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81 お友達作りです

 なんとか社交界デビューを果たしたオルタンシアの元には、毎日山のように様々な招待状が届く。

 今までは恐ろしくてならなかったその招待状に、オルタンシアは真剣に向かい合っていた。


「舞踏会、音楽会、オペラ……盛りだくさんだね」


 パメラにも手伝ってもらいながら、オルタンシアはその一つ一つに目を通していく。

 社交は貴族の重要な仕事の一つだ。

 公爵家の一員として、父や兄を支えたい。

 そのためには、きちんと社交界に顔を出し人脈を築き、最新の情報を追っておかなければ。


「うふふ、お嬢様は人気者ですね~」


 オルタンシアの心中など知らずに、嬉しそうなパメラを見ていると心が和む。


「あっ、こちらの夜会はどうでしょう? 主催はデンダーヌ伯爵夫人――」

(うげっ)


 あまり聞きたくなかった名前に、オルタンシアは顔をしかめそうになるのを寸でのところで堪えた。

 デンダーヌ伯爵――のご令嬢は、一度目の人生でオルタンシアに冤罪をふっかけ、処刑の原因の一端となった人物である。

 特に仲が悪かったかと言われると、別にそうでもない。

 それどころか、引きこもりのオルタンシアとはほとんど交流自体がなかったのだ。


(だからこそ、人望が薄そうな私をターゲットにしたのかな……)


 女神が教えてくれたオルタンシアの死後の世界では、彼女はジェラールの怒りを買って惨殺されたのだというが……。


(何もかもがめちゃくちゃだよね……。いっそ今度は仲良くしておく? でも、他人に冤罪をなすりつけて処刑するような人は、やっぱり危ないから近づきたくないな……)


 それよりも、しっかりと他の人脈を築いて、デンダーヌ伯爵令嬢がどう動いても、対処できるようにしておくべきだろう。


(彼女の動向には注意しつつ、しっかり距離はとっておこう)

「その日はこっちの観劇に行こうと思うの。前から楽しみにしてたのよ」

「わぁ、新作の舞台ですね! メイド仲間の間でもこの劇作家が人気あって……」

「パメラも好きなの? じゃあ今度お父様に頼んでパメラのためにチケット取ってもらうね」

「そ、そんな畏れ多いです……」

「いいのいいの。いつもお世話になってるから私からのプレゼントだよ」


 パメラは頬を上気させ喜んでいる。

 彼女の注意が逸れたことに安堵しつつ、オルタンシアがふと考えるのは義兄ジェラールのことだった。


(もしもお兄様が誰かに懸想しているのなら、こういう観劇に誘ったりもするのかな……)


 オルタンシアはとてもじゃないが、ジェラールの行動のすべてを把握しているわけではない。

 彼が宮廷付きの騎士団で働き始めてからは、なおさらわからないことばかりだ。


(どうか、お兄様が幸せになれますように……)


 そのために、自分はどう動くのが最善なのだろうか。

 なかなか、明るい未来を見通すことは難しかった。



 ◇◇◇



「ごきげんようオルタンシア様」

「そのネックレス、とっても素敵ですね! まるで夜空に輝く一番星のよう……」


 オルタンシアが社交の場に出ると、すぐさま同じ年頃の令嬢が声をかけてくれる。

 どうやら社交界デビューの日に顔を繋いでおいたのが、功を奏したようだ。


「ごきげんよう皆さま。こちらのネックレスはお父様から頂いたものなのです。なんでもあしらわれている宝石に新たなカット技術が用いられているそうですわ」

「やっぱりそうでしたのね!」

「輝き方が違いますもの!」


 宝石の話をすると途端に目の色を変えた令嬢に、オルタンシアはくすりと笑った。


(チロルと一緒だなぁ。あの子もよく私の宝石箱ひっくり返すんだよね)


 チロルはキラキラと光るものに目がなく、よくオルタンシアの宝石にうっとりと頬ずりしている光景が目撃されている。

 まぁとにかく、人間も精霊も光り物が好きなのは変わらないのだろう。


(私もキラキラ光る物は好きだしね。この宝石に皆の注目が集まっているのは間違いない、か)


 ならば、餌として使わせてもらうまでだ。


「皆さまもこちらのジュエリーに興味がありまして? 実はこちら、ヴィリテ公爵家が支援している工房の細工師が開発したものですの」

「まぁ……」

「よろしければ、今度一緒に工房見学に行きませんか?」


 そう誘うと、集まっていた令嬢たちはわっと色めき立った。


「ほ、本当によろしいのですか?」

「今や高位貴族や王族からも注文が殺到して、わたくしたちでは予約すらも難しいのに……」

「うふふ、お父様にお願いして、特別に融通を利かせてもらいますわ」


 小声でそう言うと、令嬢たちは頬を染めて頷く。


(確かあの子は港湾を所有する侯爵令息と結婚するし、あの子の家は貿易に成功して一気に裕福になるはず……。将来的には良い顧客になってくれるかも!)


 それに何より、こうやって「特別」を共有することで連帯感が生まれる。


(お父様がよくやってるんだよね。「あなただけ特別に」って。結構効くんだなぁ……)


 今は物珍しさで構われてるオルタンシアだが、つまらない、つるむ価値がない人間だと思われたらさっと人々は引いていくだろう。残るのは、「公爵令嬢」という価値を利用したい者だけだ。

 そうなる前に、しっかりと地盤を固めておかなければ。


(はぁ、社交界って大変……。いつも笑顔で切り抜けるお父様って本当にやり手なんだ)


 とはいえ、こうやって同世代の友人ができるのは心強い。

 一度目の人生では得られなかった体験に、オルタンシアも心が弾んでいるのを自覚せずにはいられなかった。

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