第3階層 アイテムボックスLv.1
選択授業というものがある。自分の好みに応じて音楽なり美術なりを選択し、一年間知識を深めるというものだ。
この学校には他にない個性的な授業がある。
斥候、支援、戦闘の三つだ。
普通の高校なら耳を疑うだろう。驚くなかれ、この学校では体育の授業で怪我人が出ない日はない。かくいう僕も入学から骨折で二度保健室送りにされている。
どう好意的に見積もっても、普通の高校とは一線を画すのだろう。
なにせ授業の半分は迷宮攻略のための冒険者授業だから。
こんなんで卒業後の進路は大丈夫だろうか。公務員にはなれそうもないよな、とは思う。高校レベルの授業が半分しかないので、頭悪いやつも多いし。
だがその分、身体を動かすことが大好きな連中が多く、将来オリンピックを目指すことも……あ、ダメだ。冒険者は五輪競技や球技の世界大会に出られない規定だ。スキルやレベルアップにより身体能力を底上げしてしまうから、という規定が数年前に制定されたらしいのだ。
それまではちょっと齧った程度の冒険者が表彰台を独占して、幼い頃から努力してきたひとたちを嘲笑う結果になっていたのだ。冒険者の異常っぷりがわかろう。
その分、ご家庭の視聴番組ではすべてモザイクが入るような、腕が吹き飛び足が散る、鮮血が舞い肉が弾ける、そんな闘技が有料チャンネルで人気だったり。それもこれも医学を超越した治癒魔術があるからなんだけれども。
最近は無料配信動画でも有名な冒険者の対人戦がアップされてるしな。モザイクなしのヤツ。野菜の星の戦闘民族衣装や、ストリートファイトの定番コスプレでガチの対人戦をする様子は、さすがの僕も胸熱になってしまったがこれはもう青少年のサガだろう。グロ耐性がないと見るのはお勧めしないが。
話は逸れたが選択授業だ。斥候、支援、戦闘。
選択斥候は主に地形や地図への理解、気配察知や罠解除などの技能の習得を目指す。授業中に学校が所持する山を丸々使ってマッピングをしたり、教員が仕掛けた罠を解除したりする授業だ。地味系な役職柄ゆえか、ここに集まる生徒はなぜかクラスの地味系が多い。かくいう僕もここである。
選択支援はバフ・デバフ、回復などの直接支援や、戦況把握やパーティ指揮といった間接支援の習得を目的とするもので、広い視野と臨機応変な行動力を培うものである。リーダーシップを取れる男子やヒーラーの女子に人気である。
選択戦闘は実戦訓練による個人技の伸長を目指すもので、迷宮の花形であるはずなのに付いたあだ名は脳筋パラダイス。たぶん指導者の虎牟田先生の影響がめっちゃ強いせいだ。汗と血と筋肉が飛び交っている。ついでに虎牟田先生自ら組手に参加し、生徒たちが空を飛び交ってもいる。
今日は一学年九クラスが選択授業ごとに分かれ、これから迷宮へ挑むための説明会のようなものをまとめてやってしまうようだ。
一学年で三百五十人近い生徒数だが、選択三クラスにはばらつきがある。
支援が九十名、戦闘が二百三十名、斥候は人気がなく三十名足らず。
我が校が脳筋集団の集まりだとよくわかる構図だ。
「ウチらは多目的室で良かったのニャ。支援組は中庭でティータイム、脳筋パラダイスは校庭をひたすらランニングさせられて説明を受けるそうニャ。あいつら頭のどっかがおかしいニャ。特にトラブタニャ。あいつ死んでくれにゃいかニャー」
たまたま近くに座ったからか、里唯奈がニャーニャー話しかけてくる。顔立ちは可愛い系だし、猫っ毛だし、僕猫耳好きだしでお話できるのは嬉しいが、ニャーニャーはうちの丸さんからすると媚びてるらしいので、気が散って仕方ない。それと話の中身が末期じみているのをなんとかしてほしい。朝の指導が殺意を抱かせるほど嫌だったらしい。
ちなみに太刀丸や姫叉羅は校庭をいつまでも走っているはずだ。ご愁傷様と言えよう。いや、何の疑問も持たずに走っている可能性もある。なにせ脳筋だから……。
「中庭でティーパーティねえ」
「アチシ猫舌だから紅茶とか苦手ニャ。ミルクが良いニャ。あと堅苦しいあの連中も苦手ニャ」
「確かに支援組は華やかな連中が多いよねえ」
比べて斥候組は地味である。
いや、ひとりひとり見れば個性的なのだが、そこには華やかさとかなくて、地味で特に何の変哲もない路傍の石か、ただただ初見では遠巻きにしてしまいがちな個性が溢れているというか……。みんなバラとか水蓮とか綺麗な花には寄っていくけど、食虫植物とかには笑顔で近づかないでしょ? そんな感じ。
藤吉はすぐ横で他の男子とエロゲーの話をしているし。近くに里唯奈がいるのに馬鹿じゃないの?
ちなみに多目的室に机椅子はない。だから先生を待つ生徒たちは、壁に寄りかかったり、床に座ったりしている。
「ところでミケさん、パーティはもう組んだ?」
里唯奈は目を丸くすると、次ににやにやとキモい笑みを浮かべた。
「それってアタシを誘ってるのニャ? でもごめんにゃさい。もうクラスの子とパーティ組む約束してるのニャ。もしパーティ解散することがあれば、そのときに組んであげるニャ」
流し目でパチッとウィンクしてみせる里唯奈。
ちらりと見える八重歯。愛嬌のある猫口。ぴくんと震える三角耳。
可愛いよ? 可愛いんだけどさー。なんだかね。告白してもいないのにフラれるみたいな? 好感度は悪くないみたいだけど、それでもねー。
「……そう、それは残念」
「そういうこともあるニャ。でも一度で諦めずに何度でもアタックするのが男の子らしいニャ。そんな男の子にメスは弱いニャ。一度で諦めるなんてオス失格ニャ。きっとアチシも何度かアタックされたら落ちるニャ(,,^◕ω◕^,,)」
モヤモヤしつつも女の子に恥はかかせちゃいかんなと誤魔化そうとしたが、なにこれ? 最後の方なんか男性観語ってこられた。ついでにギャルゲーにありそうなヒロイン攻略のアドバイスももらった。確かにギャルゲーは好きだけども。桃色学園生活が夢だけども……。
でもごめん、この後の迷宮攻略に君はあんまり出番ないんだ。職種もろ被りだし。
「……ちなみにどんなパーティ構成なの?」
「
「え?」
「みんな獣耳ニャ。仲の良い獣人を集めたニャ」
「へ、へー……ちなみに職種は?」
むしろそっちが聞きたかった。誰も耳の話なんて聞いてない。
「メインは、アチシが《
見事に前のめり編成だった。それでも十階層までは余裕なのだろう。獣人はアタッカーが多い傾向にある。敏捷や筋力も種族差はあれ人族よりぶっちぎりで高いし。その分器用さや知力値を捨ててるような尖ったステータス値なんだけど。
「ミケさんて回復役できたっけ?」
「できないのニャ。だからサブアタッカーやるニャ。攻撃は最大の防御で押し切るニャ。十階層までならゴリ押しでいけるらしいニャ」
君も校庭走ってきたらいいんじゃない? という言葉をすんでのところで飲み込んだ。どうやら彼女もまた戦闘組に入るポテンシャルは持っているようだ。
「みんな聞いて。お願いだから。聞かないと痺れ毒ばら撒きます……」
「先生、普通になんかキラキラ金色の粉が舞ってます」
「ごめんなさい。それ致死毒です……」
ちょっとだけ多目的室が騒然となった。
生徒は部屋の後ろ部分で固まり、先生だけ黒板の前で植物のように突っ立っている。いや、樹人族だから地面に根が下ろしたように立ってるんだけどさ。
冗談じゃなく致死毒出すからこの先生は侮れない。
ちょっとうつむきがちな先生だ。あまり声も張らず、教室がうるさいと声が通らなかったりする。
肌が緑色、髪は木の枝で、垂柳の様に重力に従って揺れている。ゆったりとしたワンピースを着ているのだが、肩から枝が伸びて花が咲いている。致死毒はその花から放出されているようで、自分で枝ごと手折っていた。痛くないのかなあ?
「入学初め、あの葉っぱ先生に頼まれごとをされたのニャ」
「え? えっと、うん、それで?」
「あの先生、職員室でくしゃみをしたのニャ、本当に普通の『くちゅん』とか小さなくしゃみだったのニャ」
「なにそれ可愛い」
「その後の惨状を聞いても可愛いとまだ言えるかニャ? アチシは次の瞬間気を失って、目が覚めたのは三日後の保健室ニャ。ちなみにそのとき職員室にいた先生もふたりくらい昏倒して一週間起きなかったのニャ」
「なにそれ怖い」
「たかがくしゃみで強力な眠り粉を噴き出すくらいの危険な教師ニャ。しかも本人は無自覚ニャ。肩から枝が伸びて花が咲いたときがいちばん危険ニャ」
「なるほど。でもそれと僕に抱き付く理由が結びつかないんだけど」
腰にがっちりと両足が絡みついている。首に腕を巻かれて、きつくて動きづらい。
「おかげで最初の友だち作りで出遅れてミスッちまったかと思ったのニャ。でも獣人同士で仲良くなってトントンニャ」
「だから苦しいってば」
本音を言うと、溌剌としたミントのような体臭と控えめな胸の感触が気持ちよかったり。あと太腿とかもきゅっと締まってて申し分ない。
とか思っていると里唯奈はゆっくりと降りて、僕から距離を取った。
「なんか発情の臭いがしたニャ。身の危険を感じたのニャ」
「うっ……」
図星すぎて反論の余地もなかった。
「もう大丈夫です。致死毒、なくなりましたので……」
伏せ目がちに言うが、誰も信用していない。先生との心の距離は教室の前と後ろほどもある。
「みなさん、近づ……やっぱりそのままで、話を聞いてください……」
いい先生なんだけど、押しが弱い上に打たれ弱いし、しかも根っこが暗い。涙目なのは可哀想だとは思うけど。それもしょうがないのだ。だって最近曇り空続きで雨が降ったり止んだりしているから。樹人族は光合成も行えるが、普段のテンションも太陽光をどれだけ蓄えたかに応じて変わるため、最近は引っ込み思案が顕著になっている。
そんな事情を知っている生徒が何人か前の方へ近づいていき、床に座った。
ひとりが動けばみんなも動く。数人を残して、ほとんどの生徒が先生のすぐ近くで座り、話を聞くための姿勢を見せている。
「みんな……」
感動したのか茉莉花先生の目は潤み出した。
僕はすかさず立ち上がって、いつも手放さないサイドバッグからポーション用の人差し指サイズの空き瓶を取り出し、先生の目元に添えた。
「ありがとう……」
ほろりと落ちた滴をポーション用の空き瓶でキャッチし、すぐさま蓋をする。空気に触れると劣化が早いのだ。樹人族の涙は中品質のポーションに打ってつけで、機会を逃す僕ではない。
「感動シーンが台無しだべ」
「先生の涙も素材とか」
一部から批判的で、反省はしているが、後悔はしていない。
「オレっち、そういう神経図太いところ嫌いじゃねえぜ」
「アチシはこっちまで被害がないなら構わないニャ」
賛否両論だが、こればっかりは譲れない。
ポーション作りは僕のアイデンティティーである。
「ニッチな《薬術師》なんてサブ職取ったもんなあ。戦闘からどこまでも離れていくよなあ。そんなんで迷宮攻略大丈夫か?」
「回復役は任せてよ。いまに一本ウン十万の高品質ポーションを作ってみせるから」
「それ売って家建てたほうが近道ニャ」
僕もそう思っていた時期があった。だが高品質に使われるポーションの素材はどれもこれも迷宮の中層以降でしか手に入らないのだ。そこら辺に生えている雑草だって調合の仕方でポーションになるものの、作れて低級である。
中層攻略でくすぶってて武器を揃えるのにヒーヒー言っている先輩たちを見ると、中層では家を建てるまでの稼ぎは見込めないから、ある意味でそこで作れるポーションをある程度生産ラインに乗せることができれば、一城持ちまで最短かもしれない。
だからいまの僕の目標は中層到達だったりする。まあ最終的には、とある迷宮の攻略、宿敵とも呼べるとある怪物の討伐を宿命としているのだが……。
「先生、頑張ります。本当はいますぐ家に帰ってネトゲして腐っていたいけど、頑張って先生します……」
おおい、それ先生が言っちゃいけないやつ。
陽の光を浴びてないからネガティブに落ち込んでるのはわかるけど、ネトゲはきっと晴れの日でもやり込んでいる、そう思わせる口ぶりだ。樹人なのか廃人なのかわからないな。
「選択斥候を取った皆さん、ひいては純斥候の皆さん、あなたたちには力がない。だから、十階層攻略が最初の関門になるでしょう」
それは以前から懸念していたことだ。斥候の必要がない浅層攻略。だが、十階層を過ぎれば途端に比重が重くなってくる役職でもある。
「もしパーティが組めない子は、余った子たちで強制的に最初のパーティを作りますので……むしろそれでも余っちゃう子が悲惨なだけで……」
ダメだ、その先はいけない。想像するに恐ろしい。不登校になってしまうよ。全校からぼっち認定なんて僕なら恥ずかしくて登校できないよ。
「パーティ決めの話は今は置いておきます。パーティ申請は今日から一週間なので、最悪来週の頭には残り物の組み分けをこっそりこの部屋でやると思います。そのとき私がどれほど切ない気持ちになるか……それまでに、どうか、どうかパーティを組んでいてくれることを、私は願います……うぅ」
また涙が零れ落ちたので、ポーション用の空き瓶でキャッチする。今回は話が話なので非難されることはなかった。空気が暗いのでむしろもっとやれと言われた。
「ともあれ迷宮の話です。校内に一か所存在する迷宮は、三十年も前にすでに攻略が完了しています」
高校が売りにしているひとつが、この迷宮の存在だ。以前から存在し、それを攻略した冒険者が迷宮の上に高校を建てた。冒険者育成のための教育機関として認められた第一号校でもあった。それまでは冒険者が私的な塾のようなものを開いて指導をしていたらしいが、大々的に国が迷宮攻略に予算を割いた瞬間でもあった。
「最下層は百五十四層。ですがこれまでの卒業生たちが卒業までに攻略できた最高記録は八十二層です。皆さんには残りの二年半でできるだけ迷宮深部まで潜っていただくことになります。一年のうちに十階層、二年で三十階層と最低ラインはありますが、これは通常冒険者ならば確実に攻略できるよう設定された最低合格ラインなので、そう苦労はしないでしょう。しかしここで楽観視しないでください。一年の前半を体力作り、座学で専門知識の習得に当てたのも、迷宮内部が居続けるだけでも容易ではない環境だからです。休憩中も襲い来る魔物、極寒や極暑に設定された内部環境、攻略が進めばマグマが川のように流れる階層や、すべて水中の階層も存在すると言います。油断は一時もできないことを心に刻んでください」
攻略中に時間制限というものはない。
迷宮内部は外との時間の進みが違うらしく、一年いようが外に出ると一時間程度しか進んでいないのである。
迷宮の情報はそれ自体がパンドラの箱である。いまだ大部分が解明されていない。しかしひとつわかっているのは、迷宮は攻略した人間のものになるということだ。
迷宮最深部を攻略した最初の冒険者には、その迷宮の管理者権限がまるごと与えられ、魔物を増やすのも階層を変えるのも自由自在。時間経過を止めたり、通常なら迷宮内での死亡はそのまま死亡であるのだが、死に戻りというゲームみたいな機能まで存在する。
最初の攻略冒険者が迷宮の上に冒険者育成機関を設立し、それが時代の流れで高校という形になった。いくら潜っても時間の経過がほとんどなく、死んでも生き返るというのは教育機関にとっていいこと尽くめだ。しかし死ぬことには変わりなく、その痛みや恐怖を記憶に刷り込まれ、二度と迷宮に挑戦できない子も中にはいる。PTSD――いわゆるトラウマだった。
最近はご父兄からの非難の声も少なからず上がっているというから、すべてがうまく回っているというわけではないのだろう。だが校内は保護者の手の届かない完全治外法権。教師=神。生徒=ゴミ。
生徒の安全が最大限確保されているからこそ、国が教育機関に組み込めたというのもある。全世界で迷宮攻略は悲願となっている、という背景も冒険者教育機関の設立の後押しをしているだろう。野良迷宮から魔物が涌き出して人々を襲ったという事件もいまだに存在するし、攻略中の迷宮は魔物を間引きしているためか決して外に溢れ出すことはない。攻略してしまえば管理者権限によって魔物を統率することもできるので、脅威度はなくなったも同然である。
「迷宮内では時間はほとんど進みませんが、水や食糧などの持ち込みは限られています。必然的に中にいられる時間も限られてきます。ここで迷宮内でのみ使用できる機能、〈アイテムボックス〉が皆さんの役に立つでしょう」
〈アイテムボックス〉も管理者権限で用意されたものだ。最初は三日分の食糧や水、雑貨しか入らない段ボールひと箱分の容量だが、〈アイテムボックス〉のレベルが上がることで最大容量は拡張され、今現在60階層を攻略中の〈アイテムボックスLv.5〉を持つ上級生だと、六畳一間分の容量となるらしい。
「この学校の迷宮は、いわば初心者向けです。他の迷宮は時間が通常通り進み、死に戻りは不可能、〈アイテムボックス〉も存在しなかったりします。この学校の足元に広がる[盾浜迷宮]は、各地の壮絶な迷宮環境を再現した
全世界の攻略された迷宮に共通する事項として――迷宮がなぜ生まれたか、どういう原理なのか、の解はいまだ出ない。あらゆる憶測が飛び交い、調査結果などからその真相を追求する本は後を絶たないが、そのどれもが究明には至っていない。
迷宮によって攻略最深部もまちまちで、最下層が二十層の脅威度低めの野良迷宮があれば、千層を越えてもいまだに最深部が見えない大迷宮もユーラシア大陸に存在する。世界最大級の迷宮はギリシア半島の付け根、テッサリア地方のオリンポス山火口に入り口がある[オリュンポス大迷宮]である。十二体の十二神と呼ばれるフロアボスがいるとされており、倒さなくても下階層へ行けるために、まだ誰もフロアボスを倒せていないんだとか。この迷宮は迷宮内は時間が進まないというルールはあるものの、死に戻りはできない。そんなキ〇ガイな迷宮を千層攻略している冒険者はハリウッドスターより有名人であった。
「それでは皆さんに、〈アイテムボックス〉のスキルストーンをお渡しします。いまこの場で使ってくださいね。売れば百万はくだらないスキルストーンなので、部屋から持ち出すことは原則禁止です。持ち出せないよう、この部屋には盗難防止の魔術結界が張られていますので、諦めて覚えてください」
スキルストーンとは、自ら研鑽しなくともスキルを習得できる便利道具だ。ピンポン玉くらいの大きさで、スキルを閉じ込めているためか石の中にキラキラと宝石のように輝く光があった。
茉莉花先生が小脇から取り出したもの……って、え? どこから取り出した? 木箱に小分けされて入っていたスキルストーン。選択斥候の生徒、三十二名分ぴったり収まっている。
ひとりずつ受け取り、各々手にして周りを窺う。フライングした男子が〈アイテムボックス〉のスキルを習得したらしく、ピキッと石に亀裂が入る音がしたと思ったら、手から砂のように石は崩れ落ち、地面に落ちる前に粉はどこかへと霞んで消えた。
「一個百万かあ」
「いやいや、売っちゃダメだから。それに深層に潜れば一個百万は下らない素材を集められるんだから」
「そうニャ。〈アイテムボックス〉は他の迷宮でも使用可能な便利スキルニャ。スキルスロットをひとつ埋めるのは痛いけど、収納能力は覚えて損ないニャ」
スキルスロット――冒険者に欠かせない補助機能である。ひとによって数が異なるということはなく、ジョブひとつにつき、三つのスキルスロットが初期状態である。通常メインジョブとサブジョブを登録するので、基本的に六つのスキルスロットが与えられている。
その貴重なひとつ埋めるとはいえ、二十キロ以上になる食糧や水、雑貨を背負って迷宮を歩き回り、エンカウントしたモンスターと不利な状態で戦闘をする苦労を思えば、どっちが効率的か考えなくてもわかる。
「じゃ、一緒に覚えっかね」
「そうだね。こういうのは駆け出し冒険者の通過儀礼みたいなものだからね」
「さっきフライングしたやつ、あれ来週この部屋にいそうなくらい協調性がないニャ」
「じゃーいくよ?」
なんとなく僕が音頭を取る。
「おう!」
「一緒にやるニャ!」
「せーの!」
ピキッと、三つの音が重なった。
『スキル〈アイテムボックスLv.1〉を習得しました』
[ファンタジー高校生の日常 人物紹介編3]
名前 /
年齢 / 15歳(12月1日)
種族 / 猫人族Lv.9(※種族レベルは職種レベルの合計値)
職種 /
ポジション / アタッカー
HP:80/60 (補正+20)
MP:0/0 (補正+0)
SP:82/72 (補正+10)
STR(筋力値):28
DEX(器用値):20
VIT(耐久値):30
AGI(敏捷値):278 (補正+50)
INT(知力値):27
RES(抵抗値):62
《忍者》 反応速度Lv.2 敏捷値+Lv.4
《軽戦士》 短刀強化Lv.1 短刀Lv.1
パッシブスキル / アイテムボックスLv.1
種族スキル /
見た目は学ランを上着だけ羽織った白猫。猫人族と呼ばれ、獣人系とは少し違う。(~人族は獣が人語を話すものたち。~獣人族は人の体に獣の特徴を持つものたちのこと。)クラスのマスコット的存在だが、女子にキャーキャー言われるのをとても嫌がる。入学当初、太刀丸へのしつこい追っかけが原因で心底嫌われた女子が出たため、〈猫人族支援会(遠くから見守ろうの会)〉が発足。入学から半年、本人の知らないところで順調に会員を増やしているとかなんとか。太刀丸がお腹を見せて寝そべる写真が二千円で取引されたため、友人の密かな需要元になっている。そう、僕である。キャーキャー言わない上に好物のささみをくれる友人の膝が最近の太刀丸のお気に入り。そう、僕である。
太刀丸は幼い頃の幼児向け番組が影響で忍者を目指しており、猫人族の獣特性から敏捷性は学年でトップクラス。信念は不殺。魔物に関してはその限りではない。ひと相手なら略奪を狙っている。なめんじゃねえです。