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第16階層 骸骨将軍

 ――ブオン!

 空気がうなりを上げて、僕と同じくらいの大剣が目の前を通り過ぎたため、僕は慌てて後ろに下がった。

 四つ腕の骸骨剣士――と言えばちょっとだけ手こずりそうな相手だが、五メートルはあろうかという見上げんばかりの身長を前にして、もはや笑うしかなかった。


 骸骨剣士は暗い眼窩に恐ろしげな光を灯し、足元を走り回る僕たちを悠々と見下ろしている。

 頭には鉄のヘルム、防具には甲冑を纏っており、大剣、大盾、槍、斧のどれかで露払いのごとく攻撃を仕掛け、攻めあぐねる姫叉羅や囮となって動き回る僕を吹き飛ばそうとしてくる。


「攻撃が当たるところまで近づけないんだけど!」

「手数が多い上に後ろを取らせてくれないんだよ。やっぱり雑魚に比べると知能が高い」


 姫叉羅の恨み言には正直申し訳なく思う。明らかに格上のボスの攻撃は、一撃でも喰らえば闇音なら即死を思わせる威力があった。

 一度死に戻りしている姫叉羅ですら、その攻撃を目の前で見ると、受けて防ごうという気を失くし、及び腰になるほどだった。


 その名も骸骨(スケルトン)将軍(ジェネラル)。明らかに十階層に出現するレベルのボスモンスターではなく、Lv.30に達していない姫叉羅では火力不足なのは目に見えていた。十階層のボスと言えば通常ならスケルトンリーダーに毛の生えた程度の強さだが、目の前の巨大なスケルトンは腕が余計に二本も生えている。


 骸骨将軍が振り下ろす武器が地面に激突すると、その揺れに大きく足を取られ、巻き起こす風に吹き飛ばされそうになる。そこで踏ん張ると、次の武器が間髪入れずに襲い掛かってくるので、足を止めることはすなわち死を意味した。

 姫叉羅はこんな状態で大丈夫か、と思いきや、その横顔はギリギリの状況下で笑っていた。

 目の前を通りすぎる武器の迫力に、緊張と高揚がないまぜになった戦士の顔を浮かべている。

 さすが鬼人族。戦闘を得意とする種族なだけはある。大柄な体とこめかみの角は伊達ではないのだ。むしろ最初は避けることに専念していたが、攻撃のパターンを掴んだようで、突いてくる槍はメイスで上に弾き、振り下ろされる斧は鉄の腹に打ち付けてパリィ、大剣は打ち合ってむしろ弾き返している。カウンターまがいのメイスで攻撃するが、それは盾に防がれてしまう。


 メイスは攻撃のときほのかに光を帯びている。あれはメイスにスキルが乗っているためだろう。骸骨系に有効な〈骨砕き(スカルクラッシャー)〉というスキルを十階層までに修得したのだ。そりゃ現れる魔物が骨だけなら、骨に有効な攻撃スキルを覚えて当然だろう。

 ここのボス系魔物に対抗できる手段を準備できたのは、この迷宮が初心者を育てるためのものだからだろう。これまでの階層が水系の魔物だったのに、階層ボスが炎系の魔物だったりするのが一般的なのだ。


「ふふ、ふふふふふ」


 姫叉羅は笑っていた。口を三日月のようににたりと歪めている様は、狂戦士の笑みだと思った。

 彼女の中でユニークスキルの〈鬼の申し子〉がゆっくりと発動しようとしているみたいで、姫叉羅の身体からゆらりゆらりと真っ赤な魔力が立ち上っている。

 敵が自分のLv.より高ければ高いほど能力値を底上げするユニークスキルなので、傍から見れば戦闘狂のようにも見える姫叉羅にはうってつけのスキルだろう。

 もはや《破壊士》と《狂戦士》のジョブを習得すればいいと思う。


「はぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

「グルァァァァァァァッッッッ!!!!」


 互いの裂帛をぶつけ合い、そして見劣りしない姫叉羅。Lv.10以上の差など些事だと言わんばかりに大剣を弾き返す。大盾でぶつかってきたところを避けきれず、殴り飛ばされるも、すぐに起き上がって正面から挑みかかる。メイスひとつで強者と渡り合おうとし、怪物をも畏れぬ理想的な戦士がそこにいた。いやあ、惚れ惚れするね。彼女は立派なアタッカーだ。


 こんな状況ですら、僕は姫叉羅の適性を観察していた。むしろ危機的状況を利用して、どんな行動に出るのか見定めていたと言っていい。姫叉羅は十分に合格だった。いずれコアトルを前にしたとき、居竦むばかりで何もできないということにはならないはずだ。


 姫叉羅の牙は折れない。ならばいまは届かないその牙が、見上げるほどの骨身を食い破れるようにアシストするのが僕の役目だろう。《鑑定士》のスキル〈観察眼〉で骸骨将軍を視た。動きから予測される弱点箇所を探すのだ。斧をゆっくりと振り上げて、豪快に振り下ろす骸骨将軍。姫叉羅は横に飛びながら、地面に激突したときに巻き上がる粉塵から顔を守るように腕を交差させる。


 骸骨将軍の動き自体にこれといった特徴はない。武器で攻撃するばかりで、弱点を庇おうという動きは見られない。しかし骨系の魔物であれば悲しいかな、関節部が最大の弱点となる。そして〈観察眼〉は見抜いていた。他より少し脆くなっている部分を。


「霧裂さん、左足のかかとが弱点だ!」


 果たして声が聞こえたのか、姫叉羅は槍を弾きあげて、シールドバッシュを受けたところで後ろに転がった。僕は追撃をさせまいと、〈調剤〉スキルで作成した溶解液の瓶を骸骨将軍の後ろから左足に向けて投げつける。

 思った通り、瓶が砕けて溶解液を被りシューシューと煙を上げる足が、がくっと震えた。そしてうつろな眼窩で振り返り、僕へとターゲットをロックしたようだ。

 弱点攻撃はヘイトを稼ぐので、骸骨将軍は姫叉羅から僕へと体を向けようと動き出した。


 その隙を逃すようなへまを姫叉羅はしない。

 光を放っているメイスを後ろから振りかぶり、骸骨将軍の横を駆け抜けた瞬間、左足のくるぶし辺りが弾け飛んだ。小骨が飛んできて僕はぎゃーっと叫んだが、姫叉羅はちらっと一瞥をくれただけですぐに骸骨将軍と向き合う。

 ぐらりと傾ぐ将軍は、大剣を手放して手を突こうとした。

 しかしその腕を姫叉羅の光るメイスが捉え、関節から木っ端微塵に吹き飛ばした。遠くで小骨の雨あられを受けた闇音がぎゃーっと叫んでいるが誰にも気にしてもらえない。


 手を突けずに上体が地面に倒れ込んでしまった骸骨将軍は、盾や槍を捨て、無理やりにでも起き上がろうとした。しかし頭蓋を打ち砕こうとメイスを振りかぶる姫叉羅に気づき、骸骨将軍は表情のない顔をどこか恐怖に歪めたように僕には見えた。


「終わりだ」


 姫叉羅は光る鉄塊を振り下ろし、将軍に止めを刺した。

 骸骨将軍から淡い光が浮き出し、それはパーティメンバーである三人に均等に吸い込まれた。

 レベルが上がったようだ。





 武器回収と素材剥ぎは僕の仕事だ。これまで骨系の魔物から魔石や錆びた武器を回収していたが、骸骨将軍は今日いちばんの収穫になりそうだ。少なくともボスレベルの魔石と、盾・大剣・槍・斧といった鑑定してD級とわかった武器を手に入れることができた。

 それに一抱えほどの大きさの宝箱から、黄金の輝きを放っている。ボス討伐のドロップ品である。ボス倒して宝箱とか、この辺りがどうにも現実感とかけ離れているが、そういうものだと納得するしかない。


「こんなにドロップするものなの? ボスって倒すのが大変だけど、その分おいしいな」

「いや、たぶんレベル差の判定もあると思うよ。初見キルとかのボーナスもあってこの量だと思う」

「こんな大量の金貨、何に使おうかなぁ」


 闇音が夢見る顔でうっとりしているのを、姫叉羅が複雑な面持ちで眺めている。気持ちはわからなくもない。ただ、それを言わないだけの器量はあるようだ。

 十階層までの雑魚敵なら百銀貨がせいぜいである。百銀貨が十枚で一金貨。宝箱から百金貨も手に入った。これらの財貨は迷宮が吐き出す独自のもので、コインに刻まれた文字や絵柄は、実はこの世界のどの文化にも一致しないことがわかっており、その価格は当初計り知れなかった。だが、それは昔の話。いまはそれなりに流通しており、鉱質も金銀と変わらないために相場も相応のものとなっている。因みに金1グラムの取引額は だいたい四千五百円ほど。コイン一枚当たり七万くらい。百金貨で七百万。七百万!!

 金貨がどれだけ破格かわかる。ただ、前情報で十階層のボスは三十金貨がせいぜいと聞いていたので、今回は相当にレアなボスだったのだろう。通常出現のボスを倒して二百金貨ドロップするボスは四十階層以降ではないかと思う。今回はたまたま運が良かった。


「ありがと。助かったよ」


 作業中、ぽんと頭に手を置かれた。なんだと思って振り返ると、僕より背の高い姫叉羅が頬を上気させて、戦闘後の満足げな笑みを浮かべていた。まだ赤い靄のような魔力が背中から立ち昇っている。彼女の握力はいまだに上がっているから、僕の頭とかスイカのように弾けてしまうよ。怖いよ。


「……い、いや、霧裂さんがいてくれたから倒せたんだよ」

「そんなことないよ。弱点の指示もくれたし、ちゃんと気を引いて攻撃の援護もしてくれた。リーダーには攻撃手段がないのに、よく戦ったよ。それに、いいよ、姫叉羅で」

「え?」


 頭を揺すられる。掴まれたままとかマジ怖いよ。首根っこ掴まれた猫のようにしゅんとなってしまうよ。


「名前のことね」

「え? どうしてでしょう?」

「なんで敬語(笑)。アタシの呼び方は姫叉羅でいいって言ったの」

「な、なんで?」

「他人行儀はアタシの性に合わないんだよ。それに、君は立派なリーダーだ。少なくともアタシは君を認めたの。だから名前で呼んでほしいんだよ」


 僕の頭をガシガシと掻きながら、照れているのか視線を外す姫叉羅。頭皮とかめくれちゃうよぉ。


「ま、そういうことだから、今後もよろしくな」

「う、うん……」


 前衛で戦うタイプはこざっぱりとした性格に好感が持てる。少なくとも姫叉羅の筋を通そうという態度には好ましいものを感じる。でも脳筋コミュニケーションは文科系には荷が重いんだよ。ハゲちゃうよ。


「じゃあうちも闇音でいいよ」

「なんでパイセンも乗っかってくるんだよ!」

「そっちのほうが面白そうだからだよ! ほら、名前で呼んでみ? 闇音って。顔を真っ赤にしてさ、思ったより耐性ないの知ってんだぞ」

「うっ、そっちまでなんで言わなきゃいけないんですか」

「ついでに敬語もやめようよ、りーだー。くひひ」


 女子の名前呼びに慣れていない僕を見てけらけらと笑う闇音。異性への耐性が低くてぎこちなさが拭えないのを笑っている。女子に嘲笑われるのはショックだが、闇音の裏表のない笑い方は好感が持てる。笑われることにムカつくのは変わらないが。


「ほらほら」


 つんつんと肘でつつかれる。このテンション、まじで勘弁です。


「ここはパイセンに乗っかってあげる。ほら、アタシの名前を呼んでごらんよ? パイセンより先に呼んでくれるよね?」


 姫叉羅と闇音は確執をひとまず横に追いやって、揃ってにやにやと笑みを浮かべている。この包囲網、なんか嫌だ。僕がどんどん不利な立場に立たされている気がしてならない。

 そんなある意味平和な板挟み。

 ボスを倒した気の緩みを実感する中、唐突に僕の中で何かが警鐘を発した。

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