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第36階層 打ち上げ

更新予定から一日遅れてすみません。

そのかわり2話分の長さになっております。

といっても雑談がメインですが…。

 十階層を突破した翌日、世間では土曜日で、迷宮学校も部活動のないものは基本的に休みの日である。

龍村は道場をひと部屋借りて、槍の素振りを行っていた。といっても本物の道場というわけではなく、訓練用個室が道場風の内装になっているのだ。部屋の上座に掛け軸がかけてあるだけの殺風景なものだが、壁や床は冒険者の魔術をぶつけてもビクともしない造りになっている。掛け軸にはよくわからない、リア充断つべしの力の入った筆文字。たまに内容が変わるので、誰かが趣味で書いているのかもしれない。

 龍村は型をこなし、自由に振り回した後、タオルで汗をぬぐって水分補給をした。


「打ち上げ……か」


 お誘いである。昨日の十階層から帰還した後、エントランスで少し話したのだ。明日打ち上げやろー☆と元気に提案するドワーフロリに、他のふたりも賛同していた。打ち上げとは何か。花火でも上げるのか。龍村はよくわからないまま頷き、流れで連絡先を交換するに至った。携帯電話の機種が5世代くらい古いものを所持していたらしく、驚かれたのは別の話。


「準備……準備……」


 どういう格好でいけばいいのかわからない。ちなみに今身にまとっているのは稽古着だ。それで参加してもいいなら楽なのに、と思った。私服などあまり持っていない。いや、以前に彩羽が見かねて色々用立ててくれたものがあった。くしゃくしゃに丸まってなければ着られるだろう。

 他にも考えなければならないことはある。緒流流たちとは十階層突破までの臨時パーティだから、また次のパーティを探さなければならない。暗鬱としたものがある。居心地が良かったのだ。とても。楽を覚えて堕落するつもりはないが、一度覚えてしまった蜜の味は忘れるのが難しい。どうしても比較してしまうのだろうし。


 男に頭を下げるべきか、悩む。彼のパーティに酷い態度を取ってしまったことは、どちらにしても詫びねばならないと思っている。そこからパーティに入れてもらうというのは虫が良すぎるだろうか。彩羽だって、いまの自分をパーティには誘わないはずだ。ようやくスタートラインに立った龍村を十分だとは認めないだろうし。


 しかし、と思う。男のパーティ構成を考えると、自分のような純タンクがいることでかなり安定するだろう。余計なプライドを捨てることができれば、彼のパーティで十全に力を発揮する自信はある。


「……どうすれば……どう切り出せばいいのだろう……」


 槍をぶるんぶるん振り回すのはもはや体に染み付いた癖のようなもの。足捌きは一度も止まらず、呼吸を乱れぬように心気を澄ませることも同時にこなしている。なのに頭では迷路に陥ってパンクしそうで、煩悶とするのに、体はこれまでの積み重ねをなぞるように無駄を排して動く。頭をクリアにしようと体を苛め抜くのに、悩みは次から次に湧いてきて一向に良くならない始末だ。

 板敷きが擦り切れるくらい動き回り、気づけば三時間も過ぎていた。





 龍村は祖父の声が好きだった。

 龍村、と呼ぶ祖父の低い声が聞こえるたび、それだけで嬉しくなったのを覚えている。

 幼い頃のことだ。いま名前を呼ばれても、ほとんど心は動かないだろう。

 何でそんなことを思い出したのか、龍村はわからなかった。


 龍村は連絡にあった場所の前で、なんとなく足を止めている。いるのは、打ち上げ、とやらの指定場所だった。外観は西部劇に出てきそうなカントリー風。ウェスタンハットが似合いそうなカウボーイが小粋なポーズを決めてドアをくぐりそうだ。龍村の勝手な想像だが。

 ツヤが出るまで使い込まれたウッド調である。木の扉の横に馬車の轍が立てかけられ、木のジョッキに錆びたレンチが刺さっている。その店の前で立ち止まり、龍村は祖父の声を思い出したのだ。

 視線は落ち着かなげに揺れ、そしてある場所で止まる。年季を感じさせる木樽に黒板が打ち付けられ、本日のオススメ、肉厚ステーキ500gと白チョークで書かれていた。


「肉厚ステーキ……」


 古い回想は肉で埋め尽くされ、押しやられてしまう。祖父との思い出より、肉汁溢れる肉厚ステーキだろう。肉は龍村にとって昔から好物である。特に噛み締めると肉の味が滲み出てくるような肉厚のやつが好ましい。

 決して好物につられたわけではないが、足がいつの間にか動いて店に踏み込んでいた。木戸を開けて飛び込んでくるのは温かな光のシャワー。右手のカウンター、左手のテーブル席には客はいない。カウンター席の途切れた向こうに、広めにとられたパーティ席がある。そこを占有する顔見知りたちがいるだけである。

 龍村にいちばんに気づいたのは、手を振るロリドワーフだった。


「こっちこっちー☆」

「あ、タッちゃんきた~」


 龍村は踏み出す足が寸前で止まった。エルメス、彩羽、その他にも十階層を突破した面々がすでに席についている。黒髪男子の横には、ポテトをムシャムシャと頬張る黒づくめの少女と大柄な鬼人族の女子もいた。

 そしてサル顔がふたつある。ひとりは怪我した腕を懸吊していて、恐らく女子。たぶん、女子寮で何回か顔を合わせている。

 もうひとりは龍村も知っていて、エルメスの横に陣取り揉み手をしたり同じサル顔を睨んだり落ち着きがない。龍村たちを煽って翼蛇に挑ませたり、ちゃっかりエルメスの付き人ポジションに収まっていたり、気がつくと懐に入り込んでいるような男だった。

 テーブルの端っこには、お行儀よく座る白猫がいた。頭を低くしてポテトを食らう犬耳の生えた少女がときどき警戒心を露わにしているが、白猫の方は不思議そうな顔をして小首を傾げるだけだ。犬と猫で仲が悪いのか。いや、犬が単に猫に敵意剥き出しなのか。


 黒髪男子が傍に寄ってくる。ちょっと緊張したが、龍村の顔には出ないだろう。


「食べ始めちゃってますけど、飲み始めは揃ってからにするつもりだったんですよ」

「……すまん、待たせた」

「遅れたわけじゃないんですから。はい、座って座って。それと何飲みます?」


 ウーロン茶と伝えると、黒髪男子に急かされるように鬼人女子とロリドワーフの間の空席に収まった。

 自分よりも目線の高い鬼人女子からは険悪な視線をひしひしと感じるが、反対側のテーブルからようやく肩が飛び出たくらいのロリドワーフには歓迎の笑みを向けられる。


「ウチのリーダーはお人好しだから許したのかもしれないけど、アタシはこの前のこと忘れてないからな?」

「その節は済まなかった。場を改めて謝罪する」

「なら今日は忘れてやるよ」

「助かる」


 鬼人女子が小声で話しかけてきたのは、きっと場の雰囲気を壊さないためだ。龍村もそれとなく理解し、この場に相応しいと思われる対応を選んだ。きっとここで頭を下げても解決にはならないだろうと察する気遣いはできた。


「ほい、タッちゃん☆」

「ああ、ありがとう」


 親戚の子どものような背丈のロリドワーフからグラスが回ってくる。未成年で酒を回すほどタガの外れたものはいないのだろう。チラリと周りを見るとサル顔の双子だけは何やら不満げだったが、酒を欲しているかどうかは分かりようもないことだった。それよりも額のシワまでそっくりだ。


「みんな飲み物は行き渡りましたか? じゃあ、代表してエルフさん、お願いします」

「こういうときでは私なります。いい心だけです」


 満足気に頷いて立ち上がるエルメス。目立ちたがり屋なのだ。弁を振るう政治家のごとく睥睨してみせ、風を撫でるように静粛に、と手を動かした。いちいちもったいぶっているので短気な輩には耐え難いだろう。いままさに何か言おうとした黒耳少女の口を、鬼人女子がさっと塞いでいた。いい判断だ。

 そして聴衆の視線が一手に集まったところで、白く女のような細い指先で十字を切った。宗教的なものではない。エルフの挨拶のようなものだということを龍村は知っていた。同じエルフ族を相手にしたときにしか使わない真面目くさった作法だ。エルメスにとって敬う何かがこの『打ち上げ』にはあるのだろう。


「ごほん。あーあー、よかろう。我が名はエルメス。エルメス・アールヴである」


 エルメスの喉の周りに古代語が浮かび上がる。それは青白いほのかな光を発しており、何かの魔術が行使されていることを意味した。というかあからさまか。

 いやいや待てよと、気持ちよく語り出したエルメスを見て、集まった半分ほどはおかしな顔をしている。少なくとも龍村は驚いた。こんな場所で使うのかと。顔には出なかったが。

 エルメスの口調が変わっており、それは魔術の発動によるものだろう。元々翻訳魔術を常時使用していたから、スラスラと語るその口語はより忠実に翻訳するよう、魔力大量投入による上掛けだと思われる。正確性を高めるためだけに膨大な魔力を使っている様子は、まさに才能の無駄遣いであ。口調はより尊大になっているが、それこそ本来のエルメスの口調なのだと龍村は知っていた。

 それにしても、小さな集まりの音頭で使うだろうか。できるならいつも使えよと。分かりにくい翻訳魔術をなんとかしろよと。驚いている何人かは思っているのかもしれない。


「先だって足踏みしていた女トカゲがようやく一つ目の関門をくぐり抜けることができた」

「あっしはまだクリアしてないケドネー」


 口を尖らせるサル顔の女子の方。エルメスは口を挟まれ、鋭い目をしてサル顔を射抜いた。ヒェッと声を出して、腕を吊ったサル顔は小さく丸くなった。

 女トカゲとは自分のことだが、それはいつものことなので気にしない。他のものに言われれば腹も立つだろうが、一度は槍を捧げた相手だ。何と呼ばれようがプライドはあまり傷つかない。


「さて、このこじんまりとした狭苦しい場では物足りないが、庶民というものはこういうものなのであろう。構わぬ。学生とは貧窮しておるものらしいからな」


「この極東の地で、私は己が身を憐れんだ。こんな小さな島国に見るべきものなどありはしないだろうと。そしてつい先日まで、その思いは変わらなかった。劇的だったのは、この私が死を体験してからである」


 プライドといえば、龍村自身にも変化はあった。不思議と黒髪男子と張り合うような意地は消え去っており、素直に彼の必要性を認めることができる。あと、トイレに行きたかったらすぐに伝えることもできる。


「女トカゲよ」


 エルメスから声をかけられた。まっすぐ見つめられ、龍村もまた見つめ返す。常に尊大であったエルメスだが、いいところもあった。龍村が密かに憧れていた騎士道に付き合い、騎士が仕える主として振舞ってくれた。そのことには感謝しているのだ。


「死から立ち上がり、己が才覚で足掻いたこと、すべて見させてもらった。彩羽が言うには、汝はひとりで行動しようとすれば必ず躓き、そして苦しむだろうとのことだった。それが悪いことだとは言わぬ。できること、できないことを極端まで選り分け、磨いてきたのだ。槍の腕は私の知る優秀な戦士たちに引けを取らないほどである。が、一方で欠点も多くあった。その欠点が足を引っ張り、足踏みとなったのだろう。汝は視野が狭かった。それを苦労を重ねることで広げられただろう。そして必要なものを探す努力もした。だからこそ、ここにいるのだ」


 ここにいる、という言葉が胸を打った。

 もし、まだ未熟だと思い、努力を何もしていなかったのなら、龍村はこの温かな空間が苦痛に感じたことだろう。己を恥じ、途中で引き返したはずだ。


「汝の矜持の高さは知っておる。先達の竜のものたちに引けを取らぬ孤高さよ。だから、一度しか言わんぞ?……よくやった。これからはその広がった眼で己が必要とされ、必要とする場所を探し、好きに生きるといい」


 鳥肌が立って仕方なかった。褒められ、そして主従の関係を優しく断ち切られた。龍村は椅子から下り、床に片膝をつけ、こうべを垂れた。こんな時代遅れの堅物女に付き合ってくれたことを感謝した。


「うちらは何を見させられてんの?」

「バカ! 水差すなって。パイセンはちょっと黙ってなよ」


 小声で温度差のある声がしたが、歓喜に震える龍村には届かない。


「何だよソレ。もっと優しい言葉をかけてあげればいいのニ」


 反対側からは、サル顔の女が野次を飛ばしてきた。


「まぁまぁ、いいじゃんね~? タッちゃんの卒業式みたいな~?」

「うん、タッちゃん嬉しそうって思うな☆」

「そうナノ? でもひどくナイ? あの耳とか超偉そウ」

「おいサル、それ以上余計な口を挟むのなら、目障りだ。二度と連れて行かぬぞ」

「若、そいつはオレッちじゃないですぜ。オレっちの劣化版なやつっす」

「ハァ? テメェはあっしの尻にくっついて生まれてきたオデキのようなもんだロォ? オデキの分際で口開くナヨ?」

「んだと、潰れたカボチャみたいなブス顏が本体なわけねーだろ。オレっちの鼻クソがお前なんだよ!」


 ぎゃーぎゃーと口汚ない応酬が始まったのを見て、エルメスは不愉快そうに顔をしかめた。


「はい、退場」


 パンと手を合わせ、声を発したのは意外にも黒髪の男子だった。それを聞いておもむろに立ち上がったのは鬼人女子。やれやれしゃーないなあと憂い顔であった。鬼人女子に目配せされて、つられて龍村も立ち上がる。


「外」

「えー、そりゃないっすよ」

「あーしがなんで外に追い出されなきゃならないんダヨ」


 エルメスがしっしっと払う素振りをする。ほいほいと鬼人の女子は返事をすると、ふたりでひとりずつサル顔をひょいと摘み、揃って店外に放り出した。


「若ぁ!」

「あっし怪我人なのニ!」


 怪我人にも甘くないのがエルメスだから仕方ない。店に入り、奥から見えないところで肩を並べると、鬼人の女子はくすりと笑った。


「さっきはああ言ったけど、アンタがまっすぐなのは痛いほどわかるよ。これからよろしく。アタシ姫叉羅」

「私も、仲良くできればと思う。龍村と呼んでくれ」


 女としては大柄なふたりが握手を交わす。鬼人の女子……姫叉羅もまたまっすぐな性格なのだろうと思えた。





 それから席に戻るとジョッキを持たされ、乾杯の運びとなった。いつの間にか戻ってきていたサル顔ふたりも、顔を赤らめてジョッキを傾けている。あれはお酒ではないと思うのだが。

 エルメスと彩羽と黒髪の男が外国の冒険者の話を始めてしまい、白猫と黒づくめの少女は目の前の料理に奮闘中だ。


「ねえねえ、タッちゃんて音楽に興味ある?」

「特にないな」

「そっか☆ でもこれから興味わくこともあるかもだよね☆」


 ロリドワーフがグイグイと迫ってくる。運ばれてきたローストビーフを頬張り、ごくんと飲み込む姿は小学生の女児のようだ。


「あたしたち三人でバンドやってるんだけどね、ふじのんがこの前の演奏で、階段踏み外して手首骨折しちゃったの☆」

「そういうわけでね~、ふじのんが怪我してるからベースを弾いてくれる人がいないの~」

「ベースか」


 コウモリ娘も話に参加し、身を乗り出してくる。ベースとは野球のことだろうか。投球はあまりうまくないが、バットを振ることならできる。中学校の体育の授業で男子に混じってバットを持ち、場外を叩き出してあんぐり顏をさせたこともあった。


「コードとかつきっきりで教えるよ☆」

「コード?」


 延長コードのことだろうか。どこに必要なのか。


「弦を押さえる指の動きのことだね~」

「まぁわかんないよね☆ 教えるよ☆」


 龍村はギターの輪郭を思い浮かべ、なんとなく想像ができた。


「ついでにギャルメイクを伝授したげる☆」

「いや、それはいい」

「ギャルといえば~、キィちゃんはどう~?」

「うわ、こっちきた」


 話を向けられた姫叉羅が嫌そうな顔をした。その横で人目を偲ぶように一心不乱にポテト、唐揚げ、イカリングを頬張る黒づくめの少女は、姫叉羅の陰に隠れるように身を引いた。会話に参加したくないのかもしれない。


「キィちゃん? 知り合いか?」

「そーだよー☆ キィちゃんはダンス部なの☆あたしらがバンド組んでて、たまに一緒のステージに上がるの☆」

「踊ってるキィちゃんかっこいいよね~」

「そんなことないって」


 ひらひらと手をふる姿は、嫌味なほど謙虚過ぎないし、自慢げでもない。自然体の様子は好感が持てた。


「私服もかっこいいしね〜」

「あたしがキィちゃんの服着ても似合わないよ☆」


 姫叉羅の私服はダメージパンツに黒白の肩出しセーターとシンプルなもので、ギャルというほどではない。ロリドワーフは襟や袖にモコモコのついた白いワンピースで、コウモリの方はホットパンツに黒ハイニーソとゆるい感じのパーカーだった。どっちも似合っていると思う。


「キィちゃんはどちらかといえば攻撃的な不良系コーデが多いから、たまには系統変えてもいいと思うな☆」

「どっちも足長いから姉コーデもいけるよね~」

「あえての姫、ドウ?」


 似合わなーいとギャル三人が大爆笑である。なんでもいいが龍村は置いてけぼりだ。私服のセンスとかよくわからない。可能なら、毎日ジャージで過ごしたいくらいだ。しかし姫叉羅の方は、ギャルの話がそれなりにわかるのか苦笑していた。


「ちょっと待って~」


 コウモリ娘が手を挙げた。


「黒ギャル見つけた~」と、


 姫叉羅を指差し、のたまう。唐突すぎて周りの反応が遅れて「ん?」という顔をするが、ロリドワーフがいちばんに理解できたのか「あー!」と声を上げた。


「黒ギャルだー☆」

「ちげーよ」

「キィちゃんはぽよんぽよんの巨乳だもんね~」

「だ、男子のいる前で言うんじゃねぇよ……」


 狼狽える姫叉羅に構わず、何かが通じたロリドワーフとコウモリ娘がやいのやいのと騒ぎ始めた。

 姫叉羅は小麦肌に明るい茶髪で、メイクはほとんどしていないがリップクリームは塗っている。隣の黒づくめの少女を見たが、こちらは完全にノーメイクだろう。元は悪くないので、ずぼらさが足を引っ張っているようだ。


「爆乳黒ギャル爆誕だ☆」

「うるっせぇーよ! なんなんだよ!」

「ね~」「ネー」「ねー☆」


 たぶんサル顔はわかっていないが、ノリで頷いていた。三人ギャルはどんどん盛り上がって、姫叉羅と龍村のギャル化計画が水面下で、いや大っぴらに語られている。これまで選んでこなかった道を選んでもいいかもしれないと龍村は思ったりもしたが、姫叉羅は面倒に巻き込まれたと嫌そうな顔をしている。


「そっちの黒魔女さんもギャルって見る~?」

「……ビッチめ」

「……う~?」

「おいパイセン!」


 姫叉羅が慌てた様子で黒づくめの少女の頭を押さえた。


「いや、ごめん。このちんまいのコミュ症で、キラキラしたのに弱いっていうか」

「ビッチじゃないけど彼氏ならいるよ☆ いっぱいチューするの☆」

「オルちゃんのところもラブラブだもんね~」

「あーしは絶賛募集中ダヨ」


 サル顔がピースを目元に添えながら、決めポーズを取る。そうか、ロリドワーフもコウモリ娘も彼氏を持っているのか。それなのに黒髪の男に抱きつくという冗談もできてしまうのか。それはビッチではないのか。フレンドリーすぎるだけなのか。龍村自身に経験がないからわからない。奥が深そうで、あまり踏み込むのも恐い気がする。


「ドビッチー」

「そんなドビュッシーみたいな言い方してもダメだから。失礼なんだよ、コラ」

「処女同盟を結んでオス食いマンバから身を守るべき」

「ちょいちょいちょーい! 敵対行動はやめろってば!」


 ギャル三人の表情がわずかに曇る。この空気は知っている。あまりよろしくない雰囲気だ。女同士の悪い部分が覗こうとしている。悪いのは全面的に悪口を吐き出す黒づくめの少女だが。どうやらかなり卑屈な性格のようだ。そしてなぜかカタカタ震えている。


「こう見えてパイセンはこじらせ系女子だから、大目に見てやって。持たざるもののひがみ以上の嫌味はないから。いまもリア充に当てられていっぱいいっぱいなだけだから」


 姫叉羅のフォローが優しい。


「はい! はいはい! ちょっといいですか☆」

「はい、ドワーフさん。なに?」


 姫叉羅が応じた。


「黒魔女さんにちょっとしたお話をするので、それに思ったことを答えてください☆」

「……うち?」

「そう☆」


 日向と日陰のようなふたりだ。見てくれの幼さは似ているが、中身が正反対のように思う。テーブル越しでもわかる明暗だった。


「三人の騎士様がいました☆

 彼らはひとりの女の子に恋をして、三人とも女の子に思いを伝えました☆

 すると女の子は三人ともプロポーズを断り、湖のほとりで泣きました☆

 さて、女の子はこの後、三人の騎士たちとどうなったでしょう☆」


 すごく嬉しそうに語るロリドワーフからは、女の悲しみが伝わってこない。まるで嬉し泣きしているようだ。


「三人の騎士とヤることヤってばれそうになったら泣いてごまかした。とりあえず穏便に済む方法を考えて三人を競わせ、その間に貴族でもたらしこんで玉の輿ルート」

「女の子ビッチじゃねぇか」


 ビッチが龍村にはどういうものかわからないが、あまり好ましくないのはわかる。話を聞く限り誠実からは程遠い。白い可憐な野花かと思いきや、匂いで惑わす魔花だった、みたいな。


「なるほど、よくわかりました☆ この質問でわかるのは、自分ではできないけど、深層心理では理想としている自分の姿です☆ 黒魔女さんはビッチ願望があるみたいですね☆ どっちがビッチかな☆」


 ロリドワーフから華麗に黒いオーラが飛んで、黒づくめの少女を打ちのめす様を幻視した。

 攻撃されていることがわかっているのか、ロリドワーフから飛んだ見えない言葉の暴力に「あうっ」と仰け反り、屈した。黒い耳をぺたんと伏せ、黒尽くめの少女は怯えるように姫叉羅に隠れている。


「鬼、あの生意気なドワーフを、や、やっておしまい……」

「パイセンが今回はボコボコにやられたんだよ。負けを認めなって」

「くっ……まだ負けてない……屈辱を味わうくらいなら、いっそころせぇ……」

「パイセンは女騎士じゃねえよ……」


 会話のテンポが目まぐるしい。龍村は、見ているだけでやっとだ。


「悪く言ってごめんね☆ 仲良くしよ☆」


 ロリドワーフが突然椅子を降り、わざわざ黒づくめの少女の横に立って仲直りの握手を求めた。黒づくめの少女は眩しいものを見るように目を覆った。


「あっし、ひどいこと言ったよね☆ ごめんね☆」


 小首を傾げる姿に「ふぉぉぉぉぁぁぁ」と奇声を漏らしている。なんだか黒づくめの少女から立ち上る邪気のようなものが、ロリドワーフから溢れ出る慈愛の光に浄化される様子が見えた。黒づくめの少女は白く燃え尽きたようだった。されるがままに手を握られ、虚ろな目で握手を受け入れている。

 椅子に戻ったロリドワーフを目で追い「天使……」とつぶやく様子は、何かが弾けてしまった危ない視線だったが龍村にはどうしようもない。


「ね~ね~、タッちゃん~。さっきの話の続きだけど、ベースやってくれない~?」

「私でよければ力になる。ふたりには世話になったからな」

「やたー☆」

「あーしの代わりだからって、容赦しないんだからネ」


 楽しい『打ち上げ』とやらだった。運ばれてきたステーキに、龍村も含め無心で食らいついた。

 飲み、食い、話し、満たされていた。憧れていた自分がここにいる。しかし、怠けていては手に入らないものだ。明日からまた努力を続け、勝ち取る必要がある。その明日が来ることをワクワクして待っている自分に、龍村はようやく気づいた。迷宮に潜ることが楽しいのだ。それは久しく忘れていた感情だった。

 祖父について行って体験した、冒険者たちの闊達な笑い声が思い出された。

 ちらりと黒髪少年へ目を向けた。首に白猫を巻きつけ、姫叉羅と話していた。黒づくめの少女を指差し、笑って話している。あの輪に入りたいと、龍村は密かに思った。

次の話で今回の更新は終わりです。

まとまり次第となりますが、一週間以内には投稿できると思います。

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