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6話 偽神ハンター、勇者を見守る。 その5

 昼飯を食べ、少しだけ休憩を取ってからいよいよ出発だ。

 ここからスピノリアまで約五日間。

 途中に町はもちろんのこと、村もないので夜は毎回野営を取ることになる。


 なぜ町や村がないのか。

 それはスピノリアに<聖剣>が眠っているからだ。

 この世界では勇者はそれなりの頻度で現れ世界を救っていく。

 その為、勇者は神聖なものとされ、その武器が眠るスピノリアはいわば聖地である。

 そしてこの世界の人々は聖地に集まるのではなく聖地に近づかないようにし、その周辺を騒がせないようにした。

 聖地を騒がせることは好ましくないと、そういった伝承からスピノリアの周辺には一切の町も村も作られることはなかったというわけだ。


 そうして人が寄り付かないことをいいことに勇者の武器を狙う賊もいたりするのだが、彼らは人知れず<聖剣>を守る守護者(ガーディアン)によって葬られている。

 こんなことを知っているのは、神としての特権から事前に世界の情報を得ているからだ。

 必要となればいつでも<端末>から見れるからな。


「こっからは野営が続くから覚悟しろよな」

「はい!」

「ええ、もちろん」


 二人に声をかければ気合い十分って感じだ。

 

「じゃあトールとティアは馬に乗れ」

「え?僕は走るんじゃないんですか?」

「明日はそうするさ。だが今日は迷宮のあれで疲労も溜まってるだろ。俺もそろそろ体がなまりそうだしな」

「え、もしかしてレイ団長が走るんですか?」

「そりゃ馬は二頭だ。お前が馬に乗るんだから俺は走るに決まってるだろう」


 ティアに走らせるわけにもいかないしな。


「それなら僕がティアと一緒に馬に乗ればいいのでは?」

「あほか。短距離ならまだしもこれからの長旅を二人乗せていくなんてマース達に負担がかかりすぎるだろうが」

「それは……そうですが。ほんとにいいんですか?僕別に走れますよ?」

「気にするな。お前も強くなって自信もついてきただろうがまだまだ俺には及ばんってとこを見せてやる。最強の呼び名は伊達じゃないぜ」


 そう言って話を切り俺は収納袋から自前の大剣を取り出した。

 スピノリアまでには一応の道はあっても伝統から近づくのを禁止しているため、周囲の魔物の討伐といった手も入っていない。

 そのため魔物はそれなりに多くいるはずだから、武器は出しておいた方がいい。


「それがレイ団長の……そういえば初めて見ましたがほんとにでかいですね」

「でもあなた、大剣なんて使ったことないと思うけど大丈夫なの?」

「いやいや、使ったことあるから。むしろこれよりもでかいやつをな」


 別の世界でだけどな。


「そうなんですか?あなたが大剣を使うだなんて聞いたこともありませんが……」

「はいはい、無駄話はおしまい。さっさと行くぞ」


 いい加減出発しないといつまでも話が続きそうだったので無理やり終わらせる。

 

「そんじゃあお前ら、せいぜい遅れんようにな!」


 そう言い残し俺は大剣を肩に担ぎながら駆け出した。

 おおよそ人間離れした速度で走り、あっという間にトール達を置き去りである。

 この身は確かに人間なれど、器の拡張はちょっとした事情もあって既に人外レベル。

 伊達に最強だとか呼ばれていない。

 後ろをチラッと確認してみればトール達が全力で馬を走らせているのが見える。

 

 だが、俺との距離はなかなか縮まらない。

 まあティアがいるから道を間違えることはないからこのまま先行しても構わんだろ。


 そうしてさらに速度を上げようとしたところで前方にオーガが三匹立ちはだかっている。

 どうやら結構前から俺に気づき餌が来たとでも思って待ち構えていたようだ。


 俺は大剣を右脇に構え直し、そのままオーガへと突っ込んでいく。

 そしてオーガどもが立ち塞がる場まで辿り着いたところで左足を前に踏み出して急静止をかけながら大剣を振り抜けば、まとめて三匹を斬りとばし俺の身体は遠心力から地面を滑りながら一回転する。

 回転の途中に後ろ向きに地面を蹴って軽くジャンプすると共に回転を止め、着地と同時にまた駆け出した。


 待ち伏せしたはいいがこちらの速度が思ってた以上に早かったからかオーガは何も反応できずにいた。

 殆どロス無く倒せたのでトール達との差もそこまで縮まってない。


「道中の雑魚はついでに掃除しとくから安心して小走り程度で来い!全力で走らせ続けると馬たちの負担になる!野営予定地で待ってるぞー!!」


 トール達はともかく全力で走らされているマース達がかわいそうなので大声で後で合流しようということを伝えた。

 こっからはさらにスピードを上げていこう。

 最近直接動くことが少なかったから鬱憤が溜まってるんだよなあ。

 迷宮も潜ることはできなかったし。


 その後も道中出てくる魔物を倒しながら爆走していった。




 

 野営場所となる土がむき出しになった小さいエリアで野営道具を設置し、周辺から食べられる薬草だとか山菜を集め終わったところでトール達が来た。


「おう、遅かったな。大体の用意は終わってるぜ」

「嘘でしょ……野営の用意が終わってるだなんてどれだけ早く着いてんのよ……」

「さすがレイ団長ですね!最初のオーガの倒しっぷりもお見事でした!」


 ティアは信じられないといった風にぼやき、トールは何やら興奮して俺を持ち上げてくる。


「こんぐらいちょっと頑張ればだれでも余裕だろ。あ、道中で(オーク)狩ってきたから今夜は腹いっぱい肉食えるぞ」

「ああ、そういえばなんか腹の部分切り取られた死体があったわね……」

「おう、脂が程よく乗っててうまいんだぞ。ほんとはハイオークのほうがいいんだけどな」


 ハイオークの肉は素晴らしい。

 ハイオークはその肉に自らが食べたものの風味を還元する。

 だからなんも調味料がなくても極上の味となるのである。

 サクラと二人で食べたあの肉の味は忘れられない。

 おかげでサクラは食い道楽に堕ちたからな。

 あれがなくてもサクラはそっち方面に歩んでいたとおもうが。


 ……だがよくよく考えてたらあの時ってゲームベースの世界でのことだったから違うかもしれない。

 まあこの世界でもオークの肉はそれなり美味とされてるのでそこまで違うこともないだろう。

 ただ、オーク=おいしいの図式に囚われてるとオークまずい世界で馬鹿やりそうだってことは頭に入れとこう。危なかった。


「ほら、焼けたぞ。どんどん食え」


 二人に肉を差し出せば、とりあえず一口。


「っ!うまい!!」

「驚いたわね……この肉がおいしいのもそうだけど焼き加減が絶妙だわ。まさかあなたがこんなおいしく料理できるなんて」


 一言多いんだよなあ、この姫様は。

 まあ、肉を焼くことに関しちゃサクラの右に出る者はいないんだが俺も捨てたもんじゃあない。

 そしてエルザの料理の腕は壊滅的だった。

 一度味わう機会があったが一口で死ぬかと思った。

 新手の<神殺し>と言って過言ではないレベルだったので、それ以降エルザには料理禁止令が敷かれた。

 そんなエルザだったが隠れて練習していたようで、そこは神補正で人並みレベルまで向上した料理の腕でいたってふつーな料理を作れるようになって俺に料理を作ってくれた。

 むしろ神補正があっても人並みレベルってのがすごいなとも思ったが、その時のエルザに「料理が下手なのは諦めるとしても一度ぐらいちゃんとレイに手料理を食べて欲しかったのよ」とテレながらも料理を練習してた理由を言われた時は死ぬかと思った。

 そしてそのエルザの手料理は味は普通だったんだけど超うまかった。


 エルザはその一回でいろいろ吹っ切れたようでそれ以降料理をすることは無くなった。

 そしてサクラが料理してくれたときに見せていた、微妙な嫉妬心のような空気もその日以降から消え去った。

 二人は基本仲はいいんだけどそういった部分で起こる感情はやっぱりしょうがないらしく、その間微妙に居心地悪かったから助かった。


 そんなことを思い出していたからか顔がにやけていた様で、


「なににやけてんのよ。きもちわるい」

「ちょ、ちょっとティア!そういうのは黙っておくものだよ!」


 なんて言われてしまった。

 まあ、突然にやけ出した野郎とか確かに気持ち悪いだろうがひどい姫様だ。

 そしてトールくん。

 それはフォローになってないぞ?

 それは僕もそう思ってましたと遠まわしに肯定しているだけだぞ?

 明日から厳しくしていこう。





「おらっ!どうした!そんなんじゃ当たっちまうぞ!」


 走りながら大剣を縦横無尽に振りながら檄を飛ばす。

 トールはそれを必死に回避しながら全力で走る。


「ちょ、なんですかそれ!完全に大剣の扱い方じゃありませんよ」


 まあ、大剣はその大きさと重さに身を任せて威力の高い一撃を食らわせる武器だ。

 間違っても即座に切り返すような使い方はしない。

 だが、俺の力は通常の剣並の剣裁きを大剣で可能にするのである。


「泣き言言ってんじゃねえ!ほら避けろ!足を止めるな!」

「うわっあぶっ!?もう昨日のことは謝りますから!」

「ああん?別にきめえなんて言われて厳しくしてるわけじゃねえぞ?俺は寛大だからな」

「うう……レイ団長って意外と根に持つタイプだったんですね」

「ほーう。まだまだ余裕がありそうだ。それに慣れてきたようだしな?ギア上げていくぞおらァ!」

「ちょっ!?」


 宣言通りさらに速度を上げて大剣を振るっていく。

 一振り一振りの速度もかなり早いが振り終わってからの切り返しの間隔も早くしていく。

 それをトールは必死に回避していく。

 もはや並大抵の攻撃など見てからでも回避できるくらいトールの反射神経などは向上している。

 これも勇者補正と俺が常にギリギリトールが捉えられる程度に攻撃を抑えているお蔭である。

 慣れたらまた威力をあげギリギリ対応できるレベルに引き上げる。

 これをずっと繰り返しているのだから。


 そんな感じでスピノリアへの道二日目は勇者の回避能力を大きく向上させて終わった。

 その後も昼間は走りながら鍛練を繰り返した。


 三日目は今度はトールが俺に攻撃を仕掛けながら走った。

 おかげでトールの剣の腕はかなりのものになった。


 四日目はトールに魔法を覚えさせ、ひたすら俺に向かって撃たせた。

 聞いただけで即座に魔法を発動させることができるのはさすがの勇者だ。

 最後には威力も大きく向上していたし、魔力量も大幅に上がったようだ。


 五日目は逆にひたすら俺の攻撃を魔法で防がせた。

 防ぐ方法は俺の放った魔法と同じ魔法を同じ威力で相殺するというもの。

 これで魔力制御の精度が向上した。

 

 今の時点でもトールはドラゴン相手に勝てるほど強いだろう。

 それでもまだ最強の騎士団長な俺にも勝てないから魔王には言うまでもなく勝てない。

 

 そんな旅を経て成長した勇者一行はついに<聖剣>の眠る地、スピノリアへとたどり着いた。

 なかなか楽しい五日間だったぜ。




「ここがスピノリア……僕の、勇者の武器が眠る場所……」

「ほら山の中腹に建物が見えるでしょ?あそこは聖殿と呼ばれていて、あの中に<聖剣>があるわ」

「あそこに……」


 ティアが指さす場所にはどこか神聖な気を感じさせる建物が建っている。

 そこに<聖剣>が眠っているのだ。

 トールもじっと見つめている。


「ほら、感慨に耽ってないでさっさと行って来い」


 聖殿までは階段が続いているので足場が悪いなんてことはない。

 ちょっと段数が多いのでそれなりに疲れるが。


「行って来いって師匠はいかないんですか?」

「ああ、マース達を見ておかないといかんからな。こいつらには帰りの道でも頑張ってもらうんだから」


 そう言いながらマース達の首元を撫でる。

 マース達は気持ちよさそうにこちらの手に身を寄せてくる。

 そういえばいつの間にかレイ団長から師匠なんて呼び方に変わっていた。

 道中に厳しく鍛えてたからだろうか。


「ああ、それもそうですね」

「聖殿ではティアがトールを案内しろよ?やること分かってるよな?」

「ええ、当然何をやるのかは全部頭に入ってるわ。さあトール、行きましょう。あまりレイ団長を待たせないようにしましょう」

「うん、わかったよ」


 そうして聖殿への道を上っていく二人を見送る。

 ある程度離れたところで俺は大声で、


「さすがに聖殿内でイチャイチャとするのはやめとけよなー!」


 と言ったがその返答として拳ほどの大きさの石が飛んできたので危なげなく回避。

 投げたのはティアだな。

 魔法で肉体を強化して投げたんだろう。


 今回、聖殿に行かなかったのはマースとミースを見ておく必要があったから。

 だがもう一つ理由があった。


「どっちみち俺は守護者(ガーディアン)が通してくれないだろうからなあ……」


 その辺の岩に座り俺は右腕の袖を捲る。

 三十年の内に鍛えられた逞しい腕。

 そこには勇者の紋に雰囲気が似ていて、けれどもまったくの別の紋が刻み込まれていた。


 勇者の目的は魔王を倒し世界を救うこと。


 世界に災いをもたらす、魔王という明確な敵がいるからこそ、この世界では大きな争いは起きることはない。

 そして、魔王が勇者に倒されることで世界は一時の平和を得てそれを失わないように動くのだ。

 それがこの世界の管理手法。

 必要悪としての魔王という存在とそれを討ち希望を与える勇者。

 それが勇者と魔王の関係。

 勇者と魔王は対の存在だ。


 だからこの俺の右腕に現れた、勇者の紋と似た雰囲気を持つこの紋は即ち―――





「魔王の紋。トールにはちょっと悪い気もするけどまあ諦めてもらうしかないよな」


 いずれ訪れる戦い。

 その時にはトールはもっと強くなっているだろう。


 その時は神としてではなくただの魔王として相対しよう。

 最終的に俺は負け、殺されるわけだが、戦い自体はきっとギリギリのものになるかもしれない。

 思えば最近の戦いは楽になりすぎてたしな。



 ああ、楽しみだ。

 

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