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第55話 心を摘む戦い

前話のあとがきに追加で叶愛イラスト入れました。

イメージに近いんじゃないかと思います。

 年明けて最初の登校日、鶲輝と校門を潜ったところで遭遇した。

 相変わらず全方位に睨みをきかせているかのような黒地に金文字のスカジャンをセーラー服の上に着込んでいる。背中の羽は思うようにしまえないので、冬場は背中から冷えるから嫌いなんだと言っていたのを思いだす。


「よぉ、あけおめ」

「あけ」

「あけましておめでとう。天道さんは年末年始どうだった?」

「あ? なんもねぇよ。ずっと寮で食っちゃ寝だったぜ」

「なにそれ、うらやま」


 闇音が信じられないものを見るような目で鶲輝を見ていた。僕の誘いに乗らなければ年末年始は寮に引き込もっていられたと思っている顔だ。しかし寮に残ったら残ったで、鶲輝の舎弟として自販機へ走らされ暇を埋めるために無茶振りされと、こき使われていたに違いない。だからそんなに恨みがましい目をこっちに向けるんじゃない。

 それに、寝正月の所為で顔の輪郭が丸くなった気がするのだ。口を滑らせたら拳が飛んでくるので言わないが。


「実家には帰らなかったんだ?」

「地元はあんま好きじゃねぇな。もう昔の友だちもほとんど残ってねぇし。こっちの方が気楽。食堂はやってっから飯に困らねえし」


 並んで歩きながら、鶲輝は頭の後ろで手を組んでいた。ほとんど何も入っていない鞄は息をするように自然に闇音に押し付けているし。


「姉御、うちはリーダーの家にお泊まりしたよ」

「ああ? 不純異性交遊待ったなしだなおめぇら」

「そんなことしないよ。ちゃんと親もいたから。闇音を鍛えるにはまとまった休みは絶好のタイミングだったし」

「地獄の日々だった。でもリーダーの妹とは仲良くなった」

「おまえ、オレでも引くぞ。迷宮バカかよ」


 なぜか珍獣を見るような目で見られたが納得行かない。どちらかといえば闇音と鶲輝の方が奇異の目で見られがちなのだ。


「つか、そんな楽しそうなことをオレ抜きで話してんじゃねぇよ。舎弟だろ」

「いや、違うが?」

「お? やんのかコラ。どっちが上かはっきりさせてやろうか?」

「そんなこと言って、負けても知らないよ?」

「いい度胸じゃねぇか」


 バキバキと鶲輝は指の骨を鳴らす。獰猛な猛禽類のような目で凄んでいる。いまにも飛び掛かってきそうな鶲輝を制止し、ならばと屋外訓練所を決闘場所に指定する。


「どこだっていいが、本気だな、おまえ?」

「ふふ、休みの間に成長した姿にとくと驚くがいい、闇音のな!」

「おまえじゃないのかよ……」

「何言ってるの。僕には戦う力なんてないよ。硫酸ぶっかけたり、目潰し激辛パウダー投げたりするくらいだよ」

「それはそれで凶悪だろ」


 移動がてら姫叉羅や龍村に連絡しておく。どっちかがぶっ倒れたら介抱してもらおう。姫叉羅からすぐに返信が来て『なにそれ面白。朝練終わったら行く』とのこと。龍村は入力にてこずっているのか、『今漁だから字間が罹る』と誤字のオンパレードで返信が届いた。送信前に推敲しような、龍村。

 屋外訓練場は二百メートルトラックが入る校庭の広さに、テニスコートのような長方形のバトルフィールドが四面、白線で引かれている。


「闇音、君に決めた!」


 ボールを投げるポーズとともに闇音を繰り出す。


「うへーい」


 やる気のない闇音が前へ出る。


「フルボッコだ」


 鶲輝が格闘の構えを取る。今日はお気に入りの鉄バットは持っていない。だからと言うわけでもないが、闇音も無手で挑む。


「お手並み拝見と行こうか。闇音、電光石火!」

「ぴかー!」


 四足になった黒い塊がフィールドを俊敏に動く。虚を突かれたのは鶲輝だった。闇音のステータスが冬休み中にいくらか上がったことを知らない。そもそも敏捷値を上げるスキルを付けているので、パワーよりもスピード重視なのだ。俊敏な動きで左右に翻弄し、影を操って黒い帳を作ったと思ったら闇音の姿は鶲輝の前から消えていた。

 さすがの鶲輝も警鐘が鳴ったのか、本格的に気を引き締めたところに耳元に超接近して現れる。それに気づくのにワンテンポ遅れている。息を吸った闇音が、鶲輝の鼓膜を直接殴りつけるような『ぢゅううううううううううう!!!!!!』を発動。実態はただ叫んだだけだが、耳元で聞こえたのは落雷よりも衝撃だっただろう。「ぎゃあああ」と悲鳴とともに鶲輝は耳を押さえてひっくり返る。


「ぴっかー」


 何かの生き物の鳴き真似をしながら、闇音は初期位置に戻ってくる。

 鶲輝は耳を押さえながらも〈アイテムボックス〉から愛用の鉄バットを取り出し、手応えを確かめるように振り回す。小手調べでスピードについていけないことを理解しただろう。ならばリーチを長く取るのは自然なことだ。しかしそれで闇音を捕まえきれるかは難しいところだ。


「闇音、引っ掻く攻撃!」

「ぢゅううううう!」

「お? なんだ、反抗的か?」


 闇音が振り返って、中指を立ててくる。なかよし度は最低値のようだ。

 ともあれ命令には従うようで、間合いを測りながら鶲輝に向かっていった。闇音の攻撃。だが鶲輝が背後に鉄バットを回したことで、闇音の爪攻撃を受け止めることになった。いや、あれは闇音が面倒くさがってとりあえず目の前の鉄バットを狙っただけだ。余裕で後ろをとって一撃を決めることも可能だったが、別にそこまで命令されてないしーとか思っていそうだ。そして僕の方をチラッと盗み見て、怒られないかなと確認しているのがいい証拠だ。


「闇音さん? ちょっと手抜きが過ぎるんじゃありませんかね?」

「じゃあもっと具体的な指示だしてよ」

「では、五時の方向に三メートル移動後、体勢を低くして一旦様子見。二秒後横に五メートル移動して」

「無理!」

「でしょうね! 対人戦だから殺しちゃダメ、相手をギブアップさせることが目的。その前提で動いて」

「わかんない!」

「じゃあ天道さんに参ったって言わせるくらい闇音の強さを見せてやりなよ!」

「それならわかる!」

「わかったなら闇音、乱れ突き!」

「ヒャッハー!」


 あれほど最初は攻撃的だった鶲輝が、蓋を開けてみれば防戦一方だ。いくらか押したところで闇音が初期位置に戻ってくる。ターン制のモンスターバトルではないのだからそのまま畳み掛けてもいいのに。

 しかし逆に、鶲輝からすれば手加減されていると取るだろう。攻防の中で痛いほどわかったはずだ。闇音の面倒臭がりのおかげで致命傷をもらわずに済んでいることを、情けを掛けられているとでも思って鶲輝が歯噛みしている。鉄バットを本気で振って闇音を牽制するが、すべて見えているから余裕をもってしゃがみ、上体を反らして避けていた。


「おいおい、休みの間に何しやがった」

「決まってるでしょ、だって僕は迷宮マニア」

「ズルだズル!」

「異論は認める。だけどこれが現実さ、サトシ」

「誰がサトシだ! テメーはシゲルか! 鶲輝だボケ!」

「闇音、影歩法!」


 闇音の姿が地面に消えた。自分の影に入ったのだ。ちょうど校舎で半分ほどフィールドは影になっている。その中を縦横無尽に闇音は移動する。そしてアサシンばりの隠形で鶲輝の後ろに回り、ピタリと首に二本指を添えた。


「まだ敗けじゃねぇ!」


 往生際悪く後ろを振り返り様に鉄バットを振るうが、すでに闇音は影の中。飛び出したところはやはり初期位置。鶲輝はバットを構えて警戒している。闇音は後手でも十分に対処が出きると思ったのか、構えも緩い。それがさらに鶲輝を煽り怒らせていることに闇音は気づかない。いいぞ、どんどんやれ。これは鶲輝の心を摘む戦いである。ダメージを与えたとかではなく、鶲輝に徹底的な敗北感を刻み付けるのである。

 先に動いたのは鶲輝だった。というか闇音は命じるまで動くつもりがないようだ。


「闇音、葉っぱカッター!」

「出ないよ、葉っぱなんて。つばくらい。ぺぺぺっ」


 と言いつつも影を操作して鞭のように鶲輝へと打ち付ける。それでは蔓の鞭の影バージョンだ。対する鶲輝は回避し、鉄バットで弾き、攻撃を潜り抜けて接近した。鉄バットを渾身の力で振るう様は、当たったら脳震盪ですまないなーなんて思うが、手加減しない鶲輝には、闇音に当てられる未来が見えないのだろう。案の定、影に潜るように消えた。

 闇音は鶲輝の後ろを取って「角ドリル!」の言葉とともに地面からカンチョーを見舞った。


「んぐわぁぁぁ!」


 ピンと弓なりに仰け反る鶲輝の衝撃を想像するに恐ろしいが、煽るという意味ではこれ以上ない屈辱を与えている。

雷に打たれたように一瞬停止した鶲輝だったが、鉄バットで背後を強打する。そのときにはすでに闇音は影に潜って距離を取っていた。

 涙目で尻を押さえる鶲輝にちょこっとだけ嗜虐心が湧いたのは、彼女の見た目が金髪ロリだからだ。うつむき気味の顔は真っ赤に染まり、さらりと頬にかかる繊細な紗々の金毛がお人形みたいだった。まぁ本当にやると百倍返しでやられるのでおすすめはしない。そして地面から鶲輝の足を掴み、付け根まで引きずり込んだ。まるでホームと電車の間に足が落ちてしまったみたいに動けずにいる鶲輝に、闇音は今度こそ勝利を突きつける。


「今度暴れたら地面から首だけにしちゃうよ」

「わかったよ! オレの敗けだ! 認めるよ!」


 こうして暴虐のヒヨコ、鶲輝を打ち倒したのであった。闇音に引っ張り上げられて影から脱した鶲輝は、力なく項垂れる。


「おいヒナどりピヨ子、コロッケパン買ってこいよ」


 調子に乗った闇音の一言が、鶲輝の顔を修羅に変えた。僕と闇音は勝者なのに抱き合ってガクガクと震えることしかできなかった。





〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇





「で、どういう状況?」


 姫叉羅が到着した頃には、リーダーと闇音が重なって倒れ、その上に鶲輝が腰かけるという構図になっていた。


「イキった闇音がオレにコロッケパン買ってこいって言うからよ、躾だ」

「リーダーは?」

「闇音と揃って調子こいた罰」

「はぁ? で、勝負はどっちが勝ったの?」

「……こいつら」

「アンタの腹癒せじゃん」

「うっせ」


 ムスッとした鶲輝だが、そこそこに打ちのめされているのかいつもの全方位にトゲトゲした姿は鳴りを潜めている。


「負けたってことはあんた、リーダーになるのはやめたってこと?」

「闇音には負けたかもしれねーけど、おまえや竜人にはまだ負けてねー」

「白黒はっきりしないと納得しない性質ってわけだ。アタシはまぁ、リーダーがやれって言うなら戦ってもいいよ」


 闇音を小脇に抱え、リーダーを背負う姫叉羅は密かに役得だと思っていた。年明け早々リーダーと密着しているから。端から見ればそれってどうなの?という様子だが、本人がささやかに喜んでいるのだ、問題ない。


「おまえも闇音もなんでこいつをリーダーにするのかわかんねぇ。リーダーは自分でもいいだろ?」

「アタシはリーダーの方針に納得してパーティに加入したからね。といっても、本当の先のことはわからないけど」

「先?」

「それはいいんだ。龍村もそうだし、パイセンはなにも考えてないからともかくとして、アンタは一度ちゃんとリーダーと話してみるべきだと思うね。ただクラン発足の頭数にされるのは嫌でしょ?」

「そんなん死んでも嫌だ!」

「リーダーになりたいなら全員引っ張るだけの度量を見せなよ。居心地が良いからいるだけのやつ、リーダーを高みに押し上げたいやつ、考えの違いは仕方ない。でも、みんな居たいからいるんだ。居たくもない場所に長くは留まれないだろ」

「そりゃそうだ」


 考えるように腕組みをする鶲輝を見て、姫叉羅は口元が緩んだ。鶲輝の根が素直なのはわかる。仲間の作り方を舎弟と勘違いしているだけで、面倒事を途中で放るような無責任な性格でもなさそうだ。


「そういえばこいつら、冬休み中ずっと一緒にいたらしいじゃん。親にも挨拶したとか言ってたぞ」

「はぁ? それってなに、婚約でもしたみたいな。意味わかんないんですけど。まだ学生ですけど?」

「そっちもちゃんと話してみたらいいんじゃね?」


 動揺激しい姫叉羅を見て、言い負かしてやったとばかりに鶲輝がにやりと笑った。こんなことで動じるのが恥ずかしい。どうせ野良迷宮に闇音を連れ回しただけだと思うが、一回龍村を召集して聞き出すべきだろうか。

 空を見上げる鶲輝がほぅと息を吐きだした。それは白く立ち昇って、ひんやりとする朝日に透けて霞んでいった。





〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇





 年明けの初日、始業式やら申し送りやらはすべて午前中で終わった。

 早速迷宮に挑むものもいれば、部活動に精を出したり、今日くらいはと連れ立って遊びに行ったりとそれぞれの午後を送っている。そんな中、薄暗い部屋に手足を椅子に縛り付けられるというのは中々ないのではないだろうか。


「んー! んん!」 

「アタシは天道から聞き流せない話を聞いたんだよ。何でもパイセンはすでに親公認の彼女になってるって話じゃないか」


 椅子に縛られた紙袋がなにかを言っているが聞こえない。


「なんだって? いつからこのパーティは不純異性交遊が許されるルールになったんだ? あの生きる粗大ゴミで妥協するのかリーダー? それは人生を失敗して路頭に迷って、ダンボールハウスの中で悲観したとき最後の最後に取るような選択ではないのか? あまりに生き急ぎすぎではないかと私は思うのだが」

「んんー!! んーんー!!」


 紙袋が必死に横に首を振っているが、見えないもののように無視している。というか龍村の闇音を見る目がどういうものかがわかった気がする。


「アタシは悲しいよ。冬休みの間、ずっと実家で稽古をつけてもらってたのに、かたや実家に泊まらせて人には言えないようなことを毎日のように繰り返していたんだから」

「そんなことがあっていいのか? 私だって雪山で自らの弱点を克服しようと修行していたというのに。我々のリーダーが冬休みの間に何をやっていたかが学校側に明るみになれば、最悪退学になってしまうぞ」

「んぐ……」


 抵抗は弱まり、紙袋はぐったりと俯いてしまった。バレればヤバイという認識はあったようだ。


「そんなにパイセンがお気に入りなの? アタシや龍村よりも言うことを聞くだけのペットのような女が性癖なの、リーダーは。結局遠い高嶺の花より足元の雑草を選ぶってわけだ」


 闇音に対して酷い比喩の仕方をしているが、それはそれ、これはこれである。


「放って置けば風呂に何日も入らない臭い女が趣味とはな。きっと数週間拭わない熟成した脇の香りを楽しむんだろう。それとも何週間も磨かない生ゴミのような口臭がいいか? 脂ぎったベタベタの髪に鼻を埋めて発酵した皮脂の臭いをおかずに茶碗三杯食べるのだろう? ところで姫叉羅、想像したら私は気分が悪くなってきたんだが」

「んぐー!! んんぐー!!」


 全力で横に首を振る紙袋が、だんだんと痙攣し始めた。ピンと弓なりになり、やがてぐったりと動かなくなった。言葉の刃に見えない出血で死にかけていると見える。


「……ふぅ、ここまでにしてあげようか」

「そうだな。これ以上は酷いことになりそうだ」


 ここまでですでに十二分に酷いことの模範を見ているようだったが、死に戻りを何度か経験していると大抵のショッキングイベントには動じなくなる。

 紙袋を姫叉羅が外すと、タオルを噛まされたリーダーの顔が露になった。冬場なのに汗を掻いて額から髪が濡れており、酸欠なのか顔が赤く涙と鼻水で酷いことになっている。猿轡も外すと、ゴホゴホと噎せ返った。

 龍村が椅子の後ろで縛られた縄を解くと、リーダーは椅子から崩れ落ちて立てない様子だ。


「おやおや、精神攻撃がよほど堪えたと見えるな」

「鼻水で呼吸できなくて苦しかったのかもしれないぞ?」

「おいリーダーさまよ、仲間になんの相談もないのはどういうつもりだ?」

「ご、ごべん、なさい」

「リーダーの上昇志向は尊敬に値するけどさ、最終的な目標がなんなのか、アタシたちはまだ聞いていなかったよな? 在校中に誰も果たしたことのない完全踏破とか、学校イチの最強クランを作り上げるとかか?」

「あるいはその全部か。いや待て、学校に限らない目的があるのかもしれない。野良を潰して回っているというなら可能性はある。私たちには素直に話してもらおうではないか」

「楽になっちゃえよ」


 パキポキと指を鳴らす姫叉羅に、リーダーの顔は一転して蒼白になった。いや、そこまで怖がることなくない?と疑問に思う複雑な乙女心の姫叉羅である。

 リーダーは観念したように、力なく冗談のような身の上話を語った。自分は並行世界の人間だということ、翼蛇コアトルに寄生されてレベル上げの栄養にされていること、本当の目的は強い仲間に寄生するコアトルを倒してもらうこと。そのために闇音を連れ回して強くしたのだという。これまではひとりで自分を強化していたが、それだとコアトルも成長して、やがて手がつけられなくなってしまう。だから仲間を強くして、少しでも可能性をあげたいのだという。


「ふぅん……なんかごめんな。そんな頑張ってたなんて知らずに。こんなおふざけ、するべきじゃなかったかもな」

「どんな事情があれやるべきじゃなかったと思うけどね」

「いや待て。そんなことがあり得るのか? 並行世界? 私には要領を得ないのだが。であればこの世界に元からいたリーダーの存在はどこへ消えたのだ?」

「……わからないとしか」


 困り眉になって俯くリーダーを見ていると、存在するだけでさまざまな心労があるのだろうと思える。すべてを単純に捉えて気にしないという選択肢もあるが、それが選べたら自らに寄生するもののことなんか忘れて生きているだろう。


「では、いまの三年のトップクラスを集めて戦ってもらうのはどうだ? 教師陣だって実力者だ」

「実は虎牟田先生には見せたことがあるんだ。そのときは虎牟田先生だけで、コアトルにいくらかダメージを与えるには与えたけど、最後には黒ずみにされてたよ」

「倒すには世界ランカーを持ってこないとダメだって。でも時間には余裕があるんだったら、自分で育ててみればいいって助言をもらったよ。この世界で伸し上がっていけば、いずれ世界ランカーにも手が届く日がくるだろうって」

「まぁ、一般人がいきなり芸能人には会えないわな」


 言いながら姫叉羅は口元が緩むのを何とか引き締めていた。リーダーの話を聞く限り、姫叉羅や龍村はリーダーのお眼鏡に叶って、一緒に強くなっていきたい仲間だと思ってもらえている、ということだ。


「僕の世界には、ヒト族と呼ばれている人種しか存在していなかった。世界的に見れば肌の色の違いがあったけど、裏を返せば人間という種は、それくらいしか違いはなかった。こっちにきて僕の知り合いが獣人になっていたり、そもそも存在していなかったり、違うことばかりだ。もちろん世界史なんかもほとんど違う。いちばん驚いたのは、もとの世界では一人っ子だったのに、こっちには妹がいたことかな」

「それは……いきなり現れた妹を妹として見られるか?」

「ムリムリ! こっちは妹の記憶なんてないんだから」


 ぶんぶんと首を振るリーダー。女の子慣れしていない男子のようなキョドり具合である。


「ああ、だから闇音を連れて実家に帰ったのか?」

「それもある、かも。苦肉の策というか、闇音の面倒を見ていればとりあえず家族と関わる時間減るかなと思って」

「後ろ向きな考え方だな。せめて妹さんと仲良くなれよ」

「妹が野良迷宮までついてきちゃって、一緒に攻略することになったよ。規模が小さめでレベルのそんなに高くない野良迷宮で一安心だった」

「ずるいなぁ、アタシも連れてけ」

「言われずとも。いまは手近に行けそうなところがないから探すところからだけどね」

「私も連れて行ってくれるのだろうか?」

「もちろん」


 しかし無事にすべてが終わったとして、リーダーを元の世界に帰してしまって良いのか。捕らぬ狸の皮算用だが、成功した未来というのが果たしてハッピーエンドになるかはまた別の問題だ。葛藤する姫叉羅に龍村が耳打ちする。


「これは好機だと思う。がむしゃらに強くなることを考えているのだろうが、つまるところ我々の関係は、切っても切れないものである、ということだろう? リーダーが我々を見いだして、自らの目的のために強くしようとするならそれは願ってもないことだ。だから我々も、リーダーがこの世界に未練を残すように行動すべきだと思う」

「つまりどういうことだよ?」

「我々のどちらかがリーダーの子どもを身籠ればいいのだ」

「み、みご……ふぐ」


 龍村に口を押さえつけられ、姫叉羅は目を白黒させた。


「もちろん無計画にするものではないが、リーダーの目的が達成されると確信できたら、そのひと月前に性交すれば行けると思う」

「性交って、おま」

「私は目的に向かって邁進するリーダーだから好きになったのだ。この世界のリーダーが戻ってきたとしても、好きになれるかはわからない」

「まぁ確かに」

「ここは協力関係を結ぶべきたと思う。なぁに、一夫多妻が許されている国に住めば良い。住めば都。大事なのは、我々が望んだ相手と一緒にいられるか、ということだ」


 姫叉羅は迷ったが、龍村は口にした以上抜け駆けをしないだろう。真っ直ぐで、そして強かな龍村が眩しく感じる。背中を預ける相手と思われているからこそ、姫叉羅も裏切りたくはない。

 一夫多妻という言葉に動揺したものの、概ね協力関係になることは同意だった。龍村と強く握手を交わし合う。


「なんか決まったんですかねえ?」


 怯えた目をするリーダーの前で、龍村とにこやかに共同戦線を結んだ。


「当面は信頼関係を築き、強くなることだな。闇音に関しては、いま決めても仕方ないだろう。おいおい意思確認をしていけばいいと思う」

「なんかパイセンが最初にお手つきになりそうで嫌なんだよな。リーダーが実家に連れていくほど気安いってことは、隣にいて当たり前になっているってことだろ? 男子寮の部屋で一緒に寝てるらしいし」

「一理あるな。男の性欲は侮れないという。目の前に真っ白い女の尻が揺れていたら、いくら闇音だからといって気の迷いがないとは言い切れない」

「パイセンは尻だけはプリプリで白くてキレイだからな」

「私は引っ叩きたくなるが」

「アタシもだ」


 お互いグーを作って、拳をぶつけ合う。


「だから僕に内緒で結託するのやめてほしいんですが……」

「アタシらはリーダーに協力するよ。三年間、可能なら卒業した後も」

「迷宮攻略できる大学へまとめて進学するのも良いと思う」

「ナイス龍村」


 パシンとハイタッチする。


「じゃあ、取り急ぎリーダーはこれからどうするつもりなんだ?」

「まずは人数を増やさないと、と思ってる。そのために何人かに声を掛けてはいるんだけど――」


 リーダーはいくつか考えがあるようで、それを聞いた姫叉羅と龍村はいくつか思い浮かんだ案を話し、計画に肉付けをしていく。どれほど先まで見越して話しているのか、聞いているうちに姫叉羅は鳥肌が立ったが、それだけ頼もしさが増した気がする。


「まずはクラン設立。クラン対抗戦は自分たちがどれくらい戦えるか、客観的に見られる機会だから、できれば出場したいとは思っている」

「クラン対抗戦はあとひと月ほどしかないぞ?」

「時は金なり。でも焦ってもいけない。ときには遠回りが正解の道だったりするから」


 いまは学生生活を楽しもう、そう思った姫叉羅だった。

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