38 (最終話)
「では、何故……。俺が、君の婚約者と敵対する立場だったからか?」
「いいえ、違うわ」
ミラベルは慌ててリオに駆け寄る。
「そんなことは関係ない。ソレーヌもリオも、たとえどんな立場でも、私の大切な友人よ。ただ、その……」
女の子と間違えていたなどと聞いたら、気を悪くするのではないか。
そう思うと躊躇われたが、思い切って打ち明ける。
「ソレーヌだと、勘違いしていたの。一緒に遊んだ子どもは、女の子だと思い込んでいたから……」
ミラベルの告白を聞いたリオは唖然としたあと、笑い出した。
「そうか。そうだったのか。たしかにあの頃、互いに名前も名乗っていなかったからな」
「そうなの。名前を聞いていれば、私だってそんな勘違いをすることはなかったと思うから」
ふたりで笑い合い、それからたくさんの思い出話を語った。
どれもが懐かしく、胸が痛くなるほど幸福で、大切な思い出だ。
「あの頃からずっと、ミラベルが好きだった。婚約者がいると知ったときは絶望したが、それでも諦めきれなかった。ディード侯爵家が失脚すれば、婚約は解消されるのではないかと思ったこともある」
リオはそう打ち明けてくれた。
「そんなニースが、自分からミラベルに見放されるきっかけを作ってくれた。そんな彼の愚かさには感謝したし、ミラベルが俺たちを頼ってくれて、嬉しかったよ」
「私とニースとの婚約は政略だったから、ニースがあんなことさえしなければ、黙って結婚を受け入れていたかもしれない。私は父にとって商売道具のようなものだったから……」
「ミラベル……」
俯いたミラベルの髪に、リオが躊躇いがちに触れる。
こんなに大切そうに触れられたことは、今まで一度もなかった。
「昔は女の子だと思い込んでいたけれど、あの頃のことを、忘れたことなどないわ。私にとっても、大切な思い出なの。そして今では、あなたのことを愛している」
そっと、指に嵌めた指輪に触れる。
そこには、サザーリア公爵家の紋章が刻まれている。
当主の妻に与えられる指輪だ。
「でも私は犯罪者の娘で、今は貴族ですらない。そんな私が傍にいたら、リオに迷惑を掛けてしまう。そう思って躊躇っていたの」
「迷惑など」
リオはミラベルの言葉をすぐに否定すると、その勢いのまま、ミラベルを抱きしめる。
突然の抱擁に驚くが、リオの腕の中はとても心地よくて、温かい。
「もう何年もずっと、想い続けていたミラベルが傍にいてくれるだけで、俺がどれだけ幸せを感じていることか。その幸福のためなら、何もかも捨てても構わないと思うほどだ」
「リオ、ありがとう。家族にも婚約者にも愛されたことのない私を、そんなに愛してくれて。私もあなたを愛している」
ドリータ伯爵家の娘ということが、ミラベルの罪だ。
何も知らなかったとはいえ、人々の苦しみの上に築かれた財産で暮らしていたのだから。
いつか、その報いを受ける日が来るかもしれない。
でもソレーヌとリオは、そんなミラベルを必要としてくれている。
大切だと言ってくれた。
だからもしミラベルが彼らから離れたら、自分を愛してくれる人たちを苦しめることになってしまう。
こんな自分でも必要としてくれる人がいるのなら、これからは、愛する人と一緒に生きたいと。
「私でよかったら、あなたの妻にしてください」
そう告げると、リオの顔が喜びに輝く。
愛する人がそんなに幸せそうに笑ってくれるのなら、これから先、どんなことがあったとしても、この選択を後悔することはないだろう。
それからリオは、ミラベルの気が変わらないうちにと、驚くほどの速さで婚姻の手続きをしてしまった。
サザーリア公爵家当主の婚姻を、そんなに簡単に進めても良いものかと戸惑うが、ソレーヌはお兄様も必死なのよ、と笑っていた。
「長年の片思いが、ようやく実ったのだから」
「そんな……」
たしかにあの頃からだとしたら、もう十年以上もミラベルのことを思ってくれていたことになる。
自分にそんな価値はあるだろうかと思っていると、ソレーヌが呆れたように言った。
「もう、ミラベルったら。すぐにそんなことを考えて」
「そんなことって……」
何も言っていないのにと思うが、ソレーヌはすべてを見通したような顔で、優しく言う。
「ミラベルは美人で心も強くて、正義感もある。私の自慢の親友よ。そしてこれからは、私の義姉なのだから、もう自分を卑下しないでね」
「そうね」
自分を愛してくれる人たちに、ふさわしい人間になろう。そのためには、俯いてばかりでは駄目だと、顔を上げる。
あれほどの事件が起こったあとなので、派手な式は挙げないことにした。
それに、サザーリア公爵家当主の結婚とはいえ、妻になるミラベルは平民のメイドである。
ただソレーヌの希望で、領地で身内だけの結婚式を行うことにした。
出席するのは、サザーリア公爵家に勤めている人たちと、ソレーヌだけだ。
「ロランドも来たがっていたけれど、彼も王太子になってから忙しくなってしまって。お祝いの言葉を伝えてほしいと言われたわ」
その言葉だけで充分だと、ミラベルは頷いた。
ロランドは正式に王太子となり、ソレーヌは王太子の婚約者となった。
来年には、国を挙げての結婚式が行われる予定である。
勤勉で、どんな人の話も真摯に聞くロランドは、きっと良い王になるだろう。
王太子の側近が何人か選ばれたが、その中にリオはいなかった。
けれどロランド派の筆頭だったリオが抜けたことで、王太子の側近は派閥を考慮せずに優秀な者が選ばれ、かえってバランスが良くなったようだ。
家の関係で仕方なく第二王子の派閥に入っていた者の中にも、優秀な者はいる。
おそらくリオは、そこまで考慮していたのだろう。
ソレーヌと話し合って決めたドレスは、あまり装飾のないシンプルなものだ。
それでもブーケと髪飾りには、自分で育てた花を使っている。
そして結婚式の式場となった教会を飾る花は、リオとソレーヌが育ててくれた花が飾られている。
派手ではないが、自分を愛してくれている人たちが作り上げてくれた、とても豪華な結婚式だと思う。
婚約者の浮気がきっかけで、色々なことがあった。
ほんの軽い気持ちだった失踪が、あれほどの騒動を引き起こすなんて、想像もできなかったことだ。
結果として、ドリータ伯爵家は取り潰されてしまった。
けれど罪人は裁かれなくてはならないし、罪は償わなくてはならない。
ミラベルの失踪というきっかけがなかったら、被害者はもっと増えていたかもしれない。
(だから、もう後悔はしない。これからはただのミラベルとして、愛する人たちのために生きていく)
リオの笑顔が、あの日の幼い子どもと重なる。
花畑を見に行こうと約束をした。
リオの隣で微笑みながら、ミラベルは教会中に飾られた花を見つめる。
(まるで、花畑みたい……)
あの日の約束は、この幸せに続いていたのだ。
そしてこれからもきっと、途切れずにどこまでも続いていくことだろう。
かなり更新が途切れてしまいましたが、無事に完結することができました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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詳細が決まりましたらお知らせいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。