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67 二度目の舞踏会

 デビュタント舞踏会の当日。

 王宮の一角――控えの間には、社交界デビューを控え、不安と期待を胸に秘めた初々しい令嬢たちが集まっていた。


 ずっと田舎の領地で育った令嬢にとっては想像もつかなかったほどの眩い世界であり、幼い頃から王都で揉まれた令嬢であっても、今日という晴れ舞台を前に緊張をしない者はいなかった。

 自分の格好はおかしくはないだろうか。きちんとダンスを踊れるだろうか、ひどい失敗をしないだろうか……。

 そんな不安に駆られ、少女たちは口数も少なく緊張した面持ちで自分たちが社交界へと歩み出すその瞬間を待っていた。

 そんな中、控えの間の扉が開き、少しだけ外の喧騒と共に案内の声が耳に届く。


「それでは、時間までこちらでお待ちください」

「えぇ、ご案内いただき感謝いたします」


 そんな声と共に控えの間に足を踏み入れた者の姿を見て、少女たちは一斉に息を飲んだ。


「初めまして、皆さま。ヴェリテ公爵家の娘、オルタンシアと申します」


 そう言って微笑む令嬢――オルタンシアには、少しの緊張も見られなかった。

 彼女が身に纏うのは、淡いブルーの上品なドレスだ。

 慎ましやかな雰囲気を感じさせる落ち着いたデザインのドレスだが、見る者が見ればその一着がどれほど上質な生地を用いており、刺繍や花飾りの一つ一つが信じられないほど丁寧なつくりなのがわかるだろう。

 ドレスだけでなく、それを身に纏う少女もまた一挙一動に品があり、視線を奪われずにはいられない。

 一心に注目を浴びても、オルタンシアは気にする様子も見せず笑顔を崩さない。

 そして彼女は、この場の者に向かって優雅に一礼してみせた。


「今日という日に共に社交界へと歩み出す者同士、どうか仲良くしてくださると嬉しいわ」


 名門公爵家の令嬢の言葉に、何人かの少女たちはほっとしたように表情を緩め、口を開いた。


「は、初めまして、オルタンシア様」

「お目にかかれて光栄です……!」


 一人が自己紹介を始めると、つられるようにして少女たちは次々と名乗り始め、徐々に連帯感が生まれる。

 オルタンシアは一人一人に優しく声をかけ、微笑んでみせた。

 まるで雲の上の存在のようだと思っていた公爵令嬢と言葉を交わすことができ、少女たちは舞い上がったように頬を上気させている。


 一方、皆の羨望の視線を一心に受けるオルタンシアは――。


(よし! 今のところ失敗してない! 足が震えてるのもバレてないよね……!)


 それはもう、内心ガクブル状態だった。

 いくら一度目の人生で経験しているとはいえ、今後の社交界での活動に大きく影響するデビュタント舞踏会なのである。

 いくらアナベルにビシバシしごかれ、理想の淑女たる言動を身に着けたオルタンシアとはいえ、緊張しないわけがないのだ。


(うっ、あの子は妃候補として王宮にいた子だ……! 今のうちに好印象を与えておこう……)


 オルタンシアと同じく今日社交界へと歩み出す令嬢たちの中には、ヴィクトル王子の妃候補として王宮に集められた面子もちらほら見えた。

 今度は妃候補自体になるつもりはないが、念には念を入れて人脈を気づいておくに越したことはない。


「まぁ、あのミシュレ伯爵家のご令嬢でいらっしゃったのね!」

「わ、わたくしの家をご存じなのですか? オルタンシア様……」

「えぇ、ミシュレ伯爵領の特産品である茶葉は、私も愛好しているの。ミシュレ家の方にお会いできるなんて誇らしいわ」


 頭の中の知識を総動員しておだてると、目の前の少女はぱっと喜色を滲ませた。


(ふぅ、とりあえずは好印象……かな? コンスタンにいろいろ習っといてよかったぁ……)


 優雅な笑顔の裏で、オルタンシアは盛大に安堵のため息を吐いた。

「兄や父の役に立てるように」とコンスタンに師事するようになってから、オルタンシアは彼に様々なことを学んでいた。

 ヴェリテ公爵領だけではなく、国内貴族の領地の特色や特産品、国の歴史、主要な貴族の名前や業績などなど……。

 何度も何度も歴史書や地図や貴族名鑑に目を通したおかげで、今のところはしっかりオルタンシアの頭の中に息づいてくれている。


「ディフォール子爵家の……お爺様が領土防衛戦で活躍なさったと伺いましたわ。今のこの国があるのは、ディフォール子爵家のおかげだとも」

「初めまして、デボルド男爵令嬢。お父上はお元気でいらっしゃいますか? なんでも植物学の権威でいらっしゃるとか……。まぁ、お父様の研究を手伝っていらっしゃるの? 素晴らしいわ」


 なんとか失敗することなくこの場に集まった令嬢たちに挨拶を終え、オルタンシアは既にクタクタになっていた。


(うぅ、もう精神的に疲れたよ……。この後ちゃんとダンスできるかなぁ……?)


 社交界デビューを飾る令嬢たちのファーストダンスの相手は、婚約者がいれば婚約者が。

 いなければ親族の男性がエスコートを務めるのが一般的だ。

 オルタンシアの相手は父が務めてくれることに決まった。

 まぁ、あの百戦錬磨のナイスミドルである父ならば、しっかりオルタンシアをリードしてくれるだろう。

 そう考えオルタンシアがほっと息をついた時、控えの間の扉が叩かれ案内の者が現れた。


「お時間です。皆さま、こちらへどうぞ」

「ふふ、楽しみね」


 とたんに顔をこわばらせる周りの少女たちの緊張をほぐすように、オルタンシアは穏やかに笑ってみせた。

 ……心の中では、大量の冷や汗をかきながら。


(ああぁぁぁ大丈夫かなぁ!? 変な失敗しませんように……)


 ひたすら焦りながらも、アナベル式優雅な歩行を徹底し、オルタンシアは案内に従って王宮の廊下を進んでいく。

 大広間へと続く扉の前では、エスコートをする男性陣が令嬢たちを待っていた。

 その中で父の姿を探そうとし……ひときわ目立つ存在に目を留めた途端オルタンシアは固まってしまった。


(そんな、どうして……?)


 そこにいたのは、しっかり正装したオルタンシアの義兄――ジェラールだった。

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