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10話:魔王、激戦の果てに街へ辿り付く



 なぁ、悪戯心は誰にだってあるよな?



 例えばだ、車道から歩道を保護してるブロックの上を歩いたり。

 自転車に乗って下り坂を使い、車並みの速度を出してみたり。


 別に何か利益があってやる訳じゃない。

 ただ何となくそうしたいからやるもんだよな。


 きっと誰でも一度は経験があるんじゃないか?

 意味も無くリスクを背負ってる馬鹿な事かもしれない。

 勿論何か起きれば責任は自分で取らないといけない。


 それでも悪戯心を完全に抑えきれるヤツはそういないんじゃないか?



 俺が迂遠な表現を好むせいで、うんざりしているヤツもいると思う。

 だが、まあ我慢して聞いてくれ。

 そろそろ2行でまとめるからよ。


 今回俺が悪戯心を起こして、何が起きたかというとだ。



 聖剣を振るったライムに「下着履き忘れたのか?」と言ってみたら。

 その日の夜に押し倒されたでござる。



 いや、マジでどうしよう。





 確かに色々仕込みをしていた。

 悶々と欲求不満になってるリゼルの個室の音を、わざとライムの部屋に聞こえるようにしたり。

 設計ミスを装って、リゼルの個室をライムの部屋からモニターできるようにしておいてみたり。

 食料作成機(原料を加工してくれるタイプ)を使って神業のデザインで20~21世紀のデザートを再現して、それを釣り餌に夜間理性が飛んで際どい甘え方をするリゼルの姿を目撃させてみたり。

 同じ手で同じシチュエーションを目撃させて、日常的な事だと理解させてみたり。

 3回目からは自発的に覗きに来るようになったので、俺も調子のって更に際どくリゼルを甘やかしてみたり。


 ……おや、おかしい。心当たりしかないな。



―――



 フィールヘイトの軽巡洋艦をふっとばし、因縁深い汚染惑星を脱出した夜の事だ。

 強襲揚陸艦ワイバーンは進路を北に、汚染惑星のある星域からアドラム帝国外縁部に繋がるジャンプゲートへ進路を向けていた。


 流石に皆疲れていたようだ。

 戦闘後も修理や調整を頑張っていたリゼルは、夕飯を食べながら半分寝ていた。

 デザートのマロングラッセ(魔王謹製)の最後の一口を口に入れたまま寝入ったので個室のベッドに置いてきた。

 その時はライムも手伝ってくれていた。


 何だかんだ言って俺も気疲れしていたんだろう。

 いつものようにブリッジの船長席で、シートをリクライニングさせて携帯端末のテキストを読もうとしていたら、うっかりと居眠りしていた。




 重みを感じて眼を覚ますと、腰の上にライムが乗っていて、俺の方をじっと見ていた。




 俺を押し倒すように、手は俺の手を押さえつけていて、いつも強い意志が浮んでいる瞳には、今は無表情ながら不安・期待・羨望・恐怖と様々な感情の色が万華鏡のように移ろっていた。


「……おはよう。どうした?」

 予想外のシチュエーションに困惑半分、楽しさ半分。

 素直に言えば楽しさの方がかなり勝っていたが、困惑を表に出して聞いてみた。


「イグサ、いつから気がついていたの?」

 おっと、選択肢をミスるとバッドエンド一直線になりそうな雰囲気だ。

 俺の手を押さえつける手にも力が篭っている。

 腕の細さもお子様レベルでしかないが、そこは勇者。

 ステータスの高さで、マッチョな大人でも抵抗できない程の力が篭っている。



 俺も嫌いじゃなかったギャルゲー的な選択肢としては。

 >1、さっき気がついたんだ。と偶然を装う。

 >2、前から気がついていた。と故意である事を告白する。

 >3、何の事だ?とすっとぼける。

 この位だろうか。



 そこのヤツ、どうせヘタレて1か3しか選ばないんだろう?とか思わなかったか。




 確かにへたれだったり無自覚鈍感系な主人公なら、その選択肢しかないだろう。

 だが忘れてないか。俺は魔王だぞ?




「かなり前からだ。ってか隠してるつもりだったのか?」

 >2、前から気がついていた。と故意である事を告白する。

 褒めてくれ。この選択肢を選べるやつはそう居まい。


「そう……そうなんだ」

 おっと、俺の手を押さえつけてる力が強くなった。

 だがこの流れなら刺されても悔いはないな……!


「どうするつもり?」

 何故ライムは顔が紅潮してきているんだろうか。

 腰をむずむずとさせてもいるな。


「どう、ってどういう事だ?」

 もう少し主語をくれ。流石に意図を読み辛い。


「私の弱みを握ったんだから、イグサなら私に酷い事をするはず」

 現在進行形で俺が酷い事をされてます。具体的に言うと手首が痛い。

 そして酷い事をするって断定は酷いな。まあ、実は既にしているんだが。

 だが、意図は判った。


「酷い事をしようとしたら、ライムはどうするんだ?」


「……弱みを握られているんだから、抵抗できる訳ない」


「それをネタに更に脅すとは考えないのか?」


「イグサならその位する。でも、仕方ない」

 おーけーおーけー。判りました。

 ライムとして脅されて仕方ないのが良い訳だな。

 これで俺が善人だったら、そんな自棄になるんじゃない!とか説教する所だが、残念ながら、そして俺や紳士の皆的には幸いながら、俺は魔王である。

 悪の美学的にもこのシチュエーションは有りだ!と思うし。

 悪を期待されているのだ、答えるのも魔王の仕事だろう。


「そうか、では弱みに付けこませて貰おう」

 俺を抑えていた手を無理やり外して、ライムの顎に手を添えて小さな唇を奪った。


 ―――いただきます。









 結論から言おう。

 魔王と勇者の戦いの名に恥じない激戦であった。

 戦闘開始は深夜前だったはずなのに、普通に朝になった。

 正直、何度か敗北を覚悟した。

 いただきますと言ったものの、何度もいただかれかけた。

 というか、勇者様は初心者マークのはずなのに攻撃力が色々おかしい。

 普段無表情で発言も淡白な癖に、人が変わったように幼く甘えまくるとか卑怯だろ!

 魔王のステータスに、死者数によるステータス強化が乗ってすらギリギリだと…?


 意識を失ったライムを個室のベッドに寝かせて、シャワーから出てきた時には、あまりの疲労から生まれたての小鹿のように足が震えていた。


 今回の事で追加された、ごく限定された環境の戦闘でないと役に立たないスキルをいくつも取る事にした。


 自室のベッドの上で横になった時には、もう泥のように眠りたかったが、意識を失う前にやる事があった。


「おい、ワイバーン。どうせカメラ総動員して撮影していたんだろう?

 一番判りやすいアングルのカメラの画像を、ミスを装ってリゼルの端末に入れておけ」


『へい』









 次の日の夜。

 ようやく戦いの傷が癒えた俺は定位置になってきた船長席のシートに寝そべり。

 端末から古典文学の本のテキストを探していた。

 前のこの携帯端末の持ち主は、浪漫を解さない人物だったようで、タイムスタンプが浅い本は俗悪品ばかりだが、セットで購入したかカモフラージュで買ったのか、古典文学、俺からしてみれば現代から近未来の書籍類にはまともなのが多い。

 次の激戦に備えて参考になりそうな本を漁っていたんだが。


 デジャヴとでも言えばいいのか、また腰の上に重さを感じた。

 上に乗っていたのはリゼルだったが、いつもに増して様子がおかしい。


 いつもきちっとしている衣服は乱れているし、瞳はギラギラと肉食獣のような剣呑な輝きを放っているし、毛艶の良い猫尻尾は巻きつけるように、俺の腹をぐりぐりと押している。


「リゼル、こんな時間にどうした?」

 いつも言ってる台詞を言うが、何かもうイレギュラーが起きる気しかしない。


「ますたぁ、ますたぁは酷いんですよぅ。

 いつもいつも、甘えるだけで我慢していたのに。

 ライムさんにはあんなにご褒美あげるなんて、使い魔差別なのですよぅ」

 口調がおかしい、蕩けたような妙に甘ったるい口調だ。


「それがどうしたんだ?」

 まあ、リゼルの意図も判ったんだが、魔王として威厳を保たないといけない。


「使い魔差別するような、悪いますたぁにはお仕置きをするのですよぅ」

 あれ?何か流れがおかしい。

 リゼルから求めさせるのは予定通りではあったんだが。

 何故俺の服を脱がせて手を縛る?

 というか使い魔ってこんなに主に対して反抗できるものだったのか?


「今日のごちそうはますたぁなのですよぅ。いただきまぁす」

 リゼルは見た目猫だが、中身は狼であったようだ。









 ……………また、朝になった。

 俺が虚弱なのか?それともライムとリゼルがおかしいのか?

 気絶したリゼルを個室のベッドに転がして。

 乱れたり破られたりした衣服を手で押さえるようにして自室に戻った。

 今の俺の格好を見れば、どんなに女権至上主義を唱える陪審員ばいしんいんだとしても、被害者だと認めてくれるに違いない。

 シャワーを浴びて、衣服を新しくして、あちこちについた傷を治療して。

 少し泣きながらベッドで寝たい気持ちで一杯だったが、まだやる事があった。


「ワイバーン、どうせ見て居たんだろう?正直少し助けて貰いたかったが、まあいい。

 音声付きで加工したのをライムの端末に入れておくように。

 後、リゼルが起きてから部屋を出るまでの一部始終を俺の端末に入れておけ」


『へい』

 ワイバーンの返事を聞きつつ、俺は意識を手放していた。

 猫の尻尾にあんな恐ろしい使い道があるとはな…………



―――



 汚染惑星から脱出して早5日目。

 強襲揚陸艦ワイバーンは汚染惑星のある星系の北(星系図上の便宜上の方角)に位置するジャンプゲートを使い、アドラム帝国外縁部に入り。

 ジャンプゲートはアドラム帝国艦隊が防衛していたので、多少賄賂を使う事になったがスムーズに通過する事が出来た。

 ワイバーンの登録を、アドラム帝国所属の傭兵部隊から、フリーの民間人・イグサ名義に変更する為に、外縁部に位置する星系にある、地方行政府のある交易ステーションへようやく到着したのだった。



 意外かもしれないが、この時代の宇宙船はそんなに速度が出ない

 辺境開拓したり、新規にジャンプゲートを設置しに行く船は例外的に早いらしいが。



 まず速度が早いと方向転換が厳しい。

 人間を守る程度の慣性中和装置はあるが、船全体を保護するには強力なリアクターが必要だという。

 なので、速度出しすぎた状態で方向転換をすると、慣性と遠心力で船が自壊する。

 シールドジェネレーターによって、船自体にあまり強度が求められなくなったせいで、余計にその傾向が強いそうだ。



 次に速度が過ぎると操作が難しい。

 宇宙空間は元の地球周辺の宇宙のように静かじゃない。

 多種多様な種族が移動、旅行、商売、様々な理由で宇宙船を飛ばしている。

 早すぎると衝突しそうになっても回避できないし、実際事故った時に酷い事になる。

 事故防止も兼ねて、ジャンプゲートとジャンプゲートを結ぶ星間航路では、小型の高速機でもせいぜい音速程度の速度しか出さない。



 次に早すぎると戦う事すらおぼつかない。

 速度を出しすぎると急な方向転換で自壊する危険もあるが、それ以上に高速戦闘が出来るパイロットや乗組員は数が少ないそうだ。

 音速の数倍程度、現代地球の戦闘機が出せる最大速度だと例えれば判りやすいだろうか、その程度が生物として反応できる限界らしい。


 戦闘機同士の戦闘なら音速以下から音速の数倍範囲、艦隊戦では音速の5分の1も出せれば高速艦だそうだ。



 人間や宇宙人が出来ないなら、機械に任せればいいじゃないか?と俺も思った。

 だが、通常のAIでは対処しきれないし、人間と同じように思考できる高度AIは、人間と同じように反乱を起こせる。

 千年程度前に高度AI達が一斉に反乱を起こし、銀河レベルで大戦争になり、今もその傷跡があるそうだ。

 ドローンの制御や自動航行装置など一部を除いて、基本的に人力で行ってるらしい。


 冷凍睡眠や時間減速装置も発達している。

 ジャンプゲート間も長いものになると、通常航行で何週間レベルという話だが、冷凍睡眠で寝たり、時間減速装置で自分の時間経過を遅くしてやり過ごすそうだ。

 未来人や宇宙人は気が長いな。現代日本人が生き急ぎすぎているだけかもしれないが。


 そして、とどめはジャンプゲートの存在だ。

 いつから銀河にあったかわからないそうだが、距離を無視して対になっているジャンプゲートまで瞬間移動できる便利な代物だ。

 もっとも、距離が遠くなるほど制御が困難になるため、重要な星系同士を網目状に繋げるに留まっているらしいが。

 銀河の反対に行くにも、ジャンプゲートを乗り継いで行けばいいので、遠距離に行くのに超高速船や自力でワープするような船は使われなくなったそうだ。

 小難しい事は分からないが、ジャンプとワープは全くの別物らしい。

 辺境と呼ばれる開拓地域以外は、ほぼ全域がジャンプゲートネットワークで繋がっているという。


 以上が迂闊に質問した俺に、リゼル先生が延々と語ってくれた内容だ。


 ワイバーンは元々高速艦で、付喪神化によってリミッターが外れているが、それでも最大速度が大気圏内で音速の4倍、宇宙空間でも音速の6倍までしか出ないのは何故だ?と聞いたのは何かしらの地雷だったらしい。




 何はともあれ、賄賂のおかげで実にスムーズかつ無事に、行政府でワイバーンの所有権の書き換えが終わり、俺とライムの身分証明書まで作成出来た。

 俺もライムも召喚されているものの、この時代では珍しい純血の地球人ピュア・テランなので、リゼルとワイバーンの助言もあり。

 先の戦闘があった星系の、地球移民のロストコロニー出身という事で、簡単に証明書が出来た。宇宙でも賄賂の力は偉大だな。

 こうして、このSF世界で生活する地盤が出来た俺達は、急場しのぎではないそれぞれの目的の為に活動を開始するのだった。

本日の被害者:ある意味魔王様


次話から新章に入ります。

音速に関しては、地球の1気圧における音速=1225 km/hが標準単位になっています。

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