第22階層 慣れないパーティ
足場はツルツルした岩場だ。そこを注意しながら全力で駆ける。
振り返ればヌメッとした魚人がギョギョッと鳴きつつ追ってくる。彼らの足元には、タコのような軟体生物が付き従っており、地を這って迫ってくる。タコはいわゆる番犬のようなものなのだろう。地底湖の原住民にはいかにもな組み合わせだ。
僕らにとって救いなのは、彼らの主戦場は水中であり、水場がすぐ近くにあるとはいえ、逃げ足にはこちらに分があることだ。
「よんじゅうきゅう……ごじゅう……ごじゅういち……」
姫叉羅に小脇に抱えられて後ろを向く闇音が、能天気に数を数えている。その数が指し示すものは、なるべく想像したくない。先ほどから魚人がざぱんざぱんと水から飛び出してきているのである。
僕らは孤島のような場所から、もっと広い陸地へ移動した。再度水に浸かるのは億劫だったが、いつまで残り続けても状況は変わりない。むしろ魚人が集まってきて、そのうちとてつもない数の襲撃を受けただろう。
「リーダー、正面を塞がれた!」
「姫叉羅は正面突破! 後ろは任せて!」
後ろに向かって、閃光弾フラッシュボムを落とす。からん、からんと岩場を跳ねた筒状の閃光弾は、数秒遅れて音もなくただ光だけを炸裂させた。
魚人たちの甲高い呻き声が聞こえ、足止めが成功したことがわかる。
「んぎゃ―――!!! 目がぁ、目がぁぁぁ!」
ム◯カ大佐ばりの絶叫を上げるのは、姫叉羅の小脇に抱えられたお荷物さんだ。人がゴミのようだと思ってるからそうなるんだ。
僕らは道なりに走った。開始ポイントからそう遠くない場所に帰還ポイントがあるのは知っていたが、闇雲に走って目当てを引き当てるのは幸運だった。
ちらりと姫叉羅が僕に指示を仰いでくる。
「戻ろう!」
帰還ポイントはアーチのような造りで、潜り抜けるとエントランスに戻ることができる。空間を隔てる境界は、水面のように向こうの景色を歪めてたゆたっている。相変わらず不思議装置だが、もう慣れた。たまに一緒に魔物が飛び出してくることもあるが、大抵は門番と呼ばれる担当の警備員がほぼ一撃で仕留める。だから臆することなく、僕らはゲートへ飛び込んだ。
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風邪で休んで攻略にひとり空いてしまったクラスメイトがおり、臨時パーティとして組むことになった。かなり怯えていたのだが、龍村に怖がらせた自覚はない。ようやくパーティが組めたことを純粋に喜んでいたからだ。
ふたりは休んでいる子に悪いと、今回は十階層を目指さず八階層到達を目標に挑戦するそうで、龍村もそれに文句はない。最初から十階層を目指そうなんて無茶は、実力のあるエルフとかがやればいい。足元を確認しながら慎重に攻略を進めることも必要だと思っていた。本音を言えばさっさと十階層を突破したかったが、それを表に出さないくらいの配慮は龍村にもあった。普通は迷宮攻略が解禁される十一月から三月までの間にクリアするのだ。大抵のパーティはふた月ほど地力を付ける作業を経て、ようやくボスに挑戦する。
それにしても遅かった。
一階層はツルツルした岩肌の鍾乳洞だった。天井が高く、横幅は三人並んで歩ける程度だ。龍村が常に前を歩くので、幅には余裕がある。槍を振るときも、やっぱり余裕があったほうがいいので、彼女たちと距離をあけることに無意識のうちに自分勝手な理由をつけていたのは否めない。
戦闘は教科書通りでいっそ笑えてきた。龍村はほぼ一撃で倒したが、後ろのふたりはそうはいかないようだ。囲んで討伐するのはわかるが、低レベルの毛むくじゃらなコボルト相手に燃やし尽くす炎魔術やスキル攻撃による過剰ダメージは必要ないと思う。
ふたりが一体を倒し切る間に、龍村は槍の一振りで三体を斬り伏せていた。ふたりに任せていると戦闘に時間がかかり過ぎる。
「おい」
「え!? あ、はい! な、なんでしょう?」
「遅い」
「あ、ごご、ごめんなさい!! まだ生き物を、その、倒すことに慣れてなくて……」
彼女らはおっかなびっくりなところがあった。無茶な攻略はせず安全マージンを取りながら進んでいるだろうから、死んだ経験もないはずだ。死に物狂いを経験していないから、まだ魔物相手に情を捨てきれないでいるのだろう。
しかしすでに迷宮攻略が解禁されて三週間が経過している。慣れないできないでは冒険者失格だ。それ以前に自分はすでに二回も死んでるんだぞと内心腹を立てたが、眼力が増すばかりで伝える努力をしなかった。龍村は自分の仕事をしようと努め、魔術師と弓使いのふたりが攻撃に入る前に、前に出て槍を振るい弱敵を薙ぎ払った。
こんな序盤では経験値稼ぎにならないため、彼女たちがいちいちもたついているのを見るよりかは、自分が率先して処理に回り、先を急ぐ方を優先させるほうがいいと判断した。自分の中だけで。
それよりもまず、パーティ内で方針を打ち合わせるべきだったのだ。このときの龍村はそのことに気づかない。
711 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
パーティのひとりが独走しているんですが、
どうしたら止められるか、わかるひといますか?
712 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
なに?
ウザいヤツいんの?
713 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
独走させるだけさせて死ぬのを待つ
自業自得
悲しいことだけど、これって仕方のないことなのよね
714 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
協調性のないやつって実際浮くよね
715 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
三人だと話し合いにしろひとりを味方につけたほうが勝つ
716 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ギスってるのはどこも一緒
メンバーのひとりのイビキがあまりにもうるさくて
しかもモンスター呼び寄せやがったから
寝てる間にこいつ殺そうかと殺意沸いた
717 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
草生えるww
718 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
それ実行しても死に戻りするから大事にはならんけど
確実に関係が歪むよね
迷宮での死はマジの死にはならないだけタガみたいのが緩くなるし
でも殺した事実は変わらないわけで
719 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
殺す殺す言うなよ
ぬっころすって言えよ
720 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ころすって言ってるじゃんよ(笑)
殺人者は性格歪むの確実だべ?
721 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
殺人は殺人
自首しろ
人殺しと一緒に教室で勉強したくねーわ
722 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
でも殺意湧くのは仕方なくない?
723 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
おならが臭いときとかわくよね
724 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
キレやすい10代( ´∀` )
725 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
1か0かでやっぱり違うと思う
実行するかどうかが最後の境界線だよ
726 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
はなしあつてかいけつするへきたとおもいます
727 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
言いたいことはわかるから変換の仕方を仲間に聞こうな
それこそ話し合って解決してくれ
728 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ヤレヤレ ┐('д')┌ マイッタネ
729 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
話し合いができるような相手じゃないです
強いしひとりでも戦えるし
前のパーティを解散してしまって、
行くあてがないようで、臨時でパーティを組んだんです
730 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ひとりでも強くて最近パーティを解散したやつっていうと…
731 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
おいやめろ
人物の特定はマナー違反だぞww
732 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
臨時なら我慢してればいいんじゃね?
733 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
いや、居心地よければパーティ乗っ取るかも
734 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
そんなに悪人じゃなくても無自覚でそういうことする人いるよね
勝手にリーダー気取りのヤツ
ああ、思い出してきたぁ
マジぬっころがしてェ
735 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
無自覚だけにタチが悪いやつな
736 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
ならどうするって話だもんな
強い敵にぶつけて散ってもらおう!に一票
737 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
毒を盛ろう!に一票
738 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
話し合え。それしかない
…に一票
739 :名無しさん@ぼくたちルーキー:
それが無理だから掲示板に書き込んでるんだろうがよぉ
冒険は順調だった。進んだ行程のみを拾いあげれば、だが。
パーティ内に会話はなかった。というより、先行してしまう龍村を追いかけるのがやっとのふたりは、龍村を怒らせることを怖れて声をかけられず、次第に口数が少なくなっていった。
残念なのは龍村がそれに気づかなかったことだ。むしろこんなに早く攻略が進んで、おまえたちも良かったじゃないかと内心で満足げだったところが本当に救いようがない。
人にはペースがある。ペースを崩されたままだとストレスを抱えたり、不安定になったりする。理論上はわかる龍村だが、いままさに直面していることには思い至らない。
岩陰から飛び出してきたコボルト相手に槍を突き刺し、引き抜くと血が噴き出してきた。
槍を一回転させて血払いをすると、穂先は鋭い光を取り戻した。
もはや後ろのふたりは武器を構えることもせず、ドロップアイテムを拾ったり、スマホを覗いてついてくるだけであった。
終わりは唐突に訪れることも、このときの龍村はまだ肌で感じてはいなかった。