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第10階層 留年時空術師

 早速休み時間、教室の隅でスマホを見つめてニヤニヤしている青白い顔の留年男子に近づいた。

 前情報はあまりないが、情報を集めるにも、クラスの男子は藤吉を中心に僕に対し、距離を置いている。留年生の彼を知るために上級生の階に行けば、あっという間に勧誘の嵐に呑み込まれるだろう。初日で十階層突破は上級生から見れば有望株なのだ。

 今朝から、廊下を歩けば上級生に声をかけられ、クランに勧誘される始末である。僕は自分でクランを立ち上げようと思っているので、拒むのに疲れた。さすがにクラスにまでは入ってこないが、ここにいても針の筵であるのは間違いない。


「どうも」

「……」


 楽しい時間を邪魔されたからか、先ほどまでの笑みは消え失せ、能面のような顔を向けられた。ちなみに返事はない。年上なんだから礼儀くらいしっかりしろよと言いたいが、それができていればソロで留年はしていないだろう。ちょっと勧誘が億劫になってきたが、ここは堪えよう。すでに話しかけた後だ。


「パーティメンバーを探してるんですけど、少しお話いいですか?」

「……」


 じっと疑うような目を向けられて落ち着かなかった。警戒心が人一倍強いのだろう。自尊心も天井知らずかもしれない。


「あの……」

「ボクに話しかけるなんてよっぽどだね。おまえ、友だちいないの?」


 おまえに言われたくねーよと思ったが、図星なので何も言えない。作り笑いを貼り付け、聞かなかったことにした。


「パーティメンバーに誘えるひとが他にいなくて」

「ウソだね。二、三日待てばパーティを解散するやつが多くなるはずだ。最初の洗礼で心が挫けるやつが少なからず出るんだよ」

「そうなんですか?」


 そんなこともわからないのか? と侮蔑を込めた目で見られたが、我慢である。というか、普段は自分から話しかけないくせに、たまに話しかけてもらうと傲慢な態度で自分の方がすごいんだぞアピールをするのはどうかと思う。いまどきの小学生でももっとコミュニケ―ションを取れるよ。


「おまえ、まだ迷宮に挑んでないのか?」

「いえ、今朝挑戦しましたけど」

「なら無理はしなかったタイプか。なんか見た目も平凡だし、無難な冒険しかしなさそうな面だもんな」

「はぁ……」


 うっせーよ。


「でもこれからもっと辛い現実が待ってるぜ? ヌクク、それこそ例え話じゃない、死ぬほど辛い痛みってのを体感できる。ヌクク……」


 性根の腐った笑みを浮かべる彼を見ていると、なんだか話しているのが疲れてきた。そして多分、勘違いしている。無理をせずに浅い階層で引き返し、帰還したと思っているようだが、すでに一年のノルマ――目の前の留年生が半年頑張っても達成できなかった十階層を突破して、帰還魔法陣から戻ってきているのだ。


「心の弱い迷宮弱者どもはさっさとやめちまえばいいんだ。これは遊びじゃない。選ばれたやつだけが試練に挑むことを許される。迷宮ってそういうもんだろう?」

「……そーですねー」


 相槌を打ったが、別に挑む理由なんてひとそれぞれでよくない?と思う。それを言うなら彼は実力がなくても攻略をやめないタフさくらいしか褒めるところがない。迷宮に選ばれているのか甚だ疑問だ。


「部活の延長みたいに考えやがって、クズどもめ。迷宮で小遣い稼いで浮かれている連中なんかに迷宮の真価は測れないだろうよ。なぁ、そう思うだろ?」

「……エエ、ソウデスネ、まったく」


 コクコクと首肯する機械人形になった気分だ。


「ソロで挑んでるって聞いてますけど、どれくらいの頻度で?」

「週に一回だ。これ以上は無理だな。毎日のように潜っていると死ぬ痛みってヤツが心を蝕んじまう。そのうち何も感じなくなって、迷宮の外でも死にかねないことをやらかすんだ」


 それは聞いたことがある。死に戻りの迷宮に慣れすぎて、死ぬことへの恐怖や忌避感が一時的に麻痺し、車道に飛び出し平然と車に衝突した学生がいたらしい。

 だから学校側は、迷宮で死に戻りを経験した場合、五日間は挑戦権を剥奪される。


「ボクは慎重でね。確実に攻略の芽がでるまではゆっくり挑む。最後まで挑み続けたヤツが強いんだよ」

「デスネー」


 ならば毎日挑み、死なないで戻るのを繰り返したらいいんじゃないだろうか。死に戻りでも一週間は間を置きすぎである。ひとにはそれぞれのサイクルがあるが、気長な気がしてならない。


「それで、おまえ、ボクを誘いたいんだったな? 何ができるんだ?」


 こっちが聞きたいことを先に言われた。答えるけども。


「僕は《斥候》と《支援》が主です。《薬術師》のジョブも持ってるので」

「なんだ、使えんな。男のくせに女々しいジョブだ」

「……趣味と実益を兼ねてるので」


 ひどい言われようだが我慢である。


「ところでそちらは?」

「ふん、時を司る偉大なる魔術師《時空術師(クロノ・マゴス)》だ」


 偉大かどうかはちょっと疑問だ。そういうのは自分で名乗るんじゃなくて後世の人間が語り継ぐもんじゃない? それに、《時空術師》は扱いが難しく、魔力消費が大きい魔術しかないために遠慮されがちだと聞いているし。


「え、あの時を止めたりする?」

「レベルが上がればな」

「自分にヘイストをかけたり、瞬間移動をしたりする?」

「レベルが上がればだ」

「確か石化とかの魔術もありましたよね」

「レベルがあがればだと言っている!」

「へぇ、でも《時空術師》ってバフ・デバフ系の支援職じゃ?」

「何が悪い!」


 逆ギレされた。どないせいっちゅうねん。浅階層で一年うろうろするだけあって、レベルが低すぎて汎用性の高い魔術を覚えられていないのだろう。甘い夢だけ膨らんで現実がしょっぱい、典型的な妄想野郎だったようだ。


「おまえではボクの実力に達していないようだな。諦めて他を当たるといい」

「いや、でも一回お試ししてみるだけでもいいんじゃないですかね? 実戦で見えるものあると思うんですが」


 時空魔術を一度見てみたいというのも本音だ。このクラス……どころかこの学校では彼ひとりの可能性もある。


「う、うるさい! ボクはひとりでもやっていける! それにアタッカーもタンクもいなくてパーティが成立するかよ!」

「それはこれから勧誘しようと思って」

「そんないかにもな地雷に誰が乗るか。他を当たれ」

「有能な前衛がいないと何もできないですもんね、お互い」

「おまえと一緒にするな!」

「足りないところを補うためのパーティじゃないですか」

「そう言って騙すヤツがいるんだよ! ひとがひとり増えれば悪意もひとつ増えるんだ!」

「善意も増えるんじゃ?」


 彼の過去に何かあったことが察せられる。ソロは望んでなったのではなく、自衛の結果とかだろう。


「……クッ、もういい! 不愉快だ、ボクに二度と話しかけるな!」


 クラスに響く怒声を上げたので、おしゃべりをやめてほぼ全員が注目している。唯一興味ないという様子なのがもうひとりの留年生で、机に突っ伏して寝ている。


「勧誘に失敗したのか? そりゃそうだよなぁ。仲間を騙す最低野郎だもんな」


 声に振り返れば、数人の男子とたむろす藤吉だった。その目は恨み辛みがこもっており、僕のことを許す気はないようだ。

 彼の心情はよくわかる。僕だって藤吉がずっと手を抜いてパーティに参加していたと知ったら、なんで全力を出さないんだとか、調子に乗ってるだとか、嫌味のひとつも出てくるだろう。

 みんな余裕などないのだ。足並み揃ってスタートしているはずなのに、ひとりだけ隠し事をしていれば誰だって不満に思う。それがエルフくらいわかりやすければ誰も何も言わないだろうが、僕の見た目は平凡そのものだ。

 僕は言い返すこともせず、居心地の悪い教室を出た。


「もう二度と話しかけるな! この寄生虫!」


 彼の追い打ちが、落ち込んだ心にもろに突き刺さった。




825 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   一年でもう10階層まで到達した奴いるの知ってる?


826 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   知ってる。


827 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   パーティ名『白猫プロ』だろ

   実名は伏せるのがマナー


828 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   白ネコさんが学年に一匹しかいない件ww


829 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   攻略早々解散してたよ

   猿顔のひとがなんかめっちゃキレてて笑った

   仲間割れして解散とか、それ見られて恥ずかしくないんかね?


830 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   三人目のなんか目立たないやつが実力隠してたって聞いた

   なんでもS級の召喚獣を持ってるとか


831 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   あたしはジョブスロットが6つあるって聞いたよ?


832 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   ナニソレww

   どこのチート様ですかww


833 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   ワイらがふたつしかないジョブスロットと

   六つしかないスキルスロットで

   やりくりしてるっていうのによぉ(-"-)アアン?


834 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   むつのじおぶということはじうはちのすきるすろとがあります


835 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   読みにくいよ

   誰か打ち方教えてあげてー


836 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   白ぬこたんはクラン『猫股股旅団』に入るんだって

   あそこのぬこたちと毎日もふり生活したい

   特に白ぬこさんは毛並みが綺麗すぐる(*´Д`)ハァハァ


837 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   迷宮辛イデス


838 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   おおう…いきなり話題変わったな

   おれもカライデス


839 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   最初はいいんだけどなー

   五階層くらいから辛さが増してくるっていうか

   足が疲れてもー歩きたくねーよー

   あと骨アーチャーの精度が増してきて地味にウザい


840 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   だいたい5階層くらいから敵もなんとなく頭使ってくるよね

   839>骨に脳みそないけどねww

   いま7階層なんだけど、食糧尽きかけてて超辛いよ…ハハ……


841 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   食糧問題は地味にじわじわくるね

   アイテムボックスの容量少なすぎww

   ギガントカラス


842 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   >ギガントカラス

   え?それどんなカラス?足三本あるやつ?


843 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   辛イトハツライトモ読ミマス


844 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   知ってた(笑)


845 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   揚げ足取りやめなさいよ

   837>バカしかいないんだからイチイチ気にしちゃダメだよ?


846 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   それってオレのことかしら?\(´Д`)/ナハー


847 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   もうすぐ九階層の僕ではないことは確実である。


837 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   ( *´艸`)プークスクス


842 :名無しさん@ぼくたちルーキー:

   攻略のためになる話しろよ

   アイテムボックスの容量の話だけど、

   10階層突破でレベルアップするらしい

   それまでは制限がかかってるんだと

   byクラン所属の先輩情報

[ファンタジー高校生の日常 人物紹介編7]


名前 / 時任(ときとう)貫太郎(かんたろう)

年齢 / 17歳(8月1日)

種族 / ヒト族Lv.31(※種族レベルは職種レベルの合計値)

職種 / 時空術師Lv.14 土魔術師Lv.17

ポジション / アウトサイドアタッカー


HP:162/162

MP:220/220

SP:50/50


STR(筋力値):42

DEX(器用値):75

VIT(耐久値):22

AGI(敏捷値):43

INT(知力値):179

RES(抵抗値):55


《時空術師》 クイックLv.5 スロウLv.7 ストップLv.2

《土魔術師》 隆起Lv.8 土弾Lv.9


パッシブスキル / アイテムボックスLv.1


 主人公のクラスの留年生。見た目は痩せ眼鏡。さらさらマッシュルームカット。

 昨年のパーティ活動において仲間とトラブり、パーティを解散。理由は時任が分け前が少ないと文句を言い出したことによる不和。パーティを探すもワガママな性格を矯正できなかったために長続きせず。いつしかソロで活動を始めるも、生来のビビり……慎重な性格ゆえに迷宮探索は実に長期的なスパンで行われ、気づいたら進級合格ラインまで手が届かず留年してしまったひと。

 支援系の魔術が充実しているのに前に出ようとするので余計に勿体ない。本人に自覚なし。

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