第23階層 うまくいかない
食事の手伝いを申し出たら無視された。いや、ただ聞こえなかっただけかもしれない。そう思って再度正面に立ち、無理やり目を合わせるように道を塞いで呼びかけたが、ふたりは横をすり抜けて逃げるように行ってしまった。
なぜだ。自分のどこに落ち度があったのか、龍村は、振り返ってみても見当がつかない。
彼女らに押し付けるだけでは変わらないと思って、休憩中の仕事を手伝おうと申し出ただけである。それなのに返事もくれないとは、どういう了見か。
ここで問い詰めるのは容易いし、今までもわからないことはその場で解決しようとしてきた。しかし、パーティメンバーと友好的な関係を築くことが前提の今回、力押しがダメとなると、途端に八方塞がりになった。
何をすべきかわからない。龍村は一種のパニック状態に陥っていた。
何をしていいのかわからず、龍村は逃げるように槍を手に取った。鍾乳洞のような曲がりくねった通路の、窪地で火を熾している。魔物が現れることを警戒して、広大な通路の真ん中に立った。心細さというものに縁がなかったはずだが、ちらりと過ぎる。
炊事でやることがないのならば、自分には槍しかない。見張りに立つことで役に立てるなら、自分は必要とされている、そう思い込もうとした。
少し離れたところで佇立していたが、いつまでも食事に呼ばれない。二時間は経過しただろうか、龍村は恐る恐る焚き火の様子を覗いた。
ふたりは談笑しており、湯気を立てるカップから紅茶の香りが漂っている。どう見ても食後の団欒である。
「私の食事はあるだろうか?」
おずおずと尋ねた。
ふたりはぱっと会話をやめ、龍村に無言の視線を浴びせてくる。だんまりの空気がじわりと胃を撫でていく。気持ち悪い。
やがてひとりが地面を指差した。そこにはプラの器に汁物が満たされて、ぞんざいに置かれていた。地面は土だというのに、ついでに言えば匙すら付いていない。
いや、これが彼女らの普通なのかもしれない。そう……思い込もうとした。
「すまない」
断りを入れてから、器を手に取った。どうしてもその場で食べる気になれず、「見張りを続ける」と言い訳じみた言葉を並べて、彼女らから少し離れた。
ずずっと汁を飲む。冷めていたが、わずかに残った熱を求めるように、胃に流し込む。埃っぽいのは地面に置かれていたからだろう。まぁ、食べられればいい。竜人族は腹を壊すことは滅多にない。地面に落ちて土がついたポテチだってフウフウせずに食べることできる。そこまで追い詰められたことはないが。
龍村は、なぜかひとりで食べる飯に味気ないものを感じていた。彩羽が作った飯は美味かった。高慢なエルメスが文句を言いつつ、湯気を上げるスープを飲む。龍村は黙って啜る。しかし美味かったのだ。そのときの味など忘れたが、満足感だけは思い出すことができた。
いまは、口の中の土っぽさ以外にも、ゆすいだところで落ちそうにもない何かが残っている。それが何か、龍村はそれを例える言葉を持っていなかった。
もどかしさに圧し潰されそうになりながら、空の器を持って焚き火に近づくと、ふたりはすでにテントに入っている様子だ。中からクスクス笑いが漏れてくる。
遣る瀬無い気持ちのまま、龍村は見張りに立った。たぶん、交代はしてくれないだろうと予感めいたものがある。
忍び寄ってくる餓狼のような獣を相手に、槍を振り回す。身体を動かしているときだけ、気が晴れた。焦りに似た何かが体を突き動かし、衝動的に容赦なく叩き殺す。肩で息をしていた。疲れてはいないが、なぜか肩が重い。
結局朝まで無睡で立っていた。
龍村だって状況に流されるばかりではない。夜半頃に少女らと交代するためテントに声をかけたが、返事がなかったのだ。息を詰めている気配を感じた。眠っていないが、無視を決め込まれていると、人の機微に鈍感な龍村でもわかった。
しかしどうすればいい? 殴る? 暴力で言うことを聞かす? そうしたくはないのだ。もっと穏当に接したいというのに、相手は言葉すら拒む。
龍村は悩んだ。
これ以上ないほど悩み、出口の見えない迷路の中をぐるぐるとさまよった。そうしているうちに朝になったのだ。徹夜の見張りは苦痛ではなかったが、吐き出そうとしても突っかかる何かが、龍村にとっては不快でならなかった。
朝、彼女たちはアラームとともに起き出し、朝食の支度を始めた。
龍村には朝の挨拶すら寄越さない。ようやく無視されている事実を龍村は受け止めた。しかし何が理由なのか判然としない。強いて挙げるなら自分だからか。恐れているから。恐れられる容貌をしているから。
最初から怯えられていたが、ここにきていないものとして扱うことで距離を置いたのか。それはとても悲しい。しかし龍村は顔に出すことはない。というより、どんな顔をすればいいのかわからず、ひたすら困惑している。
朝食は昨夜と同じように地面に置かれていた。まるで犬の餌だ。私は番犬。自嘲にも似た思いがこみ上げるが、振り払う。もはや文句は言うまいと、礼だけ述べて汁を啜った。向こうふたりが頑なでも、龍村が真摯に向き合えばそのうち会話もできるようになるだろう。結局は問題の棚上げだが、龍村は信じて疑わなかった。言い換えれば深く考えることを諦めていたとも言える。
921 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
決定的にパーティが崩壊した時の対処法って何かありますか?
922 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
崩壊したのに対処もない件について
923 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
修復は無理ぽ
924 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
俺たちの未来はこれからだ!
と言ってみる
925 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
>924
ちょっとよくわかんないんで言ってみるのやめてもらっていいですか?
…要するにうまくパーティ解散できるかってこと?
926 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
どちらにしろクラスで気まずくなるじゃんか
それを避けて通れると思うなよ
927 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
自分が気まずいと思ってる時点で元の関係には戻れんよね
928 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
そもそも具体的にどうしたいん?
929 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
できれば事を荒立てないまま無難に距離を取りたいです
930 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
それ知ってる
フェードアウト
931 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
時間が解決してくれるやつや
932 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
思ったよりここにいるやつに人情味がないね、俺も含め(笑)
勝手にやってろって感じ?
そんなのどこにでも転がっとるわ
俺はフケる
933 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
確かにな
クラスで顔合わしてても無視してりゃ済む話
934 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
好きな相手とだけパーティ組んでても先には進めんよ
現実はつらいんよ…
935 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ギブアンドテイク!
何でもするから女子パーティに入って(*´д`*)ハァハァ
936 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
気持ち悪い…
937 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ギブがないよ
938 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ダンプレの姫になれる
(※ダンプレ:ダンジョンプレイヤー)
939 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ハ〃ヵU〃ゃなぃσ→?
940 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
「(´へ`;エンリョシマース
941 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
パーティの状況によりけりだと思われるで候
拙者は必要なぞぶ持ちをぱてーに揃えてく合理主義で御座る
942 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
>941
ぞぶ?
943 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
>942
きっとジョブやで
944 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ソレハヨウゴザッタ
945 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
女子にありがちなパーティ選考基準
→仲が良いかどうか
ε= (´∞` ) ハァー
修学旅行か
ズッ友とか言ってんじゃねぇぞコンニャロオメェ
946 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
そのネタなついw
947 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
女子バカにしすぎ!
948 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
男子にありがち
→剣持ってヒャッハー!
949 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
さすがにもっとあるわww
950 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
槍もってヒャッハー!
951 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
結局ヒャッハーじゃないの(笑)
952 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
男はヒャッハーしてりゃすべてうまくいくんだよ
953 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
>952
…………薬物常習者?
954 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
パーティってのは結局のところ相手を受け入れる度量があるかだろ
自分に都合のいい人間なんかいないよ
人それぞれ、良さも悪さも持ってんだよ
955 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
よく言った!
とでも言うと思ったかぁぁぁ!
殺意は理屈じゃねぇんだよぉぉぉ!
956 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
>954
>955
ここに聖人君子と犯罪者予備軍がおるで
957 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
パーティメンバーが不意にブッこく屁が気にならなくなれば本当の仲間だ
958 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
そんな仲間はやだー
959 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
でもそんなもんだろ?
夫婦での許容範囲もそんなもん
960 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
結婚してねーからわからねーし
結局、有意義なアドバイスはあっても、求めるような結果は出てこなかった。ほしいのは、もっと具体的な特効薬の方法だ。
掲示板で答えが出るとも思わなかったが、少しは期待していたのだ。そして潰えた。ならばもう、行動に出るしかない。
スマホの画面に目を落としていたふたりであったが、顔を見合わせ、頷き合った。
迷宮を進む間、龍村はまったく振り向かなかった。
ドロップアイテムを拾ったり、剝ぎ取りの時間を考慮し、少し先へ行って待っていたくらいで、後ろから付いてくるふたりをいるものとして気にも留めなかった。
そして、はぐれた。
意図して龍村だけ取り残されたのかもしれない。なにせ友好を小指の先ほども深めていなかったから。
場所は奇しくも八階層だ。五日目にしてようやくたどり着いた。彼女たちの到達目標で、そこから先は戻るか進むかの相談もしなかった。むしろ龍村は、このまま進めばあっさりと十階層を突破できると信じて疑わなかった。相談に意味はなく、後をついて来ればそれだけでノルマを達成できたのだ。
留年せずに済むのならそちらのほうが良いはずだと思い込んでいた。しかし彼女たちが今回参加できなかったパーティメンバーを思って、八階層から先に進むことを嫌がっていたのをあっさり失念していた。
数瞬迷い、龍村は来た道を返した。
目的は単独攻略ではない。突然声もかけずにいなくなったふたりだが、食事は用意してくれた。コミニュケーションは最悪だったが、文句も言わず付いてきてくれた。
裏切られたと決めつけるべきではない。最初は絶壁から突き落とされた気分だったが、よくよく考えれば龍村はほとんど振り返らず、彼女たちの様子を確認する作業を怠っていた。
どこかで怪我をして、それに気づかず置いてきてしまったのかもしれない。先に進み過ぎて、どこかで道を間違えたのかもしれない。龍村はふたりを探そうと動き出した。
黙々と進んだ。心持ち早歩きになっていた。一度進んだ道だが、魔物は壁や床から時間の経過とともに出現したりする。それがこの管理された迷宮のルールだった。
龍村の槍は冴え渡った。無駄な時間を取れないと、出現する魔物をほぼ一撃で屠っていった。もはや低階層で龍村の相手になるような魔物はいない。
素材などを剥ぐ時間はなかったため放置した。やがて時間の経過とともに迷宮に吸い込まれるだろう。勿体ないとも思わなかった。
休みは取らない。元々竜人はスタミナが高いために疲れを知らなかったのだ。
七階層へ上がり、ひたすらに進む。そうして半分ほどを折り返しただろうか。ついにふたりに追いついた。ただし、手遅れだった模様。
重装備のゴブリンリーダーが中心となって形成された小集団。どうやらこれにふたりはエンカウントしたようだ。
武器や防具を身に付けたゴブリンの集団を相手に、戦闘の苦手そうな後衛職ふたりが勝ち切ることはできなかったようで、四体くらいの死体が倒れている中、群れのボスと思しきゴブリンリーダーに頭を踏みつけにされ、背中にショートソードを突き刺されてグリグリされている。
生きていれば強烈な激痛だろうが、しかし反応がないところを見ると彼女たちはすでに事切れている様子だ。目を覆いたくなる惨状を生きて己の目で見なかっただけ幸せだろう。
龍村は唇をわななかせた。一瞬だけ漏れた感情。そのあとはただ、研ぎ澄まされた龍村の殺気だけがゴブリンたちに叩きつけられた。静かに怒る龍村にようやく気づいたゴブリンたちは「ゲヒャヒャヒャ!」という勢いづいた様子から一転、緑の顔を蒼白にして慌てて武器を構えた。
しかし遅い。すでに間合いに滑り込んでいた龍村は、ゴブリンの目に止まらぬ早さで突きを放つ。一瞬にして雑魚の五匹が喉を抉られ倒れ込む。
ゴブリンリーダーは怒りとともに喚きながら部下をけしかけ、自らもそこそこ品質の良いショートソードを振り下ろす。
龍村は槍をくるっと半回転させると、穂先とは反対側に当たる石突きで群がる雑魚を牽制する。正面から振り下ろされたショートソードは、さらに半回転させた槍先の絶妙な力加減によって受け流し、ゴブリンリーダーの隙だらけの懐に潜り込むなり、滅多突きをお見舞いして圧倒した。
ゴブリンリーダーが仰向けに崩れ落ちる頃には、両脇にいた小柄な雑魚を殲滅するという、一切無駄のない戦闘を披露して見せた。ただし、観客はすでに物言わぬ骸になっていたが。
ゴブリンがすべてが倒れ伏したのち、龍村は槍を立てて呆然と周囲を仰いだ。生きるもののない迷宮の一角で、ただひっそりと孤独に打ちひしがれていたのだ。