第18階層 異世界転移
召喚獣コアトルとの出会いは最悪だった。
蛇の大口に呑み込まれ、ぞろりぞろりと胃の腑へ堕ちていくような恐怖を味わったのだ。
気づけば翼の生えた大蛇は消え、代わりに《召喚士》のジョブを覚えており、スキルスロットにはコアトルが存在した。
僕がいままで誰かの前でコアトルを出したのは、たった三度しかない。
僕を迷宮から救出してくれた冒険者に、スキルの指導を受けて試しに出してみたとき、迷宮高校の入試試験の実技項目にて居並ぶ六人の教師陣の前で披露したとき、そして十階層でエルフに追い詰められ切り札を切ったとき。
コアトルを呼び出した回数はそれを大いに上回るが、それは誰の手も入っていない野良迷宮で、コアトルがレベルアップすると同時に、勢力圏を広めるために無理やり出てきたときしかない。
できたら僕はコアトルを出したくない。理由は明白だった。奴は僕の言うことを聞かない。
――シューシューシュルルルルル、シューシュー。
蛇の威嚇音がボス部屋に満ちた。
圧倒的な質量で覆い被さってくるコアトルの巨体はとぐろを巻いており、遥か高みに鎌首をもたげて頭部から赤く光る瞳で獲物を見定めている。エルフに焦点を合わせると、じりじりと左右に頭を揺らし、そこから予備動作もなく牙を剥いて飛びかかった。
巨大な大口にエルフはまた丸呑みされるかと思いきや、エルフの前に身を躍らせた青髪の重装騎士。身体を覆い隠すような大楯をスキルで光らせ「〈
エルフのパーティだった竜人族の少女だ。以前よりもスキルを防御に振って、完全にタンクとなったようだ。
「前回の借りは必ず返す」
前回はそう、竜人少女は抵抗する間もなく燃やし尽くされてしまったのだったか。気の強そうな釣り目がちな眼差しがコアトルを睨みつけている。普通、巨大な魔物に敗れれば心が折れるというのに、再戦を望み、あまつさえ勝つ気でいるのだ。竜人少女――九頭龍村は相当な負けず嫌いだと察することができる。
エルフは素早く詠唱を完成させ、コアトルの頭上に重力球を生み出した。
するとコアトルの頭は地面に引っ張られるように落下、竜人少女は下に走り込んで落ちてくる頭部を長剣で斬り上げる。以前は槍だったが、今回は盾に合わせて武器を換えたらしい。コアトルの頭が真っ二つになっていた。半分になった頭は、切断面がゆっくりと溶け、ふたつの頭部になっていた。
――分裂。
コアトルの得意技だ。
最初はLv.10程度だったコアトルも、四つほど野良迷宮を制覇する頃には単体でLv.40を超えるようになっていた。生まれたばかりの野良迷宮の深度は、どんなに深くても五層程度。管理されていないだけあって浅層でも出現する魔物はLv.30に届く。骸骨将軍よりいくらか劣る程度の魔物が当たり前に出現する中、コアトルは持ち前の頑強さと丸呑みして栄養とする不屈さでものともしなかった。
何度も魔物にやられて死んでしまえと思ったよ。しかしコアトルがやられた瞬間、身を護るすべを持たない僕もまた、ゲームオーバーになってしまうという葛藤を何度も味わった。結局コアトルは一度も死なないし。
コアトルも自由ではない。召喚者である僕から100メートル以上離れることができない。見えないロープで繋がったように、コアトルはそれ以上進めなくなる。僕は引きずられることもなく、引っ張られる感覚もない。まるで見えない壁にぶつかって前進できなくなっているように、それ以上距離を開けることができなくなる。
しかしそれはいま問題にはならないだろう。ボス部屋の直径は100メートル以内だ。九階層に逃げない限り、どこに居ようとコアトルに制限はない。
双頭になったコアトルは大きく口を開いた。そしてその口から、岩をも溶かす火炎を吐き出した。辺りの温度が急上昇だ。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!」
藤吉がいち早く逃げ出すが、尻に火が付いた模様。憐れ、藤吉はそういう星の下に生まれたようだ。
竜人少女は逃げずに正面から楯を構え、「〈
「〈
エルフの伸ばした腕の先から空気の塊のようなものが飛び出したと思ったら、コアトルの首のひとつに当たり、一瞬にして消し去った。まるで手品を見ているようだが、そこから噴き出す血の奔流は本物だ。
死んだか? と期待した。これでコアトルの呪縛から逃れられるのかと思ったが、僕の心臓に繋がったコアトルとのパイプはまだ切れていない。
分裂の得意なコアトルは、首をひとつに戻して元通り。若干体が小さくなった気もするが、地に伏せるように頭を下げ素早い動きで縦横無尽に移動を始めたのを見て、ほんのわずかに弱らせた程度だと知る。
動き回るコアトルが方向転換をして襲い掛かってくるのを、竜人少女がスキルで合わせてその突進を防ぐと、エルフは手をかざし、コアトルの頭をまるまる抉った先ほどの魔術を詠唱する。
竜人少女の盾で弾かれ、頭が宙に浮いた空隙を突いて撃ち込まれるエルフの〈断裂弾〉――
弾ける頭部。ばら撒かれる脳漿――とはいかず、弾けたのは表皮である脱皮した皮のみ。
本体は地面に潜り、エルフを足元から襲った。ぼこぼこと土が盛り上がり、エルフを空中に吹き飛ばしたのだ。
――〈
エルフは焦らず、慌てず、足元に向けて重力魔術を放った。
盛り上がった地面がボコリと凹み、土中に押し返されたコアトルから強烈な苦渋の感情が流れ込んできた。頭痛に似たコアトルとのパイプに顔を顰めながら、ざまあみろと笑う。
エルフはそのまま落下したが、竜人少女に空中でキャッチ(お姫様抱っこ)され、危うげなく地面にシュタッと降り立つ。竜人少女はまるで騎士が姫を扱うように丁寧に足を下ろし、エルフを立たせた。性別が逆だと激しくツッコミたい。
「前回に比べてとっても研究されてるです。コアトルとよく戦えてるです。分裂と脱皮を見て驚いてないところを見ると、相当に根は深いです」
「あの竜人の動きがすでに初心者じゃないよね。二年、三年とも渡り合えるんじゃないの? 長剣はちょっと扱い雑だけど、たぶん得意な得物が槍だからかな」
「あの女を知らねえのか? あれは竜帝の秘蔵っ子だぜ? 末娘だが、その力はあの竜帝が目をかけるほどだ。強くて当たり前だろ。〈
なんか尻を押さえた藤吉が当たり前のように寄ってきて説明しだした。太刀丸みたいに降参しているわけじゃないし、一応攻撃した方がいいのかな。でもそれをやると本気で涙目になりそうだからやめておこう。
太刀丸は姫叉羅の腕の中でのんびり目を細め、太刀丸を抱く姫叉羅はこの怪物超大戦に呆気に取られていたものの、結局白猫を抱くことの方が重要と考えたのか意識がそっちにいっている。
「あーだるい。帰って寝たい。というか寝る。終わったら起こして……ぐぅ」
その後ろで黒のローブをすっぽりかぶって丸くなった闇音が、こんな状況でもマイペースにくぅくぅ眠り出した。彼女の電池が切れたのは、そろそろ夜明けだからだろう。できる準備はすべてしようと、ボス討伐に挑む前に〈調合〉でありったけの薬を作っていた所為で半日使い、気づけばボス戦闘でも半日過ぎていたということだ。
しかし気になる、竜帝の名。
「竜帝?」
「竜帝知らねえの? それってプロ野球選手の超一流スラッガーの名前を知らないのと一緒だぜ? いま世界でも五本の指に入る冒険者のことだぜ。ワン〇ースでたとえるなら〇皇――」
「それ以上はやめておくです」
「はっ、冒険者やるなら情報が何より大事だろ。そんなことも知らないやつがこの先やって行けるかよ」
姫叉羅越しに小馬鹿してくる藤吉の猿顔はとても下品であった。陰部を晒しているのと変わらない。むしろち◎こ顔である。
「藤吉、頼むからパンツ履けよ」
「何の話だよ、履いてるわ!」
そんな冗談を言っている間に戦闘は動いていた。
こっちに向かってコアトルが突っ込んでくる。竜人少女が飛びかかってくる鎌首を逸らし、エルフが追い打ちをかけたところ、何度も喰らうことを嫌がってこちらに逃げてきたようだ。
「やば、撤退! 白猫ちゃんは任せて!」
「楽ちんです」
「なんでオレっちが毎回こんな目に!」
「自業自得でしょ! 闇音、寝てたら轢き殺されるよ!」
「すぴー」
「おいー!」
丸くなる闇音の腰辺りを抱えて走る。とにかく走る。横には足をもつれさせながら走る藤吉。僕の前に太刀丸を両手で大事そうに抱える姫叉羅が全力疾走。太刀丸がぽよぽよと跳ねる姫叉羅の胸の弾力に包まれて、後ろを走る僕らを特等席から眺めている。羨ましいなチクショウ。
「追いつかれるです。急ぐといいです」
「太刀丸てめー! うらやまけしからんぞこのー! オレっちも、オレっちもやわらかな抱擁を、女のぬくもりをー!」
「バカなこと言ってないで、追いつかれるよ、藤吉」
「うっせー! おまえに心配されなくともなあ……きゃあー!」
藤吉の口から少女のような悲鳴が上がった。何かと思ってみれば、僕らを追い越すように前方へ飛んでいく藤吉の姿。なんてことはない。コアトルが寸前で横に動いたために喰われることはなかったが、藤吉だけがやすりのような蛇腹に当たって尻の部分だけ擦り取られ、勢い弾き飛ばされた。
足を止めて振り返ってみれば、コアトルは翼を広げてばさりと浮き上がり、突進と口から火炎放射を繰り出していた。地獄を覗いたような光景に、僕ではあの場に数分と立っていられないだろう。しかし竜人少女のキレのある動きがコアトルの突進を横に流し、火炎を魔術の盾で防ぎきっている。
まさに理想のタンクである。
しかし終わりは唐突であった。燃え盛る地面に酸素を奪われたのか、エルフが膝を突いた。竜人少女はコアトルを前に振り返ってしまった。その油断が命取りになり、頭上からナイフのような尻尾が振り降ろされ、受け切ることもできずに左肩から鎧ごと切断されてしまう。
「うげ」
「うっ……」
藤吉や姫叉羅は思わず目を逸らしたが、それほどの光景だった。
竜人少女はコアトルみたいに分裂することはなく。
あっさりと光の粒になって消えた。
防御の要であった盾がなくなったエルフにもはや勝ち目がなく。
じりじりと壁際まで追い詰められている。
次の魔術の用意もなく、コアトルはすでにエルフを捉えている。
「そこまで!」
僕は無理やり召喚獣コアトルとの回線を切った。
いままさに食い散らかさんとしていたコアトルは、僕の方を恨みがましく見やり、こちらも光の粒となって消えた。
「竜人の子死んじゃってるけど、ちょっと止めるの遅かったんじゃない?」
「太刀丸はそうは思わないです。片方が死ぬまではバランス取れてたです」
「僕は一方的な虐殺が見たいんじゃないんだ。コアトルを殺してくれなきゃ意味がない」
「それはどういう……?」
姫叉羅の疑問に、僕は答えず顔を背けた。
藤吉は「クソ、ケツがぁ……」と半泣きで、小脇に抱えた闇音にいたっては爆睡して起きる気配がまったくない。小柄とはいえずっと持っているのも疲れた。抱えている手に胸が当たるが、全然膨らみがない。モチベーションが上がらない。とりあえずその辺にあんころ餅のように転がしておいた。
エルフを見ると、呆然と虚空を見上げ立ち尽くしていた。
前回は容赦なく殺され、今回は見逃された。どちらも気位の高いエルフの自尊心をぶち折るには十分で、一度目は恨みを買い、二度目は果たしてどうなるだろうか。
とりあえず擦れて真っ赤になった藤吉の尻に回復薬を雑に振りかけてから、エルフに近づいていった。近づくとエルフは呆然としていた顔を上げ、僕を見るなり怒りに震えた。
「反則があります! 貴様はあることがありません!」
「あり得ない。ズルした。ってことね」
尻をさすりながら、よたよたと歩いてくる藤吉が補足をしてくれる。藤吉の目は非難がましい。姫叉羅を見れば、こちらも得心のいかない顔だ。言うべきか一瞬悩み、結局ため息とともに白状することにした。
「そうだね、僕は反則で強くなった。ジョブが六つあるのも、僕というよりコアトルが野良迷宮を攻略して、その恩恵でジョブスロットを手に入れていたからなんだ」
「……そんなバカな」
姫叉羅はさらに疑いの目を強めたようだ。そう思われても仕方がない。学校外の迷宮を攻略したんだぜと自慢されても、僕だって信用ならないだろう。野良迷宮は例えるならいつ死んでもおかしくない戦闘地域だ。物見遊山で入れるところではない。
「僕が攻略したんじゃない。コアトルがたった一匹で攻略したんだ。なんでも勢力範囲を広げるとか言っていたけど、僕にはよくわからない。迷宮の中にも派閥があって、コアトルのような上級モンスターは僕ら召喚士に一部を召喚獣として寄生させて、他の迷宮を攻略させているように見える」
「なんだそれ、聞いたことねえよ」
「私ないです。それらのことを知っていません」
エルフですら首を横に振る話だ。僕だって納得してコアトルに協力しているわけではない。
「だいたいそれでいいのかよ、おまえは!」
「良くない。でも、迷宮は攻略しなくちゃいけないんだ。それと、ごめん、もうひとつ黙ってたことがある」
「なんだよ?」
「僕はこの世界の人間じゃないんだ。迷宮のない日本、たぶん並行世界ってやつから飛ばされてきた」
「は? ジョブ六つって話より信じらんねえよ!」
「だよね。僕もそう思う。だけど嘘は言ってないよ。秋葉原の信号を歩いていたら急に景色が歪んだんだ。気づいたら目の前にビルよりも巨大な蛇がいた。背中に翼を生やしていて、気持ちの悪い夢を見ていると思ったよ。目を擦って、開いて見たら目の前に蛇の大きな口があって、そいつは僕を呑み込んだんだ。いや、そう錯覚させられただけかもしれない。次に目が覚めたとき、僕は迷宮を攻略中の冒険者に保護されていた。召喚獣コアトルの一部はそのときすでに僕の中にいた。迷宮から連れ出された僕は、同じ日本なのに違う常識やルールで動いているこの世界に違和感しか感じなかったよ。それが二年前の話だ」
中学二年の冬だった。自分が厨二病を発症した挙句、頭がおかしくなったのかと思った。
異世界転移より学園ラブコメの方が好きだったのだ。飛ばされるなら朝起こしに来てくれる幼馴染とか、ツンデレツインテールの後輩とか、生徒会長の大和撫子とか、特に理由もなく惚れてくれるような世界が良かったというのに。秋葉原に足を運んだのだって、ギャルゲーの新作発売日に合わせて、この日のために貯めたお小遣いで購入するつもりだったのだから。
ああ、思い出したらなんか涙が出てきた。
「な、なんかごめん……おまえがそんなに思い詰めてたなんて知らなかったんだよ」
「丸はなんとなく察してたです。同い年の誰よりも重い過去を背負って生きてるです」
「えっと……それほどではないよ?」
藤吉の顔は同情するものに変わり、握りこぶしがゆっくりと下ろされた。その痛いものを見る目はやめてほしい。信じてもらえず頭が痛い子と思われているのか、境遇を不憫に感じて憐れんでいるのかわからないんだよ。
「それは本当にマジな話?」
「マジマジ」
「マジかー」
姫叉羅もなんと言っていいかわからない様子だ。とりあえず腕の中の太刀丸を撫でている。僕の言葉を百パーセント鵜呑みにはしていないだろうと思う。ここまでの間に何度も疑り深い目で見られてきたからそれも詮無いことだ。それでも一考の余地もないほどに不可解なことを口走っているわけではないと思われたから質問してくるわけで、何とか理解しようと努力してくれているから姫叉羅はたくさん頭を使って考え、その結果が頭の悪い会話になってしまうんだろうな。マジしか言ってないし。
現実はむごい。冒険者によって迷宮外に連れ出されてから警察に保護されたのだが、迷宮と迷宮が生まれた歴史以外は僕の知っている世界とほぼ変わりなかった。こうしてスマホもあるし。休憩中にスマホのアプリでカードゲームもできるし。だからこそ、迷宮のある世界、ヒト種だけでなくいわゆる亜人が少なくない数を占めるこの世界の人口が、どうしても浮き彫りになる。
僕は涙を拭い、続きを話す。
「もっと気持ちの悪いことがあったんだ。この世界には僕の両親がいた」
だから? と首を捻る姫叉羅に、僕は苦笑いで返す。
「この世界の僕は行方不明で……入れ替わるように僕がこの世界の僕になった。想像してみてほしいんだ。両親の顔かたちは変わってないのに、つい昨日まで普通に話していたことにちょっとした違和感があるって。僕の気にし過ぎなのかもしれない。こっちでは迷宮の話はバラエティにもよく出てくるよね? 知名度の高い引退冒険者がスポーツ選手のようにクイズ番組に出たりして。僕の世界にはヒト族と呼ばれている人種しかいない。ドワーフもエルフもいないし、ヒト以外が喋ることはない。だけど両親は団欒の中で楽しそうにマーメイドガールズバンドのことを話すんだ。僕は最初、頭がおかしくなりそうだったよ」
藤吉も、姫叉羅も、太刀丸も、エルフでさえ口を噤んだ。
「ヒト族しかいない世界なんて、随分とつまらない世界ね」
足元から声がした。ぐったりして半目の闇音だ。肘をついて頭を支え、休日の父親のようにだらしない態度だ。しかし空気の読めない彼女だから、切り込んできた。この動じなさがいまの僕にはありがたい。
「そんな世界から来たから、僕はパニックだよ。吸血鬼なんか空想の世界の住人さ」
「うちが生ける伝説なんて……そんな恥ずかしい」
「そこまで言ってない」
気だるげながら頬を染める演技をする闇音のおかげで、少し空気が和んだ。
「このことは両親には話してない。信じてもらえるとも思えないし、僕は自分の世界に帰るつもりでいるから。僕をこの世界に引きずり込んだのはコアトルの本体だと思ってる。だからやつを倒して元の世界に帰る。そのためだけにいまは動いてる」
「それがおまえの行動原理ってやつかよ。野良迷宮を攻略したのも自分のレベル上げってところか」
「それは“漂流者”でした」
いままであまり喋らなかったエルフ、エルメス・アールヴが確信したように言った。藤吉が驚いて彼を見る。
「若は信じるんで?」
「並行世界から漂流者、私もご存じでした」
「僕以外にも存在するの!?」
僕は驚愕して、膝が震えるのを感じた。同じ境遇の人間がいるなら何か情報を得られるかもしれない。
「強い冒険者です。ですので、もういません」
「強いからもういないの? もう元の世界に帰ったってこと?」
「強かったけど、死んじまったっつってんだよ、若は」
藤吉が苛立たしげに翻訳してくれる。なんでわかんないんだって目をしているが、むしろなんでスムーズに理解できてるんだって話だ。
「死んでいました。随分、前のところです。私は知る限り、彼だけがいます」
「若は随分と前に死んだその漂流者ひとりしか知らないんだと」
「そんな……」
死んだということは、元の世界に戻れなかったということだ。もしくは死ぬことで元の世界に戻れるのか。それをこの死に戻りできる迷宮以外の場所で実践する勇気は、いまの僕にはない。
「名前……聞きます。貴様が答えます」
「名前を聞きたいんだと」
「僕は『狭間真名』だ。よろしく」
僕の名を聞いて、「あ」と闇音がとろんとした瞳を虚空に向けて手を合わせる。
「うち、初耳」
「あ、アタシもだ」
「そんなんでよくいままでパーティやってたよねえ!」
僕は泣いていいと思う。君らは名前すら覚えてなかったやつと今日まで寝食ともに過ごしてきたってことだぞコノヤロウ。君ら自分のこと名前で呼んでって言ったじゃん。僕の名前も知ってなさいよ。
「知った漂流者が、《召喚士》でした。同じ、《召喚士》はとても強いものがありました。〈
「〈氷竜〉の召喚士ってのは聞いたことねえな。たぶん、若の住んでたところでは有名人だったって話だ」
「ほかには! ほかにはなにか!」
今度は僕がエルメス・アールヴに詰め寄る番だった。彼は熱意に押されて少したじろいでいるようだったが、そんなことは些細なものと切って捨ててさらににじり寄った。
「うっ……ここで話すことも気分に乗れないため、もう私は話すはしないでした」
「こんなところで立ち話もなんだから、落ち着いてからゆっくりお話しましょうってよ」
「じゃあお茶の準備でもしようか!? なんならスコーン焼くよ!!」
ちょっと歯止めが効いていないことはわかっていたが、それでも知りたいのだ。ここ二年、いくら調べても自分と同じような境遇のものはネットをいくら探しても見つからなかった。見つけても大概は自分の世界観でそういうことになっている人たちばかりだった。真に僕と同じ境遇の人間を、今日まで見つけ出すことはできなかった。
しかし世界は広い。
エルメス・アールヴの故郷は英国だったか。さすがに日本の外までの情報は後回しにしていたからな。英語苦手だし。
「じゃあさ、友だちになろう。そうすればいつでも話すことができるよね? これまでのこときれいさっぱり忘れるからさ」
「……私に友だちはいることです。スコーンは好物になります。バターにはうるさいです」
「しょうがないわね。友だちになってあげるんだから感謝しなさいよね(裏声)。あとスコーンはバターが命なんだから、あたしを満足させられるものを簡単に用意できるとは思わないでよね(裏声)」
なんでスコーンのときだけ流暢なんだと思わなくもないが、藤吉の通訳が鬱陶しくなってきたことが気になる。きっと調子に乗り始めたのだ。
「藤吉、裏声キモいです」
「アタシも同感だわ」
「( ゜Д゜)ノ」
藤吉は他の面子からバッシングを受けた。みんなも同じ気持ちだったようでなによりである。最後の挙手はもちろん闇音だ。
「そんなぁ!」
藤吉はともかく、僕とエルメスは手を握り、協力関係を結んだ。思ったより細くて女みたいな繊細な手であることに驚いたが、それはそれ。僕らは遺恨を流して友だちになった。なんなら今日からマブダチである。
肩を組んで歩くと、エルフのアールヴは困ったようにしながら、どこか嬉しそうだ。高慢ちきな姿はもはやない。いつもこれくらい柔和な雰囲気だったらイケメン度がさらに上がるというのに。あ、いや、やっぱりいつもはムスッとした顔でいいや。
「男子ってそういうところで妙に意気投合するよね」
「ねー。男子って単純」
「パイセンも相当単純な脳細胞してると思いますよ」
「えーそうかな。照れちゃう。てへぺろ」
「真顔でてへぺろ言うなし」
後ろから姫叉羅の冷ややかな物言いがあったが気にしない。
僕らはこうして友だちになり、揃って十階層を潜り抜けた。
六人……五人と一匹が同時に踏み出して――
……ひとり消滅しちゃった竜人少女さんには後で謝ったほうがいいのかな? 謝らなきゃダメだよなぁ……。
[ファンタジー高校生の日常 人物紹介編10]
名前 /
年齢 / 15歳
種族 / ヒト族Lv.114(※種族レベルは職種レベルの合計値)
職種 / 斥候Lv.13 薬術師Lv.15 召喚士Lv.46 鑑定士Lv.12 荷役士Lv.13 盗賊Lv.15
ポジション / スカウトヒーラー
HP:2560/2560(補正+??)
MP:1590/1590(補正+??)
SP:1470/1470(補正+??)
STR(筋力値):50(補正+??)
DEX(器用値):1504(補正+??)
VIT(耐久値):410(補正+??)
AGI(敏捷値):2103(補正+??)
INT(知力値):1011(補正+??)
RES(抵抗値):540(補正+??)
《斥候》気配察知Lv.7 暗視Lv.6
《調合師》調合Lv.5 調剤Lv.4 品質+Lv.6
《召喚士》契約Lv.1 使役Lv.3 召喚獣コアトルLv.42
《鑑定士》鑑定Lv.2 隠蔽Lv.4 観察眼Lv.6
《荷役士》生活魔術Lv.4 調理Lv.5 軽量化Lv.4
《盗賊》開錠Lv.5 罠解除Lv.3 隠密Lv.7
パッシブスキル / アイテムボックスLv.3(だいたい押入れ一畳分)
潜在 / ??? ???
これにて終幕です。
続編はただいま構想中です。
『異世界旅行は落ち着かない』のほうも近日更新しますので、そちらもよろしくお願いします。
ではでは('ω')ノシ