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第33階層 新たなパーティ

 龍村が迷宮への挑戦権を剝奪されている間、他のパーティやクランの動向が気になって仕方なかった。エルフのクラン、『聖樹の杖』は四十階層を攻略中で、エルメスも二十階層から三十階層と、破竹の勢いで更新し続けている。彩羽の作ったパーティもあっさり二十階層を更新した後、最大六人のパーティメンバーを集めつつ無茶のない攻略を進めていた。

 それ以外の一年生パーティも、全体の二割ほどが十階層を突破したようで、着実に次の段階へ歩を進めている。


「――そもそもパイセンは協調性って言葉を知ってんの? 前衛職覚えて慣れないのはわかるけどさ、アタシを全無視ってなに? 喧嘩売ってる?」

「獣戦士ムツカシイ、うち、ガンバッテル。オコラレル、ソレガワカラナイ」

「あぁ!?」

「姫叉羅、まあまあ。こればっかりは練習しかないと思うよ」


 龍村は柱の陰に隠れて、通り過ぎる三人組をやり過ごした。先日思いっきり突っかかってしまった黒髪男子のいるパーティだ。普段の龍村なら堂々とすれ違っただろうが、最近は妙な後ろめたさから彼らを避けるようになっていた。自信というものが打ち砕かれ、誇りが揺らぎつつあるのだ。自分が自分でなくなったような座り心地の悪さがずっと付きまとい、順調に進んでいる連中を見ると妙に落ち着かなくなる。胸を張っていればいいのだとわかってはいるのだ。しかし、確たるものがはっきりと見えないから、いつの間にか目が泳いでしまう。

 そんな弱い自分を叩きのめそうと、毎日のように道場に足を運び、汗だくになるまで槍を振った。それでも心は晴れなかった。


 のろのろとした時間を噛みしめ、ようやく一週間が経った。解禁された龍村が次に組んだパーティは、別のクラスの気さくなふたり組の男子だった。龍村が掲示板でメンバー募集の一覧を吟味していたときに横合いから声をかけてきたのだ。


「ねぇねぇ、君、パーティ探し中だったりする? よかったらオレたちと組まない?」

「綺麗だしwwめっちゃ強そうだしww」


 悪く言えば軽薄だ。だが渡りに船であったのは否めない。

 以前パーティを組んだ女子ふたりとは一度も話をしていない。話し掛けようにも避けられてしまい、反省会とやらもできずに日々の時間に押し流されてしまった。彼女たちは元の三人パーティに復帰し、自分たちのペースで攻略を進めている。いつの間にか接点はなくなり、最初からパーティなど組んでいなかったようにも思えた。


「こちらからもお願いしたい。とりあえず、十階層攻略まででいい。よろしく頼む」

「よろしく頼まれちゃうよwオレメイン職《魔剣士(マナフェンサー)》ねww」

「オレオレ、メイン《軽業師(アクロバットマン)》! 戦闘は任せてぇ、いぇー!」

「私は《竜騎士(ドラゴンナイト)》と《槍士(ランサー)》だ。よろしく願う」

「竜騎士だってwヤバw」

「最近のトレンドはメイン紹介だけでいいんだよー? サブとかオマケだし」

「そうか。知らなかった」

「そうそうw」


 その場のノリで生きているような男子たちだった。しかしアタッカーだ。後衛でビクビクされるより、一緒に並んで戦えることのほうが、断然気が楽だ。

 この一週間で、準備にも力を入れた。調理は初めから諦め、保存食を中心に、ドライフルーツや干し肉を多めに用意した。栄養のバランスなどはあまり考えず、腹持ちの良さそうなものを揃えた感じだ。

 それにトイレットペーパーも忘れていない。これを忘れたがために冒険を諦めて引き返すパーティも多いのだ。龍村は二度も同じ失敗をしないと自負している。


「めっちゃ背高くて美人だよねwwスゲーモテるでしょ、ヤバいってマジでww」

「付き合ってるやつとかいる? え、いないの? 休みの日とか何してる系(笑)?」


 懸念があるとすれば、第一階層から話しかけてくる男子ふたりの様子だろうか。攻略に即した内容なら龍村も顔を顰めたりしない。しかし、話す内容が教室で聞こえてきそうな話題ばかりなのだ。最初は真面目に答えていたが、段々と辟易してきて、最終的には無視した。そうすると、途端に不機嫌になってやる気を失くしたような散漫な動きになった。


 これはさすがの龍村もまずいなと思った。なんだか彼らと自分の目的は違う気がする。

 直感は当たり、最初の夜、龍村がテントを使わせてもらって浅く寝ていると、男ふたりで夜這ってきた。可愛いだのきれいだのと褒めちぎってきたが、それで龍村の心が動かないとわかると、夜になってついに本性を現したらしかった。

 別に男だから汚らわしいとは、龍村は言うつもりはなかった。しかし、同意も得ずに女を性欲の捌け口にしか思っていないような男には反吐が出る。


「へへ、実は食事に睡眠薬仕込んどいたんだよね。ぐっすり寝てるかなー?」

「寝てる間に何されちゃうんだろうねww」

「私がされるのではない。私がしてやるんだ」

「へ?」

「なんでw」

「竜人は状態異常に耐性があるだけの話だ」


 呆けた顔の男ふたりをその場で返り討ちにした。顔が歪むまでボコボコに殴り、婦女子を襲った報いを受けさせるべく襲われる恐怖を味わえとばかりに足の腱を切って放り出した。うまくすれば腕だけで這って入り口まで戻れるかもしれない。しかしこのことは学校側に通報するので、戻ったところで相応の罰を受けるだろう。


「そんな! 置いてくなんて鬼畜だ! 助けて!」

「謝るからー! ごめんよー! 死にたくないよー!」

「迷宮に邪な気持ちを持ち込んだ報いだろうに」


 陰鬱な気持ちのまま、またソロプレイだった。裏切られたショックはほとんどないが、仲間に恵まれないのか自分が堅物すぎるのかで悩み、自信を失いつつあった。

 切り替えねばと移動を續けるが、どうしても不安は付きまとった。寝ればその分無防備になると考え、不眠不休で歩き続けた。しかしそれが続いたのも四日くらいで、気を失うように眠ってしまった。気が付いたときには腕に噛みつく植物の姿があり、カッとなった頭で周りを囲んでいた人食い植物を槍で斬り捨てた。噛まれたところから毒を流し込まれたようだが、それほど体に影響はなかった。竜人は状態異常に耐性があるので、毒効果は微々たるものだ。それでも完全にないとは言えないのだが。

 深く眠るのは危険だからと、眠るのは座った姿勢で、三時間ほどうつらうつらするだけに留めた。寝ているときに襲ってくる魔物に起こされ、その旅に全力で返り討ちにするから、余計な精神力を削られる。その上生来の方向音痴が災いして、道を間違えに間違え、気づけば六階層で二日も経っていた。無駄な時間ばかり積み重ねる焦りから寝つきは悪く、腹だけは満たしておこうと分量を考えずに口にしていくうち、十日もしたところで水と食糧はほぼ底を尽いてしまっていた。

 十階層を突破するまで〈アイテムボックスLv.1〉は成長せず、容量が増えないため、迷宮に持ち込める量が限られている。ないものはしょうがないと空腹のまま十階層を目指すが、これでは前回の焼き回しだった。生肉を食べていないだけ天地の差があったが、結局はジリ貧である。

 それから二日かけて九階層まで到達したが、飲まず食わずできたために手足は異様に震え、視界が明滅を始めていた。呼吸は苦しくなり、唇がガサガサだ。喉の奥がひりついたように痛み、数日汚れを落としていないから臭いし不快感がまとわり続ける。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 龍村は喉が割れんばかりに、最後の咆哮を上げた。両手を広げて後ろに倒れこむ。視界が白く明滅し、意識が遠のく。


「くやしい……くやしい……!」


 涙は出なかった。瞼は重く、倦怠感がもう一歩も動けないと圧し掛かってくる。喉が焼かれたように痛み、呼吸が息苦しかった。目を閉じ、動けなくなった。それから、ブツッっと、何かが切れる音を聞いた気がした。


 気づくと、白いシーツの敷かれた台座に横になっていた。死に戻りである。またペナルティで一週間挑めなくなる。上体を起こし、龍村は健康そのものである自らの体を確認した。汚れもないし、苦しいところもどこにもない。まるで夢を見ていた気分に襲われ、すべてを呪いたくなった。拳を自分の腿に叩きつける。


 ひとりは弱い。

 龍村はそれを、本当の意味で実感していた。





 今度は自分から声を掛けようと思った。これという人材を自分の目利きで判断するのだ。パーティ募集の掲示板を食い入るように見つめ、自分の望む条件を吟味した。

 掲示板には、実に様々な情報が掲載されていた。人は見たいものしか見ない。一年の廊下に設えられたものだというのに、今日という日まで活用することなく、無意識か知らないがどこかで疎外していた。パーティを探すために必死になる連中を、どこかで弱者扱いしていたのかもしれない。いまでは自分の方が弱者である。


 十階層攻略が目標のパーティはまだ多くある。全体の七割はいまもまだ、つらい思いをして十階層という一年時の進級ラインを目指していた。一年の中でも、やはり二十階層を早々に越えた彩羽とエルメスのパーティがトップクラスだろう。

十階層を最速で突破した白猫のパーティはあっさり解散し、それぞれにパーティやクランに入っていた。後ろからやってきた大物たちにあっさりと先頭を譲った形だ。この間難癖付けてしまった黒髪男子のパーティも、一応パーティメンバーを募集しているようである。掲示板の隅に小さく募集していた。斥候がリーダーで闇魔術師と鬼戦士の組み合わせは他にないだろう。条件は『十階層突破の方』だという。一瞬、消してやりたい衝動に襲われたが、なんとか耐えることができた。その十階層を超えるためのパーティが欲しいのだ、こっちは。

 そして龍村と同じ場所で躓いている同期たちは、自分に合った仲間を求めて声なき声を上げているようだった。掲示板には、組んで解散をしてを繰り返す同期たちの悲鳴が上がっている。


 龍村も苦しんでいるひとりとして、パーティ選びは慎重を喫し、今までどうでもいいと思って見てこなかった募集条件の詳細やパーティ構成を確認するようになった。

 自分に足りないものを補えるパーティがいい。龍村は自分が前衛職のタンクでそれ以外はとんとできない初心者であることをまず受け入れ、戦闘での支援後衛職、あるいは戦闘外のサポートを欲した。そしてたまたま目に留まった募集要項をじっと見つめた。ひとつのパーティ募集に目が留まった。


「あっしらで良ければパーティ組もっか~。あっし古森(こもり)()(らん)~。ピース~」

「ああ、よろしく頼む」

「こっちもよろしくねー☆ 岩成(いわなり)緒流流(おるる)だよ☆」


 掲示板前の廊下で待ち合わせ、自己紹介をした。小悪魔系ギャルとロリドワーフギャルのふたりとパーティを組むことになった。頬にピースを添える仕草は自分にはできないものだなと一歩引いた目で見ていた。目元に★が付いている意味が分からない。

 背中にコウモリ羽の生えたギャルが支援魔術を得意とした後衛魔術師。龍村の腰ほどの背丈しかないドワーフギャルは槌戦士だったが、鍛冶師をメインにしているため戦闘とそれ以外をこなすオールラウンダー。ここに斥候と治癒士がいればとても安定したパーティになるだろう。しかし十階層は定員3名+助っ人ひとりの構成なので、無い物ねだりはしない。


「とりあえずパーティは十階層までの契約だけど、その後も考えてたり~?」

「終わってみなければわからない。どうなるのかも判断がつかない。またソロに戻る可能性は低くない、と思う」

「そのときになったら考えるんだよね☆ あたしらもそうだよ☆」


 二十階層をすでに突破して、随分と差を開けられたのだ。何事もなくトップパーティに参入できると思うのは虫が良すぎる。せめて追いつかねばという負い目があった。


「あともうひとりいるんだよね☆」とロリドワーフ。

「もうひとり? 四人なのか?」

「そだよ~。あ、きたきた~」ぴょんぴょんと飛び跳ね、誰かに手を振るコウモリ娘。

「おまたせー」

「――な、な!」


 龍村は唇がわなわなと震えた。いつか乗り越えようと胸に決めた宿敵が、ヘラッと笑いながら後ろにに立っていたのだ。


「よろしくー。……あれ、九頭さんも十階層目指すの?」

「そーそー。超優秀なアタッカー☆」

「ね~」


 名前はなんといったか忘れたが、巨大な翼蛇を召喚するチート男であるのは間違いない。強者の覇気もないのにその裏で化け物を飼っている化け物。警戒しないなど無理な話というものだ。気づけば神経をひりつかせている。


「じゃ、よろしく。僕は基本戦闘に参加しないけど、危なくなったら間接的に助けるよ。あとは荷役と食事、雑事は任せて」

「頼もしい☆ 全部任した☆」

「女子力パネ~」


 女三人いて家事全般を男に丸投げすることには目を瞑る。龍村だって苦手なことがあるのだ。

 にこやかに談笑する中、龍村だけは体が強張っていた。正直、クラスが違うので会うこともないと思っていただけにショックは大きい。全員が解散してから、龍村は男を引き止めた。


「なぜここにいる。自分のパーティがあるだろう」

「あぁ、一応クランへの勧誘と、いまパーティが個別に動いてるからってのが理由かな。鍛治士と支援魔術師はどうしても欲しくってね」

「いや、それよりルールに則って、十階層攻略者は補助に一度しか参加できないはずだろう」

「それね、担任に聞いたら直接戦闘しなきゃ別にいいよーって。あっさりOKもらったよ。僕はアタッカースキルがほぼ使えないから、特別だよってさ」

「なんなんだ! それでいいのか! 規律は守らねばならないはずだろう!」


 思わず地団駄を踏みそうになった。規則が云々というより、チート男が自由に動き回ることが我慢ならない。それで思わず声を荒げてしまう。


「九頭さんの気持ちもわかるけど、なるべく留年生を出してほしくない教師側の気持ちもわかるからね。十階層までに身につけなければいけないのはパーティとしての連携とかだから、僕みたいな完全戦力外はサポート役にうってつけみたいよ?」

「何が戦力外だ! 私を二度も殺しておいてどの口が言う!」

「いや、あれは僕の実力じゃないし……」

「そんな言い訳が通用するか!」

「召喚獣以外は本当に無力なんだけどね。人には向き不向きがあるからこうしてサポート役を任されたわけだし。それに留年生だった闇音……黛さんを立ち直らせたって職員室で表彰モノだったみたいよ。あの虎牟田先生からあんぱんもらっちゃった」

「そんなことはどうだっていい! なぜいま私の前に現れるんだ! いつか再挑戦するつもりだったのに!」

「コアトルに? 再挑戦の推奨レベルは最低でも100越えだけど大丈夫?」

「ぐぬぬ……まだ、足りないが……」


 龍村は、自分がこんなに苛立っていることが不思議で、とても珍しいと思っていた。この男自体に恨みはないのに、話しているうちになぜか心が掻き乱された。飄々とする仕草も苛立ちを助長させる。もう顔を見るだけで腹が立ってくる始末だ。


「僕としてもあの蛇をぶっ倒してヘビ皮にしてくれる人はひとりでも多いほうがいいから、九頭さんにならなんでも協力するよ。差し当たってはこんな低レベル層で燻ってないで、とっとと先の階層に進めるよう補助することかな」

「なんで、貴様なんかに……貴様なんかに手助けをされなければならないんだ……」


 歯を食いしばって怒りを押し殺すが、正論なのでぐうの音も出ない。ぐっと握られた拳はわなわなと震えている。釈然としないのだ。素直に頷くことができないという袋小路。


「なぜ私がこんなに苛立たねばいけないんだ!」

「し、知らないよ……あ、もしかして女性の日?」


 頭の中でパンと弾けた。気がついたときには勢いのままに一発お見舞いしており、少し気分が晴れた。

 ちょっとした騒ぎになったが、単に男が鼻血を流し気絶しただけだ。何度も死に戻りしているからか、こんな傷何ほどのこともないと思ってしまう。二人がかりで保健室に運ばれる男の姿を見送り、むしろやる気に満ち溢れていた。


「そこまで言うなら、いいだろう。チートだろうがなんだろうが、利用してやる」


 開き直ってしまったほうが楽だった。腹を立てていたが、気持ちを固めてしまえば心は落ち着いた。くいっと口端を上げ、龍村は笑った。

龍村さんは悪堕ちするのか!?

ギャルとは果たして会話が成立するのか!?

次回、緊迫の迷宮攻略!

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