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第15階層 気づけば二週間

 麻痺と石化を手持ちの調合薬で治せたのは、正直運が良かったとしか思えない。猛毒や腐食、火傷に呪い、この世に三十はあるバッドステータスの中でも手持ちでカバーできるのは六つか七つと言ったところだ。ついでに即死にならなくてホント良かったと思う。パーティの今後の人間関係まで息の根を止めてしまうところだった。


「いや、しかし酷い目に遭った。味方の方に攻撃が向かなければ優秀な威力なのに」

「よく冷静に分析できるもんだよね。アタシいま最高に頭にきてるんだけど?」


 ほんのり顔を赤くしてるのはイライラが募っているからか。

 くしゃくしゃの髪を手荒く掻き乱し、姫叉羅は僕を見下ろした。その瞳は炎が灯ったように赤く、ちょっと怖い。


「アタシはケンカしたくないんだけどさ、これってしょうがないよね?」

「すれば九割方、黛さんはミンチだね」

「人聞きの悪いこと言わないで。そこまではしないよ。ボロ雑巾がいいところ」


 それでも十分やりすぎだろうに。

 ふたりがぶつかるのはあまりよろしくないな。仲良くしてと言って聞かせたところで水と油だ。

 それならば、ちょっとした意地悪をして、姫叉羅の怒りの咆哮を少しだけ曲げるしかないな。

 僕は挑発するように、姫叉羅に笑いかけた。


「霧裂さんて結構ウブなところがあるよね。パンツ見られて顔真っ赤にしてたもんね」

「あ? いきなり何言ってんの」

「僕はそういうところ可愛いと思うな。霧裂さんって面倒見がいいし、すごく気を遣える優しい女の子だって一緒に迷宮に潜ってわかってきたよ」

「な、なに言ってんだよ。いまはそんな話してねえよ……」


 動揺から、姫叉羅の目が泳いだ。それに、小麦肌にほんのりと赤みが差している。これは照れからくる紅潮だろう。


「昨日作ってくれた霧裂さんの料理もおいしかったな。いいお嫁さんになるね。僕が保証する」

「や、やめろー! 言うなー!」

「なんだか守りたい女の子って男に思わせる可愛さがあるよ。霧裂さんの可愛らしさってどこか男心をくすぐるよね」

「はずいはずい!」

「お姫様抱っこに憧れてるのもすごくいいと思う」

「あれは自棄っぱちになってただけなのぉー!」


 思った通り、顔を両手で多い、その場にしゃがみ込むと首をいやいやと振りながら悲痛な声を上げた。耳まで真っ赤にした姫叉羅の反応の良さは、掛け値なしになんとも可愛いらしかった。

 闇音への憤りは思惑通りに霧散した。ちょろい、とは思っても言わない。僕がミンチになる……。




 闇音は骨に囲まれて死にかけていた。姫叉羅が大きく嘆息し、メイスを拾って骨をぶっ壊しに走った。

 結果、闇音の魔術は味方を追い詰めただけで、骨集団がテントをひとつと食糧を一食分台無しにした。その他細かいものを失った僕たちは、それでも先へ進むことを選んだ。骨リーダーのような唐突なエンカウントより、敵味方無差別の広範囲魔術の方が怖いという事実をようやく噛みしめたばかりであったが。

 僕と姫叉羅は、闇音という爆弾がどれほど恐ろしい存在かを身をもって体験し、今後その対策を練っていくことになる。


 しかしそれでも、食糧の残量を含め、失ったものはまだリカバリーが効いた。元々十階層を攻略するために余剰とも言える準備がある。十階層まで攻略を終えて、必要なもの、要らないものを選別できたことも大きい。迷宮にトランプとかいらんよね、やっぱり。修学旅行気分だった自分が情けない。

 生死が脅かされる場所にいるんだということを改めて認識し、そのために必要な準備ができるようになった。いままでは旅のしおりのようなものを見て判断していた。それが自分の肌で感じ、取捨選択できるようになったことは大きい。

 今回の初心者コース再挑戦も、拡張した〈アイテムボックス〉の限界量を確かめる上でも大いに役立った。三割を占める占有量がすべて〈アイテムボックス〉を持たない闇音の私物だとしても、だ。


 闇音に回復薬を使い、スマホで時間を確認する。

 時刻は十七時。夕方で闇音が調子を取り戻してきた頃、僕らは出発した。

 三階層ではスケルトンアーチャーが出現するようになった。しかし武具の扱いがひどく、矢がまっすぐ飛んでこないので脅威にはならない。むしろ前衛の骨に矢を当てて、こっちの手助けをしているようにも見えた。近接戦闘になれば、弓と矢を両手に持ち振り回してくるだけという知能の低さだ。

 上階層になれば、スケルトンアーチャーは器用さと精密さが増し、前衛の隙間から矢を飛ばしてくるようになる。

 ならばなぜ低階層ではこんなひどい状態で出現するのか。それはここが学生を鍛えるための迷宮で、訓練用に設定されているからだろう。新設パーティはお世辞にも連携ができているとは言えない。魔物から見ればこっちの拙い動きは失笑ものだろう。だからこそ低階層は、慣れない戦闘を慣熟し、連携に繋げる訓練のような魔物が出現する、んだと思う。スケルトンと侮っていても実際に連携されると途端に手強くなってひとたまりもない。


 とはいえ、こちらには鬼神姫叉羅様が降臨なさっている。三階層の魔物相手に特に煩わされることはなかった。

 姫叉羅がヘロヘロの矢をメイスで砕きつつ強襲、骨を木っ端微塵に粉砕して暴れ回っている。リーダーも他の骨と同じように、三合やり合った後に頭を砕いた。姫叉羅はそのうち《戦士》系の上級職である《破壊士(クラッシャー)》のジョブを覚えそうだ。


 彼女の奮戦を闇音と僕で傍観するのが定番と化してきた。もちろん連続戦闘にならないよう、僕は最低限の斥候の働きをして、ある程度の集団を引っ張ってきてから姫叉羅に任せているが、闇音はもはやただの観客だった。ポップコーンを持たせたら様になるだろう。どこからかビスケットを取り出して齧ってるし。

 僕と闇音が戦闘に参加すると味方の被害が大きいので、闇音にはあれから自重してもらっていたが、僕としては、できたら闇音には《闇魔術師》を外し、《獣戦士》のジョブを付けてもらいたいところだ。現状、彼女のユニークスキルである《吸血》と《獣化》がひとつも活きていないため、宝の持ち腐れ感がひどい。《影魔術師》は吸血鬼の特性と親和性があるのでそのままでいいだろう。だからなぜ《闇魔術師》にこだわるのかわからないのだ。厨二病だろうか?


「いざ進めー! 敵を打ち破れー! 斉射ー、ばきゅんばきゅん!」


 目を離した隙に闇音が〈闇弾〉を指先から飛ばしていた。それは姫叉羅や僕を狙っているかのようにかすめる。


「わ、こっちに飛んできた! ちょっと危ねぇだろ! パイセンは余計なことすんなよ!」

「うぉっ……黛さん命中補正効いてないの? わざと味方ばかり狙ってるんじゃないの? なんでスケルトンに囲まれた霧裂さんに当たりそうになるんだ。スケルトンを避けるように〈闇弾〉が飛ぶとかおかしいでしょ」

「ウチ、難しいことわかんなーい ♪~(´ε`)」


 唇を尖らせて口笛を吹く真似をするが、まったく音が出ていない。

 闇音の魔術に関しては、命中の魔道具、精密の魔道具を装備していてこれなのだ。完全に魔術を使いこなすのは厳しい道のりになりそうだ。その道のりの途中で、僕らは何度巻き込まれ、道半ばに倒れることになるのか想像もしたくない。


「ということで、僕と霧裂さんの今後の方針は、闇耐性上昇と状態異常耐性、魔防上昇を意識した装備を早いうちに揃えよう」

「まるでボス対策よ。なんなの? ほんとになんなのこれ? 死霊の王とでも戦うの?」

「はは、ボスクラスの攻撃に耐えられるようになったら目標達成だ。本当の敵は僕らの中にいるんだよ」


 僕は乾いた笑いを漏らし、姫叉羅は目から光が消えている。

 三階層終盤、朝がきて野営の準備を始めていた。僕は火にかけた鍋で料理を始め、姫叉羅はテントをひとつ建てている最中だ。

 死霊の王はこの迷宮の最下層域に出現するフロアボスだ。確かにボス対策と言われてもおかしくないステータスに偏りのある装備だ。逆に光属性の魔物や肉弾戦が得意な魔物には全くと言っていいほど対策が取れていない装備でもある。

 死霊の王について最初に迷宮を攻略した冒険者が持ち帰った情報以外わかっていることは少ない。なにせこれまでの本校生徒は、在学中に最下層域に到達できないまま卒業というタイムリミットがきているのだ。それでも僕はいずれ、その階層に到達する気でいるが。


「がんばー……」


 朝がきて、やる気のない闇音になったその応援がことさら姫叉羅の神経を逆撫でするようで、目を鬼のように吊り上げて闇音を見ていた。いや、睨んでいた。左右のこめかみに生えた角がやたら憤っている。そのうち口からも牙が生えそうだ。

 最初は仲の良い雰囲気だったが、時間を追うごとにお互いの歩調が違いすぎていることがわかってしまい、それが歪みを生じているようだった。たとえるなら水と油。闇音は興味が薄いのか人間関係にあまり終着がないようで、他人にどう思われようと気にも留めない。

 姫叉羅は逆に、仲間思いの少女だ。粗野なところもあるが、基本的に協調性を重んじる。姫叉羅はアタッカーとして優秀だから、パーティ解散をするところにちょうど居合わせて即座に勧誘に走った。安定したアタッカーをパーティに引き込むのは急務だったのだ。だが、闇音を仕上げてからの方が良かったかもしれない。というか闇音がキワモノ過ぎるんだよ。扱いにくいことはわかってたけども。

 パーティを組んでいる以上協力していかねばならないのだが、マイペース過ぎる言動が目立ち、余計に姫叉羅の神経に触れているようである。

 僕はそんなふたりの間を取り持つように、姫叉羅にフォローを幾度となく入れる。どこまで効果があるのかわからないが、溝を決定的なものにしたくないため、できることはすべてやるつもりだ。


「癖があることはわかってるんだ。僕も黛さんも、とてもひとりじゃやっていけないから。だから霧裂さんみたいな頼もしいひとが必要なんだよ。長い目で見てやってくれないかな」

「そんなの見ればわかるけど……うぅ、わかるのと納得するのは違うじゃないか」

「ごもっともで」


 僕と闇音は明らかな突出型だ。攻防任せられる姫叉羅のようなバランス型からすれば、ひどく制限がかかっているように見えるだろう。僕の考えは少し違っていて、その制限の中に相手を引き込んでしまえば無類の強さを発揮すると思っている。

 味方殺しの闇音も運用次第では圧倒的な戦力に化ける可能性はある。その運用をするために、僕はいずれ《指揮官(コマンダー)》のジョブを取る必要があるだろう。これは〈念話〉で味方との連携をとったり、パーティのステータスを上昇させることのできるジョブだ。僕は支援特化にならねばならない。


「いずれうまく回るようになるよ。……ちょっといまは完成形が見えないけど」

「アタシにはいまよりマシになるプランがひとつも見えないよ」

「いまは試用期間のつもりだから。……ただ、ちゃんと考えてはいるよ。ジョブスロットを手に入れれば解決だ」

「……それはいわゆる皮算用って言うんだよ」


 姫叉羅は呆れた様子だ。そんな簡単に秘宝級のアイテムが転がり込んでくるわけがないと思っている。

 とはいうが、当てはあった。この迷宮の最下層域に、低確率ながら宝箱やドロップアイテムにジョブスロットの宝珠がある。売れば最安値でも一億を超えるアイテムだ。ちょっと遠い話だと姫叉羅は思ってそうだが、僕は学生時代をあくまで下地として考えている。そこに僕の落ち着きと姫叉羅の焦りの差があるのだろうが、こればかりは口で伝えて理解できるものではない。


 僕がほしいのは即戦力ではなく、いずれ目の前に現れる、理不尽で、暴力の化身のようなバケモノに対抗できる戦力だ。そのための資金なら、いくら注ぎ込んでも惜しくはない。卒業後を見据えたパーティメンバーを探していると言ったら、姫叉羅はドン引きするだろうか。あるいはパーティ脱退を告げられそうである。

 最悪のところ、姫叉羅は出ていくとしても闇音は確保していたい。彼女の最高のパフォーマンスは魅力的なのだ。吸血鬼と狼獣人のハーフで、どちらの特性も残しているとかレア過ぎると思う。

 普通、どちらかの特性に偏り、片方は消えてしまう。鳥人とドワーフの合いの子は、空は飛べるけども鍛冶が並以下、もしくはその逆となるのが一般的だ。

 両親の特性をどちらも引き継ぐ子どもは、百人にひとりか、千人にひとりか。

 そういった僕の汚い部分を姫叉羅は嗅ぎ取っている節はあった。呆れ、そして僕の行動を監視しているようでもある。まあ、女子ふたりの中に男がいるのだ。内心がどうであれ、警戒されてしかるべきではある。







 すでに二週間。これは迷宮に篭ってから過ぎた体感時間だ。現実の時間は迷宮に潜ってから数分しか経っていないことが姫叉羅には相変わらず信じられなかった。


 取り直して二週間である。

 風呂に入っていない期間である。前回の迷宮探索では、休憩の際に体を拭く程度しか出来なかった。水は貴重品であると思っていなかったので、最初の方でかなりの分量を使ってしまい、攻略終盤は飲み水のために残す分しかなかったのだ。

 肌着も着まわして汗の臭いが鼻を刺激し、頭の皮脂や体の垢も絶望的に溜まっていった。

 迷宮に潜りたくなくなるのも無理はないと思ったが、姫叉羅はこうして再度挑んでいる。

 この二週間、闇音のお荷物っぷりにイライラし、必要以上の会話をしていない。しかも闇音は大して気にした様子がないのがまた腹立たしい。

 夜の元気があり余っているときはどうでもいい話題を振ってくるし、昼の元気がないときは顔を青白くしてほとんど喋らない。


 パーティリーダーには何か考えがあるようで、この二週間の戦闘のほとんどを姫叉羅に丸投げしてきた。

 その分、斥候や休憩中に動いてくれるので文句はない。この二週間、姫叉羅は新鮮な水で体を拭き、頭を洗い、洗って乾かした肌着を着ていた。

 それはなぜか。リーダーが水をかなりの量貯蓄していたようで、水の制限を一切かけなかったのだ。

 自分が今回多めに用意した食糧も、食事が足りないときに食べるように言われ、手付かずで残っている状態だ。


 最初は申し訳なく思っていたが、彼は自分が荷役も兼ねているつもりのようで、食糧も食事の支度も彼が一任していた。女として料理くらいはしないとと思い、リーダーからたまに仕事を奪っている感じだ。

 そんなおんぶ抱っこに闇音は喜んで乗っかり、その態度がまた姫叉羅の不満を肥大させた。


 二週間である。アイテムボックスの容量がどれほどの大きさなのか想像もつかないが、二週間三人分の食糧と水を維持できるのが驚きである。

 十階層を突破するといくつかの条件が解放されるというが、その最たるものが〈アイテムボックス〉だろう。Lv.2になるのが十階層突破なのだ。


「悲しいお知らせです。実はもう食糧ないです。水も二日分です」


 リーダーが畏まってそう告げたのが、九階層の終盤の休憩時だった。姫叉羅の前回の挑戦では、九階層を無理やり突破しようとして、傷ついた仲間が一人減り、二人減り、やがて全滅となった。

 今はどうだろう。リーダーから手渡されたマグを受け取ると、湯気を上げるミルクティーの優しい香りがする。

 なにもかも十分に揃っていた。準備がこれほど大切なのかと思い知った。そして二度と無謀な攻略をするべきではないと悟った。甘い考えでは必ずどこかで対処できなくなる。死と隣り合わせで進んでいるのだから、少し余裕を持たなければ限界は早くに訪れるのだろう。


「十階層はフロアボスだけなんでしょ? ならそんなに食糧の心配もないんじゃない?」

「ボスとの相性次第では長期戦になるらしいんだよね。せっかくここまできて全滅したくないし、突破口を探す必要があるわけだから、それが見つからないといつまでも足止めされるわけだ」


 あくびを漏らしつつ、闇音も会話に混じる。まだ朝には少し早いからか、気力も少し残っている様子だ。

 闇音は今までの最高到達階層が五階層だという。それも初期のパーティを組んでいた時の話で、ソロで挑むようになってからは三階層がせいぜい。いつも燃料切れで休んでいるところに魔物が仕掛けてきて袋叩きに合うんだとか。比類なき無差別の闇魔術を持っていようが、寝ているときまではどうしようもない。


「一度の挑戦で倒せるかもしれないけど」


 そう言って闇音に目を向ける。彼女は気だるげに前髪の枝毛をいじっていた。


「ボスの耐性次第ではそうもいかないから、とりあえず慎重にいこう」

「召喚獣を使うというのは?」

「楽して進むなんて経験にならないから」


 そうはいうものの、切り札はここぞというときに切らねば宝の持ち腐れだ。もしパーティに全滅の恐れが降りかかった場合、ためらいなく使うだろう。しかしそれは負けでしかない。できれば使いたくないのだ。


「まぁ十階層のボスに手こずることは無いさ。実は僕も戦ってないけど、一組のエルフより厄介なボスがいるわけないしね」

「胸張って言うなし。なんも励みになってないしー」

「やっぱエルフ相手に喧嘩売ったってホントだったんだね。アタシはてっきり十階層に先に到達した箔をつけようとウソの噂が流れてるんだと思ってた」


 姫叉羅は目を丸くしている。彼女のように信じていない生徒の方が多い。それでも噂が絶えないのは、噂程度に真偽はいらないからだ。どれほどのビッグニュースか、ということのほうが大事だったりする。

 重力系の魔術を使ってきたエルフ。残りのパーティふたりは敵意がなかったが、コアトルは容赦なく焼き尽くした。あと一歩で藤吉や太刀丸も巻き込むところだったから、実を言えば闇音を強く言えなかったりする。


 そして、十階層への階段が目の前に姿を現した。ここを降りれば、そこはボスフロアとなっている。

 僕らはボス戦に向けて、休憩を取った。

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