65 家族のつもりですから
等間隔にランタンが灯された庭園は、仄かに明るかった。
領主間の庭が自然のままの風景を大切にしていたのに対し、こちらは整然とした美しさを意識して綺麗に整えられている。
「わぁ……」
まるで芸術品のようなその光景に、オルタンシアはあらためて感動してしまった。
「お前の好きなシャングリラの花も増えた」
「えっ、ほんとだ!」
庭師が頑張ってくれたのか、オルタンシアが(ジェラールとの会話に詰まって思わず)好きだといったシャングリラの花は、今は公爵家の庭の一角を占拠するほど増えていたのだ。
「すごい、綺麗……」
ランタンの光を受けて、シャングリラの花は昼間とはまた違った幻想的な雰囲気を醸し出している。
ジェラールは丁寧にオルタンシアを地面に降ろす。
オルタンシアは思わず目の前の光景に見惚れていると、義兄はぽつりと口を開いた。
「……考え直すつもりはないのか」
「えっ?」
「社交界デビューのことだ」
義兄の口から出てきた思わぬ言葉に、オルタンシアは目を丸くする。
「この際だからはっきり言っておく。お前は社交界に明るい印象を抱いているのかもしれないが、現実はそうじゃない。煌びやかなのは見かけだけだ。あそこにいる奴らの心の中はどす黒く、いかに相手を利用するか蹴落とすかしか考えていない」
ジェラールは淡々とそう告げる。
「例の魔神教団の事件でお前が誘拐されたことは既に話が広まっている。よからぬ陰口を叩く者もいれば、弱みと見なしてお前に付け入ろうとする輩も出てくるだろう。……もっとも、そんな奴らは出てくる傍から消してやるが」
さらっと恐ろしいことを口にするジェラールに、オルタンシアはぽかんとしてしまった。
彼の口にするような懸念は、オルタンシアも承知の上だ。
だが、わざわざこう言ってくるということは――。
(私のこと、心配してくれたのかな……)
そう考えると、胸がじんわりと熱くなる。
つまりジェラールは、オルタンシアが意気揚々と煌びやかな社交界に歩み出し、現実との落差を思い知ったり、うっかり陰口を叩かれ傷ついてしまうことを心配しているのだろう。
「……お兄様は、優しいのですね」
そう零すと、ジェラールは不快そうに眉をしかめた。
「お前の目は節穴だ。もっと観察眼を養った方がいい」
「ふふ……」
身もふたもない言葉に、オルタンシアは思わず笑ってしまう。
「……何を笑っている。そんな体たらくでは、やはり社交界に足を踏み入れるなど無謀で――」
「大丈夫ですよ、お兄様。私、やる時はやりますから! 社交界での振舞いはアナベルがきっちり教えてくれたのでばっちりです!」
それに、オルタンシアには一度目の人生での知識もある。
十分な社交経験を積めたとはとてもいいがたい悲惨な人生だったが、それでも回避すべき落とし穴については熟知しているつもりだ。
オルタンシアは真っすぐにジェラールを見つめ、しっかりと口を開く。
「それに……貴族の女性は社交界デビューを果たしてはじめて、一人前と認められると聞きました。私も、ちゃんとこの家の一員だって認められたいんです」
そう言うと、ジェラールがかすかに息を飲んだのがわかった。
常人には判別するのも難しいほどの些細な変化だが、ずっとジェラールのことを見てきたオルタンシアにははっきりわかった。
(私が本気だって、ちゃんとお兄様にわかってもらわなきゃ)
オルタンシアはもう、何も知らない守られるだけの存在ではないのだ。
ヴェリテ公爵家の一員として、父や兄を支えたい。
「私も、お父様とお兄様の家族のつもりですから」