2話:プロローグ2 魔王の一分
なぁ。アンタは悪に憧れるか?
悪は良いぞ。
何せ自分の欲望に素直で、目標に向かって努力も惜しまない。
誇りを持つ悪なら俺は全力で応援しよう。
悪に誇りなんてあるかって?あるに決まっている。
世界征服をたくらむなら、世界をより良くするのは最低条件だ。
裏から甘い汁を吸うのも、表の世界が元気なほど良い。
金が欲しいなら、誰よりも金を稼げるようになれ。
奪う?そんな方法じゃすぐに行き詰るに決まってるだろう。
女が欲しいなら、多くの女を独占できるほどの力と権力を入手する所からだな。
刹那的な肉欲を満たしたいなら風俗店にでも行ってろ。
何?悪の癖に何真面目ぶってやがるかだって?
ふざけるな、悪はいい加減な気持ちで務まるもんじゃない。
遊び半分でやってたらチンピラのままジジイになって終わりだ。
いいか?悪になりたかったら心底真剣に、命かけて悪になれ。
ともかくだ、悪とは素晴らしい。
幼い頃に見た戦隊ものの特撮に出てくる、悪の秘密結社こそ俺のヒーローだった。
悪とは俺の生きがいでもあり、日々の指針でもあり、人生の最終目標でもある。
そんな俺があの誘いを断れる訳もなかった。
だって、そうだろう?こんな悪に憧れる俺にさ。
『あなたは魔王の適性があります。どうか異世界の魔王として降臨して下さい』
もう殺し文句もいい所だ。
俺も地球で普通に生きてきたし、割と悪くない両親もいたし、仲のいい妹もいた。
勉強も得意だったし割といい大学にも入れた。
まあ、恋人や彼女はいなかったからリア充ではなかったと思うけどな。
そんな俺でも異世界の魔王になってくれなんて言われたら、もう全てを捨てて行くしかないだろう!?
だって魔王だぞ、魔王!悪のトップエリートだ。
突然聞こえた声に、空中に浮んだ『→はい いいえ』と怪しすぎる単純な二択しかないウィンドウ的なものとかを怪しむ前に、全力ではいを押していた。
―――
次に気がついたら、真っ暗な空間に浮いていた。
<<能力値の設定をして下さい>>
透き通るような女性の声だった、声優か?とか一瞬考えてしまう程の。
この声の持ち主に秘書になって貰えれば最高だろうな。
なんて考えていた俺の前にウィンドウが開いた。
どうやら魔王としての能力値を設定すれば良いらしい。
―――
名前:イグサ (真田 維草/Igusa Sanada)
種族:地球人 職業:魔王
Lv:1 EXP:0/100
<ステータス>
ステータスポイント:65535
筋力 (STR)=5
体力 (VIT)=7
敏捷力(AGI)=12
知力 (INT)=15
精神力(MND)=9
魅力 (CHA)=12
生命力(LFE)=7
魔力 (MGI)=38
<スキル>
スキルポイント:1048575
―――
さて、どこから突っ込めばいいのか。
流石魔王だ、ステータスポイントとかケタがおかしい。
ただ、数字がインフレ起こしてる可能性もあるし、この世界の一般人の基準を教えて貰いたいもんだ。
<<回答。一般的な人間のステータス平均値は10。生まれ持ったスキルポイントは平均5>>
答えてくれた、便利だな。
なるほど、魔王が一般人とは比べものにならないのは良く判った。
最初からある数字は俺の持っていた元のステータスか。
まぁ、判っていた事だけど非力すぎるだろ……何だよ一般人の半分とか。
スキルは…これはレベル制だろうか。スキルポイントの増加方法も知りたいな。
<<回答。スキルはLV1から10の範囲、スキルの取得コストは取得するスキルレベルの自乗。スキルポイントはLVアップ時に1増加する。>>
なるほどね。LV1なら1ポイントで取れるけど、LV5なら25ポイント、LV10なら100ポイント必要な訳か。
普通ならLV10取得とか辛いにも程がありそうだな。
スキルリストは……と、げ。
スキルリスト一覧を見たら、ずらぁ…と大量のスキルが表示されている。
例えるなら電話帳の内容がずらっと並んでる感じ?
ポイントさえあれば、後から好きに伸ばせるらしいし、余裕をみて設定していくか…
これも魔王の為、悪の為と思えば楽しいものだ。
ビバ・魔王なファンタジーライフ!
―――大まかに一週間後―――
や、やっと一通り設定が終わった。
能力値伸ばしたら更にスキルが増えるし、スキル取ったら派生先スキルが増えるし。
東京の地下鉄の路線図か!とツッコミ入れたくなるような、複雑怪奇なスキルツリーを何度も弄りたおした。
何度途中で投げ出したくなったか。
でもまぁ、良い思い出だろう。
能力値決定を押して……と。
さぁ楽しい魔王生活の始まりだ―――
―――
気がつけば、石碑に囲まれた場所に立っていた。
赤黒い鉄錆のような土が広がる荒野に立った石碑。
今は夜なのだろう。満天の星空に、ここが地球ではない証拠に青い月と赤い月が出ている。
だが、今の俺にそんな余裕はなかった。
「ぐふっ、なんだ苦し……げほっ、ごほごほっ!」
肺を締め付けられるような苦しさ。
更には目も鼻も口も、粘膜が敏感な所全部で激痛を感じている。
『法理魔法発動:環境適応Ⅴ』
「―――っぷは。いきなり死ぬかと思った」
何かの攻撃とかじゃないと思って発動させた、周囲の環境に自分の体を適応させる魔法を使ってみたら、ずっと楽になった。
毒耐性とかもマックスまで上げてるのに何故だ…?
近くの地面に解析魔法をかけてみる。
『法理魔法発動:対象解析Ⅵ』
うん、スキルで『詠唱短縮LV10』&『詠唱省略LV10』→『無詠唱Lv10』までとっておいて正解だった。やっぱり指先一つで魔法を出すのは、魔王の嗜みみたいなものだよな。
おっと、解析結果を見るのを忘れていた。
『赤錆砂土:土壌汚染LV7 汚染放出LV6』
あー…うん、汚染かぁ。仕方ないよな、魔王が降臨する場所の近くだし。
でも汚染なんてスキル表にあったっけ?
<<スキル:『汚染耐性』『汚染魔術』が追加されました>>
どうやらイレギュラーだったようです。
ステータスウィンドウを出して、汚染耐性だけLv10取得しておく。
何による汚染かわからないけど、もし魔王のせいで発生する汚染だったら、自分で汚染した土地で死んだ魔王とか切ないエンディングを迎える所だった。
ようやく落ち着いて周囲を見渡すと、少し離れた所に同じような石碑があった。
石碑は淡い光を放っているし、もしかしたら魔王の部下を呼び出す場所かもしれない。
ザクザクと歩きにくい地面を100メートル位歩いて隣の石碑に着いた。
さっきまで淡い光だったのが、俺が到着する頃には強い光になって。
石碑の中心が見えそうなところまで行けた所で。
「ごほっ……えほっ……ごほごほっ!」
やばい!誰だか知らないけど汚染耐性ないっぽい。強すぎるだろ土壌汚染!
慌てて駆け出して、地面に膝をついて咳き込んでる子へ魔法を使う。
『法理魔法発動:環境適応Ⅴ』
青色の淡い光が小さな人影を覆うと、呼吸が安定してきた。
「環境に適応できる魔法をかけた。大丈夫か?」
「……はい。ありがとう」
顔を上げてお礼をしたのは女の子だった。お礼をしっかりできるのは良い事だ。
見た目12歳位かな?小学生か中学生かちょっと微妙な感じだ。童顔っぽいし。
病院備え付けの味気ない服みたいのを着ているのが違和感だな。
この見た目だと……どんなポジションだ?
幼い感じで魔王の側近になれそうなポジションだと……ううむ。
ロリババアだったら助言者とか側近なんだろうけど、少なくとも淫魔じゃないのは確かだな。ロリコン専用淫魔とか需要がニッチすぎる。
「……あの、もしかしてあなたは魔法使い?」
少女がおずおずと声をかけてきた。確かに魔法は使えるけど。
「いや、魔法は使えるけど、職業としての魔法使いではない。
俺からも一つ聞いていいかな。意味が判らないなら別に答えなくてもいいけど、君は日本の人?」
髪の毛が銀髪で瞳は緑で、びっくりする位綺麗な子だけど、外国人って感じじゃないんだよな。
「えっ…うん。日本人です。もしかしてあなたも召喚された?」
びっくりする様子だったけど、すぐに理解したようだ。
なかなか頭の回転が早いね、この子。
「ああ、俺も日本人で召喚された口だ。奇遇……じゃないよな」
「偶然とは思えない。多分作為」
だろうなぁ。近くで召喚されて、でもって同じ日本人だしな。
「あなたにお願いがある。ここはあなたの魔法がないと厳しいみたいだし、魔法使いじゃなくても同行してくれると助かる」
「ああ、構わない。こっちも状況がさっぱりわからなくてさ。あの魔法は2時間しか持たないから、同郷の人間を見捨てるのも心苦しい」
「ありがとう。私は召喚された勇者。多分他の勇者の仲間がいる……と思う。一人きりの勇者はあまり聞かないし。あなたが賢者とかなら多分、仲間候補」
「えっ。勇者?」
勇者ってあの勇者?
ちょっと待て。女勇者って言ったら、もっとこう育った美少女だろう。
待って、待ってくれ。俺は凄い期待していたんだぞ。
女勇者を捕らえてエロエロな事をしちゃうのは魔王の特権だろ!?
嫌がる女勇者を手篭めにして少しずつ調教していって、悔しいけどでも………的なイベントは鉄板だろ!?みんなそんなシーン期待してるよね!?
この子にそんな事したら、違う意味で犯罪臭いだろうが!責任者出て来いよ…!
「どうしたの。もしかして本当に賢者だった?」
心の中で血涙を流してる俺に、無垢なこの子の瞳は痛いです。
「…あ、いや。俺、魔王」
あ、思わず素直に答えてしまった。
「え。」
俺の自白に少女が固まった次の瞬間、夜空が光に染まった。
<<人間の死者が10万人を越えました。人間を守りきれなかった勇者の敗北、そして魔王の勝利です>>
<<勇者の生存を確認。魔王の勝利により、勇者は魔王に隷属します>>
「「ええっ!?」」
突然の魔王勝利メッセージに思わずハモった。
プロローグはまだ続きます。