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(え、世界がどうとかはよくわからないけど……とにかく、私が処刑されたのは夢じゃなくて実際にあったことで、女神様が時間を巻き戻したってこと?)


 必死に頭をひねっていると、更に女神の声が響く。


 《まずは、あなたの死後のことをお話ししましょう。あなたが亡くなった後再び捜査が行われ、あなたに掛けられていた冤罪の疑いは晴らされ、あなたの汚名は払拭されました》

「誰かが……私のために力を注いでくださったのですか?」

 《いいえ。あなたのためというよりは、暗殺の標的となったデンダーヌ伯爵令嬢が妃に決まりそうになったので、それを阻止するという意味合いが強いですね》


(私のためじゃないんかーい!)


 一瞬感動しかけたが、オルタンシアはすぐに脱力してしまった。

 現実はどこまでも無情だったようである。


 《結果としてはデンダーヌ伯爵令嬢の自作自演が暴かれ、あなたの汚名は晴らされました。あなたは償いの意味を込めて、聖女として列聖されました》

「自作自演だったんですか……」


 どうやらダンデーヌ伯爵令嬢は王太子の関心と同情を引くために、一か八かで自ら毒を飲んだようだ。

 オルタンシアには理解できない行動だ。


(彼女が特に交流もない私を犯人に仕立て上げたのは……誰からも信用されてない引きこもりだったからですね、はい)


 オルタンシアはただ、手軽に悪役に仕立て上げられるに人間として生贄になったのだろう。

 そう考えると、あまりの情けなさに乾いた笑いが漏れてしまう。


 《これにて王国は平静を取り戻したかに見えましたが、一人、静かに狂気に飲まれた者がいました。……ジェラール・アドナキオン・ヴェリテ。あなたの義兄です》

「えっ、何で!?」


 オルタンシアのの汚名も晴らされたのなら、義兄や公爵家にとって願ってもない結果のはずなのに……。


 《ジェラールはあなたの無罪を信じてあげられなかったことを、そしてあなたを救えなかったことを来る日も来る日も悔やんでいました。そして、あなたの潔白が証明された際に……ついに憤怒が爆発したのです》

「えっ? お兄さまにそんな人間らしい感情があったんですか?」

 《彼は王宮に乗り込み、幽閉の身となっているデンダーヌ伯爵令嬢への面会を要求しました。それが拒否された暁には……王族を含む、居合わせた数十名を殺害したのです》

「……え?」

 《幽閉の身となっていたデンダーヌ伯爵令嬢も彼の手にかかって死を遂げました。それでもジェラールの怒りは収まらず、遂にはその激情に共鳴した魔神をも呼び起こしてしまったのです》

「…………いやいや、ちょっと待ってください。わけがわかりません」

 《彼は魔神と融合し魔王となり、魔王の出現により世界は混沌の時代へと突入しました。争いが争いを呼び多くの血が流され、命が失われたため……こうして時間を巻き戻したのです》

「スケールが大きすぎてついていけません!!」


 わけがわからなすぎて、オルタンシアはついに頭を抱えてしまった。


(魔王ってなに!? なんで私の冤罪からそこまで飛んじゃったの!? というよりも、そもそも――)


「私が冤罪で死んだからお兄様が怒るって、おかしいと思います」


 だって、ジェラールは公爵家の面汚しであるオルタンシアのことが大っ嫌いなのだ。

 死んだことを喜びはすれど、救えなかったことを悔やみ続けるなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。


 《……オルタンシア、目に見えるものがすべてではありません。ジェラールは確かに、あなたのことを愛していたのです。……その愛によって、狂気に蝕まれてしまうほどに》

「そんな……」

 《……もう、時間があまり残されていません。私がこうしてあなたに話しかけられるのも、あと少しだけ。オルタンシア、今から伝えることをよく覚えておいてください》


 問いただしたいことはいろいろあったけど、今はとにかく女神の言うことを聞いておいた方がよさそうだ。

 そっと頷くと、女神は優しく語り掛けてくる。


 《時間が巻き戻ったとはいえ、あなたは一度聖女として列聖された身。その魂に、より強い加護を授けました。きっとあなたの助けとなることでしょう》


 どうやら一度目の時より洗礼名が長くなっていたのは、そんな意味があったようだ。


 《オルタンシア、どうかジェラールに寄り添い、彼を正しい道へと導いてあげてください。彼の秘める力は強大で、使い方によっては世界を滅ぼす剣にもなりかねません。彼を救うことができるのは、あなただけなのです》

「え、無理です」

 《頼みましたよ、オルタンシア。どうかあなたに、幸があらんことを……》

「ちょっと待って! 無理ですって!!」


(あの塩対応のお兄様に寄り添うとか、絶対無理です! 失敗するに決まってる!!)


 だが女神が言いたいことを言い終えると声は止み、その途端、一気に白い霧が晴れて周囲の景色や喧騒が戻ってくる。

 呆然としていたオルタンシアの耳にも、聞き覚えのある声が届いた。


「素晴らしいことです、公爵閣下!」

「まさか、こんなことが起こるとは……オルタンシア」


 急に呼びかけられ、慌てて振り向くと……司教と話していた父が急ぎ足でこちらへ近づいてくるところだった。


「君の授かった名は『アルティエル』。ジェラールと同じく、王族にも引けを取らないほど尊い名だ。これからは堂々と、オルタンシア・アルティエル・ヴェリテと名乗りなさい」

「公爵閣下、これほどの強い加護を持つ乙女でしたら、すぐにでも聖女の称号を授かることもできましょう。ぜひとも、我々にご令嬢を預けてはいただけ――」

「いや、それはできない。やっと出会えたばかりの娘なんでね、しばらくは手元で甘やかしたいんだ」


 そう言って司教の提案を跳ねのけると、父は何か企むような笑みを浮かべていた。


「公爵閣下! どうか、お考え直しを――」

「さぁ行こう、オルタンシア」


 なおも言い縋る司教を振り切るように、父はオルタンシアを抱き上げると颯爽と歩き出す。


「これはおもしろいことになったな、オルタンシア。今に各地の王侯貴族から、縁談の申し込みが殺到するだろう」

「えっ!?」


 父は何がおもしろいのか、くつくつと笑っている。

 そんな父とは対照的に、オルタンシアはぐったりしてしまった。


(はぁ……よくわからないけど大変なことになっちゃったみたい)


 父に身を預けながら、オルタンシアはぼんやりと先ほど女神の言葉を反芻する。


(確かこのままほっとくとお兄様がやばいから何とか正しい道に引き戻せ……みたいなこと言ってたよね。うーん……)


 女神の言葉は眉唾物だが、謀らずとも「生き残るためにジェラールを味方につける」というオルタンシアの目的と合致していた。


(何はともあれ、まずは……ジェラールお兄様を懐柔する方法を探さなくちゃ。……そんな方法、あるの?)


 最初の……そして最大のミッションを前に、オルタンシアは途方に暮れていた。

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