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第32階層 ジョブ拡張

 ジョブスロットが出たときは自分に使っていた。スキルスロットは、最初は自分に使うつもりだったが、コアトルから強烈な圧力があってそちらに使わざるを得なかった。ジョブのない魔物は、スキル数が勝敗を左右する。

 魔物のスキルを常にチェックしているわけではないからその平均スキル数は定かではないが、コアトルの現在のスキルスロットは八つもある。たぶんこれは多い方だ。スキル構成もヤバいの一言に尽きる。〈瞬間再生〉〈消化〉〈溶解液〉〈麻痺毒〉など、頭を吹き飛ばされても容易に死なないバケモノとなっている。絶対に死なないというわけではないので、再生能力を上回る火力がほしいところだ。

 いつか闇音さんが最大火力の魔戦士になってくれることを信じてる。遠い目で。


 野良迷宮は僕らが入り口まで戻ると同時に崩れ、遺跡は埋まってしまった。中にいた魔物は遺跡と一緒に潰れ死んだのだろうか。経験値がもったいないと思ってしまう時点で、かなり冒険者に感化されていると思った。

 僕らは少し休憩した後、二つ目の野良迷宮へと移動を始めた。闇音は滅茶苦茶嫌そうに移動を渋った。ケツを叩いて動かすしかない。次の迷宮までは距離もそれほどないので、到着してちょっと休憩をしてすぐに探索できそうだ。


 この辺りには近場にあとふたつ、SNS情報で野良迷宮が確認されている。三つの野良迷宮のうち、ふたつ空振りでも、ひとつ当たれば問題ないと想定してきたのだが、一個目からかなり疲労困憊だった。これで三つ全部空振りだったら、その落胆はどれほどのものだろう。考えたくない。闇音育成計画は次回に持ち越しされることになるのだが、その次回が来る気がしない。


 近場にある迷宮はどれも数キロの距離にあり、数十年もすれば地下でひとつに繋がり、大迷宮へと変貌を遂げるだろう。そうなれば地下階層は百に届いてしまうかもしれないし、オーク種が低階層雑魚モンスターに成り下がるほどの凶悪な構成になるだろう。

 迷宮の成長スピードはまちまちだが、近場に三つもあるということは成長に適した土壌なのだとわかる。ゆえにいずれ日本の大迷宮として名を冠する可能性だってあった。僕らが攻略するからその可能性は消えてしまうけど。


 日本にはまだ数多くの未発見、未登録の野良迷宮が存在した。島国日本でこの有様なのだ。大陸は推して知るべし。冒険者が成長するのに野良迷宮の攻略は欠かせない。僕のチートじみたジョブ数がそれを物語っている。

 だが、この事実はネット社会の現代において、あまり公表されていない。攻略すればジョブ数、あるいはスキル最大数が拡張される。事実を白日のもとに晒せば浅慮な人間が大挙して挑み、そして犠牲になるのが目に見えていた。

 ただでさえ、この平行世界(?)は僕の知っている日本と異なる。元の世界の知人と顔形が一緒だった人間もいれば、名前が同じで異種族だったり、全く記憶にない人間がごまんといた。日本の人口が一億人を切っているのも驚きの事実だった。


 冒険者という職業の死亡率は高く、迷宮関連での死亡はなお高い。こう言っては語弊があるかもしれないが、世界規模の『間引き』によって人間の人口過多が防がれているようだ。世界大戦を経験していないくせに、百年も前に魔物の大侵攻に晒されて、世界規模の反攻作戦を決行した歴史があるのだ。

 僕の知っている世界史ではない。ときの日本も派兵を決定、数千にも及ぶ軍兵が海を渡ってアメリカ大陸の地に降り立った。今の名家と呼ばれる家は、大陸防衛戦の際に勲功を上げた家柄だったりする。強さ=ジャスティスの大軍閥時代の話である。


 僕らは月の浮かぶ道なき藪道を進んだ。肌寒く、闇音はローブにすっぽりくるまってついてくる。電灯を頼りに進み、ついにふたつ目の野良迷宮を見つけた。山肌にポッカリ開いた洞窟だった。


「なんでこんなとこにぃ……うち帰りたい……」

「ジョブスロットをゲットするまで帰れないんだよね」

「うちがなんか悪いことしたぁ?」

「勝手にスキルを習得した」

「いいじゃんそれくらい! 器ちっちゃいな!」


 ふたつ目の迷宮は少し嫌な感じがした。天井があまり高くなく、土を掘って進めたような穴だったからだ。ヌメッとした足元に、天井から垂れ下がる根っこ。下に向かって傾斜する通路が歩きにくい。


「土くっさい」

「それだけですめばいいけどね」


 コアトルはすでに出発していた。壁や地面に蛇腹を引きずったあとが残っている。ときどき転がっている節足動物の足が気になる。タラバガニほどもある黒光りする足。本体の大きさを想像して気分が悪くなった。


 一本道なのが幸いしたのか、魔物と出会うことはなかった。コアトルが露払いをしてくれているので、僕らは足元や頭上から垂れ下がる根毛を気にするだけでよかった。たぶん、この野良迷宮は生まれたてだ。すでに迷宮に踏み込んでいるのに、通路が完全に迷宮化していないのだ。このまま直通でコアまで到達できることも考えられた。


「そりゃ甘い考えだって思ってましたとも」


『キチキチキチキチ、キチキチキチ』


 節足を鳴らす音が全方位から聞こえてくる。空洞に出た瞬間から、あ、こりゃやばいなという気配がしていた。

 土の壁からにゅっと姿を現したムカデのような虫系魔物。それが1匹ではなく、天井から地面から壁からまさしく全方位で出現している。


「うへー、きもーい」

「こんなときこそ闇音の出番じゃない。ゴー」

「鬼畜か。ムリムリ、虫プレイは。苗床エンドとかリアルエグい」

「ずいぶん余裕あるじゃん。ここなら闇魔術、打ち放題だよ」

「パチンコか。大放出か」

「もうそれでいいからお願いします」

「くふふ、やってやるです」


 さりげなく太刀丸の台詞をパクリつつ、ぺろりと唇を舐めてみせる闇音。やる気は十分なようだ。魔物のレベルも10から30程度と、数で来られても死にはしないことを踏まえた上で、闇音のスキルレベル向上のために頑張ってもらうことにした。


 あとは任せたとばかりに僕は通ってきた細道に飛び込み、巻き込まれては堪らないと逃げ出した。大事を見て10分後、空洞を見に行くと、辺り一面に散乱するムカデムカデムカデ。ピクピク痙攣していたり、石化してコンクリみたいな石肌になっていたり様々だが、中央に一際うじゃうじゃ虫がたかっているオブジェがあり、どこか背丈が闇音と同じくらいに見えた。

 辺りを見渡しても闇音の姿を見つけられない。もしやというか、やはりというか。

 僕はいそいそと準備を始めた。アイテムボックスから取り出したガスマスクをかぶり、更に前回の野良迷宮で入手したオークの精巣の密封容器のフタを開ける。使い捨ての半透明な手袋を装着してからブツを取り出すと、下投げでオブジェの頭部分に命中させた。威力なし、非投擲武器、さらに下投げの条件でのみ、放ることができるのだ。


 パシャっと弾けたブツは、白濁液をそこら中に撒き散らした。オブジェにたかっていたムカデは、キーキー軋むような鳴き声を発して、その臭いから我先に一目散に逃げ出した。ムカデが消えて現れたのは、白目で仁王立ちのまま気を失った闇音だった。


「闇音さん? 生きてる? おーい」


 話しかけても反応はない。代わりに、ゆっくりとその場にへたり込み、ぺたんと尻をつけて女の子座りになった。何気に器用なことをする。

 しかし頭からべっとりと白濁の体液を浴びて衣服が乱れている様は、まるでレイプ後のような現場のようだ。思わずスマホで二、三枚撮影してしまった。タイトルはオークのぶっかけ祭りだろうか。黒髪に付着したあれや、口元から滴るあれが、まさしく事後のような趣を湛えていた。そちらに趣味を持つ方々に百円で売ろうかな。


 あまりにも目を覚まさないので、状態異常で動けないムカデにトドメを刺していると、闇音が不意に意識を取り戻した。目を覚ました闇音は起き抜けに一言。


「クッッッッッサッッッッッ! おぉぉぉぇ……」


 オークのアレのあまりな臭いに絶叫し、口から出てはいけないものをキラキラと地面に広げていた。着替えと匂い消しと汚れ落としにしばらく時間を要したが、〈生活魔術Lv.5〉は有能だった。





 それ以降、虫は単発で現れたが、闇音は「ムリ!」と叫んで僕の後ろに逃げた。ちょっとオークの臭いが残っているので離れてほしい。麻痺毒(?)を振りかけて痛めつけたところでトドメを刺せば、大して苦も無く倒すことができた。そして四時間ほど代わり映えのない道を休み休み進み、明け方になる頃、コアトルに追いついた。つまり、コアに辿り着いたということだ。


「これがコア……」

「二度目二度目」


 ほわぁ、という顔をする闇音に突っ込みながら、土くれに埋もれかけていたコアに触れるよう闇音を促す。最初に触れたものにしか所有権はないため、僕が拾うわけにはいかないのだ。魔物がコアに触れても何も起こらないという点で、コアトルも触れることはない。

 闇音が恐る恐る触れると、それきり黙りこくった。頭の中に広がる選択肢を選んでいるのだろう。吟味していないでさっさと決めてほしい。あまり時間を与えると変な選択肢を選びかねない。ここまで頑張ってきたのに、コアトルにぱっくんちょされる姿は見たくないし。


「絶対に迷宮の所有者にならないでくださいよ」

「押すな押すな、的な?」


 マントの内側で尻尾がパタパタと振られている。これは調子に乗る可能性が高いので、マントの上からムギュッと尻尾を掴んだ。ビクッとなる闇音。


「わかってるよね?」

「……おぅ、そーりー」


 顔が赤い気がするが、それよりもオイタをしないかが重要だ。もうひとつの野良迷宮へ行かないで済むならそれに越したことはない。


「あぁ、もっと付け根の方、ギュッとして」

「……こんなところで発情しないでくれます?」


 ハァハァしているから何かと思えば、思わず手を離して三人分くらい距離を置いた。僕がドン引いている間に、コアはパリンとガラスが割れるように弾け、粉のようになって消えた。


「で、どうなの? ジョブ拡張だった? もし迷宮の所有者になってたら――」

「ぶい」


 ピースして見せる闇音の反応に、息を呑む。どっち? ねえどっち?


「ジョブ増えたと思う」

「ちょっと待って、鑑定で見てみる」


 自分の目で確かめるまでは信じないタイプだ。というか闇音を全面的に信用できないという悲しい現実がある。


「あ、ちゃんとジョブスロット増えてる」

「長かったわー。もうやー。くさいし、くさいしー」

「よかった……本当によかった……すごい疲れた……」

「頭痛いし、足かゆいし、ゲロ吐くし、くさいしくさいし」

「女としてどうだろうか、それは」

「もう一個あるんでしょ? いかないよね? いかないよね?」

「もう僕も限界だから帰ろうか」

「やたー!」


 両腕を伸ばしてガッツポーズ。僕だって早く帰りたいんだよ。しかしこれで、闇音のジョブスロットは三つになり、《獣戦士(ビーストファイター)》を入れることができる。前衛系の職業なので、育てればステータスアップが望める。そうすると条件に満たずいままで選べなかった《吸血鬼(ヴァンパイア)》が選べるようになり、魔術系の強化にも繋がる。

 これから闇音の成長は(いちじる)しいはずだ。これは素直に嬉しい。


「ところでさ、うち思ったんだけどさ」


 闇音がぐっと伸びをしながら、なんとはなしに言う。


「最初にここにくればすぐ終わったんじゃん?」


 僕の表情から感情が消え失せ、白目になる。


「……それ言うなし。結果論は虚しいだけなんだよ」


 なんだろう、目から熱いものが。

 ともあれ今回の成果は喜ばしいものなのだ。

 闇音の新スキル〈魂葬〉は余計だったが、目的だったジョブ拡張が手に入った。

 これでようやく闇音が戦力になる。僕はそう、信じて疑わなかった。





 ……これが前フリじゃないと信じたい。

締めはあっさりと。

次の連続更新は水曜日~予定です。

語り部は竜人さんに。


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