第25階層 私は間違ってない
昨日はちょっと投稿できませんでした。
ちょっと納得いかなくて書き直してたら間に合わず…。
迷宮で死亡した場合には一週間のペナルティが与えられ、迷宮への挑戦権が剝奪されてしまう。毎日潜っている堅実派の連中に大差を付けられてしまう要因である。
龍村はひどく鬱屈した気持ちを抱えて授業を受けていた。クラスには自分を置いていった臨時パーティのふたりがおり、ちらっと視線を向けるとビクッと肩を震わせ、見ていて憐れなほど青褪めるのだ。どっちが被害者だかわからない。
実力が伴っていないというレベルではない。人としてどうなのか、という話だ。少なくとも、龍村は二度と彼女らとパーティを組みたくない。向こうもきっと、違う意味で同じことを思っているだろう。
放課後の教室、人気のない中、龍村は彩羽と対面して座っていた。龍村ももちろんだが、彩羽も制服を着ている。この学校は制服自由なので、彩羽は清楚で腰を絞った白ワンピースに青のヒモのリボンという姿である。いかにもお嬢様な格好だ。対する龍村は、時代遅れの真っ黒なセーラー服だった。きっちりしていないと落ち着かないので、スカーフもきちんと結んでいる。
彼女に起こったことを正直に話した。そしてケラケラと笑われた。
「おいてけぼりの下痢ドラゴンさん……ぷっ」
「笑い話ではないぞ」
青筋をぴくぴくさせてぎろりと睨むが、彩羽はどこ吹く風である。
「どっちも悪いですよね、話を聞いているかぎり」
「裏切られたのは私だぞ」
「怖かったんですよ、彼女たちも。和らげる努力をしなかった龍村さんも悪いですね」
「怖い顔は生まれつきだ。そんなのは理不尽だろう」
「龍村さんは人間味がないですよね。人生楽しいですか?」
彩羽はやはり辛口だ。龍村は苦り切った顔をしつつ、顔を背けた。
「……貴女に心配されなくとも充実している」
「そうですか? でも他人に興味を持てないのではパーティなんてろくに組めないと思いますけど」
「そんなことはない。現に今日までパーティを組んでいただろうに」
「はぁ……貴女がそれで納得しているのならとやかく言いませんが、少なくともエルと私と龍村さんのパーティはバランスがちょうどよかっただけで、汎用性があるかと言えば疑問ですからね?」
「意味が分からない」
「意味を分かる努力をしましょう」
彩羽からわけのわからない課題を出された気分だ。答え合わせをして、正解する自信があまりない。
「そろそろ時間ですね。私、これからエルのところにいかなければならないので」
「話を聞いてくれて助かった。それだけでも肩の荷がいくらか違う」
「頑張ってくださいね。最近のエルは友達ができて楽しそうなんですよ。順調に階層を攻略しているみたいですし」
「友達を増やして強くなれるか。エルフだけのクランが優秀なのだろうな」
「それはどうでしょうね。龍村さんの楽しい話をまた聞けることを期待してますね」
茶目っ気ある笑みを浮かべるが、中身はかなりゲスかった。
もやもやする中、彩羽は教室を出て行った。龍村は斜陽の眩しい教室に、ひとりぽつんと残った。
世界にひとり置いてけぼりを食ったような孤独感が襲ってくる。結果を出さねば。まずはそれだ。戦闘ができるメンバーを集め、自分にかかる負担を減らそう。パーティの醍醐味は、互いの欠点を補い合う互助効果だ。役割分担さえできれば、一年の進級の最初の壁である十階層など難しいものではない。
レベルから考えれば、ひとりで突破することだって不可能ではない。しかしそれでは彩羽は納得すまい。
食堂へ向かった。食堂には購買部が併設されているので、自主鍛錬の後に何か食べられるように買って行こうと思ったのだ。
食堂を何気なく覗くと、金髪の頭が見えた。横から長耳がにょきっと生えている。エルフは他学年にいることを知っていたが、同席する顔ぶれを見て、エルメスの後ろ姿だと察しがついた。
テーブルの上でくわっと前屈して欠伸を漏らす白猫に、黒髪の男子。それと床になぜか猿顔が正座している。エルメスの肩が動いていた。笑っているのだろう。気の許せる相手などいないと思っていたから、珍しい光景だった。
そこに、大柄の小麦肌の女子が現れた。額にふたつの角が見えるから鬼人族だ。黒髪の召喚士の男子と話していて、すぐに近くのテーブルから椅子を引っ張ってきて輪に入っていった。鬼人族の女子の小脇に黒い布の塊が見えたがなんだったのだろう。
そこには彩羽の姿もあった。お盆に飲み物を載せて運んでくる。
わいわいと楽しそうな空間が出来上がっており、食堂の入り口に立っている龍村は強い疎外感に襲われて足が動かなくなっていた。十階層を突破したら、自分もあの輪に入ることができるのだろうか。あのエルメスですら楽しそうに笑う優しい空間。そこへと踏み込む資格は、果たしてどこにあるのだろう。
輪に入りたいわけではなかった。ただ胸を掻き毟りたくなるほど無性に、唐突に、孤独感を覚えたのだ。
重い足をようやく動かして、龍村は道場へ向かった。ペナルティで迷宮へあと六日は入れないから、それまでに鍛錬をしようと思った。というか、それしか思い浮かばなかった。
広々とした貸し切りの道場で、龍村は稽古着に着替え、ただがむしゃらに槍を振るった。力はある、技術もある。これまで磨いてきたもので、見劣りするほど弱くはないと思っていた。
だから、備わっていないものが問題なのだ。それはいまから自分で身に付けるとなると、とても気が遠くなった。いまから女子力を鍛えろと言われも、途方に暮れる。いまさら魔術師に転向できないように、正々堂々正面から盾でぶつかっていく龍村には、斥候や指揮官のような職業は肌に合わない。エルフのエルメスが慇懃実直な好青年に生まれ変わったり、大和撫子と体現される彩羽がくすんだ茶髪のギャルに堕落したりするくらいありえない。根気強くやればいずれできることなのかもしれない。しかし時間はそれほど残されているわけではなく、いまは劇的な効果が必要だった。
シャワーを浴びた帰り道、龍村は会いたくない顔ぶれに遭遇した。
辺りは暗く、街灯の灯りの下に照らされたときだけ姿が浮き彫りになるのだが、街灯の六つ向こうに見えた人影も、竜人の視力ならはっきりと見える。
迷宮へ潜るために武装した姿だった。迷宮の入り口から戻ってくるところを見ると、寮へ戻る帰りなのだろう。この学校では珍しくない格好だ。大中小と背丈に段差のある三人組で、熱中した会話が龍村の耳に聞こえてくる。
「――広い場所では姫叉羅を中心にして、僕と闇音は逃げ回ることしかできないんですもん。それか目が飛び出るほど高い防御結界でも用意するしか」
「荒野とか相性が悪いんだよ、このパーティだと。次の階層にもいけないってさぁ、アホだよアホ」
「お腹空いたぁ……」
話を聞くかぎり、うまくいっていないのは簡単に想像ができた。
こんな奴にも先を越されているのだと思うと、龍村の中に真っ黒いものが湧いてきて、どうしようもなくいら立ちが募る。召喚獣とはいえ自分を二度も殺した相手が、まさかの十一階層で手間取っているとか、何の冗談だろう。もっと上の三十階層付近でもたつくなら納得もいくのだ。自分を倒したやつらは上級生たちと同じ場所まで駆け上がっているのかとある種の満足もできた。しかし、これではまるでどんぐりの背比べではないか。自分の腕はそれなりだという自負があった龍村にすれば、顔に泥を塗られた上に鼻の穴まで埋められ窒息寸前だ。
「おい」
低い声を出すと、三人のうちふたりは気づいた。いちばん小さい黒い少女だけは能天気だったが、気の所為か目が真っ赤に見える。
「九頭さん? あ、どうも」
黒髪の男子のなんとあっさりした挨拶だろう。それだけでブチッと何かが切れた。
「負けて戻ってきたのか?」
「うん?」
「私を殺しておいて、十一階層で足踏みしているのか?」
「えーと?」
とぼけているのか、胡乱気な返事しかしない。
「おまえの自慢のパーティはなかなか優秀なようだな」
「……おい」
今度は向こうから低い声が投げかけられた。
背の高い鬼人族の少女だ。射殺すような静かな目だった。その分だけ威圧感は強い。龍村よりも五センチほど背が高く、見下ろされたのは久しぶりだった。
「こんなのパーティではない。戦力にならない男に、やる気のない魔術師、アタッカーひとりが苦労しているだけじゃないか! こんなものパーティでもなんでもない」
「パーティの形はそれぞれだろうが。魔術師だけで揃えた頭の悪いパーティだっているんだよ。それに比べれば……いや、まあ特殊だけど」
しりすぼみになる鬼人族の少女をフォローするように、黒髪男子がにょきっと横から出てきた。
「まぁまぁ。でもそれは視野が狭い考え方ですよ。だって猫人族で揃えた見栄え重視のクランだってありますし。何に怒っているのかわからないですよね、姫叉羅」
「アタシに振るのかよ。普通に考えて間違ってねぇよ。このパーティ、アタッカーが貧乏クジじゃん」
とは言いつつも、鬼人少女は疲れたように首を振る。
「ただ、パーティにはそれぞれやり方があるって話だろ。アタシは別に自分だけ辛い目にあってるとは思わねぇし」
「闇音は楽をしすぎかもしれないね。もっと辛い目にあったほうがいい」
「それな、それは常々思ってるわ」
「異議あり! 名誉をいちぢるしくきしょんする、きちょ、きちょん? する発言だと思います!」
「却下」
「異議なし」
黒尽くめの少女の申し開きは即座に却下された。流れるような会話に、仲のよさが垣間見える。舌打ちが漏れそうになるのを、寸前で我慢した。
「まぁアタシは自分の役割をわかってるからやっていけてるよ。そういうアンタこそ、パーティ内の自分の役割、きっちり理解してんの?」
「私は、私は……盾と槍がある」
苦汁を舐めたような物言いになってしまった。仲間の状態を理解できないからリーダーにはなれないし、不器用なことが災いして家事ができない。そんな自分に負い目を感じている様子だ。戦う以外不器用なのは元より知っている。
「周りは平等にとか、協調性とか言うかもしれないけど、アタシはそれぞれが一番活躍できるならそれでいいと思う……いや、思うようになった。主にパイセンのおかげで」
「でへへ」
「闇音さーん、気づいてー、皮肉がこもってるよー」
「よーするに、ここのパーティは歪な形が正常なんだよ。アンタが盾と槍が得意なら、それを十二分に活かすのがアンタのパーティの長所だろうさ。むしろ長所を絞り尽くされるといいさ……ハハ」
姫叉羅が乾いた笑みを漏らし、恨めしげに黒髪男子を見る。熱い視線を注がれた彼は、そっぽを向いて口笛を吹いていた。なんなんだ、この柔らかい空気は。肌がざわざわする。
「長所と思うことがあるだけマシじゃない? 自分のこともわからない人たちより何倍もいいと思うけど」
「それでも、私の理想は違う」
「そりゃ違うだろうさ。だからって文句をつけられるいわれもない。アタシらはこれで満足してんだ。ほっといてくれ」
龍村は何かを言いかけ、唇を噛んで黙った。痛いところを突かれて落ち込むと思ったが、逆にだからどうしたと反発が返ってきたのだ。むしろ龍村の方が言い
「……失礼する」
龍村は逃げる様にその場を去った。悔しさに拳を握りしめて。
背中を丸めて歩く龍村の背中はどこか小さく、「なーんか放っておけないよなー」と呟く男子の声は、耳に入らなかった。