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19話:魔王、憎き太陽に挑む

18話、19話は連続投稿となります。ご注意下さい。



 恒星を背景にして、優美な白い塗装をした鋭いシルエットの船と、灰色をした巨大艦が対峙し、その間には宝石を撒き散らしたかのような、しかし破滅的な威力の万華鏡のような万色の光が飛び交っている―――


「…という表現をしてみたら、少しは格好はつかないか?」


「おにーさん。格好つくだけで現状は変わらないのです」


 突入ポッドを送り込んでから、エネルギープラントの近くで待機していたところ、プラント側からの救難信号でも受けたんだろう、特殊海賊空母が戻って来た。

 当然、戻られると面倒なのでワイバーンで迎撃してみたんだが。


 特殊海賊空母は搭載している火器数こそ多いものの、大半は自衛と対空用。

 間違っても軽巡洋艦用のシールドジェネレーターを搭載してるワイバーンに向けて撃つようなサイズの兵器ではない。

 しかもビームやレーザーと言った、エネルギーさえあれば弾代が安く上がるエネルギー兵器なんだが、これだけ恒星に近寄れる船に熱やエネルギー兵器がそう効くわけもなく。

 まさに弾幕という濃密な火線は火属性と光属性付与をしたシールドに傷すら付けられず。

 特殊海賊空母の主力である艦載機は、こんな極限状況で発進できる訳もなく。

 いや、実際2~3機発進したんだが、恒星の熱でさくっと溶けて爆散した。


 後はシールド出力にものを言わせた体当たり位しか手が無いんだが。

 鈍足の特殊海賊空母で高機動のワイバーンに接近できる訳もなく。

 自棄っぽくエネルギー兵器を撃ちまくっているだけに留まった。


 ワイバーンの方も主砲を何度か撃ってみたんだが、流石戦艦クラスのシールドジェネレーターだ。

 主砲でシールドが削れる速度より、修復される速度の方が俄然がぜん早い。

 主砲の部品が磨耗するのが勿体無いので、固定レーザー砲に切り替えて撃ってるが、まあ…面白いように命中するし綺麗なんだが、特殊海賊空母のシールドが削れる訳もなく。

 こっちも賑やかし以上にはなっていない。


 こうしてワイバーン対特殊海賊空母の戦闘は「一見派手に撃ち合っているものの、お互いにダメージを受けないアトラクション」状態に陥っていた。


『千日手ですなぁ』

 ワイバーンのコメントが的確すぎて何も言えない。


 しかし、魔王としてこんな子供同士の喧嘩みたいな艦隊戦なんて面白くないよな?


「ミーゼ、特殊海賊空母の構造解析は終わったか?」


「98%解析完了しているのです、でも何に使うんですか?使い道が判らないのです」


「試してみたい事があるんだよな。

 リゼル、下部砲塔を動かせ。ターゲットは……あー大量にある推進器のどれか適当な所と、艦載機用の格納庫のどれか適当に狙っておけ。

 リアクター近くだけ避けておけよ」


「はーい、まいますたー。

 ターゲット完了したけど、どーみても防御の奥の更に奥の方なのですよぅ?」


「構わない、射撃準備状態にしたら発射権をこっちに渡してくれ」


「らじゃーなのですよぅ」



 前から不思議に思っていたんだ。

 何故ライムが乗るとクラス5のアクトレスでも、そこらの輸送船を蒸発させる威力が出ているのか。

 いや、実際にはファンタジー的にライムの能力+ビーム砲の威力=蒸発レベルのビームになっているのは判るんだが。


 俺が乗っている上、所有品なワイバーンが今ひとつ普通なのが気になっていたんだ。

 魔王が武器を振るえば、さぞや高い攻撃力になりそうなものだが、主砲の衝撃砲もスペック通りの威力しかない。

 そこで、一つ仮説を立ててみた。



 魔王は勇者に比べて武器の冗長性が低いのでないだろうか?



 良く考えてみて欲しい、普通のRPGでも勇者は色々な武器持ち替えて成長していくが。

 魔王がころころと武器を変化させるようなものは少ないだろう?


 俺は魔法メインの頭脳派の魔王だし、デフォルトの武器は杖とか儀式剣とか指揮棒とかその辺りになりそうなんだ。

 つまり、ワイバーンの主砲とかは「この武器は装備できません」状態なんじゃないだろうか。

 うむ、実にファンタジー的には隙のない理論だと思わないか。


 最近のRPGやファンタジーはそこら辺もっと柔軟になっているらしいんだが、どうにも俺やライムを召喚したシステムはクラシック臭がするんだよな。


 と言う訳で丁度良い機会も出来たので実験しようと思う。


「おにーさん、何をする気です?」

 暇になったのか、また俺の膝の上に乗ってくるミーゼ。

 うむ、愛玩動物枠の使い魔として良い行動だ。

 ……年齢的に甘えたいお年頃なだけかもしれないが。


「まあ、見ていろ。上手く行けば非常識な光景が見えるぞ。

 リゼル、射線上に他のステーションや有人惑星が被らないように注意してくれ」


「非常識な光景はもう十分に見ているのです」


「はーい、まいますたー。

 注意するけど、こんな宇宙空間で他のものに当たる確率なんて、考えるだけばかばかしい位なのですよぅ?」

 それはそうだろう。ま、念のためだ。


「さて、まずは準備だ」

 パチン、と指を鳴らして魔法を発動させる。


『祈祷魔法発動:武器適応Ⅹ』

『概念魔法発動:武器魔力付与Ⅶ』


 『武器適応』は自分に使えないような武器や、初めて持った形状の武器を使えるようにする、初級の補助魔法だ。

 まずこれを自分にかける。

 そして『武器魔力付与』は普通の武器を一時的に魔力で包み込み、魔法の武器化して強化する魔法だ。

 上手く発動した証拠に、ワイバーンの主砲の先に魔法文字っぽい回転する光のリングが、幾つも砲身状に展開した。


 そして、あれは自分の武器だと手に取るような気持ちになってみる。

 具体的に表現すると「武器:[E]ワイバーン主砲」という感じか。


「では発射、と」

 手の中に見える仮想トリガー。

 実体化はしてないが、投影画像で出来た引き金を引く。


 ズヴァ!と連装主砲がワイバーンが作る効果音とは、段違いの大音量と重低音を響かせて主砲から純白の光の束が飛び出す。

 ……あれ、何で発光してるんだ。衝撃砲だよな?

 恐ろしい速度で飛翔する衝撃砲の弾体的なものが特殊海賊空母へと飛んでいって。


 紙くずのようにシールドを切り裂いて、命中箇所から数十メートルに渡って円状に消滅させ、そのまま船体を貫通して反対側へと飛び去っていった。


「「「「…………ええー」」」」

 ブリッジに詰めていた俺以外のブリッジ要員が脱力したような声を出す。


 ライムのステータスに勇者補正で、戦闘機が蒸発するのだから。

 俺のステータスに魔王補正なら威力もっと出るんじゃないかなーとか思っていたんだが。

 命中した場所消滅してるなぁ…威力が高すぎるのか、綺麗に貫通してしまっている。


 一拍の後にドガシャァンとガラスみたいな破砕音を立てて、特殊海賊空母の被弾箇所が大爆発を起こす。

 シールドが消失した影響で、撃ち続けていたワイバーンの固定レーザーが着弾し、特殊改造空母の表面あちこちで小爆発も起こしてる。

 あ、ブリッジ的な所にも着弾して爆発してる

 シールド前提の船は、シールド壊れると脆いもんだな……


「リゼル、攻撃停止、ついでに降伏勧告」


「はーい、まいますたー。

 固定レーザー砲稼動停止、降伏勧告を……ううん。

 えーと『うちのご主人様は怖い人だから、これ以上抵抗しない方がいいのです、マジお奨めなのですぅ』…と」


「待てリゼル、降伏勧告するにしても、もう少し言い方というものがあるだろう?」

 なんだその降伏勧告は、美しくないとかそれ以前の問題だ。


「え?でもすぐ返事きましたよ。

 えーと『親方も戦死したし降伏します、マジ勘弁して下さい』って内容ですよぅ?」

 はぁー……と深い溜息しかでない。

 未来世界の連中は情緒や浪漫の文化を衰退させてしまったんだろうか。


「ミーゼ、リゼルの躾…教育をしっかりと頼む。アルテ、降伏受諾しておいてくれ」


「リゼルねーさんのこれを矯正するのはとても難しいのです」


「いえすさー。降伏を受諾、緊急消火及び応急修理・人命救助行為のみ許可、その他コントロール権はワイバーンに委譲されたであります」


「艦載機を完全ロック、発進用ハッチも全閉鎖。

 ビーコンに降伏信号混ぜて、先に『ヴァルナ』ステーションへ向けて移動させておけ」


「あいさー、艦載機メインシステムロック、艦載機発進用ハッチ全隔壁閉鎖、ビーコンに降伏信号を混合、自動航行装置オンライン、ヴァルナステーション近辺へ移動開始したであります」



 こうして特殊海賊空母は「まおうのこうげき」一発で大破、拿捕されたのだった。



 いやな、俺も主砲でシールド削りあったり、ジェネレーターに細工したり、分厚いシールドを何とかするのに、敵のメインフレームにハッキングしかけるとか色々考えて居たんだよ?

 ハラハラドキドキするSF艦戦闘を期待していたヤツがいたら、正直すまない。

 まさか一撃で沈むとはな……



 俺達の預かり知らぬ所ではあるが、この日『船の墓場星系』の更に辺境で、アドラム帝国の軍の一部急進派が、色々な条約を無視して極秘裏に建造していた、惑星規模・無人超大型機動要塞『双頭鷲の城』が謎の発光体に貫通され、超巨大なリアクターを誘爆させて崩壊したという。

 悪い事は出来ないものだな。



―――



 そろそろ太陽熱型エネルギープラントでの戦闘が終了しただろうと、ライムを迎えに行ったのだが、近づくと通信が入った。


『イグサ!…ようやく繋がった、大体制圧は終わったけど、しくじった。助けて!』

 初めてみる、泣きそうな程に緊迫したライムの表情。


「何があった?落ち着いて話せ」

 その表情に心が冷えていく。緊張感を持とうとするほど冷静になってしまう悪い癖だ。


『これを追って!』

 ライムから送られてきたのは簡略化された航路情報。

 その移動経路はエネルギープラントから、一直線に恒星へ向けて進んでいる。


「ワイバーン全速度リミッター解除、推進器全力運転準備だ。

 アルテ、艦長命令。この座標へ向けて艦首回頭、その後全力加速」


『ほいな、老骨に鞭うちます』

「いえすさー、であります!」


「追跡に移った。ライム、事情を説明してくれないか」

 まだ膝の上にいたミーゼが席に戻りそこねて、俺の足の間に入り込んだまま加速に潰され。むぎゅう…と不思議な声を出している。


「プラントはほぼ制圧した。今は海賊のボスがいた最後のブロックを攻略中。

 海賊ボスは誘拐してきた人を専用ポートにあった小型輸送船に乗せて、太陽に向けて撃ち出した。

 ”あいつらも道連れだ”って自棄になって」


「三下らしいやり口だな。その小型輸送船のデーターを送ってくれ」


『うん、私も油断してた、慢心してた。

 だけど、私の為に助けたい人達の命を犠牲にしたくない。

 だから、イグサ。助けてください、お願いします』

 モニターにすがりつくように喋るライム。その口調には僅かばかりの泣き声が混じっていた。

 油断していたのは、三下の自棄っぷりの見積りの甘さだな。

 美学がない悪が追い詰められたら何をするか、まだ経験が足りていないんだろう。


「殊勝なライムを見るのも一興だが、どうにも座りが悪いな。

 お前はいつも通りの方が安心する………任せろ」

 途中から船内放送に切り替えておいたのを確認し、本格的に泣き出したライムとの通信を切る。


「さあ、社員達。今の会話を聞いていたな?

 追加の仕事は御伽噺にあるような無垢な少女のお願いだ。

 俺は悪役だが、お前達はヒーローやヒロインになるチャンスがやってきたぞ。

 ちょいとばかり命懸けだが、やってやろうじゃないか。なぁ?」

 船内からは気合と歓声が上がる、ノリの良い奴等だ。

 それでこそ魔王軍の配下には相応しい。

 艦内放送を切り、ブリッジが受け取る状況をどの端末でも閲覧出来るように設定しておく。


「リゼル、目標の小型輸送船のデーターを出してくれ」


「特殊環境用の連絡用輸送船、恒星付近での活動を前提に作られているけど、ステーション間の移動や、補修工事の足用でそんな頑丈なものじゃないのですよぅ。

 ステーションよりも、もっと船外温度の上がる恒星環境だとすぐにシールドが消失して壊れるのです」


「航路計算完了しました。直線ではありませんが、恒星表面への落下コースであります」


「小型輸送船が崩壊するまでの予想時間を表示、ワイバーンが追いついて上部艦載機用ベイに固定できる時間も同時に表示してくれ」


「はーい、まいますたー。崩壊予想時間と、到着及び作業予想時間を表示するのです」

 一枚の投影モニターに表示されたのは『【-3:30】崩壊6:20 到着時間9:30』

 このペースでは明らかに間に合わないな。


「ワイバーン、主砲、副砲を装甲内へ収納。

 動力を落とせ、余った分をイナーシャルキャンセラーに回して全力稼動させろ。

 推進器全リミッター解除」


『了解ですわ。主砲、副砲からエネルギーバイパス、イナーシャルキャンセラー過稼動運転開始、推進器リミッターオールリリース

 ……魔王様、これ終わったらイナーシャルキャンセラーの新品交換頼みますわ』


「中古かジャンク品でなら検討しようじゃないか」


「い、イグサ様。加速度表示が振り切れているであります!」


「アルテ、任せたぞ。この加速度と速度は下手をすれば船体が千切れる」


「いっ、いえっさー!不肖アルテ、全力で努力するであります!」

 びしぃ!と敬礼をするアルテだが、若干涙目だ。

 まっすぐ加速しているだけなのに、アダマンタイト結晶にした竜骨や外殻がきしむ音がする。

 この時代の船としてはおかしい速度なんだろう。


 他のブリッジ要員が機関部で働いている船員に泣きつかれているが……どちらも頑張れとしか言い様がない。

 モニターに表示された残り時間に目をやると『【00:35】崩壊3:50 到着時間3:05』


 速度が劇的に上昇したはずなのに、崩壊時間が短くなってないか?


「イグサ様、恒星表面の活動が活発化、船外温度が上昇してるのですよぅ!」

 タイミング悪いな!

 既に周囲は考えたくない温度になっている。


「ツヴァイ、冷却ジェル入りのポッドと応急処置キットを持って救助隊を編成しろ。

 人選は任せるが命懸けの仕事だ、しっかり選べよ!」


「はっ。ご信頼に答えるであります!」

 アルテの部下の中で、サブリーダー的なツヴァイに任せる。

 崩壊前に到着できたとしても、小型輸送船の船内は酷い温度になっているだろう。

 ツヴァイはブリッジの手伝いをしていたメイド隊から3人、船員から18人を選んで救助隊を編成したようだ。


「イグサ様、目標輸送船に到着、逆噴射かけながら接近するであります」

 アルテの悲鳴に近い掛け声。

 時計を見ると『【00:42】崩壊0:42 到着時間0:00』


「ワイバーン、上部ドッキングベイ使って強制連結、多少無理やりでも構わない。

 繋がったらすぐにシールドに巻き込め!」


『はいな!上部甲板ドッキングベイ、強制連結開始。

 アンカーワイヤー射出、強制固定。

 シールド波長…ええい、シールド出力で押し込んで巻き込みます。

 ちょいと向こうさんのシールドジェネーターがすっ飛ぶけれど、

 どうせもう半分オシャカでっしゃろ!』

 ガコン、と船内に響く音がして、ワイバーンの半分より小さい位の輸送船が上部甲板に無理やり固定される。


「アルテ、離脱軌道に入れ!」

 くそう、時間に余裕がなさすぎて浪漫に浸ってる暇がない!


「あいさー!反転では輸送船の人間が圧死します、方向切り替えして恒星表面をフライパスコースへ、イグサ様、この艦は恒星表面こすっても大丈夫でありますか!」


「何とかする、軌道は任せた!

 ワイバーン、艦体姿勢制御、上部甲板を恒星の反対側に向けろ!」


『はいな、姿勢制御ノズル調整、下部甲板を恒星方面へ向けます!』


「シールド強度低下中、現在64%、まだまだ減っていくのですよぅ!」

 恒星表面に対応できそうな魔法を知力ステータスに任せて高速検索して行く。


『結界魔法発動:運動反射結界Ⅹ』

『法理魔法発動:継続冷却Ⅸ/抑制:10度以上』


 艦体を包むように角ばった結界が発動し、艦体内部へ冷却魔法が噴出して随分とマシになる。

 外部表示モニターに映る外の画像は、下の方が全面恒星表面で埋まり、表面活動が肉眼で見える距離だ。

 表面活動まで見えるレベルなのは、壮大で大迫力だな……いや、スケールが大きすぎて実感が薄いせいか恐怖も感じない。


「前方恒星表面に活動反応、小規模フレアですぅ!?」


「回避不能、突破するしかないであります!」

 外の光景オレンジ色に染まり、モニターがいくつか黒くなる。


 ううん。違和感があるんだよな、俺は勇者でも新進気鋭の艦長でもなく魔王だろ?

 何かこう、似合わない事をしているというか…

 雨の日に猫が長靴履いて傘差して歩いてるのを見ているような違和感というか。


「装甲板8%融解、シールド13%にダウン、復帰するのに時間かかりますよぅ!?」

 ブリッジが暗くなって非常灯のようなものに切り替わる。

 危険な時ほど明るくした方が良いと思うのは俺だけだろうか?


「ベクトル修正完了、離脱コースに入るであります!」


「緊急動力をシールドジェネレーターに移行であります!」


「機関室からはもう悲鳴と機関長の怒鳴り声しか聞こえないであります!」



 さて、落ち着いている場合でもないんだが。

 違和感の原因がやっと判った。

 色々魔法は使っているが、SF世界の流儀に乗っ取りすぎていたんだよな。

 さっきみたいに「まおうのこうげき」で船を沈めるようなのが。

 俺やライムみたいなファンタジーの存在だろう?



「おにーさん、何をしているのです?」

 まだ膝の上に座っているミーゼが不思議そうに見てくる。

 神経の太い子かと思いきや、足がぶるぶると震えている…ああ、動けないのか。


「なに、魔王らしい魔法でも一つ使おうと思ってな」


「今度はどんな御伽噺おとぎばなしが見れるのです?」

 その虚勢一杯の強がり方が愛らしい。

 やはりミーゼを愛玩動物枠で入手しておいて大正解だな。


「まぁ、見ていろ」

 にやり、と魔王っぽい笑みをミーゼに送る。

 他の連中は手一杯でこちらを見る余裕も無さそうだ。

 なら、唯一の観客に精一杯魅せようじゃないか。


『我は魔王なり、魔王イグサの名において世界八天の理に干渉す』

 これから使う魔法は本来、長い年月と施設を使って使う魔法だ。

 それを即興で使おうとするなら、詠唱位はしないといけない。


『我は世界の理に干渉するもの、世界の理の破壊者なり』

 口が紡ぐ言葉は詠唱言語という謎言語。

 習得は困難を極めるが、聞く者には意味も内容も理解できる不思議なものだ。


『魔王の座が命により世界の至天よ、闇に閉ざされよ!』

 周囲に魔法陣が展開し、室内が青白い魔法の光に満ちていく。

 ブリッジ要員も何人が気が付くが、自分の仕事から目を離せないようだ。



『魔王魔法発動:世界覆う闇の至天Ⅷ』



 心の中からごりっ、と何かが削られる喪失感。

 ここまでの魔力消費はライムの首輪に抑制命令を書き足した時以来だ。



「更に恒星表面に小規模反応、もう駄目かもしれませんよぅぅぅぅ!」

 リゼルの悲鳴がブリッジに響く中、モニターに満ちていた恒星の輝きがふっと消える。


「恒星反応……消えました、船外温度急速低下中であります」

 わけがわからないと戸惑い声のメイド部下。


「恒星に…何か黒い膜のようなものが出来ているであります。

 熱と光、あれが遮っているの、嘘でしょ……」

 地が半分出ているメイド部下その2。

 まあメイド隊の全員とも、地があります口調とか普通は無いよな。


「さて、早く離脱しろ。この状況は長く持たないぞ」


「あいさー。急速離脱、加速率一定であります!」

 声をかけられ、弾かれたように動き出すアルテ。


 ワイバーンが恒星の重力圏を離脱し、エネルギープラント近くまで戻ってきたところで、パリィン、と甲高い破砕音が宇宙だというのに全員の耳に届く。

 音をした方を見れば、そこには元通り活動をしている恒星の姿があった。


「凄い……本当に魔法なのです」

 俺にしがみついたまま呆然としているミーゼ。




 皆がオーバーリアクションしてくれたので、言い出せないんだが。超気まずい。




 いや、ね。そこまで凄い魔法じゃないんだよ?

 魔王しか使えない『魔王魔法』の系統なんだけどさ。

 確かに世界に関わる魔法なんだけどさ!


 これはあれだぞ?

 「わははははは、世界を闇に閉ざしてくれるわぁぁぁ」とか言う魔王が使う魔法でさ。

 幾多の儀式と多くの生贄を使って、一つの星を確かに闇に閉ざすって言うか。

 太陽の影響をなくする魔法なんだけどさ。


 ………だって、それだけなんだよ?


 いや農家の人は深刻だと思うよ、真っ暗になって作物も育ち悪くなるし。

 暗くなるから夜行性の動物や魔物も活発になるけどさ。

 だから何だって話なんだよな。


 ……ねぇ?


 この魔法を開発した魔王にいってやりたい。

 何でもっと地味な詠唱にできなかったのかと。

 なんでこう、益体もない魔法なのに名称だけやたら格好良いんだよと。



 恒星表面にいた時に気がついたんだ。

 今この太陽の影響をシャットアウトする「世界を闇に包む魔法」を使えば、もしかして安全になるんじゃないかってさ。

 成功した時はかなり得意げな気持ちになったんだけどな。

 皆のオーバーリアクションっぷりに段々申し訳ない気持ちになってきてさ。

 そのオーバーリアクションは、俺が凄い悪を成した時にとっておいて欲しいな……



 ワイバーンの船内が活気に沸く中、居たたまれない気持ちに溺れそうになっていた俺を乗せて、ワイバーンはリビングアーマー達が勢揃いして出迎える、エネルギープラントのドックへ入っていくのだった。




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