99 会わせたい相手
「えぇ……察しが早くて助かります」
(やっぱり……! リニエ公爵は王位を狙っているんだ……)
表情が引きつりそうになるのをなんとか堪え、オルタンシアは静かに頷いた。
ここで動揺を見せてはダメだ。
もっと、決定的な証拠を掴まなくては。
「……もう一つ。公爵閣下は『あの者たち』と繋がっているとお伺いいたしました。それが……少し、心配なのです」
少しだけ顔を伏せて、オルタンシアは続ける。
「わたくしはかつて、『あの者たち』に誘拐されたことがあります。彼らの危険もよくわかっております。だからこそ……心配になるのです。彼らが、閣下に牙をむくのではないかと……」
心配しているような振りをしながら、オルタンシアはリニエ公爵の動向を探っていく。
ここは敵地だ。少しでも不審に思えば、いつでも彼はオルタンシアを捕らえることができる。
そう考えると冷や汗が止まらなかったが……オルタンシアは平静を装って静かに続けた。
リニエ公爵はじっとオルタンシアを見つめている。
……もしかしたら、オルタンシアの目論見がバレたのかもしれない。
そう考え始めた時……彼は愉快そうに口元を緩めた。
「そう御心配なさらずとも大丈夫です。私は、完全に彼らを支配下に置いていますので」
自信満々にそう言ってのけたリニエ公爵に、オルタンシアは思わず息をのむ。
そんなオルタンシアを見て、彼はにやりと笑った。
「……目的が一致しているのですよ。彼らは現在の神殿の教えを打ち倒し、禁忌とされている魔神崇拝を認めさせたい。私は『王位継承順位』などというふざけた数字だけで能力関係なしに時代の王が決まってしまうこのシステムを壊したい。相互協力といえば聞こえはいいですが、力関係は完全に私の方が上ですのでご安心を」
オルタンシアはリニエ公爵の言葉を頭の中で反芻した。
(この人は、なんて危険なことを……!)
リニエ公爵は魔神崇拝集団のことを、単なる扱いやすい手駒としか思っていないのだろう。
だが、彼はあの集団の本当の恐ろしさを知らない。
何かの拍子で魔神が復活でもしたら、それこそ世界がめちゃくちゃになってしまうというのに……!
「……聡明なあなたなら、私の考えに賛同してくださるでしょう? ヴェリテ公爵令嬢。ご安心ください、私の傍にいる限り決してあなたを傷つけるようなことはさせません。それに……あなたには、決して他の者が与えることができない至上の席を献上いたしましょう」
そう言って、リニエ公爵はオルタンシアに向かって手を差し出した。
オルタンシアはもう、彼の真意を知ってしまった。
ここで彼の手を取るのを拒んだとしても、無事に帰れる保証はないだろう。
それに……。
(彼が私のことを仲間だと思ってくれれば、もっと全容がわかるはず……)
彼の懐に入り込み、もっと詳細な情報を引き出さなくては。
そうして、反逆を目論む者たちと邪神崇拝集団を一網打尽にするのだ。
(そうしなければ、私たちに未来はない)
オルタンシアは微笑みを浮かべたまま、ぎゅっと指先を握り締めた。
そして、何食わぬ顔でリニエ公爵の手を取った。
「光栄ですわ、公爵閣下」
まるで奈落へと続く深い穴の上を、ぴんと張られた一本のロープを頼りに渡っていくような心地だった。
少しでも失敗すれば、きっとオルタンシアの命はない。
かといって何の行動も起こさなければ、父や兄のいるヴェリテ家だけではなく、この国――ひいては世界規模の恐慌が起こる可能性もある。
(本っっっ当に、女神様が無茶ぶりしてくれたよね……!)
オルタンシアなど、公爵家の血を引いているのかどうかもわからない平凡な人間だというのに。
だが、それでもやるしかないのだ。
自分の未来を……そして、大切な家族を守るために。
「あなたが話の分かる方で安心しました、ヴェリテ公爵令嬢。あなたのような方を同志に迎えられ喜ばしい限りです」
オルタンシアの答えを受け、リニエ公爵は上機嫌でそう口にした。
このままもっと情報を引き出そうと、オルタンシアが口を開きかけたその時だった。
「そうそう、実はあなたに会わせたい方がいるのですよ」
「わたくしに、ですか?」
「えぇ、きっと驚きますよ」
彼の言葉に、オルタンシアは内心で首を傾げた。
(私が驚くってことは、それなりの地位の方がいらっしゃるのかしら……)
いったい彼は、どれだけの人物を自らの企みに引き込んでいるのだろうか。
……などと考えながらも、オルタンシアは淑やかに「楽しみです」とだけ返しておいた。
リニエ公爵は愉快そうに、口元に笑みを浮かべている。
やがて、静かにに部屋の扉を叩く音が聞こえる。
「どうやらいらっしゃったようですね」
リニエ公爵が立ち上がり、扉を開ける。
そして扉の向こうの人物に声をかけ、部屋の中へと手招いた。
オルタンシアも立ち上がり、お辞儀をしようとしたところで……まるで全身が凍り付いたように動けなくなってしまった。
なぜなら、そこにいたのは――。
「お、兄様……?」
その姿を、見間違えるわけがない。
リニエ公爵の隣にいるのは、間違いなくオルタンシアの義兄――ジェラールだったのだ。