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83 お兄様のアドバイス

「なるほど、仮面舞踏会か……」


 本日は久しぶりに家族三人揃っての晩餐だ。

 オルタンシアがジャネットから聞いた王家主催の仮面舞踏会の話をすると、父は愉快そうに笑った。


「オルタンシアも気になるのかい?」

「はい。最近社交界でとっても話題になっていますから。でも、仮面舞踏会って場所によってはちょっと危ないところもありますよね? その点、王家主催なら安心かなって」

「確かに、王家が主催となれば後ろ暗いことはできないだろう」


 仮面舞踏会に参加するには、主催である王家が販売するチケットの購入が必要となる。

 仮面をかぶり誰が誰かわからない状態で舞踏会を楽しむとはいえ、参加できるのはチケットを手に入れることができるそれなりの者に限られてくるのだ。


「でも大丈夫かい? あまり王家にはかかわりたくないんだろう?」

「それなら大丈夫です。私だってわからないように、ばっちり変装するつもりですから!」


 オルタンシアが胸を張ってそう告げると、父は声をあげて笑った。


「さすがは私の娘だ。人間は確かに引き際が肝心。君子危うきに近寄らずともいうね。だが……『虎穴に入らずんば虎子を得ず』それも確かなことではある」


 オルタンシアはただ「流行に乗り遅れたら恥ずかしいな」くらいも気持ちだったが、父はオルタンシアの提案をそんな風に評価してくれたようだ。


「わかった。今度の仮面舞踏会のチケットを君の友人の分も含めて手配しておこう」

「本当ですか!? ありがとう、お父様!」


 オルタンシアは一瞬喜んだが、そこでふと先ほどから黙っているジェラールの存在を思い出した。

 おそるおそるジェラールの方へ視線をやると、彼は食事をとる手を止めて何かを考え込んでいるようだった。


(お兄様は、どう思われるかな……)


 どうみてもジェラールは仮面舞踏会を楽しむようなタイプではない。

 そんな集まりに参加するのは馬鹿馬鹿しいと呆れられるだろうか。

 ……そんな不安が、表情に出ていたのかもしれない。

 すぐにオルタンシアの意を汲んだ父が、自然な調子でジェラールへと問いかける。


「ジェラールはどう思う? 仮面舞踏会の噂は君も小耳に挟んでいるだろう」

「……こちらでも、ネズミ一匹入り込まないように準備を進めている。曲りなりにも王家の主催である以上、不祥事が起こることはないはずだ」


 ……ジェラールは静かに、そう所感を述べた。

 公爵家に来たばかりの頃のオルタンシアだったら彼の言葉に混乱していただろうが、今のオルタンシアにははっきりと彼の意思をくみ取ることができていた。


(反対はしない……ってことですよね、お兄様)


 しかも、王家の主催ということで彼の所属する騎士団も多少なりとも関わっているのだろう。

 それを聞いて、オルタンシアはにわかに安心した。


(後は私が変装を頑張れば大丈夫……だよね)


 せっかく参加を許してもらえたのだ。父や兄に面倒をかけるような真似だけは避けなくては。

 そう心に書き留め、オルタンシアは久方ぶりの家族団欒を楽しんだのだった。



 ◇◇◇



 その夜、オルタンシアが一人で侯爵邸の廊下を歩いていると、前方にジェラールが立っているのが見えた。

 その姿がまるで誰かを……おそらくは自分を待っているように見えて、オルタンシアは思わず足を止めかけてしまう。


(わ、私知らない間にお兄様に怒られるようなことしちゃった? してないよね?)


 とりあえず最近の記憶を反芻したが、特にまずいことはやらかしていないはずだ。

 そう自分に言い聞かせ、オルタンシアは動揺しないように大きく息を吸い足を進める。

 オルタンシアが目の前までやってくると、ジェラールはタイミングを見計らったように声をかけてくる。


「……例の仮面舞踏会の件だが」

「は、はい!」


 やはり反対されるのだろうか……とオルタンシアは身構えたが、ジェラールの口から出てきたのは意外な言葉だった。


「あの猫を連れて行け」

「あの猫って……チロルのことですか?」


 本人(?)が聞いたら『僕は猫じゃない!』と怒りそうなことを口にするジェラールに、オルタンシアは思わず首をかしげてしまった。


「でも、舞踏会って猫同伴でも大丈夫なんですか?」

「あいつも精霊だ。存在がバレないように擬態くらいできるだろう」

「えっ、精霊ってそんなことができるんですか?」

「…………」

「うぅ、不勉強でごめんなさい……」


 じとりとした目でこちらを見るジェラールに、オルタンシアは思わず縮こまってしまった。

 そんなオルタンシアを安心させるように、ジェラールはぽん、とオルタンシアの頭に手を置く。


「見たところアレはまだ子どものようだが、精霊である以上愛玩動物以上のこともできるはずだ。そもそも、お前は身を守る力が欲しいから精霊界に行ったのだろう」

「そう、です……」

「そろそろ、厳しく躾けてやってもいい頃だ」


 つまりは、「もっとチロルの力を活用しろ」と言いたいのかもしれない。


(そうだよね、お兄様の言うとおりだ)


 オルタンシアはチロルの精霊としての力も引き出せていないし、女神様から貰った加護もあまり使いこなせていない。

 いつまでも兄や父に守られているだけじゃダメなのだ。

 女神の神託に寄れば、二人には危機が迫っている。

 これからは、オルタンシアが二人を守らなくてはならないのだから。


「……はい。ご助言ありがとうございます、お兄様」


 オルタンシアはしっかりとそう告げ、頭を下げた。

 そんなオルタンシアに、ジェラールは静かに告げる。


「俺としても細心の注意を払う。危なげな輩は出入りもできないようにするつもりだが、もしも身の危険を感じた場合は――」

「場合は?」

「躊躇なく殺れ」

「ひょっ!?」


 いきなり飛び出した過激な発言に、オルタンシアは思わず飛び上がってしまった。

 だがそんなオルタンシアの反応など気にせずに、ジェラールは淡々と続けた。


「人間の急所はわかるな? お前の細腕で致命傷を負わせるのは難しいかもしれないが、とにかく急所を狙え。目を潰すのも有効だ。他には――」

(ひ、ひいぃぃぃ……)


 オルタンシアは必死に首振り人形のように頷いたが、どう考えてもジェラールの過激なアドバイスを実行できるとは思えなかった。

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