5話 偽神ハンター、勇者を見守る。 その4
翌朝、日が昇る前に目を覚ました。
「うーん、なかなかいい寝心地だった」
ベッドはそれなりに柔らかいマットで熟睡できた。
まあ最高級とは言わないまでもそれなりいい宿を選んだしな。
飯もうまいしベッドも寝心地がいいなんてパーフェクトだ。
願わくばここをこれからも贔屓していきたいところだがそれはかなわないな。
勇者の旅の終わりが俺の依頼の終わりでもあるわけだし。
部屋を出て宿裏の井戸で顔を洗う。
朝の冷たい水が心地いい。
その後食堂で行ったが少し早く起きすぎたようで、朝飯はまだ用意できていなかった。
まあやることもなしのんびり席に座ってぼーっと待つことにした。
俺の他にも飯を待って席に座っている人がいるが彼らは冒険者だろう。
なるべく朝早くから活動し割のいい依頼を得る競争のため早起きしてるというわけだ。
俺の座ってる位置からは部屋のある階に続く階段が見えており、しばらくするとトールとティアが仲良く降りてくるのが見えた。
そのまま井戸で顔を洗いに、外へと出ていったようだ。
またまた仲良く二人で戻ってきてこちらへと歩いてきて、俺に気づいたようで同じテーブルに着いた。
「よう、お二人さん。昨夜はお楽しみでしたね」
まあ、ただのジョークだ。
昨日はトールもへばってたしそもそもまだそこまで互いに気持ちも育ってねえだろうし。
だから俺としては何言ってんのよバーカとかそんな感じの返しを期待していたのだが。
「な、な、な……」
「な?」
「なんであんたがそれを知ってんのよ!?」
「ぶっ!?」
な、何言ってんだこいつ。
まさか、昨日のあの状態から本当にお楽しみな関係になったのか!?
まあ、関係が進んだとしてもトールはかなりへばってたはずだが。
……いや、待て。
あのお転婆姫の事だ。これは俺に対するカウンターどっきりジョークなのではないか?
そう思ってトールのほうを見てみると……。
「あ、とですね……ははは……」
いまいちはっきりしない態度がだが顔を真っ赤にしていらっしゃる。
ジョークじゃなさそうだ。
「いやあ、ほんの冗談だったのだが……まあ、いいか。めでたいことだしな」
「じょ、冗談!?じゃあ!……あっ」
「ああ、あ……」
「まあ、そのーなんだ。おめでとう。仲良くな」
「う、うるしゃい!このばかー!」
「あ、ちょっとティア!?」
羞恥から部屋へと戻っていくティアとそれを追いかけるトールを尻目に俺はすれ違うようにやってきた料理へと集中する。
と、その前に。
「新しいカップルの誕生を祝って!乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
そう言ってただの水の入ったコップをあげて冒険者たちと楽しく騒いだ。
宿屋の主人からは朝からあまり騒がないでおくれよと小言を頂いたがその顔はどこか楽しそうにニヤついているのでなんだかんだで楽しんでるようなので問題は何もなかった。
それからしばらくして旨い料理を味わって食べているとティア達が戻ってきた。
そして俺とは離れた席へ……ということもなく俺と同じテーブルに着いた。
「まあ、俺も冗談が過ぎたよ。すまんかった」
「いえ……自爆したのは私ですし……いいです。その後は茶化すってわけでもなく素直に祝福してくれたのはうれしかったですし……」
いやどうだろうね。
ティア達が部屋に戻った後冒険者と楽しく騒いだけどね。
その辺はどうやらティアの耳には入ってないようだが……。
一緒に騒いで今もなおこちらに聞き耳を立てている冒険者たちをチラッと見ればわかってると小さくサムズアップしていた。
おお、ありがてえ。あとでこいつらに酒代でもやるか。
「まあ、改めて言うことでもないかもしれんが、お前らはちゃんと互いに愛し合ってるんだな?」
「え、ええ」
「はい!」
「それならいいさ。トールは全力でティアを愛し、守ってやれよ。ティアはトールをよく支えてやれ」
「「……はい!」」
「そんじゃさっさと飯食え。予定が詰まってんだからな」
そう言ってやれば二人は仲よく腹を鳴らして用意された朝飯をおいしそうに食べていった。
「よし、じゃあさっそく迷宮に潜ろうか」
朝食後すぐに町を出てマース達に乗り、フローレ迷宮へと来ている。
ここ一帯には迷宮に来た冒険者に向けた屋台が出ていたり宿もあったりする。
また一帯を囲う様に丸太で壁が作られていて三十人ぐらいの騎士が配備されている。
マース達はいったんその騎士達に預かってもらった。
当然だが、今からここで勇者には初の実戦に挑んでもらう。
ついでに勇者のレベル上げだ。
この世界、ステータスなんていう便利な能力確認の術などはないがレベルアップという概念はある。
まあ、正確には一定の魔物を倒すことで自身の能力が向上していくというのが経験から分かっているだけだが。
これは、魔物が死んだときに放出する魔力の一部を取り込み、器に還元するからだ。
この還元が一定以上進むと器は還元された魔力を用いて強制的に拡張する。
これにより自身の能力が向上していくのである。
この方法の拡張には個人差があり、その器の拡張限界に達すると魔物を倒しての能力の成長は止まってしまう。
魔物を倒しての成長が止まるだけで、普通の鍛練などでも能力は向上し、こちらによる能力の向上はほとんど限界はない。事実上寿命の内に上げれるだけという限界はあるが。
だが、鍛練による方法は魔物を倒して向上する能力に比べれば小さいもので即座に効果があるわけではなく、それで器の拡張がされることをこの世界の人間は知らないので、実際に魔物を倒す冒険者などでも通常の鍛練なんてほとんどしない。
もちろんある程度の技術を身につけようと訓練するものはいるのだが、鍛練でレベル上げをするなんてことは誰もしない。
正確にはレベルが上がるまで鍛練をしようと考える者はいないのである。
そして勇者の紋が現れるとこの魔物を倒しての拡張限界もほぼ無くなると言っていい。
加えて日々の鍛練における器の拡張も急速に進むので異常な速さで能力は向上する。
この迷宮にはベテラン兵士でも苦戦する魔物が現れるのだが、トールならすでにこの迷宮に通常出てくる魔物には楽に勝てる程度には能力も向上しているはずだ。
想像していたよりも勇者補正が強かったからな。
「さて、この迷宮それなりに深く三十階層ほどあるらしい。そして、五階層ごとに守護者がいてそれを倒すと入口に転移できるようになるようだ」
「それはなんというか便利ですね?」
「ああ、便利だ。おまけに迷宮の入り口そばの石版に触れると今まで倒した守護者の次の階層まで転移できるらしい。つまり一度五階層の守護者を倒せば次からは六階層から潜れるってことになる」
「迷宮の話を聞くといつも都合のいい話って思うわね」
「まあ便利だから気にすることはないだろう」
この世界の迷宮は神が人に与えたレベルアップできる場として用意したものだからなあ。都合がいいのは当然だ。
そんな迷宮なのでよくある迷宮内の魔物が外に出てきて大混乱なんてことは起こらない。
起こらないのだがそんなことを誰も知らないので基本的に迷宮から魔物が出てきても対応できるように各国は専用の部隊を編成してたりする。
今街にいる騎士もその部隊に所属する者たちだろう。
有事の際は彼らが抑えるだけ抑え援軍を待つ形になる。
俺としては裏事情を知っているため無駄に感じるのだが、冒険者の起こす諍いを鎮めるのにちょうどいいので結果オーライだろう。
「で、ここに五階層までの地図がある。これ持ってお前ら二人で迷宮潜って守護者倒してこい」
「えっ?」
「なんだ?文句でもあるのか?」
「い、いえ、その、レイ団長は一緒にいかないんですか?」
「ああ、遊びにもならんからな。そもそも俺の今の武器じゃ迷宮はなあ」
俺の今の武器は自分の身長近くある大剣だ。
この迷宮は通路と小部屋からなるタイプなので扱いづらい。
「まあ魔物の事はティアも知ってるからティアに聞けばいい。ティアも自分の身は守れる程度には強いからな」
「ええ、トールの足を引っ張るなんてありえません!」
「わ、わかりました!ティアは僕が全力で守ります!」
「いえ、だから自分の身は守れると……ありがとう、トール」
「ほれ、仲いいのはわかったがさっさといけ」
二人にさっさと迷宮に行ってもらい見送った。
「さて……あまり気も進まんがそろそろ一度ぐらいやっとかんとな……」
まったくめんどくさいったらないな。
迷宮の入り口へと近づきそばにある石版に右手を触れる。
「まあ、うまくやれよ。勇者様」
そして転移するとかそういったこともなく石版から手を離し、付近にある屋台で買い食いしながらトール達が戻ってくるのを待つことにした。
「そうそう。まあなかなかこういうのも珍しい経験で楽しいっちゃ楽しいぜ」
『へえ、なかなか大変そうだねえ。それでそのトールくんは現時点でどんな感じ?』
今、俺は迷宮前の広場のようになっている場所の隅にあるベンチに座っている。
手にはノート程の大きさの板みたいなのが握られていて俺はそれに向かって話しかけている。
「うーんまあ並の人間よりかは強くなったがまだまだ人間止まり。勇者、とはまだ言えねえかな」
『そうなんだ。まあ、まだ勇者の武器も回収してないんだよね?もしかしたら武器の能力で一気に強くなったりしてね』
「ああ、かもしれんな。もっとも武器を回収した後は確か精霊の祝福を勇者が得られる全ての属性分を得るように動くからその可能性は薄い気がするけどな」
『ああ、武器回収してからもやることあるなら武器だけで一気に強くなるってことはないかもね』
「多少は強くなるかもしれんが、いきなり魔王と戦えるってほどにはならんだろうな。そっちはどうなんだ?」
そう俺は板――を通して、繋がっている相手――に問いかける。
『んー今のとこアレはないし、なんとなく今回は普通に終わりそうかな。ドラゴンの蒲焼きは美味しかった』
「相変わらず食べ物ばっかだなあ」
毎度のことながら思わず苦笑する。
『別にいいでしょー。でもねやっぱおいしいものはレイと一緒に食べたいかな。レイと一緒に食べるとね、もっとおいしくなるんだよ?』
「そっか。じゃあ次は一緒の依頼受けてみるか?」
『あ、それいいね!最近はずっと別れて依頼受けてたし、たまには一緒にまたやろう!もちろんエルザも誘ってね』
「おう、そうするか。まあさすがに縛りを入れる必要はあるだろうなあ。でも絶対アレくるよな」
『そうだねえ。レイだけでもよく出会うし私たちも同じようによく出会うから三神も行ったら絶対出てくるよね。でもまあお休みチケットの時と自主的な縛りは違うから大丈夫でしょ』
「だな。じゃあ次は皆で依頼を受けるとしようか。」
『うん!楽しみにしてる!』
「さてそろそろあいつらも出てくるから切るぜ。じゃあなサクラ」
『はーい。またね、レイ』
別れの挨拶をして通話を切った。
そう、今会話していた相手はサクラだ。
この今持ってる板のような物、というか電子パッドは<端末>で、これを通じてサクラとTV電話的な感じで話していた。
気が向けばいつでもこれで連絡を取り合えるため便利だ。
これを使うのはやはり別々に別れて依頼を受けることが多くなったから。
何とか別行動中でも自由に話せないのかと考えていたのだが、普通にこの<端末>に通信機能があるということをエルザが発見した。
エルザは神になった時貰ったこの<端末>をおもちゃを貰った子供のように隅から隅まで確認していてその時に確認したという。
にしてもなんとなくこんな感じの板のほうがある程度は世界観に合うかなと思ったがそんなことはなかったな。
SFチックな空中画面のものに変えとこ。
少ししてトールたちが迷宮から転移してきたのが分かった。
転移されるときはこの広場のどこかに転移される。
だから広場の真ん中付近には誰も近づかないようにしている。
そんなことしなくても転移先は障害物がない空間が選ばれるので別に転移事故なんてのは起こりえない。
で、戻ってきたトールたちだがトールもティアもボロボロだ。
身体の傷はティアが治したのだろうが装備がもうひどい。
そして心なしか二人の距離がさらに縮まっている。
いやまあ昨夜はお楽しみだったらしいので今更ではあるんだけど、なんというかよりカップルっぽくなってる。
オープンにイチャイチャしてる。
「どうしたんだ?」
「あ、レイ団長!その、守護者がなんかやたら強い魔物になってて……」
「あんなのおかしいわ……。五階層の魔物は普通のオーガのはずなのに……」
「はあ、それでティアが危機になったところをトールが間一髪で守り抜いてティアはさらにトールに惚れて二人はバカップルになったと」
「ええ、あの時のトールはすっごくかっこよくて……じゃなくて!そうなんだけど違うの!」
二人の言葉を聞き、なぜそこまでオープンにイチャイチャするレベルまでなったかと推論を立てればティアがそれを肯定してくれる。
途中で自分が何を言ってるのかに気づき慌てて声を上げるのだが少なくとも否定するわけでもないようだ。
「で、何が違ったんだ」
「えっと僕は普通のオーガ見てないんでよくわからないんですけど、ティアが言うには普通のオーガよりも二倍ぐらい大きくて後、大鉈を使ってたんですがその扱いがやたらにうまかったんです」
「明らかに高い技術を持っていたわ。それに道中の敵も普段より強力だったと思うわ」
「そうか。まあ無事で何よりだ。そもそも何がおきるかわからん迷宮だ。ある意味勉強にはなっただろう」
「まあ……そうね。知っている気になって油断してはいけないってのは分かったかもしれないわ」
取りあえずは生き残ったんだから問題ないだろう。
何事も想定外のことってのは起こり得る者だから仕方ないしな。
「さて、トールも実戦がどういうものか分かっただろうし、自分の力もある程度感じ取ることができただろう。昼飯を食ってすこし休憩してからすぐスピノリアへ向かうぞ」
「はい!」
「わかったわ」
飯を食べ、ある程度休憩してから俺たちはこの迷宮を出発した。
いよいよスピノリア――勇者の武器、<聖剣>が眠るとされる山へ向かう。
トールとティアの関係について
もともとティアは「勇者」に一目惚れしていて、レイが旅の用意をしている間にトールと会話を重ね、トールの覚悟を知りトールに惚れました。
が、そこにレイはいなかったので全カット。
そしてぶっちゃけちょろいんですがご勘弁。