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4話 偽神ハンター、勇者を見守る。 その3

「ところでなんで馬二頭だけなのよ?」


 ふとティアがそんなことを聞いて来た。

 まあ、別に節約する意味もないんだから三頭分買えばいいと思うだろう。

 だがちゃんとした理由があるのだ。


「どんな理由よ」

「そりゃおめえ、そこでなんかやたらと気合いが入って素振りしてる奴を鍛えるためだよ」


 そう言ってブンブンと俺がやった片手半剣を振っているトールを指さす。トールは自分の話題がでたが気づくことなく振り続けている。

 まあ素振りのために少し離れてるからな。

 素振りする前にちゃんと刃筋を立てるように実演付きで言っておいたし、最初からぎゅっと握らず少し余裕をもって軽く握って振れとアドバイスもしたから、まあ大丈夫だろう。

 遠目に見てもそれなり様になってきているからな。

 やたら上達が早く思えるがこれも勇者の特徴だ。

 勇者の紋が現れ勇者になった者はあらゆることの上達速度が早くなる。

 多分、あの紋に成長を促進する力があるんだろう。

 いうなれば神補正の劣化版、主人公補正だ。

 小説によっては主人公補正が神を上回ったりするのもあるがそれは今、問題ではない。


 まあ、素振りで満点になってもそれで実戦に通じるかといえば別問題だが。

 実際には互いに動いて体勢も常に整ってるわけではない。

 今後、どんな状態でもしっかり振れるように鍛えなければ。


「ってことでいくら技術を習得できてもそれを支える土台が必要なわけだよ」

「ええ、確かにそうね」

「まあ何やるにしても足腰が大事なわけだからな。ついでに体力もつけようってことで勇者はこの旅中、ずっと走ってもらう。ティアもいるから緊急時に疲労で動けませんでしたなんて情けないこともないだろうからな」

「そういうことなら納得ね。その時は私に任せて」


 ティアにも納得してもらったし休憩もほどほどにしてフェノルシアへと向かうとしよう。

 ちなみに今いる場所は前回トールに装備を渡した場所ではなくそこから一時間ほど馬に乗って移動した先だ。

 その一時間でトールは人馬一体と言えるレベルまでの馬術を身に着けた。

 今後馬に乗って動くことも増えるだろうってことで馬に乗らせていたのだがわずか一時間でこれとは勇者補正も伊達じゃないな。

 神補正は最初から完璧だけどな。


「トール!そろそろ行くぞ準備しろ」

「はい!」


 元気よく返事して剣を鞘にしまってこっちにくる。

 そしてそのままミースに乗ろうとするのだが、俺はそれを止めた。


「違う。お前は馬に乗るな」

「え?」

「こっからはお前は走りだ。強くならないといけないんだからな」

「トール。応援してるから頑張ってね!」

「は、はい!わかりました!」


 よしよし、いい返事だ。

 ティアが激を飛ばしてながらミースに乗る。

 俺もマースに乗ってからトールに声を飛ばす。


「よーし、その意気だ!……死ぬ気で走れよ。でなければ」


 意識的に声を低くし、少し威圧しながら言葉をつづける。


「殺す」


 そう言うと同時に一気に殺気を膨らませる。 

 トールもティアも俺のあまりの変化に体を硬直していている。

 そういえばマースやミースは軍馬としての訓練は受けてない。

 こういうのはやばいかと思い、ちらっと確認すればこちらをチラッと見ただけで気にもかけていなかった。

 嘘っぱちの殺気って見抜かれてますな。


 場を沈黙が包む中、俺は弓を背から降ろして弦を張っていく。


「何をしている?さっさと走れェ!!!」


 肩をビクッとさせて、ハッとしたようにトールは街道を北へと全力で走っていく。

 俺はそれを見てマースに合図してトールの後方10mをキープする。

 ミースに乗っているティアも混乱しつつも手綱を握りしっかりバランスとっているから大丈夫だろう。

 あとはミースが自分で動いてくれるからな。


 そんな様子を横目に俺は矢を取り、弓を構えてトールを狙う。


「ちょ、ちょっとなにを!?」

「心配すんな。万が一にも死なせはせん。これも修行の内だ」

「でも、こんなの!」

「これに関しちゃ、王女であろうとも口出しをするな。もともと俺はあいつを鍛えるためにいて俺には俺のやり方ってのがある。お前も王女ならそれはわかってるはずだ」

「っ……わかってる……わよ……」


 一応納得してくれたようで何かを抑えるように歯を食いしばりながらもおとなしくなった。

 すでに発した殺気は抑えてるので前を走るトールも今はビクビクしておらず、ただ言われた通り手を抜かずに全力で走ってるだけだ。

 俺はその後ろ姿めがけて矢を放つ。

 その際殺気も放ち分かりやすいようにしてやる。これを繰り返し、トールには殺気を感じ瞬時に避けられるようになってもらうつもりだ。

 そうして放った第一射は殺気に一瞬、体を硬直させたトールの顔のすぐよこを通り抜け地面に突き刺さる。

 その様子を見たトール思わず立ち止まり固まってしまう。

 何も考えずに立ち止まるとか、最悪だ。

 トールが立ち止まったからといって俺たちも止まるわけでなく、そのまま馬の左側の鐙に右足をかけバランスを取りつつ近づき、その勢いをそのまま載せて左足でトールの背中を思いっきり蹴っ飛ばした。


「がっ!?」


 馬の走る勢いから蹴られたトールは地面を転がっていく。

 盛大に吹っ飛んではいるが蹴ったのは鎧の部分。

 あれは結構効果の高い衝撃緩和のエンチャントがされているので見た目ほどダメージはないだろう。

 まあ転がってる時に体中を痛めてるだろうが、それでも擦り傷程度だ。


「ぐっ……ゲホッゲホッ……!な、何を……」

「何を、じゃねえ。誰が立ち止まっていいと言った?」

「でも、矢が……」

「それが?」

「それがって……っ!」

「それがどうしたって言ってんだよ。お前は突然矢に襲われたらその場に止まって的になるのか?これが本当に野盗だったりしたらお前はもう死んでるんだよ」

「う……」

「わかったか?立ち止まるにしても剣を抜き周囲を警戒しろ。ぼけーっと地面に刺さった矢なんぞみてんじゃねえ」

「はい……」


 そう指摘すれば軽く落ち込んだように小さい声で返事を返すトール。

 まだまだ精神的にも弱いところがあるかね。

 まあ、ついこの前までただの土木建築の仕事してた一般人だしそれは仕方ないか。


「分かったらさっさと走れ。次からは当てるからな。ちゃんと避けろよ」

「はいぃ!」


 このまま続けると声をかければまるで自分を奮起させるように大声で返事を返してくるトール。

 うん、やっぱそうこなくっちゃね。

 体中擦り傷で痛いだろうがすべて無視してトールは全力で走り始めた。


「ティア、フィルノシアに着いたらあいつをゆっくり休ませてやれよ」

「……!あなた、そんなことじゃトールにとことん嫌われるわよ」

「かまわねえさ。時間がどれだけあるかわからねえんだ。無駄にはできん」


 そしてぶっちゃけ男に嫌われても別になんとも……なんてことは言わない。

 ああでもサクラやエルザに嫌われたら……死ぬな。間違いなく。

 息子や娘とか孫とかは……うん。愛情はあるけどね。まあ元気でやってればなんでもいいよって感じかな。

 やっぱ男に嫌われてもなんともないね。


 

 まあ、まだまだ先は長いんだから一応フォロー入れて、ギスギスした空気にならないようにはする。

 でも、最終的にトールは俺をよく思わないだろうな。

 憎しみの感情さえ持つかもしれない。

 まあ、もしかしたら最後の最後でも俺を信じようとするのかもしれないな。

 勇者ってそういうの多いイメージあるし、トールを見ててもそう思う。

 一度信じた人のことをずっと信じていける、そんな奴だなとなんとなく感じるのだ。

 そんなことを俺は右腕を服の上から軽く掻きながら考えていた。




「着いたな、フィルノシアに」

「ちょっと遅くなっちゃったけどほぼ予定通り。今日はここで一泊ね」

「ぜえ……ぜえ……もう、無理……」

「おう、まあど素人がよく耐えたな。さすがは勇者だ」


 あれから一時間。

 俺たちはフィルノシアに着いた。

 その間勇者はひたすら全力で走りつつ、時折俺が撃つ矢を回避し続けた。


 一度意識を向ければなんだかんだで簡単にやってしまうんだからその辺はさすがの勇者補正だ。

 今後はその勇者補正を常に意識して行動できるようになるはずだ。


 最終的には殺気を完全に断った状態からの背後からの攻撃を紙一重で回避できるようにまでなっていた。

 そんな急激な成長を見せるトールだが、それでも一時間全力で走り続けるのは流石に辛かったようで今では息を荒くしながら地面に突っ伏している。

 勇者のそんな姿を見ればフィルノシアの人々は失望しかねないが今は外套ですっぽりと全身隠れているので汚い旅人にしか見えんだろうから大丈夫だろう。


 そんな勇者の首元を引っ張って最高級ほどではないがそれなりに質のいい宿屋へ向かう。

 人一人引きずる姿は普通なら奇妙な光景だが、そういった光景は依頼帰りの冒険者パーティなどでもよく見るため多少注目を集めるだけでそこまで目立つことはない。


 そうして宿屋の前まで着くと、首元から手を離す。

 急に離されたことでそのまま後ろに転び、軽く頭を打って痛がっていたが知らん。


「んじゃティア、俺は先に旅支度とかしてくるから、部屋とかよろしく。三部屋でもいいし二部屋でトールとお前の相部屋でいちゃこらでもいいから適当に頼むわ」

「な、なに言ってるのよ!そんなこと、し、しないわよ!」


 ティアに顔を真っ赤にして反論してくる。

 俺は適当に笑ってごまかしながら店のある方へと向かう。


「あ、あの僕は別に、というか光栄というか……」

「トールも何言ってるの!……もう!」


 トールも冗談を言うくらいには体力も回復してきたようだな。

 それも確認していろいろと一安心である。

 そういえばマースとミースだが、彼女たちは街の外にある馬小屋に預かってもらっている。





「ずいぶん遅かったわね」

「あの、すいません!旅の用意なんにも手伝えなくて……」


 旅支度に店を転々と回っていたら結構時間がかかり、辺りはかなり暗くなったころに俺は宿屋に戻ってきた。

 でもお蔭で無事準備は整った。

 これで明日はすぐに出発することができる。


「まあ、気にするな。今日はかなりきつくしたからな」

「しすぎよ。魔王の前にトールが壊れちゃったらどうするのよ!」

「いえ、いいんですよティア。俺も勇者に選ばれたことに浮かれていて、考えが甘かったってのを自覚できましたし」

「トールはやさしいのね。……トールがそう言うのなら私も何も言わない。その代わりトールがどんなにひどい怪我を負っても私が必ず治してあげるから!」

「うん、ありがとうティア」

「当然のことよ」


 まあなんだかんだでトールに嫌われることはなかったようだ。

 これからまだまだ旅は長いからあまりぎすぎすとした空気にならずに済みそうで何よりだ。

 まあ、俺が言えた義理じゃないのだが。

 それはそれとして、だ。


「夫婦漫才は俺のいないときにしてほしいな」

「し、してないわよ!」

「……」


 ティアは再び顔を真っ赤にして声をあげ、トールも同じく顔を赤くして俯いた。

 それを見て俺はニヤニヤしつつ眺め二人が落ち着くのを待った。




「さて、旅の準備はできたので明日の朝出発でいいな?」

「ええ」

「はい」


 二人が落ち着いたので宿の食堂で飯を食べながら明日の予定を確認する。


「明日、向かう場所はちゃんと分かってるか?」

「はい。ティアから教えてもらいました。明日はここから歩いて一時間ほどの場所にあるフローレ迷宮にいくんですよね?」

「そうだ。そこでトールの初実戦の予定になっている。取りあえず午後まではずっと迷宮の中でひたすら戦ってもらう」

「分かりました」


 フローレ迷宮は王都からもそれほど離れているわけでもないが、それなりに手ごわい魔物や魔獣が現れる迷宮で、ベテランの騎士や冒険者でもそれなりに苦戦するレベルである。

 だが、その分魔物や魔獣の素材はそれなりの需要があり、高く買い取られているのでここフィルノシアには冒険者の姿も多い。

 一方王都には周囲に迷宮もなく、騎士団が常駐し見回っているので付近には魔物の姿も少ないため冒険者は少ない。


 閑話休題(それはともかく)


 ベテラン騎士でもそれなりに苦戦する魔物が現れるのだが、おそらくは勇者であるトールにとってはすぐに相手にもならなくなるだろう。

 もちろん最初こそ手こずるだろうが勇者補正はかなりのものだ。

 多少のけがはティアが治すし致命的な状態になる前に俺が間に入るからな。


「午後からは迷宮を出てそのまま北へ向かう。具体的には北にあるスピノリアっていう山を目指す」

「そこに僕……勇者の武器である<聖剣>があるんですよね」

「そうだ。スピノリアまでは馬に乗っても五日かかるがその途中村もなんもないから野営が続くから覚悟しろよ」

「はい!」

「他になんかあるか?」

「いえ、ないわ。<聖剣>を回収した後にもまだまだやることはあるけどそれは無事回収できてからでいいしょう」

「んじゃそういうことで」

 

 予定の確認も終わったところで俺たちは食事に集中するのだった。

 ここの食事はかなりおいしくて料理屋としてもやっていけるんじゃないかというほどだった。


 満足した俺たちは部屋へ上がり明日の英気を養うために体を休めるのだった。

 尚、部屋は俺とトールで一部屋、ティアのみで一部屋の二部屋だったのだが、ティアは直接戦闘タイプでもないし、王女なのだから危険だということで無理やりティアとトールで一緒の部屋で寝るようにさせた。


 まあ、今日は勇者も疲労がたまってすぐ寝るだろうから面白い展開にはならんだろうなあと思う。


 そんなことをつらつらと考えながら俺は目を閉じ、意識を落としていった。

神補正:最初からレベルマックス


勇者補正:経験値x倍

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