<< 前へ次へ >>  更新
12/78

12話:魔王、道を見定める



 今思えば、ファンタジーな中世的世界は悪にとって実に都合が良いとしみじみ思う。



 だってそうだろう?

 まるでシングルプレイ用のRPGのように何をすれば良いか実に判りやすい。


 人々に讃えられる立派な王の城から姫をさらってみたり。

 魔物を放って人々の生活を脅かしてみたり。

 気まぐれで人の街を支配したって良い。

 何もかもが嫌になったら破壊神でも崇めて世界の破滅を願えば解決だ。



 だが、時代が進むと悪というのが難しくなっていく。

 何故かって?

 魔王がするような悪は大抵人が先にやってるからだよ。


 姫を攫う?誘拐なんてもう珍しくも無い。

 人々の生活を脅かす?戦争やら経済やら脅かされてない方が少ないだろ。

 人々が恐怖に怯えるような街の支配?んなの世界中でありふれている。

 世界の滅亡?ミサイルのボタン1個で楽勝だろ。



 まだ現代なら、ベタな悪の秘密結社でもやれば慰めにもなるんだが。

 これがSFの世界になると、何をやっていいのか正直困る。


 だってそうだろう?

 自信満々に悪を行ってみたら、人々に「なんだそんな事か」

 とかスルーされたら、哀しさと切なさでどうにかなりそうだ。



―――



 アドラム帝国の外縁部の交易ステーションで、ワイバーンの所有権切り替えと、俺とライムの身分証明書を作った後、ブリッジに集まって話し合いをしていた。

 内容は今後についてだ。


 俺自身についてはもう決めていた。

 俺は魔王であるし、それ以前に悪に憧れる人間である。

 悪の美学と、この時代の善悪が相性良いかは判らない。

 しかし、たかが世界がSFになった所で、悪の美学を捨てる気はさらさらない。


 だからこそ、俺が悪の美学を実践する為の力を求める事に決めていた。

 ファンタジー世界なら魔王なんてチート気味の能力と魔法があれば十分だったが。

 SF世界だとそうもいかない。

 どんな強力な魔法を使えようが、小癪こしゃくな科学技術が発展した事により、かかる労力の差異こそあれ、大概の魔法は科学技術で代替が可能なのだ。


 火球の魔法なんて、もう近代地球の大砲で十分代用がきく。

 魔法の盾や属性防御だって、SF的なシールドがあれば大丈夫だ。

 召喚魔法で竜牙兵の軍勢を呼んだとしよう。

 数が同じなら戦闘用ロボットの部隊に正直勝てる気がしない。


 だからこそ、俺はこの世界(SF)に相応しい力を求めるのだ。

 力の名は、カネ(IC)とコネ(信用)という。



 おいそこ、俗っぽいとか言うな。石も投げるな。



 あの汚染惑星を脱出してから、俺だって随分考えたんだよ。

 SF世界で魔王として生きるには、悪の美学を実践するにはどうしたら良いか。

 何度考えても、やっぱりその2つに集約される。

 逆に言えばその2つがあれば、大抵の事は可能なのだ。


「と言う訳だ。俺は当面情報を仕入れつつ、こんな方針で動くつもりだ」


「俗っぽい」

「切実なのですよぅ」

 こいつらは言葉が時に凶器になるという事を知らないのか。

 俺の繊細なハートは既に傷だらけだぞ。



 まぁ、俺の方針は決まった。

 だが、ライムとリゼルはどうだ?



 アレな事をしてしまった仲ではあるが、今でも毎日襲われている仲ではあるが。

 うん?…………あれー。おかしいな、俺魔王だよな?

 襲うならまだしも、何故毎回襲われてるんだ……いかん、深く考えたらまずそうだ。

 まあ、ともかくだ。縛るつもりなどない。

 縛られる気も責任取る気も毛頭無いが。

 万一家族が増えたから婚姻的な何かをしろと言われても、首を縦に振るつもりもない。

 外道と言うなら好きに呼べ。魔王には褒め言葉でしかない。



 ライムは隷属云々があるとはいえ勇者様だ。

 俺とは基本方針が違う可能性が大きいし、心を無視し酷使して虚ろな瞳にするのも……

 いやそれはそれでアリだが、アリなんだが、正直惹かれまくるんだが。

 あの置いてけぼり感を共に味わった仲ではあるし、汚染惑星から共に脱出した仲でもある。


「俺に悪の美学があるように、ライムにも何かの志があるだろう?

 勇者として自分の望む行動を取り、その道を違えるというなら見送ろう」


「それは本気で言ってる?」

 相変わらず表情は読めないが、怒っているようだ。


「ああ、本気だ。

 正直手放したくはないけどな。

 抱きとめておけるなら、抱きとめておきたいとも思っているが。

 だからと言って、隷属権などというお手軽な道具を使い、ライムの意志を曲げてまで縛り付ける醜い行為はしたくない。

 それは魔王として、俺が持つ悪としての矜持が許さない」

 散々悪戯はしていたがな。

 悪の矜持とは微妙な男心にも似ているものだ。

 どうせ縛り付けるなら、意志を押さえつけるのではなく、堕として縛り付けたいのだ。

 堕ちた勇者が魔王様の為なら何でもします…とか快楽顔で言うのは浪漫だろう!?

 判ってくれるヤツには魔王としての素質があるのを保障しよう。


「なら、良い。そのまま逃がさないように抱きとめておいて」

 今度は急に機嫌が良くなったな。

 ううん?何か俺が思ってるニュアンスと違う気がする。まあ、いいか。


「でも私にもやりたい事があるのは事実。

 私は私の救いたいと思った人を助けたい。

 世界を救うとか正義なんてのには興味がないけど。

 私がたまたま知っていて、助けたいと思った人に手を差し伸べたい。

 それが私の、勇者としての望み」

 勇者としてどうなんだ?と思わないでもない。

 世界も正義も興味が無いというのは意外だった。

 自分が手を差し伸べたいと思った者へ、己の欲望として手を差し伸べるって。

 規模こそ違うが、それは人間を排して魔物の楽園を作ろうとする魔王に近くないか?


「私のやりたい事はイグサの行動の邪魔になる?」

 今度は急に不安そうになった。感情の変化が激しいな。

 ライムの感情が出にくい顔から、ここまで判るようになった自分を褒めてやりたい。


「いや、邪魔にはならないな。

 その程度なら許容範囲だし、ライムが居てくれる方が俺も助かる。」


「なら良い。これからもよろしく」

 今度は安堵か。俺の服の裾を握り、体が触れる程度にくっついてきた。

 リゼルのスキンシップ癖が伝染したのか、最近距離感が近くなった気がする。





 さて、次はリゼルだ。

 リゼルは使い魔ではあるが、SF世界の一般市民だ。


 ついでに俺達の手元には小金がある。

 ワイバーンの元乗組員達から回収したIC(共通通貨)は、3人分合わせても中古の駆逐艦をぎりぎり一隻買える程度でしかないが。

 一般市民の個人資産としては十分すぎる金額だ。

 慎ましく生活し、家族を作って老いて死ぬ程度なら、3等分してもお釣りの方がなお多いだろう。

 汚染惑星で俺が拾ってなければ、まず間違いなく生きてなかったとはいえ。

 この短期間で、リゼルはSF世界の一般市民が一生のうちに経験する冒険や危険を十分以上にこなしてきた。

 その働きは見事と言っても良い。


「ライムは同行するようだが、リゼルはどうする?」


「あのぅー。イグサ様、私に選択権はあるんでしょうか?」

 まず小さく手を上げて聞いてくるリゼル。

 使い魔根性が板についてきたようだ。大変結構。


「当然だ。汚染惑星で出会ってから脱出までリゼルは良く働いてくれた。

 魂の契約や絶対忠誠は消せないが、俺が使わなければ普通の人間と大差ない。

 リゼルが船を降りて平和に暮らしたいなら、認めよう」

 魔王たるもの、配下の功績も認めなくてはいけない。

 使い魔としては若干のステータス上昇と、老化が遅くなったり寿命が延びたりするが。

 リゼルはまだ使い魔レベルも低いから、人外じみたステータスにはなってないしな。

 寿命増加と老化の緩和については、どの程度効果があるか判らないが増えてまずいものでもないだろう。


「「え!?」」『はい?』

 おい、そこ。2人でハモって驚くな。それとワイバーン、お前もか。


「そんなに意外か?」

 俺を何だと思っているんだ。


「いいえっ、そんな事はないのですよぅ。ちょっと驚いただけなのです!」

 あわあわと半ば混乱しつつ、必死に取り繕う姿が好ましいな。

 リゼルなら良い悪の女幹部になれるだろう。

 良い具合にへっぽこだから、毎回負けて帰ってきてお仕置きされて、お仕置きタイムに視聴率を伸ばしてくれそうな貴重な人材だな。


「いいか?俺は魔王だ、王でもある。

 功績をあげた部下に相応の褒美を出すものだ。

 リゼルが静かな暮らしをしたいなら、その意思を尊重するぞ」

 まぁ、その場合は解放する前に2,3人家族を増やしてやる位はするが。

 …うむ。悪の道から隠遁し、雑多な町に暮らし始める未婚の若き母。

 俄然がぜん、アリだな!

 その子供が将来、俺の敵になったら最高すぎる……っ!


「……うううっ。イグサ様の事を誤解していたのですよぅ」

 感動したのか涙目になるリゼル。

 そのまま俺に抱きついて嗚咽を漏らしている。

 なあ、リゼル今までかなり正確に理解していたぞ?

 誤解が生まれたとしたら、今じゃないかな。


『ええ話ですわ……』

 ハンカチで目頭を押さえるワイバーン。芸が細かいな。

 そしてお前なら、俺の考えは半分位察しているだろうに。


「どうする、リゼル?道を決めるのはお前だ」

 まだ俺の服にすがり付いたまま嗚咽を漏らしているので、何となく猫耳を撫でてやりながら聞いてやる。

 魔王の使い魔ルートか、悪の道に背を向けた未婚の母ルートか選ぶと良い。


「私は……私はイグサ様にどこまでも付いていくのですよぅ!

 もし出会えなかったら、きっとあの星で一人寂しく死んでいたのです。

 だから、いつまでも見捨てないで欲しいのですよぅぅぅぅ」

 また泣き出したリゼルを撫でてやる。

 魔王の使い魔ルートを選んだか、こっちはエンディングまで途中離脱は出来ないから覚悟しておけよ。




 こうして俺達は今後も行動を共にする事に決めたのだった。

 ライムかリゼルか、どちらか1人は失う覚悟をしていただけに、2人とも残ってくれたのは、ありがたくもあり、嬉しかった。

 この気持ちを口にする気はないけどな。





 ……ただ、体力的に辛いので、こっそりリゼルにかけた<命令>を解除しておいた。

 普段は弱気で、夜は本能に忠実なエロ娘化というのは予定通りではあった。

 予定通りだったんだが、エロ娘化が予想より随分と斜め上になってしまったのが問題だった。


 そして前に書き込んだ<命令>はしっかり解除した。

 解除したはずなんだが、夜間にリゼルの理性が溶けるのは治らなかった。


 どうしよう。





―――



 その日の夕食前の事だ。

 ライムとリゼルはクリーンルーム隣にある、元士官用食堂の食料作成機に張り付いて苦戦しているようだった。


 この時代の食料生産機は、素材の食感や味、加工工程などをデザインすれば『汎用オーガニックマテリアル』という謎食材から、食品を作成してくれる。

 勿論、本物の肉や野菜類もあるが、高級品だそうだ。

 食料生産機は貧乏人の味方であるが、いちいちメニューをマニュアルでセットする事は少ない。少ないというか趣味の世界だそうだ。

 普通は食品カタログのレシピデーターを使い、食べたい料理を作らせるのだが、ワイバーンが撃墜された際、食品カタログごとレシピデーターが失われてしまったそうだ。


 食品生産機はワイバーンの一部として治療魔法で復帰したのだが、データー類は消えたままだった。

 そこで、マニュアル操作による料理作成が行われたのだが……色々無残な事になった。

 食料生産機を使ったマニュアル作成は、地球でやっていた食材選びから調理とそう大差は無いはずなんだが。

 実際に各自が作った料理を食べ比べてみた所、料理の腕は残酷なまでに順位付けがされた。

 どんな順位かといえば、こんな所だ。



 イグサ>>>(男料理の壁)>>ワイバーン>>>(我慢すれば飲み込めない事もない壁)>>リゼル>>(断崖絶壁)>>(食品への冒涜的な壁)>>>>>ライム




 色々ツッコミが聞こえたな。

 俺もツッコミを入れたい。


 いくら経験豊富とはいえ、強襲揚陸艦の主AIにして付喪神のワイバーンに負けるというか、完敗するのはどうかと思う。

 リゼルはラブコメに良くある「料理が下手な女の子が焦げ焦げの料理を作る」レベルで済んでいた。

 本人も作った料理がまずいというか、飲み込むのが苦行なのは理解してくれた。


 しかし、ライムのは何かの強烈な呪いでもかかっているとしか思えない。

 恐ろしくてどう調理しているのか見ていないが、匂いだけで「あ、これ無理なやつだ」と本能が拒絶するレベルだった。

 スキル[毒耐性LV10]を取得してる俺ですらそう思うのだ。

 リゼルは毛を逆立てて逃げていたし、ライムは作成された料理と呼ぶには色々無理がある物体を前にしょぼんと肩を落としていた。


 聞いてみると、リゼルは子供の頃からメカニック修行ばかりしていたし、未来人的に料理とは食料生産機からレシピ通りのものが出てくるものだと思っていたらしい。

 ライムも料理をした事はなく。見て覚える機会もほぼ無かったという。


 必然的に食事関係は基本的に俺が担当し、たまにワイバーンが作るという事になっていた。

 俺が作った料理は、食品カタログの料理より断然美味しいとリゼルも喜んでいた。


 褒められて俺も調子に乗って、20世紀や21世紀のお菓子類を次々と再現しては2人を喜ばせていたんだが、唐突に気がついてしまった。



 ―――俺、魔王だろ。何してんの。



 思わず床に崩れ落ちて落ち込んだ。


 最初から気づけよ!というツッコミは勘弁して貰いたい。


 忘れているかもしれないが、ライムもリゼルもかなりレベルの高い美よ……幼い美少女と美少女だ。

 そんな2人から褒められて、悪い気になる男は少ないだろう。

 俺もそうだった。魔王云々の前に、男とはそういう哀しい生き物なんだ。



 そんな訳で、午後3時のお茶タイム。

 未来ではその風習も残っていなかったが、俺とライムが復活させた休息時間につい。


 流石に最低限の料理が出来ないのはどうかと思う。


 そんな事を言った。


 それ以来2人は食堂の食料生産機の前に篭っている。


 リゼルが注文したのだろう、ステーションの配達人をしているという犬娘が、食品カタログや趣味の料理本などを宅配しに来たから、多分料理関係の事をしているのは間違いない。


 漂ってくる、焦げていたり甘ったるかったりする匂いで、もう結果は半分見えているんだが。


「なぁ、ワイバーン。今から逃げ出して、ステーション内の適当な店で食事を済ませてきたらどうなると思う?」

 何を分かりきった事をと言わないで欲しい。

 魔王にも透けて見える未来の惨劇から逃避したい時だってある。


『はぁ……あんまり考えたくない未来になると思いますわ』

 だよなー。



 そうか、死刑の執行を待つ囚人の気分という表現を聞いた事があるが、まさにこんな感じなのだろうな。

 一つ勉強になった。



 …………たすけて。



―――



 後に『惨劇の夕食会』と名前が付く(命名、俺)恐怖のイベントを生き延びた夜。


 ブリッジでワイバーンと2人、話し合っていた。

 それはこの時代の常識を教えて貰ったり、周辺の星系がどうなっているかであったり、基本的に俺が聞いてばかりだったが、なかなか有意義な時間だった。


 そんな時だ。

 そういえばライムとリゼルにはIC(共通通貨)を山分けしたり報酬のやり取りがあったが、ワイバーンはこの強襲揚陸艦の付喪神だし実体がないという事で、無報酬で働いて貰っていた事に気がついた。


「ワイバーン。そういえばお前も良く働いて貰ったが、何も褒美をやってないな」


『ははぁ、魔王様のそのお気持ちで十分すぎる程ですわ』

 謙遜するな、お前が好きそうなのものは知っている。


「ささやかな金額になるだろうが、後で予算を組んでみよう。

 なに、お前だってリスト見て気になる画像やら動画データーの10ダースや20ダースはあるんだろう?」

 単位がおかしく感じたかもしれないが、気のせいだ。

 ここは様々な情報が集まる国境沿いの交易ステーションであるし、ここまで未来になると100年、200年前の作品だって十分実用に耐えるものだ。

 どういう方向性で実用的かは……言わせてくれるな、察してくれ。


『ま、まさか魔王様…』

 ワイバーンも気がついたようだな。


「ああ、お前が欲しいと思ったものを取り寄せると良い。

 ……ただし、後で俺にも回すように」


『ははっ、この身に余る幸せですわ!』


 うん、もうお気づきだろう。

 ワイバーンが好む画像や動画というのは、まあアレ系だ。

 それを「ワイバーンへの報酬」として予算を取って買わせる。

 ワイバーンは喜ぶし、俺も楽しめる。

 まさに隙の無い策略だ。

 傭兵連中が残していったブツは上級者向け過ぎるものばかりだったからな……


 俺とワイバーン(の立体映像)は漢と漢の熱い握手を交わすのだった。


 馬鹿と言うなかれ。男とは魔王だろうが付喪神だろうが。

 いつの時代もそういうものなのだ。

次回(時と場合により次々回予告)


ワイバーンが綺麗に?まさかの若返りか!?

リゼル、帰郷する。チェックメイト108手の1つ「どっきり両親ご挨拶」イベント成立するか!?


※次回予告はタブロイド新聞の飛ばし記事だと思ってお楽しみ下さい。

※当作品では次回予告の内容に関して責任を持ちかねます。

<< 前へ次へ >>目次  更新