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20話:魔王、罪人達に罰を与える

あらすじ

・色々やらかした事の後片付け

・まおうさま頑張る。



『魔王閣下に、捧げ、剣!』


 純白の装甲をあちこちを焦がしたワイバーンが太陽熱エネルギープラントのドックへと入港していく。

 このプラントは輸送船を受け入れるためだろう。

 特殊海賊空母クラスの船でも受け入れられる立派な巨大ドックが併設されている。


 開放型のドックはシールドで外部と隔絶されていて、外部の高温が完全に遮断された上で船の行動範囲は無重力、桟橋から向こうは地球上と同じ1G環境に整えられているそうだ。


 その上、呼吸可能な0.8気圧大気まで満たされているというのだから、おやっさんのドックより余程立派なんじゃないだろうか。


 騎士のような外見のリビングアーマーと、様々なデザインをした未来風装甲服のファントムアーマー達が勢揃いし、騎士タイプのリビングアーマー達が隊列を組んでいた。

 装甲服についたマイクとスピーカーのおかげで会話ができるファントムアーマーの掛け声の下に、剣を掲げて歓迎してくれている。


 彼らの忠誠心は素晴らしいと思う。

 魔法陣の中に召喚した次の瞬間に「で、おたく幾ら出せるの?」とか言い放ったクソ悪魔とは比較する事すら失礼だろう。


 やはりエネルギープラント内の戦闘は激しかったのだろう。

 約2000体準備したのが1500体程に減っているし、装甲があちこち穴が開いたり傷付いているものが多く、綺麗な姿のまま立っているものは数少ない。

 しかし満身創痍の者ほど、まるで己の傷こそが誇りだとばかりに背筋を伸ばしている。


 俺がワイバーンのタラップを降りて桟橋に降り立つと、一斉に掲げていた剣を下に向けて、胸の前で保持した体勢になった。

 この姿が彼らの種族にとって最上位の敬礼を示すものだと知ってるだけに、胸にこみ上げる戦士の魂を持った彼らへの敬意と、支配者としての満足感―――




 ―――そしてワイバーンの搭載量ぎりぎりまで作ったせいで、通常積載に戻したら過半数は明らかに余るであろう、彼らの処遇を考えてなけなしのの良心がギリギリと痛む。




 彼らが無償の忠誠を誓ってくれるだけにマジで辛い。


 まず普通に連れて歩くのは無理だ。

 突入ポッドの空間容量一杯に、オートマトン(自動戦闘人形)用の自動展開装置まで導入して詰め込んだ上で、その突入ポッドをワイバーンの船倉に積めるだけ積み込んできたんだ。

 質量的に厳しくなるし、船倉に他の物を入れられないのは色々と辛い。


 次にどこかのステーションまで運ぶか?とも考えた。

 だが彼らは人間や亜人タイプでもなく、中身が無い鎧なんだ。

 ステーションの人間達と共存できる訳もない。


 食事も呼吸もいらないから適当な星へ連れて行くか?とも考えた。

 だが捨てリビングアーマーが大量発生するだけで、問題の解決にはならないとすぐに気がついた。


 と言う訳で、海賊達さえ居なくなれば無人になる、このパワープラントに置いていくのが一番ましな選択なのだが、どうにかお互い面目の立つ言い訳を考えておかないといけない。


 時に真実はお互いにとって不幸をもたらすものだ。



 俺が歩き出すと、道の両側に経ったリビングアーマーが剣をお互いに重ねあい、剣の天蓋を持つアーチを作ってくれる彼らをポイ捨てするのは魔王的にもまずい。



 どうしようか。



―――



「………っ!」


 リビングアーマー達が織り成す剣のアーチを抜けて、エネルギープラントの通路に入ると、ライムが飛びつくように抱きついてきたので、頑張って受け止める。


 可愛らしいデザインの服は裾やリボンに所々穴が開いていて。

 漆黒と純白の色をしていたはずのドレスは、返り血に染まって漆黒と赤―――そう、返り血が凝固した色ではなく、鮮やかな赤色に染まっていた。

 呪いの影響か?


 何より普段は感情が読み辛い程に変化の乏しい、小さく可愛い顔には悲しみ一色に染まり、瞳からは涙が止め処なく溢れていた。


 この状況で受け止めきれずに倒れるとか無い、絶対に無い…!

 かなりの勢いがついていたライムだったが、幸い筋力ステータスに頼って受け止められた。

 腰骨から嫌な音がしたが…


『祈祷魔法発動:治癒Ⅱ/隠蔽発動Ⅹ』


 回復魔法をこっそりと。

 気がつかれないように本当にこっそりと。

 かなりデリケートな事になっている自分の腰にかけ。

 正面から抱きついて肩口に顔を埋めて泣き続ける、鮮血の天使と表現するのがぴったりな、ライムの頭をゆっくりと撫でて。


「どうした、ライム?」

 らしくないじゃないか。と口元まで出た言葉を飲み込む。

 ライムやリゼルとは随分長い事一緒にいるような気がするが、まだあの汚染惑星で出会ってからそう間もない。

 そんな俺が涙を流すライムをらしくないというのは、傲慢というものだろう。

 例え俺が魔王だとしてもだ。



「私が人を助けたいと我侭を言った」

 それを我侭だと受け取るヤツは少なそうだけどな。



「みんなに危険な事をして貰ったのに、私は何も出来なかった」

 今のお前の姿を見て、何もしなかったとは言えないだろう。



「それどころか助けたい人達の命を危険に晒した」

 それ以上に助かった奴等も大勢いるだろうに。

 しかし、ライムは手当たりしだいに人助けをしたいのではなく、助けたい人を助けたいのだったな。

 だからこそ今泣いているのだろう。



「イグサ、私は私を許せない。無力さも、力に酔って目的を疎かにした心も」

 俺に連絡をしてから情報を集めながらも、ひたすらに自分を責め続けていたんだろう。

 ライムは割と内面に向かって面倒な性格をしているからな。



「だから―――」

 顔を上げて俺に視線を合わせるライム。

 その瞳にはいつもの強い意志ではなく、すがりつくような弱さと儚さの色があった。



「―――私に罰を下さい」

 自分を責めても許せない、だから罰を俺に求めるか。

 光栄な事だが、ここで選択を誤ればライムの心は砕けるだろう。

 何もいきなり廃人になる訳ではないとしても、心のどこかかが欠けて抜け落ちる。

 当たり前に感じて、発していた感情が理解出来なくなる。失われる。

 それはなんて―――



 ―――甘美な事だろうか。



 魔王として、それ以上に人間イグサとして目の前が真っ赤に染まるような、熱く暗く甘美な欲望の衝動に駆られる。

 壊したい―――

 この腕の中のか弱い心を、徹底的に踏みにじって砕いて。

 瞳にもう感情の色が戻らない程に徹底的に破壊し尽したい。


 延々と罪悪感と絶望に染まった鳴き声を上げる楽器にしても良い。

 己の身を傷つけ責める事に歓喜する人形にするのも甘美なものがある。

 路地裏で粗末な男共の欲望のはけ口にされて、それでも自分を罰してくれてありがとうございますと感謝し続ける壊れた玩具が本命か。


 嗚呼、素晴らしい。こんなにも色々な遊び方ができるじゃないか。





 ―――だが、待て。それは悪として美しい事だろうか?





「………イグサ?」

 いつもの悪ぶった笑みが抜け落ちて、表情が落ちてしまったのだろう。

 ライムの心細い声に心が一気に冷えていく。

 いけないな、ライム。そんなに美味しそうではつい地が出てしまうだろう?


 人間、イグサではなく。悪に憧れるイグサとしての心の形を取り戻していく。

 幼い日憧れた悪の偶像ヒーローを思い浮かべて。

 どこまでも人間らしく邪悪な、溶岩のような熱と粘性を持った何かを、悪の美学と魔王としての矜持で塗りつぶしていく。


 悪とは素晴らしい。それは美しく、孤高で、矜持のあるものだ。


「罰が欲しいなら、魔王がくれてやろう。ついでに契約の代償を頂こうか」

 この罰を欲するライムに悪として与える罰の種類はそう少なくない。

 だからこそ、悪としてその弱みに美しくつけ込ませて貰おうじゃないか。


「美しい、お前の存在全てを頂くとするか。

 その身と心が持つことごとくと、内に秘める魂すらも捧げて貰おう。

 お前の全ては俺のモノだ。体、心、魂、それに罪も誉れも何もかも」

 これが悪として儚い少女の心を救う最善手。

 悪辣?悪だから当たり前じゃないか、無償奉仕は生憎やってない。


『契約魔法発動:契約魔法陣生成Ⅹ』

『時空魔法発動:契約魔法干渉Ⅹ』


「さあ、報いを受けるならこの手を取れ、これ以上無い程の罰になるだろう」

 ライムを一度床に降ろし、半歩分距離を取ってから手を差し出す。

 手の平には緩やかに回転する複雑怪奇な魔法陣が展開している。

 折角自然回復してきた魔力が、時空魔法に吸われて随分と減ったが、ここは格好をつける場所だろう。


 一瞬戸惑ったライムだったが、臆す事なく指を絡めるように俺の手を取る。

 お互いの指を絡めるように握り合った、俺とライムの手に押しつぶされた魔法陣が光の帯になって周囲へ展開する。



『契約成立しました。ランクⅩ-Ⅹ・魂と運命の契約が執行されます』

『契約者 勇者ライム』

『契約先 魔王イグサ』

『契約代償:契約者が所持していた因果律の全て』

『勇者ライムは魔王イグサの所有物として魂と運命の全てを捧げ、その存在と因果が消失する先まで、永久の忠誠を誓う事がここに誓約されました』



 パキン、と軽い音を立てて俺の腕についていた腕輪が壊れ、ライムの首についていたチョーカーも一度分解された上で、似た形へと再構成される。

 従属契約よりも高位の術式で上書きされたんだ。

 あの程度のものは砕け散る。


「さあ、これでお前の罪も誉れも何もかもが俺のモノだ。

 故に俺の罪でライムが悲しみ嘆く事など許さない。分かったか?

 存分に頼って依存して、そのうち堕落した勇者と化すがいい」


「酷く素直じゃない、犯罪者、悪者」


「魔王にとって褒め言葉でしかないな」

 くははっ、と悪い笑みを浮かべる俺だった。



 そうだ、これで良い。これが美しい悪というものだ。



―――



 さて、このSF世界について思う事がある。


 一部の例外を除いてこの世界の秩序は、

 ICカネ権力コネ軍事力チカラによって守られている。


 それは、あの陽性な人々が暮らす『ヴァルナ』ステーションにしても本質的にはそうだ。


 それが悪いとは言わない。

 理想郷ユートピア反理想郷ディストピアの差なんて、それらのバランスの違いでしかない。

 極論だがな?


 実際その3つを主軸にした秩序の維持は人に優しくないかもしれないが、分かりやすい。

 このSF世界には極一部の例外を除いて、指導者層の善性に依存する統治機構は存在しないし、何より人々に好まれない。

 ……善王とかいないと、魔王的には困るんだけどな。



 そのせいだろうか、悪もまた歪だ。


 このエネルギープラント制圧前の内部人口が約2万人。

 そのうち非戦闘員及び海賊関係者ではなかった人間が6000人。

 この数の多さは少々予定外だった。


 ワイバーンの船倉に収納しても全員を運び出すには何往復も必要になるだろう。

 『ヴァルナ』ステーションに回航中だった特殊海賊空母を呼び戻して、輸送船として使う事になった。


 そして、その非戦闘員の中にまともに親の庇護を受けて育つ子供は誰一人として居ない。

 エネルギープラントの男女比はやや極端に男に偏っていたものの、育成途中の子供の数が0というのはありえない。

 どうやら海賊達は生まれた子供達ですら商品にしていたようだ。

 ミーゼよりも幼い年齢の娼婦が普通にいるというのだから、海賊連中の腐りっぷりはいっそ清清しいレベルだろう。



 俺が幼い頃に憧れた悪の偶像ヒーローには、それぞれ理由も理想もあった。


 例えば悪の秘密組織を束ねる狂科学者は、

 人の世界から異物として排除される怪人達を庇護して生活させるために、

 権力と資産を欲して悪事をなしていた。


 滅んだ国が最後に開発した秘密兵器になった男は、同類を増やして人々に危害を加えながらも、かつて共に戦った戦友達のため、例え建前だとしても故国が掲げた理想の為に最後まで戦い。

 そして正義に敗れて朽ちていった。



 それに比べてこのSF世界の海賊達はどうだろうか。


 ただ食欲、性欲、金銭欲、その他様々な欲を満足させるためだけに、奪って殺して犯す。


 その行動原理は、まだ世界で魔王や勇者が現役だった頃の山賊や海賊から進歩もなければ、何かのため、誰かのためと言った理想も志も何も無い。


 悪の美学とかそれ以前の問題だ。

 まだ種族の繁栄と進化を見据えてる野獣の方が好感を持てる。



 だからまぁ、手加減も何もいらないよな?



 エネルギープラントの中でも一際大きく空間を使った大型ホール。

 昔はプラントの従業員や家族を慰撫するイベントなどが行われた場所だろうが。

 今は金属板がむき出しになった殺風景な空間に約12000人の人間が集められていた。


 内訳はプラント内部で捕虜にした海賊6000名、特殊海賊空母の乗組員だった海賊が6000名。


 ホール内には一定間隔で立ったリビングアーマーとファントムアーマーが警備し、海賊達は異質な存在にやや怯えているようだ。


 そのホールの奥、壇上には俺とライムとミーゼ、そして護衛のアルテの4人。

 他の3人にはこれからやる事を話しておいた。

 ライムは調子が戻ったのか無感情顔、ミーゼとアルテは青い顔をしている。

 俺はホール壇上に準備した大きなシートに座り、足を組んで手を胸の前で組み。

 ミーゼを膝の上に乗せていた。


 海賊達からは大型火器こそ没収しているものの、個人携帯の拳銃は取り上げていない。


 そのサイズになると隠蔽が簡単になるので探す方が大変だし、1人1人チェックするほど人に余裕もない。

 ホールと壇上の間には暗殺・テロ防止用の遮断シールドがあるので、小型火器程度なら防いでくれる。


 それに、これから小型火器が必要になるしな。


『法理魔法発動:拡声Ⅴ』


 声を遠くまで届ける魔法を使い。


「さて、お前達の罪を問おうと思う。

 ―――ああ、安心していいぞ?帝国法とか何とか小難しい事は言う気はない」

 海賊達にざわざわと困惑した声が広がる。



「俺だって正義や法をく人間じゃない。

 お前達が胸を張って悪であると言うなら見逃そうじゃないか」

 俺の言葉を「やや」ずれて受け取ったのだろう。

 そう、金を払い手下になるなら見逃してやる―――などと、ずれた勘違いを。


 前列にいた地位の高い海賊達は、俺はどれだけ財産を持っているか、

 どんな悪をしてきたか、どういう事だって平然とやれるか、

 手下共もどんな悪い事でも平然とやれるか怒鳴るような大声でアピールしてきた。



「そうか、お前達が悪だという主張は良く判った。

 なら、悪になりきれない半端者の罪を問うとしよう」

 鷹揚に頷いて、声をかけると髭面の男や魚介類っぽい宇宙人まで。

 自分達は助かるのだとにやけた笑みを浮かべる。



「………幸せな人達なの、主に頭の中がとても」

 膝の上に座ったミーゼがぽつりと呟く。



「お前達の罪を問うのは、ICカネでも手下の数でもなくお前達自身だ。

 どういう事か分からないと言った顔ばかりだな。

 今は分からなくても良い。

 どうせすぐに判るようになるだろう。嫌でもな」


 これから行おうとするのは、どう取り繕おうとも悪だろう。

 悪を持って害悪を裁こうとか、洒落が効き過ぎていて笑い辛いな。



『概念魔法発動:懐古Ⅷ/効果範囲拡大Ⅸ』

『祈祷魔法発動:罪業看破Ⅸ/効果範囲拡大Ⅸ』

『祈祷魔法発動:真実直視Ⅹ/効果範囲拡大Ⅸ』



 パチン、と最近いい音を出せるようになってきた指を鳴らし。

 魔法を大規模かつ同時に発動させる。

 このランクの魔法なら、魔力が消耗している今でもそんなに負担にはならない。


 魔法効果は単純の一言に尽きる。

 強制的に昔の事を思い出させ。

 業深い所業の記憶を一つ残さず、記憶の奥底から引っ張り上げ。

 逃避も思考停止も許さずに視覚と思考に直接見せ付ける。


 罪悪感を増幅する魔法を使わなかった慈悲に、感謝してくれても良いんじゃないか?



「なに、お前達が誇れる悪であれば問題ないだろう?

 あれだけアピールしていたように、悪であると胸を張るだけで良いんだ」

 むさ苦しい男ばかりの絶叫大会なんて趣味でないので向こうの音をカットしたが、遮断シールドの反対側にいる海賊達は涙を流し、頭を抱え、絶叫し、ありとあらゆる懺悔と後悔の大過の中に居た。

 この光景を絵師に見せればさぞや素晴らしい名画が出来るのではないだろうか。


 人間や宇宙人とはどんな状況でも発明や発見をする動物らしい。

 あちこちで少しでも楽になる方法を発明し始めたようだ。


 つまり、持っていた小火器を口にくわえて。あるいは頭に押し付けて。

 ただ引き金を引くだけの簡単かつ、画期的な大発明だった。


 一人が発明すれば、周囲は連鎖的に真似をしていく。

 携帯火器のレーザーやビームの光があちこちに飛び交い。

 瞬く間に動く海賊達の姿は消えて行った。



 警備していたファントムアーマーの報告によると、ホールから無事に外に出れたのは100名弱だそうだ。

 何も出来なかった下っ端であるか、または運よく「宗教」という趣味を持っていた為に自分の手による贖罪を逃れたらしい。

 あの光景を見た後だけに、全員が帝国政府が運営している「修道院」と呼ばれる、テクノロジーを捨てて、静かに暮らす人々が集まる惑星への移住を希望したという。


 海賊への加担や犯罪で比較的罪が重い場合「修道院」送り、実質的に文明社会からの終身刑と島流しを兼ねたものになる事があると言うので許可をした。



 膝の上に乗せていたミーゼは特等席で一部始終を見届けたせいか、可哀想な位にガタガタと震えている。

 ただの愛玩動物枠なら守ってやる所なんだが、そのうち智謀面で俺の補佐をして貰う予定なのだから、英才教育は大事なんだよな。

 体は震え、顔は青ざめきって、俺の体にしがみ付いてはいたが、目の前に広がる光景から目を逸らす事はなかった。いい子だ。

 褒美代わりにミーゼの体の震えが収まるまで、頭を撫で続けていた。


「イグサ、質問して良い?」

 すっかり落ち着いた様子の、相変わらずまだ血染め姿のライムが尋ねてきた。

 なんだろうか?


「こういうのはイグサの趣味とは外れる気がした。間違ってる?」

 結構理解してくれていたようでちょっと嬉しい俺がいる。


「いいや、間違っていない。こんなのは趣味とは縁遠いな」

 悪の美学的には有りなんだが、結果が血生臭すぎる。

 もっとスマートに決めたいものだ。

 趣味で行くなら、全員に武器じゃなく聖書を持たせておいて、まとめて「修道院」送りにするといった所か。


「なら、何で?」

 答えるのも少々気恥ずかしいが、ライムは聞きたそうだな。仕方ない。


「奴等はライムを泣かせただろう?」

 恥ずかしい、恥ずかしいな。何気ない風を装っているが顔が赤くなりそうだ。


「うん、もしかしてやり方が温すぎたか?」

 身内を泣かせて、壊しかけたんだ。まだ温いだろうか。


「ううん。私の事だったら、次からはイグサの趣味を優先して欲しい」


「嬉しい事を言ってくれるな。次からそうするよ」

 例え献身的な願いだとしても、それすら受け入れるのも魔王の器だろう。


「ん」

 頷くライム。何か吹っ切れたような雰囲気を感じる。



 丸く収まったように見えたんだが、アルテも敬礼したポーズのままミーゼのように震えていたので、一緒に膝の上で撫でてみた。

 正気に戻ったアルテの恥ずかしがり方は、なかなか新鮮で美味だった。



―――



 エネルギープラントの中にあった、比較的まともなオフィス的な部屋を占拠して事務仕事に追われていた。


 室内にいるのは、俺と立体画像のワイバーン、雑務と事務が出来る一般船員が20名程だ。


 本当ならミーゼがこういう仕事が得意なのだが、あの海賊達の処理光景は刺激が強すぎたのか軽い熱を出して寝込んでしまった。


 最初は「寝るまで手を握っていて欲しいのです」と言っていたミーゼだったが、離れようとすると目を覚まして寂しがるので、実際に離れるまで随分と甘えられてしまった。

 どうにもあの姉妹は甘え方が上手い。本能的なものなのだろうか。



 これがRPGなら戦闘が終れば現金とドロップアイテムを回収して終わりなのだろう。

 だがSF世界はそうも行かない。


 まずは帝国政府や賞金管理している各局に、

 海賊の賞金を請求する為に色々な書類をかかなければいけない。


 法律系の所ばかりではなく、星間航路の維持をする所からも賞金がかかっている場合があるんだが、これがまたお役所仕事過ぎて書類の類が面倒なんだ。


 また、海賊個人が賞金首になっている事もあるので、

 臨時のグレイブヤードに詰め込んだ元海賊達の身元調査と所持品の没収にも忙しい。


 その手の事が苦にならないリゼルをリーダーに、

 戦闘メイド隊と戦闘乗船員達が必死になっているが、数が数だけに時間がかかっている。


 海賊達の遺体は全て終わったら、そのまま恒星葬にする予定になっている。


 ゾンビを作っても立地条件が悪いから死蔵品になるし、衛生状態が悪化するし匂いも酷い。

 インテリジェンスゾンビやもっと上位のアンデットを作るなら素材に拘りたい。

 あの手のアンデットは生前の知能や教養の差がモロに出るので、海賊を素体にしても微妙なんだ。



 リビングアーマー達の処理も目処がついた。

 高い知性を獲得し、どうにも戦闘中に進化したらしいファントムアーマーの上位種、

 ファントムアーマー・カーネルという、例の軍人かぶれの個体だが。


「この地は魔王軍が始めて手に入れた占領地だ。

 ついては信頼をおけるお前に占領地の管理を頼みたい。

 魔王が持つ砦の防御は任せたぞ」

 と強弁したら、実際に涙こそ出なかったが感涙にむせび泣いて引き受けてくれた。


 このエネルギーステーションに1200個体のリビングアーマーとファントムアーマーを残し、それらの中でもとりわけ戦闘力の高い300体を突入ポッドに戻して連れて行く予定だった。


 と言う訳で色々な処理に追われているのだが、

 この時代でも内容を確認してから書類にサインをして回るという、企業社長のテンプレ的な仕事は健在らしい。


 エネルギープラント制圧して人質を奪還した事は、ワイバーンについている高出力通信機で『ヴァルナ』ステーションに連絡してある。


 解放……確保したとも言うが、6000人の非戦闘員の受け入れもリゼル父に丸投げした。


 代わりに特殊海賊空母を『ヴァルナ』ステーションへ売る約束をさせられたが、どのみち用途が限定的過ぎるので、売却する予定だったから問題はない。


 あのサイズの大型艦船を廃船にすると、ジャンク品回収に資源回収、構造材の回収に運搬、資源のリサイクルと様々な仕事と雇用、利益が生まれて『ヴァルナ』ステーション全体が3年は好景気に湧くレベルだという。



 事務仕事やら色々な後始末を終えて、リビングアーマー達の砦と化した太陽熱エネルギープラントを離れるのは3日ほど後になった。


 ワイバーンと随伴する特殊海賊空母でゆっくりと『ヴァルナ』ステーションへと向けて移動しながら、ふと気がついたんだ。


 プラントに残したリビングアーマーとファントムアーマー達には

「普段は置物の振りをして、プラント内部を荒らすような奴が出た場合や、自衛が必要な時だけ行動しろ、仔細は任せる」

 と命令しておいたんだが。


 あのプラント、このSF世界初の「リビングアーマー系ダンジョン」になったんじゃないかな……まぁ、立ち寄るヤツもいないだろうし、良いか。

もう少し後片付け的な話が続きそうです。


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