持っているし、最高速度だけなら辺境開拓用の超高速船といい勝負をするだろう。
『ヴァルナ』ステーションから恒星近くまで1日でこれたのも、この高速性に頼った所が大きい。
だが、特殊海賊空母は特殊艦な上に機動性は艦船として最低限だ。
放置して先に帰っても良いのだが、運用に必要になる多くの乗組員を失っているので自衛行動を取る事すらままならない。
単独で航行させておくと、他の海賊や悪徳サルベージ屋の格好の餌食になってしまう。
なのでワイバーンで護衛しているのだが、近くの星間航路までは1日で到着したものの、『ヴァルナ』ステーションまで辿り付くにはまだまだ時間がかかる。
「……暇を持て余しそうだな」
俺に暇なんて与えたら
『魔王様、減速装置を使ってはどうです?
この前の改装でそこそこ新型を付けて貰いましたわ』
「それがあったか。試してみよう」
『へぇ、減速装置稼動準備。船内減速空間、減速率設定開始。
リゼルさん、細かい割り振りのオーダー頼みますわ』
「はいですよぅ。
うーん、ブリッジが4倍、船室2倍、格納庫はなし、後は微調整していきます」
そこで、初めて時間減速機のお世話になる事にした。
時間減速機と大層な名前がついているが、実際に時間に干渉する装置ではないという。
防護用のフィールドで包んだ範囲の分子活動を低下させ。
相対的にフィールド内部の時間が遅く、外部の時間が加速する現象を起こすものらしい。
もうこの時点で魔王としては「SFすぎてちょっと」という気分ではあったが、船内時間計に比べ、船外時間が高速で動いているのを、計器越しとは言え目にするのはかなり新鮮なものがあった。
何でもフィールド外部と内部で、電気や光の信号通信をすると誤差が出るらしく。
船外時間表示計器は機械動力、アナクロ臭がするドラム式のアナログ計器だったので、年甲斐もなく大喜びしてしまったのは少々苦い思い出だ。
また、空いた時間を趣味や訓練に使いたいという船員の為に、時間減速させない区画も用意した。
どうせ標準時間換算で日給払う事になるしな。
仕事を真面目にしてくれるなら、暇な時間をどう使うかは各自の自由だ。
ワイバーン船員達の実戦経験が薄いのが不安だったので、メイド隊に教官になって貰い、白兵戦訓練の実施を行った。
最初は皆乗り気でもなかったが、参加した分だけ時給計算で研修代を付けると通達したら、戦闘船員は勿論、一般船員達からも参加者が多く出た。
相変わらずたくましい連中だった。
―――
「どうしたものか…」
珍しくブリッジで思考の迷路に
俺の手の中にあるのは、30cmほどの艶のない白色の棒。
のっぺりとした色が金属や樹脂とも違う、独特な代物だ。
これを手に入れたのは、エネルギープラントで海賊を処理した時だ。
久々に聞くシステムメッセージ的なアナウンスを耳にした。
内容はこんな感じだ。
<<虐殺した命が50人を越えました。魔王の杖が解放されます>>
<<虐殺した命が100人を越えました。魔王の杖が強化されます>>
<<虐殺した命が200人を越えました。魔王の杖が強化されます>>
<<虐殺した命が500人を越えました。魔王の杖が強化されます>>
<略>
<<虐殺した命が10000人を越えました。魔王の杖が強化されます>>
どうやら魔王として、俺の武器は杖だったらしい。
虐殺しないと入手出来ないから、今まで入手できていなかったようだ。
あれを虐殺と認定されるのは微妙なものがあったが。
あの状況で杖ゲットォォォ!とか叫ぶのは台無しすぎるので、とりあえず後回しにしていたんだ。
時間が出来たという事で、魔王の杖を調べてみたんだが。
こう………魔法メインの知能系魔王に渡すには微妙な品だった。
鑑定魔法で能力を見てみるとこんな感じだ。
『銘:イノセンス・スローター(無垢なる虐殺者)
能力:
知力固定値強化、意志力固定値強化、魔力固定値強化
魔法知識付与、各種魔法Ⅴ、魔法変性Ⅴまで発動可能』
どんな脳筋魔王でもこの武器さえ持っていれば、
最低限魔王として恥ずかしくない魔法が使えるという代物だった。
つまり、素で各種魔法が使える魔王にとっては無用の長物だろう。
なのに形状がなんで杖なんだよってツッコミを入れたい。
杖を持つような魔王ならもっと違うものが必要だろう!
正直扱いに困ってしまった。
持っていても使い道に困るというか、死蔵してしまいそうだ。
むぅ…と何度目かの悩み声を上げた時の事だ。
「おにーさん、おはようございます。当直お疲れ様なのです」
ブリッジでの当直交代にミーゼがやってきた。
白と青のコントラストが涼やかな印象を受ける、制服とジャケットとコートを混ぜたようなデザインの服装をしていた。
ミーゼの姿に、悪とは少々方向性は違うが浪漫のある事を思いついた。
何の変哲もない棒状をしている魔王の杖に干渉して形状を変化させる。
こういう事を何となくで出来るのは魔王だからこそなせる事なんだろうな。
杖をミーゼの背丈位の長さに伸ばし、デザインを鋭角な感じに切り替え、先端を宝石風の透明な鉱石にして周囲に砲身状の飾りをつけ、キーワード変化属性をつけて、普段は髪飾り風のデザインになるように形状変化させ、所有者権限から貸与可能者にミーゼを登録して。
後は展開時に衣服もセットで自動装備できるようにして、衣服には防護魔法や耐性魔法を常時展開するように付与魔法をこれでもかという位かけて…と。
もう俺が何をやっているかお分かりだろうか。
「ミーゼ、プレゼントだ」
「髪飾り…?ありがとうです」
唐突なプレゼントに戸惑ったミーゼだが、受け取って髪の毛に付ける。
「起動キーは音声とイメージで作ったが、まあ声に出した方が早いだろう。
フォーリング・デバイン・プロテクションと言ってみろ」
「はいです。ふぉーりんぐ・でばいん・ぷろてくしょん………えっ!?」
黒い光の粒子がミーゼの体を吹き抜けると、本体たる髪飾りは手の中で杖に変化し、大人びたデザインの白をメインに紅色をアクセントにした、ジャケットスーツの上にロングコート風のものを羽織った、全体的に可愛らしいデザインの服装へと変化していた。
これは良い魔法少女だな。
ミーゼが持つ外見の幼さが可愛らしい服装に実にマッチしている。
本当は黒を基調にした悪の魔法少女風にしたかったんだが、色合いがライムと被るので止めておいた。
こういうのは明確な対比があるから美しいものなんだ。
「『法理魔法発動:持続発光Ⅰ』……エネルギーもないのに光源ができました。
使い方とか何故か良く分かるし、不条理すぎるのです」
どこかふて腐れた雰囲気で魔法を使うミーゼ。
魔王の杖としての能力も失われていないようだな。
「いらないなら返してくれてもいいぞ?」
「不条理だけど、こんな便利すぎるもの返す訳がないのです」
相変わらず良い性格だ。
だがな、ミーゼ。まだまだ甘いぞ。
ふて腐れたポーズをとっているが、瞳が輝いているのが隠しきれていない。
色々と魔法を試しては文句を言っているが、実に楽しそうだ。
魔法少女は未来世界でも少女の心を掴んで離さないものらしい。
悪の手先に堕ちた魔法少女とか浪漫じゃないか?
こうして魔王軍に魔法少女が一人追加されたのだった。
―――
覆水盆に返らずという
一度やってしまった事は取り返しが付かないという意味らしい。
俺はこの諺が好きではなかった。
だってそうだろう?
一度やってしまったら取り返しがつかないなんて言われたら。
俺が居た時代の日本人は行動を
だが、俺は声を大にして言いたい。
取り返しがつかなくなるかもしれないと行動を躊躇していたら。
躊躇している時間も、また取り返しが付かないのだと。
やって、やらかして、後悔したり苦い思い出にすれば良いじゃないか。
良い結果にならないかもしれない?
当たり前だ、何でも良い結果になるんだったら誰も苦労はしない。
だから、俺はこの諺を人に聞かれたらこう答えることにしている。
一度やらかしてしまった事は取り返しがつかないそうだから、
やる時は後悔や悔いの無いように全力でやらかせ!と、な。
付き合いが長かったり、勘の良い奴は気がついたと思うが。
全力でやらかしたようです。
つい楽しくなってやった、反省はしていない。
ライムの様子が最近おかしい。
この前のエネルギープラント戦と、その後に2人で交わした契約の後。
何か吹っ切れた様子だったんだが、予想以上に色々吹っ切れて過ぎてしまったらしい。
今まではたまに「また弱味を使うはず」と何か期待して尋ねてくる程度だったが。
「ん?憧れる人?私はもうイグサのモノ(所有物)だよ」
と、お年頃の乙女達らしく、お茶タイム中に集まって船員達が
不幸にも近くでお茶を含んでいた船員達の口から噴水を吹かせたりしていた。
行動にも躊躇や遠慮がなくなった。
ミーゼを膝の上に乗せて和んでいると、同じように膝の上に乗ってくる。
軽いしミニサイズとはいえ2人もいると前が見辛いのだが。
「駄目?」という気弱げな視線と声を送られると弱い。
魔王とは勇者にも身内にも弱いものだ。
ライムにあの視線を向けられNO!と言える男は少ないんじゃないか。
普段淡白なのにそういう時だけ弱気とか卑怯じゃないだろうか!
魔王たるもの、どんな手を使われようと卑怯と叫ぶのは美しくないけどさ。
壊滅的だった料理も、料理が趣味の一般船員に教わりながら勉強を始めたようだ。
初めて上手く出来たという、焼き菓子は確かに食べられる味だった。
とても幸せそうなライムの様子に、初めて勇者以外の何かに見えたのだった。
流石SF世界、風呂とか効率の悪いものはなく。
音波と光で体の表面を綺麗にして老廃物を除去してくれる、
シャワー的なものがあるんだが。
これが酷く味気ない。
服を着たままでも大丈夫という親切設計だ。
小さなポッドみたいな部屋に入ってスイッチを入れて数分で綺麗になる。
なんとも味気ないだろう?
風呂好きの日本人として、ワイバーンを改修する際に1部屋を風呂に改造した。
多少ミネラル分を弄るだけなので、ただのお湯じゃなく温泉成分の再現も楽だという。
そこまで広くは無いが、狭い日本の家庭にある風呂よりはずっと贅沢なものだ。
その風呂の中にまでライムがついてきた。
背中とか流してくれるし、男の浪漫的にはとてもアリなのだが。
ここまで尽くしてくれると、何か代償を求められるのでないだろうかと、余計な心配をしてしまうのは俺が悪だからだろうか?
というかライムってこんなキャラだったのか?
こっちが地だったんだろうか。
いや悪い変化じゃないんだ。
悪い変化ではないのだが、俺の魔王ではなく男としての部分が警鐘を鳴らしている。
もしかしたら警鐘を鳴らしているのは生存本能かもしれないが。
風呂から出た後もライムはひたすら尽くし続けてくれた。
今まで心の中に積もったものを晴らすように。
不安や後悔と言ったものを、俺が関わる別の何かに塗り替えるように。
―――その結果。
翌日の朝、ベッドの上で力尽きている俺の姿があった。
昨夜の記憶が曖昧だ。
なぁ、俺の身に何があった。
枕や目元に涙らしき跡が残っているのは深く考えてはいけない気がする。
ライムも色々な
そうと信じたい。
一体何があったか思い出したいんだが、思い出そうとすると本能が悲鳴を上げ、全力で思い出す事を拒んでいる。
本当に俺の身に何があったんだ。
視線だけずらして時間を確認すると、普段の起床時間より少し早い。
という事は、後少ししたら最近寝ている俺を起こす事がマイブームになっている、謎な趣味に目覚めたミーゼが起こしにやってくる。
相変わらず回復量が安定しない治療や疲労回復魔法を慌てて使っているが、すぐに動けそうにない。
どんな辛い状況ですら笑い飛ばすのが魔王の仕事ではあるんだが。笑う気力や体力が根こそぎ失われているので、格好つけるのは勘弁して貰いたい。
……途中までは良かったんだが、結果がおかしい気がするのは俺だけじゃないよな?
―――
「一緒に寝て欲しいのです」
ある夜、そろそろ寝ようと思っていたらミーゼが枕を持ってやってきた。
「どうした、一人で寝るには寂しいのか?」
ミーゼも高級士官待遇なので近くに個室を持っていた。
半ば冗談の軽口だったんだが。
「そうです。だから一緒に寝ていいですか?」
肯定されてしまうと軽口で返し辛いな。
ベッドに横になり頭の上で腕を組んでいた俺の横、ベッドの端に座り込む。
成人検定も取っているというし、普段からしっかりしている子だが、聡明さとは別に、幼じ……幼い美少女相応の心も持っているようだな。
「隣にリゼルの部屋もあるぞ?」
ミーゼも知ってると思うが、ライムの部屋を挟んでもう一つ隣がリゼルの個室だ。
一人寝が寂しいなら
「リゼルねーさんと一緒に寝ても安心できないのです」
「ああ、うん…………なるほどな」
確かにリゼルは優しい性格もしているが、頼りになるかと言われれば別だ。
寝相も悪いしな。
「………」
じー、っと見てくるミーゼ。
ここで断るのも可哀想か。
悪とは身内に甘く他人に厳しくあるべしという信条もある。
「好きにしろ。寝相が悪いのは勘弁してくれよ」
ベッドの上で端に寄ってスペースを空けてやる。
「……えへ」
枕を並べて、布団の中にもぐりこんで嬉しそうな笑みを浮かべるミーゼ。
ぴったりとくっついて来た体は体温が高いのか、妙に温かい。
普段そっけない犬が冬になって布団の中にもぐりこんで来た時のような、
くすぐったさ混じりの満足感を感じる。
ミーゼの手触りの良い髪を撫でながら眠りについたんだが。
忘れていた。
ミーゼは純粋無垢というよりは、深謀遠慮な子だったよな。
ただの心温まるようなイベントで終わるはずもなかった。
夜中に何故か濃い血の香りを感じて目覚めてみると、カメラ的な機材を手にしたアルテが鼻血を垂らしながら撮影していた。
あまりの絵面に悲鳴を上げそうになったのは秘密だ。
「………なぁ、アルテ。何をしているんだ?」
「………はっ。ミーゼ様に依頼されて奥様に送付する既成事実の撮影を」
「………なぁ、鼻血が出ているぞ」
「(ふきふき)……失礼しました、小官には刺激が強かったようであります」
「そうか。十分撮影しただろう、退室するように」
「はっ、了解であります!」
びしっ!と敬礼をしたまま逃げるように退室していくアルテ。
「さて、ミーゼ。起きているんだろう?」
「………(びくっ!)」
俺のアルテのやり取りを聞いている間に、現実逃避気味に頭から布団を被ったミーゼが体をびくつかせる。
実に美味しい。実に良い反応だ。
「手伝いの人選を誤ったな。さて、これからどうなるか分かるか?」
アルテもNINJAっぽく気配を消せるが、鼻血とはいえ血の匂いは流石に気がつく。
結構な量が出ていたようだしな。
「…(がたがたぶるぶる)」
「折角のミーゼの心遣いだ。受け取らないのも主として悪いからな」
布団をかぶって震えるミーゼの頭に手を置いて、優しく微笑む。
その後、既成事実疑惑を既成事実にしてみました。
翌日、ミーゼは「過労の為」という理由で休暇届を出していた。
こうして俺達は静かな帰路を旅し。
『ヴァルナ』ステーションへと到着したのだった。