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15話:魔王、部下を招集する



 『船の墓場星系』にある、リゼルの故郷でもある大型工業ステーション『ヴァルナ』に到着した俺達は、求人をする前にステーションの中を見て回る事にした。

 どんな種族の宇宙人がいるかわからないし、ステーション内の雰囲気を見てみたかったのだ。


 『ヴァルナ』は『船の墓場星系』が、まだ『栄光なる帝国造船港星系』と呼ばれていた頃からある、歴史ある大型工業ステーションという話だ。

 昔は造船関係の部品を作る工場が立ち並んでいたらしいが、今は見る影も無く。

 第一印象を率直に言うと「巨大な廃墟の合間に下町と、町工場が立ち並ぶ活気のある街」だな。

 何でも数十年前までは、ステーション全体が廃墟とスラムで埋まっていたという。

 今は裕福な者こそ少ないものの、船のスクラップやジャンク品を扱う、町工場のような小さな再生工場と、近隣の資源採掘、農業、食料生産等の小型生産ステーションで働く労働者達の家が下町を形成しているという。


 人種的にはアドラム人ばかりなんだろう。

 地球人と動物耳の生えた種族が3:7位の割合で、いかにも異星人という姿のヤツはほぼ見かけない。


 リゼルの案内で街中を歩き、道端の露店で売っている怪しげな串焼きとかを食べながら街の様子を見ていたが、このステーションでまとまった数の人員を雇うと決めていた。


 このステーションには、かつての栄光はないかもしれない。

 整然とした規律や秩序はない。むしろ混沌としている。

 しかし、この街には雑然とした活気があり、人々は生命力に満ちている。

 …無粋かもしれないが、鑑定魔法で通行人のステータスを確認したから間違いない。

 街には善も悪も混在し。そこに暮らす者達は大人も子供も、善悪どちらもエネルギー源にしてやると言わんばかりに貪欲に前向きだ。


 話に聞いた事しかないが高度成長期の昭和の日本もこんな空気だったんじゃないか?



 素晴らしい。手放しでこのステーションの人々を褒めようじゃないか。



 確かに今まで出会ってきた商人達の方が成功はするだろう。

 先の事をじっくりと見据え、リスクを下げてICカネを増やそうとする姿勢、商人としては大切な姿勢だろう。それを否定する気はない。


 このステーションの人々は逆だ、未来の事をろくに考えてもいない。

 ただひたすらに刹那的な希望の為に頑張って、今日よりも良い明日を迎えようとする。

 親の為、子の為、兄妹親類の為にひたすら愚直に生きる。

 まとまったIC(カネを手に入れたら、歓楽街や商店街で己の欲望を満たす為に使っていたと思ったら、次の日には生活に困った老人を助ける為に使っていたりする。


 善も悪もない、どこまでも自分に素直に、心から湧き上がる欲求に従って生きている。

 俺はそんな生き方をする者達が大好きだ。


 正直な所、俺の中にある魔王らしい部分が「この人達の絶望はすっごくおいしそう」とうずきまくって困る。

 俺が絶望を撒いて悦に入るタイプの魔王だったら一発で魅了されていただろう。

 ……魔王とは実は人間達が大好きな連中なんじゃないだろうか。



「ライム、この街はどう思う?」


「雑然としているけど、活気があって良い。好感が持てる」


「そうか。予定では船を運航するのに最低限の人員を確保する予定だったが、気が変わった。

 すぐに働けるヤツだけじゃなく、若い連中を指導できるやつも、技術も経験もないがやる気のある若いやつも含めて、まとまった数を雇おうと思う。

 ライム、リゼル、ワイバーン。意見を聞かせてくれ」


「ん。私も賛成。上手くやれそう」


「私はここの出身だから、働き口ができるのは大賛成なのですよぅ」


『ワシも賛成ですわ。即戦力としてはちぃーとキツいかもしれません。

 ですが、こういう連中は骨があって船乗り向きです』

 携帯端末越しに会話に混ざっていたワイバーンも賛成のようだ。


「よし、では配下……社員か。募集をかけるぞ」

 携帯端末を操作して、ステーション内の情報ネットを通じて求人広告を依頼する。

 ネット広告と新聞広告を混ぜて発展させたようなものか。

 本社兼旗艦がワイバーンなので丸まった飛竜のロゴで注文して…と。


『新鋭、民間軍事企業DLA社員募集中。

 宇宙を駆け、人々の為に戦い、稼ぐ。

 たくましい心を持った正社員を募集しています。


 帝国企業局・企業評価ランク18


 待遇:日給15IC+歩合査定  食事、宿舎支給

    長期就業が出来る方を優先します

 募集人員:船舶戦闘・補修船員40名

      一般雑用・非定期戦闘員30名

      指導教導員8名           』


 すぐに「このデザインと文章でいいですか?」というのが帰ってきた。仕事が早いな。


 ほぼ80名近い募集だが、ワイバーンの船体なら収容は余裕どころか少ないレベルだ。

 宇宙艦や襲ってくる海賊に定時とか営業時間の概念はないので、ローテーション回す必要もあるだろうしな。


 今まで俺やワイバーンが頑張っ………て。

 あれ、何で魔王の俺が凄い頑張って働いているんだよ。

 深く考えるな俺……人員募集はしっかり行おう、そして過去は忘れよう。


 それに未経験者でも採用する予定なので多めに採用しておかないと無理が来る。


 通貨感覚は、アドラム帝国中央星系…日本で例えるなら東京の都心部だろうか。

 水の一杯にも値段が付く物価の高い所で1[IC]=1[$(ドル)]位だと言う。

 1IC以下のものは地方情報通貨でやり取りするするらしい。


 日給15$って安すぎないか?と思うかもしれないが、未経験者でも雇用するつもりだし、この際多少若かったり、歳いっていても雇うつもりだ。


 しかも食事も寝床も保障というのは大きい。

 「この地方ステーションは中央に比べて、ずっと物価が安いし戦闘艦の人員としても不満が出ない範囲です。多少ブラック臭はしますけど」というのが情報ネットでロゴや募集文章のデザインをしてくれた兎耳娘のコメントだ。

 地元民の意見だけに信用できるだろう。


 後、魔王軍だから多少ブラックな位で丁度良い。

 ホワイトカラーな魔王軍とか違和感しかないよな?



 実はファンタジーな連中の雇用計画もひっそり進めていたんだ。

 白兵戦要員としてこの前作ったリビングアーマー達は、作成すれば給料を要求しないし食事もいらないし寝床も不要と、実にコストパフォーマンスの良いやつらなんだが。

 それ以外は今ひとつよろしくなかった。


 魔王の配下になりそうな大悪魔とか魔獣王とか召喚して、どの位の契約で働いてくれるか交渉してみたんだが。

 あいつら実に報酬にうるさいし要求がべらぼうに高い。

 知能や戦闘力が高いやつほど、天井知らずに要求が上がって行く。


 魔獣王には大陸一つよこせとか言われた。

 お前ら宇宙船で働くのに星に定住してどうするんだよ!と言ったら、魔獣ってのは定住するもんだ、宇宙船とか知らん!とか逆切れされたぞ。


 悪魔達、特に人間の憎悪や恐怖とか負の感情を糧にしてくれるやつらには、かなり期待していたんだが。

 あいつら負の感情を飽食しすぎて、全員メタボってやがった。

 そうだよな、SF世界みたいに人増えまくれば負の感情なんて食い放題だよな。

 負の感情をやるから働かないか?と言ったら「や、医者に止められてますんで普通に銭下さい」とか、すげぇ高い賃金要求された。

 なら普通に人雇うぞ。断然安いしな!

 やつら悪魔らしく光属性のエネルギー兵器に弱いらしいし。

 SF世界じゃエネルギー兵器なんてありふれてるんだよ、弱点ばかりでどうするんだよ。


 なんだろうな、魔王が実益求めた部下求めると、村人的な人間雇うのが一番安くあがるし普通に働いて貰えそうとか。

 それって正直どうなのかと問い詰めたい。問い詰める先は無いんだけどな……



 という涙無くしては語れない思い出を封印しつつ、とりあえず3日位を目処に人員募集にGOサインを出した。

 このステーションの連中は働き口にとても貪欲で、新聞の三行広告みたいな募集にすらチェックに余念が無いというから、まずは様子見だな。


 直接顔を出しての人員募集の依頼も終わり、情報ネットの窓口オフィスから出て街の散策でも続けるかと話していた俺達だったが、窓口オフィスの前にステーション内用のトランスポーターが待っていた。

 現代地球で言う所の乗用車的なものなんだが、妙に高級感溢れたトランスポーターの横にはこの時代でも生き残っていたのかと感心する、いかにも執事!という服装に見た目の老年の地球人が立っていた。


「セバスチャンって名前に串焼き一本賭ける」

 ライムの気持ちは良く判る。その位、老執事の理想系を固めたようなヤツだ。


「あっ、ジークフリードじゃないですか。久しぶりなのですよぅ」

 うん、リゼルの知り合いだったか。しかしセバスチャンじゃないのは残念だな。


「……(しょぼん)」

 ライムも実に残念そうだ。


「旦那様のご命令によりお迎えに上がりました、リゼルお嬢様とお嬢様の友人の方々」

 びしぃ!と深々とお辞儀をする、執事のジーク。うん、お嬢様?


「「………」」

 空気を読んで口にはしないが、俺とライムの視線はリゼルに刺さっていた。

 きっと思っている事は一緒だっただろう。


 お嬢様?またまたご冗談を。


 いろんな角度からツッコミ倒したいんだが、リゼルの久々の帰郷でもあるし、

 当然のように案内されるリゼルに俺とライムは黙って付いていった。


 振動一つない、妙に車内の空間が広いトランスポーターで移動する事十数分。

 ステーション中心街に近い、木々が生い茂る(ここってステーションの中だよな?)広い敷地を持つ豪邸へと案内されて行ったのだった。



―――



 たまに、極稀にではあるが。

 腕力やら魔力やら財力やら「強さ」というものが色々ある中で。

 天然という、ただの性格でしかないものが、飛びぬけて強く感じる事はないだろうか?


 本人に悪意もない癖に、その場の空気を凍結させたり粉砕するような。

 策謀の天才が10年かけて仕込んだ策略を、勘や何となくで破ってしまうような。


 何があったかというとだ。


 かなり広い豪奢な室内。

 内部スペースが限られる宇宙ステーションにおいては、広い室内を所持できるということ自体がステータスだそうだが。


 その室内の調度品も成金趣味とは違い、時代を感じさせる、持ち主が生来の資産家であり、資産を持っている事に胡坐をかかずに、努力し続けてきた事を感じさせる落ち着いた室内。


 室内の中央には詰めれば6人位座れそうな、一対のアンティークのソファー。

 未来世界にからすれば、現代地球のソファーはアンティークの範囲内なのだろう。

 妙にしっくりくる、値段は高そうなんだが見慣れたデザインのソファーが並ぶ室内で。


 狐耳のよう…少女、猫耳の少年、大人の猫耳女性が並んでソファーに座り。


 反対側のソファーにライム、俺、リゼルの順番で座っていた。


 猫耳の少年―――12歳程度にしか見えないが、リゼルの父だという。

 リゼルの種族にとって、女性は15から30代位までは普通に老けるそうだが。

 男性は12歳~15歳で老化が止まるそうだ。


 別に驚く事じゃない。

 元々リゼルのような種族は移民してきた地球人類が作った種族だという。

 猫耳のオヤジとか誰得だよ!と少年で老化が止まるようにデザインしても、なんら不思議ではない。

 俺もそれには同意する。

 もし脂でてかった中年オヤジに愛らしい猫耳がついていたら、直視するのも辛い事だろう?

 愛想笑いして、粘り気ありそうな汗をハンカチで拭いてる中年オヤジの頭の上でだ、猫耳がぴこぴこと愛らしく動いているとか想像するだけでキツい。

 一部の人は「獣耳のオヤジだっていいじゃない!」と激しく主張するかもしれないが、まあ大多数の人は「や、見た目少年の方が良いよ」と納得してくれるだろう。

 未来技術なら外見の調整も出来るだろうし、マイノリティにも優しい世界だな。


 齢40を過ぎているというリゼルの父、声色も少年そのものだが、穏やかな口調には落ち着いた大人の風格を感じさせる。

 …最初はそう思っていたんだけどな。

 次の瞬間には幻想が粉々に砕けてしまった。砕けるの早すぎる。


「ねぇ、リゼルちゃん。そろそろ紹介してくれないかな?

 そちらの地球人テランの少女と―――男はどちらの方だろうか」

 態度で最初から半ば判っていたんだが、十分に育っている自分の子供をちゃん付けで呼んでる時点で「あ、子供離れ出来てない親馬鹿だな」とイヤでも判る。

 父親的な気持ちは判らないでもないが、初対面で男呼ばわりはどうかと思うぞ。


 普通だったら親しい少女の両親とご対面なんてイベントに遭遇したら、男としては冷や汗を流しながらカッチコチに固まるものだろうが。


 まぁ、魔王な時点で普通な訳ないよな?

 そんなのは俺のキャラじゃないしさ。


 という訳で、余裕綽々(しゃくしゃく)に足を組み、不適な笑みを浮かべ。

 ついでに両側に座っているリゼルとライムの肩に手を回して、親しみをアピールしてみた。

 実に魔王らしい態度だと褒めてくれて構わないぞ?


 この時点で既にリゼル父は「!?」とか「ビキッ」とか効果音が出そうな位、顔を強張らせて額には青筋が立っていたんだが。


「女の人はライムさん、一緒に旅してきたお友達です」

 どうも、という風にライムが小さく頭を下げて。


「男の人の方はイグサさん……えっと、私の飼い主でご主人様ですよぅ」

 リゼルは悪意の一欠片もなく、恥ずかしげに言い放った。

 使い魔的には合格点をやれる受け答えだ。


 いや、天然とは強いなと、しみじみ思う。


 笑顔を崩さなかったリゼル父は震える手で持っていた、もう震えすぎてお茶がこぼれて空になっていたカップを、音も立てずに優雅にソーサーに置いた。

 なかなか凄まじい精神力だな。大人物かもしれない。


「り、りりりリゼルちゃん、飼い主とかご主人様ってどういう意味かな、かな?

 パパは良く分からないから、お、おお教えて貰えない、かなっ?」

 青くなったり赤くなってりしていたリゼル父の顔色は、既に土気色に近い。


「え、ど…どういう意味って、こんな所で説明出来ないですよぅ」

 恥じらいと照れ4:6位で可愛らしく赤面して顔を伏せるリゼル。



 マジで天然って凄いと思う。



「そうかい…ちょっと待ってくれないかな」

 憑き物が落ちたように、爽やかな笑みを浮かべるリゼル父は、立ち上がり壁に飾ってあったレーザーブレードの発振器的なものを手に取って、スイッチを入れた。

 ブン、と高周音と共に光のブレードが伸びて。


「待っててね。今害虫を退治するからね」

 爽やかな、そして目の奥には狂気の炎が宿った瞳で、レーザーブレードを俺に向かって振り下ろしてきた。


 次の瞬間にはパシィ!と破裂音がして、立ち上がったライムが聖剣でレーザーブレードの刃を受け止めていた。

 聖剣凄いな。実体ないはずのレーザーブレードを受け止めるとか。


「何をするつもり?イグサを殺そうとするなら私が相手になる」

 大変心強い事を言ってくれるライムだが。


 リゼルは両親の前でご主人様発言してしまうし、実力行使は隣にいたよう…幼い美少女のライムに止めさせるし。



 あれ?冷静かつ客観的に判断すると。

 この構図、俺はかなりグレードの高い人間のクズに見えるんじゃないだろうか?



 ―――まあいいか、魔王だし。



 結局「お嬢さんどいてくれ、そいつを殺せない!」とか叫んでいたリゼル父は、リゼル母の手刀ならぬ、スタンバトン(電磁警棒)を首筋に食らって意識を失った。

 ハンカチでも取り出すように、ナチュラルにスタンバトンを持ち出すとか……

 リゼル母、なかなかやるな。


「折角お越しの所申し訳ありませんが、主人は体調が悪いようです。

 躾……主人の体調を戻しておきますので、また後日お会いして頂けるでしょうか?」

 ぐったりと脱力したリゼル父を肩に担ぎ、上品に言い放つリゼル母。

 体格差あるのは分かるんだが、それにしても軽々と担いだな。


「判った、今日の所は急な訪問だったからな。

 また後日改めてお伺いしよう」

 自分達から自主的に来る気はさらさら無いが。


「ありがとうございます。

 娘もなかなか帰郷しないもので、元気な顔が見られるだけでも嬉しいものです」


「ちょっと、ママ。前は仕事選びで少し失敗しただけなのです。

 人を飛び出して行ったら戻ってこないお転婆みたいに言わないで欲しいのですよぅ!」

 なんだ、リゼル。自分の事を良く判っているじゃないか。


 そしてこの家族達のリゼル父へのスルー度が半端無い。

 スタンバトンの出力が高かったのか、ちょっと焦げ臭いんだが……


 こうして、リゼルの家を後にした俺達だが。

 何か悪い事をしたか?

 狐耳の幼い少女は静かにずっと俺をにらんでいたな。



―――



 かなりの豪邸だったリゼルの実家を後にして、俺達はワイバーンを停泊してあるステーション外周部ドッグ近くの商業街へ戻って来ていた。


 帰り道事情を聞いてみると、リゼルの実家はこのステーションでも有数の顔役で、あの親馬鹿なリゼル父は、ステーション経済を再建した立役者の一人でもあるという。

 すでに実益のない名誉称号ではあるものの、アドラム帝国貴族ですらあるらしい。

 人は見かけによらないものだ。

 いや、娘が関わると駄目になるタイプか?

 リゼルも本来ならお嬢様ではあるんだが、子供の頃からメカ類と機械弄りが好きで、あちこちのスクラップ屋やジャンクシップヤードを飛び歩いて、お嬢様家業を投げ捨てたお転婆だったそうだ。


「私はお嬢様とか言われてるよりも、シップヤードの親方と機械弄りしている方が好きなのですよぅ」

 リゼルらしいな。ま、お嬢様っていっても、このステーション内限定みたいなものだ。

 今更態度を変える必要も無いだろう。


 ライムとリゼルは商業街の入り口で一度別れた。

 色々と買い足したい小物があるそうだ。

 あいつらも一応女の子らしい所もあるんだろう。

 買い物に付き合ったら悲惨な事になるのが透けて見えていたので、俺は1人別行動だ。


 好奇心を引かれる屋台的な店が色々並んでいるので、適当に買い食いしながら散策していたんだが、唐突に後ろからくいくいと、コートの後ろを引っ張られた。

 振り向いてみると、狐耳の幼い美少女…ライムよりも幼く見える子が、コートの裾を掴んだまま俺の方を見ていた。

 こげ茶色の髪の毛の間から狐耳がピンと尖って出ていて、髪を後ろでポニーテイル……狐耳だからフォックステイルか?まあ、そんな感じにまとめている。


 見た目の幼さで騙されそうになるが、瞳にはしっかりと意志の光が宿り、頭も良さそうだ。

 継続発動させていた鑑定魔法で見えたステータスも、知力が飛びぬけて高かったから間違いないだろう。

 知力と相反して意志力が妙に低かったのも気になったが。


「どうした?俺に何か用事か」

 紳士的に対応してみた。魔王といえども幼子を泣かすのは美しくないからな。


「そうです、おにーさんに用事があるのです」

 こくこくっと頷く狐耳娘。

 小動物的な動きが愛らしいな。愛玩用に一匹位捕獲できないものか。

 悪の美学的にはワイングラスの他に、膝の上に愛玩動物が必須だしな。

 いかん、また思考がずれた。


「そうか………何の用だ?」

 正直心当たりが…いや、どこかで見た顔だな。


「リゼルねーさんを解放して欲しいのです。

 あのリゼルねーさんがご主人様とか言うのは変なのです。

 だから、おにーさんが弱みとか握っていると思うのです」

 ああ、リゼル父の横に座っていた子か。

 リゼル父とリゼル母のインパクトが強すぎて忘れていた。

 リゼルねーさん?妹だろうか。それにしては耳が違うしな。


「解放と言ってもな、弱みなんて握ってないぞ?」

 使い魔として魂は握っているが。


「そ…そんなはずはないのです。

 あのド天然なリゼルねーさんが、知り合って間もない人をご主人様とか呼ぶのは、弱みでも握られて無いとありえないのです」

 酷い言い草だ。リゼルの事を正しく理解しているようだが。


 ううむ。本当に魂以外は握ってないんだが、どうしたものか。

 話していて楽しい子だし、少し遊んでみるか。


「そうか。では、俺がリゼルの弱みを握って言う事を聞かせていたとしよう。

 そんな人間が言われたからと言って、素直に解放すると思っているのか?」

 くくく、と悪い顔で笑う。

 ああ…俺、久々にファンタジーな魔王みたいな事してる……!


「いいえ。思っていないのです」

 ほう?急に距離を取って……ミラーシェイド的なものをつけた黒服の兄さん達が、人混みの中から接近してくる。

 護衛だろう、目の前の狐耳娘の横に体格いいのが2人。

 俺を包囲するように接近してくるのが合計8人の10人……いや。

 他に被害が広がらないように誘導しているのが更に8人いる。

 それぞれ手にはスタンバトン……じゃないな。

 何か白熱してるし、明らかに殺す気装備なんじゃないか、アレ。



「思ってないので、おにーさんを排除して、ついでに闇に葬らせて貰うのです」



 お約束的に「リゼルねーさんを賭けて勝負なのです!」とか言い出すかと思ったが。

 やるな、この狐耳娘。最初から実力行使な上に闇に葬ること前提とか。

 お前にはリゼルより悪の才能があるぞ!

 悪の幹部教育を施したくなるじゃないか。


 知性的に腹黒い狐耳娘を内心で褒めながら。

 この後どうしてくれようか考えていた。

 勇者様の鎧ほど目立たないが、今着ているコート的なものや衣服は、由緒正しい魔王の衣らしい。

 ライムの鎧と同じく、汚染惑星に居た頃に死者数ボーナスで貰ったものだ。

 魔法防御とか色々あるらしいんだが、それ以上に着心地も良いし。

 洗濯も簡単、すぐ乾燥するし、汚れもつきにくいという優れものだ。


 そこ、魔王が家庭的過ぎるとか言うな。

 ライムもリゼルも洗濯すら出来ないから、切実なんだ。


 さて、派手な立ち回をしてコートや衣服に傷をつけたくはない。


『法理魔法発動:神経麻痺Ⅱ/対象拡大Ⅸ×Ⅱ』


 格好をつけて、パチン、と指を鳴らして魔法を発動させる。

 護衛に実行部隊に、人の誘導をしていた黒服の兄さん達が「うぐっ」と小さな悲鳴を各個に上げながら地面に倒れこむ。

 いくら荒事に慣れているとはいえ、所詮は一般人。

 その上、魔法防御もあってないようなレベルなら魔王の敵じゃない。


「何…が起きたのです?」

 倒れた刺客や護衛を見て戸惑っている。


「闇に葬るんじゃなかったのか?

 数も質も足りないお粗末なものだ」

 悔しそうな顔をする狐耳娘、その瞳にあるのは……笑み?


 嫌な予感が膨れ上がる。

 この状況、悪として手段を選ばないなら―――


『概念魔法発動:擬似眼/視線探知Ⅶ』


 ―――いた、370メートル先のビルの上、スナイパー(狙撃手)!。

 いや、80度ずれた430メートル先の廃工場テラスにもう1人。

 殺意高すぎるだろう!?

 狙撃銃程度で死ぬ気はしないが、当たったら痛そうだよ!

 魔王だって痛いものは痛いんだ。


『法理魔法発動:運動停止Ⅷ』


「―――やるじゃないか。その歳で大したものだ」

 もう一度指を鳴らして魔法を発動する。

 え?無詠唱で発動すれば良いじゃないかって?

 アクションなしとか浪漫がないだろう。


 ブン!と非常に小さな音を立てて、ほぼ同時に飛来する物理弾頭。

 センサー類に引っかかりにくい暗殺仕様とかそんなヤツじゃないか?

 展開した運動停止魔法に止められ、空中で2つの弾頭が止まる。


「確かに普通なら、これでやれるだろうが。

 戦力評価もしないうちに襲うというのは悪手だな」


『呪印魔法発動:呪詛返しⅢ/対象数増加Ⅱ/抑制:対物破壊限定』


 空中に止まった弾頭を手で触れると、それぞれ赤い呪いの刻印が刻まれる。

 運動停止の魔法を解除。

 飛来したコースを逆走した弾丸が、スナイパーが構えていた大型の狙撃銃をそれぞれ破壊する。



「さて、お前の奥の手も無くなったようだが。

 まだ大道芸の出し物は残っているか?」

 狐耳娘に近づき、楽しげかつ悪意に満ちた笑みを零す。


 ふふふ、あはははは、あっはっはははは!

 大変気分が良い。こういういかにも悪役っぽい事を久々に出来た…!

 そうだよ、これだよ、この感覚だ。悪とは素晴らしい。

 やはり魔王とはこうでなくてはな………!


「えっ……あっ………ひう―――」

 成功を疑っていなかったのか、携帯端末の向こうから聞こえるスナイパー共の苦痛に満ちた報告や悲鳴を聞き、笑みを浮かべる俺を今度こそ恐怖の瞳で見る狐耳娘。

 小さな体がガタガタと恐怖で震えている。


 さて、どうするか。

 このまま 紳士の皆さんが大好きな、薄い本みたいな展開にしても良いんだが。

 恐怖で震えるようj………幼い美少女を手篭めにというのは、アリといえばアリだが、リゼルの関係者だしな。

 悪とは身内に甘いものだ。正義は身内だろうが容赦なく裁くらしいが。


「―――え?」

 ぽん、と狐耳娘の頭に優しく手を乗せて撫でてやった。

 ふわふわな手触りが良い。うむ、やっぱり愛玩動物としてコレ欲しいぞ。


「身内の為なら躊躇いも容赦もなく、罪を犯そうとするその姿勢は偉いな。

 お前の知り合いが誰も褒めず、認めないとしても俺が認めて褒めてやろう。

 お前は凄いヤツだ。誇って良い」

 こいつは確かに俺を襲ったが、身内の為に己の手を汚すというのは、悪として褒める所だろう。


「おにーさん……なんで」

 狐耳娘の瞳には困惑と驚きの色が濃い。


「なに、俺も身内が酷い目に合ってるとしたら、似たような事をしただろうしな」

 規模は少々どころでなく、大きくなるだろうが。


「―――ふ、ふえええええっ」

 恐怖が困惑から安堵に変わって泣き出したか、まだ幼いな。

 見た目相応に涙を流す、幼い少女の頭を落ち着くまで撫でてやった。




 そこのヤツ、安心して良いぞ。俺が関わって良い話で終わる訳ないだろう?




「うっ……ぐすっ。ごめんなさいでした」

 一通り泣いて落ち着いた少女は、撫でられていたのが恥ずかしかったのだろう。

 俺と微妙に距離を取った。半歩程度の距離感が面白いな。


「謝罪を受け入れよう、俺も理解できる行動だったしな。

 だが、だからと何度も襲われるのも辛い所だ。

 もう襲わないと誓約書にサインをして貰えるか?」


「……はいです」

 うん、幼い少女は素直が一番だな。

 俺が取り出した投影型の電子誓約書にサインをする狐耳少女。


 サインが終わった直後、俺と狐耳少女にしか見えない。

 そして、いつか、どこかの星で見た文言が再生される。


『契約成立しました。ランクⅨ・永続なる魂の契約が執行されます』

『契約者 ミゼリータ・フォン・カルミラス』

『契約先 魔王イグサ』

『契約代償:なし』

『ミゼリータ・フォン・カルミラスは魔王イグサの使い魔として魂を捧げ、その魂が消失するまで永遠の忠誠を誓う事がここに誓約されました』



「………ええええええええええっ!?」

 流石リゼルの関係者だな、ちょろい。

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