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第44階層 道、遠からじ

 《調教師》のジョブを得るのに必要なものは、ステータスではなく魔道具である。

 調教用の道具、隷属させる道具、これらを所持することでジョブを得る条件のひとつを達成する。学校の購買でも購入することができるが、それらはすべて魔物用の道具でひとに使うことはできない。人間に反応しないようにリミッターがかかっているのだ。しかしそれは調教師用に後付けで付加されたもので、野良迷宮産の調教師アイテムにはリミッターがない。実のところ人間に使用することが可能だった。学校外のルートから入手しているのか、純正品と呼ばれるそれらを学校の地下闇市では割とあっさり手に入れることができる。もちろん値段は相応に高い。回転寿司とひとつ星ランクの老舗寿司屋くらい違う。

 それらの純正品を、もちろん検証厨が検証していないわけがない。どれくらいまで精神的な束縛が可能かおおよその分析を出しているというから、むかしからこの学校の闇は深く、犯罪者予備軍が学校内の日陰に数多くいたと思う。首輪に似たチョーカーを美少女が突然つけ始め、その横に醜悪に笑う陰湿な男子が嫌悪感なく並んで歩いていたらそれはもしかしたら……。

 レベル差や抵抗力が高いと隷属させることはかなり難しくなるが、裏を返せば迷宮にこなれてきた三年が新人の一年に容易く首輪をつけてしまえることを意味する。もはやそれはノクターンではないか。しかし当然のことながら、学校側は厳しくチェックしている。上記の調教された女子が普通にお外を歩こうものなら、醜悪男子は武闘派教師に即刻御用だ。男子が部屋から出たところを、虎牟田先生が腕を組んで仁王立ちで迎えることだろう。

 しかしやりようもあるのだ。迷宮内の永遠とも呼べる時間に囚われることで、調教され、元に戻され、また調教されるのを繰り返される。そうなると次第に自分というものが曖昧になるらしい。元の自分に戻っているのに調教師には不思議と逆らえなくなっていき、それは迷宮を出てからも継続されるのだ。洗脳に近いが、調教師と調教される側が時間をかけて育んだ関係は歪んでいても、積み重ねたものは消えはしない。そうやって調教用の道具がなくなっても現実には調教された人間ができるという仕組みだ。

 ここは健全なる未成年が出入りする園。そんな十八禁まっしぐらなアイテムがそう簡単に手には入るかと思っていたが……割とあっさりと鞭と首輪がこの手にあるのだ。それが事実。


「首輪は一個六十万ね。鞭は三十三万。割高だけど諦めてね。純正品だから。値引きは一切しないよ」

「物々交換は?」

「ものによるね」

「以前そちらが欲しがってた麻痺薬ありますけど、交換でどうです?」

「何本?」

「十本でどうです?」

「二十本」

「在庫が十八本しかないですね」

「OK、それでいいよ。交渉成立」


 学校内にはアングラな取引をする場が生徒主導でいくつも設けられている。

 さすがにおおっぴらに無節操なアイテムを露店売買してしまえば教員から処罰案件になってしまうが、密かに空き教室を使って行われる取引は学校側からもお目こぼしされている。いくつ潰したところでいたちごっこになるからか、自己責任が奨励されているからなのか、教師が隅々まで面倒を見るのを諦めてしまっているのか難しいところだ。教師が全員、虎牟田先生のような熱血男塾であるとは限らない。むしろアングラな取引を積極的に推奨している教師もいるという。教員も申請すれば迷宮に入れるから、アングラな闇市に参加する教師もいるらしい。

 一部の正義感の強い教員には通用しないが、学校は社会の縮図という考えが根強い。迷宮で遭遇すれば、パーティ同士のPKも珍しくない風潮が常態化している。迷宮に潜る教師陣のパーティを気づかず襲ってしまったPKグループが、三日三晩石抱きで正座させられ、死ぬよりも恐ろしい目に遭ったという笑い話もあるくらいだ。

 ともあれ、(ヴィラン)にどっぷり浸かるものは、卒業後に裏社会に流れていくというのも理解の範疇である。噂には闇組織とつながったクランがあるらしい。

 僕はたまたま闇取引のひとつに伝を持っていた。野良迷宮で手に入れたアイテムを捌くのに、上級生を通した際に教えてもらったのである。その伝で欲しい魔道具を探してもらったところ、交換したい相手はすぐに見つかった。お互いの合意が取れたので、証人となる別の先輩の立ち会いのもとに物々交換は成立し、手製の麻痺薬?十八本セットと交換で、人に使える調教の首輪があっさりと手に入ってしまった。

 麻痺薬?を受け取った鳥姿の上級生は、ホクホク顔で空き教室を出て行った。何に使うのかはお互いに野暮というものだ。まともでない取引なのだから、推して知るべし。残った仲介役の河童似の先輩もまた、交渉成立によるマージンを受け取って満足げだ。


「自分通して取引やるなら百パー安全だから、この次もよろしくな~」

「助かってますから感謝しますけど、あんまり褒められたものじゃないですよ?」

「いいのいいの~。自分、卒業したら迷宮関連のブローカーやろうと思ってるから~」

「昔からニーズを嗅ぎ分けるの得意ですよね。尊敬しますよ」

「自分、戦闘苦手だし、それしかできないしね~」


 河童似だが後輩への面倒見がいい先輩である。僕との関係はオナ中で、部活の先輩後輩だった。転移前もどちらかと言えば河童似だったが、ファンタジーなこちらの世界にきて、まんま河童になってしまった先輩である。親しみやすさは相変わらずだったが。

 二年生でひょろ男子といった見た目。情報通としてはそれなりに知名度があるのだそうだ。情報屋の知り合いがこの先輩しかいないので比較のしようがないが、依頼するなら頼もしい存在だった。


「ちょっと聞いてもいいですか、先輩」

「うん、なに? 質問によるけど情報によってはお金取るよ~」


 後輩だろうががめつい先輩なのだ。河童のような顔をして。尻子玉を催促されたらそこまでの関係だが、現物主義なので嫌いではない。


「迷宮でPKするパーティに心当たりありません? かなり手慣れた感じの」

「なに、襲われたの? 奪われたものなら闇市に流れてくると思うけど、復讐とかやめときな~。立証できないから誰も取り合ってくれないし」

「いえ、返り討ちにしたんですけど、正体晒す前に自害しちゃって。こっちのパーティもかなりやられたんで、しっかりケジメつけときたいんですよね」

「返り討ちにしたんだから満足しときなよ~」


 河童の先輩は呆れ顔だ。普通は手も足もなくやられてアイテムを追い剥ぎされ、泣き寝入りするパターンなのだ。何も奪われていないならそれでよしとしておけというのがこの学校での暗黙の了解なのだろう。しかし仲間をやられた憤りはまだ燻っている。今後また同じような襲撃を受けても鬱陶しいので、できるだけ手を出されないように釘を刺しておきたい。

 僕は襲撃者が遺したドロップアイテムを河童先輩に見せる。


「このナイフに心当たりありますか?」

「これ? ムリだって、既製品だよ~。そんな証拠を残すようなことをするわけないじゃん」

「まあそうですよね。こっちはダメ元です。それと、どうやって待ち伏せたのか気になるんですよ。そんな簡単に遭遇しないでしょ、迷宮の中で」

「狙ったパーティを襲うことに関しては難しくないよね~」

「そうなんですか?」


 PK集団に関しては口の重い先輩だが、襲撃方法は割とあっさりと話してくれた。公然の秘密らしく、調べればすぐにわかる話なのだ。


「中にはさ、いるんだよね~。徹底的に検証しないとすまない連中が。どのタイミングで迷宮に入れば同じエリアに飛ばされるか、すべて洗ったんだよ~。そういう少数が集まってるクランって知ってる? 『解析者(アナリスト)』って名前だよ~。PK集団はそこに金を払って情報をもらってるって聞くね。狙ったパーティのダンジョンに入って効率よくカモるために」

「先行する一年パーティとか、レベルも育ってないし、自分たちの庭にわざわざやってきて、いいカモですよね」

「そういうこと~」

「じゃあ情報提供するクラン『解析者(アナリスト)』も同罪ですかね」

「やめてよ、うちの部は中立なんだから~。検証ばっかりやってるから攻略がまったく進まなくて万年金欠なんだ。情報を売ってお金にするのはしょうがないだろ~。そもそも情報の売り買いに罪はないよ~。どんな使われ方をするのかはこっちの責任じゃないし」


 おまえのクランかよ。これ見よがしに「……知ってる?」じゃないよ。


「先輩のとこのクランなら、情報売った相手はわかりますよね?」

「顧客情報は売らない決まりなんだ。じゃなきゃ誰も情報を買ってくれないもん。それに教えてあげたくても、口外できなくなる制約の誓約書を使うんだ。君ならわかるだろ~? 守秘義務ってやつさ。信頼ありきの商売なのさ」

「じゃあ『解析者』の他のひとに聞きます」

「無駄じゃないかなあ。自分なんかは割と俗っぽいから金儲けを中心に考えるけど、他のクランメンバーは損得なんて考えてないさ~。会ってみればわかるけど、いちいち取引した相手を覚えてる連中じゃない。趣味に生きてる、いや、趣味にしか生きられない連中だよ~」


 この先輩が自分をマシというほどなら、クランメンバーはいわゆる廃人というやつだ。ある一定の興味対象には異常とも思える執念で情熱と心血を注ぐが、それ以外はとんと無関心な人格破綻者。日常生活をまっとうに送れないレベルの生徒も中にはいるだろう。日常を投げ打って迷宮にのめり込む情熱がわからないわけではない。僕も迷宮が好きでたくさん調べているからそう思うし、もしバックグランドに面倒事がなければ喜んで『解析者』クランに入会していたはずだ。


「というわけで犯人は自力で探してくれよ~。迷宮の外にまで面倒事は持ってこないでほしいなとは思うけど」

「情報を売った相手のことは話せないんなら話せないでいいんで、ほかに何かありませんか? 情報を買います」

「とはいっても迷宮科だけで三学年千人くらい生徒いるよ~? ああ、そういえば最近クラン同士で揉め事起こしてるクランがあったな~。相手は黒い噂のあるクランで、泥沼化する前になんか手を打つつもりっぽいから、ノウハウをそっちに聞いてみれば~?」


 僕が危ない目をしているように見えたのか、河童先輩は身を縮ませ怯えた顔をすると、思い出すように目を泳がせた。


「なんていうクランですか?」

「『しゅき兄』っていう……確か正式名称は『いちばんだいしゅきなのはお兄ちゃんなんだからね!』ってクラン~」

「それ本当にクラン?」

「オタク集団なんだよ~。覆面して学内で踊って、風紀の連中を煽ってスリルを楽しむ奇特集団。見たことあるでしょ~? それでもしょっちゅう迷宮に潜ってるから、二年でも実力は折り紙付き。彼らのことを詳しく知りたければ、動画配信サイトで検索してみれば~? 踊ってみたの動画を普通にアップしてるから」


 迷宮学校に入学してくるものはどこかしら頭のネジが抜けているものが多いが、間違いなく振り切った連中だろうと聞いていて思った。やりたいことに素直なのは楽しい学生生活を送っているようでなによりだが、学内自治の鬼と言われた『風紀部』を相手にスリルを楽しむのはいささかやり過ぎな気もする。このクランがPKクランとなんの手がかりになるのかわからないが、河童先輩がここで紹介したと言うことは何かしらの関係があるのだろう。とりあえず接触してみることにした。まずは全世界に配信されているという動画を観てみることにしよう。







「…………」


 部屋に戻ってノートパソコンを起動し、ベッドでぐだぐだしていた闇音と並んで動画を観た感想はちょっと複雑だ。


「うまいじゃんね。そういえばジャージの人たち廊下走ってるの見たよ。風紀部に追われてた」

「いや、僕も見たことあるけどね。ゲリラダンス踊ってる人たちだね」


 噴水の前でアニメの歌に合わせて踊るこの中のひとりが、河童先輩が会ったらいいと紹介してくれた人間だ。ベッドで寝転ぶ闇音がぐいぐいと頭を押しつけてくるので、画面が見にくい。


「ちょっと頭が臭いよ、闇音」

「そりゃお風呂入ってませんからなあ」

「入ってきなよ、女子風呂にさあ」

「遠いからやだ」

「行け。布団を臭くしないで」

「良い匂いかもしれんし」

「臭いって言ってるでしょ! 頭皮臭やばいよ?」

「そんな女の子に臭い臭い言わないでよ」

「姫叉羅呼ぶかな」

「だめえ」


 お腹にしがみついてきた闇音。わざとなのかぐりぐりと頭を擦りつけてくる所為で、僕のパーカーに闇音の頭の臭いが染みつきそうですごく嫌だ。


「いまなら男子風呂は人いないだろうから入ってきちゃいなよ」

「めんどーい。それに男子風呂の使い方わかんない」

「あーもう、あー言えばこー言う」

「リーダーが頭洗ってよー」

「姫叉羅さーん!」


 スマホに手を伸ばそうとすると腕に絡みついてくる闇音。そこまで呼ばれたくないのか。面倒見の良い姫叉羅が可哀想だ。誰も好きで闇音の介護をしているわけでもないのに。それに闇音の服からも押し入れにしまい込んだようなカビ臭さと、ツンとする汗の臭いも感じる。迷宮潜ってから間二日経っているが、その間に本当に風呂に入らないばかりか、洗濯もまったくしていないのだろう。河童先輩に会ったり情報収集したりしているうちに、自分の方の用事を優先しすぎて闇音を部屋の置物のようにしていた所為もある。だって本当に動かないんだもの。学校に連れて行くまではやったが、日常生活は様子見なところがあった。

 闇音の迷宮内での怠惰ぶりが、日常でも変わらないというだけの話だった。これは一刻も早く《吸血鬼》の特性『昼行衰弱』をなんとかすべきである。《吸血鬼》のジョブレベルを上げれば昼行耐性が獲得できることは調べればすぐわかったので、レベル上げは急務だった。

 とはいえいますぐになんとかなるものでもないので、日常生活は普通に送らねばならない。一匹の老犬の介護をしているような気持ちになりながら、男子寮の風呂へと闇音を引きずっていく。 

 ついでに溜まった洗濯物をすべて籠にまとめ、大浴場横のランドリールームの洗濯機にすべてぶち込む。ガラガラと回している間に、本体を綺麗にするのだ。

 脱衣所に投げ込んだ闇音はごそごそと脱ぎ、貧相な体を丸めていた。女性らしさのない痩せぎすな体だが、尻だけはプリプリしてるんだよなあ、とちらっと見て思ってしまった。脱いだのもまとめて洗濯機にぶち込んで戻ってくると、尻の付け根の上辺りから生えた黒い尻尾を生き物のようにふらふらと揺らしていた。まだ夕方には少し早いおやつの時間だから脱衣所は無人で、胸を隠すように猫背になった色白の闇音が手持ち無沙汰で立っている。


「リーダー、早くお風呂」

「僕も脱ぐ必要ないでしょ」

「うちだけ裸にしていいのかな-? 鬼ババと真面目トカゲに言っちゃうよ?」

「ここに来てそりゃあ言わない約束でしょ。同じ部屋に住まわせてるのもかなりグレーゾーンなのに。だいたい姫叉羅たちが引き取ってくれないからこうなってるわけで、迷宮でそもそも際どいことは何度もあったしもはや裸の付き合いがあったと言っても過言ではないんじゃないかなと思うんだよ僕わ」

「すげえしゃべりやがるね、リーダー」

「冤罪なんで」


 ジリジリとしたにらみ合いが続く。動いたら負け。そう思わせる緊迫した空気がふたりの間に張り詰めていた。


「くちゅん!」


 その沈黙を破ったのは、素っ裸の闇音の気の抜けたくしゃみ。


「……わかったよ、入るよ」


 先に音を上げたのは僕のほうだった。並んで鏡の前に座り、頭をごしごしと洗う。闇音とはなんだかんだで年の近い兄妹のように付き合うのが正解か。色恋など気にしても詮無いことは頭から追いやり、洗いの甘い頭を手伝って、リンスまでかけてやるのだった。






 部屋に戻って一息吐いた僕は、机の上に置きっぱなしにしていた首輪を思い出した。空いてる時間で《調教師》のジョブに変更してみたが、ジョブレベルはまだ1だ。ともあれお試しに早速闇音の首に首輪を付けてみる。すると頭の中に自分の管理下に置けるかの感覚がぼんやりとだが広がっていく。ジョブレベルが低いので完全に行動を制限できるわけではないが、ある程度の闇音のデバフも打ち消せる感じはある。調教師のジョブには調教対象の能力を底上げするバフ効果があるからだ。レベルを上げてバフ効果を強めていけば、闇音の特性の昼行衰弱を打ち消す可能性まで見えてきた。


「気分はどう? 少しは楽になった?」

「うーん、ちょっと? だるさは減ったかも? でももう夜だから、その所為かもわからんよね」

「確かにタイミングは悪かったかも。基本は迷宮内でしか付けないからね。もしその首輪を付けたまま学園内を歩こうものなら、見つかってどんな罰則が下るか想像もしたくないよ」

「そんな大げさな」

「そんなにやばいものなんだよ。念のため明日の朝にもう一度確認しようか。じゃあその首輪外して――」


 話途中にこんこんとノックがあった。「部屋いるか-?」と河童先輩の声が扉越しに聞こえる。闇音の方を向き、目立たないように手で抑える合図を送るが、ベッドに寝転んでおり闇音はすでにこっちを見ていない。こういうとき調教スキルで以心伝心の動きを指示するのだろうが、まだ闇音とのパイプは細く繋がっただけだ。隠れてほしいとなんとなくの意思が伝わったかなーレベルである。

 部屋の戸を少しだけ開けて顔を出すと、お人好しな河童先輩が立っていた。


「おう、動画観た~? 兄しゅきのリーダーがネギ頭のやつなんだけど、動画だと顔わかんないか」

「体型である程度見分けはつきますけど」

「兄しゅきのことわかった~?」

「全力で生きてる人たちなのはなんとなく」

「話してみたら向こうからちょうど荷役の協力者がほしいってことだから、襲撃者の情報と交換条件で手伝ってあげなよ~」

「迷宮ですか?」

「いんや。今度大規模に風紀部をおちょくるから、その大がかりな機材とかを運搬、保管する荷役がほしいんだって」

「その執念はなんなんですかね?」

「風紀部の部長って『戦乙女隊(ヴァルキリーズ)』の冠姫もやってるの知ってる?」

「ハーフエルフで水冠姫(ネレイド)って呼ばれてる三年生ですよね?」


 クラン『戦乙女隊』の最強パーティの冠姫は他にも《幸運兎(ラッキーラビット)》、《海賊船長(パイレーツキャプテン)》、《剣聖騎士(ソードマスターナイト)》、《死霊導師(アークネクロマンサー)》といるが、全員が女性なのは入団の必須条件である。クラン団長の剣聖騎士が特に男嫌いという話だった。さらに大クラン『戦乙女隊』には三つの階層があり、上から冠姫、槍隊、靴隊のピラミッド型になっている。冠姫の名を持つ六名は、間違いなくトップランカーと呼べる実力者たちだ。六名の冠姫を筆頭に、最大派閥のクランは豊富な下部組織の人材に支えられて運営されている。猫獣人の里唯奈も『戦乙女隊』に入団するのが目標らしいし。


「そ。冠姫の弟が兄しゅきにいるわけさ。ボクはお姉ちゃんに構ってほしい弟の歪んだ姉弟愛だと思ってるよ~」

「好きな子にちょっかいかける小学生みたいな人たちですね」

「男の中身なんて小学男子から成長しないもんさ~。そういうもんでしょ」


 確かにそういうもんだと思ってしまった。下ネタ好きだし、迷宮内で宝箱を発見して目をキラキラさせながら開けるところなど、確かに小学生から変わっていない。


「後でボクの紹介で顔合わせしよう。19時くらいでいいかな~?」

「わかりました。こっちから先輩の部屋に伺いますね」

「OK~。待ってるよ」


 河童先輩と話し終わって部屋の戸を閉める。ベッドにいるはずの闇音から首輪を受け取らなきゃと思って探すが、部屋にいない。代わりに、窓が開いてカーテンが風にたなびいている。空は群青が覆い始め、うっすらと星が瞬き始めていた。




〇〇〇〇〇〇




 外へと出た闇音は自由だった。

 風を受けて黒マントをはためかせながら、踊るようにくるくると回る。

 途中カメラを用意した覆面姿のジャージ六人集団がいて、闇音はふらふらとそこに混じると即興のダンスを行い、適当なところで手を振って離れていった。ジャージ集団も腰を振ったり腕をクイクイ揺らしたりしながら闇音を見送ると、また動画撮影に戻っていく。言葉を交わさなくとも解り合う不思議な文化がダンスにはある。闇音に踊りの才能はないが、ひょこひょことコミカルな動きがジャージ集団には受け容れられたようだ。

 その後も冬が近づいてくる木枯らし吹く中庭で、闇音はいろんな連中に遭遇する。海パン一丁の黒光り三人組が体から熱の湯気を立てながら自慢のポーズを決めている。彼らの前にはクラン募集の立て看板である。女子がほしいようだ。筋肉のまったく付いていない闇音がそこの前を通ると、ことさら筋肉を強調してきたので、闇音も真似してポーズをする。「おお!」と盛り上がって、しばらくポーズ合戦が行われた。闇音は満足すると、背中を見せてダブルバイセップスを決めると、「筋肉!」「筋肉!」と連呼しながらポージングで答えてくれた。「肩にマスクメロン乗っけてるよ!」と叫んで、闇音は離れていった。

 中庭のベンチには一カ所だけ筋肉とは別の熱い空間があった。男女がむちゅむちゅとまるでひとつの生き物のようにくっついている。学園でも有名なりゅうちゅるとぱこのカップルクランである。カップルバフがかかって一時的に無敵になると噂のユニークジョブの持ち主らしいが、闇音は知らなかった。ただただ彼氏彼女のリア充オーラに充てられて溶けそうになってしまったので、そそくさと中庭を立ち去った。見えなくなるところまでやってきて、「ふう危なかった」と汗を拭う。


 夜に覆われる学校内を散歩していると、見知った顔を見かけた。

 金の髪に長い耳を持つ美青年は、白ローブを着て照明の灯る東屋にいた。たぶんパーティメンバーなんだろうなと思しきエルフがぞろぞろ。特に貴き古代エルフの横に膝立ちで傅く猿顔の男は見覚えがある。リーダーの友だちだったと記憶している。エルフたちが座り、寛いで話している中、モブっぽい方々は直立不動で命令を待っているような感じだ。天上の方々のお話し合いといった感じで近寄りがたいが、差別意識が強い種族なのでそもそも近寄るつもりもない。

 エルフ集団を遠目にさらに進むと、またも見知った顔。練習着っぽい長袖シャツ姿の姫叉羅だった。ぞろぞろ男女二十人くらいの集団が寮に向かって歩いている。全体的にぶかぶかでダル系の格好をしているのは、ダンス部だからだろうか。猫尻尾を生やした姫叉羅の友人も横にいた。


「あれワンちゃんじゃなにゃいの。お散歩かにゃ~」

「パイセン、どこ行くの?」

「目的はない。風吹くまま、導かれるまま」

「そんなこと言ってるからパイセンは寮に戻れなくなるんだからな? 寮の方に帰るところだから、一緒に行くか?」


 姫叉羅は口うるさいが、まあ心配から出る言葉というのはわかる。隣の猫は「ほっときゃいいのに~」と頭の後ろで手を組んでいる。

 姫叉羅たち以外は闇音の横を素通りしていく。その中で、すれ違う狼獣人の女先輩がぎょっとした顔で闇音を見て、足を止めた。


「どうした真梨乃?」

「え、いや、なんでもないですよ?」


 隣の小さな女の子が急に挙動不審になった真梨乃と呼ばれた友人を気にしていたが、闇音に特に何を言うでもなく歩き出す。それでも闇音をおかしいものでも見るような目でちらちらと見てきた。なんだっていうんだ、見世物じゃねえと闇音は思う。

 そこにリーダーが走って近づいてきた。


「闇音! ダメだよ! ああもう!」

「なにがダメなんだよ、リーダー」

「ああ姫叉羅、そ、それは……ちょっと耳貸して」

「あ、いや、いま汗臭いからやっぱいい」


 乙女な理由で姫叉羅が距離を取る。それを横でニヤニヤ笑う里唯奈。


「ともかく闇音、帰るよ! あんまり目立たないで」

「目立ってるつもりない」

「そんなつもりなくても、見る人にはわかっちゃうんだから」

「そういえばパイセン、その首のチョーカー似合ってんじゃん」

「飼い主が逃げたペットを迎えに来たみたいにゃ」

「これねえ――」

「さあ行こうか!」


 闇音の背中をぐいぐいと押して話を打ち切るリーダー。姫叉羅も里唯奈も闇市になど出入りしないから、やばいアイテムだと気づかない。しかしダンス部の副部長である狼獣人の真梨乃が訝しむように見ていたことを、ふたりは知らない。

 



〇〇〇〇〇〇




 姫叉羅は体を動かすことが好きだ。

 曲に合わせてステップを踏む。指先にまで神経を通して、美しく見えるように集中する。そうして踊っているときは、割と何も考えないでいられるので、部活の時間は姫叉羅にとって気分転換も兼ねていた。

 悩みは次から次へやってくるもので、襲撃者の特定ができないことへの不甲斐なさもあり、闇音がリーダーの部屋に住み着いている不安もある。かつてドロップアウトした友だちのことをいまだに引きずっているのも忘れてはならない。

 並んで踊るのは、同級生の里唯奈に二、三年の先輩だ。ヒップホップやハウスダンスなどの好みで三から八名のチームを作り、練習に打ち込むのだ。姫叉羅はジャズとロック、里唯奈の誘いでヒップホップの三つのチームに所属している。年末の学祭での発表に向けて、いまはチームでの合わせがメインだった。

 この前話した真梨乃が、ジャズダンスのリーダーだった。しかし今日はどうやら精彩を欠いており、部長から心配されている。


「真梨乃先輩! 部長と同じくらいのキレしかないデス、体調が優れないですカ?」


 ぱっと見は金髪エルフだが、クォータな片言を話すトレイド・ミキータが真梨乃に近寄って心配していた。迷宮では精霊術がまったく使えず非戦闘系な役職で、帰国子女である。ストレッチ中の真梨乃の横にちょこんとしゃがみこんでいる。ダンス部一面倒見の良い二年生で、その言葉に反応したのが、ダンス部の部長であるちんまりした見た目のヒト族、(ただ)()乙女(おとめ)だ。


「そこで私が引き合いに出てくるのはどういう了簡だ?」

「猟犬? 真梨乃は狼だよ-? がおー」


 会話を拾ったのは忠野乙女よりさらにロリロリしいドワーフの(いで)()()()()だった。背中を押してもらって開脚のストレッチをしているが、手足が小学生並みに細い。ちなみに一年生の緒流流の従姉でもある。


「部長、現実はいつだって残酷よ。知らなくてもいいことはこの世の中腐るほどあるわ」

「それが私の実力とどう関係があるんだ?」


 片目を白い長髪で隠した蛇目の白蛇獣人の(うわ)(ばみ)()()が、大人の色気を滲ませながらそっと忠野部長の肩に手を置く。その手をぺいっと払いながら、忠野乙女は不機嫌そうに振り返った。


「いまからでもロボットダンスの方に転向するとかですか? ……あ、悪い意味でなくて、です」


 部屋の隅で二メートルもある体を丸めながら自信なさげにするのは、単眼人(サイクロプス)族の猪(い)(かり)()()()である。姫叉羅に匹敵する大きな図体をしているが、誰より繊細な心の持ち主の二年生で、姫叉羅とはジャズダンスのチームが一緒である。


「おい迦楼羅、下手くそって言いたいのか? 下手くそだってことなのかそれは?」

「アタシは部長のカクカクした動き好きだけどな。個性出したいんだろ?」


 ライオンヘアーの獅子系獣人、(より)(おか)()(しゃ)は、芽流流の開脚を後ろから手伝いながら、眠そうな目で言う。こちらのふたりは三年生だ。


「全然真面目だが?」

「……フフ」

「真面目なんだから笑うな! 美琴!」


 単眼少女の迦楼羅の横で体育座りをするジャージの少女、(あさ)()()(こと)がくすりと笑う。いつも言葉少ない海人族で、一年の彩羽は人魚族だが、別種の人魚である。具体的には、美琴の指の間にはひれがあったりする。

 ダンス部キャンディーギャルの二、三年女子は個性派揃いだった。姫叉羅なんかは、この中にいると割と無個性なんじゃないかと思うこともあった。






 

 姫叉羅が休憩しながら座っていると、横に真梨乃が肩を並べてくっついてきた。


「何か悩みごとですか?」

「そう……なんすかね。頭ごちゃごちゃしてて、なにやってもうまくいかないんす」

「わかりますよ。私も悩みごとあると体がうまく動かなくなる気がします」

「そんな感じっス」

「頭から離れないのですか?」

「勝手に思い浮かんできてダメっスね。考えないようにしようとすればするほど消えてくれないっス」

「そうですか…ままならないですね。私もそう、迷ってることがあります。決断というのは結局何を選んでも何かを捨てる行為ですから、捨てることができないままだと、ズルズル時間だけが過ぎててなにも変わらないことに気づいてしまいました」

「わかります。アタシのやることって結局、なんにも変わんないんスよね。何を捨てれば良いのかもわかってないし、後はただ打ち込むだけなのに、すぐに結果が出なくて、これでいいのかってモヤモヤして、もどかしいっス」

「悶々としますよね。キサラはまっすぐな子ですから、目に見えた結果があれば安心できるでしょう」

「そう……かもしれないっスね。センパイは何に悩んでるんですか?」

「うーん、気になる人のために全部捧げられるかどうか、かな」

「好きな人いるんすか? というか彼氏いると思ってたっス」

「いないですよう。好きな人って訳でもないけど、自分の全部をオールベットするかどうか、って感じですかね」

「それ好きな相手に尽くすってことじゃないんスか?」

「そういう見方もできるかも、しれないでね」


 曖昧に笑う真梨乃を見て、はっきりしないもどかしさを覚える。恋愛観ではなく、命を預けられるかということだろうか。戦乙女のクランに所属している実力者でも悩むことはあるようだ。


「でもそのうち、キサラの助けが必要になるかもしれないです」

「アタシが役に立つんスか?」

「だってキサラは悪いことは悪いってぶっ飛ばしてくれそうですから」

「悪い男なら容赦なくぶっ飛ばしますよ」

「あはは、そのときは遠慮なくお願いしますね」


 真梨乃と話したところで解決するものでもない。しかし人の言葉に耳を傾けることは大事なことだった。自分がおかしくなってないかの確認ができるからだ。思い込みが強すぎて道を外していることに気づけないのが、姫叉羅は何よりも怖かった。正しいと思って最初のパーティを引っ張っていったのに、いつからかそれは正しくなくなって、友だちふたりを失ってしまったことが姫叉羅の中でいまも呪いのように後を引いている。

 だからリーダーに全ての決断を委ねて、自分は指示されたことに打ち込むのが気楽で良かった。だけどもここ最近は、必要以上に悩んでいる。どうすればいいのかわからない袋小路の中で、我武者羅に強くなることを求めるだけでいいのに。

 リーダーの回りに女っ気が増えていくことへの漠然とした不安もある。なんでそんなことを気にするのか、自分でもわからない。龍村が好意を寄せていたっていいじゃないか。闇音の持ち前の図太さでリーダーの部屋に居候していたって、なにも起こりはしないだろうに。それでも不安に駆られるのは、姫叉羅が単細胞ではない普通の女子高生だからだ。

 「アタシは難しいことわかんねえ」と開き直ったように言うのに、本当は嘘だった。自分の心ない言葉で誰かを傷つけてやしないか不安になるし、嫌われることにトラウマに近い恐怖を感じている。単細胞なのは闇音の方で、難しいことを考えないのは龍村だ。姫叉羅は大半の十代がそうであるように、常に揺れている。上記のふたりが尖っているだけなのだ。そして必要ないことを削ぎ落としていった方が、迷宮に潜るのに適していると思う。思うのに、思い切れない自分がいる。

 聖夜の学祭まであとひと月を切っていた。龍村も軽音のグループに入って演奏する予定だというし、時間は待ってはくれない。

 迷いながらも、進むしかなかった。

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