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第19階層 竜人少女、立つ

新章開幕。

よろしくお願いしまーす!

 ――九頭(くず)龍村(たつむら)

 十五歳。

 自他ともに認める武道系女子。

 そして、自他ともに認める不器用系女子である。


 ――性格は直情。融通が利かず、他人をあまり信用しない。

 自分を曲げることをしないせいか、人付き合いは苦手。歩調を合わせるということを知らず、迷惑をかけていることにもなかなか気づかない。

 孤高の竜人族ならではと思うが、学園生活においてはぼっちになりかねない少女である。

 思いやりがないと同パーティの西(さい)(れん)()(いろ)()によく言われるが、どうすればいいのかまったくわからず、結局はなにもしないくらいには不器用であった。


 そんな彩羽の前で、龍村は正座している。腕を組む彩羽が珍しく口をへの字にして不機嫌を表しているので、観念して首を垂れている。本当に珍しい光景であった。普段の彩羽は大正乙女のような気品を感じさせる佇まいなのだ。


「本当に申し訳ないことをした」

「つーん」

「すまない。何も相談せず」

「つつーん」


 彩羽は心底お怒りである。普段は人当たりの良いお嬢様然とした物腰で、大抵のことは許してしまう慈母愛溢れる少女だが、今日ばかりは怒り心頭の様子だった。

 エルフのエルメス・アールヴと九頭龍村が、翼蛇コアトルにリベンジをすべく彩羽の了承なしに勝手に挑み、そして大敗を喫していたからだ。


「負けたのはどうでもいいんです。ただパーティとして自覚に欠けるんじゃありませんか? という話です」

「面目次第もない……」


 龍村は教師に対しても臆することなく我を通す性格だが、彩羽には頭が上がらない。彼女は単に頭ごなしに説教するのではなく、こちらを思いやっての言葉が多いから、どうしても邪険にできないのだ。親と祖夫母と、その次くらいに反抗できない存在である。


「ところでエルフさんは私に何かないのですか?」

「恥りません、勝つまでは」


 つんと横を向いて反抗心露わにする金髪美形のエルフ。龍村が教室の床に正座しているというのに、彼は椅子に座ってふんぞり返っている。細身の体型に中性的な美を兼ね備えた外見だが、いまは小学生男子のように聞き分けがない。


「エル、正座」

「することのないです」

「~~~♪」


 彩羽は小さく歌うように詠唱を呟いた。するとふんぞり返っていたエルフが繰り糸で操られるかのようにゆっくりと椅子から降り、正座の体勢になる。その間かなり抗っていたようだが、海姫族(セイレーン)のハーフである彩羽のスキル、〈愛の歌Lv.10〉には強烈な強制力があり、為す術もなく膝を揃えて姿勢を正してしまう。普段から彩羽のスキルの援護を受けているから、抵抗力がほとんどなくなっていることもあるのだろう。でなければ魔力に秀でるエルフを従わせることなどできはしない。


「……あの、授業以外に魔術を使ってはいけないのでは?」

「そうですね、龍村さん。でも先に約束を破ったのはそっちです」


 正座したふたりの前を、右に左に教官のようにゆっくりと歩く彩羽。


「うっ……正座、足が爆発するのことです。悪いないのに」

「まったく悪びれないエルフさんはともかく、龍村さんはもういいです」

「本当にすまない。再戦できると思ったら周りが見えなくなった」

「龍村さんは死亡ペナルティで一週間迷宮に挑戦できませんから、私その間に他のパーティに入れてもらって十階層クリアしちゃいます。龍村さんはご自分でパーティを探してクリアしてください。それが罰です」

「うっ……慎んで罰則受けさせていただく」

「エルは反省の色がないので、しばらく距離を置こうかと思います」

「何が言いますか」


 はっとした顔で憤懣やるかたない彩羽を仰ぎ見るエルフ。その顔は親に見放された雛鳥のようであった。ときどき思うが、エルフのエルメスは彩羽に調教されているのではないだろうかと思うシーンをちょくちょく見かける。休憩中に指を咥え、彩羽に膝枕をしてもらって休んでいる光景を見かけることもあったし。躾の不十分な犬と飼い主のような関係がうっすら見えてくる。幼馴染というが、長寿エルフであるエルメスの実年齢は四十だし、昔何がしかあったのは察するが、興味本位に聞くのは憚られた。


「エルはエルフのクランに入ると言っていたので、私は自分で入るクランを探そうと思います。要するに、パーティ解散ですね」


 にこりと彩羽は笑うが、その笑みに優しさは含まれていない。完全に怒らせているのは明らか。たぶん、ちゃんと謝罪すれば何事もなかった。しかしエルメスが意固地になって謝らないものだから、さらに状況は悪化したのだ。


「勝手で決まりません」

「いいえ、私が決めます」


 彩羽による解散通告がはっきりと告げられ、それは誰にも覆せない事実となる。それほどに彩羽の言葉は絶対だった。

 彩羽は軽く髪をかき上げ、可憐に笑いかけると、あっさりと教室から出て行ってしまう。


「どうするれば……」

「単純に謝ればいいと愚考しますが」

「エルフが謝罪するわ、それ、重くなりません」


 エルフが謝るのは滅多なことではない、ということだろう。ただ、彩羽と仲直りするのは、その滅多にないことなのではないだろうか。

 〈愛の歌〉の強制力は、その後五分は床に縛り付けた。





 彩羽は頑固だ。一度決めたことは曲げない。普段お淑やかそうに見えるのも、ただ微笑んでいるだけで何も発言しないからだ。事実、龍村がペナルティ明けとなる一週間後、彩羽はふたりのパーティメンバーを集め、あっさりと十階層を攻略してしまった。彼女の支援は優秀で、それほど実力のないパーティでも中堅どころに仕上げてしまう力量は持っているのだ。


 そして龍村はと言えば、途方に暮れていた。

 知り合いと話すこと以外、極力付き合いを避けてきた結果だろう。エルフの護衛が適役すぎていままで目立たなかったが、龍村にコミュニケーション能力はほとんどない。パーティの影に隠れ、すべて彩羽任せで済んでいた面が大きい。大海に投げ出された一艘のボートのように、ぽつんと孤独を噛みしめていた。

 それでも努力はしたのだ。


「おい」


 休み時間、仲良く女子ふたりが話しているところに、龍村は声をかけた。入学初日から早々にエルフのエルメスに目をつけられ、パーティとして確保されていた龍村である。入学から半年にして初めて自分から話しかけるという事実。

 武術では比類なき乙女であるところの龍村だが、煩わしくて遠ざけていたツケがここにきて全力で立ちはだかる。


「な、な、なんですか?」


 ただ声をかけただけで、相手を怖がらせてしまうのだ。

 同級生に敬語で返され、難しい顔を更にしかめる龍村。

 百八十近い身長に加え、きつめの目元が完全に悪い方に出ていた。

 「え? え? 怒らせましたか?」とワタワタ慌て出すクラスメイト。

 その様子になにか不手際があったのかと不安になり、さらに表情がきつくなる龍村。

 「あ、あ、怒らせてごめんなさい!」と半泣きのクラスメイト。

 「なにがだ。何に謝ることがあった?」と吊り目を更に吊り上げる龍村。

 「お、お財布出しますから許して……」と、もはや嗚咽を漏らし、周りに助けを求めるクラスメイト。しかし誰もが割って入る勇気がなく、さっと目を逸らす。不良に絡まれるいたいけな女子生徒は、周囲から同情の目を向けられるほどに憐れであった。

 同じ教室で遠巻きに様子を眺めていた彩羽は、口元を押さえて笑いを堪えていたという。





「敗因は相手を選ばなかったことですよ」


 放課後、龍村は教室にいた。

 夕日の差し込む教室で、彩羽と向かい合って座っていた。休み時間の件について、細長く色白な指を一本立てて、彼女は何が悪いのか講釈を垂れ始める。


「なにが悪かった? 今をもってしてもわからない。私が白昼堂々金の無心をしたと思われたことにも納得がいかない」

「睨むからです」

「睨んでない」

「じゃあ凄むからです」

「……元々このような顔だ」


 龍村は心外だとばかりに顔を顰めた。「それです」と彩羽に指を突き付けられても困ってしまう。彩羽には怖がられていないではないか、と思ったら、「私は慣れました」と内心を読まれた。慣れなければいけない顔なのだと、少し凹む。確かに竜の血が強い所為で、金の眼に縦に割れた瞳孔は、他の種族からしたら恐ろしげに映るのかもしれない。だが、そんなものは個性の範疇ではないかと思う。別のクラスには自分より背の高い鬼人族の少女だっているのだ。その女子は、特に学生生活を苦労しているようには見えなかった。


「そもそもなんであの子に話しかけようと思ったんですか?」

「席が近く話しやすいと思ったからだ。パーティを組むのに、男子より女子に話しかけた方がいいと判断した」

「あれでパーティを組もうとしてたんですか……」


 どうせわかっているだろうに、彩羽は口元を押さえ、息を詰めて笑いを殺していた。


「私てっきり白昼堂々カツアゲかと」


 堪え切れず「ぷふっ!」と吹き出す彩羽を恨みがましい目で見やる。


「私は金になど困っていない!」

「あの子がどんな性格か、龍村さんは知っていたのですか?」

「知らん。名前もなんとか思い出せる程度だ。だが泣かすようなことはしていない」

「職業はヒーラーで、男子とまともに喋れないくらい気の弱い子ですよ? 弱そうだから煮て食おうと考えたのではありませんか?」

「たとえ空腹でも級友を食べるか! 私をなんだと思っている」


 「腹ペコドラゴン」と呟き、またケラケラと笑った。龍村はだんだん彩羽に腹が立ってきた。


「パーティの相手にどんな人を選ぶつもりなんですか?」

「ヒーラーが欲しい」

「私が抜けましたからね」

「……それと前衛系のアタッカーだ」

「後衛アタッカーのエルはたまに誤射しますからね。あら? そういえば龍村さん、結局タンクでやっていかれるんですか?」

「ああ、しっくりきた。盾で攻撃を受け流したとき、戦っているという気持ちがいままででいちばん強くなった。前回は長剣を使ったが、次は得意な槍と大盾を同時に扱ってみせる」


 戦闘の話題に入った途端、龍村の目は輝きを増した。水を得た魚、趣味を語るオタク……とにかくスイッチが入ったのは間違いない。


「結局私は二度死んだ。アールヴは奴らと和解して呑気にお茶しているらしいが、私はまだ諦めていない」

「仲良くなるなんて思いませんでしたね、ほんと。男子はよくわからないです」


 「まったくだ」と龍村はこぼす。自分がコアトルに殺された後のことはわからないが、どうやらエルメスは翼蛇コアトルの召喚士である男子と和解したようなのだ。そのことにも、煮え切らない何がが龍村の中でくすぶっていた。


「私も一度殺されたからわかりますけど、あれは私たちにはまだ越えられない壁だと思いますよ?」


 見上げんばかりの鎌首を思い出したのか、彩羽の顔は強張らせた。

 十階層のボスなど適当に尻尾を叩きつけて即死させるくらいの力量差があった。彩羽は、「あれが召喚獣だといまだに信じられないです」と言う。過ぎたる力は猛毒でしかない。できればコアトルを保有する男子には今後一切関わるべきではないと言うのが彩羽の意見だ。

 彩羽は最初の反省会のときにそのように述べたが、エルメスと龍村は聞き流して取り合おうとしなかった。彩羽だけが反対するので、ふたりはサル顔の手引きによって内緒で再挑戦したのだ。結果は火を見るよりも明らかだったが、それでも納得できず、そして龍村はまた死んだ。


「不可能を可能にするのが九頭家の本分」

「なら頑張ってパーティメンバーを集めなくちゃですね。相手を怖がらせないで。不可能を可能にしてください」

「ぐっ……ぅぅ」


 ぐうの音も出ない、いや、「ぐっ、ぅぅ」の音しか出ない龍村である。


「協調性がどれほど大事なものか、身を以て知るといいですよ。武術に打ち込むことも大事ですけど、それを活かすためにする努力も無駄ではありませんから」


 エルメスをリーダーとするパーティは、ほぼ彩羽によって維持、管理されてきた。家事を卒なくこなす彩羽によって、亭主関白なエルフとぶっきらぼうな竜人をうまくまとめ、見えないところで支えてきたのだ。


「しかし、私は戦うことしか能のない女だ……」

「そうですね、料理をさせれば炭にしますし」

「ぐっ」

「洗濯させればボロ雑巾」

「うぐっ」

「掃除のときは余計に散らかしてくれましたね」

「…………」

「ひとりで旅支度もできなかったですし」

「……わかってはいるのだ」


 龍村は涙に濡れた。自覚はあるが、武術以外となると途端に手順がわからなくなる。味噌汁を作ろうとすれば、水を張った鍋に味噌と切る前の具材を投下し、あとはがむしゃらにかき混ぜるだけ。切るのを忘れたと思い出し、グツグツ煮える鍋に包丁を差し込む始末。


「でもまぁ、それもしょうがないですよね。龍村さん、お嬢様育ちですし」

「お嬢様とか言うな。おまえが言うと嫌味にしか聞こえない」

「あら、それは失礼しました」


 口元を隠して「ホホホ」と冗談気味に笑う。そんな彩羽のほうがお嬢様と呼ばれるに相応しい。

 黒に青が混じった髪は艶があり、前髪を揃えて長めの髪を後ろでまとめた髪型には非の打ち所がない。彩羽は旧家の出自であり、祖父が有名冒険者として成り上がった龍村の実家などとは比べ物にならない財力を誇る。極東と呼ばれる日本において純エルフ、あるいは古代エルフ族と懇意にしている家など、西蓮寺家を除いて他にいないのだから。


「それでも龍村さんは世界最強の冒険者の孫ですからね。身の回りのすべてを世話してもらってきた弊害なのでしょう。ご自分の未来を切り開くために頑張るしかないですよ」

「なぜ彩羽にはできて私にはできないのか……」

「私、家事好きですもの」


 ガックリと膝を折った。これが女子力と呼ばれる限られた女子のみが身につけるといるスキルか。どこかにスキルストーンは売っていないものか。あったとしてもすでに戦闘系で埋め尽くされたスキルスロットをいじることはないだろうが。


「足りないものを補うのがパーティですよ。そういった意味では最初にヒーラーを探したのは正解ですね。あとはメイドさんがいれば完璧でしょうか。ぷぷ」

「迷宮に行く仲間を探しているんだが!」


 青筋を立てながら語気を強めるが、彩羽はどこ吹く風だ。一般の女子にこのような態度を取れば怖がられ失禁されるはずなのに、彩羽にはまったく通用していない。彩羽に接する態度で他人に接してはいけないと、改めて思う龍村だった。これが気安い関係だというのなら、他人にはかなり気を遣わねばならないということだ。


「龍村さんのきったない部屋を片付けてくれる仲間ができるといいですね」

「それは……話が違うだろう」


 横に目を逸らしながら顔を赤くする龍村。ゴミ屋敷とまではいかないが、整理整頓とは無縁の部屋である。三日も放っておけば、床に衣類や教材が散らかり、ベッドだけが唯一手足を伸ばせる空間になる、片付けられない女であった。


「……彩羽はもうパーティを組んでくれないのだな」

「エルも龍村さんも私に頼りすぎです。私がいつでも許してあげると思ったら大間違いです」

「そんな気はしていたが」

「ふたりとも、ご自分の仲間を見つけてください。立派になったらまたパーティを組みましょう」


 彩羽は優しく微笑んだ。その言葉が上っ面だけの社交辞令でないことは龍村がいちばんよく知っていた。彩羽は見た目も性格も一見すると柔らかだが、実際は誰になびくことのない芯の強い女性だ。

 上がってこいと言っているのだ。成長して、頼り甲斐のある、誰に対しても誇れるような自分になったら、また一緒に冒険をしようと。


「優しいな、彩羽は」

「可愛い友人のためですもの」

「だ、誰が、かわいいだ!」

「くすくす」


 頑張ろうと思えた。挫けるべきでないとも。自立するいいきっかけだった。

毎日投稿開始です。

終盤がまだまとまり切ってないので、途中で途切れるかもしれませんが……

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