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10話 偽神ハンター、勇者を見守る。 その9

 西の果て、最果ての地、魔王が封印された地、魔王が生まれる地、災厄の荒野。

 この世界において様々な呼び方で語られるその場所は草木も生えず、固い土と岩だけが存在する広大な荒野である。

 どこを見渡しても何もない。

 ただただ大地が広がっているだけの寂しい場所。


 だが、そこの荒野の中心。

 普段は何もないそこには土が盛り上がり椅子のようになっている何かが存在し、そこに座りただただ東の空を見ている人影があった。

 その姿はまさに玉座に座る王であった。

 ただし、王は王でも魔を統べる王、魔王である。


 その存在が放つ存在感は禍々しく、そしてどこか神々しい。

 傍にはその存在と同じぐらいの大きさを持つ大剣が刺さっている。

 その大剣もまたただならぬ存在感を放っていて何か曰くのある物であると思わせる物だ。

 

「もうそろそろだな」


 玉座に座るその存在がそうつぶやく。

 その声は低く、男であることが分かる。

 黒い髪に黒い眼。

 こげ茶色で袖を捲ったロングコートを着ているその男の右腕には奇妙な紋が浮き出ていた。


「どれだけ強くなれたか……楽しみだ」


 男の声は広い荒野の中に消えていき誰に届くこともない。

 その顔はどこか楽しそうで、何かを期待しているようで、何かを待ち望んでいるような表情だった。


 男は何もしない。

 魔王は、ただその玉座に座り東を見つめ続けるのみである。



 西の荒野。

 魔王が生まれるとされる地で、魔王が玉座に座り何かを待っているこの地に人間が足を踏み入れる。

 一人は男、一人は女の二人組。

 男は白銀に輝く鎧を纏い、腰には魔王が持つ剣にも似た存在感を放つ片手半剣を携えている。

 女の方は翡翠色に煌めく、おそらくはミスリル糸で編みこまれたローブを身に纏い手には立派な杖を持っていた。

 鎧で見えないが、男の右腕にも奇妙な紋が浮き出ている。

 その紋は魔王の右腕のもとにも似ていてけれどまったく違う紋である。

 その紋が示すのは勇者の証であり、男は勇者だった。

 そして一緒にいる女はその勇者の恋人であり、そして国の第三王女であった。


「ようやくここまで来た……」

「ええ……何もないのね……とにかく中央に向かってみましょうか」


 二人は互いに気合いを入れるよう手を強く握りながら荒野の中央へと足を進める。

 そして二人はそこで出会うことになる。

 

 自分達が倒すべき相手と。

 かつての大切な仲間で、師匠だった存在と。




********


「ようやく来たか」


 石で作った簡単な玉座に座ってのんびりトール達の到着を待つこと三ヶ月。

 もちろんその間延々座っていたわけではない。

 ただ、そろそろ到着するだろうと思ってここ最近はいつもここに座って東の方を見ていた。


 三ヶ月前、グランソラスの防衛戦にて俺はドラゴンのブレスに巻き込まれ死亡……ということになっているはずだ。

 実際はそう見せかけて影潜み(シャドウエスケープ)という闇魔法で隠れドラゴンに乗って飛び去っただけだ。

 勇者が精霊の祝福を得るように俺も精霊の祝福を得ていた。

 勇者の旅に参加するずっと前。

 右腕に魔王の紋が現れたその時に一緒に闇の大精霊の祝福を得た。


 ドラゴンに乗って、ここにきて最初にしたのは<魔剣>の回収。

 勇者の武器に<聖剣>があるように魔王には<魔剣>があった。

 トールに<聖剣>を模した騎士剣を渡して慣れさせていたように、俺も<魔剣>を模した剣を使っていた。

 すなわち<魔剣>は勇者パーティの時に使っていた大剣と同じぐらいの剣である。


 その後はただのんびりと待っていた。

 わざわざあんな演技を入れてトール達から離れたのはトールを強くするため。


 どうせこの戦い俺は負けねばならんがその戦い楽しまないと損だ。

 どうも偽神と戦うことが多かったからか俺は戦闘狂になっているらしく楽しみでしかたない。


 あの状況で俺が消えればトールは多分自分のせいで俺が死んだと思うだろう。

 下手すりゃそのまま折れるかもしれんがまああのお転婆姫がいるから大丈夫と判断した。

 決意を新たにしたトールはそれはもう強くなってくれるだろう。

 親しい誰かをもう失わなせまいとして必死になるだろうから。


 それに、道中一緒にいたらどれだけ強くなってるかなんてわかってしまう。

 それはつまらない。

 そこに未知はないのだから。




 どこまで強くなったかわからない。

 だが、間違いなく強くなったトールが今、俺の目の前まで辿り着いた。

 勇者の物語のクライマックスだ。


「随分遅かったな。待っていたぞ」


 トールとティアは俺を見て固まった。

 それはそうだろう。死んだと思ってた俺がここにいるのだから。


「え……ど、どうして……ここに……?だって……」

「死んだはずってか?俺があんなので死ぬわけねえだろトール」

「っ!」


 ぽつぽつと言葉を漏らすトールの言葉に返してやれば目を見開いて驚いている。

 ティアも驚愕の表情をしていて声もでないようだ。


「生きて……たんだ……!」

「ああ、生きていたさ。あれは俺が仕組んだことなんだから当然だ」

「……え?」


 続く俺の言葉を理解できずに困惑した表情で固まるトール。


「この紋、わかるだろ?」

「……?僕の……勇者の紋に似てる……けど……」

「そうだな。勇者の紋が現れた者を勇者という。じゃあ魔王は?魔王という存在はどうなってると思う?」

「……っ!?……そんな!……だって師匠がっ!師匠はっ!」


 認められないか。

 随分と懐かれたものだ。


「それ……本気でいってるの?そんな冗談やめてよ……私だって、怒るのよ?」

「悪いな、本気も本気だ。間違いなく俺が魔王だ」


 ティアが震える声でこちらを睨んできたが、事実は変わらない。


「フローレ迷宮で出てくる敵を強化したのも、グランソラスを襲う魔物の大群を用意したのも俺だよ」

「そんな……でもグランソラスを守るためにあんなに必死に戦って……」

「別に俺は大量虐殺したいってわけじゃない。ただ、この世界の人間に恐怖を覚えてもらうのが目的だった。だからほどほどに恐怖を与えほどほどに守った。それだけだ。一応死者はでなかったろ?重傷者ぐらいならたくさん出ただろうけど」


 死人を出す必要は無かった。

 とにかく大きな争いをしようだなんて考える余裕をなくすように魔物という脅威で恐怖を与えればよかっただけだからな。


「だから後はトール。お前が俺を殺せ。それで終わる」

「僕が……師匠を……?」

「ああ、そうだ。勇者が魔王を討ってハッピーエンド。世界に平和が訪れましたってな」


 それが勇者と魔王の物語ってもんだ。


「さて、雑談もいいがそろそろ始めよう。勇者と魔王の最終決戦だ。俺が殺されるその時まで存分に楽しもうぜ?」


 俺は地面に刺していた<魔剣>を抜き構える。


「でもそんなこと―――っ!?」


 トールの言葉も聞かず一瞬で接近し剣を振り下ろした。

 かつてトールを鍛えてた時にも見せたこともないほどの鋭さでだ。


「ぐっ……」


 だが、トールはそれを防いで見せた。

 頭はごちゃごちゃとしてても体が反応して即座に<聖剣>で受け止めた。

 もっとも体勢が悪かったから後ろに吹っ飛んだけどな。


「勇者が魔王を前にしてボーっとしてんじゃねえぞ!」

「レイ……あなたって人は……」


 トールに駆け寄り攻撃したことで傍にはティアがいて俺を睨み付けてくる。

 俺が躊躇なく攻撃したことに怒っているのか。

 それとも騙していたことに怒っているのか。

 まあ、それは知ったことではない。


「俺はこの最後の戦い、ただ楽しみたいだけだ。お前には手を出さんしトールを殺すわけでもない。精々トールを支援してやるんだな」


 俺はティアに小声で呟く。

 トールは攻撃で大きく後退しているから絶対に聞こえない。

 目を見開くティアに剣をゆっくり振り上げ振り下ろす。


「やらせない!」

「トール!」


 だがそれをトールがしっかりと受け止めた。

 そしてトールは受け止めるだけでなく風の精霊剣の力によって俺を後方に吹き飛ばした。


「もう何が何やら全然わからない!頭がごちゃごちゃだ……でも……あなたはティアに手を出した……僕はあなたを倒す!」

「ちょ、ちょっとトール!?うっ……」


 ティアが何かいらんことを言いそうになったので睨み付けて殺気をとばしそれを封殺。

 どのみち戦うんだから強くなったトールと楽しく戦いたい。


「火よ!風よ!この剣に宿れ!青炎剣(ブルーフレイム)!」


 トールが詠唱し、<聖剣>を構えると火と風がその剣を覆っていく。

 火の属性を風の属性で強化しているようでグランソラスの時に見た火の精霊剣とは違いその色は青い。

 その色から分かるようにかなりの高熱だろう。


「複数の属性を同時に発動か。怖い怖い」

「ハァ!」


 今度はトールが一瞬で俺に接近し、攻撃してきた。

 もちろん回避。


「どうやら当たらなければどれだけ近くても無意味なようだな」

「くそっ!」


 そりゃ熱量を常に周りに発散してたら自爆物だろうからな。

 仮に使用者本人には無害でもティアはまた別のはずであの時ティアはそばにいたのに何ともなさそうだったからこれもないだろうと見当はついていた。


「――を与えよ 肉体超強化フィジカルフルブースト!」


 ひたすらトールの攻撃を回避しているとティアの詠唱の声が聞こえた。

 そして魔法が発動されると同時にトールの攻撃が加速する。


「強化魔法かっ!あぶっねえなっと」

「アアーーー!」


 より苛烈となったトールの攻撃をギリギリで躱す。

 いやいやなかなか強くなっててうれしいね。


「闇よ、全てを飲み込む力をここに 常闇(ダークネス)


 回避しながら詠唱して魔法を発動。

 大剣を真っ黒な闇が覆っていく。


「それは!?精霊剣!?」

「ご名答」


 青く燃える<聖剣>の攻撃に、真っ黒な靄に覆われた<魔剣>で打ち合わせる。

 精霊の力が激しくぶつかり合い相殺され周りは衝撃で地面が吹っ飛ぶ。

 だが、俺とトールの間で攻撃は拮抗していた。


「こっちは複合なのに……っ!」

「悪いな。闇はまた特別なんだ」


 数十秒の鍔迫り合いの末変化が訪れた。


「なんで!?」


 それはトールの<聖剣>から青い炎が消えたからだ。

 より正確にいえば俺の剣に吸い込まれた。

 その瞬間拮抗は崩れトールを後ろへ弾き飛ばす。

 やたら軽かったので、動揺しながらも自ら後ろに逃げたか。


「属性を吸収するのか……」

「半分正解。もう半分は……こうだ!」


 トールに近づくことなくその場で大剣を振り抜けばその剣線から青く燃える斬撃がトールへと飛んでいく。


「なっ!?」


 間一髪でトールは避け、そのまま斬撃は地面を溶かしながらトールの後方へと飛んでいった。


「どうだ、驚いたろ?」


 ニヤっと笑いながらそう言ってやる。


「反則じゃないかそんなのっ」

「そういうなよこっちは闇の祝福しかないんだから。それに複数の属性で使われると時間かかっちまうからな。まあお前の祝福全部複合されれば吸収できねえだろうから、全力で来ないと無駄だぜ?」

「なんでそんなペラペラと言うんだ!」

「その方が面白い」

「くそっ!火よ、水よ、風よ、土よ、光よ!ここに集まり真の姿を示せ! 聖光剣(ホーリーセイバー)!」


 勇者の得る祝福を全て詰め込んだ精霊剣。

 <聖剣>の真の姿か。

 そうこなくっちゃな。


「闇よ、真の姿を現せ 魔王剣(デモンセイバー)


 俺も本当の形で闇の精霊剣を発動する。


「やっぱりそっちもか……」

「そりゃそうだろ。もともと勇者と魔王ってのは対の存在だ」


 勇者と魔王は対の存在。

 であれば武器もまた対の存在だ。


「それじゃあ第2ラウンド、いくぞ!」


 同時に駆け出す。

 互いの中央で刃を重ねあう。

 トールの能力もだいぶ上がっていて俺の攻撃に対応している。


 俺は大剣を普通の剣並に扱えるがやはりそれでも大剣は大剣。

 肉体のスペックが同等であれば小回りはやはりトールのほうに分がある。

 トールは防御主体で俺の攻撃を受けて、流して隙を見つけては反撃してくる。

 俺もそれを柄で防いだりとかなりぎりぎりな展開だ。

 もちろん俺も反撃を貰うばかりではない。

 機会を伺い大剣の重さを利用して上からトールの剣を抑えてからその刃を滑らせるように切り上げる。

 その攻撃にトールは大きくバックステップするが剣先が鎧をかすめた。


「ぐっ!?」

「躱されたか」


 鎧は斬ったがトール自身は無傷。


「くそう!いとも簡単に……これじゃ防具の意味が結局ないじゃないか!」

「いやいや防具があったからぎりぎり傷つかなかったんじゃないか」


 もし先ほどの攻撃で鎧がなければ刃は触れてなくともトールの体を斬っていただろう。

 もちろん致命傷には程遠いが血はそれなりに流れる程度には斬れていたはずである。

 そういう意味でトールは鎧に救われている。


「でも、これで軽くなった!」


 言葉通りトールの動きは先ほどよりも早くなった。

 どんだけ重い鎧だったのかと思ったがより苛烈なトールの攻撃に今度は俺が防戦一方となった。


 よくここまで強くなってくれた。

 

 おそらく俺は今ニヤニヤと笑みを浮かべて戦っているだろう。

 全力で、命を懸けたぎりぎりの戦い。

 惜しむらくはティアの強化魔法なしでこのレベルまでトールが強くなっていればよかったのだが。

 





 楽しい楽しい剣戟はそのまま二時間以上続いた。

ルビとか詠唱とか難しいです。

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