第63話 最終戦・終幕
最終防衛ラインまでの道のりは真っ直ぐではないので、数時間の猶予はありそうだと女貫太郎が判断したため、全員拠点に戻って休憩と会議を行うことにした。
「これは短時間でのリポップの線が濃厚か?」
「いやいや、それじゃあ数が合わないよ☆ 倒すごとに倍に増えて出現するならあるかもだけど☆」
「なにそれ~怖くない~? これって守り抜くの不可能じゃない~?」
緒流流は顔を真っ青にしながらも会議に参加していた。声には力がないし、椅子に座る気力もないのかどこかから持ってきたソファで横になっている。夜蘭もソファに腰掛け、緒流流に膝枕をしながら頭をよしよししていた。
「そもそも拠点防衛の人数が圧倒的に足りねえよ。短時間で数千人倒す無双系じゃねえんだから」
「でも姉御、そういうゲーム好きじゃん」
「ゲームならな? 実際できたら苦労はねえよ」
「でも無双ゲーの特訓してたんじゃないの?」
「……そう言われればそんな感じの特訓だったな。でも一振りで二、三十の敵を吹き飛ばすには熟練度が足りねえよ」
いずれできそうな口ぶりである。実際、レベルが上がればできてしまうのがレベルのなせる業だった。
「すぐにはレベルは上がらないよ。二十九階層はボクらのレベル帯より上なのは間違いないから、経験値は多く入るだろう。だけど起こるかわからない奇跡を信じて戦うより、勝機のある方法を選択していくやり方で乗り越えたい」
「具体的な方法はあるのかって話だよ」
「砲弾もそんなに作れないよ? 今日一日頑張って二〇発かな☆」
「緒流流ちゃんは無理してるから、その半分くらいにして体を休めないと~。だから巨人を狙うだけでギリギリかも~」
「雑魚はとにかく地形罠で減らして、巨人を的確に減らしていくしかないと考えている」
「でもあのおっきいのさー、雑魚投げてくるよ?」
「そうだぜ。当たったらひとたまりもねえよ。う〇こ投げてくる動物園のゴリラみてえだもん」
腕を組んだ鶲輝はすらりと細い足を行儀悪くテーブルに乗せて不平を隠しもしない。闇音はテーブルに顎を乗っけてやる気のなさそうに参加している。
「敵を一カ所に集約させる。これは地形をイジればなんとか対応できる。目標が一挙集中すれば狙いも定めやすい。問題は予想外の行動を起こした場合の対処だ」
「それならオレと闇音が遊撃で動くぜ」
「えー」とブー垂れかけた闇音の頭を先んじて鶲輝がぐいっと押さえ込む。
「それではボクは砲手と敵の地形誘導を任せてもらおう」
「うちは砲弾の作成だね」
「あたしはみんなのサポートかな~」
「夜蘭には監視の役割も任せたい。全体を見て、何かあればさっきみたいに連絡してほしい」
「うん、わかった~」
全体の流れが決まったところで、女貫太郎は全員を見渡す。
「よし。最終局面だ。無様にやられるなんてボクはゴメンだ。二年に上がった連中にいつまでもおんぶ抱っこにはならない。ボクらの力をここに示そう」
「おう! オレに任せろ!」
「おー」
「精一杯頑張るよ☆」
「みんなも気をつけてね~」
追い詰められてはいたが、後ろ向きにはなっていない。希望はあった。拠点という住み心地のよい空間が、まだ皆の寄り処になっていた。
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三時間後――
「るーちゃん! どこ~! 返事してぇ~!」
崩れた廃墟に夜蘭の悲痛な声が響く。午前中に使っていたリビングは屋根から崩壊し、生活空間は跡形もなく消え去っていた。円卓もソファも、瓦礫の下になってしまった。
屋上にいた夜蘭は拠点が崩されていくのを見ていることしかできなかった。最初は地形効果で近づけなかった敵勢だったが、その姿がはっきりと見える距離になった頃に巨人が大岩を投擲してきた。最初は城壁にも届かなかったそれらは、やがて城壁を穿ち、頭上を越え、そして拠点へと降ってくるようになった。その破壊力は相当で、一軒家を投げ飛ばしてくるようなものだった。
鶲輝と闇音が慌てて巨人たちへと向かっていき、女貫太郎は一体、二体と砲撃で巨人を打ち倒した。そして残弾も底を尽きかけたとき、女貫太郎のいる城壁の一部が大岩によって吹き飛んだ。夜蘭はその様子を拠点の屋上から観測していたが、生死まではわからなかった。心臓が握り潰されたようなショックだったが、続けて拠点に大岩が落下したのだ。
砲弾を工房で作っていた緒流流を探して、夜蘭は塞がりかけた通路を這って進んだ。
「いたっ……うぅ~……」
手探りで進む中、手の平を切ってしまい、痛みに顔をしかめる。だがぎゅっと握って我慢する。自分に治癒魔術をかける時間があるならば、少しでも早く緒流流を見つけ出すべきだと思ったのだ。ハンカチを巻き付けて先へと進む。部屋の前につくと、扉が半壊していた。緒流流は部屋の中で倒れていた。
「るーちゃん~! んぐぅぅ~!」
扉を力一杯こじ開けて中に入る。頭から血を流した緒流流だが、懐には短い時間で作ったと思しき弾薬が大事に抱え込まれていた。その大砲は女貫太郎の生死とともに行方不明になってしまっている。
「るーちゃん! 大丈夫~?」
「んん……」
「良かった~。すぐ治すね~」
頭の傷や体中についた切り傷を治癒すると、緒流流がゆっくりと目を開けた。
「あ、よっちゃん?」
「るーちゃん、起きれる~?」
「うん、大丈夫☆ それより外はどうなってるの?」
「えっとね~、向こうから大きな岩が飛んできて、そこら中壊れてる~」
「それって拠点がやられたことにはならないのかな?☆」
「中に入られてないからまだ大丈夫かも~?」
「悔しいね、よっちゃん。こんなにやられる前にできることいっぱいあった☆ いまならいくつも思い浮かぶのに☆」
「うん~。あたしも自分にできること増やしておくべきだった~。なんにもできないよ~」
目元を拭う緒流流の肩を支えながら、ふたりは外を目指す。もし城壁から侵入されていたら二年の先輩方が介入してきて最終試験は終了となるだろう。
「あ」
「え~?」
いま目の前で起こったことをありのまま語るのだとすれば、飛んできた大岩が二年の先輩の観覧席となっている城塔をあっさりと吹き飛ばしたところだ。もうだめかもしれないと本気で夜蘭は思った。
「もし魔物が押し寄せてきたら、この砲弾を爆発させようか☆」
「そうだね~。でもできることを全部やってからにしよ~?」
夜蘭は付与術師のスキルで緒流流と自分にバフを重ねていく。もう手の施しようがないほど負けたときに、身の振り方を考えればいいのだ。死んでも命がなくなるわけではない。二年の先輩たちから与えられた試練には不合格かもしれないが、だからといってなにも得られなかったわけではない。この三か月という時間が、ふたりに成長を、得難い結びつきを与えてくれていた。ふたりは城壁の補強のために急いで駆けだした。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
走る、走る走る――闘気と内丹を掛け、足が千切れるくらいに走った。闇音は鶲輝の影に入っていた。ひとり楽をしてんじゃねえよと叫びたい。いや、それよりも、後手後手になっている現状を恨みたい。
「ああもう! 最ッ悪だッ!」
「なにが最悪?」
「全部だよ! 全部! なにもかも! ありえねえ。なんでこんなことになってんの?」
「それは敵が攻めてきたから」
「わかってんだよ、そんなことは!」
「えー……何に怒ってるのこの人」
ドン引きする闇音を殴りたい気持ちを抑えながら、怒りを敵に向けて全力全霊でもってぶっ飛ばした。何に怒っているのかなんて知れていた。こんな後手に追い込まれている現実に、だ。もっと颯爽と、完膚なきまでに勝つことが理想だった。そういう自分を常に想像していた。しかし現実は四方八方、圧迫するような敵の数に徐々に押し潰されそうになっている。もがけばもがくほど泥沼にはまって身動きが取れなくなりそうだった。
「全部吹っ飛ばせるほどの力がほしいぜ」
「姉御、無双に憧れる小学生みたい」
「てめえは余計なこと言ってんなボケ」
口が動くのはまだ余裕のある証拠。闇音も鶲輝も、右へ左へ動き回りながら近づいてきた一つ目オークをまとめて二、三体ぶっ飛ばしている。レベルが上がり、敏捷や膂力がようやく理想の動きに近づいてきたが、それでも力不足は否めない。無い物ねだりなのだが、それでもあと少しレベルが高かったらと後悔せずにはいられない。このままでは敵を全滅させる前にスタミナが先に尽きるのが目に見えていた。
「闇音よぉ、切り札があるんだろ」
「あるよー、でもリーダーが使っちゃダメだって。リーダーの許可があれば使うけど」
「あるんなら使えよ。こういうときに使わないでいつ切る切り札だよ。あれだ、精神崩壊のやつはだめだぞ」
「えー、もう一個あるから別にいいけど」
「それは頭おかしくなるやつじゃないんだよな?」
「うーん、炎?」
「よっしゃ、やれ。焼き尽くしてやれ」
「じゃあ姉御、巻き込まれないように頑張って逃げてね」
「は?」
「うちを中心に、全方位無差別攻撃だから」
「それを先に言え!」
鶲輝は攻撃をやめ、脱兎の如く闇音から逃げ出す。背後から「〈享楽地獄〉」と呟く声が聞こえた。まず背中に感じたのは、身を炙られるような灼熱の風だった。轟々と耳鳴りがして足を止めずに鶲輝は振り返る。闇音を中心にどす黒い炎が立ち上り、次々とオークに移っている。燃え上がる炎もまた闇のような深い黒で、オークの悲鳴は熱さ以上の痛みに襲われているようであった。
「うおぉぉぉぉ!」鶲輝は絶叫を上げながら逃げた。絶望の断崖が目前に立ち塞がり、手を突いて振り返った。黒く渦巻く炎は鶲輝に襲いかかるが、寸前で止まり、引き潮のように引いていった。
闇音を中心に地面まで黒く焦げていた。一瞬で炭化した一つ目オークの体にまだ黒い炎が燻っている。とんでもない切り札があったものだ。これはリーダーがみだりに使わせないわけである。地面も真っ黒に焦がした炎はいまだに点々と残っており、それら残り火に触れたオークは燃え移った黒い炎に悲鳴を上げた。
「馬鹿野郎! これ喰らったらオレ死ぬだろ!」
「え? なにー?」
「いっぺん死ね!」
「なんでー?」
残り火と残骸を避けながら闇音が近づいてくる。押し寄せる勢いが少しだけ弱まったことで、わずかな休息を得られた。壁に寄りかかりながら、肩を上下させて息を整える。
鶲輝はなんにも考えていなさそうな闇音の頭を引っ叩きたくなったが、実はこいつひとつ年上なんだよなと思い直す。パーティの中で最年少かと思いきや、留年しているのだ。年上の威厳など皆無だが、かつての鶲輝の周りには年上しかいなかった。年長相手に叩くという発想は恐れ多いことだ。血の気の多い仲間たちはちょっとしたことでよく喧嘩していた。五つ上の青年にからかわれて殴りかかったら、頬が一週間腫れるくらいのしっぺ返しを喰らったことがある。たったいま目の前で見せた実力によって一目置かれたことなど、とうの闇音は気づくことがないだろう。
「ともあれ雑魚をいくら蹴散らしても意味がねえ。デカブツを処理しなければ危険なのは変わらねえ。だから――」
言いかけた鶲輝の頭上を大岩が飛んでいく。直後、バリバリと想像を絶する轟音が鳴り響く。恐る恐る振り返ると、城壁の一部が破壊されているのを目の当たりにした。そこは奇しくも大砲があった場所だ。狙って攻撃したのだとしたら、巨人の知能はどれほどのものなのだろう。
「大砲が消えたー。あのメガネさん死んだ?」
「わっかんねえ。だけどどんどん不利になっていくじゃねえかクソ」
女貫太郎の生死は不明だが、あんなやつはいてもいなくても変わらないと思った。口うるさいのが消えて清々する気持ちもあるが、そもそもの話、他人の状態を考慮するほどの余裕がない。次の敵の波が押し寄せてきて、潰されないように鉄バットを振るうだけだった。切り開く道は限りなく狭く、身を捩って、肩をねじ込ませて無理矢理押し通る状態だった。
「闇音! 向こうの崖をよじ登って巨人をぶっ殺すぞ!」
「あいあい」
「倒すのは最低限にして急ぐぜ」
「じゃあ上走った方が早いね」
闇音は飛びかかってきた一つ目オークを飛んで躱し、頭を足場にして飛び石のように頭を踏んで移動した。
「忍者かよ……」
しかしそれが手っ取り早いのも確かだ。寸胴な体の上に乗った一つ目オークの頭は太い首もあって、闇音や鶲輝が踏んだところでびくともしない。それに反応が遅いので、足を掴まれることもない。
「おっしゃ。やってやるぜ」
夜蘭が掛けてくれたバフのおかげで体はいつも以上に軽かった。闇音の真似をして肩や頭を踏み台にして跳ねるように移動する。
「……ははッ!」
思わず笑っていた。こんな戦い方があるか。体は羽が生えたように軽い。いまなら見せかけの翼でも飛んでいけそうだ。
向かいの断崖には一つ目オークの肉の山が築かれている。いまも絶え間なく落ちてくる中を、闇音と鶲輝は器用に避けながら、空中で足場を確保しながら上へと登っていった。こんな曲芸がいままでできるとは思っていなかったが、不思議と物体の動きがはっきりと見えるのだ。身体能力が上がったことで、いずれは水の上も走れそうだ。
一歩も踏み外せない緊張の中を、闇音とふたり楽しんでいる。一度落ちてきたオークを避けきれず、闇音は「へぶっ」と直撃したが、次の瞬間には横から飛び出して立て直した。「し、死ぬかと思った~」とどこか余裕めいている。
登り切った先には、見渡すかぎり蠢く兵隊。巨人が点々とそそり立っていた。ゆっくりと、しかし確実に大岩を飛ばして拠点を削っていくその挙動を止めなければならない。放っておけば全滅だ。
「なんとしても巨人を倒せ! いいか闇音! なんでも使え!」
「イエス、マム!」
闇音とはその場で別れて、見えているだけで四体いる巨人に向かって駆ける。飛び上がり、鉄バットで殴り、そして巨人の足下へ接近する。そして向こう脛に力一杯振り抜いた。太い毛の生えた巨人の足がメコリと凹み、骨にも響いた感触があった。つんざくようなうめき声を上げて膝が落ちる。周りの雑魚を潰しながら片膝立ちになった巨人の足の毛を伝って上り、肩口に乗ると太い首に全力の一撃をぶち込む。流石に首の骨を折るには到らないが、痺れたように体が硬直した。
首を押さえようと伸びてきた右腕を鉄バットで叩き落とす。肩に乗った鶲輝を見ようと首が回る。それを待っていた。弱点を晒した一つ目にインパクトをぶち込む。ダメージは脳髄まで響き、うつ伏せに崩れていった。
鶲輝は巨人の背中で肩を上下させながら荒い息を吐いた。パワーを込めるということは鶲輝のスタミナを爆発的に消費していく行為だ。何度も繰り返して普段通りにいられるわけもない。体力が落ちてくれば疲労感が増すし、体の動きも鈍くなる。
だからといって泣き言を漏らす暇はなかった。あと三体。闇音が一体に齧り付いているからあと二体。同じように倒して回ればいい。サイズの違いなど倒せない理由にはならないと、鶲輝自ら証明しているのだから。
次の巨人の脛に一撃を食らわせる。同じように膝を屈するので、頭を叩きやすくなった。登らせまいとしているのか、腕を振り回していた。しかし大振りなだけで回避は容易だった。するっと登っていき、横っ面をぶっ叩いた。
あと一撃を加えればトドメになる。そう思ったところで後ろから巨大な拳が鶲輝を捉えた。やばいと思った瞬間には、もう回避まで間に合わなかった。弱った巨人ごと殴りつけたのは、同じ巨人。ちらりと見えた殴られた巨人は、首の骨が折れていた。鶲輝は吹き飛んで断崖に叩きつけられた。「ごはっ」と破れてはいけないなにかが破れ、血反吐を吐いた。咄嗟に巨人の背中から飛び降りて拳を回避したが、わずかにかすった挙げ句、風圧で吹っ飛んだのだ。
背中の右の翼が根本から折れていたが、それよりもあばらを何本か折っているようで呼吸に激痛が走る。無意識に自分を治癒するのは訓練の賜物だろうなと思いながらよろよろと立ち上がった。
「オレは簡単にやられねえぞ、クソが」
口元の血を腕で雑に拭いながら、痺れる手で鉄バットを握りしめる。足下から湧いてくるのは恐怖感だろうか。痛みを思い出して竦みそうになる足を奮い立たせる。殺せるものなら殺してみろ。震える膝を叩き、雑魚オークの波を押し返すように駆けだした。頭上から振り下ろされる巨人の拳を見極め、横に飛んで躱す。地面を抉るほどの力だったが、勢いさえなければ首まで直通のエスカレーターだ。手の甲に飛び乗って、腕を伝って駆け出す。 横合いからもう一方の手が伸びてきて、鶲輝は地面へと叩き落とされた。「オレは羽虫かよ」と吐き捨て、ボロボロになりながら立ち上がる。
朦朧とした頭で見えたのは、かつて自分を育ててくれた男の背中だった。
ろくな人間ではなかったが、鶲輝にとっては母親以上に親だった。その男が鶲輝の背中を押す。鶲輝という人間を見せつけてやれと、燻っていただけの鶲輝が輝くことを望んでいるように、笑いかけてくる。別に死んではいない。ただムショで暮らしているだけだ。
鶲輝は巨人の顔面に、渾身のフルスイングをお見舞いした。
巨人は激震とともに大の字に倒れ、鶲輝は口元の血を拭う。気づけば地を埋め尽くす一つ目オークが消えていた。どうやら鶲輝が三体、闇音が一体の巨人を倒したことで、この襲撃イベントは終わりを迎えたようだ。
迷宮内の太陽が眩しく、鶲輝は目を細めた。
「姉御~」
「おう、闇音、よくやっ――」
振り返り闇音を労おうとした鶲輝が見たのは、リーダーに肩車してもらって、いつもの眠そうな顔でこちらに手を振る闇音の姿だった。
「なんで、なんで生きて――」
「死んでないもーん」
ジャジャーンとどこからともなく聞こえてきた効果音とともに、リーダーは背中から『ドッキリ』のフリップを出して見せた。
拠点の方から名無と並んで歩く女貫太郎――いや、あれは未来の姿であるメイサだ。藤磨にお姫様抱っこされた夜蘭、赤迫の小脇に無造作に抱えられた緒流流ととりあえず全員集合している。ふたりは気を失っているのかぐったりしているが、あの拠点崩壊からなんとか二年の先輩たちによって救出されたようだ。
「いやあ、一つ目豚が拠点にちょうど侵入しようとしてて、それをふたりして頑張って食い止めていたんだけど、やっぱり戦闘タイプじゃないからだんだん押され始めてね、もう無理そうってところで覚悟を決めたように自爆しようとしてるから――まあ気絶させたよね」
爽やかな顔で成り行きを説明する藤磨に、こいつサイコパスかよと鶲輝は震えた。
「天道さんならやってくれると思っていたよ。遠くから見ていたけど、見事なゾンビアタックだった」
藤磨が爽やかな笑みを浮かべているが、鶲輝からすればその余裕面がもう気味が悪い。
「時任氏は防壁吹っ飛ぶときにメイサ氏にチェンジしたみたいで、難なく抜け出してたよ。そのあとはぼくらと一緒に隠れて観戦してたけど」
「たくさん若いリーダーと話せて私としては大満足かなー。いい感じにこの時代の私に布教してくれてるみたいだし」
メイサ氏がウィンクすると、二年のバカ三人がサムズアップで応じる。布教ってなんだと思わなくもないが、いまの鶲輝は疲れてどうでもよくなっている。
「拠点を破壊し尽くされたけど侵入まではされなかった。拠点防衛イベントにおいては負け試合だったけど、勝利条件は侵入を許さないことだったからね、見事に完遂です」
「はぁ……」
鶲輝は力尽きて大の字に倒れ込んだ。太陽が傾き、涼しげな風が頬を撫でる。リーダーと肩車している闇音が覗き込んでくる。
「鶲輝はつまらなかった?」
「そうは言ってねえ。毎回こんなのばっかだと飽きる気がしねえなあと思っただけだ」
「あ、クルセイダーズはみんなの加入を歓迎するよ……ボクと一緒に正義の味方になって戦ってくれないかい? いまなら白のサーコートをプレゼント」
「抜け駆けはずりぃぞ。BSMも広く門戸を開いてるぜぇ……オレについてこい。世界を見せてやる。ピリオドの向こう側をな」
「うちは女子入れるとなったら大騒ぎしそうだから保留で……でも第一印象から決めていました」
「「「お願いします!」」するぜえ」
三者三様にどこかで聞いたような決め台詞とともに斜め四五度のお辞儀、そして片手を突き出す姿。どこのバチェラーだろうか。その手の先は鶲輝に向くかと思いきや、すべてリーダーに向いている。リーダーはわたわたしている。鶲輝は起き上がって、リーダーの手を掴んだ。ぐいっと引っ張りパサパサする地面に引きずり込んだ。ひっくり返った闇音が「ぐえっ」と潰れたような声を出したがどうでもいい。
鶲輝の上に覆い被さったリーダーの首根っこを捕まえ、ぎゅうぎゅうと締め付けた。「痛い痛い」と言っているが、これは鶲輝含め全員を騙した罰である。
「上げた生活水準は戻せねえんだよ。残念だったな。リーダーはオレらのもんだ。オレらのリーダーなんだろ?」
口角を上げて悪人の笑みを浮かべる鶲輝だったが、二年の先輩連中は苦笑交じりにあっさり引いた。
少し納得がいかないが、そもそも彼らは勧誘に血眼になっているわけではなかった。リーダーと顔を繋ぐために今回の協力に到ったのだとしたら、目的自体は達成されているのだ。
三十階層のボスは二年の三人が一分もせずに倒してしまった。あんまり動いてないから体が鈍るとのことだったが、あれは強いところをアピールしたかっただけだと思った。ともあれ鶲輝たちは体感三か月の訓練を終え、ようやく現実世界へと戻った。
二日後、リーダーから今回の探索の報酬を振り込んだと連絡があったので見てみると、ゼロの数が多くて目を疑った。
「ひ、ひゃくごじゅうまんっ!???」
休み時間にリーダーをとっ捕まえて聞いてみたところ、「あーごめんね。学校のオークって売れるとこなくって、ほぼ魔石の分なんだよね。今回は訓練メインだったから、次は稼げるところ狙ってみようか。いろいろ調べてはいるから、次は二、三倍になると思う」と、片手をあげて去っていった。鶲輝が何に衝撃を受けているのかまるで理解していない顔だった。
「このくらいで驚いてたらやってけないってことかよ。こんな額があっさり手に入るなら、そりゃ頭の悪いやつは冒険者を目指すわなぁ……」
四畳半一間のボロアパートに住んでいた頃からずいぶんと遠くへ来ちまったなあと、遠い目をして窓の外の一月の空を眺める。幼少期に世話になった不良連中はいまどうしているかと、郷愁に耽る鶲輝だった。