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78 オルタンシアセラピー

「お兄様、騎士団のお仕事はどうですか?」


 ゆっくりとお茶を嗜みながら、オルタンシアは世間話のようにそう口にした。

 すると、ジェラールは至極真面目に問い返してくる。


「どう、とは?」

「えっと……楽しいとか、大変とか……」

「楽しいわけではないが、大変でもないな」


 ジェラールは少し思案した後、ぽつりとそう口にする。

 なんだかんだで問いかけに応えてくれたことが嬉しくて、オルタンシアは満足げに微笑んだ。


(お兄様が所属するのは宮廷騎士団の一つ――黒鷲団だったよね)


 宮廷騎士団にはいくつかの団が存在し、その中でも最も花形だと言われているのが白鷹団だ。

 王族や要人の警護などの仕事が多く、人々が目にする機会も多く人気の高い部署となっている。

 一方黒鷲団は……白鷹団と双璧を成すエリート部隊でありながらその活動の多くが謎に包まれている。


(あまり表に出ないような、危険な任務が多いんだよね。お兄様なら大丈夫だと思うけど、やっぱり心配だな……)


 騎士団に所属するようになってから、ジェラールも父のように、数日屋敷に帰ってこないことも増えた。

 オルタンシアはジェラールの実力を信頼しているが、それでも心配なものは心配なのだ。 

 屋敷にいる時くらいは心身ともに休んでほしいし、そのために彼の力になりたいとも思っている。


「あっ、アニマルセラピーはどうですか? 癒されますよ~。ねっ、チロル」


 足元で微睡んでいたチロルを抱き上げ、ジェラールの膝に乗せようとしたが……。


『僕は嫌だぞ! あいつ絶対力加減を間違えて絞め殺すタイプだ!!』

「そんなことないよ! お兄様は優しいもん!」


 なぜかチロルはジェラールに抱かれることを猛烈に拒否し、フシャー! と暴れた。

 仕方なくオルタンシアの膝に乗せると、そこからグルルル……と警戒するように唸りながらジェラールを睨んでいる。


「ごめんなさい、お兄様。チロルはまだお兄様に慣れていないみたいで……」

「我儘な猫だな」

『僕は猫じゃないっ!』


 チロルは必死にジェラールを威嚇しているが、ジェラールにとってはまさに我儘な子猫が騒いでいるくらいの認識だろう。


(二人には仲良くなってほしいんだけどな……。ちょっとずつ、チロルをお兄様に慣らすには……)

「お兄様、隣に失礼しますね」


 真正面の席からジェラールの隣に移動し、チロルを膝に抱いたまま腰を下ろす。


「ほら、怖くないよ~」


 よしよしとチロルを撫でながら、オルタンシアは微笑んだ。


「こうやってちょっとずつ慣らしていけば、チロルもいつかお兄様に対する警戒を解いてくれないかな~、って思うんです」

「……そうか」


 そう呟いたジェラールが、わずかに腕を持ち上げる。

 チロルを撫でてくれるのかな……? とオルタンシアは期待したが――。


「あれ?」


 ぽんぽん、とジェラールは頭を撫でている。

 ……チロルではなく、オルタンシアの頭を。


「あの、お兄様……」

「何だ」

「私ではなく、チロルを撫でてはいかがですか?」


 おそるおそるそう言うと、ジェラールは少し考えるように黙った後……。


「いや、俺はこちらでいい」


 何事もなかったかのように、オルタンシアの頭を撫でることを再開したのだ。


(こ、これでいいのかな……!?)


 よくわからない状況に混乱したオルタンシアは、気を落ち着けるように一心不乱にチロルを撫でまわした。

 ジェラールがオルタンシアの頭を撫で、オルタンシアはチロルを撫でるという不思議な光景が繰り広げられたのである。


(お兄様、これで楽しいのかな……?)


 ちらりとジェラールの方を振り返ると、彼はいったん手を止め、確認するように口を開く。


「…………嫌か?」

「ぜんぜん! 嫌じゃないです!!」


 反射的にそう答えてしまい、恥ずかしくなってオルタンシアは俯く。

 ジェラールはオルタンシアの答えに満足したのか、再び頭を撫でるのを再開した。


(うぅ、ちょっと恥ずかしいけど……お兄様が喜んでくれるなら、これでいいのかな? 本当に喜んでいるのかはわからないけど……)


 前にジェラールはオルタンシアのことを「落ち着きのない小動物のようだ」と称したことがあった。

 最大限好意的に解釈すれば……オルタンシアを撫でることでも、アニマルテラピーと同じような効果が発揮されるかもしれない。


(まぁ、いいか)


 もちろん、オルタンシアもジェラールに頭を撫でられるのが嫌なわけではない。

 初めて出会った頃のぎこちない手つきに比べると、彼の頭を撫でる手つきもずいぶんと手慣れたものだ。

 それだけ、二人の距離も縮まったということなのかもしれない。

 どこかくすぐったいような思いで、オルタンシアはうっとりと義兄のスキンシップを受け入れるのだった。


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