番外編1 この木なんの木
神になってから一万と数千年。
よくわからない称号を得て神の中でも最上位の存在となった俺は今、とてもそのような存在には見えない姿をしている。
いや、ある意味ではとても神聖な姿なのだ。
なるほど確かに今の俺の姿は神々しくも猛々しく凄まじい存在感で地に根付いている。
俺を見に来るものがいれば俺を見上げて崇めるだろう。
それは間違いない。
一本一本が巨大で長く太く複数に枝分かれするこの枝!
フッサフサなこの美しい緑色に輝く葉っぱ!
それらは天を覆い尽くさんばかりに広がっていてそれを果てしなく高い所まで持ち上げる太い幹とそれらを支えるために力強く地面を太い根でしっかり掴んでいるこの姿!
まさしく木である。
もっと言えば世界樹である。
俺は今世界樹として生きている。
すでに世界樹となってからもう五千年くらいだ。
なんでそんなことをしているのかと言えば当然神ギルドの依頼を受けてのことである。
選んだのも俺自身。
なので文句はないのだ。
ただ、少しだけ寂しい。
この依頼を追えたらサクラミンとエルザミンを全力で補給したい。
閑話休題。
世界樹になるという依頼の詳細は世界樹が世界に定着し、精霊が生まれるまでの下地を作っておいて欲しいというものだ。
なんとなく面白そうと思って俺は依頼を受け、素晴らしき樹木生活を始めたのだ。
世界樹に成り立ての時はちっこい苗木で辛かった。
猪のような生き物がこぞってかじりに来たり、風に吹き飛ばされそうになったり、雪に埋もれてしまったりと大変だった。
まあ、猪っぽいのは枝をしならせて鞭のように振るって殺して成長の糧にして、風に吹き飛ばされそうになれば根を伸ばして堪えた。
雪に埋もれた時は必死に背伸びしたら背が伸びたので問題なかった。
木が何を言ってるのかと思うが本当に背伸びしたら背が伸びたのだから仕方ないのだ。
それから一年もすれば周囲の木に劣らぬ大きさまで成長しだいぶ余裕ができた。
さすが世界樹成長が早いぜとか思いつつそのころは日々、熊っぽい生き物に根を突き刺して直接栄養を奪い取って成長していたと思う。
もはや世界樹とかそういう神聖な存在のする所業じゃないな。
どちらかと言えば呪われた木とか樹木系モンスターだ。
だがしかし、それでも俺は世界樹である。
そんな感じでさらに百年程経てばそれなり世界樹らしく大きくなって辺りの木より突出して大きくなっていた。
そのころから周囲の木が邪魔だったのだがふと思いついて成長して接触する傍から取り込んでやった。
そう俺は世界樹。
何よりも気高い、いわば樹の王なのだ。
そんな世界樹である俺が他の木に一つの特性でも劣っていていいだろうか。いやよくない。
ということで木を取り込みその木の特性を吸収していった。
同じ木だからか吸収したときの成長はより捗って俺は更なる成長を遂げたのだ。
やはり取り込むのは間違いではなかった。
さらに千年経った。
このころになると俺はふと思った。
あれ? 植物って動物とか他の植物を捕食しなくね? と。
光合成と土の栄養で育つんじゃなかったっけ? と。
それに気づいた俺はやはり最高位の神なだけはあるよなと自画自賛しつつ捕食から光合成と土の栄養を吸収する方向に切り替えたのだった。
今考えても分からない。
なぜ俺は捕食して成長することを選択していたのか。
もっとも食虫植物なんてものがあるのだからおかしくはないよなと自己弁護しておく。
ともかく、俺は光合成と、土からの栄養吸収へと切り替えたのだ。
そしてそうと決めたからには俺の動きは早かった。
根は深く広く広げて広範囲をカバーし、枝を伸ばし葉っぱを増やしより陽の光を浴びようと雲の上まで背を伸ばす。
そして俺はどんどん光合成してどんどん土の栄養を吸収しどんどん世界樹として大きくなっていった。
百年後。
世界の半分が砂漠化し、陽が当たらなくなった。
五百年経った。
この世界は緑に満ち生命に満ちとても素晴らしい世界だ。
砂漠化?
知りませんな。
最高位の神でもある俺はもちろん考えなしに土の栄養を奪ったり陽を遮ったりすれば色々な問題があるのだと分かっていたので背をさらに伸ばし大気圏外まで枝と葉を伸ばした。
そして薄く透けるように葉っぱなどを変異させるようにした。
同時に宇宙に散在する不思議な素敵エネルギーという名の神界の有り余るリソースを少しずつ摂取。
それを世界中に張り巡らせた根から過剰な分を放出したのだ。
これにより元々砂漠化していた大地にも命が溢れるようになり素晴らしい世界になった。
さすが俺である。
それから時は流れて現在。
樹齢五千年となった俺は一応成長を終えていた。
多分これ以上大きくなることはないだろう。
今俺の幹の太さはなんと地球の南極大陸ほどの大きさがある。
そして枝と葉っぱは世界の半分を覆っていてそれらを支える根は世界中に張り巡らせるだけでなく星の中心にも深々と根を下ろしている。
むしろこの星の中心核は既に俺の根っこでできているといっても過言ではない。
そういえば今更だけど、この俺がいる世界ってのはこの星のみが存在する世界だ。
だから大気圏外というのは実はそのまま世界の外側、つまり神界なのだ。
だからこそ枝を伸ばしてリソースを得ることができたわけだ。
そんな世界なのでこの世界で仮に文明が発達したところで絶対に宇宙に到達することはできない。
それがこの世界の理だからだ。
ちなみに太陽など普通にあるのだがそれはどうなってるかと言えば魔法的な力で空をディスプレイにしてそういう映像を流しているようなものである。
具体的には違うのだが概ねそれで合っている。
これで機能するのだから神の力っていい加減だと俺ですら思う。
もうほとんど下地は完璧である。
後は世界樹の精霊が誕生し定着するのを待つばかりである。
その兆しはある。
今は俺の意識だけしかないこの世界樹だが最近は別の存在を感じるようになってきた。
おそらくもう少し経てば精霊が生まれるだろう。
そしてそれからたったの五百年後。
ついに世界樹の精霊が生まれた。
記念すべき同居人――人?――が生まれ俺も嬉しい気持ちだ。
『おはようございます……マスター』
『ああ、おはよう。誕生おめでとさん』
まさか誕生日おめでとうじゃなくて誕生したことをおめでとうと言うことになるとは……。
レイサークとか生まれた時はどちらかといえばありがとうだったし。
『お前の役目は分かってるか?』
『はい……ありとあらゆる生命を吸収し最強の世界樹になることです』
『おい』
『冗談です。この世界を安定させつつ世界の流れを見守ることですね』
役目を聞いたらとち狂った答えが返ってきて驚いたが冗談だと笑って正しく役目を理解していることを伝えてきた。
先ほどから会話ができているのはこいつが生まれた時、俺の記憶に少しリンクして、ある程度の知識が与えられたからだ。
また、所詮樹木であり発声器官もあるわけがないので互いにテレパシー的なもので話している。
『さて、後はお前の名を決めないとな。何か希望は?』
『生まれたばかりでそんなのあるわけがありません。それに私はマスターに付けて欲しい』
『そうか』
名づけの前に希望があるか聞けばないようだ。
当然か。
そしてなぜか俺に対する忠誠度MAXな感じ。
『そうだな……この世界はようやく始まりを迎えるからな。<始まりの樹・ゼスタート>とか? 俺の称号とゼロからスタートを弄った感じで……なんてな、さすがに適当すぎるか』
『いえ、それで……その名前がいいです』
『いいのか?』
正直すげえ適当な感じなんだけどなぜか満足している様子だ。
『マスターの称号から頂ける名前ですから何よりも嬉しいです』
『そうなのか。じゃあ今からお前の名前はゼスタートだ。頑張れよ』
『はい、マスター。マスターの名に恥じぬよう誠心誠意役目を果たします』
そこまで大げさにならなくてもいいのだがまあ、ソレも個性か。
よくこんな真面目な精霊が俺が育てた世界樹から誕生したものだな。
自分で言うもんじゃないが。
『さて、これで無事世界樹の精霊も生まれ定着したし俺の役目はこれで終わりかな』
『そうですね。……寂しくなりますが、仕方ありません。お役目、お疲れ様でした』
名前も与えて完全に定着したようだと同じ世界樹である俺にはよくわかる。
だからこそ俺はもうお役御免。
「んーよっと。久しぶりの人型に戻ったぞっと」
故に世界樹の中から俺は出てきて元の姿を取り戻した。
『それがマスターの本来の姿……さすが、最高位の神であるお方。とても美しいですね』
「美しい? 俺がある程度イケメンだとは認めるが美しいなんて言われるほどじゃないぞ?」
『いえ、正直外見がどうとは私には判断できませんが、マスターの放つ存在感は何よりも強くそして美しいものだと感じます』
「存在感が? なるほど、ありがとうよ」
よくわからんが要するに俺カッケーってことなのだろう。
「それじゃこの辺で……うわっ折角のいい感じで終わるかってところで来るのかよ」
話もそこそこに退散しようとした時、空が割れたかと思えば成り立ての神程度には力のある存在が現れた。
それは偽神。
今回のはどうやら竜っぽい姿をした偽神らしい。
しかも二対の羽がある。
俺にとってはお馴染みであり今ではただの雑魚とかわらん相手だがそれでも世界に存在する者たちにとっては脅威である。
「やれやれ……ま、さっさと終わらせるか……な?」
『マスターが私にこの素晴らしい世界を用意してくださったというのに、それを横から掠め取ろうだなんて生意気なトンボですねっ!』
現れた偽神に俺はさっさと倒してしまおうと体に力を入れようとした瞬間。
ゼスタートが世界樹の枝を一部伸ばしてその偽神を貫き、養分として吸収してしまった。
思わず唖然とする。
「おま……大丈夫か?」
『はいっ! マスターの手を煩わせるまでもありません! ……むむ? トンボの分際でそれなりの養分にはなりましたか』
「あ……うん。大丈夫ならいいや」
一応魔法で調べてみたが偽神の残滓は一切感じられず問題はないようだった。
「じゃあまたな。いつか来るかもしれない終焉の時までがんばれよ」
『はい!』
ゼスタートに別れを告げて神界へと帰った。
世界樹であるゼスタートは世界が終わりを迎えるまで生き続ける。
場合によっては永遠と生き続けるだろう。
たまには顔を出してやるのもいいかもしれないな。
そして神界へと帰還した俺は依頼で得たポイントの確認もそこそこにサクラとエルザの元へと急ぎ数千年の時を埋めるか如くサクラミンとエルザミンを補給した。
なんとなく思いついたので番外編を投稿。
ナンバリングしてありますけど次の番外編があるかどうかは不明です。